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(奥日光)黒檜岳登山と細尾峠への散歩 2001年5月4-5日 この前の連休は奥日光へ行き、2,000m以下の低い山に登って来ました。おおよその予定として茶ノ木平、半月山、社山、黒檜岳あたりを登るつもりでした。実際は予定と少し違うコースとなりましたが、茶ノ木平と黒檜岳は登りました。(茶ノ木平へはロープウエイ利用です。) ![]() (奥日光の見取り図 : 国土地理院発行250mメッシュ標高データを使用しました) あるインターネットホームページで、千手ヶ浜から黒檜岳へ登る隠れたコースがあると読みましたので、そのコースを確かめてみようと思ったわけです。コースが分からなくても、残雪が多ければ、何とか登れるのではないかと、勝手に想像していました。 しかし実のところ奥日光での登山経験は少なく、千手ヶ浜へ行くのも初めてでしたので、いきなり未知の雪山では少し無謀かなとも思いました。しかし予想よりはるかに雪は少なく、雪山という雰囲気ではありませんでした。 日光は、金精峠を経て尾瀬へと山続きで、つまり尾瀬のすぐ隣に位置します。しかし尾瀬よりはかなり雪が少ないようです。5月連休の今は、中禅寺湖あたりからでは雪のある山は見えません。それでも、山に登れば、標高1,700mより上はほぼ雪という状態でした。その気になればスキーも出来るくらいでしょう。つまり山は深い樹林に覆われているので、地面の雪は遠くからでは見えないわけです。
(観光ガイド)5月連休の中禅寺湖あたりは、新緑には早く、桜もチラホラという程度でした。 戦場ヶ原や小田代ヶ原は一面冬枯れの景色で、今ごろハイキングしてもつまらないだろうと思います。それでも、連休ですから、観光客はだいぶいました。 帰りのバスで分かったことですが、桜はいろは坂でちょうど満開でした。いろは坂の下なら、新緑もちょうど見頃というところです。 (写真はそのときの小田代ヶ原、中央遠くの樹は写真ファンには、貴婦人と呼ばれています。) PentaxKX Cosina100mmF3.5 ハイキング登山地図によれば、茶ノ木平から社山までは正規の登山道があり、そこから黒檜岳までは不明瞭な道があることになっています。しかしそこから先は道の記載がありません。だから普通は黒檜岳から社山へ引き返す計画となり、あまり気がすすみません。しかし黒檜岳から千手ヶ浜へ下る道があれば、かなり魅力あるコースとなるように思われます。 以前から、そのコースを通った記録がないものかと、インターネットで探していました。そして、しばらく前にそういう登山記録のあるホームページを見つけていたのです。(それは極楽蜻蛉さんのホームページです。)だた、その紀行文は一度読んだだけでした。その記憶を頼りに、地図に記載のない登山道を探して登ろうというもくろみでした。実際は、単独ですからこういう登山は、やや心細い気もします。 (解説) こういう未知のコースは、登るに限ります。なぜかと言えば、下りに未知のコースをとると、道が分からなくなった場合に、引き返そうとしても登りになり、引き返すのが億劫になるからです。また延々と引き返しているうちに日没になる場合もあります。それに、尾根道は登りよりも下りに間違えやすい傾向があります。間違えたかなと思ったら、あまり動きまわらず、あたりをよく見るほうが良いようです。戻ったほうが良いならば、歩いてきたルートに忠実に戻るべきです。ほんの20mもバックすれば、確かなコースに戻る場合もあるものです。 黒檜岳登山 早朝5時ごろ出発しました。(菖蒲ヶ浜方面から見て)千手ヶ浜の最奥に千手堂跡があり、そこから100mほど向こうに、探していた登り口がありました。山の上に向かって踏み跡のような、道のような雰囲気が感じられましたので、あれかなと思って眺めていたら、足元に小さな標識がありました。非公式の標識ですから、5cmぐらいの小さな杭です。注意していなければ見落とすでしょう。 半信半疑ながら、だめだったら引き返そうと、そう思いながら登って行きました。道はかなりしっかりしていましたが、ところどころ不明瞭な箇所もあるので、のんびり歩けば、どこかで間違えそうです。しかし、(ペンキで塗られたブリキの板で文字のない)標識かまたは赤テープが50m間隔ぐらいにあるので、それを見失わなければ大丈夫です。 山の上の方はほとんど雪でした。1-2日前と思われる足跡が続いていました。(実はそれが無かったら、ルートを外さずに行けたかどうか、何とも言えません。)ともかく黒檜岳(1976m)の頂上には割と順調に到着できました。
写真のように頂上からは眺望がありません。これは予想外でした。これではこのコースはあまり人に勧められないかもしれません。しかも、かなり広い頂上で、森の中で、樹木以外は何も見えません。コメツガ、トウヒでしょうか、しかし正確な樹種は分かりません。撮影データ PentaxKX ZoomA35-70mm (45mmで) そこからさらに社山へ行く予定でしたので、南に向かって歩き始めました。しかしそこから先は標識と赤テープはありましたが、雪上に足跡が全く無くなっていました。地形図を見ると、600mほど南へ行き、その後東へ行けば良いことが分かります。それで、しばらくは磁石を見ながら、標識を探しながら歩きました。しかしほんの少し100mか200m行った所で、どこにも標識が見つからなくなってしまいました。たぶん、どこかでコースは直角に折れているのでしょう。それがどこかはついに分かりませんでした。 右へ行ったり左へ行ったりして、先に標識が見えたかと思うと、それは次の標識ではなく、今通って来た標識で、つまりはぐるぐる廻って元に戻ってしまったわけです。そんなに長距離を廻るのではなく、せいぜい30-40m四方の所をひとまわりしただけでしょう。しかし、こうなってはもう往けません。ここが単独山行のつらいところです。もう戻るしかありません。注意深く自分の足跡を見失わないようにして、頂上まで戻りました。 地形図を見れば確かに広い尾根で、幅は250mぐらいありそうです。しかも樹林にさえぎられて、40-50m先ぐらいしか見通せません。なんだかんだ言っても、今までは誰かの足跡をたどって来たわけです。足跡が無くなれば、もうこんな状況です。あまり偉そうな事は言えません。ともかく来た道をたどって、千手ヶ浜に下山しました。やはり無人の山中で夜明かしするのはいやですから。 しかしながら、このコースは十分に使えます。茶ノ木平からの逍遥コースと考えれば、眺望は少ないながらも、静かな山歩きの雰囲気は十分味わえます。従って一般登山道に昇格しても良いように思います。それでここに、かなり詳しく書いたものです。見取り図の白線がそのコースです。黒檜岳から社山までは尾根通しで、ハイキング登山地図には破線(登山道)の記載があります。無雪季ならば、踏み跡は見えるはずで、それほど迷うことも無く歩けるでしょう。山慣れた人なら一度お試し下さい。ただし、単独はお勧めしません。 たぶん一度でも、誰かがここで道に迷って、遭難騒ぎでも起こせば、おそらくこのコースはすぐに閉鎖されて、登山禁止となってしまうでしょう。そうならないように、したいものです。 茶ノ木平より細尾峠へ 翌日は茶ノ木平から細尾峠へ歩きました。新緑を見たかったからです。オオヤマザクラとアカヤシオは見事でした。(下の写真はトウゴクミツバツツジです。)
こんなコースを歩く人は少ないだろうと思っていたら、案外通行がありました。細尾峠に車を止めて、登って来る人が結構多いようです。 いろは坂の渋滞を避けるためでしょうか。 細尾峠から茶ノ木平へ(この逆コース)は、気持ちの良い尾根道で、登るのも悪くないでしょう。 針葉樹と広葉樹の混交林で、下草はササです。 ササはミヤコザサと看板に書かれてありました。 峠からは(車も通れる)林道歩きでしたが、景色が良ければ林道歩きも好きです。植物(木と草)の撮影には適していると思います。昔は林道歩きは嫌いでしたが、今はそんなことありません。 (日光の鹿について) 奥日光はどこもそうですが、樹木の下のほうが鹿にかじられて(または角でこすられて)、痛々しい木が多くあります。防護柵を着けられた木もありますが、無防備な木もあり、鹿のせいで枯れた木がかなり目に付きます。姿は滅多に見ませんが、いまいましい鹿です。私はある程度は駆除する方が良いのでは、と思います。木が全滅して、または半減でも、景観が変わってしまえば、観光客は激減するでしょう。観光地としての価値もなくなってしまいますし、植生が変われば鹿も困るはずです。 (ネズミを駆除すると言っても、さほど非難されないでしょうが、鹿をと言うと、かなり非難されそう。) 聞くところによれば、奥日光に大雪があれば、鹿は雪中を移動できなくなり、かなり飢え死にするそうです。かつては、大雪は数年に1回あったようで、それで鹿の適度な個体数が維持されて来たそうです。しかし最近は何年も大雪がありません。それで鹿が増えるばかりとの事です。地球温暖化がすすめば、こんな所にも影響が出ます。 このときは、5月3日から6日まで、日光には4日間いました。山歩きのほかに、初めての小田代ヶ原や戦場ヶ原の散歩もしました。初日は昼近くに家を出て、最終日は早めのバスと電車で帰宅しました。大型連休ですから、のんびりゆっくりの4日間でした。 (終わり) トップページへ戻る |