2007年の7月1日~2007年12月31日

□2007年12月31日(月)

 2007年も今日で終わり。世界も日本も先行き不安の中で揺れ動いた。戦争その他の暴力、経済のグローバルカ化や地球温暖化による気候変動から生じる貧富の格差が、世界の人たちをかつてなく分断し始めた。しかし、何があってもどんな環境の中でも、私たちは生きている限り生活していかなければならない。そしてより良(善)いものを求めていこうという、未来への希望を見失わないように。「政治」とは何か。その役割が試されている時代だ。

 日本の政治・経済・社会の構造や機能も相当に硬直化しつつある。どうするか。それは9月に突然政権を放り出した安倍氏に代表されるような、「戦後レジーム」を変えて彼らの手本とする旧レジームに回帰すれば解決するものではない。私は、政治的には民主主義の問題だと思っている。敗戦を機に採用した民主主義の思想や政治制度がお任せ民主主義、形式民主主義で機能不全になっている。だいたい、国民主権の国で選挙で選ばれた政治家が「民は愚か」と思っているようでは民主主義の先が思いやられる。学校教育も「主権者」を育てるにはお粗末なカリキュラムだ。だから大事なことは過去への回帰ではなく、未来に向けてあらゆるところでもっと民主主義を学び、活性化させることではないか。

 成田市も前市長逮捕の激震に揺れる中で新年を迎え、出直し市長選挙、市議選と続いた。今年の市議選では、あえて「地球規模で考え、地域で行動する」というスローガンを私の政策や議員活動の基軸として掲げさせてもらった。世界は経済活動を中心にギューッと凝縮されつつある。今ほど、広い視野のもとに身近な暮らしと環境を考えなければならない時代はないと思う。・・・はてさて08年の成田はどうなるかしら?

□2007年12月28日(金)

 バードウォッチャーから嬉しいメール。例年より3週間ほど初渡来が遅れていた本埜村周辺のコハクチョウも、いまや昨年の今頃と同じくらいに増えているらしい。成田高速鉄道の橋梁工事を含む騒音や景観などの変化に驚いて寄り付かないのではないかと心配されていたが、馴れたのか「今は気にもしていない」そうだ。それに、みんな自分でえさを探しに出かけているらしい。周囲の耕起されていない田んぼでえさをあさっているという。おまけに今年は2番穂の実入りがよく、ほとんど餌を与えない状態らしい。その他、県内各地のハクチョウ事情がわかって興味深い。

 県は富津市にあるT興産が申請していた管理型産廃処分場の増設を許可したという。高濃度の塩化物イオンが検出され(06年1リットル中1900mg検出、今年も1400mg検出。500mgで稲に被害)、昨年埋め立て停止勧告を受けた処分場だ。今回はその上流部に増設することを許可したというのだ。

 汚水漏れの処分場は管理型なのに「水を通さない岩盤」の上にあるという判断で遮水シートも敷いていなかったという。水を通さない岩盤とは粘土層のことで、かつては不透水層などとよばれていたが、私も参加した養老渓谷の地質調査(0411月)では、ガタガタになった粘土層が露出していた(たいむ第53号参照)。地震その他の要因で地層は動くのだ。

 遮水シートも、破れるのは必然。業界も耐久性を15年はみているがそれから先の保証はない。前国各地でシートが破れ汚水漏れの報告。こうした情報に接して心配なのは成田空港の北側延伸に伴って覆土(土をかぶせる)された成田市の一般廃棄物最終処分場クリーンパーク1989年操業開始でダイオキシン規制前の焼却灰などが埋め立てられている。その遮水ゴムシートは1.5ミリ!市の調査でも自然界より塩化物イオン濃度や電気伝導率が高くなっている。今後2年間のモニタリングを行っていくとしても、将来汚水が漏れたり、地下水が汚染されたりしたらどうするのかしら?私が一番懸念しているのは、空港機能が優先され、もしそうした事実があった場合でも面倒を避けるために住民に知らせないこと。まさかそんなことはないよね。

□2007年12月27日(木)

 注文しておいたお正月食品を引き取りに生活クラブ成田デポーに行く。・・・といってもここ数年、お正月準備としてあえて注文するのは若狭名産小鯛のささ漬だけ。ほかは特にこの時期とばかり注文しなくても困らない。デポーやスーパーに行けば何でもあり、だから。娘が出て行ってからというもの、年中行事その他家庭的な準備というものにはほとんど関心がなくなった。お正月も元旦のお雑煮に凝る以外は食べたい物を食べてふらふらして終わり。お正月らしい料理は2日に実家へ行ってごちそうになる。

 夜チャンネルを回していたら9チャンネル(成田ケーブルテレビ)に小泉市長の顔が飛び出してきて、成田限界論とかアジアゲートウェイとか芝山町長とか言っているのでしばらく観ていたら、昨日の空港圏9市町長による「成田国際空港都市づくり推進協議会」の初会合が中止になったことへの所見というか言い訳だった。前日新聞報道されたNAAが発着枠を現行の1.5倍にする方針決定をこの協議会で説明する予定だったらしい。芝山町長は協議会でNAAの説明を聞くことにより協議会がこれを受け入れたと既成事実化されるのを嫌がったようで退席したらしい。新聞では「町民の理解が得られない」との発言も。それはそうだろう。

 41年前「三里塚・芝山連合空港反対同盟」が結成された時、「空港ができたら芝山は廃村になる」と言っていた。町全域が騒音区域になれば、当然まちづくりにも影響が出る。それでも、国・県・NAA・周辺自治体は「ま、この際芝山町さん、犠牲になってください」ということかな。芝山町民はどう考えているのだろう。

 録画しておいた教育テレビのADHDと薬物治療(リタリン)関連の再放送を観た。「酷い内容」という評判?どおりヒドい内容で怒りよりも心配が先だった。覚せい剤と同じカテゴリーのリタリンがなぜ厳しい管理のもとにおかれたかの経緯などをことさら軽く扱う一方で、ADHDの子どもにリタリンを投薬しにくくなることを「心配」する番組内容。登場した医師は思春期前の子どもは大人より依存症になりにくいと思わせる発言をしていた。以前新聞で、子どもに管理して飲ませれば依存症などの影響はない、という発言をしていた小児科医もいたが、これでは子どもは救われない。

 これまで把握していた数字よりも多くの児童精神科医が薬物治療でリタリンを使っていることもわかった。ADHDについては全国93%の(専門)医師が薬物治療を行い、そのうち96%がリタリンを処方しているという。製薬会社や精神医療の世界が子どもをターゲットにし始めたのではないか。そしてすでにリタリンなしでは子育ても学校教育もできないという、親や学校の都合や要請がNHKにこんな番組を作らせたのだろう。

□2007年12月25日(火)

 冬至から本日までクリスマス休暇をとった・・・というほど大げさなものでもないが、ゆったりと、しかし感性を刺激するような3日間を過ごした。冬至を境に太陽が輝きを増す。ふわっと温かいものにふれたような気分で新年を迎える準備をしたり、人類の歴史と文化に大きな影響を与え続けているナザレのイエスと彼をキリストと信じる人たちのこと・・・キリスト教の歴史と文化に思いをはせたり・・・。

 先行き不透明な時代になって、アメリカなどでも大統領選挙などでキリスト教右派(原理主義)のパワーが注目されるようになったが、私の知っているもっと聖書に忠実なクリスチャンたちは政治にはかかわらない。なにしろ政治は「この世」そのものだから。いずれハルマゲドンで神によって一掃される世界だ。そのクリスチャンたちは、イエスの誕生よりも、人類の罪を贖うための「死」に、より大きな意味を見出す。だから、彼が十字架で息絶えたニサンの14日に感謝の祈りをささげる。死は復活へと昇華されるからだ。 「復活」がなければ、そして復活したイエスと出会って回信し、草創期の「キリスト」教義や教会組織の確立や、地中海をまたいで熱狂的・献身的に布教したパウロがいなければ、キリスト教はユダヤ教の異端で終わっていたのではないか。

 そんなこんなを考えながら今日はBSで五木寛之さんの韓国仏教華厳経の旅を見た。華厳経の教えの出発点は、西洋哲学でいうとデカルトの「我思う、ゆえに我在り」を思いだす。自分の存在がすべてに通じる。その自分はいわば宇宙の一部、万物と繋がっていることを悟らなければならない。自己と他者を分けず、森羅万象との深いつながりを認識しながら生きていく・・・そこに敵対するものはない。「なぜ人を殺してはいけないのか?」の問いにさる高僧は「人を殺すことは自分を殺すこと」。

それにしても・・・民族や宗教の対立からくる争いが絶えない。

 21世紀はスタートするやまるでハリウッドの近未来映画のように(奇妙雑多な「宇宙人」こそ登場しないものの)野蛮で残酷な人間同士が争う様相を見せてきた。人類の行き着く先の争いが宗教や民族なのか・・・。ユダヤ教、そこから派生したキリスト教やイスラム教。迫害・受難の時代を経て教義が確立したり、国家に保護されるようになると、それぞれの神をいただいて争いを始める。民族だって、み~んな一つの種ホモ・サピエンス・サピエンス。そのルーツはアフリカで生まれた一人の「イブ」までたどれるというではないか。

 とはいえ、人類は神と悪魔を創造したように、神の崇高さと悪魔の邪悪さを併せ持った生き物なのだ。今年もあと1週間。日本の月探査機「かぐや」が送ってきた虚空に浮かぶ地球をながめながら、来る年に思いをはせ祈るのみ。よき1年でありますように。

□2007年12月20日(木)

 12月定例市議会が閉会。今朝の新聞に福島県<矢祭町議会定数10人)で議員報酬を「月額制から議会に出席するごとに一定額を支給する日当制に」する条例案が提案され、可決の見込みだという。期末手当も廃止され、議会の人件費は今の3分の1になるらしい。全国に先がけた「合併しない宣言」以降、町長以下3役の給料は総務課長と同額(一番忙しい総務課長に合わせる)、議員定数削減その他、合併をしない選択をした矢祭町の経費削減は、ついに地方議会と議員報酬の在り方に踏み込んだ。

 今年もあとわずか。おだやかで気持ち良い冬の1日だった。今日は「歴史と今を語り合う女性の会」忘年会。私は1時から議会の予定が入っていたので後ろ髪引かれる思いで中座。今年もずいぶんいろいろ語り合った。

 30代から80代まで、各世代が揃っている学習サークルって、成田でほかにあるかしら?私にとっては自分の娘の世代や親の世代の人たちといっしょの時間が過ごせて教えられることが多い。来年も楽しみ。

 「米軍よりも我が家に給油を!」。12月1日習志野基地へのPAC3配備反対デモでそう書いたプラカードを持ってデモに参加した女性がいたのを思い出した。ホント!我が家にも給油を!ってみんな思ってるんじゃないかしら?だって、昨日あんまり寒かったので今日灯油を買いに行ったら、なんと1602円だった。こんなに高いのってあり?それも、べつに原油が不足しているから高いのではなく、市場で操作された値段なのだ。18日に国連総会が死刑執行の停止を求める決議案を賛成多数で可決した。米国連邦最高裁は現在、薬物注射による処刑の実施が合憲であるとされるまで、予定されているすべての死刑執行を停止させている。

 日本は・・・国連採択が迫る中で7日、3人の死刑が執行された。アムネスティ・インターナショナルは「日本は何があっても死刑をやめないというメッセージを世界に発信した」と抗議した。

 現行刑事訴訟法のオーソリティー団藤重光さんが「死刑廃止なくして裁判員制度なし」と朝日新聞で語っていた。最近のテレビなどを見ていると、被害者や残された人の感情を利用して犯人への憎しみを増幅させる集団リンチ的な報道が多い。政府もそうした風潮を利用しようとさえしている。そうした中で、09年5月までに裁判員制度が始まる。団藤さんは、国民が法的な判断力をもてないままに感情にかられて判決を出せば、誤審の可能性も高まるという。 

 私もかつては被害者感情への共感ゆえに「死刑制度反対」と言い切れなかった。でも、「(被害者の)感情と国が命を奪うことは別」という言葉に同感。戦争を「人情から当然だ」と認めることができないように。

□2007年12月19日(水)

 嬉しい知らせ。公津の杜小は明日から学校対応で渡辺純君への水分補給をすることになったという。お母さんからのメールで、養護補助員は「お水をあげるようになってから、すごく表情が出て、笑ってくれるようになった」、指導した医者は「医学的には説明できないかもしれないが『5ccのお茶がそれ以上に効果があった』のが一番嬉しい」、校長も学校全体で取り組んでいくとのこと。お母さんは「(他の人から)お水を飲ませてもらうようになったことがこんなにも純に人への信頼感と心の安定感を与えたんだなぁと思う」「純だけでなく、子どもは・・・自分の存在を大事にしてほしいと思っているはず・・・」という言葉に私も心から共感した。

 朝日夕刊素粒子に「女は進化しておばあさんになるという仮説に裏付け」とあったので調べたら、昨日夕刊に《〝チンパンジー閉経期なし〞 「ヒトのおばあさんは特異」仮説補強》という記事が載っていた。京大やハーバード大の国際共同研究チームが確認したという。なるほどね。これで石原都知事の「ババア」発言(01年)がいかに差別的にねつ造されたものだったかも証明されたわけだ。彼は「『文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババア』なんだそうだ。『女性が生殖能力を失っても生きているってのは無駄で罪です』って」と、松井孝典東大教授の記事を勝手にねじ曲げて暴言を吐いた。当然にも怒った女性たちは(私も!)抗議文を突きつけたり裁判に訴えた。裁判は彼の負けとなった。(この件は「たいむ」452003年2月参照)。

 「おばあさん仮説」は、米ユタ大の人類学者クリスティン・ホークス教授らが提唱したもので、閉経後の女性は人類独自に進化した存在で、子育ての知恵や経験を生かして子孫の存続に有利だったとされる。今回の調査結果では、ヒトに最も近い類人猿野生のチンパンジー534頭分の出産データを調べた結果、「子を産む能力をなくすのと寿命が終わるのがほぼ同じだった」という。従って、閉経後も長く家族や共同体に貢献するヒトのおばあさんは動物の中では特異な存在。 そういえば日本でも母系制の影響が残っていた時代、年配の女性は族母だったり刀自(トジ・戸主―トヌシの約)として尊敬され、母屋(おもや)で家族のために采配をふるったのだ。

□2007年12月18日(火)

 11時より千葉地裁で八ツ場ダム裁判(公金支出差止等請求住民訴訟)。13回目を数える。今日は国土交通省が算出した八斗島の基本高水量22000トンは根拠がないということを、現地及び周辺流域調査をもとに担当弁護士がパワーポイントで証明。弁護団によれば、準備書面をやりとりしながら争点(治水・利水の問題、土砂崩壊の危険など)が明らかになり、これから証人尋問等に入るのが通常の流れ。来春以降立証段階に入るとのことだが、千葉県側は準備書面への反論からからいきなり最終準備書面にもっていこうという戦術のようだ。

 今日初めて知ったが、国土交通省は去る13日、八ッ場ダムの完成時期を5年延長して2015年度末とする発表をした。理由はなんとも説得力がない。5年延長となればさらに水需要は減り続けるだろうし、総事業費は変更しないというが9000億円を上回ることは必至とみられる。ますます要らないダムとなる。無駄な巨大公共事業をストップさせるために、裁判に注目したい。

 夜は日本キリスト教団千葉教会でドキュメンタリー映画「赤貧洗うがごとき」―田中正造と野に叫ぶ人々―の試写会。田中正造と足尾鉱毒事件や谷中村廃村事件のことはなんとなく頭の中にあったが、映画を見て、改めて田中正造の果たした役割と激しい住民運動が存在したことを知る。彼らが告発し闘ったこの国の在り方は、時代が変わっても底流に流れていることを実感した。明治の頃と本質的に変わっていない。正造が国会で行った「亡国演説」には胸が熱くなった。足尾鉱毒事件はすさまじい環境破壊だったから環境問題の視点でみてきたが、結局は政・官・業の癒着や国策の名のもとには棄民策をとって恥じない。政治の問題。

 1970年代初め、成田空港建設をめぐる三里塚・芝山農民の反対運動が全国の注目を集めていた頃「昭和の谷中村事件」といわれていたことを思い出した。

 もう一つ、女の底力を見せた運動でもあった。被害農村の中で、女性たちが義援金(カンパ)を出したり闘いの前面に立ったことは示唆的だ。因習に縛られた農村で、300人もの女性の名前が記されたカンパ名簿は壮観だ。そして、いつの世も命を生み出す女は、命が脅かされるとき立ち上がる。

 千葉を2往復して、なんだか疲れた。今日の朝日新聞のおはなしのくに冬休み特集は「動物に会いに里山へ行こう」。ワクワクする記事でリラックス。でも・・・「里山の崩壊と野生動物の増加」で人や農作物と野生動物との間にトラブルが発生していることには胸が痛む。

 聞くところによれば、成田ではハクビシンが繁殖し、5匹以上捕獲される日もあるという。胸が痛くなるのはその後の話で、捕獲されたハクビシンはいずみ清掃工場に運ばれ、委託された猟友会員が銃殺、ごみとして焼却処分されているという話だ。死ねばごみというわけだ。でも人間の都合を優先し、捕獲して殺せばすむ問題ではないだろう。記事にもあったが、「今一番急がれるのは野生動物を保護管理する行政の体制を作ること」。



□2007年12月17日(月)

 10月に県から許可が下りた安定型産廃処分場の現場を見に行った。以前現場確認に行った時とは大きく変貌していた。既設の処分場と林道をはさみ、山林が伐採されて地肌がむきだしになり、その中を重機が動いていた。林道側からみると深い谷になっている。 
 林道を降りて下に広がる谷津田の山際に整備された農道から見ると、山あいの奥まったところに位置し、あたかも山砂採取場の観。いずれ素掘りの大穴が空き、そこに安定5品目といわれる産廃が埋め立てられていくことになる。この一帯の谷津田はこれまで丁寧に耕作されてきているのだが、農家には目の前の産廃処分場がどう映っているのだろう。

□2007年12月16日(日

 旭市の海上キャンプ場体育館で管理型産廃処分場裁判控訴審に向けた東総住民連絡会の集会が開かれた。今年1月工事差し止めの民事で勝訴の後、8月には県を相手の行政訴訟でも勝訴という、産廃行政への痛烈な問題を提起する判決をかちとった。が・・・千葉県は住民の願いを聞き入れることなく、控訴。年明けから本格論戦が始まる控訴審に向けて、争点と展望を整理し決意を固める集会だった。

 住民の会もすごいパワーの持ち主が多いが、弁護団も君津市の安定型処分場控訴審で勝訴をかちとったメンバーや処分場裁判では歴戦の人もいて心強い。おまけ?に今日の集会には3人の司法修習生も参加して、頼もしい。問題を指摘し粘り強く行政への要請や裁判で闘う人たちがいてはじめて、矛盾だらけの産廃行政の根拠となる「廃掃法」を抜本改正する道が開ける。業者に許可を出すための法律ではなく、そこで暮らす「住民のことも考えた」法律へと改正していくきっかけになるのだ。さらに、出たごみの問題だけでなく、ごみをできるだけ出さないような社会を目指した運動ともつながっていることを知ってほしい。 黙っていては何も変わらない。この国の産業構造とも密接に結びついた環境行政は、なおさらだ。

 初めて不法投棄など産廃問題で旧海上町(合併で旭市)を訪れてからもう10年位になる。反対が98%を占めた住民投票の熱気も記憶の中に脈打っている。その多彩でしぶとい運動は住民運動のお手本のようだ。ところで、集会で顔を合わせた専門家から、成田市の安定型処分場でシアンが検出されていたことを知らされた。臭気があり毒性をもつ気体だ。

 久しぶりに東総有料道路を走った。風が強かったが、初冬の台地を抜ける気持ち良いドライブで忘年会疲れも吹き飛ぶ。

□2007年12月15日(土)

昨日の総務常任委員会を最後に、委員会審議が終わる。

 ビッグニュース!NASA探査車スピリットが火星で過去に生命が存在した痕跡を発見したという。なんでも「地球で微生物の生存環境が整えられたのと同じプロセスで生成された可能性があるほぼ純粋なシリカ(二酸化ケイ素)」が発見されていたのだそうだ。太古の火星には豊かな水が存在して生命の誕生もあった。しかし地球の外を回っているのでひと足早く乾燥した・・・そんな考えは必ずしも荒唐無稽ではなかったわけだ。 中学時代レイ・ブラッドベリの『火星人記録』を読んで以来、私にとって火星は無味乾燥の赤い惑星ではなかった。ハヤカワでは『火星年代記』で知られるが、私が昔むかし読んだのは町の図書室の蔵書で女性の翻訳本だった。華麗な訳文でたちまち魅せられてしまった。ハヤカワの訳は、はじめなんとも味気なかったことを憶えている。でも、ブラッドベリの火星はまるで・・・ギリシャかローマの古典のように美しかった。滅びゆくもの美しさと、わずかに残された未来への予感と。きっと生命は存在する・・・存在した・・・そうあってほしい・・・生きている間にそんな願いがかなう日が来るかしら?無理かもね。

 再放送「50年目のリトルロック 消えぬ人種差別」を観る。アーカンソー州の州都リトルロックのセントラル・ハイスクールで50年前の9月、9人の黒人が転入してきた。州知事は州兵を動員して登校を阻止しようとしたが、アイゼンハワー大統領は陸軍空挺部隊を投入し、兵士に守られ転入してきた。あれから50年の年月が流れた。転入した9人の1人ミニジーンは、高校での特別講義を終えたあと「こんなはずじゃなかった・・・50年もたったなんて思えない」と語る。2つのセントラルがある。未来のある白人と、希望のない黒人と。街にも2つの生活がある。マーチン・ルーサー・キング牧師の「Ihave a dream!」はどこへ行ったのだろう。

□2007年12月13日(木)

 新駅・基幹交通網整備促進特別委員会を傍聴。付託されたのは土屋新駅設置に関する請願。県議会でも委員会審議で採択されたようで、成田市議会も難なく可決。採算の見込みがない駅建設反対の声はあまり聞こえない。これも空港を中心にした特殊成田的事情だろう

 設置する場合は成田市が事業費を出す請願駅となるが、高速鉄道の運行(成田空港―都心36分)に支障が出ないことが大前提ということなので、事業者の鉄道会社などが渋っているようだ。都心との時間を短縮するというが、せいぜい10分そこそこ。成田エクスプレスや京成スカイライナーの運行・利用状況を考えると、新高速鉄道は極めて政治的色彩の強い鉄道建設だ。事業者である鉄道会社がどこまで抵抗できるか・・・。

 採算ベースを考えると、土屋地区はいまのところイオンを中心に活況を呈していて、成田の「新都心」。だが、そろそろ頭打ちではないか。同様の地域分散型ショッピングモール施設は銚子方面にも計画されているという。こうした施設はモータリゼーションの時代に対応した施設だ。もう一つ、駅が出来て新勝寺への参詣客の流れが現在と比べてどう変わるか・・・これも、参詣客が増えるような善男善女の時代ではないので、京成・JR成田駅と参詣客が分散するのではないか。いずれにしても、採算の見込みがなくて赤字補てんをしても、駅は作れる時に作っておくべきだという声が大きい。

 シュトラースブルクの欧州議会本会議はアメリカ、オランダ、カナダの国会に続いて議題「慰安婦へ正義を」(Justice for comfort women)を審議し、「慰安婦問題謝罪要求」決議を採択しする見込み。日本時間で午後11時より、EU議会のHPで実況中継される。私は今まで知らなかったけれど、オランダ下院の決議文は、安倍前首相を名指しで批判してあるそうだ。アメリカの時はマスコミもそれなりに大きな扱いだったが、ほかの国の決議にマスコミは不熱心だった。今日のEU議会HPの中継があることはある市民団体のMLで知った。

 もともと、日本軍軍隊慰安婦問題はずいぶん前に国連でも取り上げられていて、慰安婦を「性的奴隷」制度と規定し、日本政府に誠意ある謝罪と十分なる賠償を提言していた。

 南京事件も今日70周年を迎えた。事件そのものを否定する本を書いたりしたナントカという大学教授は、虐殺の生存者の女性をニセモノよばわりしたことで名誉棄損の判決をうけた。おまけに判決文では学者としての力量も疑問視されるお粗末さだった。彼やその仲間は沖縄県の集団自決事件でも日本軍の関与を否定している。そうした彼ら「つくる会」系歴史教科書が科学としての歴史学の体をなしていないことも併せ考えると、戦争の記憶を語り継ぐことの大切さを痛感する。

□2007年12月12日(水)

 全国の地方議員有志の共同署名による「岩国市の新庁舎建設補助金の交付を求める緊急要望書」提出のため参議院議員会館へ。要請行動に参加。要請項目は①岩国市に対して、直ちに今年度分の市庁舎建設補助金(約35億円)を全額交付すること、②「予算の再議はできない」とした根拠を明らかにすること、の2項目。政府側からは防衛省地方協力局次長、総務省自治行政局行政課長、そして大臣官房参事官が出席した。

 それにしても、政府による市庁舎建設補助金残金のカットというやり方はえげつない。しかも、カットを決めた張本人汚職官僚守屋前事務次官はいまや塀の中。一方で防衛利権の甘い汁を吸い、他方で住民投票の民意を踏みにじって自治体財政を窮地に追いやる・・・マッタク悪代官そのものではないか。

 この総額約49億円の補助金はもともと1996年SACO合意による普天間基地の空中給油機を岩国へ移転する見返りとして、芸予地震で耐震性が下がった市庁舎建て替えに充当するため交付決定されたものである。すでに0506年の2年間で14億円の補助金が交付されており、新庁舎も今年度中に完成予定で工事が進んでいる。

 防衛省は「補助額は各年ごとに決めるもので、約束はない」というが、約束もないのに自治体が巨額な庁舎建設をするはずがなく、補助金を出す防衛省が建設計画にノータッチだったはずもないのに、見え透いた言い逃れに終始した。同席した民主党代議士も、今年はじめの予算委員会での防衛施設庁答弁として「(補助金総額約49億円は)算定できる必要な情報は伝えてある。単価が若干変わっても額が大きく変わることはない」というやりとりを明らかにした。

 要するに、06年3月、米軍再編の一環である厚木基地の空母艦載機受け入れの是非を問う岩国市住民投票の結果を尊重して市長が「受け入れは容認できない」という決断をしたことへの、いわばみせしめのような仕打ちといえる。防衛省の説明でも、そもそも市庁舎建設への補助金交付の根拠法は周辺環境整備法であって、米軍再編計画円滑化法ではない。座間市などへの対応もそうだが、米軍再編に異議を唱える自治体への財政的しめつけは国のやり方として間違っている。

 岩国市では1日に「国の『兵糧攻め』には屈しない」1万人集会が開かれたという。井原市長は「・・・言うことを聞かないからと3年目に補助金をカットする。こんな非常識な措置は今までなかったのではないか。・・・『アメとムチ』で市民の意思を抑えつけようとする手法は、国が行う措置ではない。・・・米軍再編はカネ、圧力で左右すべき問題ではない」と語ったという。

 去年、今年と2度井原市長の話を聞く機会があったが、民意をしっかりと受け止めて国の圧力に一歩も引かない信念の人。一方岩国市議会はカネをあてこんだ移転容認派が多数を占め、補助金カットに代わる合併特例債による補てんを盛り込んだ市長の予算案を4度にわたって否決している。が、市長はめげずに11日、5度目の予算案を議会に提出したという。

□2007年12月11日(火)

 9日の住民投票の結果を受け、昨日の本会議で四街道市長は仮称地域交流センターの建設断念を表明したという。多数の四街道市民が「ノー」と意思表示したのだから、尊重規定が守られるのは当然とはいえ、よかった。条例にいわゆる50%条項を入れなかったことを評価したい。もしこれが入っていたら、投票率47.55%では開票されず焼却されていたことだろう。

 徳島市の吉野川可動堰建設の是非を問う住民投票の時に初めて投票率50%に満たない場合住民投票は成立しないものとするといった趣旨の条項が登場して以来、最近これを条例に加えるところが増えている。49.99%でも開票されないことを考えてほしい。由々しきことだ。

 千葉大の新藤教授がコメントしているように、政策の優先順位を考え直してみる必要がある。市民はハコモノより少子高齢化社会に対応したきめ細かな福祉政策を望んでいた。そうした声を無視して既定の計画だからと建設を強行しようとした市長やそれを追認する議会は、四街道だけではない。国や地方にゴマンとある。

 夜は千葉で忘年会。二次会までやって日付が変わってから成田に帰った。今日はなぜか話の中で3度くらい別れた夫を引き合いにだしてしまい、ひやかされた。でも、私がある程度詳しく知っている他人の男といえば、10年ほど一緒に暮らした夫だった人くらいだし。それに、もう別れた理由なんてどうでもいいほど月日も経っているから気軽に話題にできるということ。クシャミでもしているかしら?

□2007年12月10日(月)

 世界人権デー。1948年の今日、パリで開かれた国連総会で「世界人権宣言」が採択された。非戦闘員を戦禍に巻き込んだ第一次、二次世界大戦の深刻な反省の上に立つものだった。人権を世界共通の普遍的な価値として確認し、平和な世界を創るためには人権を守ることが大切だということ。

 アムネスティ・インターナショナルが制作した絵本「世界人権宣言」第1条には「私たちはみな、生まれながらにして自由です。ひとりひとりがかけがえのない人間であり、その値打ちも同じです。だからたがいによく考え、助けあわねばなりません」と謳われている。最後の30条は「権利を奪う『権利』はない」では、「この宣言でうたわれている自由と権利を、ほかの人の自由と権利をこわすために使ってはなりません。どんな国にも、集団にも、人にも、そのような権利はないのです。」とある。

 自由と平等は人類が到達した価値観。「人はみな自由で平等」という考えは自然に与えられたものではない。先人たちが血と涙で闘いとったのだ。だから、粗末に扱ったり放っておけばいつまた奪われるかわからない。実際のところ、世界を見回してみればどれほど人権が守られていないか・・・。日本も人権後進国と言われていることを肝に銘じるべきだ。

 私はもうずいぶん前から「世界に開かれた国際空港都市というなら『人権推進課』を設置すべきだ」という政策提言と予算要望をしてきたのだが、成田市は興味がないみたい。

 薬害C型肝炎訴訟の原告団が今日、大規模な行動に出た。午前中、原告団の表情もコメントも首相の政治決断への期待がこもって穏やかだった。しかし結局頼みにしていた首相は面会すらせず、しかも大阪高裁の和解案が出るまでは動く考えがないことがはっきりした。その夜の原告団の先頭にたつ女性たちの失望と怒りに、私も一緒になって涙を流した。出産時のアクシデントなどで大量出血した際に告知もされず投与されて感染した人も多い。「女性は産む機械」と暴言を吐いた厚労大臣がいたが、薬害エイズ事件同様日本の医療行政の無責任構造がまたこうして繰り返される露呈する現実はたまらない

 ところで、ほかに医療・製薬業界と政・官の問題として、精神医療についても同じような臭いを感じるのは私だけかしら?先日一般質問でADHDなどの子どもへの安易な向精神薬投与の問題をとりあげたが、子どもの頃から中枢神経を刺激し続けることがいいはずないのに、教育界ですら薬物効果を認める現状はどうかしら?

□2007年12月9日(日)

 四街道市で実施された「仮称地域交流センター」建設の賛否を問う住民投票の結果は、投票率47.55%で建設反対2万5384票、賛成が7962票。建設反対が有効票の76%を占めた。日本の住民投票は地方自治法のしばりがあって拘束力を持たせることができないため、条例制定にあたっては「結果の尊重」条項を設けてある。高橋市長は「理解していただけなかったのは残念だが、結果は厳正に受け止めたい」とコメントしたという。厳正に受け止めて、建設を中止するのか、ゴー・サインを出すのか、首長の民意の受け止め方に注目が集まる。<BR>

 私の記憶では、沖縄県名護市の「海上ヘリ基地建設」の賛否を問う名護市住民投票の時建設反対が多数を占めた直後、当時の比嘉市長は海上ヘリ基地受け入れを表明して辞職してしまった以外、当然のことながら住民投票で示された民意は尊重されている。

 民主主義における「主権」の在り方が試されるのが住民投票だ。平成の大合併の嵐が吹き荒れた頃には全国各地で住民投票が実施されたが、同じく地域の将来を決める重要案件(政策)で民意を問う直接請求はほとんどの議会で否決されてきた。そんな中、四街道市民はかつて千葉市との合併の賛否を問う住民投票で合併しない道を選び、今回の公共施設建設をめぐる案件での住民投票を実現した。快挙!まちづくりへの四街道市民の「市民力」には心から敬意を表したい。

 10年ほど前から全国の住民投票運動を応援してきて感じるのは、住民投票条例が可決された自治体では住民の関心の度合いが高く請求運動に勢いがあることと、民意を配慮する議員たちが次の選挙をにらんだ選択に追い込まれる場合が多かった。四街道市でも来春市議選があるらしい。別の見方をすれば、四街道市民は比較的市民の声を反映できる議会をもっているということかしら。それが本来の民主主義の在り方なのだが、日本はまだ民主主義の政治制度を採用して60年余り。これから、ということだろう。いずれにしても住民投票は民主主義の重要なツール。一定の条件のもと、議会の議決を経ないで住民投票が実施できる条例を制定すべきなのだ。

□2007年12月7日(金)

 昨日から空港対策特別委員会をトップバッターに委員会審議が始まって、今日は教育民生常任委員会を傍聴。報告事項だけで8件もあった。小ホールや図書館、子育て支援センターなどを備えた仮称公津の杜複合施設の整備、高齢者いじめと悪名高い千葉県後期高齢者医療広域連合の保険料等、老朽化と耐震強度が不足した加良部保育園に代わる仮称中台第二保育園建設工事基本設計、三里塚小と津富浦小に整備される児童ホーム、統廃合を視野に入れた学校適正配置調査中間報告、全国学力・学習状況調査結果その他盛りだくさん。

 夕方から千葉で打ち合わせ。電車で「週刊金曜日」を読んでいたら、「タリバンが来年にもカブールを再奪還か」という記事が目にとまった。世界7か所に事務所がある国際問題シンクタンクの報告書に関するもので、なんでもタリバンはすでに国土の54%を支配し、民心も確実に掌握しつつあるらしい。可能性ではなく、いつ、どのようにカブールを奪還するかという決定的局面にきているという。アフガンの人々に多大な犠牲を強いて行われている米・NATO軍のタリバン掃討作戦にも、大きな転換期が迫っているようだ。

 今年も「木漏れ日りんご」が届いた。大内さんの「果樹園便り」にはりんごの木のそばで実験的にバラを育てていることが書かれていた。。ヨーロッパの優れたぶどう園には必ずバラが植えてある

らしい。「バラは果樹の病気をいち早く知らせてくれる『優秀なセンサー』」なんですって。「病気に敏感なバラを日々観察して、ほんの少しでも病気になりかけた時に素早く消毒を行えば、薬もごく弱いものを少量使うだけで済むため、減農薬にもなります」とのこと。以前大内果樹園では虫よけにナスタチウムも植えてあるといっていたっけ。着色するための葉摘みをやらないで自然のままゆったりと熟した美味しいりんご。私はたちまちりんご園のばーばになって、空想の世界へ・・・。

□2007年12月5日(火)

 3日から始まった一般質問も今日で終わり。私の質問でいえば、これまで調査費をつぎ込みながら着地点がみつからなかった埋蔵文化財展示保存施設が下総歴史民俗博物館の隣接地に建設されることになり、その規模は約2000平方メートル位というのがわかったことくらいかしら?成田市で発達障害といわれる子どもの数はADHDが小学生19名・中学生2名、学習障害(LD)小学生1名・中学生2名、高機能自閉症は小学生42名・中学生3名というのもわかった。

 ADHDについていえば、それは県教委のQ&Aでも「環境や生育歴による場合があり、見分けがつきにくい」とか、「多動性は10歳頃までで徐々に目立たなくなるといわれますが・・・」と認めざるをえないように、大人の「子ども観」によって判断や対応が左右される場合が多く、また一人ひとりの生育の速度によっても異なる。だから県教委が効果的と認めるような、覚せい剤と同じカテゴリーのリタリン投与等安易な薬物療法に頼ってはいけないのだ。

 3日間人の話を聞かなくてはいけないという拘束された脳みそを活性化するために、日曜日にビデオに撮っておいた開高健の追悼番組(1990年放送)と、借りていたDVD「BOBBY(ボビー)」を観る。

 スコットランドやモンゴルで魚を釣る開高健はほんとうに魅力的。甲高い声もケッケッケッという哄笑も自然の中で違和感がない。いまどき、こういう心の太い(胴回りも太いけど)男性はなかなかいないので見ていて惚れ惚れする。ヨボヨボのじっさまになった姿も見たかった。

 「ボビー」とはロバート・ケネディ。1968年6月6日、大統領選カリフォルニア州の選挙とその日のRFKや選挙スタッフの行動と、彼が凶弾に倒れた日に同じホテルに居合わせた人たちの人間ドラマがからみあい、ドキュメンタリータッチで繰り広げられる。その4年前に暗殺された兄JFKの後を継いで合衆国大統領を目指したが、この日妻の腕の中で息を引き取った。

 彼の兄JFKが暗殺されたのは私が高校1年の時。当時NHK青年の主張全国コンクールというのがあって、その日は千葉県予選の朝で私も出場予定だった。朝5時に母が私を起こし、JFK暗殺のニュースを伝えてくれた。テレビでは日米衛星放送開始の第一報、合衆国大統領暗殺のニュースを流していた。あまりにもドラマティックでとてもショックを受けたのを覚えている。RFKの時はベトナム反戦運動に飛び込んでいたので衝撃度は低かったが、いまDVDを見て兄弟の暗殺に隠されたアメリカの暗部を実感。

□2007年12月1日(土)

 1130日より 1220日(木)まで、12月定例市議会。今回予定しているADHD等「発達障害」の子どもと薬物治療に関する一般質問に関連して、市民人権擁護の会の米田さんが送ってくれた種類別向精神薬の市場規模(医薬品データブックより)と抗うつ剤売り上げ(出荷ベース・薬事ハンドブックより)のグラフは、米田さんに言わせれば「尋常じゃない」。抗精神薬では06年規模で抗不安薬・睡眠導入剤が972億円(2000年比189億円増)、抗うつ剤が875億円(同567億円増)、統合失調症治療剤が911億円(同539億円増)、抗躁剤・精神刺激剤が29億円(同3億円増)。

 いまや抗精神薬市場は猛烈な勢いで伸びている。先日リタリンが問題になったけれど、6歳未満の子どもに睡眠導入剤を与えたり、小学生にもADHD等発達障害と「診断」されると向精神薬が安易に投薬される傾向にある。「その子にとって良い方法」を探っていく先が結局、「手のかかる子」は薬物で静かにさせようという時代なのだろうか。すでに欧米では子どもたちの犠牲を教訓に様々な規制が行われているというのに、その後追い的に始まった日本の「発達障害」児への向精神薬投薬の容認は、育児や教育の視点で深刻なテーマになりつつあると思う。

 午後からPAC3配備反対の抗議デモに参加。器用な人が作った原寸大のPAC3を先頭に津田沼駅周辺と、薬円台公園からR296自衛隊習志野基地前をデモ行進。前回は雨模様だったが今日は晴れて風もなく、デモ日和。最近市民生活の中でデモに遭遇する機会がないせいか、沿道やマンションなどの窓から行進に関心をもってくれる市民が多かったこと。「やっても意味ないんじゃない?」という人もいるけれど、だから何も言わない(言えない)という世の中になってしまったらオシマイ。デモというのは意思を明らかにする合法的な行為なんだから、賛成でも反対でも、やるべき時はやるべし。

□2007年11月29日(木)

昨日、富津市田倉の産廃処分場設置差し止めの控訴審判決で再び住民が勝訴した。産廃の安定型最終処分場について、東京高裁は1審の千葉地裁木更津支部判決を支持し、「有害物質の混入は不可避」とした。

9月議会での私の一般質問や「たいむ」64号でも取り上げたが、素掘りの穴に安定5品目とされる産廃を埋める処分場について、改めて再検討の時期にきているといえるだろう。もちろん、そのためには廃掃法の抜本的改正が必要。また法改正を待つまでもなく、現状においても残土・産廃問題ネットワーク千葉の井村弘子事務局長がコメントしているように、「全国一律に規制するのはやめ、都道府県に裁量をまかせるべき」だと思う。成田でも同様にアスベストを含め130万立法メートルも埋まっている安定型処分場の隣に新たな処分場が10月に県から許可され、動き始めた。

今日未明、正確には午前3時20分頃から習志野基地にパトリオット-3(PAC-3)が搬入された。入間基地に次いで2か所目の配備だ。緊迫した雰囲気の中でPAC3が搬入された。今日のところは大型輸送車で数台が正門から闇の中に運び込まれた。発射台や本体などは今後運び込まれるようだ。

夕方搬入情報が入った。仮眠して私も午前1時に家を出て車で習志野基地に向かう。R51は深夜なのでスイスイ走れた。と・・・基地正門が近付くと前方に機動隊の姿がライトで浮かび上がった。一方搬入を知って急きょ集まった約80人のたちが門前の座り込みを引っこ抜かれて向かい側の歩道に移り抗議しているのが目に入る。私の前に3台車が止まっていた。

ととと、後ろから右翼の真っ黒な街宣車が数台、規制されている車の横をすり抜け、正門に向う。あらら・・・右翼はパスなのね。反対派だけではメンツがたたないので右翼を動員したのかしら。着くなりあのバカデカイ音量のスピーカーで「自衛隊諸君に敬意を表します」と叫んだり、反対する市民を口汚くののしったり。右翼以外の車はUターンさせられ、私は近くのコンビニで飲み物を買って車を置かせてもらい、遅れて合流した。座り込みのごぼう抜きでは知り合いの県議が負傷し、機動隊の責任者が明らかにされないため乗車を拒否したので救急車が待機。全盲のUさんも「非暴力を貫きましょう」と、奥さんと一緒に歩道に座り込む。

PAC3はイージス艦が撃ち漏らした弾道ミサイルを地上から狙い落とす。一発約3億円。でも、命中率が低く、命中しても弾頭に搭載されたN(核)、B(生物)、C(化学)兵器が県民の頭上で炸裂する。そんなもの、いらん。

そのミサイル防衛(MD)導入に熱心だった汚職まみれの元防衛省事務次官は昨日、おこぼれをいっしょに貪ってわが世を謳歌した妻とともに逮捕された。これをきっかけに防衛利権に巣食う政・官・業の腐った癒着構造のメスがはいるのだろうか。

それにしても、こうした強行スケジュールは老骨にはこたえる。今日はいつも以上に頭がボーッとした一日だった。と、宮崎県のそのまんま東知事の「徴兵制」待望発言のニュース。コメンテーターが言っていたけれど、「親父たちが縄のれんで酒を飲みながら『今の若者は規律や倫理がなっとらん、軍隊で鍛えろ』とくだをまく発想」というのは納得。若者をアーダラコーダラ言う前に、そのまんまわが身を振り返れ、だ。

□2007年11月27日(月)

一般質問の打ち合わせ。12月定例議会の一般質問は18名が予定しているそうだ。朝10より始まって1日6名で3日間。私は2日目午後の2番目。

東京で劇場公開された時に行けなかった「母たちの村」、DVDで観る。

2004年に制作されたフランス・セネガル合作の映画で、監督は「アフリカ映画の父」と言われるウスマン・センベーヌ。第57回カンヌ国際映画祭ある視点部門グランプリや、全米批評家協会賞最優秀芸国語映画賞などを受賞している作品だ。

コレ・アルドの夫には3人の妻がいて、彼女は第二ママ。割礼(女性性器切除)が原因で2人の子を流産したので娘には割礼を受けさせていない。そんなコレおばさんなら自分たちを助けてくれると割礼を嫌がる娘たちが彼女の家に逃げてきたのがストーリーの始まり。第一ママも同調して娘たちはコレの家に保護(モーラーデ)される。モーラーデといっても家の入口に縄をかけるだけなのだが、コレがやめるというまで誰も立ち入ることはできない。「モーラーデ」は、そこに逃げ込んだら法も権力も及ばない中世ヨーロッパでいう教会のような聖域の役割をもっている。

とにかく自然も、女たちも力強く美しい。女にとっては命がけの性器切除という因習に苦しんできたコレはじめ母たちが力を合わせて立ち上がり、「この子たちは切らせない」「誰も切らせない」と娘たちの割礼をやめさせるのだが、割礼を施す役目の女や、よくないとわかっていても割礼は義務のように信じている女たちとの葛藤、そして「割礼しない女は不浄だから結婚できない」という男たちの頑迷な戸惑いや怒りが時には滑稽に描かれている。

男たちはコレはじめ女たちが反抗するのはラジオ(からの情報)のせいだとして、彼女たちからラジオを取り上げ、村の広場で燃やしたりするのも象徴的だ。情報が意識を変える。「そんなこと(女児割礼)はコーランに書いていない」。

また、表向きとは異なってコレの夫は彼女が娘に割礼を受けさせなかったことを理解しているし、そんな娘は不浄だから結婚するなという父親の命令に背くパリ帰りの息子などもしっかり描かれているせいかもしれない。

頭上に水甕(甕というよりポリでできたたらいみたいな入れ物)を乗せ、すっくと背を伸ばし、まっすぐ前を向いて歩く女たちの列。それを包み押し上げるように響く澄んだ歌声がいい。それはこんな歌だ。

 「女性たちは素晴らしい 女性たちは生命を生む 女性たちに敬意を捧げよう (繰り返し) だからこう言いたい 女の子が生まれたら ぜひ教育を与えなさい 立派な花嫁になるために ぜひ学校にやりなさい 昔から言われてきたことがある でも割礼のことは書かれていない 昔から言われてきたことがある でも割礼のことは書かれていない それは書かれていないのだ」 

北京世界女性会議でも大きな課題の一つとなり、アフリカの女性たちを苦しめている性器切除という深刻なテーマを扱っているにもかかわらず、「飾らないシンプルさと力強い巧みさが融合、ポジティブに気分の良くなる映画」という批評にあるような、心地よい感動が残った。




□2007年11月25日(日)

 栄町のふれあいプラザ(通称・ふれプラ)で開催された「明日づくり研究会発足記念講演会」へ頼みごともあって参加。前町議野田泰博さんが代表を務める研究会だ。野田さんとはふれプラをつくる準備段階で共通の知人を通して知り合った。当時は外資系会社の社員でありながら町会議員になったというので新聞でとりあげられた人だ。日本企業ではまず考えられない。当時彼はノルウェーの会社に勤務していたらしい。これからは会社員でも議員が勤まるような議会システムに変えていくのが望ましい。私だって、市議に立候補する時法律事務所を辞めたくなかったもの。

 講師で団塊ネット前田和男さんの話は「市民が動かねば政治は変わらない」。団塊の発想ってなんとなく似ていると思った。ノルウェーでは議員の3分の1は年金生活者、3分の1は女性、3分の1はその他、というクオータ(割り当て)制だそうだが、

それっていいね!と言えるような共通した感性が嬉しい。

 元「日刊ゲンダイ」編集長でジャーナリストの二木啓孝さんの講演「二大政党制は実現するか」は、朝のワイドショーの続きみたいで楽しませてもらった。例の「大連立」騒ぎの内幕を「オフレコ」で話してくれた。オフレコというのは文章にしないということらしい。おしゃべりまちこにとって「オフレコ」だからこそこの日記に書きたい衝動にかられるのだが、我慢。

 24日のオーストラリア総選挙では下院で労働党が圧勝。ラッド首相が誕生する。この政権交代で京都議定書早期批准やイラクからの一部徹兵が実現しそうだ。二木さんの話や、オーストラリアの政権交代を見ると、日本の政権交代も現実的ではないか。

 3年前オーストラリアに行った時総選挙に出くわした。空港にも投票所があって次々と立ち寄る人がいた。オーストラリアは投票しないと罰金の国だから、きめ細かに投票所を設けているのかしら。罰金請求は厳しいようだ。私の英会話の先生だったリンさんにもいつだったかの総選挙で成田まで罰金請求書が届いたという。「ここまで請求書を送ってくるなら候補者や政策の資料も送るべきでしょう。誰が立候補しているかわからないでは投票できません」と抗議したそうだ。

□2007年11月24日(土)

なんだか風邪をひきそうなので葛根湯を飲む。食間か食前に飲むのでちょっと面倒くさい。こういう日はゴロゴロ怠惰に過ごすのが一番なので出かける予定を全部中止する。

 今年はまだ福島の大内農園からりんごのDMが届いていないのに気付く。

もうすぐ12月。大内さんのりんごは毎年りんご大好きな私のグランドサンに送っている。「ばぁちゃんのりんごがまだ届かない」と思っているかもしれないと焦ってしまい大内さんに電話をしたら・・・今年は気温の高い日が続いたので収穫時期が遅れ、昨日DM送ったとのこと。絶妙のタイミング!思いは通じるものなのね。りんごは寒い地方の果物。農作物が気温の影響を受けるのは自然の「理」なのだ。今年の夏は日本の気候が亜熱帯化したといわれた。きっとさまざまな影響を受け始めているのではないか。そういえば、おコメも北海道産の味がよくなってきたらしい。

 十数年前になるが、旭川空港から市内に行く途中収穫前の田んぼが目に入った。北海道に田んぼというのはなんとなくイメージがあわないと思ったが、地球温暖化はこれからの北海道を有力な稲作地帯に変えていくのかしら。

ところで、りんごは赤い発色を促すためにわざわざ葉を除くらしい。でも葉には一枚一枚に役割があるので、大内農園のりんごは葉をそのままにして完熟を待つという。赤にちょっと青が混じってまだら模様のりんごは名づけて「木洩れ日りんご」。蜜が詰まっていて美味しい。農薬は最低限のものしか使わず、りんごの木の下にはナスタチウムなど害虫が嫌うハーブを植えているそうだ。農園から届くそうした情報からいろいろ想像をめぐらし、なんだか嬉しい気分になるから不思議。

 満月の夜。「かぐや」はどのあたりを周っているのかしら。

□2007年11月23日(金)

何十年ぶりかに、池袋駅で降りる。私も会員になっている開かれた議会をめざす会主催公開シンポジウムが開催された。議員・市民やオンブズなど議会監視団体が多数参加。テーマは「議会基本条例」を考える!!―そのあり方と活用の仕方について―」

成田市議会では、私が所属する総務常任委員会が自治体の憲法ともいえる「自治基本条例」制定に向けた勉強に着手したが、全国の先進的な自治体議会では議会の憲法といえる「議会基本条例」の制定に向けた動きが広がりつつある。すでに制定した自治体(県1、市町村4)、準備中も含め今後さらに増えることが予想される。

なぜか。戦後民主主義の政治制度の中で、住民の代議機関としての議会の硬直化が問題になって久しい。民意が正確に反映されていないのではないか、利権益の分配が政治だと思っているのではないか、議員特権を貪っているのではないか、そもそも行政をしっかり監視していないのではないか・・・議会に対する住民の不信は失望から議会不要論にまで広がりつつある。しかも世は分権時代。これを一方で担う住民とその代議機関の議会がこのままでは民主主義の危機だ。

変えなきゃ議会!どう変える?(このあたりはホームページ「市民の広場」参照)

議会基本条例は、議員や市民の権利・義務や市民参加を進めるためのルールなど、議会の活性化、市民のための議会づくりを目指したもの。条例制定の動きは民主主義を活性させる。今年2月に条例を制定した三重県伊賀市の前議長安本美栄子さんの話は痛快だった。

伊賀市の条例の特長は①(市民と議会の)情報の共有、議会への市民参加を進め、意見交換の場としての定期的な議会報告会の義務化(7条)。対象は伊賀市にある38の住民自治協議会。②議会討論の一問一答方式と行政への反問権の付与。(8条)③政策形成過程の公正、透明性の確保と議会審議での論点形成のため行政につぃし7項目の提出義務(9条)。④二元代表制の一翼を担う議会、合議制機関としての機能推進に政策検討会の設置(12条)。⑤閉会中の委員会活動として出前講座の開催(13条)。住民のリクエスト。⑥議案に対する議員の対応(表決態度)を広報で公表(18条)⑦議員の定数・報酬の改正は議員自ら説明責任を果たすため議員提案を行う(21条)など。

 安本さんの話では、まだ制定されたばかりだが変わったこととして①議員が勉強するようになり、市民も議員や議会情報を得る機会が飛躍的に増えて互いにレベルが上がった②議会と行政の緊張関係が生まれた、とのこと。

コーディネーターの法政大学教授で自治体議会改革フォーラムの廣瀬さんが議会改革の諸課題を定期してシンポは終わったが、得るところの多いシンポだった。


□2007年11月22日(木)

 午前中は女性の会の例会、お昼は冨里から参加した会員さんと外食、その後ご無沙汰している人からの「美味しいパンを焼いたからあげるよ~」という電話にあつかましく出かけて行き炊飯釜みたいなパン焼き器から出来たての食パンを・・・と、一日中食べて、(お茶を)飲んで、おしゃべり。

 ミシュランガイド東京版が発表された。格付け結果は19日にわかっているので刺激度は薄い。そんなに騒ぐこともないだろうと思うけど、でも・・・掲載店には予約・問い合わせ殺到らしい。

 以前、オンフルールからドーヴィルを回ってパリに帰る途中の海岸通りを走っていてとある道を通りかかった時「この近くに星一つの店(名前は忘れた)があるんですよ」と聞かされた。星一つでもついたらハクがつく有難い格付けと知った。

 でも、料理がおいしいかどうかというのはかなり主観に左右されると思っている。だから私は、「どこそこのナニが美味しいから行きましょう」という話にはほとんど興味がない。お付き合いではたま~に行くけれど。某出版社のカルチャースクールで仕事をしていた頃、和食・洋食・中華・会席・お菓子類など各ジャンルでその名を知られた料理人がデモンストレーションで作った料理を、3時の休憩の時にしょっちゅう食べていたせいかしらん。

 例えば和食で究極の美味って何だろう。私が尊敬する食通馬喰人(バクーニン)先生に語らせると、それは簡単に言うと「水・米・塩を選んで炊いたお粥」。

□2007年11月21日(水)

 国際文化会館で成田市表彰式。市表彰と教育委員会表彰があって、教育委員会表彰では今年中学校で全国1位になった西中の4×mリレーチームも表彰された。種目は異なるが私も中学時代は9人制バレーボールのアタッカーと体操をやっていたから、全国大会へと進むことは天賦の才とともに努力とチャンスもあわせてどれだけ大変なことかよくわかる。しかも1位になったのだから、すごい!の一言。今年の西中は関東大会3年女子3位や女子共通100mハードル3位の生徒がいて、そうしたこともリレー全国1位につながったのだろう。ほかにも全国トップクラスの常連、成田高校陸上競技部や成田国際高校少林寺拳法部女子などが表彰された。

12月定例市議会の一般質問を「通告」(66回質問してきたけれど、ちっとも馴染まない言葉)。議会は今月の30日(金)から始まる。私の今回の質問は①有機農業について②成田市の文化政策について③ADHDと子どもへの薬物投与について、の3点を質問する。質問項目の詳細は議会レポート参照。

京大チームがヒトの皮膚から万能細胞をつくることに成功したというニュースが世界を駆け巡った。倫理問題がつきまとっていた受精卵を使う細胞に代わるものとして、再生医療が前進するのではないかと期待されている。でも、万能細胞ということで生殖細胞も可能性アリなら男性の細胞から卵子、女性の細胞から精子がつくれるかもしれないというから複雑な気分。

昨日返却日が迫ったのでドキュメンタリー映画「ダ-ウインの悪夢」を観た。人類発祥の地アフリカ中央部、タンザニア西部のビクトリア湖畔で繰り広げられている現実を見せつけられると、暗たんたる思いに襲われる。世界第二のビクトリア湖に放たれたバケツ1杯のナイルパーチという魚が短期間に他の魚を駆逐してしまった。そのビクトリア湖はどんどん干上がり、水質汚濁が進む。近隣のコンゴやルワンダの戦争のために武器を運んできた飛行機が、帰りにEUなどで食用となる魚を積み込んでレーダーもない空港を飛び立つ。住民は漁や魚の加工場で生計をたてているが、魚肉はヨーロッパに運ばれ、彼らの口に入るナイルパーチはウジがわく頭と骨。頭を油で揚げて売っている。子どもたちはわずかの食糧を奪い合い、娘たちは運び屋のパイロットなどを相手に売春。

 進化の頂点にいるといわれるホモ・サピエンス・サピエンスの世界は、まさに弱肉強食の世界なのだ。再生医療もなにもあったものではない。

□2007年11月20日(火)

ふと気付くと、ニュータウン中央通りの街路樹ユリの木の枝が「剪定」されて、枝を全部落として無残な姿を露出していた!今のところ橋賀台側のユリの木はまだ剪定していないので、黄緑や黄色、茶色に色づいた葉が残って晩秋の風情を醸し出している。あたりに高層マンションも目立つようになったし、木もずいぶん太くなってきたのでこのままのびのびと大きく枝を広げたユリの木通りになるといいなと思っているのに・・・。

街路樹の剪定についてはこれまで何度か担当課に要望してきた。特にこの季節の剪定はやめてほしいと。そもそも、害虫が発生したわけでもない、事故につながるわけでもない、通行の邪魔になるわけでもないのに、なぜ晩秋で落葉が見ごろのこの季節にバッサバッサと枝を全部落としてしまうのか。以前信頼する庭師に写真を見せたら、ニュータウン外周や中央通りのユリの木の剪定方法は樹木の性質を無視した最悪のスタイルだと言っていた。

落ち葉に苦情があるような話も聞いたが、落葉樹は春に芽吹き、夏は葉を茂らせて木陰をつくり、秋に葉を落として大地を肥やし、巡りくる春に向けて準備をする。そうした自然のリズムのなかで私たちの心身も育まれてきたのではないか。自然に人生を重ね合わせたり、心を癒されたり、そして何よりも私たちは植物が吐き出す酸素によって命を維持しているではないか。落ち葉が邪魔なら掃除をすればいい。たまたま街路樹で、アスファルトの道路や混み合った住宅街などに葉が飛び散ったりするかもしれないが、だからといって葉も落ちないうちから枝を落としてしまうなんて許せない! やらなくてもいい剪定で支払う委託料も無駄使いじゃ。私はガックリ

□2007年11月19日(月)

 キリリと気持ち良い1日だった。今日は業者さんに故障したパソコンから新しいパソコンにデータを移動してもらった。これでパソコン関係の一連の作業が終了。

 今朝の朝日新聞に「選挙費用水増し横行」が大きく報じられていた。成田市ではたしか1999年(平成11年)4月の統一地方選から上限を決めてポスターや告示期間中のガソリン代、選挙カー借り上げ料などに税金からの助成がされるようになった。しかしこうした報道からすると、公費負担は廃止、もしくは実態に即した補助金額の見直しが必要だと思う。そもそも条例制定にあたってそれぞれの公費負担金額が適正かどうか審議が不十分だったのではないかと、当時議員だった私は厳しく反省している。

 なぜならいまや選挙請負業が大繁盛。選挙近くなると送られてくるDMの中に、選挙に必要なグッズ(選挙スタッフさえも!)のほか、ポスター・政策パンフレット・選挙用名刺などがセットでいくら、という商売もあるのだ。もちろん、別々に注文することもできるが、ポスター代の流用はそうした一式いくらという商売を利用しているのではないか。議員かギョーカイかどっちが先かはわからないが、公費負担をきっかけに流用しやすいシステムが編み出されたとしたら、選挙費用の公費負担は再検討の余地がある。

 予断だがDMを見てここまできたかと思うのは政策パンフレット(リーフレットも)のマニュアル。出来合いのマニュアルに候補者が矛盾しないようはめ込まれる仕組み。私の場合リーフはすべて手作り。「たいむ」同様自分の印刷機で印刷している。他候補のようにカラー刷りではないけれど、リーフレットの政策込み外注なんて考えたことはない。

□2007年11月18日(日)

多古町染井の桜宮自然公園で里山一日体験〝民謡が流れる里山での草刈り体験〞に参加。桜宮自然公園6周年の記念すべき日でもある。

ゴミ捨て場になってしまった里山に持ち上がった産廃中間処理施設建設問題。そんな中で6年前の今日、産廃問題と環境問題がリンクし、里山は地権者や自然を愛する人たちの熱意で新たな命を吹き込まれた。山には人が入り、木立の間ににぎやかな声が響くようになったのだ。そして不耕起栽培の水田にはニホンアカガエルが卵を産み、空にはサシバが舞い、食物連鎖が回復した。

私が子どもの頃にはあたりまえの光景だった。大人たちは冬を前に里山に入り、枝を打ち、下草を刈って燃料としての薪を準備した。山を持っていない人たちも手伝うことで分け合った。この作業が終わった後の里山は遠くまで見晴らせるほどきれいに刈り込まれていたことを今でもはっきり憶えている。私たち子どもは駆けずり回って遊び呆けていた。その後プロパンガスの普及でそうした作業もなくなり、山には人が入らなくなって荒れた。<

その後政府の減反政策もあり、農作業に労力を要する谷津田が真っ先に放棄され始めた。人が入らなくなり、しかも傍に道路が整備されるようになると、そこは格好のゴミ捨て場。桜宮の里山もそんな場所だったのではないか。

桜宮自然公園が注目され、いろんな賞をもらったり町長を先頭にした町ぐるみの反対表明で、現在産廃処分場は塩漬け状態。予定地を包囲するように、多くの地権者がこの里山運動に協力していることが強みだ。ここは今や産廃問題を通して、里山を愛する人たちによって里山文化を発信する場へと変わったのだ。今日のイベントでそう感じた。草を刈るリズムと刈干切り歌のリズムが一つになって、本当に気持ち良い一日だった。

□2007年11月17日(土)

 またまた積み上がってしまった資料の整理を終えて、多古の実家へ。妹たちとお墓参り。目と鼻の先の畑に母が生前に植えた色とりどりの菊が満開で、摘んで墓前に供える。晩秋の日差しが清々しい。持っていったオレガノとキャットニップを植え、父が育てた家庭用野菜を収穫した。畑の隅に植えてあるビワがたくさん花をつけていた。実っても鳥の餌だが。

 夜は残土産廃問題ネットワーク千葉の例会で千葉市コミセンへ。鉱滓(こうさい=スラグ)、山砂・道路問題や産廃処分場をめぐる2つの控訴審その他、当面するテーマへの対応を話し合う。

 鉱滓スラグは有価物ではなく産廃として位置付けなければいけないこと、(下水)汚泥灰は「鉛やカドミウム、水銀などが混じっていてメチャクチャヤバイ」ことなど改めて認識した。三重県で問題になった北川前知事誘致のフェロシルトは、六価クロムやラジウムなど放射性物質が含まれていたこと、また、汚泥灰の水銀は800℃以上だと空気中に飛ぶらしい。東京都の溶融炉で煙突から高濃度の水銀が検出されたという。

 千葉から帰って、いつもなら眠ってしまう夜更けの時間帯にNHKで放送された「グレン・グールド―永遠のピアニズム」は全く眠くならないほど見ごたえがあった!断片的に知っていたカナダの伝説のピアニスト、グールドの魅力満載の豪華な番組。

□2007年11月16日(金)

 今年のノーベル平和賞を受賞したアル・ゴア米国前副大統領の『不都合な真実』を観る。

 実は先日、月探査機「かぐや」がハイビジョンカメラで7日に撮影したという地球の鮮明な画像に触発され、ビデオショップで『不都合な真実』とその隣に陳列されていた『ダーウインの悪夢』を借り、今日やっと観た。

 最後の氷河が終わって1万年余が過ぎ、寒暖を繰り返しながらも地球はいずれ氷河期に向かっていくといわれているのだが、ここにきての温暖化問題は人間活動によって引き起こされたもの。ゴア氏のようなメジャーな人がその先頭に立つことの意味は大きい。この作品を通してのノーベル平和賞は、温暖化問題が突きつける現代文明への警鐘でもある。

 それにしても、虚空に懸かる地球といったこういう画像をみせられると、あらためて不思議な感慨にとらわれる。アポロ計画で月に行った宇宙飛行士の中には、信仰に目覚める人、精神に異変をきたす人がいたという。暗黒の宇宙空間に支えるものもなくぽっかりと浮かぶ青い星を自分の目で見たら、それもまたありうることだろうと思う。

 私は小6の時に『宇宙の不思議』という本を読んで頭がこんがらかってしまって以来、難しいことは考えないようにしている。が、最近アメリカの宇宙物理学者(女性)が5次元空間の存在を唱え、現在スイスなどでその理論を証明すべく実験が開始されたというような話を聞くと・・・考えても答えの出るはずがないようなことをフト考えそうになる。実に厄介な話だ。

□2007年11月15日(木)

ボジョレー・ヌーヴォー解禁。それにしても、どうしてこんなに高いんだろう。初物好きの日本的ご祝儀相場かな。ワインは好きだからとりあえず味見はするけれど、こんな高い新物ワインを飲み続ける気はないので1本だけ。

朝刊「ひと」欄にロン・ティボー国際音楽コンクールのピアノで優勝した田村響さんが取り上げられていた。最終審査でラフマニノフのピアノ・コンチェルト第2番を弾いたとのこと。20歳の青年があの曲をどう弾いたか、クラウディオ・アウラに心酔しているというから門外漢の私にもなんとなくイメージできる。

音楽コンクールで思い出すのはこのロン・ティボーでも優勝しているスタニスラフ・ブーニンが優勝した1985年のショパン・コンクール。私はラジオでコンクールを聴いた。テープに録音もした。演奏が終わり、熱狂的な拍手の中で会場にいた日本の高名な音楽評論家が「今日この場にいた人たちによって、私はあのショパン・コンクールでブーニンを聴いたと語り伝えられるようになるでしょう」と、興奮を抑えられないように語っていた言葉を今も憶えている。

実は、その雰囲気が忘れられず87年にブ20歳のーニンが何度目かの来日をした時、仕事帰りに上野まで聴きに行ってしまった。本人に関心があったわけではないのでそれっきりだったけど。

 ミニコミ紙で、統一地方選挙で当選した成田市の各候補の収支決算が取り上げられていた。某候補の告示期間中(7日間)のガソリン代20万円にはビックリ。その記事によればリッター120円、燃費10㎞(排気量3000ccのワゴン車で1日の走行距離2380㎞となり、1日で成田から奄美大島までの往復距離にあたるという。

□2007年11月14日(水)

市内某ゴルフ場の練習場と隣接する市道の間に防球ネットを張る作業が終わったという電話。「通学・通勤・農作業などで市民が利用する市道にゴルフ練習場のボールが飛んでくるので危険。改善してほしい」と、1年半位前に市道を利用する市民から手紙をもらい、市の都市計画課と道路維持課を通して防球ネットの設置を要望。

ところがなかなかラチがあかないので昨年

12月議会で一般質問。そもそも市との事前協議と異なる使い方をしていたこともあり、会社の社会的責任も問題にした。時間はかかったがとりあえずネットを設置したというのでひと安心。 ・・・ということでさっそく様子を見に行った。これで通行人の安全が確保できるか、今後様子をみたい。

久しぶりに坂田が池~風土記の丘コースをウォーキング。下草が刈り込まれ、冬支度が整ったようだ。来年もまた様々な山野草が芽を吹いて心を和ませてくれるだろう。某所はそれまでブッシュだったところを刈りとったので、今年の春にはたくさんのキンラン、ギンランが姿を現し花を咲かせてくれた。でも、野生の動物たちが巣作り子育て身を隠すためには、ブッシュもそれなりに残さないと。今年はまだ暖かいせいかしら、坂田が池の水鳥の数が少ない。

一辺が80メートルの(ほぼ)正方形、方墳では日本一の岩屋古墳とその周辺を栄町が整備するということを新聞で見たので寄り道をする。まだ途中だが周囲が刈り込まれ、見事な三段丘墓の周囲も一辺を除いて歩けるようになっていた。実際歩いてみて、その大きさを実感。よほどの権力者だったのだろう。

□2007年11月12日(月)

車検が終わったので車を引き取りに行ったついでに、栗源(くりげんと読む人もいる。ちなみに八街をはちまちと言う人がいた・・・)の「道の駅」が近いというので寄ってみた。最近この栗源と私の生まれた多古町の道の駅は繁盛しているようだ。そばを栗山川がゆったりと流れる多古の道の駅は実家に行く時に寄ることがある。いつも大賑わい。私がよく買うのは(すぐ売り切れてしまうので、あればの話だが)ぶどうパン、銚子で水揚げされたセグロイワシの酢漬け、本場の味を伝えるキムチ、○○さんが作った寿司の太巻き(酢の混ぜ具合と卵焼き美味)など。

かつて道の駅があちこちにつくられ始めた頃、成田でも話が出たことがある。R51の十余三、野毛平あたりに作りたいという声があった。議会でも行政視察の時、近くに道の駅がある場合は行程に組んで視察したが、私の経験では繁盛しているところと閑古鳥が鳴いているところ、いろいろだった。結局さまざまな理由でR51沿いの成田道の駅の話は消えていったいきさつがある。

その後宝田と十余三に農産物中心の販売所ができた。私がよく行くジョイフル近くのJA冨里販売所は立地条件も加えて最近とても賑わっている。手作りこんにゃくや豆を蒸した栄町のどら豆味噌はここで買う。元気な野菜がならんでいるだけで嬉しい。農業を元気にするには、生産者と消費者の距離をうんと縮めるこのような販売形態が良いと思う。

夜NHKのクローズアップ現代で「米大統領選・ヒラリーの挑戦」を取り上げていた。ヒラリー・クリントンに対する米国民の評価では好き嫌いの落差が激しいといわれる。街頭インタビューみたいな場面で「彼女を見るとイライラするのよね」と語る女性がいた。あ、そういう視点で言うなら私は「ヒラリーが好き」。

□2007年11月11日(日)

ニュータウン地区の合同ひもときが午前中2つの会場に分けて開催された。子どもたちの様子は、ただ眺めているだけで楽しいし嬉しい。いろんな子がいて、それはそれは興味が尽きない。個性とはよく言ったものだ。

 四半世紀以上前にアメリカで出産・子育てをした友人の話だが、彼女の息子が6歳の時、他の子を引き合いにして彼を叱ったら「マミー、人はみんなセイムじゃないんだ。ディファレント・パーソンなんだよ」と抗議したという。小学校入学と同時に学校で教えているらしいと言っていた。 

 今日集まった子どもたちも来年は小学生。家庭で、学校で、一人ひとりの個性が大切にされ、活かされるように願っている。

「赤貧洗うがごとき」―田中正造と野に叫ぶ人々―という映画の上映会を計画し、船橋でその第1回実行委員会に参加。日本の公害の原点といわれる足尾鉱毒事件と田中正造。彼の生涯をかけた生きざまを描く映画だ。この映画の上映を通して、環境問題等で企業や国の政策と闘っている県内各地の市民グループにゆるやかなネットワークが生まれることをひそかに願っている。


□2007年11月10日(土)

午前中は吾妻中学校で創立

30周年の式典と、難民キャンプや紛争国後の各国で医療救援活動を行っている医師桑山紀彦さんによる歌と映像と語りを組み合わせた記念コンサート「地球のステージ」を鑑賞。

 「地球のステージ」は見ごたえがあった。そして何よりも多感な時代の子どもたちが桑山さん生き方、体験の中から生まれた歌や映像やメッセージにふれる機会を得て本当によかった。私はかねがね子どもたちにはもっと外に、世界に目を向けてほしい、こころざしや願いが叶うよう、それにチャレンジする気持ちを持って青春を生きてほしいと思っていた。また、人生には実に多様な生き方や考え方があることを常に頭の中のどこかに置いておいてほしいと願っていた。実行委員会の企画は◎!

 午後は、来る1211日に国際文化会館で上映される「日本の青空」の試写会で成田公民館へ。これもまたとても感動的な映画だった。内容はある程度知っていたが、改めて日本国憲法誕生の真相はわくわくするものだった。敗戦直後の混乱の中で、GHQ案の下書きとなったといわれる民間の「憲法研究会」案。それを作り上げた中心人物鈴木安蔵とその妻、それをとりまく人たちの様子が目に浮かぶようだ。居眠りもせず2時間、興味深く鑑賞した。

 憲法研究会案が空白として残した軍隊の扱いが憲法第9条(戦争放棄)として登場するいきさつや、まだ結婚する前のベアテ・シロタさんも登場し、日本の女性たちへの最高の贈り物憲法第24条(男女平等条項)を日本側が受け入れるシーンには思わず涙!多くに人に見てほしい映画だ。

 今日は感動する企画に二度も出会えてラッキーな1日だった。夜は市民団体の月例会で中央公民館へ。


□2007年11月9日(金)

新清掃工場整備特別委員会の協議会。機種についてはすでに選定委員会が前市長時代に「ガス化溶融炉シャフト式」を提言。来年12月には建設等の契約を結ぶといった計画の流れもあり、事業形式の検討などが課題となる中での協議会開催だった。巨額な公共事業にはつきものの臭い話はさておき、事業形式については公設方式の公設公営か公設民営(PFI・DBO方式―デザイン・建設・運転を一括して委託)でいくか、或いは民設方式のPFI(BOT方式)あるいは民設民営かといったところで、議会でも外部の知恵を借りた勉強会をやった会派もあるようだ。

平成15年に策定された成田・冨里のごみ処理施設広域化計画等策定業務報告書の中では事業方式について公設民営が望ましいという評価がある。今後の大きなテーマとなるだろう。

「ダ・ヴィンチ・コード」のDVDを借りた。公開された時にシネマズ8で観たのだが、途中から居眠りしてしまったので映画の筋が記憶にない。どうせ忘れてしまうけれど、居眠りして憶えていないのと、観て忘れたのでは大きな違いがあるので改めて観ることにしたのだが・・・昨夜はまたまた居眠りしてしまった!今日は構えて最後まで観たのでもう心残りはない。キリスト教の歴史はかなりしつこく勉強したので、なんとなくわかりきったような話が多かった。わかっていたことだが、要するに説明の多い退屈な映画だったということ。でも、こういうのって好きだからつい観てしまう。

 とはいえ、イエスに妻子がいてその子孫(しかも女性!)が存在するというストーリーを展開するには、ある程度の説明が必要かもしれない。325年ニケーアの宗教会議で三位一体が正統とされて以降のクリスチャンには、刺激が強すぎるだろうから。

居眠りで今でも忘れられないのがロンドンでミュージカル「キャッツ」を観た時。入場料約1万円で、すり鉢型半円形の劇場の正面中段中央に座ったものの、開演間もなく睡魔が襲ってきた。聞き覚えのある美しい「メモリー」が流れてくるとハッと目が覚めるのだが、あとは心地よい夢の世界。英国NPO視察であっちこっち駆けずり回って最後の夜だったのでもうヘトヘト。でも、ちゃんと観なくても懐かしい思い出ではある。

□2007年11月8日(木)

車を車検に出す。平成4年製造だからもう15年になる。買い換える気もなくあちこち修理しながら今日まできて、まだ乗ろうと思う。性分だと思うが新しいモノにはあんまり興味がない。身の回りの使い慣れたもの、馴染んだものをわりと大事にする・・・といえば恰好がつくが、ほんとうは新しいものはおぼえるのも慣れるのも面倒くさいからかもしれない。生活保守かしら。

昨日とても気になったことがあるので書き留めておく。用事があって市内のある地域に行ったところ、車を降りてしばらくして唇にヒリヒリ刺激を感じ、鼻の粘膜が違和感を覚え、頭が重くなってきた。唇の刺激以外は風邪のひきはじめのような症状。3ヵ月くらい前に来た時も同じ症状がでた。その地域にいる間だけだった。今度はある程度原因がわかったような気がする。住宅と畑が混在している地域だ。おそらく農薬だろう。日常生活を送る住民はなんともないのだろうか。

個人差もあるし、わからないまま慢性化してしまう場合もある。この地域は小児ぜんそくも多いと聞いているし、化学物質過敏症で苦しむ市民もいる。なんとか気中濃度が測定できないかしら。

1917年、ロシア暦1025日の今日、レーニン、トロツキーを中心にしたボルシェビキが武装蜂起し、ソヴィエト権力が樹立された。「戦争の即時中止」「すべての権力をソヴィエトへ」という4月テーゼを掲げた革命の頭脳レーニン、赤軍創設者トロツキー!乙女の頃は革命のドキュメントを読んでは熱い思いを語り合ったものだ。でも、マルクスやエンゲルスの説く共産主義と、それを革命によって現実化しようとしたソ連邦には天地の落差があり、ソ連邦に住みたいとはちっとも思わなかったけど。

とはいえ、1千年(ちょっと大げさだけれど)は続くかに思われたソ連邦もスターリン時代やその後紆余曲折を経て1980年代に崩壊した。人民を統制・抑圧する政権はもたないことの証明。

いまやソ連邦の威力を見せてくれるのは「2001年宇宙の旅」の続編「2010年」のみかしら?SF作家アーサー・C・クラークも、まさかソ連邦が消滅するとは考えていなかったのだろう。そこでは「すごい、降るような星だ」という言葉を残し木星付近で消息を絶ったボーマン船長を追い、米ソ共同作戦が展開される。地球の米ソ緊張がはるか彼方の宇宙船にも飛び火しそうになるといういかにもドラマチックな話もあるが、最後はモノリスの威力で第二の太陽(木星)が出現する。人類の愚かさを戒める「サムシング・ワンダフル」で手打ち。木星の惑星に新たな生命の誕生を予感させるワクワクする映画だ。

□2007年11月7日(水)

小春を感じさせる美しい一日だった。環境グループからのメールでは、今朝本埜村に27羽の白鳥が渡来したそうだ。5日にも2羽渡来しているが昨年より2週間以上の遅れとのこと。小さな群れは来たが落ち着かず、上空を旋回して飛び去ったらしい。

日本野鳥の会では、印旛村内で始まっている成田新高速鉄道がらみの工事により景観の激変、夜間の証明や騒音が白鳥の渡来にどう影響するか、心配する声が多いという。新高速鉄道関連では、

サンカノゴイを忘れてはならない。移転先?として葦原造成が進められているが堤防の道路沿い。新居をつくったからこちらへどうぞ、ということだろうが、生態がまだよくわかっていない絶滅危惧種に対してかなりズサンな対策といえる。今後の経過に注目したい。

今日7日~9日まで第10回日米安保戦略会議が東京で開催される。メインテーマは「新しいアジアと日米同盟」。ミサイル防衛やNBCテロ対策など各種テーマでパネルディスカッションが開かれるほか、米軍需産業による兵器見本市も開催される。防衛省守屋前事務次官の軍産癒着事件が発覚する中での開催。この会議と兵器見本市は軍事利権に群がる政官業癒着の温床といわれる。

 昔『死の商人』(記憶では岩波新書)という本を読んだことがあったが、強化される日米軍事同盟の中で日本の軍事産業・死の商人(兵器商人)も着実に肥大化しつつある。必然的に戦争を求める厄介なギョーカイだ。こういうギョーカイが繁栄すると国民生活も平和も圧迫されることを忘れてはいけない。

 ちなみに私も反対運動の呼びかけ人になっている習志野基地に整備予定のパトリオットミサイル―3(PAC-3)も一発約3億円。

□2007年11月6日(火)

「恥をさらすようだけれども・・・」と言って民主党の小沢代表が辞職願いを撤回するらしい。この間の経緯はいずれ明らかになることだろう。墓場まで持っていくような話ではない。

 ピラニアのようにあっという間に餌食(民主党)に喰らいついたマスコミの攻撃性や、党首会談の仕掛け人と言われるじじい2人の血色の良さに改めて驚いたが、それにしても参院選敗北以降追い詰められていた自民党、「大連立」構想発覚以降福田首相以下自民党の幹部たちの表情は妙に高揚し、ゆるみっぱなしだった。

「対テロ補給支援特措法成立もこだわらない」など首相の大幅譲歩にほだされて「そこまで考えてくれるなら・・・」と「大連立」に傾いた小沢氏を持ち上げ、憂国の志士になぞらえる歯の浮くような発言も相次いで民主党分裂を煽っていた。

この騒動で印象に残ったのは「ねじれ国会っていうけど、ねじれを(選挙で)選んだのは私たち国民なんだから。私たちはねじれで困っているわけではない。党首会談でねじれを解消するなんて発想ではなく、選挙で解消してほしい。」という趣旨の発言。同感。

今日、ひょんなことから中央公民館をふかん的に見る機会があった。いかにも古色蒼然としていて、どこからみても成田市民の文化・サークル活動の拠点施設としての機能を果しているようには見えなかった。多くの市民も、中央公民館の使い勝手や市民活動への拠点施設としてのキャパシティには不満を感じていると思う。耐震やアスベスト除去など安全面での対応策はとったけれど何しろ築30年。多様化し活発化する生涯学習や市民サークル活動のニーズを受け入れる施設整備面で大幅に立ち遅れていることは否めない。

赤坂センター地区振興協議会の議論の中に公民館機能を含む公共施設が位置づけられているが、成田市としても将来を展望した文化行政と施設整備への政策を提示すべき時だと思う。

□2007年11月4日(日)

いやはや・・・民主党の小沢氏が党首辞意表明。鳩山幹事長は留保しているようだが、要するに小沢氏は自民党との権力闘争に敗北したということを衆目にさらした。自分の独断で衆院解散・総選挙に自民党以上に恐怖したらしい。

してやったり、というのは自民党。いつぞやの金融国会同様、民主党のていたらく。

彼は結局のところ民主党の政策に対する民意を信頼できなかったわけだ。それだけで、彼のいう「民主主義」の真意が問われる。参院選圧勝を背景に権力を奪取しようという政党の党首が、そんな弱気なら辞めたほうがいい。全く、自民党に抱き付かれてけじめをつけられないとは自分の出自(自民党)を暴露したようなものだ。ま、私のような女の立場から言えば、例の党首会談は、いろいろあってうまくいかずに別れた男が窮地の救いを求めてきたようなものだ。一時にしても復縁を考えたとしたら未練がましい、情けない。2大政党を目指すならなおさらでしょうが。

私は民主党支持ではないけれど、政治の大局的な視点をどうでもいいとは思っていない。民主主義を鍛えるという意味では、2大政党による切磋琢磨は必要だと思っている。しっかりしてよ!自民党に色目を使う党首を乗り越えられなければ、2大政党制なんて夢のまた夢。

今日の朝日読書欄で小谷野敦さんの『日本売春史』の書評が載っていた。「読んで驚く本」とか言っていたが、何でこのような主張に驚くのか私にはわからん。だいたい「売春」という言葉が気に入らない。ギリシャの「神殿売春」や、日本の巫女が本来の役割を奪われていく過程で生じた歴史などに起源を求めるものを「売春」-性をお金で売買する‐とするところの発想がすでに男の論理であって、いかがわしい。金銭授受、あるいはそれが生計を支えるというきっかけを女の生き方としてどう位置づけるのか。男たちが最古の「商売」の一つという女の「売春」。なんで商売なのかはっきりさせる必要がある。

自由な性による男女の関係という「性」の出発点からすれば、「売春は」特定の男女の関係を拘束する婚姻制度(でも、それはもっぱら男系血統を残すために女を拘束するもの)を無視しては位置づけられないのだ。女の性を「商売」にしようという男の論理に巻き込まれてはならない。

□2007年11月3日(土)

「噂はあったけれど、やっぱり自民・民主の党首会談から大連立構想が飛び出して、昨夜から大騒ぎ。結局は首相の呼びかけ(実は民主党の小沢党首がそっちから言ってくれといったとかいう説)も民主党の拒否でとん挫。公衆の面前で自民党に抱きつかれた民主党がとりあえず政党としてのプライドを守ったので、ホッとした。

権謀術数、深謀遠慮、一寸先は闇、魑魅魍魎・・・政治の世界で繰り広げられる事にはいろんな説があってよくわからないけれど、何でもアリ。

NHKの「その時歴史は動いた」のレベルでないことは確かだが、もし大連立が実現しちゃったら、民主党は崩壊するだろう。そして、日本の民主主義政治も大きなダメージを受けるに違いない。ドイツのメルケル政権も大連立というけれど、考えてみたら、あの国もかつてファッシズムの嵐が吹き荒れた国。同じ道は避けないと。第二次大戦で大きな犠牲を払ってやっと手に入れた民主主義なのだから、大事にしなくちゃ。

大栄に行った帰り、昨夜一瞬の交通事故で3人の高校生が死亡した県道を通った。赤荻の現場付近はそんな惨事がなかったように片づけられていたが、通り過ぎたあたりを同級生と思われる子どもたちを中心に、花束を持って現場を目指す人の長い列に出会った。残された人たちの思いを想い、冥福を祈る。

□2007年11月1日(木)

今日やっとこさホームページを転送できるようになった。ホームページビルダーのマニュアルを見ながら転送しようとしたのだが、どうしてもうまくいかないところがあり、出張してもらって完了!作業を見ていたら、私にできるわけがないことを実感した。やっぱりモチはモチ屋ね。悪戦苦闘して損した。

新しいパソコンのワード操作にもなんとか慣れてきたので、これからまた日記を書くぞ!3日坊主にならないように・・・なるかもしれないけれど・・・。

昨日と今日の2日間、市議会の決算特別委員会が開かれた。私は委員でないので傍聴したかったのだが都合がつかなくて残念。かつては先輩・同僚議員から「もう使ってしまった金だから審査しても仕方ない」という声をよく聞いた。でも、適正(あまり好きな言葉じゃないけど)に使われているか、要するに無駄はないか、公正・公平に使われているか、さらには政策として問題はないか等々、さまざまな視点から審査してはじめて、次年度予算編成に活かすことができるのだから、「決算は予算の母」なのだ。

朝の新聞を読んで暗い気持ちになった。「私の視点」という欄で、お茶大の教授で小児科医が最近問題になっている成人のリタリン乱用に対し、国が処方出来る医師を全国で数百人程度に制限する基本方針がまとめたことに異議を唱えている。注意欠陥多動性障害の子どもが増えていること、問題のある子にはリタリンによる薬物療法が効果的であること、全国の児童精神科・小児神経科の医師

697人の約75%が治療の第一選択薬としてリタリンを使用していることなど理由に、規制がリタリンを服用している子どもにも及ぶことを憂慮する意見だった。

国の規制に暗い気持ちになったのではない。その世界では知られた人であろうと思われる小児科医の「注意欠陥多動」という子どもを見る視点に、だ。欧米先進国では低年齢からの薬物療法が問題になっているのに、対処療法的に中枢神経を刺激して多動を鈍らせようとするこういう意見を聞かされると、あなたにとって子どもって何だ?と問い返したくなる。全国に「数十万人以上いると思われるADHD子ども」は親も教員も手がかかるし授業の邪魔だから薬物を使っておとなしくさせるって発想にならないか。

私は精神医学の領域を斜めマユツバ的に見ているから、こうした意見が「児童精神科」医から出ているなら「ケッ!」ですませる。でも、小児科医がこう言うようになったら、子どもが浮かばれない。

□2007年10月30日(火)

パソコンの故障は致命的ではなかったようだが、修理代見積もりは合計6万9千円余りかかるというので修理しないことにした。6年間壊れもせずに使えたから元はとった。あとはデータを復旧させなくちゃ。

市東孝雄さんが自分の耕作地を農地法で取り上げることを許可した千葉県(知事)を相手おこした行政訴訟(違憲訴訟)の第一回口頭弁論が開かれた。私は5分前に裁判所に着いたのだが、廊下には抽選にもれた傍聴人があふれていて今日的なテーマの大さを実感。終了後弁護士会館で記者会見と報告集会が開かれ、市東さんの「後には引かない」という決意がひしひしと伝わってきた。

時節柄かしら、新聞の見開き2ページにわたってゴージャスなボルドーワインの宣伝が載っていた。お料理も添えてあって、こういう記事は楽しい。

フランスでも最近はチリとかアフリカなどの安くてそこそこ美味しいワインが市場に出回り、押されて産地が大変らしい。せっかくできたワインをドボドボ捨てたり、ぶどうの木を抜いて廃業したりする農家も出始めているという。そんな跡地にゴルフ場も兼ねたリゾート施設ができたりするご時世のようだ。農業大国フランスにとって大きな試練かもしれない。

かくいう私も、たまにブルゴーニュワインを買うが、普段はほかの国のものを飲んでいる。いま飲んでいるのはオーストラリア・イエローテイルのシャルドネとカベルネ・ソービニヨン。某スーパーで880円。別のお酒量販店ではエレガントな味わいルーマニアのマレア・ネアグ。ピノ・ノワール種で1000円などなど。

とはいえうんちくを傾けるようなワイン通とはほど遠く、1、2杯飲んでサッと気分転換をするにはちょうど良いため。焼酎や日本酒ではそうもいかない。

□2007年10月29日(月)

元防衛省事務次官の証人喚問。ゴルフもやったしいろいろ付き合いもあって離れられない関係だったけれど便宜供与はしていない、という。そりゃあないぜ、セニョール!

癒着相手の山田洋行という会社の元専務がその後日本ミライズという会社をつくって社長におさまり、山田洋行から防衛省の仕事を奪ったとかいう話を聞いて、ふと成田市の前市長の、複数の業者との癒着の構造を思い出した(事件とは別の)。

 でも、保守系議員の多くはそれが「癒着」で問題だという認識をもっていなかったみたい。私が市の指名業者との土地共有を質問した時も「そんなこと、みんなが知っていること」と片づけていた。また、浪人中に同じく指名業者のメンテ会社から月45万円お手当(キュウヨという名目で月2回位の情報提供の報酬)をもらっていたことに関して勤務実態や内容を質問した時も、「浪人中面倒をみてもらう話は珍しくない」などど言った人もいた。でもね、面倒みてやれ、と言った副社長はその後独立してメンテ関連の会社を設立し、前市長当選後の指名競争入札で市役所や複数の公共施設のメンテナンスを請け負うことになったのよ・・・。

南アルプス市でこだわり農業をなりわいとしているIさんから農場で採れた自慢の果物が届いた!一箱は甲州種のブドウ。もう一箱はクルミとユズとモモ。隙間にブドウ。

Iさんは9月8日に千葉のプラザ菜の花で市東孝雄さんの農地取り上げに反対する会が開いた山下惣一さんの講演とシンポジウムに山梨から参加してくれて、二次会にも参加し、中・山間地農業の大変さなどいろいろ話してくれた人だ。豊富な体験とユーモアたっぷりの人で、いつか農場を訪ねたいわね、とか大いに盛り上がったその席か、あるいはお店を出て三次会に向かう道端だったかで、収穫した果物を送ってくれるという約束をしたらしい・・・私はすっかり忘れてしまっていたが、「遅くなってしまったけど・・」というメッセージが入っていた。

□2007年10月28日(日)

あれから10日以上過ぎてしまった・・・パソコンがブチ切れて、でも一度は奇跡的に蘇ったかにみえたけれど、その次はまたウンともスンとも反応しなくなってしまったので、結局修理に出した。でも、メーカーからはどこがどうなっているかさえ連絡がこない。昨日電話のついでに娘が「お母さん、日立はパソコンから撤退したって言うから、もう修理は無理じゃない?」と言っていた。とほほ・・・。

もちろん、日立はナンダカンダで修理に1ヵ月位かかると聞いたから他のメーカーのパソコンを買って、「たいむ」64号をつくることにした。ところがこれがウィンドウズのビスタというやつでびっくり!これまで馴染んだのとは様変わりして、どこにどんな機能が隠れているか探しまくらなければならなかった。アナログ人間の私にとって一番の苦手な作業、というか苦行。でも、なんとか「たいむ」を仕上げ、とりあえず5,000部刷って、配布してくれるボランティアさんに渡し、23日(火)から25日(木)まで行政視察に出かける。

愛知県豊田市で「まちづくり基本条例」(平成1710月制定)、三重県松阪市では入札改革について、策定過程から担当した職員の話を聞く。

私は10年前に大阪府箕面市の「市民参加条例」を知り、以来「仮称・成田市市民参加条例」の制定を求めてきた。当時からすれば地方分権・住民自治に対する認識がずいぶん定着してきたと思うが、豊田市の条例の中では市民主権を担保する肝心の住民投票の位置づけについては不満だった。が、合併を機に「住民自治」について認識の統一を図ることを目的として条例が制定されたことは大事なことなので評価したい。

松阪市の入札改革は成田市の現状を考えると大いに刺激になった。平成13年、当時の松坂市長(現三重県知事)の決意と、改革を担った職員のやる気に支えられたドラスティックなもの。少なくとも、説明を聞いてそう思った。要するに、やる気があるかどうかだ。これまで、ある施策で先進的といわれる自治体のやる気がある担当者を見てきたが、その熱意には頭が下がる(でも、そういう人は全国に知られた政策の担当者・花形職員?だから他の部署に移った時の意識の切り替えが大変かも)。

26日(金)はNTTの人が来てやっとインターネットに接続を果たし、メールの整理をする。半分は迷惑メールだったが、ほとんどは自動的に処理してくれるので開ける手間が要らず嬉しい。

ジャーン!今日はパソコンの先生がホームページビルダー「11」にバージョンアップしてくれてホームページが使えるようにしてくれた。発信はまだだが、よかった~。・・・ということで、ほかに印旛管内の議員研修やら男女共同参画計画推進懇話会やらもあって心身ともにいつもグータラしている私にはなんともせわしない10日間だった。

□2007年10月18日(木)

朝、これが最後とばかりに未練がましく壊れちゃったはずのパソコンを起動させたら・・・あら!動くじゃない!!どういことだったの?私のプリウス。でも、やってみるものね。

実は昨日の朝、「たいむ」64号の原稿を作っていたら「バチン」とパソコンが切れて画面は真っ暗。私のノートパソコンは2000年製造の日立プリウスだが、6年位前に買ってから一度もそんなことはなかった。それにパソコンおたくみたいな人から「いまどきのパソコン、足立さんがいじったくらいでは故障しませんよ。」などと言われて安心していたのだが・・・。

日立の安心センターが開くのを待って電話し、いろいろ指示されて操作したがやっぱりウンともスンとも言わない。バッテリーを取り出して夕方もう一度起動してみたがダメ。「故障ですね」という宣告。製造年月日が古いので部品がないかもとかなんとか言われながらもとりあえず修理の予約をしたが、なんだかんだで1ヶ月近くかかりそう。それよりもどーしよう!やっと「たいむ」づくりにはいったのに・・・ということでついに新しいパソコンを買うことになった。そうしたらプリンターも新しくしないとだめみたい。

「たいむ」は新しいパソコンを使うとして、ホームページを1ヶ月も放っておくわけには行かない。立ち上げる時にお世話になったパソコンの先生に相談したら、なんとかなりそう。やっと先が見えてきてひと安心。それでも昨夜寝る前にかすかな期待を込めてもう一度起動させてみたが、やっぱりダメ。本当にこわれちゃったんだ。・・・あきらめて眠った

誰かに同情してもらいたくて、知人に「パソコンが壊れちゃった!」と言ったら「じゃあ仕事が出来ないじゃない」。そうよね、ホームページもメールも「たいむ」づくりも、資料集めも、議員活動には不可欠なのだが、パソコンなしには成り立たない。この際、危機管理をしっかりやらなくちゃ。

□■□2007年10月15日(月)

昨夜どうやって寝たのか・・・、朝起きたら肩のあたりの筋肉が痛い・・・。以前買って使用期限ギリギリのナントカパスを首筋にベタベタ貼って1日を過ごす。私は肩こりや腰痛といったものにはほとんど縁がないのだが、たま~~に、寝相が悪かったのか長時間同じ姿勢で寝たからなのか理由はわからないが朝起きると首筋が痛い時がある。今日は昼過ぎまで治らなかったので葛根湯を飲んだらずいぶん楽になった。

5年に1度の中国共産党大会が今日から始まった。今回は5年後に引退する胡総書記の後継候補にも注目が集まっているようだ。共産党政権下で2010年代には日本のGDPを抜くと予想される中国の経済発展の行方と、それに伴う貧富の拡大や環境汚染問題など、課題は多い。胡総書記は演説で、毛沢東以降の戦略思想として科学的発展観を継承しながらも、時代に即した持続可能な発展を掲げ、社会の調和の促進と国民生活の向上であることを示した。

私は高校時代にアグネス・スメドレーなどを読んで中国革命に触れ、東洋文化を学ぶのに中国語を第一外国語に選んだ大学時代を通して、かの国を中心とした大陸文明や歴史に関心を持った。「嫌中派」は拒絶反応を示すだろうが、歴史をひもとけば中国文明は日本文化の「父」のような役割を果たしてきた。「偏見」は無知から生じる。好悪ではなくに共生を求めることで日本の未来を拓く方向が見えてくるのではないか。

安倍崩壊をめぐる政治のスキャンダルや辞任直後の権力の真空状態は、政権与党の無責任・無能力がまかりとおる日本(そして日本人)の政治的未熟さを世界中に曝露してしまった。政治的なキーワードは「民主主義」の成熟度のレベルではないかと思っているけれど、この頃どうもそれだけではないように思えてきた。

□■□2007年10月13日(土)

「みんなで考えよう身の回りの農薬~規制と管理のあり方~」というテーマでシンポジウムが開かれた。霞ヶ関にある弁護士会館2Fの講堂クレオAには農薬(化学物質)問題に取り組んでいる市民団体や個人が100人余り集まり、現状と当面する課題について4時間に及ぶ議論が行なわれた。日弁連(公害対策・環境保全委員会)主催。

まず、住宅地周辺での農薬散布による被害例について2名の被害者から生々しい報告があった。それは生きるために、脅かされるいのちを守るための闘いといえる。農薬被害から化学物質過敏症を発症した人、転居を余儀なくされた人、安易に使われている有機リン系殺虫剤の神経毒の症状を、うつ、ADHDLD(子どもの注意欠陥・多動性障害・学習障害)、てんかん等々と診断され、適切な医学的処置が施されない深刻な現実も。私も農薬曝露から化学物質過敏症になった成田市民から話を聞いたことがある。農薬による環境汚染は努力や自己管理では解決できない実態がわかる。</

パネルディスカションは①農薬毒性について、②法規制について、の2つのテーマで、現在のこの問題の最先端で直接関わっている8人。農薬問題の市民運動にこの人ありといわれる反農薬東京グループの辻万千子さん、開業医として農薬被害者と向き合いながら神経毒性(殺虫剤)や吸入毒性性の問題を指摘し厳しい規制を求める青山美子さん、環境省、農水省の両農薬関連室長、植物防除の立場からの専門家、残留農薬の毒性を研究する専門家、そして県として全国初の有機リン系農薬の空散を中止要請をした群馬県の衛生環境研究所長や法による規制強化を目指す弁護士。

それぞれの角度から最新の貴重な情報!東京の集会は往復時間を考えるとつい遠慮してしまうのだが、今日は居眠りもせずグー!

私も議員活動の中で松くい虫防除の農薬空中散布(既に中止)から始まって農薬を空からまく手法、農薬や化学物質に頼る農業、生活環境の中で安易にまかれる薬剤などの問題を指摘することから始まって、環境ホルモン、化学物質、そして人類最後の公害といわれる電磁波など、環境問題の視点からとりあげてきた。

簡単に変わるものではないが、これからも気長に改善や意識改革を求めてやっていこうと思う。

□2007年10月11日(木)

坂田ヶ池-風土記の丘をウォーキング。夏のモーレツなグリーンシャワーも老骨を刺激してリフレッシュするけれど、頭上を覆う枝のすき間から暮れ馴染む空の広がりが見渡せるのもいい。久しぶりに訪れた森は秋の風情に包まれて休息の時を迎えていた。自分で選んだ1時間30分のコースをいつものようにるんる~ん。

すると・・・あらっ!これまで坂田ヶ池湿性植物園と風土記の丘を行き来する私の行く手を阻んでいた境界のバリケードが撤去され、滑りやすかった山道に木製の階段が設けられていた。バリが作られてからはその横をすり抜けて行き来していたが、これでやっと県立と私立2つの公園がつながったわけだ。利用者の立場からバリケード設置理由のナンセンスさを痛感して、担当課や総務常任委員会、そしてこの日記でもブーブー言ってきたけれど、こうして境界のバリが取り払われて嬉しい。

もう一つ嬉しいことがあった。1ヶ月半くらい来ていなかったので目に付いた秋の野の花を撮りながら森の奥に入っていくと野ウサギに遭えた!私の気配で少し離れた松の木のそばに逃げ込んだ。自分でも信じられないくらい優しい声で「うさちゃん、こんにちは~」と話しかけながら5mくらいまで近づくと、じいっとして動かない。人馴れしているのかもしれない。写真を撮らせてもらった。<

夜は私好みのテレビ番組を立て続けに3時間見てしまった。一つは昨年収録された「ターシャからの贈りもの・魔法の時間のつくり方」で、ターシャ・テューダーは人生のお手本みたいな人。私もターシャみたいにちょっとしわがれた声で「思うとおりに歩めばいいのよ」と誰かに言ってみたいな。

それから連続で放送されている生中継ブルゴーニュの村めぐりの6回目。ヨーロッパにも小さな小さな村がたくさんあるけれど、日本のようにそれが「過疎は困ったこと」で対策を必要とするといった話を聞かない。都市の賑わいやあふれるモノと比較して焦ったりせず、自分たちの暮らしを頑固なくらい大事に守ってきているようだ。日本もすでに人口の自然減少期に入り、2100年には約6000万人と推計されている。日本人も日本の政治も変わらなくちゃ。

★ドクダミの花が咲いている頃はこんなバリケード。出入りは向かって左端から。★今日行ったら真新しい階段。看板は「まむしに注意」

□2007年10月10日(水)

午後、市議会本会議場で中学生議会。11校(私立1校)中、議長校2校が3名のほかは各校2名あわせて24名参加で女子が14名。過半数を超える。女は私一人の成田市議会とは大違い。ただ・・・交代で議長を務めたのは2名とも男子。男女共同参画への配慮が足りない!選挙で選ばれ、多数会派を軸に選ばれる市議会議長とは違うのだから、こういう場面では学校教育における男女平等への教育的配慮で男女同数にできると思うのだが。

成田市の入札改革が進む中で、市内の土建業界からしきりにブーイングの声。私のところにも人を介して耳に入ってくる。いわく「仕事をとるには予定価格よりうんと低く札を入れないといけないので、落札しても赤字になってしまう」「市外の業者が(仕事を)持っていってしまうので、市内業者は仕事が減って困っている」等々。

4月から入札が原則制限付一般競争入札に移行したことをきっかけに、議会に対しても成田市建設業災害対策協力会から地元への配慮を求める書面が出されている。

そこで調べてみると18年度に市が契約したうち土木・建築で市内は件数97.2%、金額で95.7%。準市内と市外合計件数2.8%、金額4.3%。19年度(4月1日~9月30日)では市内件数93.4%、金額72.0%、準市外と市外件数6.6%、金額28%となっている。19年度全体の結果と発注案件を見ないと単純比較できないので経緯をみたい。

なお、6月議会で一般質問した歩切については、ほぼ全廃したとのことだ。要するに、設計額イコール予定価格ということだ。

ところで、ひとあし早く平成17年度から一般競争入札を導入した佐倉市では地元業界からのそうした声は直接なかったという。成田の特殊事情もあるかもしれないが、透明性が担保された競争入札であること、適正価格であることを前提に、良いものを安くという改革への方向を逆戻りさせてはならない。

□2007年10月9日(火)

午後総合開発審議会。私にとっては1991年4月に議員になって初めて委員を委嘱された審議会の一つ。まちづくりという視点で興味がある審議会の一つだ。任期は2年だが、確か4年(よく憶えていない。なぜなら審議会等は年1回~2回のペース)務めて以後ずっとほかの委員会や審議会を渡り歩いてきた。今回は思うところがあって久しぶりにまた委員を希望し、委嘱された。

当時は私を含めて2名しかいなかった女性委員が4名になったのはいいが、相変わらず新総合計画、5ヵ年計画06年概要、進捗状況、成田新高速鉄道などの「説明会」。今日資料を渡されたので、説明の都度会長が気楽に「質疑は?」などと言っても、ある程度内容をかじっていれば別として、初めて委員になって資料を広げ説明を受けた人たちは気の毒ではないか。とはいえ、各種審議会等のほとんどが「審議」とは名ばかりなのではないかしら?おまけに総合開発審議会は初顔合わせということで夜は懇親会。もちろん、会議の席よりはお酒が入った懇親会のほうが活発?な意見や本音が出るのだろうが、ちょっとネ。私は懇親の必要を感じなかったので欠席。

ところで、15人の委員の中には16年前委員だった人が2人残っていて、正副会長。別にご両人に不足があるとは言わないが、審議会等の委員については兼務3つまで、任期最長3期(6年)というのが私の考え。ついでに、可能な限り公募を進める、一方の性が4割を下らない、可能な限り市議会選出委員をなくすなどを提案している

審議会等は原則公開。せっかく市民が傍聴できるようになったのだが、本日の希望者はゼロ。総合開発審議会は成田市のグランドデザインについて話し合う審議会なので、興味がある人もいると思うのだけれど。それとも、広報のやり方に問題があるのかしら?

□2007年10月8日(月)

体育の日。子どもの体力が落ちているというおきまりの報道。そしてこれまたおきまりの学校体育をどーするこーするという話。でも、学校体育で今の子供たちの「おかしくなった」と喧伝される心身の健康を改善できるとは思えない。そうした小手先の発想は、例えば「学力の低下」への対応にも見られる。ゆとり教育のせいにして授業時間を増やせとか「世界一のフィンランドに学べ!」。でも、授業時間を増やせば学力が向上するわけではないし、フィンランドの教育を体験した人に言わせれば「上意下達で一元化された今の日本の学校制度では難しい」という。

「子ども」といえば、学校の前に何が大事かといって「遊び」ほど大事なものはない。

遊びが生活の全てであった私の子ども時代と比較しても仕方がないのだが、それでもいまどきの子どもたちはどれだけ遊びに満足しているだろうかと思ってしまう。なぜなら、子どもにとっては遊びこそが心身を充足させるからだ。

「遊」の原字は2種類あって、ひとつは子どもがぶらぶらと水に浮くことを示し、もう一つは子どもが吹流しのようにぶらぶら歩き回ることを示す(藤堂明保)という。そして、フレーベルに言わせれば「内なるそのものの必要と要求に基づくところの、内なるものの表現」なのだ。遊びこそが、子どもにとって「内なる自然」(ルソー)の発露というわけだ。こどもは遊ばずにはいられないし、遊びを通して体力と知力を育む。

子どもの体力や知力・学力を気にするなら、一番の解決方法は幼児期からもっともっと自然の中で遊ばせることだ。子どもたちは遊びの中から学び、心身の力をつけていくだろう。それって、「生きる力」じゃない?

□2007年10月5日(木)

今日、私の「2008年度成田市予算要望書及び政策提案書」を小泉市長に手渡す。これまで歴代市長に予算要望をしてきて、実現したものはその都度項目削除、いまだ実現できないもの、新たな要望も加えて小泉市長にはA4サイズ6ページの要望及び政策提案。<

Iさんが北海道に帰省して、チーズケーキをおみやげに買ってきてくれた。知らなかったけれどとっても有名なチーズケーキらしい。今日さっそくいただいたくと濃厚な風味がひろがって、美味!ケーキ類はめったに食べないけれど、いままで食べたチーズケーキの中では20年余り前に「プチメゾン」(日吉台)のレアチーズケーキを食べた時以来の感動。クリスマスにはグランド・サンにプレゼントしようっと。

どこからともなくキンモクセイの香りが漂ってくるようになった。亡き母を思い出させる香りだ。2年前の10月6日に母は入院した。別れの始まりだった。この季節はしみじみと母が恋しい。

といえば、あのモーレツに日本を覆い尽くす勢いだった外来種のセイタカアワダチソウがこの頃余り目立たなくなったような気がするのだけれど・・・。どこへ行ってもススキとセイダカアワダチソウがワサワサ生えていて、そのうちススキも駆逐してしまうのではないかと思っていたが、気にならなくなってしまった。セイタカでなく丈の低いのが道端に生えているところをみると、もうすっかり日本の風土に合うように定着してしまったのかしら?こんど誰かに聞いてみようっと。

□2007年10月3日(水)

全国5万人から1000億円を超える「出資金」を集めた健康商品販売会社が出資法違反容疑で家宅捜索を受けたという。過去最大規模のマルチ商法らしい。この種の事件は後を絶たず、露見すればその都度摘発されてきているのに。あいも変わらずだますほうもだまされるほうも後を絶たないのが人の世の常かしら。手品のような電子マネーを使ったハデハデセールや歌謡ショー、高配当などに群がった被害者の中心は中高年の女性だという。

それにしても、これまで逮捕されたマルチ商法の首謀者ってハタから見るとどれもいかにもイカサマ師といった風貌で、セールス内容も「まさか」といった信じられないような内容なのに、おかしいと思わなかったのかしら?・・・思わなかったのよね、被害にあった人は。

買い物や出資の勧誘といえば、電話帳に私の名前(女の名前)で掲載しているため、ばばあということを知らない間抜けでアホなエッチ電話のほかに、エステや化粧品、墓地、羽毛布団のクリーニング、カーペットやエアコンの掃除など所帯じみた勧誘電話が時々かかってくる。そして、たまにお金儲けの誘いもある。トウモロコシの先物買いや金(きん)等々。いずれにしても電話での勧誘はすべて即、断って電話を切るのだが、トウモロコシの先物買いの時は「遺伝子組み換えトウモロコシの生産が・・・」というので思わず「ん?」と間を置いてしまい、断るのに5分くらいかかってしまった

□2007年10月2日(火)

今日は外出の予定もなく、空も厚い雲に覆われていたので、ゴチャゴチャ山のように溜まってしまった書類の整理。もう、書類の整理というのは本当に苦手。いつもあっちこっち書類の山をひっくり返しながら仕事をしているので、整理するとまたどこにあるかわからなくなってしまう。従って私の頭の中はいつもゴチャゴチャ。

整理中のBGMは、カウンター・テナー米良美一の日本歌曲集と彼のヴォーカルが入っている映画「もののけ姫」のサウンドトラックのCD。10年位前、心のひだを洗い清めるように厳か、かつ魅惑的な「もののけ姫」のヴォーカルを聴いた時は、私も世間並みにショックだった。なんと妙なる・・・天上の祝祭を彩るような・・・えーっ!男なの? 彼もその後いろいろあったらしいが、最近地声で「ヨイトマケの唄」も歌っているようだ。聞きたい!とにかく、たぐい稀な才能を大事にしてほしい。

「集団自決」への日本軍関与を教科書から削除した検定に抗議する沖縄の声が国を動かしそうだ。政府・文科省も11万人余参加の県民大会を受けて、対応を検討し始めた。また、超党派での国会決議も?当然のこととはいえ、一刻も早く検定意見を撤回して事実を回復してほしい。

沖縄戦の悲惨さは、戦後62年経た今も傷口が癒えていない。とりわけ親が子を、そして親類同士が手にかける「自決」の記憶がどれだけ沖縄の人たちを苦しめてきたか、現場にいた住民が生存し証言を続けているのに、「軍の命令はなかった、名誉毀損だ」と裁判に訴えた元軍人の主張を優先した削除理由は安倍政権に媚びを売った検定意見といわれてあたりまえだ。

それにしても最近、侵略戦争を美化したり、事実を改ざん、或いは捏造するような勢力がじわじわと巾を利かせるようになっている。その先頭に立って戦前レジーム回帰を目論んでいた安倍前首相が退場したとはいえ、その勢力を受け入れる「風潮」が国民の中にあることはファシズムの温床ともなるので安心してはいられない。

ところで、安倍崩壊の原因究明は今や政治学ではなく病理学的テーマに移っているらしい。興味はあるが、首相の器かどうかより選挙の顔として選ばれた個人の病理学的解剖に封じ込められては困る。

昨日の朝日新聞月曜コラムでノンフィクション作家の保阪正康さんが「薄れる記憶、歪む記録―昭和の歴史」と題したエッセーを書いている。彼の昭和史への洞察は冴えている。多くの人に呼んでもらいたい。

□2007年10月1日(月)

午前中は裁判傍聴。午後は県議会の一般質問傍聴と、本日は傍聴デーだった。

裁判は成田空港会社が原告で市東孝雄さんが被告の「土地明け渡し」だが、明け渡せ(出て行け)という土地が客観的に特定されていない、私のような法律の素人にもわかる欠陥訴訟。「土地の特定が民事訴訟の原則」という市東さん側の主張は、民訴の原則というより、社会常識。ふつう世間では「顔を洗って出直して来い!」じゃない?

前回強引な訴訟指揮でブーイングの嵐に包まれた裁判長は、今日はなぜか元気なし。前回原告と被告を見る目の明らかな落差にア然としたが今日は視線が定まらず。ヒイキの原告が民訴の原則すら明示できない状況にふてくされた面持ちで、市東さんを「原告」と言うなど混乱も。無理やり追い出そうとするからこうなるのだ。空港反対派なら原則をねじ曲げても許されるといった傲慢は許されない

今日の新聞にフランス在住カメラマン辻啓一さんがブルゴーニュ地方でぶどう摘みのアルバイトをした時の話が載っていた。もう、うっとり。実は、まだ足腰がきくうちにやりたいアルバイトが2つある。その一つがブルゴーニュとはいわないがフランスの田舎町でぶどう摘み。以前知人の好意で車でパリからランブイエ城(第1回先進国首脳会議・サミットが開催された城)、パリの街中を流れるセーヌ川がドーヴァー海峡に流れ込む港町オンフルールにドライブした時に見たフランスの田舎町、は引きずり込まれそうな美しさだった。もう一つは、ブルガリアのバラの谷でバラ摘み。早朝の湿った空気の中で息をひそめる香水用のバラの香りを五感の隅々にまで届けてやりたい。アルバイトじゃなくてもいい、タダでいいから・・・。

福田首相が所信表明演説。自民党にしっかり「抱きつかれた」民主党のお手並み拝見。かつてアッと驚く自社連立の時は「国会の廊下をぞうきんがけしてきた仲じゃないか」と、(連立を組んでいた小沢一郎氏のイヤガラセに疲労困憊して嫌気がさしていた)当時の社会党の膝をナデナデしながら口説いたという噂話もあるから、権力を維持するためならなんでもやるだろう。

□2007年10月1日(月)

午前中は裁判傍聴。午後は県議会の一般質問傍聴と、本日は傍聴デーだった。

裁判は成田空港会社が原告で市東孝雄さんが被告の「土地明け渡し」だが、明け渡せ(出て行け)という土地が客観的に特定されていない、私のような法律の素人にもわかる欠陥訴訟。「土地の特定が民事訴訟の原則」という市東さん側の主張は、民訴の原則というより、社会常識。ふつう世間では「顔を洗って出直して来い!」じゃない?

 前回強引な訴訟指揮でブーイングの嵐に包まれた裁判長は、今日はなぜか元気なし。前回原告と被告を見る目の明らかな落差にア然としたが今日は視線が定まらず。ヒイキの原告が民訴の原則すら明示できない状況にふてくされた面持ちで、市東さんを「原告」と言うなど混乱も。無理やり追い出そうとするからこうなるのだ。空港反対派なら原則をねじ曲げても許されるといった傲慢は許されない。

今日の新聞にフランス在住カメラマン辻啓一さんがブルゴーニュ地方でぶどう摘みのアルバイトをした時の話が載っていた。もう、うっとり。 実は、まだ足腰がきくうちにやりたいアルバイトが2つある。その一つがブルゴーニュとはいわないが、フランスの田舎町でぶどう摘み。以前知人の好意で車でパリからランブイエ城(第1回先進国首脳会議・サミットが開催された城)、パリからセーヌ川がドーヴァー海峡に流れ込む港町オンフルールにドライブした時に見たフランスの田舎町は引きずり込まれそうな美しさだった。もう一つは、ブルガリアのバラの谷でバラ摘み。早朝の湿った空気の中で息をひそめる香水用のバラの香りを五感の隅々にまで届けてやりたい。アルバイトじゃなくてもいい、タダでいいから・・・。

福田首相が所信表明演説。自民党にしっかり「抱きつかれた」民主党のお手並み拝見。かつてアッと驚く自社連立の時は「国会の廊下をぞうきんがけしてきた仲じゃないか」と、(連立を組んでいた小沢一郎氏のイヤガラセに疲労困憊して嫌気がさしていた)当時の社会党の膝をナデナデしながら口説いたという噂話もあるから、権力を維持するためならなんでもやるだろう。

□2007年9月30日(日)

ついに過半数を超えた。「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」に「反対」52.1%。

 1995年から始めた内閣府の調査で今回は性別役割分担の固定化に「反対」が初めて過半数を超えた。ちなみに、男女平等の実感は20.9%と過去最高だが、95年から12年間で1.4%しか上昇していないという。また、「男性が優遇されている」は「非常に」「どちらかといえば」が73.2%。女性が優遇されているは4.2%。

マルクスは『共産党宣言』で、これまでに「書かれた歴史は階級闘争の歴史」だといっていたように記憶しているが、それは「男の歴史」でもある。それでも、

20世紀半ばを過ぎて男女平等社会の実現が世界の大きな流れになり、日本でも男女共同参画社会基本法が成立した。小泉・特に安倍右派政権を中心に男女共同参画への露骨なバックラッシュが続けられてきたが、もはや男女平等への流れを変えることはできないだろう。ただ、真の男女平等社会の実現には相当の時間と、意識や制度の変革が必要だと思う。

今日は久しぶりに雨の中を集会とデモ!

自衛隊習志野基地へのパトリオット3配備に反対して、雨の中150人が集まった。会場は京成津田沼駅前の小さな公園だったが、右翼の街宣車が大小10台位とり囲んで大音響で集会の妨害。ずいぶん執拗だったところをみると彼らなりの危機意識の反映なのかな。

私は先頭の車に乗って県議のOさんとシュプレヒコール係。JR津田沼駅周辺の沿道では手を振ってくれる人もいて、最近市民も関心を持ち始めたようだ。その後習志野基地に向かったが、そこも久しぶり。忘れもしない中学1年の時。毎年青少年赤十字(JRC)に加盟する県内各校から代表が参加して行うトレーニングセンターの会場が、私の参加した年は実籾の第三術科学校だった。宿舎は兵舎の二段ベッド、食事は隊員と同じ食堂でセルフサービス。広い敷地の中をオリエンテーションでテクテク歩いたことを憶えている。懐かしいな。

昨日沖縄県宜野湾市の海浜公園で開かれた県民大会に参加した人が、向こうで買った琉球新報と沖縄タイムスを見せてくれた。すごい!紙面半分や見開きを使って教科書検定撤回を求める16000人を隅々までとらえた写真が掲載されていた。彼の話だと、集会が終る頃にやっと会場にたどり着く人がいるなど、島を挙げての集会だったことがわかる。それにしても、新報、タイムスという地方紙をもつ沖縄県はすごい。2紙ともに県民に寄り添ってヤマト・世界に目を向けている。知り合いでフリーのジャーナリストが琉球新報から連載の原稿を依頼された時、「朝日新聞からの依頼より嬉しい」と言っていた。

□2007年9月28日(金)

無農薬・有機栽培の産直野菜が届く。いつも夕暮れに運んでくれるので、とれたての野菜を食べることができる数少ない日。今日はサツマイモ、ジャガイモ、エンサイ、ナスの4品目。夏野菜も終わり、ケースの中は淋しいけれど入っている野菜ぜーんぶ好き。1ケース1000円なので、時には高いと思うこともあるが、安いと思うこともある。イモ類の多い季節、何種類もの葉っぱがケースからあふれる季節などいろいろ。もう20年くらい産直野菜を購入しているが、食の安全と旬の味露地野菜を届けてくれるので嬉しい。産直で足りないぶんはお店で買ったりするが、産直野菜にはいつもワクワク楽しみがある。

ケースに入ってくる「産直ニュース」によれば、今年は暖冬と猛暑の影響でヨトウムシや野菜の芯まで食べてしまう芯くい虫(本名は何というのかしら?)が大量に発生しているらしい。「ニュース」にはキャベツ、ブロッコリー、ダイコンなどの葉を食べまくるヨトウムシの写真。ボロボロになった葉っぱ、葉っぱの裏で休むのやヤツガシラにも小さいのがびっしり・・・!農家も秋野菜の作付けの工夫をしたりしているようだが、農薬を使わないので手間もかかってご苦労なことだ。そう思うと、葉っぱ1枚無駄にしないで「いただく」気分になる。

ミャンマーで日本人カメラマンが死亡した。民衆のデモを撮影しているところ治安部隊に至近距離から胸を撃たれたという。彼の百戦錬磨ようなの経験からしても、まさか治安部隊が発砲してくるとは思わなかったのではないか。暑いこともあるだろうがとてもラフな服装で倒れている姿が痛ましい。彼は身をもってミャンマー軍事政権の暴力的体質や圧政を世界に伝えた。

いつの頃からか、大手メディアが「危険」を理由に記者たちを動乱の地から退去させた後に、フリーや契約のが入って現地の情勢を刻々と伝えるようになった。そうしたジャーナリストを何人か知っているが、アフガンも、イラクも、私は彼らから「そこで起こっている現実」を知らされた。退去命令に身を引く大手メディアのサラリーマン記者。それはそれとして否定しないが、「誰も行かないところに行く」ジャーナリストたちの存在なくして、歴史の真実は語れないだろう。

□2007年9月27日(木)

歴史と今を語り合う女性の会の月例会。今日も話題があっちこっちに飛んで盛り上がっていた。女性の会が9月定例市議会に提出した習志野基地へのパトリオット-3配備に関する請願が否決されたのは残念だったが、成田市議会は圧倒的に自民党優位なので否決は想定の範囲。

 このままでは、あれも必要、これも必要という防衛省の要求を呑んで軍事費が膨張していくのではないか。米国のMD(ミサイル防衛)に組み込まれて日本もMDに手を付けてしまった以上、どこまでシビリアンコントロールがきくか、私は疑問。ズルズル行ってしまいそうな嫌な予感がする。

きな臭い、暴力的な匂いに女たちはとても敏感なのだ。 この臨時国会で成立を狙う宇宙の軍事利用のための「宇宙基本法(案)」、12月に予定されているハワイ沖でのイージス艦「こんごう」による初のSM-3ミサイル発射実験と、08年1月予定の日本海(東海)での初の日米MD共同実働演習など、武器の開発と使用が一体となった態勢に、日本は突入してしまった。日米軍事同盟でいえば、これまで以上に日本の軍事的・財政的負担が増えていく。ああ嫌だ。<

PAC-3は成田空港を意識して設置される・・・

24日に習志野基地周辺を調査した市民団体からのメールでは、案内してくれた元自衛官の話として伝えられた。そういえば、成田市国民保護計画でも、空港がミサイル攻撃される場合を想定している。「あってはならない」ことを想定した迎撃ミサイル配備なんてアリ?・・・まったく。

ミャンマーで軍事政権が5箇所以上の僧院を攻撃し多数の僧侶を拘束し、市民にも死者など多くの被害が出ているという。衛星放送などでは数日前から僧侶や市民の抗議のデモ行進が報じられていたけれど、ついに軍事政権が素手の僧侶や市民に対して武力鎮圧に出た。軍隊が民衆に銃剣を向けるということ最悪の暴挙だ。

□2007年9月26日(水)

よく利用するフェアトレード商品のカタログの中から、伝統的な農法を続けているインドの少数民族が生産したマサラスパイスを注文したのが届いた。クミン・シナモン・赤唐辛子・カルダモン・クローブ・黒胡椒のミックスが絶妙。何をどの分量でミックスするかで風味が異なるので、たぶんそれは企業?秘密に属するのではないかしら。それはハーブ・ミックスも同じ。今回手に入れたのも少数民族の共同体で昔ながらにミックスされている伝統的なマサラなのだろう。私もこの年になってついに本格インドカレーに挑戦!

相談を受けた件で現場写真をとりに行く。同じ地区だったので久しぶりに農家を二軒訪ねてよもやま話。美しい秋の一日だった。

□2007年9月25日(火)

八ッ場(やんば)ダム訴訟の口頭弁論を傍聴するために千葉地裁へ。

 12回目を迎え、今日は原告の一人で柏オンブズマンの坂倉さんがパワーポイントを使って意見陳述。内容は原告の利水に関する準備書面への被告(千葉県)の反論に対する再反論。その構成は現実と遊離した千葉県の長期水需給計画②ダム計画の呪縛から自由になった横浜市の水道計画③千葉県包括外部監査人の指摘④被告主張の誤り⑤原告の最反論となっている。

 とりわけ①に関しては、飲料水(水道)・工業用水需要予測の誤り、県人口・給水人口の過大予測、1人1日最大給
水量の過大予測、それもこれもみんなダム建設を合理化・正当化するための「苦肉の操作」と一刀両断。いかに八ッ場ダムが無駄なダムか、そのために千葉県が莫大な負担金を払うことの問題を完璧に証明。

 私も2000年と2001年の2度、八ッ場ダム・吾妻渓谷・草津中和工場・品木ダムなどを視察して「八ッ場ダムはいらない」という結論を持った(その報告は『たいむ』2001年8月第39号「森の元気は 人の元気」)。何しろ水がアブナイ。魚も住めないレモンなみ(pH2~3)強酸性の川の水に「石灰ミルク」を注いで中和しないと、釘もコンクリートもボロボロになるのだ。(草津)中和工場で中和した川の水は一度品木ダムに溜め、そこから放流して八ッ場ダムに流し込む、その時品木ダムに沈殿した石灰ミルクは産廃なので浚渫して処分場に埋め立てる。もう、ここまでで私は「そんな水ノー!」。

水不足で困っているなら海の水だってお風呂の水だってナントカ飲めるように、使えるようにしないといけないだろうが、普段は水余り、渇水時だって水利権を調整すれば水が調達できる。それに、地下水涵養・節水型まちづくりを進めればよい。なんでそんなダムを造らなきゃいけないの?おまけにダム周辺は地質がもろい。まだ本体工事にはいっていないのだからなんとか止められないものかしら。

□2007年9月24日(月)

平成13年に埋め立てが終っている芝西霜田の産業廃棄物処分場とその周辺の現地調査に参加。今日はとりあえず全体像がつかめて得るところが大きかった。これまでも県内各地の処分場や不法投棄現場を見てきたが、そういった場所はどこも自然豊かな、人があまり近寄らないような所なので、よけいに周囲とは好対照。山道を歩いていると、頭上に迫る木々の枝には熟したアケビがからまっていた。もちろん、勝手に収穫させてもらった。

ここは既に約8万5000平方メートルの山林・谷津田に1304000トンの産廃が埋まっている。素掘りの穴に産廃の安定5品目といわれるものを捨てるのだが、1986年(昭和61年)には米海軍の空母ミッドウエーが横須賀港で大改修工事を行った際に発生したアスベスト275トンが、佐倉、八街の産廃処分場とともに、成田のこの処分場にも埋められていることを先日知った。当時アメリカではアスベストの危険性が問題になっていたため、規制の緩い日本で改修工事を行なったらしい。日本は危険物質のゴミ捨て場?その上千葉県は首都圏だけでなくアメリカのゴミ捨て場だったわけで、全くひどい話だ。実際何が埋まっているかわかったものではない。

1304000トンの圧力で地下水脈にも影響を与えているのではないか。その上今度は林道1本はさんだ山林に産廃を埋める計画の許可が下りる。許可権は千葉県。

安倍首相が病院で会見。初めて国民に詫びた。身体がもたないならなぜそう言わなかったのかしら?自分の健康管理もできない人が国家の危機管理のトップにいたわけだ。それにしても顔の皮膚はカサカサで生気がなく、抜けガラのようだった。声もかすれ、本当に痛々しい限り。もう、無理して出てこなくてもいいのに・・・。出れば文句の一つも言いたくなるじゃない。

□2007年9月23日(日)

秋分の日。暑さ寒さも彼岸まで、とはよく言ったものだ。夏のおまけみたいな蒸し暑い日がダラダラと続いたが、明日から涼しくなるらしい。

彼岸の中日なので実家の墓参り。母が亡くなって以来、都合がつく限り月に1度は通うようになった途中の山道にはカラスウリが赤く熟し、野菊やオトコエシが咲いて秋の風情がいっぱい。その奥の山の中には「第六天」が祀られている。子どもの頃はその周りで遊び回ったものだ。第六天は仏教では欲界の最高所で魔王とも呼ばれ、様々なものに形を変えるらしく「女」も第六天魔王の化身で、男の仏道の修行を惑わすために遣わされたものだといわれた時代もある。要するに仏の名を借りた男の負け惜しみだけど。

でも、どうしてこんなところ欲界の最高所といわれる魔王なんかを祀ってあるのかしら?父に聞いた話だと、昔々隣りの集落「島」地区からワケあって移したものだという。島は日蓮宗の一派で異端として弾圧された歴史もある「不受不施派」の寺がある。僧侶は妻帯・肉食も禁じられていたくらいだから、欲界の魔王を祀って誘惑を免れようとしていたのかしら。

それはそれとして、高台の墓地に近づくと線香の香りが風に漂ってくる。いまどきの線香にはかなりキツイ香料を練りこんだものがあるようだ。部屋の中で嗅いだらクラクラしちゃいそう。樹齢何年になるか誰も知らない椎の木の老木十数本に囲まれた墓地は、彼岸参りの人たちで賑わいをみせていた。

10年くらい前に植えたレモンの木に大きな実が2つ!5本買ってきて植えたところ4本は枯れたり台風で折れたりで、最後に残った1本だ。見上げるほどに成長したのに少しも実をつけないのであきらめていた。その見上げる枝に葉と同じ色なので気が付かなかったが、実が大きくなったので見つけた!

自民党総裁に福田康夫さん。記者会見を聞いていたら、なんだかすごーい皮肉屋さんみたい。父親の元首相赳夫さんは「ホ・ホ・ホ」、息子は「フ・フ・フ」という感じ。選挙が終って麻生太郎の声を聴かなくてすむからホッ。神経が疲れる、あの声。

□2007年9月22日(土)

 刈り入れが終った田んぼに30羽位の白鷺がエサをついばんでいた。限られたエリアに集中しているところをみると、どうやらそこにお目当てのエサがたくさんあるようだ。何を食べているのかしら?

 以前、無農薬・有機でキャベツを栽培している畑で、収穫後に無数のモンシロチョウが乱舞しているのをみたことがある。虫も食べないキャベツでなくて、虫も大好きなキャベツって、安心で美味しいのだろう。青虫にはキャッ!とするけれど、いずれモンシロチョウになると思えば堤中納言物語の中の『虫愛ずる姫君』を思い出しながらグッとやせ我慢。

今日も「リタリン」の記事が載っていた。厚労省が医療機関にリタリンを処方する際、薬物依存の発現状況を十分観察することを求める通知を出したと言う。昨日は朝日朝刊の一面に「うつ病治療薬リタリン乱用防止効能取り下げへ」という大きな見出しが踊っていた。

 向精神薬リタリンについては、中枢神経を刺激して「興奮や覚醒効果」があり、うつ病の治療薬として処方されているが、同時に、ADHD(注意欠陥・多動性障害)」と診断された子どもたちにも「有効」だというお墨付きのもとに処方されている。私が数年前に一般質問で聞いたら、成田市でも精神科医からリタリンを処方されている子どもが当時把握できるだけで9人いた。いまや何でも障害や病気にしてしまう時代。ADHDと診断される子どもが増えている。おとなしくさせるために効果があれば子どもの頃から覚せい剤のようなものも投与する時代なのだ。依存症になるばかりか、心臓への負担も大きく死亡例もある。

私はこれまで2回の一般質問のほかに、「レッテルを貼る前に」というタイトルなどで『たいむ』にも書いたが、欧米では子どもたちが犠牲になることで安易な薬物投与に注意が喚起されるようになった。日本はその教訓に学ぶべきだ。

□2007年9月21日(金)

定例市議会最終日。

『たいむ』に感性豊かな文章を寄せてくれていた会津素子さんが、青年海外協力隊の一員として26日に出発することになった。今日は市長に表敬訪問ということなので、終了後に議会の私の控室で話を聞く。

派遣先はエジプトの首都カイロにあるストリート・チルドレンの施設で、現地NPOとともに支援活動をするという。『たいむ』でも、素子さんはカンボジアの孤児院に暮らす子どもたちの元気な笑顔と優しい眼差しの向こうに、貧困や子どもの人権問題などがどのようにからみあっているかを伝えてくれた。今年の3月までは千葉県内の施設で虐待された子どもたちと生活を共にし、日常生活の世話をしながら保育師の資格もとった。

女優さんを目指してTVドラマに出演していていた頃の素子さんを知っているので、どうして?いつから?とそのきっかけを知りたい気持ちもあったが、ここ数年、困難な環境の中で精一杯生きる子どもたちに心を寄せ、自らもその環境に身を置こうとする素子さんの生き方を見ていて、これこそが彼女の天職かもしれないと思っていた。だから、青年海外協力隊の試験にパスした時はそのこころざしが本当に嬉しかった。とにかく、健康に気をつけて思いをかなえてきてほしい。

今回派遣される中で成田市民は素子さんのほかにもう一人、助産師さんがボリビアに派遣されるという。ずいぶん前になるが、生活改善でネパールに派遣されたことがある幼なじみが「出産時に清潔なハサミと針と糸があれば、死なずにすむ妊産婦がずいぶんいる」と言っていた。日本も医療は発達していても最近は「安心して子どもが産めない国」になりつつあるようだ。お産が女にとって一大事であることには変わりない。

それにしても、若い人たちが支援を必要とする世界各地に出かけて行き、異文化の中で共に暮らし仕事をすることはかけがえのない体験だ。グローバル化が一気に進む世界で、多様な文化や社会を理解しあえる人材が少しでも増えてほしい。

□2007年9月18日(火)

昨日までの蒸し暑さが信じられないように涼しい1日だった。何だか心身の置き場に迷ってしまいそう。今日会った人たちの中にも、暑さに必死に合わせていたのに急に涼しくなってドカンと疲れが出ちゃった人や、いよいよ本格的な秋の訪れを予感してウツウツ気分になった人もいるようだ。

「キレイにヤセるパワーヨガ」の本を買った。動機は森の中で瞑想しているスリムな女性の表紙にフラフラッ。そういえば25年位前、カルチャー・スクールに勤めていた頃がヨガブームだった。日本では草分けのような広池秋子さんの教室はいつも満杯だった。今はブームも定着して教室もあちこちにあるけれど、私は一人でやる。そのうちきっとシェイプアップする!<

ちょいワルオヤジVS癒し系オヤジの総裁選挙でなんとか盛り上がっているフリをしてみせる自民党。辞職した安倍首相は今週いっぱい入院のようだ。退院しても誰もかまってくれないだろうし。おまけに週刊誌やTVのワイドショーをみたら、「もうこんな美しくない国いやだ!」とか、病気が悪化するのではないか。


□2007年9月17日(月)

新米をもらいに実家へ。稲刈りが終ったあとの田んぼの風情や匂いが好きだ。収穫を終えてホッとひと息ついているような雰囲気が漂っていて心地良い。今は田植えも稲刈りも昔より少し早くなったうえに機械化されてあっという間に終ってしまう。国の農政は大規模化や集落営農、株式会社化とかを進めていくようだから、約

2,500年の間に築いてきた稲作文化の崩壊も一気に進むだろう。戦後62年目でこれだもの。・・・そうすると遠からず天皇制も存立基盤を失っていくかもしれない。だって、天皇の役割ってソモソモ(日本の)稲作民族の「大祭司」だから。いまや天気予報も気象衛星から発信されてくる時代で、天皇家の租神アマテラス(太陽神)の役割は『古事記』の中だけになってしまったし、そうしたら天皇の仕事もなくなるということじゃない?

不耕起栽培でコメを作ろうと意気込んでいたのに、今日の弟の話だと実家の田んぼでは冬期湛水(冬みず田んぼ)にとっても手間がかかるみたい。いまヤル気が揺らいでいる。

今日は久しぶりに私好みの、示唆に富んでいてしかも読み心地?の良い文章に出会った。朝日新聞の月曜コラムで「時の肖像」。物心ついた時から実家で朝日新聞を購読していたので、ずっと朝日を購読している。朝日の論説顧問が執筆したものだが、例えば、読売新聞や産経新聞では絶対に読めないだろう。こういう文章に日常の暮らしの中で出会えるから、私はなかなか朝日新聞の購読を止められないのだ。


□2007年9月16日(日)

国際文化会館での敬老会2日目。会場は2階席まで埋まり、元気な70歳以上の市民のパワーを感じる。

コリアンダーの種を蒔いた。この季節なので、あっという間に発芽するからベビーリーフを食べる。この間、中華スープやおかゆに使うと美味しいと知ったのでさっそく試そう。

ロケット(ルッコラ)やイタリアンパセリなども、定期的に種蒔きをする。ベビーリーフはスーパーでもパックで売っているが、私はケチなので買うより自分で蒔いて収穫したほうが安上がりだし、こうして自慢のタネにもなるのでせっせと種蒔きをする。

コリアンダーは好き嫌いが多い香草。中国ではシャンツァイ(香草)、タイではパクチー、中南米ではシラントロというらしいが、私が初めて出会った時は「コリアンダー」。十数年前自分の畑で種を蒔くとワーッと芽を出し、強烈な匂いに閉口していたら、ネパールで暮らしていた幼なじみが畑でムシャムシャ食べ始めた。あちらの料理ではよく使われていたらしくとても懐かしがっていた。以来私もサラダやカレーに使って食べるようになった。種は香辛料として有名。

今日の朝日新聞に文部科学省が指定した「スーパーサイエンスハイスクール」の高校生たちが日本人の由来を耳あかで追っていると言う記事が載っていた。「ネバネバ、カサカサ」タイプは特定の遺伝子で決まるらしいが、「カサカサタイプの起源はロシア・バイカル湖付近とされ、日本には約2~3千年前に渡来した人たちが広めた」らしい。・・・このあたりはもっともっと古い時代という説もあるけど。私はカサカサ。もともと人類学的にはモンゴロイド系だと思っていたので納得。だいたいあの辺りが私の遺伝子のふるさとなんだ。ちなみに元夫はネバネバで娘もネバネバ。

ところで、学校保健会の理事をやっているころ知ったのだが、成田市の子どもたちって耳あかが詰まっている子が多いようだ。お掃除してもらっていないってこと。



□2007年9月15(土)

10時より国際文化会館で敬老の集い。成田市は70歳以上が1万4,156人、そのうち喜寿を迎えた人は855人、米寿が302人。それにしてもなんだか蒸し暑い。夏以降このところ亜熱帯並みの気候に変動してしまったみたいだ。

午後1時から千葉市生涯学習センターで残土・産廃問題ネットワーク・ちば主催の「わが町の苦闘 残土・産廃問題」各地からの報告会に司会として参加。県内各地で残土・産廃問題に取り組んでいる個人や団体が集まって、報告や活発な意見交換が行なわれた。

行政訴訟に勝訴したものの、千葉県が控訴した銚子・海上のエコテック問題、まちぐるみの産廃反対運動をつくりだすとともにと自然公園づくりで運動に新しい道を拓いた多古町桜宮、1審勝訴後業者が控訴して去る3日結審・11月判決の富津田倉安定型処分場反対運動、羽田D滑走路建設で始まった山砂採取による環境破壊・汚染・交通など諸問題に直面している君津・市原地域と市民ネットの運動その他、各地の報告は千葉県の環境問題の現状とこれからの課題を提起する重要な集まりだった。

それにしても、エコテック問題で破れた千葉県が控訴した「理由」は論理的矛盾など問題があり、多くの参加者から堂本知事に対する批判と失望が語られた。住民勝訴の判断がでたのだから環境派を売りにしてきた堂本知事なら判決を受け入れる政治的な判断をしてくれるのではないかという期待を裏切ったことの代償は大きいのではないか。



□2007年9月14日(金)

今日の総務常任委員会で委員会は全て終了。

前市長による収賄事件で千葉地裁の判決が言い渡された。懲役2年の実刑と1200万円の追徴金で、前八千代市長の判例もあるので執行猶予はつかないだろうという予測どおりの結果だった。贈賄側の運転管理会社の2名は執行猶予付。前市長は控訴したらしいが贈賄側が判決を受け入れている以上、それを覆す証拠が明らかにならなければ原審が覆ることはないと思う。



□2007年9月13日(木)

10時から新清掃工場整備特別委員会。6月議会以降環境アセスのみが継続中で報告なしとのこと。昼食後、特別委員会で木更津港の近くにある木更津・君津・袖ヶ浦・富津4市のごみを広域処理している施設の視察。ここの炉が成田・富里共同清掃工場建設に向けた機種選定委員会で提言したガス化溶融炉シャフト式(溶鉱炉と同じ原理)を採用していること。事業主体は民間主導の第3セクター方式で、一般廃棄物処理ではPFI方式を導入した初の施設らしい。4市と新日鉄エンジニアリングなど民間4社が出資している。

私にとっては10年以上前に環境施設整備調査特別委員会の視察で新日鉄の実験炉と茨木市の炉を視察して以来のシャフト式。あとで木更津市の議員に聞いたら、始めは出ないという説明だった焼却灰が実際は出て、その処理にかなり費用がかかるそうだ。焼却灰は他県に委託してセメント化するのだが費用がトン当り約4万円で、財政が厳しい木更津市にとっては負担が大きいという。また、公表はされないが、爆発事故(規模は未確認)も発生したことがあるらしい。ほかに、3Rの流れが抑制されるのは確実。

また、環境保護運動をしている人の話だと、東京都では溶融後排出するメタルに鉛が混じっているとか、プラスチックも投入するので高濃度の水銀が発生することが問題になっているようだ。

機種選定委員会の会長だかその代理が「国際都市成田だから次世代型を採用して発信したらどうか」なんてよくわからないことを言って誘導していたが、やはりすんなり次世代型だから良いとはいかないのではないか。まだ調査が必要だと思う。

自民党総裁選は福田氏が登場してなんだか潮の流れが変わったみたいだ。安倍氏がプッツン辞職した背後に麻生クーデター説が出たりして、なんだかドラマチック。



□2007年9月12日(水)

午前中・建設水道常任委員会、午後・教育民生常任委員会を傍聴。お昼を食べに帰って12チャンネルの「スクランブル」を見ていたら、安倍首相辞任のニュース。

いやはや・・・というかやっぱり・・・。もう辞めたのだから悪口は言いたくないが、それにしてもお粗末な結末だった。なんだかもう、嫌になっちゃったんだろうな。辞任記者会見でも、何が何だか、もうドウドウめぐり。本人も疲労困憊の様子だが聞いているほうも疲れた。

所信表明をやったものの、今日から代表質問。そのあとから口うるさい民主党の「論客」たちがゾロゾロ出てくる・・・出席したくない・・・。年金はもうこんがらかっちゃっているし、インド洋では(米国から買った油を)米軍に惜しみなく給油してやっているガソリン・スタンドも新法で乗り切ろうにも小沢民主党はハナから振り向きもしない。前のお友だち内閣がひどすぎたからせっかく身体検査をやってカイゾーしたのに検査モレでポロポロボロが出ているし、選挙管理内閣だの麻生準備内閣だのと、マスコミもよってたかってバカにしている!麻生も信用していたのに、結局オレは利用されたんじゃないか。一所懸命美しい国づくりをやっているのに国民もわかってくれない。もう、疲れた。辞めてやる、あとは勝手にやってくれ!

問題は与謝野官房長官が、辞任の理由に「病気」もあることを言っていたことだ。辞めなきゃならないような病気だったなら、今日この日ではなくもっと前に辞め時があっただろう。今日の辞任会見でもそう言えばいい。誰が病気の人の尻を叩くだろう。おまけに、自民党総裁選の頃も何か胃腸系の病気が懸念されていたという。だとしたら、病人とわかった上で総裁(議院内閣制だから総理大臣)に選んだこと自体、自民党には責任がある。

総理大臣ともなれば心身ともに過密・過酷なスケジュールにおかれることはわかりきったこと。しかし平時は官僚まかせでごまかせても国家には危機管理に直結するテーマがある。日本には「核」のボタンはないが、外交や軍事の緊張関係で逐一判断しなければならない最高権力者の健康状態は、国家の行方を決める場合がある。だから国家機密にもなりうる重要なものだ。

何故か・・・単に体力が政治に耐えられるかどうかだけではない。政治全般、特に外交・軍事面でトップ自らが重大決定をしなければならないような緊迫した時に、体調が悪ければ決定内容をも左右しかねず、それは国民や国家の利益や未来に影響を与えるからだ。民主主義の政治制度の中で、後々「実はあの時病気だったんだよ」で済む話ではない。



□2007年9月11日(火)

昨日から委員会が始まった。今週中に特別委員会も含め全て終了する。昨日は経済環境常任委員会、今日は空港対策特別委員会を傍聴する。

市民の傍聴で席のスペースが云々されたことがあったようだが、部屋の一番後ろにイス(と机)を並べてあるのが一般的だ。これは他の議会を視察してわかったことだが、成田市は周辺自治体に比べ委員会に出席する職員が多い、多すぎる。出席職員をもっと絞れば市民の傍聴席などすぐ確保できる。

また、案件によって大勢の傍聴希望者で入りきれなかったら、マイクを通して審議の模様がわかる別の部屋を用意すればいい。私も袖ヶ浦市や我孫子市の委員会審査を傍聴したが、他市ではどうってことなくそうやっている。やっと8月に議会運営委員会で一問一答式や対面式も含めて他市の状況を視察したらしいが、傍聴だけでも早くできないのかしら?

きょうはアメリカの9・11同時多発テロから6周年。私はあの夜出かけていて、帰って習慣的に「ニュース・ステーション」をつけた時もそんな大事が発生したような雰囲気でなかったのでサッサと寝てしまった。翌朝テレビをつけてわが目を疑った。まさに「ハリウッド映画のような」光景が次々と映し出されていた。

それからアメリカによるアフガン攻撃までは、成田のような田舎に居ても激動の日々だった。何よりも、衛星放送やインターネットで世界各地が瞬時につながり、思いを共有した。私はそれまでの市民運動のつながりの中から、メールを通して国連難民高等弁務官事務所のアフガン駐在職員や、ペシャワール会の中村哲さんの現地からの生々しい報告を手に入れ、アメリカのアフガン攻撃に反対の立場をとった。テロにも戦争にも反対、暴力の連鎖を断ち切るべきだという考えは今も変わらない。

同時多発テロが衝撃的だったが故に、米国の圧倒的な軍事力による報復戦争も正当化され、罪の無いアフガンやイラクの人々が今この時も飢えや不安、暴力にさらされている。そして、テロは更に拡散している。先日は久しぶりに米国が血眼になって探しても行方がつかめない「911の首謀者」オサマ・ビンラディンの映像が流れた。

でも・・・あの「911」についてはそう単純ではないような見方も根強い。もっと奥深く、ネオコン・戦争仕掛け人・死の商人たちによる陰謀が張り巡らされていた証拠があるというのだ。それが真実として、いつか白日のもとにさらされる日が来るのだろうか。



□2007年9月9日(日)

私などには何だかよくわからない理由で、朝青龍がモンゴルに帰ってから、かの地の雄大な自然の映像をテレビで見る機会が増えた。コメンテーターが「まるで観光宣伝だ。こんなことやってないでちゃんと出てきてで説明すべきだ。」と言っていたが、マスコミにしてみれば大挙押しかけたものの本人がいっこうに表に出てこないので居そうな場所周辺やそこへの行程の風物など、とにかく何か映像を流さないと間がもたないのだろう、出るわ出るわ・・・まさにものすごい宣伝になっていると思う。要するにヒマなのよ。

誰か(女性だった)が何かで「余命幾ばくと言われた時はモンゴルに行きたい。草原で地球に生まれたことを実感したい」といったことを書いていた。本当に、圧倒されるような光景だ。日本人ってモンゴルに惹かれる人が結構いるんじゃない?

「影よりほかに友もなく、尾よりほかに鞭もなし」。モンゴルと言えば私がすぐに思い浮べるのは大帝国の租チンギズ・ハンの母ホエルンの言葉。テムジン(のちのチンギズ・ハン)一家が父の没落後孤立無援の中で、異母兄弟たちが争うことの愚を戒めた言葉といわれる。高校時代に感化された『世界史 資料・名言集』(江上波夫監修・山川出版)に載っていた。光景が目に浮かぶようだ。



□2007年9月8日(土)

今日は山下惣一さんの講演「農なき国の食なき民-食料自給を放棄する日本の農政」と、パネル・ディスカッション「人と農地、食と環境―農業つぶしの視点から市東さんの農地問題を考える」。

たくさんの人が参加してくれて、2次会、3次会も盛況だった。私と県議の吉川洋さんが連絡先になって始まった「市東さんの農地取り上げに反対する会」も、共同代表に秋田県大潟村の農民坂本進一郎(食管法や減反政策と闘ってきた農家)さんと、千葉県の環境保護運動にこの人ありといわれる井村弘子さんを迎え、農業切り捨て政策を推進する経済界と自公政府に対し、存亡の危機のある日本農業の復権に異議申し立ての態勢がスタートできたと思う。

私は農家の生まれで血と肉に農業が染み付いているから、自民党型農本主義者ではないけれど片足は田んぼに浸かっている。農業を粗末にする国に未来はない。7月29日の参院選で自民党が一人区の地域で民主党に完敗したのは、当然の報いだ。農村は票田、農民を封建時代同様に扱ってきた自民党は思い知らなければいけない。ま、今回は民主主義制度の中の農民一揆かもね。でも、これで「お灸」をすえたなどとひと息ついていたらまた自民党は農業潰しを進めるだろう。権力って、そんなものよ。

ついでに思い出したんだけど、民主党は結局参議院の予算委員長を自民党に譲ったという。イヤな予感。98年の金融国会の時、菅直人が民主案を自民党に呑ませたといって自慢していた。あの時もイヤな予感がした。そしてその通りになった。自民党が息を吹き返したのだ。あの時、手をゆるめることなく更に自民党を追い詰めれば政権交代の道もあったかもしれない。・・・いまさら「if」を言っても仕様がないけど。今は「「二重権力構造」の状態だと、自民党(中川前幹事長)も言っているのだから、民主党は心すべきだ。

 いろいろ問題はあるけど、私はその時々の民意によって政権交代ができる政治状況は必要だと思っている。

□2007年9月7日(金)

3日間続いた一般質問が終る。その後請願3号の紹介議員になったので、久しぶりに提案理由の説明(「議会レポート」参照)を行なう。

迎撃ミサイルパトリオット3の習志野基地配備計画を調べていて、米国と軍需産業をバックにした日本の軍備拡張は今後さらに加速するのではないかという懸念を強くした。「敵」を想定した軍備にはキリがない。軍事オタクたちは備えるほどに憂い(不安や不信)が募るのではないか。軍備の拡張と戦場での消費は不可分で、その背後には息を吹き返して増長する日本の軍需産業がある。政府・自民党はこれまで、日米軍事同盟(安保条約)を理由に国民の血税をさんざん米軍に献上し、今度は一緒に血を流させようと自衛隊の若者を前線に送り出そうと画策している。

来週から始まる臨時国会の焦点の一つに、これまで延長を繰り返してきたテロ対策特措法の延長問題があるが、各種世論調査では反対が過半数を超えているという。民主党はじめ野党は延長に反対。「アメリカが、多数の国が」参加しているからといって「では日本も」などと国民の意思を無視してズルズルと延長することはない。

この間民主党の菅代表代行がアフガンの現状をペシャワール会の中村哲さんからの情報をもとに分析していた。同感。長年にわたり現地で医療だけでなく井戸や運河を掘って住民の暮らしに密着した活動をしている中村さん。米国や「多数の国」がアフガンで行なっていることはアフガンのためになっていないと言い切る。テロが終息するどころか状況は悪くなるばかりのようだ。その惨状に心を痛め、アフガンに介入するなと発信し続ける中村さんのような人の声を、きちんと反映してほしいと思う。

夜は、明日の講演集会の講師を務めてくれる佐賀県唐津市在住の農民作家山下惣一さんの歓迎前夜祭?と集会に向けた事務局会議で千葉市へ。あこがれ?の山下さんに会えて、いっしょにお酒が飲めて、わーい、うれしいな!

□2007年9月5日(木)

今日から3日間一般質問。予定者17人が3日間でやるので午前10時から開会。私はくじ引きで2番目だったので、今日の午前中登壇した。1回目の質問は「議会レポート」参照。

一般質問の度いつも思うのだが、やっぱり執行部への質問は対面式にしてほしいな。対面・一問一答式、常任委員会・特別委員会の市民傍聴、とりあえず早く実現するといいんだけど。委員会に市民が傍聴できないなんて、考えられない。陳情や請願をだしている人や団体もダメ。理屈をつけてイヤイヤしている議会運営委員って誰?

台風が近づいてきてムシムシするけど、やっぱり秋。うれしいな。さようなら夏ちゃん、また来年会いましょう。四季のある暮らしは飽きっぽくて気の短い私には合っている。いや、この国に生まれ育ったから合わされちゃったのかな。当然のように、次の季節の訪れを待つ。

ところで、安倍政権が進める愛国心教育では「日本は四季があるから美しい」といった論法?らしい。ある小学校で子どもが「四季がなくても美しい国はあると思います。」と、真っ当な意見を述べたら、先生は「美しいのは四季があるから」だと納得させようとしたらしい。そんな愛国心教育なら真っ平ごめん。

□2007年9月3日(月)

9月定例市議会が始まる。21日(金)まで。

安倍カイゾー内閣はまだ1週間が過ぎたばかりなのに早々と辞職大臣第1号が。鬼門の農水大臣。彼が組合長をしている農業共済組合が補助金を水増し請求して詐取し、会計検査院から指摘されても返さないままだったという悪質なもの。

週刊誌はまず買わないけれど、新聞に掲載される広告は必ずといっていいくらい見る。見出しを見ただけで読んだような気分になるから買う必要もない。でも、たまーに、タイトルだけでは満足できない好奇心に負けて買ってしまうと、定価300円でも必ず損した気分になる。週刊誌(なんか)に期待した自分がバカだったと思えばいいんだけど。そんなわけで、今日も「ポスト」と「現代」を見出しであれこれ楽しんだ。

小池百合子さんは今回「男」を見る眼がなかったということかな?細川さんから始まって小沢さん、小泉さんまでは、政界を知り尽くしたオジサンたちは若くてチャーミングで有能で世話焼きの小池さんを傍に置いて十分利用したし、彼女自身も年上のオジサンを相手に見事「ボス」を替えてキャリア・アップしてきた。彼女だけを悪く言うのはおかしい。ギブ・アンド・テイクだ。けれど、小泉さんの後釜として安部さんに横滑りしたのは安易というか失敗だった。やっぱり権力の中枢にいるうち、彼女独特の嗅覚が鈍ってしまったのかな。

「私のほうから安倍政権に見切りをつけたのよ!」といわんばかりの最後はさすが女の意地という見せ場だったけれど、強がっているようでもある。ただ、わずかの期間だけど防衛大臣をやった彼女が今度どんな男を自分の政治上の「ボス」或いは「パートナー」として選ぶか、実は同性として興味シンシン。でも、もう彼女の手の内はみんな見せちゃっているし、ホンキで首相を狙っているかもしれないような女性とタッグを組もうという政治家って誰かしら?そんなのいないるかなぁ。政治の世界だから何でもありか?

昨日の朝日読書欄に、京大霊長類研究所長松沢哲郎さんが「たいせつな本」としてオマル・ハイヤームの『ルバイヤート』を挙げていた。私も岩波文庫で昭和39年刊の、もうすっかり黄ばんでしまった1冊を大事に持っている。時々143篇の4行詩に浸りたい気分の時があって、高校時代からの「心の友」の1冊。

□2007年9月1日(土)

雲が厚く空を覆って時々霧雨模様でとても気持ち良い1日だった。このまま涼しい気温が続いてくれて秋の始まりだといいんだけど。今年は記録的な猛暑といわれて確かに暑かったが、あまり気にならなかった。もう忘れてしまいそう・・・どうしてかしら?

涼しさに合わせるようにここ2、3日、今年も開け放してある部屋のどこかからチッ、チッ、チッ、チッ・・・と心地良い虫の音が聞こえるようになった。3年前晩秋の頃、外に出してあったベンジャミンを部屋に入れた時いっしょに引っ越してきたあの虫さんと同じ鳴き声。名前は知らない。でもそこはかとない秋の風情を感じさせてくれる。窓の外でも虫たちの羽音がにぎやかになってきて、夏に疲れた心身を癒し鎮めてくれる。

8月27日には猛暑のダメ押しみたいな安倍カイゾー内閣がスタートし、昨日は民主党も人事を終え、いよいよ秋の国会が楽しみ。

一般質問の準備で調べ物があり、『週金』のページをめくっていたら飛び込んできた言葉。「おやじの仕事が大変だと思えば子どもはあとつぎになりません。楽にみえるから、2世、3世と続くんですよ。 その中でも、一番、楽なのが政治家なんでしょうね」(永六輔「無名人語録」より『週間金曜日』NO.574・ 2005年9月23日号)

おまけに政治家も自分の跡目を息子にというのは、楽でおいしい仕事なのかもしれない。いつだったか知り合いの専業農家Hさんが言っていた。「農業のおかれている現状を考えれば、息子に跡を継いでくれとはいえないよ」と。自分の苦労を息子にもさせたくない親心だろう。

ところで総務大臣になった元分権改革派知事の増田さんはお手並み拝見。舛添厚生労働大臣もお母さんの介護やゴミだし姿をみて実があるようで厚労大臣としての仕事ぶりに注目したい。自民党だけどわかりやすいタイプだ。ホントかウソかはどうでもよいが、元妻片山さつきに毎朝お弁当を作ってやって職場へ送り出していたという週刊誌の記事を思い出し笑い。ま、大学で教えていたりすると結構時間にゆとりがあるからマメな男ならそのくらいやるかも。私の夫は朝洗濯をしてくれていた。

今日は成田市民オンブズ設立総会。7人の幹事体制でスタート。市民の目線で行政・議会をチェック。



□2007年8月26日(日)

滋賀県大津市で「住民投票-分権時代の必携ツール」~参加と対話で進める市民自治の可能性を探る~というテーマでシンポジウムが行なわれた。主催は「国民投票/住民投票」情報室。私も日帰りで参加。最近遠出は航空機だが、場所柄久しぶりに私のグランドサンが幼い頃夢中だった「にょじょみ」に乗る。日帰りはさすがに疲れた。

原発建設の是非を問う新潟県巻町住民投票から始まった全国の住民投票運動も11年目を迎え、市民、議員、首長、職員その他立場を超えて多くの人が集まった。過去10年間に蓄積された成果を元に、すでに市民案として提起されている「住民投票に関する特別措置法-住民投票法」案にみられる制度設計や、常設型住民投票条例の制定と活用などについてさらに情報交換と議論がされた。千葉県からは常設型住民投票条例を制定した前我孫子市長の福嶋浩彦さんが講師兼パネリストの一人として参加。市民自治へのブレない姿勢はいつもながら感服。

或る程度日本の住民投票運動の事情を知る立場としては感無量。これまで各地の運動の中で顔見知りになった人たちとも懐かしい?再会。

今後各自治体では分権時代に沿った「自治基本条例」の制定が目指されるが、その中で直接民主主義の手法である住民投票がどう位置付けられるか注目される。「自治基本条例」については私の総務常任委員会でも勉強していこうという方向にあるが。

□2007年8月25日(土)

残土・産廃問題ネットワーク・千葉主催の環境学習会エコロジー最前線第2弾が開かれた。タイトルは「目の前の危機と100年先のビジョン」で、講師は(財)日本生態系協会事務局長の関健志さん。内外の情報に精通していて、とても刺激的な講師の一人だ。

先日アメリカで橋が落っこちた事故があったが、日本もほとんどの橋が耐用年数を過ぎていて、しかも金がないので直せないでいるらしい。維持管理できないので壊したほうが良いが金も無いし壊す技術もないのが現状とのこと。ダム(半分は農水省)や下水道も同様だそうだ。

原発なども同じではないかしら?また、数年前北海道の最新ゴミ溶融施設を視察した時、その一方ダイオキシン規制強化で廃炉となった焼却施設があちこちに放置されている姿を見た。おそらく今も、そしてこれからも放置されていくのだろう。これまで付着したダイオキシンを撒き散らさずに解体して更地にするためのお金がないのだ。

構造物を作りつづけた国交省はインフラ管理に莫大な予算を必要としていて、年3%づつ国交省予算が削減されていったとして2022年には予算100%を集中して使っても維持管理できない試算らしい。維持管理できないのは切り捨てていく・・・いやはや。

農業について言えば農林水産予算の8割を基盤整備事業といった農業土木で動かしているそうだ。「田んぼを稲をとる工場に変えてきた。土地のもっている力がどこまで耐えられるか」という言葉はショック。でも、農家で生まれ育った私にはまず直感的に理解できる。

地球温暖化による海水面上昇で水没する島や、経済発展で砂漠化水不足の中国を中心に発生する大量の環境「難民」の話もすぐ目の前の危機だ。科学技術に莫大なエネルギーを使ってきて、あらゆる意味でリスクを負うのは次の世代。関さんが言うように「環境倫理学」がきちんと位置付けられなければ、未来へのビジョンが空しくさえ感じられる。

夜は市民オンブズ準備会ミーティング。いよいよ9月1日(土)午後1時30より国際文化会館で設立総会。

□2007年8月24日(金)

本日締め切りなので一般質問の通告をする。質問予定は17人くらいになるようで、場合によっては午前中の開会もありそう。委員会の午前中開会は定着したが、一般質問もどうして午前中に開かないのかしら?と思っていた。昼食を出すかどうかでこれまで午前開会に踏み切れなかったらしい、という話をきいたことがあるけれどホントかしら

「歴史と今を語り合う女性の会」が請願を提出するので紹介議員になった。今年度中にも自衛隊習志野基地にパトリオットミサイル-3</FONT>が配備されるということで、市長と議会に対し、市民の生命と安全と生活の安心のために関係機関に情報公開を求めること、住民が納得するまで配備に反対することを求めるもの。請願文は「議会レポート」参照。

□2007年8月21日(火)

暑い・・・熱い・・・アツイ・・・あつい・・・でも、太陽の光は秋色。もう少しの辛抱だ。窓を開けて、扇風機を回して、今年も頑張るゾ!朝露にぬれたサラシナショウマの蕾の上にトンボがまどろんでいた。

昨日那覇空港で発生した中華航空機の炎上事故は、乗客全員が脱出した1分後に大爆発を起こしたようだ、映像をみるほうも背筋が凍る思いだ。

ヒトもモノも移動手段として飛行機なしには考えられない社会になったのだけれど、私は乗っていて「快適」な気分になったことはない。ずいぶん前、初めてシベリア上空を通ってヨーロッパに向かった時の不思議な感覚をいまでも覚えている。特にヨーロッパ大陸がゆっくりと朝(太陽)に向かって回転していくような姿を眺めながら、自分が生まれた地球を実感した。でも10時間あまりの間、「ちょっと(飛行機から)降ろして下さい」と言えない不安に押し潰されそうだった。いろいろ想像してしまって・・・。

ところで、空港内の事故ということでふと思い出したことがある。それは航空関係者が「魔の11分間」(クリティカル・イレブン・ミニッツ 離陸後3分間、着陸前8分間)と呼ぶ、航空機事故発生の最も確率の高い時間帯のことだ。航空機事故の多くは空港の離着陸を中心に発生しやすいという。パイロットが最も神経を集中させる時間帯でもあるようだ。私などはドシロウトだから、揺れただけでも心穏やかでなく、飛んでいる時にバクハツしたら・・・墜落したら・・・などと考えてしまうのだけれど。

女優の吉永小百合さんが原爆や沖縄戦の詩や童話を朗読するチャリティ・ショーの録画を見た。だんだん巫女のような雰囲気になってきたみたいだ。平和を祈る現代の巫女。

□2007年8月18日(土)

昨日までの猛暑がウソみたいな、雲におおわれた涼しい1日だった。ホッとひと息。ニュータウンふるさとまつりのオープニングに出席したあと、ちば8月の会主催の「戦争責任を考え心に刻む会」に参加。この会には都合がつく限り毎年参加しているが、今年の集会では、南京師範大学の張連紅さんによる南京事件の国内外の研究や交流の現状と今後の日中関係と、2003年8月4日チチハル市のマンション工事現場で発見され被害が拡大したイペリット毒ガス兵器事件~概要と解決への道~について弁護団の井堀哲弁護士による2つの講演があった。

会場の外では集会に反対する右翼の街宣車がワーワーとがなりたてていたが、ここ数年集会を聞きつけてどこからか街宣車が現われるようになった。1時間くらい騒いで帰っていったが、かろうじて聞き取れたのが「反日集会を中止しろ」。最近は一部月刊誌や週刊誌でも単細胞の反日流行なので聞き飽きた。

無抵抗の南京市民が日本軍によって多数虐殺された事件は争う余地のない事実なのだが、日本には事件そのものを認めたくない人たちがいる。もっとも、そもそもあの第二次大戦における日本の戦争責任を認めたくない人間が総理大臣になる時代だから右傾化もここに極まれりといったところだ。慰安婦問題にしてもそうだが、いい大人が(といより政治指導者が)いつまでもこんなイヤイヤをやっていたら世界から相手にされなくなるだろうに・・・。

久しぶりに会ったWさんと千葉駅ビルの地下街でカンパイ。新鮮なイワシのなめろうや梅肉とシソの葉のはさみ揚げが美味しかった。私は昔むかし女子高時代に九十九里浜に住む同級生の家で獲れたてのイワシをニンニク醤油でご馳走になった瞬間からのイワシ好き。それと、亡き母が面倒だと言いながらもよくセグロイワシの皮と骨を除いて酢漬けをつくってくれたのが懐かしい。

□2007年8月16日(木)

アチュイ~!もう熱帯なみ。こんなに暑くては息をするのもタイヘン。熊谷と多治見市で40.9Cと観測史上最高の気温とか。国内5ヵ所が40度越え。牛にも扇風機。お乳の出が少なくて夏休み明けの学校給食に影響があるかも、という話。全国的熱波のせいで今朝から私の両腕にアセモが出来てかゆい。去年初めて首筋に赤い発疹ができてかゆいので皮膚科に行ったら「ア・セ・モ」と言われた。えーっ!アセモなんて・・・。私どうしちゃったのかしら。おまけに明け方から何度か地震。地上も地下も落ち着かない。

今日は中学時代からの古い友人たち3人組で1年ぶりにお昼を食べた。そうでなくてもこの年になると健康状態が話題の中心になるのだが、3人組の1人が医者ということもあって、もうマッテマシタ!かかりつけの医者には遠慮?して聞けないことも。昔西洋では友人にもつなら弁護士と医者と銀行家といわれていたが、フツーの市民生活にとっていまや銀行家はあまり役に立たないけれど、弁護士と医者に知り合いがいるととても心強い。

防衛省の事務次官人事を巡って担当大臣と現職事務次官、官邸を巻き込むゴタゴタがまたまたマスコミマッテマシタの好餌食。テレビ朝日もずいぶん力を入れている様子。それにしても、トラブルの中味はともかく小池百合子さんには頑張って欲しい。全国の市町村レベルでも小池タイプの女性議員って結構頑張っている。自己顕示欲、権力に取り入るための並ではない意思、権謀術数とたゆみない努力、小池タイプはもともと私には苦手なタイプの女性、今でもお友だちになれるタイプではない。でも、そういう女性がいてもいい。この際彼女にはおおいに「本領」を発揮して欲しい。マスコミや政党といった男の本丸の嫉妬なんかぶっ飛ばして闘え!「陰ながら応援している」・・・これって私もよくそう言われるんだけど、陰ながら応援ってるって。ま、いいっか。

「めんどり歌えば国滅ぶ」じゃない、栄えるのが男女平等社会だもんね。

□2007年8月15日(水)

13日明け方のペルセウス座流星群は見逃した。たまたま新聞で「13日明け方がピーク」とあったのでちょっと気になっただけ・・・と負け惜しみ。でも、このところ夏の夜空を見上げる機会があって嬉しい。

今日は62年前に日本が連合軍に全面降伏した敗戦の日。2度と戦争をしないためにも、あの戦争の真実を語り継がなくてはいけない。特に、戦争責任をあいまいにしてはいけない。選挙で惨敗したのに「責任」のとり方もわからない総理大臣が「戦後レジームの転換」を叫んでいる今だからこそ、なおさらにそう思う。そのアベチャン、次の外遊先のインドで(東京裁判で唯一人全員無罪を主張した)パル判事の子孫と面会するのを楽しみにしているという。これまたとんでもカン違い。本人が生きているというならまだしも子孫と会ってどーするの?「オトーサンにはお世話になりました」とでもいうのかしら?

パル判事は東京裁判で日本軍国主義の行為を正当だとして無罪を主張したわけではない。日本の侵略行為を批判しつつも、当時は侵略戦争や人道や平和に対する罪を断罪する法律が整備されていないことを理由に、戦勝国が法律を作り遡及して罪を負わせることはできない、と言ったのだ。もちろん、彼の意見は省みられることはなかった。しかし、東京裁判は決して勝者による一方的な裁判ではなかったことは、記録が示している。そして、日本はspの結果を受け入れて国際社会に復帰できたのだ。

戦後来日したパル判事は「平和憲法の精神が世界に広まってほしい」と語っている。

ところで、今日は私にとっても人生の特別な日。1972年の今日午後1時47分、娘が生まれた。産湯をつかったばかりの娘に自分で名前を書いた腕輪と足輪(日赤産院での赤ちゃん取り違え事件後そうしていたみたい。今はどうなのか知らないけど)を付け、分娩室を出て病棟の部屋に戻った。その時窓越しに広がっていた高く澄んだ青空!人生であれに勝る達成感、解放感を味わったことはない。もっとも私には妊娠・出産は人生でただ一度の経験だったのでそんな特別な思い入れなんだけど。

□2007年8月12日(日)

今日は心身にたまった垢を落とそうと思い、露天風呂に入った。ちょうど夕陽が沈んでいく時間帯だったので、お風呂に入りながら彼方の山の向こうに落ちるまで眺めていた。5年前、永住外国人を含む18歳以上の町民を対象に合併住民投票を実施した秋田県岩城町を訪ねた時、日本海の夕陽は沈む時に「ジュッ!」と音をたてると自慢した人がいたけれど、山では火事になってしまうじゃない?。

地球誕生以来幾十億年の年月というもの日々繰り返されてきたことだけれど、この惑星では新参者の私たちのご先祖様は昼と夜の繰り返しの中で自らの存在の意味を考え始めたのだ。それを思えばクターッと露天風呂につかっている場合じゃない!・・・とはいえ、広がる闇と森の奥から吹いてくる涼しい風につつまれて「不思議だなぁ」なんて考えるひととき、最近なかったし。

お風呂から出て全天が見える場所に移動し、南に傾くところ木星とそのすぐ下の方でルビーのように赤く瞬くさそり座の1等星アンタレスを眺める。子どもの頃から馴染んだ星。赤く輝く戦争の神タレス(火星)に対抗する存在として名付けられた赤色巨星。いずれ爆発して一生を終える星の代表だ。

そして深夜から明日の明け方にかけてはペルセウス座流星群一番の観どころ。(もともと冬の星座なので)明け方が一番多く観られると言われているが果たして私は起きられるかしら?

□2007年8月11日(土)

なんだか猛暑!昨日、一昨日と千葉市で夜の集会があったのでちょっとバテでしまった。特に昨夜は二次会に参加したのでJR千葉駅最終12時01分発の電車で帰る。JRにそんな時間の電車があるのを初めて知った。金曜日のせいかかなり混んでいてまたまたビックリ。最近早寝早起きなのでこういう不規則なスケジュールは疲れるが、たまには賑やかにお酒も飲むのもいい。楽しかった。<

この間、林野庁の「緑のオーナー」98%が木材価格の低迷により元本割れという報道があった。過去14年間でのべ8万6千人の個人・団体から約500億円の出資金を調達しているが、06年には50万円の出資に対し販売額は29万5千円とのこと。「原野商法なみ」とかいう見出しもあった。今日は近在の山林が手入れ次第でどう違うかという写真を撮ってきた。日本は森の国ですもの、きちんとした森林行政と、手を加えさえすれば国民の需要に応える木材を調達できるはず。

●2枚の写真は、同日同時間帯に山道に沿った林を撮ったもの。上の間伐していない林は光が入らず暗く、下草もほとんど生えていない。下は間伐して光が入り、植生も豊か。木も元気に育っている。間伐するとこれだけ違う。

●ちなみに、下の写真の奥の暗く見えるところが上の間伐していない林。安いからといってよその国の森を荒らして木材を調達したりするようなことはそろそろ止めにしたほうがいい。例えば東南アジア。木材だけでなくエビなどの養殖ほか、日本人の欲望を満たすためにどれだけ多くの自然が破壊され、環境が汚染されているか。お金になって喜んでいるのはごく一部の企業や業者であって、圧倒的多数の民衆は土地を奪われたり追われたり、健康被害や生活を圧迫されていることに想像力を働かせなくては・・・。

夜、女優の渡辺えり子さんが出演していたので「オーラの泉」を観た。その中で、エハラやみわあきひろから「情を拭いなさい」と言われていた。その言葉を聞いてふと25年以上も昔のことだけど私も人生の節目節目に相談していた或る易学の大家から「あなたにとって情は敵だ」などと言われたことを思い出した。情ではなく理性でものを見るのはとても難しいけれど、そうしないと本当の姿は見えてこないのかもしれない。誰もが人生の中で、そういう時が幾度かあるのだろう。聞けば同じようなことなのだけれど、情を「敵だ」といわれるより「拭いなさい」と言う言葉にホッとした気分になった。この年になって、悪女の深情けのような情を「敵」にするのはキツイのよね。

□2007年8月9日(木)

堂本知事が旗振り役の生物多様性県民会議の戦略グループ会議として、残土・産廃問題ネットワークちば主催の「山砂採取と生物多様性」と題する会議が開かれた。基調講演は『ああダンプ街道』

1984年刊・岩波新書)等の著者で保健社会学が専門の前女子栄養大学教授佐久間充さん。

800万年前に2000m隆起した房総半島には巾4㎞、奥行き40㎞の山砂(海の砂と同じ)層があり、すでに1960年代から首都圏開発のコンクリート需要や東京湾埋立てなどで14億トンの山砂が採取されたという。そして山が消え、2000ヘクタールの採取跡地が出現し、首都圏の残土・産廃が運び込まれた。いままた、羽田空港拡張のため3000万立方メートル運び出されようとしている。

房総半島上空を通過する時、条件がそろえば山が削られて地肌をむき出しにした場所をみることができる。そして、宇宙飛行中の毛利さんの目に飛び込んできたゴルフ場銀座も。

こうして山が消えていく・・・2004年7月2日、残土・産廃問題ネットワークちばで上総丘陵産廃処分場視察を行なった時、途中で撮影。

総半島の地形や地質が変化するとともに、自然の植生・生物多様性も影響を受けていく。なぜ千葉県からだけ採っていくのか、総量規制が必要ではないか。「千葉県の山砂採取と自然環境への影響」と題して、佐久間さんはフィールドワークに基づく調査と貴重な資料を使ってわかりやすく、そしてユーモアもまじえて問題を提起してくれた。

千葉県あげての生物多様性県民会議の取り組みをみながら、佐久間さんが言うように「アリバイづくりか、それとも本当にやれるか」県民の意識と同時に知事の姿勢が問われていると思う。

会場は県庁1階の多目的ホール。話には聞いていたが入るのは初めて。夜9時まで使えて便利な施設だ。

□2007年8月8日(水)

えーッ!もう立秋。昼食に立ち寄ったレストランの窓を覆うケヤキの枝が風に揺れて、青く澄んだ空が見える。今日も暑い1日だったけれど、陽の光が黄金色に輝いて秋の気配を感じさせてくれる1日だった。やったぁ、もう秋だ、今年もエアコンなしで乗り切れた・・・などと自己満足。それでも暑い、暑いと騒いでいるうちは気が紛れるが、空気がツーンと澄んでくるとなんだか切ない気分になってくる。ババの感傷だと言われたくないけど、月日の経つのが早過ぎる!

民主党が参院議長や国対委員長ポストを奪って「当面の主戦場は参院」と小沢党首が言い、自民党では首相の目の前で「ホームランを打たれたのだから投手(党首)交代!」論が出るなど、国政はさっそくドラスティックな展開を見せ始めた。目が離せない!テレビのワイドショーは真面目に見ようとするとホントウにくっだらないと思うけれど、つまみ食い的に利用すると便利だからつい録画。ほとんどは後悔しながらふっ飛ばして観るけど。

気になるのは08年度予算のシーリング。惨敗を受けて自民党はあっちこっちが気になって焦点が定まらずフラフラしているみたいだ。地方自治体の来年度の予算編成に様々な影響を与えるのではないかしら?

6日はヒロシマ、そして明日9日はナガサキ。どちらも、人類史的な戦争犯罪行為としてこれからも問い続けなければならない課題だ。自らが創造した神の崇高さと悪魔の邪悪さという二面性を兼ね備える人類の歴史にとって、原爆はホロコーストと同じく20世紀戦争の世紀を象徴する残虐な行為だ。さらに生き残った人々の後に長く続く精神的・肉体的苦しみを考えれば、いかなる理由付けがなされようと許してはならない行為なのだ。絶対悪として。

□2007年8月5日(日)

 午後、久しぶりにセミしぐれの中坂田ヶ池と風土記の丘を歩いた。それで気が付いたのだが、7月に行った時には花の時期が早かったので「まさか」と思っていた植物、やっぱりオトコエシのようだ。下草が刈られて成長が早いのかしら?あれから1ヶ月近くたつのに今を盛りに咲いていた。特に坂田ヶ池周辺の山の斜面に群生していて見事。(7月咲き始めの頃) 

ところで、坂田ヶ池と風土記の丘をつなぐ県公認?の通路が山の中に2ヶ所あるのだが、もう1ヵ所、湿性植物園の奥から入れる場所がある。すぐ上が復元古墳、学習院講堂、芝生広場、ラベンダー(秋はコスモス)畑。坂田ヶ池が公園として整備される前から篠竹が茂る中に人が通れるくらい細い道があった場所だ。そこに、いつの間にか成田市の名前で出入り禁止の看板が1枚、木にくくりつけられた。が、利用度が高いようで、あっという間に看板の両脇に道ができ、いかにも間の抜けた看板になってしまった。取り除くことを前提に公園緑地課に言ったら、何をカン違いしたのか今度は看板2枚と鉄柵を設置。でも、散策する人たちにとっては坂田ヶ池公園と風土記の丘を一体的にコース利用しやすい場所だ。すぐまた新しい道が踏みしめられて出来上がった。それでも「ここからは入れません」の看板を外そうとしない。

理由を聞いたら、「風土記の丘には貴重な遺跡があるので」(県からの指示で)管理上出入りを制約しているという。シンジラレナーイ!公認出入り道2本に限らず、別に入ろうと思えばどこからだって難なく風土記の丘には入れる。風土記は県立、坂田ヶ池は市立とはいえ、そんなことで管理上無意味な出入り制約を設けるなんて。「建て前」としたらナンセンス以外の何ものでもない。

今日久しぶりに通ったら看板の一部が破損していた。風で吹き飛ぶことはないだろうが、鉄板だからもしもの時は危険ではないか。風土記の丘と坂田ヶ池を利用者は自由に行き来しているのだ。

□2007年8月4日(土)

水田稲作の開始をもって始まる弥生時代。7月3日から始まっていた国立歴史民俗博物館の「弥生はいつから!?」-年代研究の最前線-という企画展にやっと行った。すでに歴博の学者グループは炭素14による年代測定法を使って弥生時代がこれまで考えられていたより500年さかのぼるという研究結果を発表している。最新の縄文・弥生の姿や、当時の中国や朝鮮情勢との関連など、最新・最先端の研究成果を知ることができて大満足。その後、久しぶりに古い友人と会う。

このあたりにも縄文・弥生の先人たちが暮らした痕跡があちこちに残っている。でも私たちの前に姿をあらわした遺物や遺構はほんの、ほんの、ほんの一部にすぎない。奇跡的に人目に触れたにすぎない。そのきっかけはたいてい開発に義務付けられた文化財調査。でも、時々怪しい話も耳にする。先日も真偽の程はわからないが市内某所で文化財調査の試掘をしたらスゴい(価値のある)ものが埋まっていそうなので、時間と経費がかかるからと、業者が開発の場所をずらしたらしいという話を聞いた。

20年くらい前市内某ゴルフ場を造る時は、文化財調査にお金も時間もかけたくない経営者がブルドーザーで遺跡を潰してしまったという。学術的に価値のある遺跡だったらしく、発掘調査を担当した専門家がとても残念がっていた。

そんな話もアリならば、文化財との出会いは私たちにとって人生のめぐり合いのようなものではないか。もっと大切にしなければ。

□2007年8月3日(金)

用事があってロング・ドライブ。田んぼの稲穂が垂れてきた。まだ一面青々しているけれど、実りの秋ももうすぐだ。今月下旬には稲刈りが始まる。

恒例のNHKラジオ夏休み子ども科学電話相談が始まっているので、家で仕事をしている時や車を運転している時になんとなく聞いている。質問は動物や植物、昆虫、魚、鳥、宇宙、身体のことなどいろいろだが、昆虫に興味を持っている子や飼っている子からの質問を聞くたびに、目立つところに殺虫剤を山のように積み上げたホームセンターを思い出してしまう。   

私のグランドサンがヨチヨチ歩きを始めて最初に関心を示したのは、彼の目線で一番近いところを歩き回る「アリさん」だった。飽きずに眺めるその姿が目に焼き付いているので、ダンゴムシや黒アリを「不快な虫」として殺すスプレー式殺虫剤を見つけてショックだった。今年はアリの巣穴に流し込んで全滅させてしまう殺虫剤を見つけた。暮らしの中にそんな商品が公然と並ぶなんて、この国はまったくどうかしている。

とはいえ、この間は同じ日に2人、クモに興味を持っている子からの質問があった。「キミ、クモが好きなの?」と聞かれて「うん!」。「そうかぁ」回答者の嬉しそうな声。そんなやりとりにとても心が和む。<

もちろん、昆虫が苦手な人もいるだろう。クモやゴキブリを見て大騒ぎする人もいる。虫に刺されたり噛まれたり被害を受けた人もいるだろう。それでも、やたら殺虫剤に頼る風潮はムシが好かない。

□2007年8月2日(木)

梅雨も明けたようなので、さっそく漬けてあった梅を干す。竹のカゴに広げるとシソの香りが漂ってくる。夕方見たらシワが寄りはじめて梅干らしくなっていた。3日3晩干したら、また自慢話ができるのが嬉しい。

市販の梅干というのはやむをえない場合を除いて食べたことがない。市販のものは食べると確かに口当たりが良い、というか妙な風味がする。でも、それはみんな添加物。これまでは母の手作りを分けてもらっていたので買って食べることもなかった。やっぱり、よけいなものを入れない塩だけの真正?梅干が一番美味しいと思う。だから母亡き今は自分で作るしかない。

この年になると、訃報の中に自分の人生を重ねることが多くなるようだ。ベルイマンと同じ日にイタリアの映画監督ミケランジェロ・アントニオーニが亡くなったという。私も、大学時代の60年代後半に名画といわれるものや当時最新の話題作などはひと通り観たが、アントニオーニはフェデリコ・フェリーニと並ぶイタリアを代表する監督だった。当時は映画の全盛時代で、私の周囲にも映画制作を目指しているのやシナリオや評論に手を染め始めた学生たちがいたから映画の話題には事欠かなかった。でも、私は彼らのように何時間も議論するほど映画に入れ込んでいなかったけど。

作詞家の阿久悠さんの訃報は、新聞やテレビの扱いを見てその功績の大きさを実感した。彼が作詞した歌を聞いていたら、あれもこれもという位たくさん、どこかで耳にした歌ばかりだった。ただヒットさせただけではない、時代を変える、人生を変えるような作品も残したと思う。私が初めて耳にしたのは「また逢う日まで」。

□2007年7月31日(火)

柏市議選の応援に入る。今日は全盲の候補者内田ひろきさん(36歳)の選挙カーでウグイス兼応援演説。「見えないから、闘える」彼が議員になったら、柏市議会も激変するだろうな。

「私の国づくりはスタートしたばかり。これからも首相として責任を果たしたい。」自民惨敗後の記者会見で首相続投を表明するテレビ録画を見ていて、政治家としてのセンスがないなどと嘆いていられなくなった。このヒト、すっごくズレている。もう、何度でも言いたい、こういうタイプの政治家に最高権力を与えてはいけない。

自民党の長期政権下で制度の土台が崩れてしまったところに溜め込んだ年金問題や、自分が任命した閣僚の不祥事に対する「責任」や「けじめ」をつけられずにダラダラと傷口を広げてきたのはほかならぬ最高責任者である彼自身なのに、どうやら敗北の原因を他人のせいにするタイプのようだ。しかも今回の選挙で国民が選択したのは、教育再生だの戦後レジームからの脱却だの、唱える首相本人が舌先で転がしているような空疎なスローガンより、いのちと暮らしを選んだことがちっともわかっていない。

2人の訃報で青春のひとコマが甦った。作家で社会運動家小田実さんの『何でも見てやろう』は中学時代に読んで世界の広さとワクワクような魅力を味わったっけ。再び彼の名を耳にしたのは「べ平連」。ベトナム反戦運動真っ盛りの頃で、テレビ放映されている途中でパネラーの政治家中曽根氏が激怒して放映中止となった徹夜の「ティーチ・イン」や、脱走米兵の手助けなど、日本では既成の反戦運動を超えてユニークな活動の先頭に立っていた。最後に見たのは昨年の5月4日、船橋市民文化ホールでの「9条の会・千葉地方議員ネットワーク」主催の講演会。柔軟で強靭な頭脳の持ち主だった。

スウェーデンの映画監督イングマール・ベルイマンはやっぱり乙女の頃に観た『野いちご』が一番好きな作品。人間の内面を掘り下げていく手法がすごい。その後の作品で印象に残っているのはイングリット・バーグマンとリブ・ウルマンで母と娘の葛藤を描いた「秋のソナタ」。<

□2007年7月29日(日)

今日は天下分け目?の参院選。既に木曜日に期日前投票をすませ、今日告示された柏市議選の応援に出かける。一緒に市民運動をやっている柏選出の県議吉川洋さんが代表を務める無所属市民の会が3人擁立したのでその応援。久しぶりにウグイスやスポット応援演説。ウグイスではうっかり自分の名前を連呼してしまそうで、はじめはかなり気を使った。午後になって黒雲が覆い雷鳴が轟く。これはもしかして自民党にとっては不吉な予兆かも?と思ったら、後で聞くと昼過ぎからマスコミ各社による出口調査の動向が流れ始め、自民党にとっては恐れていたことが現実となって現われ始めたとのこと。

私には初めての柏市ということで町並みをキョロキョロ。38万人の人口がはりついているのでどちらかといえば住宅の中に畑が混在といった感じで、こういうのを「都市型農業」っていうのかな。

目に焼き付いているのは送電線が目の前に張られている瀟洒なマンション、屋上に電波塔をのせたホテル(電磁波ホテルと呼ばれているらしい)というスゴイ光景に出会ったこと。いやー本当に、これって電磁波バリバリじゃない?今でも思い出すと不整脈が起こりそう。

夜中に帰宅したら・・・案の定自民大敗。関係ない話だけど、どういういきさつかわからないけど選挙期間中に自民党某候補の陣営から決起集会の動員依頼の電話がかかってきた。なんで私に?たしかずいぶん前の自民党総裁選の時、小渕陣営からポスターを送ってきたことがあった。私の住所に。ひょっとして、私って自民党員になっているの?っていうか、誰かが私を勝手に自民党員にしちゃってるの?と思わせることがあった。ヘンな政党。

□2007年7月28日(土)

市民ネット千葉県・平和部会主催の「食の放射能汚染とどう向き合うか-六ヶ所核燃再処理工場を考える」という講演会があり、久しぶりに広瀬隆さんの話を聞いた。6年前、柏崎刈羽原発のプルサーマル計画をめぐり、刈羽村で実施された住民投票の報告をかねた住民投票全国交流会集会での講演を聞いて以来だ。

中越沖地震による柏崎刈羽原発の問題がクローズアップされたことで関心を呼び、200人を超える参加者があった。

広瀬さんは反原発の立場から積極的に発言してきた人。「新聞等で知りうる情報」を駆使して、地震と原発についてわかりやすい話を聞かせてくれた。原子力情報についてはそもそも秘密主義、隠蔽体質、情報操作が行なわれる傾向にあり、事実をつかみきれないのが現実だ。これが一番怖い。私が参加したのは、地震と柏崎刈羽原発の被害やトラブルについて核心的な情報を得るためだった。

彼は石原都知事が原発誘致に反対する地元住民を批判したことに対し、「原発が安全だというなら、電力消費量が一番多い首都圏に隣接する東京湾に原発をつくればいい。東北のはるか彼方から送電線を引いて電気をもってくるよりずっと効率的で経費節減になるではないか」(著書『東京湾に原発を』)と都知事を批判した。その他『棺の列島』など著書多数。

また、六ヶ所村核燃再処理工場に反対する「豊かな三陸の海を守る会」の会長田村剛一さんから、今年11月に本格稼動に入るといわれる再処理工場と食の放射能汚染についての講演があった。放射性物質が大気や海に放出されるのは青森県も認めるところで、リンゴやニンニク、長イモなどが汚染されるという。そして三陸の魚、コンブやワカメも・・・。(広瀬隆さんの講演)photo by machiko

夜は成田市民オンブズ準備会のミーティング。

□2007年7月23日(月

9月頃にも自衛隊習志野基地に迎撃ミサイルパトリオット3が配備されるという事態を前に、緊急の学習会が開かれた。講師は埼玉大学講師(精神史)で、日本と世界の有事法制の比較などを通して「完全非軍事9条護憲=世界市民の平和共存のための権利と義務」を提唱する吉沢さん。そして、入間基地へのパトリオット3配備に反対した「パトリオットⅢはいらない!入間基地行動実行委員会」のメンバーが反対運動の経過を説明。

どこかの仮想敵国から飛んでくる弾道ミサイルを、まずイージス艦に搭載されたミサイル(SM3)が撃ち損ねたものをパトリオット3(PAC3)が地上から再度攻撃するという二段構えシステムが弾道ミサイル防衛構想(MD)。

そのPAC3が習志野に配備されると・・・もし戦争になって、SM3で撃ち損ねたミサイルをPAC3が迎撃に成功したとしたら・・・PAC3の射程距離は20㎞ほどなので、破片がバラバラと周辺地域に落下してくることになる。破片だけじゃない、N(核)、B(生物)、C(化学)兵器を搭載していればそんなものが一帯にまき散らされるわけだ。もちろん、事前に知らせたりしないから市民が身を守る術はない。

ところが、そのPAC3の性能というのが極めて怪しいらしい。前身のPAC2の迎撃率は1割を切るそうだ。おまけに発射準備に2時間。突然の先制攻撃には対処できっこない、それなのに配備するということは・・・実は米軍の先制攻撃に対する報復攻撃から米軍施設を守ることがホントウの目的だといわれる。

ところで、一発約3億円。ここまでくると、やめてくれ!そんなもん百害あって一理無しじゃない。喜ぶのは米軍と軍需産業とその代理機関政府だけだ。「どこかが責めてきたらどうする?」なんて間抜けなことを言う前に、そんな事態にならないよう外交に力を入れたほうが現実的だ。

政府要人の「失言」が報じられるたびに、政権もいよいよ末期症状の感あり。要するに本音を隠す余裕もなくなっているということだろう。「芸者の花代」に至っては、恥を知れ!だ。

□2007年7月22日(日)

今日は、はぁ~、と思ったことが2つあった。

その1・・・米欧観測チームが地球から130億光年以上離れた「最も遠い銀河」を6個発見したと言うニュース。ビッグバン(宇宙誕生)が約137億年前といわれているから、宇宙誕生間もない頃の銀河たち。星の形成が続いているという。難しいことはわからないが、なんだかもう~~時間は過去から未来に流れているという単純な認識しかない私のアタマの中はバラバラになりそう。

その2・・・5時過ぎに富里JAのお店にいったら、なんと夏野菜類を中心に品物がほとんどないッ!カラッポ!聞いたら「今日は午前中にどっと出てしまいました」とか。じゃあ、それから夕方までほとんど補充しないままだったのね。さすがJA!いつも品物があふれている大型スーパーを見慣れているのでちょっとだけ感動。元気な赤シソの束が残っていたので買う。今年は実家からもらった梅を漬けてあるので丁度よかった。シソ入りの手作り梅干をは初めて。早く梅雨が明けないかな。

録画しておいたテレビのサンデープロジェクトを見る。宮本顕治元日本共産党議長が先日亡くなったことから、「もう死んだんだから」と田原総一郎氏がしきりに共産党委員長に路線転換をけしかけていた。冗談はともかく、確かに元気な頃の「ミヤケン」は共産党の代名詞だった。私のような反代々木系団塊新左翼だった人間にとっても記憶に残る存在だもの。サヨクじゃない学生にも彼は存在感があった。サークルの先輩で仏文科のYさんは「声がとってもセクシー」と言っていたし、学生時代に必ず小説を1冊書くと言っていたクラスメートは、ミヤケンがあの「評論のカミサマ」と言われた小林秀雄を退けて『改造』懸賞論文の1席になったことを感慨深く話していたっけ。

□2007年7月21日(土)

天候が不順。どうやらいまのところ日照不足のようだ。おコメも野菜もお天気次第。工業製品を作るようにはいかない。でも、だからって、工業製品をバンバン売って食料をドンドン輸入すればいいなんて思って欲しくない。生活している身の回り、同じ環境の中で育つものを食べるのが一番身体に合っている。私のばあちゃんも「お釈迦様は三里(だったか四里だったか)四方のものを食べるのが身体に一番良いと教えた」と言っていた。

「残土・産廃問題ネットワークちば」定例会。問題山積。残土・産廃問題は農業や林業といった第1次産業との関係をきちんと押えていくことがいっそうの課題となっている。ところで、千葉市のコミュニティ・センターには最大20人位で使用できる小会議室が幾つかあって使い勝手が良い。

柏崎刈羽原発の地震によるトラブルは更に増えているようだ。今日は新潟県・柏崎市・刈羽村が立ち入り調査に入ったという。今回の地震と原発については私もホームページ「市民の広場」コーナーでたんぽぽ舎の緊急アピールを転載しているが、とにかく事実の確認、徹底した情報公開、そして、地震列島に55基の原発という日本のエネルギー政策を再検討してもらいたい。

どんなに些細と思われることでも、細かすぎることはない。東電は原子炉本体に影響なかったと言いたいようだが、周辺で多くの被害が発生していることをみれば切り離して考えることはできないだろう。それに、原子炉にまで影響が及んだらアウト。

以前、ダイオキシン問題が議会でも取り上げられるようになった頃、「ピコ(1兆分の1)だのナノ(10億分の1)だの,あってないようなもの」とか「プールの水にスプーン一杯の比率なのに騒ぎすぎ」といった言葉が担当部長から発せられたことがあった。それほど微量でも注意すべき猛毒、といった発想が必要なのに。・・・原発も危険度はレベル4だ。

□2007年7月18日(水)

母の月命日でお墓参り・・・90歳になる父の様子伺いも兼ねて。ついでに、おコメも調達。おコメといえばこのトシになるまでずっと実家からもらって食べてきたので、市販のものを買うということはない。以前他県のブランド米というものに誘惑されて味を試したことはあるが、父の作るおコメに勝る味のものはなかった。

妹や弟の連れ合いとおしゃべりしながらお墓の掃除をやり、お線香をあげ、近くの畑で季節の野菜を収穫、家で父を囲み皆で昼食をとるのが最近は月に1度の楽しみになってきた。それでも、母がいたころはもう少し頻繁に出かけたものだが、少し足が遠のいた。生家との関係って、そんなものだろう。そうして徐々に間遠になっていく。

実家に行く途中、多古町染井の桜宮自然公園に寄る。隣接する産廃予定地を塩漬けにしてしまった「反対運動の拠点」だ。不耕起栽培の稲が逞しく育ち、周囲の里山も手入れが行き届いていた。いつ行っても清々しい気持ちにさせてくれる。

『現代農業』7月号にも「桜宮自然公園をつくる会」の活動が掲載されていた。「日本の里地里山30保全コンテスト」や」「田園自然再生活動コンクール」などで高い評価を受けている。営農が放置されてからはゴミ捨て場となっていた谷津田や山林が本来の姿を取り戻し、多くの人たちが訪れるようになった。いまや多古町の「名所」でもある。

かつては日本の原風景のようにどこでも見られた、一見なんの変哲もない谷津田と里山。でも、この景観が「自然」じゃないってところが、日本の現状を物語っている。そもそも日本の「伝統」文化の基本に流れるのは稲作文化。農業を粗末にし、田園を荒れるがままに放置しておいて、文化や伝統を尊重しろって騒ぐ安倍首相一派はちゃんちゃらおかしい。・・・あらら、またアベチャン批判になっちゃた。

□2007年7月17日(火)

過去の震災の教訓は活かされているのだろうか?阪神・淡路大震災1ヵ月後に現地にボランティアで入った経験から、いろいろ考えさせられてしまう。夕方のニュースで食事の炊き出しがおにぎり1個ということだ。食事は何よりもまず心を癒す一番の基本。もっと被災者の食欲を満たしてあげないと。パサパサしたご飯や揚げ物だけでなく、野菜の具たっぷりの汁物や漬物、果物が必要。

それと衛生面。阪神・淡路の時は1月真冬だったから、それが大きな問題になることはなかった。でも、夏場は別。例え日本のような「先進国」でも疫病の心配は排除できない。長田区の、仮設トイレが並ぶ避難所の小学校校庭で被災者から聞いた「震災が真夏だったら大変だったと思う」という声が忘れられない。神戸のような大都市とは異なるが、時節柄衛生面の対応は重要だ。病気の人、障害のある人、高齢者や赤ちゃん、女性の生理への配慮など、特別なサポートの必要性はきちんと活かされているだろうか。

ここに至り参院候補者たちは「防災」をしゃべり始めたようだ。でも、自然の威力を前に防災とは。まず、天災を防ぐことなど出来ない。どんな天災でも被害をいかに少なくするか、そのための対応策が大事。</SPAN>川や崖のそばに家を建てない、自然(環境や地形)の摂理に反するような各種開発をやめる、暮らしの中で天災への防災思想を徹底させるところから手を付けるべきだ。後だしジャンケンみたいな支援策で有権者の気に入ろうなんて浅ましい。とはいえ、今は支援策で「一票よろしく」だろうけれど。

柏崎刈羽原発は、「やっぱり・・・」という事態が明らかになりつつあるようだ。今日のニュースでは放射性廃棄物を入れたドラム缶が倒れてフタが外れていたものもあったらしい。電力会社がしなければいけないことは、とにかく事実を隠す事無く明らかにすること。

朝日文化欄で大江健三郎さんのエッセイ「みんな持って歩いている!」に胸チクチク。そうか・・・『個人的な体験』の光クンも、いまや中年なのね・・・大江氏は「苦しい出来事」の時にベートーベン(しかもフリードリッヒ・グルダのモノラルで作品111)を聴いていたのね・・・。私はリヒテルのベートーベンが好きだけど。

大江氏の影響を受けているとは思わないけれど、いつも気になる人ではある。ということは間接的な影響を受けているのかな。だって、高校時代に『奇妙な仕事』や『芽むしり仔撃ち』など、彼の初期作品集を読んだ時の、それこそ奇妙な感情を今でも憶えているから。そして、私が世捨て乙女の心境で女子大を志望していたのに共学を選んだきっかけをつくってくれたものの一つが『ヒロシマ・ノート』に関係する或る出会いだったから。普段は忘れているけれど、やっぱり彼は日本の良心の一人だと思う。

□2007年7月16日(月)

列島縦断コースで北上していた台風4号は千葉県から大きく右折して海上にそれていった。7月としては観測史上最大の台風とのこと。

 地球温暖化の影響が自然のサイクルを狂わせ、人類の文明など波間に浮かぶ木の葉のようなものだといつものよう・・・ニヒっている場合じゃない!今日は新潟中越地方でマグニチュード6.8。瓦屋根の古い木造家屋が木っ端微塵、無残に潰れている有様は阪神・淡路大震災を思い出させた。下敷きになって亡くなった人たちもいるようだ。

 さらにヒヤリとさせたのが柏崎刈羽原発。プルサーマル計画の是非を問う住民投票運動を通してなじみのある原発だ。変圧器の火災や使用済み燃料が入ったプールからの水もれ事故。大事には至らなかったが、地元の人たちは黒煙を見て腰を抜かしたという。

17ヵ所55基の原発が稼動する原発王国日本。もしも・・・という不安を抱いたのは柏崎刈羽原発周辺の住民だけではないだろう。テポドンが飛んでくるなどと国民の危機を煽る前に、国のエネルギー政策を根本から見直すべきだ。原子炉が地震によって破損するようなことがあれば死の灰が広範囲にまき散らされ、多くの人たちの生命を直撃するのだから。狭い国土に1億2千万人。放射能汚染の避難場所なんてどこにあるの?もし東海村でチャルノブイリクラスの事故が起こったら、風向き次第だけど1時間後には成田も汚染区域になるという試算がある。

ウォーキング・コースのあちこちで、下草の中からスッと伸びて咲くヤマユリの白が目に染みる。子どもの頃はそのクセのある強い香りが苦手だったけれど、いまはそれこそがヤマユリに相応しい。フラワーショップで定番のカサブランカの洗練された香りとは一味違う。たくましい香気。蒸し暑い夏の草いきれの中で凛として咲き誇る大輪のヤマユリですもの。

□2007年7月14日(土)

12日、参院選が公示され選挙戦がスタートした。「安倍・小沢両氏の好感度は低め」(朝日・東大共同調査)だそうだ。安倍氏についていえば、無党派層の好感度はマイナス14度で、小沢氏マイナス9度、自民党マイナス12度などを上回ったという。通常国会閉会後も各テレビ局が各党の党首を集めて討論番組を組んでいたが、テレビに出演してしゃべるほどイメージが悪くなっていったのではないかしら?そういえばNHKかどこかで自分のことを「私は大将ですから・・」なんていっていたな。

討論番組を見るうちにいい加減にうんざりしてきた頃公示となったのだが、そうしたら街頭演説でこぶしを振り上げ髪振り乱して叫びだした。その自己陶酔的スタイル、なんだか悪い夢を見ているみたい。いつだったか、新聞写真の彼の目の下にたるみを入れ、鼻の下に髭を描いてイタズラしたら、第三帝国を目論んで人類を敵に回したあの男に似ているのを発見したが、今度はその男のアジテーション演説のスタイルを思い出してしまった。・・・やめてほしいな。ついでに、首相もやめてほしい。

今日はフランス革命記念日(巴里祭)。王侯貴族の浪費や戦費その他で危機に瀕したフランスの経済・財政危機。身分制度のもとでの圧政、重税にあえぐ第三身分の平民。力をつけてきた彼ら平民層を中心に権利獲得のための様々な運動の盛り上がりの中、軍隊による威嚇でパリ市は緊迫していた。反発したパリ市民は218年前の今日、武器を奪い、独自に民兵を組織。更に武器を求めて群集が14日バスティーユ監獄を襲撃した。自由・平等・博愛という、いま私たちが享受する諸権利のために多くの血が流されたフランス革命で、初めて民衆が介入したシンボル的な事件だった。だから私はいつも革命記念日に乾杯。

□2007年7月13日(木)

昨年11月以降休止していた「ニュータウン赤坂地区振興検討協議会」が再開され、今日はその1回目の集まり。今年は調査費500万円が予算化されている。昨年の市民アンケート結果に踏まえて、今後は計画策定に向けた具体的な作業行程に入る。県企業庁が平成24年度事業終息を控え、センター・ビルも平成20年3月までに閉鎖、その後取り壊しとなる。そうした企業庁の行程とのかねあいもあるのでているため、平成20年までには方向性を示す必要があるようだ。

20日からは公津の杜複合施設も基本計画策定に向けてのパブリック・コメント募集に入る。これまでの成田市では、成熟した地域社会づくりのための市民の文化的要求、文化・サークル活動を保障する施設の整備が立ち遅れていた。公津の杜複合施設に計画されている高性能小ホール(移動式300350席)などは、私も議員になって初めての一般質問でとりあげて以降予算要望なども含めて強く要望してきた施設だった。ま、発展著しい公津の杜とその周辺住民、そして市民全体にとっても充実したコミュニティ施設になってほしい。中央公民館、市立図書館、保健福祉館などのように、将来の市民ニーズへの配慮・展望が欠落した中途半端な施設にならないように、ゆとりをもたせないと。

□2007年7月11日(水)

「たいむ」63号の折りに入った。これまでは手折りで人手と時間がかかったけれど、3月にリースで折り機を入れたのでずいぶんラクになった。ついでにこれまでA3サイズだった「たいむ」をA4サイズに変更!63号は少し文字が多すぎたかな?

 これからは折り姫さんの手を煩わさなくてもいいから嬉しい。ただ・・・9年前に買った印刷機と今度の折り機で狭い部屋はなんとも殺風景、もう作業場。

折り機に紙をセットする合間に、カード会社から定期的に送られてくる雑誌を見ていたら、豪華グラビアで「ゴルフの聖地へ」という企画が載っていた。もちろん、ゴルフ発祥の地スコットランド・セントアンドリュースのこと。私はバブルがはじけて市内に計画されていた幾つかのゴルフ場計画が頓挫するまでの約10年間、ゴルフ場反対運動(念のために、ゴルフに反対ではない。100ヘクタールもの自然を大改造し、年間3トンともいわれた大量の農薬を使用するゴルフ場を市内に13箇所も建設することに反対)をやってきたこともあって、誘われてもクラブを握るところまでいかなかった。

でも、ミニコミをやっている時某ゴルフ場の宣伝を頼まれてイロハを調べたので、わりとゴルフには愛着を感じている。自慢じゃないけどセントアンドリュースやオーガスタなどは行ったことはないが瞼に浮かぶくらいだ。

そのセントアンドリュース特集の、感動美辞麗句にヘキエキとしてしまった。ま、「聖地」特集だからライターも「信仰」のような表現をしたのだろう。天然の荒涼とした地形をそのまま取り入れたオールドコース(シーサイドコース)なんて、もうよだれが出そうな表現。でも、そんな荒地で羊飼いたちが暇つぶしに棒きれと石コロで遊んだのがゴルフの始まりだなんてひと言もない。つまんない。

□2007年7月7日(土)

七夕。子どもの頃、といっても小学生時代までだったと思うが、七夕はかなり重要な行事だった。願い事を書いた短冊を竹につるすだけでなく、まだ明けやらぬ時刻に起こされ、寝ぼけ眼で父が藁で作った牛馬を引っ張って小川(メダカやアメンボやオシャレブナやホタルやシジミなどいろんな生きものがいっぱい棲んでいた田んぼの水路)へ行き、水をかけてやる。そして周囲に生えている草を刈って束ね、牛馬の背に乗せて家路につくのだ。帰ったら草をおろしてその上に牛馬を置いき、飾りのついた竹ざおにつなぐ。その間に親たちはつきたてのお餅を皿にのせて牛馬に供え、一連の行事は終る。田植えと稲刈りの合間で、七夕にかこつけた牛馬への感謝をこめたお祭の意味もあったのかもしれない。

当時の七夕はたぶん旧暦で、いまだに朝もやの中にむせかえるような自然の匂いを憶えている。懐かしいなぁ。

報道によれば昨日開かれた前市長の汚職事件の公判で、前市長は6月1日、市に300万円の謝罪金を支払ったことを明らかにしたという。「(市への財政面での損失を)少なからず与えた」からだという。いやはや・・・公判中にあってそういうことを聞くと、前市長が犯罪に手を染めたことに対する認識のズレのようなものを感じるのだが。それとも17日には論告求刑と最終弁論、9月19日判決ということで、裁判官の心証を良くするためかしら?それならさもありなんだけど。

今日から「たいむ」63号の作成にかかる。これからはコンパクトな「たいむ」にするのでレイアウトに手間取る。<

□2007年7月2日(月)

小雨降る中、市内にある産廃の安定型処分場とこれから埋め立てが計画されている予定地を回る。2年前の、安定5品目といえども安全とはいえないという地裁木更津支部判決以降、安定型処分場に対する反対運動が高まっている。 

 現在過剰積載で県の指導を受け「改善」中の芝にある処分場も、1986年には安定5品目だけならありえないメタンガスが発生して津富浦地区のニンジンやいも苗が被害を受けたし、2000年頃には120ppmの硫化水素濃度が検出された。津富浦側谷津田に拡張計画があるようだが、県は過剰積載が改善されなければ事前協議には入らないという考え。経緯を追ってチェックしてみたい。

娘が結婚して以来ほとんどカレーというものを作らなかった。ほかにも餃子や自慢の巻き寿司・チラシ寿司、チャーハン、焼きうどん・ソバなどなどがいつの間にか私の調理メニュから外されていた。カレーなどはレトルトで中村屋のチキンカリーが売っているから間に合う・・・と思っていたが、やっぱりまた自分で作ることにした。 

きっかけは、野菜のごった煮スープに冷凍庫で眠っていたカレー・ルーとマサラ・ティ用のガラムマサラを入れたら・・・あらっ!まぁ!なんて美味しいんでしょう。ちなみにごった煮の中味はキャベツ、セロリ(葉も)、ニンジン、タマネギ、マッシュルーム、赤ピーマン、ナスなど。要するに冷蔵庫を整理するためによく作るスープ・・・というより煮物といったほうがいいかも。だから野菜カレー。今日は産直のズッキーニも入れてみた。ニンニクやコショウ、ハーブ入りクレージー・ソルトは適当に舌で調整するからレシピなどいっさいない。もともとレシピ通りに作るのは好きじゃない。ムフフ、しばらくカレー自慢ができて嬉しい。

久間防衛大臣が辞任。久間さんはこれまでも問題発言をするオッサンだと思っていたが、「原爆投下はしょうがない」でついに自滅。いろいろな人のコメントがあったが、公明党の浜四津敏子さんのコメントには凄みがあった。後任は小池百合子さん。政界渡り鳥とかいろいろ陰口を叩かれてきたけれど、権力の匂いを嗅ぎ分けながらキャリアを積んで行く渡りも「能力」のうちだろう。それにしても、罷免できなかった安倍首相という人はつくづく政治的センスや決断力のない人だ。

□2007年7月1日(日)

本当にビックリ。いつものようにフィトンチッドを胸いっぱい吸い込みながらルンルン歩いていたら、山道のカーブを曲がったあたり、突然目の前で「ギギッ!ギィーッ!ギィーッ!」バサバサバタバタというけたたましい鳴き声と羽音が静けさを破った。それとともにまだ手のヒラに乗りそうな数羽の子キジたちがピーピーと追っかける。キジの親子だ!一羽が土手から転がり落ちたが、すぐ体勢を立て直してママキジのあとを追う。あらー、お散歩中だったの?驚かせてごめん。・・・でも、私もビックリしたよ。

日曜日のブランチを食べながら新聞を読んでいて、久間防衛大臣の「原爆投下は・・・あれで戦争が終ったんだという頭の整理で今、しょうがないなと思っている」という見出しに、目が点になった。

人類史上初の核爆弾という大量破壊兵器によって煉獄の苦しみの中で死んでいった人たち、今も後遺症で苦しむ人たちを考えれば、政治家のモラル・ハザードもここに極まれりというところだ。

通常国会はまだ閉会していないが、期間中には「女性は産む機械」(厚労大臣)「慰安婦に狭義の強制はなかった」(首相)といった、日本の政治家の資質を疑われるような発言があった。そして今回の「原爆投下はしょうがない」。

参院選も近い。戦前の天皇制軍国レジームに自らのよって立つ価値の根拠を求め、国民主権の戦後民主主義レジームをないがしろにする極右ゴーマン政権には退陣してもらいたい。私はそのための1票を投じる。