『階段』

 6体のドールと人間一人。人数分の紅茶とスコーンと99本の未使用ろうそくが並ぶ、ジュンの部屋。問題の紙切れを携えて、彼は百のお題の一つを読み上げる……。
「それじゃあ次二つ目は『階段』だけど……」
「はいですぅ」
 0.1秒の反応速度で、それでも静かに挙手したのは翠星石。その主張っぷりも目立つが、何より彼女の瞳には是非ともやらせろオーラが強い。これは逆らうとやばそうだ、という事を直感で感じとったジュンは、自然と手と口が動いていた。
「じゃあ翠星石」
「ありがとです」
 当てられた瞬間にしおらしい口調で謝礼が飛び出す。その変貌ぶりに内心びっくりする者はいたが、特にツッコむこともしない。
「それじゃあ火つけるぞ」
「ええ、つけやがれです」
 ついさっきの謝礼が嘘のような口調。やっぱりか……と無駄なため息をつきながら、ジュンが燭台に立つ蝋燭へ、火を灯す。
  ボッ……
 緩やかにその身を溶かし始める蝋燭。煌く炎が辺りに柔らかく広がる。そして、翠星石は軽く咳払いをした後に語り出した。
「さて、階段とは高さの違う床面をつなぐ、段になった通路のことです。言ってしまえば、この床とそのベッドも階段っちゃ階段です。でも、もっとも分かりやすい階段はこのうちにもあります。そう、一階と二階とをつなぐ階段……」
「そんなの当たり前なのー」
 気持ちよく翠星石が語っているのを雛苺が遮った。おそらくは“つい”なのだろう。だが、その“つい”を当然翠星石が許すはずはなかった。ぎんっ!と鋭い目つきでにらんだかと思ったら、弾丸のようにまくしたてる。
「こぉんのちびちび、おとなしく聞きやがれです! 今は翠星石が話をしてるです。今度口挟んだらただじゃおかないですぅ!」
「ご、ごめんなさいなの……」
 凄まじい剣幕にしゅんとなる雛苺。翠星石の口調はさておき、自分が悪いというのは百も承知なのだろう。素直に謝ったことに、その場は収まりを告げた。
「よろしい。で、その階段ですが……翠星石にとっては苦いにっがぁい思い出があるです。あれはイチゴのショートケーキがおやつに出た日のこと……。チビ人間と真紅はその時放送されていたくんくん探偵に夢中になり、ちび苺も目の前のケーキを思わずおあずけしてしまう程だったです。そんな彼女らを翠星石は、まったくお子ちゃまですぅと眺めて一人ケーキを食べていたんです。そしたら!ちび苺のケーキを翠星石が横取りして食べたなんていう濡れ衣を着せられたです。勝手に番組鑑賞から戻ってきて勝手に自分のを食べたくせに、翠星石の苺をよこせなんて言いやがるし……まったくもって意地汚い餓鬼ですぅ。そのくせ、勝手にふてくされて二階にこもりやがりますし。そこからです。あの階段を境に、それはそれは壮絶なバトルが繰り広げられたです。チビ人間はチビ苺に寝返るし。そして翠星石のかばんにきったねぇ落書きをしやがるですし! 怒って諌めようとすれば、クレヨンの嵐を投げつけられるし。更に真実のワニなどというものを使って翠星石を罠にはめたです。やはり人間とは想像以上に姑息ですぅ。何とか作戦を練って兵糧攻めを展開したですが、真紅がチビ人間の策略にまんまと引っかかって翠星石を裏切るですし……あの時ほど真紅を見限ったことはないです。……とまぁ、階段には恐ろしい魔力があるです。もっとも、翠星石だけは惑わされずに済んだですが……。皆も気をつけるです」
 話し終えた翠星石はふぅっと息を蝋燭に吹きかける。一つ目で雛苺に意見した時と比べると随分おとなしめで、かつ短い。が、内容はやや過激。それに不満があるのか、途端に二者から手が挙がった。
「異議ありなのだわ」
「ヒナもヒナもー!」
 語りにも登場した真紅と雛苺。それも驚くほどに早い。先ほどの話を遮った雛苺の件があってから二人とも我慢をしていたのだろう。また、その時の当事者であったジュンも、迷うことなくその二人を指名した。
「じゃあまずは真紅」
「いい子ねジュン。さて……翠星石が私を、策略に引っかかったとか言ってるけど、私は引っかかったりしてないのだわ。くんくんが居たから、くんくんが私を悪の道から戻そうとしてくれたから、私はそれに従ったまで。だいたい翠星石、元は貴女が悪いんじゃないの。私は抵抗したのだわ」
「真紅あんたねぇ、まだカマトトぶるつもりです?」
「誰がカマトトぶってるって?」
「聞こえなかったですか? 真紅です、真紅。兵糧攻めを“美味しい作戦だわ”とかぬかしてやがったくせに何を……」
「そうね、そうだったわね。思えばあの時から私は翠星石に騙されていたのだわ」
「こぉんのよくもいけしゃあしゃあと……」
 真顔でとことん語る真紅に、めいっぱい呆れ顔の翠星石。当時の事情をよく知る他二名にとっても、この真紅の意見はたしかに呆れる他ない。
「ジュン、これで私の意見はおわりよ。さっさと次に行ってちょうだい」
「まるっきり無視しやがるですか……」
 翠星石の意見もどこ吹く風。言いたい事を言い終えたのか、真紅は次を促した。
「ちょっと待つかしら」
 挙手ではなく、言葉で金糸雀が遮りを入れる。そして、指名をするまでもなく彼女は更に質問を投げた。
「くんくんってあの名探偵かしら?」
「ええ、くんくんは天才よ。よくわかってるじゃないの金糸雀」
 時折桜田家にやってきては番組を見てゆく金糸雀。名探偵というのは、もちろん彼女も知っているゆえの発言である。
「そのくんくんに悪の道から戻されたってどういう事かしら? あれはTV番組で……」
「ふっ、甘いわね金糸雀」
 薄く笑うと、真紅は自室の自分の棚をステッキで指した。くんくんDVDやらくんくんぬいぐるみやら、くんくんグッズでいっぱいの棚だ。
「ほら、あそこにくんくん人形があるでしょう」
「うん、あるかしら」
「そういう事よ」
 ふっ、と軽い笑みを残して、真紅は定位置に戻った。そこで納得いかないのは当然金糸雀である。“うぅ〜……”と困った唸りを上げている。彼女に同調しているのは他の面々もほぼ同じなのだが、ここで更に説明だとかを求めると話がこじれそうだ。が、しかしここで口を出すのは水銀燈。落ち着いて紅茶を口につける真紅に対し、ずけずけと発言を行う。
「話と周りの反応を見てると、要するに真紅ぅ。貴女相当おばかさぁんなことしてるわねぇ。」
「水銀燈。何を根拠にそんな事言うのかしら」
「あそこに並んでるのくんくん人形が引き戻した? 誰かの演技に騙されたってことじゃないのぉ?」
「あら、水銀燈には分からないのだわ。くんくんの、あの凛々しい姿……しびれんばかりの声……明晰な頭脳……。私が見間違えるはずがないのだわ。そう、くんくんこそくんくんなのよ」
「……勝手にしてちょうだぁい」
「ふふっ、しっかり認めなさいね」
 真紅の目はどこかアッチ系にイってしまっている。これ以上は何か言うのもばからしい、そう思ってか水銀燈は言葉を止めた。そして、その目でちらちらとくんくん人形を見やる。くんくん探偵は男だ。ならば声真似をしたのは限られてくる。――ミーディアムに欺かれるローゼンメイデン……なんて無様かしらぁ――心の中でくすりと彼女は笑うのであった。
「何、水銀燈。私の顔に何かついてる?」
「べぇつにぃ」
 首を少し傾げる真紅に、やはり水銀燈は口元を歪ませて微笑を浮かべるのであった。
「ちょっとジュンー! ヒナも意見言いたいのー!!」
「ん? あ、ああ、じゃあ雛苺」
 すっかり話がそれていたが、雛苺も最初の方で真っ先に手を挙げていたのだ。言われてやっと気がついたように、ジュンは指名を行った。
「翠星石は嘘をついてるのー! ヒナのケーキを勝手にたべちゃったのは翠星石なの。ヒナ悪くないのー!」
 頬をぷくっと膨らませてぷんぷんと怒っている様は、かなり当時の再現である。どうせそんなことだろう、と察した面々……のうち、蒼星石がはいっと挙手をした。
「はい、蒼星石」
「ありがとうジュン君。さっきの翠星石の語りの内容で無理があるところをいくつか発見したんだ。一つはショートケーキの件。いつも目ざとい翠星石がわざわざ雛苺の盗み食いを見逃すはずがないだろうし……。それに、一度は本気で失言をしてしまったんなら、どう考えても翠星石が悪いような……」
「ひ、ひどいです蒼星石! この姉の無実を疑うですか!?」
「いや、疑うも何も事実は……」
「翠星石の華麗な語りを無視してチビ苺なんかの発言を信じるなんて、蒼星石は姉不幸者です!」
「あのね、翠星石……」
 えぐえぐ、と泣きまねをする翠星石に、やれやれと困ったように頭をかく蒼星石。やれやれ気分はジュンも同じだ。とっとと話を終わらせようと、司会権限的発言をかます。
「……えーっと、とりあえずこれで全員意見言ったよな? じゃあ次に……」
「ちょーっと待つです人間!」
 翠星石はジュンのそれを許さなかった。泣き真似を即座に中止し、ぱっと顔を上げてびしっと鋭く指をさす。華麗な連携動作に、思わずジュンは後ずさった。
「な、なんだよ」
「意見も何も、蒼星石はともかくとして真紅と雛苺はただの文句。金糸雀と水銀燈に至っては真紅の意見に対する意見です! 翠星石の語りに対する意見じゃないですぅ!」
「……だそうだけど、何かある?」
 ちっ、と心の中で舌打ちしながら、ジュンは周囲に意見を求めた。
「私はもう無いわよ。意見は言ったわ」
「ヒナもー」
 真紅と雛苺はあっさりと返す。まぁこんなものであろう、と思いながら、ジュンは更に残りのドールに目で意見を求める。
「えーっと、多分翠星石が悪いと思うかしらー」
「鬱陶しいわねぇ、とっとと次にいったらぁ?」
 やや少しの思考時間の後に意見を搾り出した金糸雀。対象的に水銀燈はかなり投げ気味だ。――ああ、今俺って水銀燈とかなり意見合ってるかも――そう思いながらジュンはおほんと咳払いをした。
「以上。じゃあ次いくぞー」
「はあ!? ふざけんじゃねーですこのチビ人間!」
「ほらほらー、語る準備しろよー」
「こら人間! 激しく無視しやがんなですー!」
 翠星石の叫びもどこ吹く風。部屋の中の面々一体となって“次へ”モード移行であった。

<私はこんなの絶対認めないですぅー!>


あとがき:

 二つ目は階段。TVアニメ版第一期を見てる方にとっては多分かなり馴染み深い題材のはず。つーかわたしゃこの話大好きで、何故か4回くらい見た記憶があります(笑)まぁその割にはなんだこの話……ってな内容ですけど。
 なんつーか、語りって難しいもんですねぇ、としみじみ。もうちっと色々と工夫はできるはずなんですけどね。残り98も話はあるのでそのうちなんとかなるっしょ(楽天的)
 それにしても、くんくんの位置づけにイマイチ困ってる状態です。こんな調子で大丈夫なんかなぁ……。
2006・3・31

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