6体のドールと人間一人。人数分の紅茶とスコーンと97本の未使用ろうそくが並ぶ、ジュンの部屋。問題の紙切れを携えて、彼は百のお題の一つを読み上げる……。
「それじゃあ次、四つ目は『マルボロ』だけど……」
「はいはいっ! いよいよ真打登場、カナの出番かしらー!」
元気よく手を挙げたのは金糸雀。気合十分、鼻息が荒い。ジュンが指名するより先に腰を上げ、かつ瞬時に両手を腰に当てたその姿は、もはや無視したくてもできない程に目立っていた。
「今まではただ意見をぶつけるだけだったけど、今回は見事カナが5人の意見を操ってやるかしら!」
ややうっとり顔、しかしやる気めいっぱい。若干疲れ顔を見せながらもジュンは指名。が、それが聞こえないくらい、既に金糸雀は語り出していた。慌ててジュンは、燭台に立つ蝋燭へ、火を灯す。
ボッ……
緩やかにその身を溶かし始める蝋燭。煌く炎が辺りに柔らかく広がる……というそばから、金糸雀の黄色い声により、炎は激しく揺れていた。
「さあ、さっそく始めてあげるかしら。マルボロとはずばり、タバコのブランド名! しかも今手元に実物があったりするのかしらー。こんなこともあろうかとみっちゃんから……あれ? ……い、今マルボロは行方不明かしら! こほん、そんなことよりこのマルボロ、さる殺人事件の解決となる糸口となったこともあるほど有名。かの名探偵……えーと、誰だったかしら……と、とにかく! その名探偵が被害者の嗜好から犯人を割り出したと、そこにこれが登場したかしら。嗜好という目の付け所が違うところなんて、ローゼンメイデン一の頭脳派、このカナリアとかなりいい勝負かしら! そこで! ここで今、即興で金糸雀が話を作ってやるから、心して聞くがいいかしらー」
ここで一呼吸。が、一堂“げ”と嫌そうな念を送ったのは間違いない。たまらず翠星石が積極的に止めに入った。
「っていうか語りで更に長くしようとするなですー」
「だまるかしら! 翠星石? 今はカナが語ってる番かしら。そこに口を挟んだらただじゃおかない、とかって前に言ってたのはどこの誰かしらー?」
「くっ……」
自身の発言と矛盾となる行動を指摘し、おとなしく黙らせる。ついでに言えば、金糸雀の気迫は周囲の皆を少々圧倒していた。これは多分、逆らっても無駄となることは間違いなさそう。いやそもそも、語る本人に強い権限が与えられてしかるべきなので、逆らうこと自体無駄であるのだが……。
「こほん。それじゃあ本格的に語るかしら。今より少し昔、あるところにカナ・リイヤという、ローゼンメイデン史上屈指の名探偵がいたかしら」
「自作自伝?」
「そこっ! 黙って聞くかしら!」
つい呟いたジュンに容赦なく金糸雀の喝が飛ぶ。慌ててジュンは口を閉じた。
「えー、そのカナには一人の助手がいて、名前をヒナ・イチーゴと言ったかしら。ヒナはいつまで経ってもドジで、何もないところで転ぶし、勝手に事件の真相を勘違いして無実の人を犯人だと言い張ったり。おかげでカナはいっつもその尻拭いをしてたかしら」
「ううー、ひ、ヒナはそんなんじゃないもん!」
「だまるかしら!」
ひどい設定に抗議の声を上げる雛苺。そんな彼女にも、やはり金糸雀は一喝で黙らせた。
「そして、ヒナのライバルとも言うべき憎む存在、スイ警部とソウ警部。二人はいっつもカナの手柄を横取りしようとたくらんでいたかしら。もっとも、カナが引っ掛けで嘘の推理を言ったら、まんまと騙されて誤認逮捕なんてしちゃった時は思い切りあざ笑ってやったかしら〜」
「こ、こぉんの! 何翠星石と蒼星石をただの悪党みたいな設定にしてるですかー!」
「ははは……」
やはり抗議の声を上げる翠星石。蒼星石はもう乾いた笑いしか出せない。いいかげん喝を入れるのも面倒になってきたのか、金糸雀は無視して話を続ける。
「しかし、真の宿敵はシーンク教授。そして、スイギン博士。スイギン博士のイカれた発明で、シーンク教授が盗みをはたらく……。何度もカナ名探偵が退けているものの、毎度毎度凝りもせずにお宝を狙っているかしら。これは許すまじ!」
「不本意な設定だわ」
「イカれた発明ってなぁにぃ?」
激しい口調ではないが、僅かに怒りが見え隠れ。だが、そう厳しいものでもないようだ。
「さて、暑い暑い真夏日。白昼堂々と事件は発生したかしら。なんと! ジュンが何者かに刺殺されてしまったかしら!」
「勝手に殺すな!」
ジュンの二度目の口挟み。今度は抗議である。が、金糸雀は当然のように無視をして次に進む。
「疑いをかけられたは、カナのマスターであるみっちゃん! 現場に残されていた凶器に指紋が付着していたからという事だけど……みっちゃんが犯人なわけ無いかしら! けれども、犯行時刻にはほんの一瞬みっちゃんにアリバイがない……。指紋があったというだけでスイ警部とソウ警部は問答無用でみっちゃんを逮捕して……これは、もしかしてシーンク教授とスイギン博士の陰謀かしら! こうなったらカナがみっちゃんの無実を証明するしかない。さあ行くかしらヒナ助手! って、いつまでもイチゴケーキ食ってる場合じゃないかしら! カナだって欲しいのにー……じゃなくて、みっちゃんの無実を証明するために調査するかしら! ほら、とっとと……」
「とっとと終わらせて頂戴、ジュン」
がくっ
涼しげな真紅の言葉に、金糸雀は派手にずっこけた。
「ちょっと! 今からいいとこなのに勝手に止めていいはずないかしらー!」
「金糸雀。アレを御覧なさい」
ついついっと指を差したのは最初に灯した蝋燭。と、まるまる一本あったはずのそれが、既に10分の1以下の長さとなっていた。
「貴女、これ以上語ると時間オーバーとなって即失格よ」
「えええっ!? そ、そんなルール聞いてないかしらー!」
「ルール以前に、常識で考えれば分かるでしょ? それとも、貴女はこの桜田家を蝋燭に見立てて、家を燃やしながら呑気に語りを続けるのかしら?」
「くっ……わ、分かったかしら! 消せばいいんでしょ、消せば!」
ふーっ
悔しそうな顔で、金糸雀が蝋燭の炎を消す。実際のところ、彼女の語りの長さが問題ではなく、間に入った茶々が時間を削っていったと言っても過言ではないかもしれない。それでも、金糸雀は甘んじてそれを受けて、終了を宣言した。“ああ、何て健気かしら……”と心の中で自己陶酔しながら、金糸雀は意見を求める。
「さあ、カナの語りについて感想を言うかしらー!」
「はいっ」
一番手は雛苺。ジュンはさっと指名した。
「ものすごーく不満、不満があるのー! どうしてヒナが冴えない助手の役なのー!?」
「分相応かしら」
「むぅー金糸雀ひどいのー!」
“はいはい、もう終わり”とジュンは子供の喧嘩勃発を止めた。そして次は翠星石が挙手。またもジュンは素早く指名を行った。
「だーれが金糸雀の推理にノせられてるです!? だーれが誤認逮捕ですー!? ふざけた設定もいいかげんにしやがれですー!!」
「普段の行いが悪いからそんな設定になるかしらー!」
「ふ、ふ、普段の行いー!?」
“はいはい、もう終わり”とジュンは第二の子供の喧嘩勃発を止めた。というよりは、すかさず蒼星石が挙手。そしてジュンは素早く指名を行った。
「えーと、かなり自己中心的な設定になってたけど、結局マルボロとどういう関係があったのかな……」
「それに辿り着く前に真紅に切られたかしら!」
「けど、時間的に無理だったってことなら、練る前にマルボロを先に出せるようにするべきだったんじゃないかな。ちなみに、僕としては設定に文句は言わないよ。金糸雀らしい話でいいんじゃないかな」
「な、なるほど……。ありがたく今後の参考にするかしら」
“へえ”とジュンは感心。さすがこの中で最も真面目一徹(に見えて仕方ない)の蒼星石。彼女が最後に綺麗にまとめてくれると一番ありがたいかもしれない。現に、語りを行った金糸雀は、すっかり気をよくしたのか自身の話に少々酔い始めていた。
「……おい、お前ら意見は」
残った無意見の真紅と水銀燈。つっついたジュンに対して、めんどくさそうに二人は手短に漏らした。
「未熟ね」
「設定ばっかりで話がちゃんとできないなんて、おばかさぁん」
以上、と言わんばかりに口を閉じた。意見といえば意見だが、本当にどうでもいいという風に見える。また、内容に対する意見というわけでもあまりない。
現状、6人のうち既に4人が当たったことになるわけであるが、今を酔いしれる金糸雀はともかくとして、まだ一向にやる気を見せない真紅と水銀燈を見て、今後の事を思ってジュンは一つの不安を覚えた。
「……どうでもいいけど、お前ら分かってんのか? ローテーションだから、次に何が来ても順番どおりに当てるぞ?」
コメントのかけてる二人に、直接そういう事は言わず、今後の義務作業を煽る。それを挑戦と受け取ったのかどうかは知らないが、水銀燈はくすくす笑いながら真紅へと目を向けた。
「だそうよ、真紅ぅ。貴女はちゃんと語りができるのかしらねぇ?」
「人のことより自分の心配をしたらどう? うーとかあーとか詰まって唸り声を上げてたりしてたら遠慮なく指導してあげるわ」
「なんですってぇ……。くんくん探偵以外頭のお味噌が無い貴女に言われたくないわねぇ」
「口のきき方に気をつけなさい。どうせ貴女は本番にからっきし弱いタチなんでしょ」
「だあああ、やめろやめろ! まったく、もうちっとは聞く態度というものをだなあ……」
そっこーで言い争いが始まりかけた二人に対して、ジュンは鬱陶しそうに仲裁に入る。が、そんな彼を、真紅も水銀燈もぎろりと睨み返した。
「家来のくせにうるさいわ」
「ほぉんと。自分が一番偉いと思ってるんじゃないのぉ? 勘違いも甚だしい」
「ここは一つおしおきが必要かしら」
「ちょっと痛めつけてあげれば静かになるかしらねぇ?」
じりっ、というにじみ寄る音が聞こえた気がする。それだけに二人は怒り心頭なのかもしれない。いや、こんな時に限って何故か二人の協調性が高まっているところが大いに問題ありなのだが……。
「ちょっ、やめるです真紅!」
「水銀燈! 僕達は争うためにきたんじゃないんだ!」
「むー、ジュンをいじめちゃだめなのー!」
「っていうか二人ともカナの語りについてちゃんと意見を言うかしらー!!」
他の姉妹達が騒ぐも、まるで無視。目つきと歩みをいらだたせながら、真紅と水銀燈は徐々に距離をつめてゆく。いや、ある程度の距離から戦闘態勢に入ろうとする。
あまりの恐怖感に、そして脱力感に、ジュンはもう自分の意見がどうでもよくなった。今大事なのは、とにかく先に進むこと、である。
「……すいませんっした。お願いしますから次に行かせてください」
人間としてのプライドをかなぐりすてて頭をさげる。すると、なるほど相手もわかってくれるもので、真紅も水銀燈も緊迫した空気を解いた。
「よろしい」
「うふふ、分かってるじゃなぁい」
周囲の緊張感が急速に薄れてゆく。はぁ、と息をつきながら、ジュンは早くも不安感を覚えるのであった。
<って! 結局カナの話についてコメントが不十分かしらー!>