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1993年6月 谷川岳山麓歩き 6月5日(土) 8:30頃上野発電車に乗り、11:30頃土合着。天気曇り。新緑見頃。 20分ほどかけて土合橋まで行き、そこから湯檜曽川に沿いに下の道を歩きはじめた。 車1台が通れる程度の道で、山遊びか何かの乗用車の通行も少しあり、20分位でその林道の終点についた。そこには小さな広場があり、駐車スペースとなっているようだ。 終点に着く手前、土合橋から30分ぐらいの所にも雰囲気のよい小さな広場があった。車を乗り入れてキャンプしている人もいたが、特に規制されてはいないのだろうか。夜は沢の音がうるさいだろうけれど、気持ちのよいところである。 わきには川が流れ、付近は落葉広葉樹の原生林である。近くにはロープウェイの駅もあり、途中まで通じている上の道は舗装されていてタクシーも通るほどだが、ここはそういうものをまったく感じさせない。ここにはホオノキが多いが、苔むしたブナと思われる大木もあり、駅から近いのに自然の森としても素晴らしい所である。 そこから先は山道を行くようになった。川にそって山道はつけられているが、ところどころ森の中に入ったり、川原を歩くようになったりする。マチガ沢、一の倉沢と支流を渡ってゆき、幽の沢をすぎたあたりから所々に黒っぽい雪が残るようになった。6月の標高1,000mの雪だから雪崩の跡で、土や木の枝などでよごれた雪だ。こういう山に入るのは久しぶりのことであった。 虹芝寮の少し手前で、犬をつれた人に追い越された。以前は山を歩いていて人に追い越されるということは無かったが、15-6キロのザック(と3-4キロのカメラ・レンズ)があるとはいえ力が弱くなったものだと思った。そのとき分かったことだが、虹芝寮というのはある学校法人の山小屋であるらしい。 3時頃だったか、山道にはいって2時間くらいで虹芝寮の前に着いた。天気曇り。その日はそこで幕営とした。(一の倉沢を過ぎれば上の道も完全に山歩きの世界である。) ここは湯檜曽川より少し上の高台で、落葉樹の森の中で、一面に笹がはえている。虹芝寮は上の方にあり40mほど離れている。またすぐ隣にはJR巡視小屋があり、こちらの方が近いが、木々の陰でここからはよく見えない。湯檜曽川から100mほど離れているはずだが、沢の音が聞こえる。この下の方にも広場があり幕営の跡もあるが、そこよりも少し静かな場所としてここを選んだのだが、昼はそれほどでもないが、夜は少しうるさいかもしれない。沢の音は湯檜曽川ではなく支流の芝倉沢のかもしれない。 古いガイドブックを見るとここはキャンプ指定地のようになっているが、そのときは誰もいなかった。幕営の跡はあったが、もうここで幕営する人は少ないのだろう。幽の沢を登るにしても堅炭岩を登るにしてもここは幕営地としては少し遠く、今は上の道の一の倉野営場へ行くのだろう。それに昔とくらべて谷川岳周辺で幕営する人が極端に少なくなったということだろう。一人ではちょっとこころぼそい感じもするが、ここはキャンプ地として最高の所と思う。 6月6日(日) 夜は風が出て、沢の音よりも風の音がうるさくてあまりよく眠れなかった。ロープウェイ駅のせいか、夜は東の方が少し明るく、特に小動物の気配も感じなかった。ここはそれほど山奥ではないということか。 去年の秋に雁坂峠へ行ったときは、川又側の麓の国道脇で幕営していたが、そのときは夜にノネズミかリスかがさかんに歩きまわっている音がしていたものだが、虹芝寮のあたりではそういう音は聞こえなかった。たまたま動物が近くにいなかっただけなのか、あるいは風の音でそれが聞こえなかったせいなのか。 最近は山登りの好みが変わってきて、尾根歩きよりも山麓の森の中を歩きながら樹木の種類を思い出してみたり、鳥やけものをさがしてみたりする方が好きになった。といっても、そういうはっきりした目的で山に行くわけではなく、何となく自然に親しむという心持ちである。つまり特に頂上をめざすというのではなく、山の中をあちこち歩いてみたいということである。谷川岳は何度か登っているが湯檜曽川沿いの道の方には来たことがなかったので、一度来てみたかったのである。時間があれば蓬峠から武能岳あたりまで往復することにしていたのだが、武能岳が目的というわけではない。しかも始めからコースを決めて来たのではなく、このコースを決めたのは、土合駅に着いてからであった。土合から湯檜曽川周辺ということだけは決めてあったが。 朝7時半頃出発した。天気曇り。 湯檜曽川にそって白樺尾根をめざした。途中に残雪があり、その為に道が分からなくなった所が2か所ほどがあり、少し道草をくった。白樺尾根を登りはじめると、所々雪という状態からほとんど雪という状態に変わってきた。これは全く予想外のことで、秩父の山では今頃新緑まっさかりだと思うが、ここ谷川岳では1,300mより上では新緑もまだという状態であった。これは少し認識不足であった。富山県の標高1,800m級の山では5月下旬には残雪はほとんど無いのが通常だから、秩父の山と違うのはあたりまえにしても、富山の山より春が遅いというのは意外であった。 新緑の山という感覚で、アイゼン・ピッケルはもちろん無く、靴もハイキング用の軽登山シューズだから、歩くのは難儀した。送電線の鉄塔を越えたあたりから、雪面を斜め上方にトラバースして登るようになり、軽登山シューズではちょっとしんどい、という状況になって来た。また土合の方へ通じている旧道(ガイドブックによればそれは通行不能らしいが)との分岐点でまちがえて、その旧道の方に行ってしまったりして、しばらくして気がついて引き返したのだが、ここでも時間をロスしてしまった。 昼近くになって、予想より1時間ほど遅れて白樺小屋に着いた。小屋の前には雪は無かったが、先に見える蓬峠への斜面は本格的な雪であった。薄曇りで蓬峠は霞んで見えていたので、実際よりも遠いように見えた。ピッケルも無く、軽登山シューズであることを理由にして、今日はここまでとした。 このときに白樺小屋はJR送電線を巡視する人のための非難小屋ということが分かったが、ちょっと狭い。 旧道(上の道)を廻って、通行不能箇所を見てこようかとも思ったが、旧道はほとんど雪の斜面だから、それもやめ元の道を引き返した。しばらく道草してからテントをたたんで帰宅した。 その後、7月下旬に家族4人(妻と子供)で同じ場所にテントを張り、蓬峠まで往復してきた。梅雨明け前後の蓬峠はたいへん寒い所であった。 (完) |