『クレヨン』

 6体のドールと人間一人。人数分の紅茶とスコーンと100本の未使用ろうそくが並ぶ、ジュンの部屋。問題の紙切れを携えて、彼は百のお題の一つを読み上げる……。
「それじゃあまず一つ目は『クレヨン』だけど……」
「はーいはーい!! ヒナがやるのー!!」
 元気一番に手を挙げたのは雛苺。予想外の動きだと言わんばかりに、他の面々は驚きの表情で彼女を見つめた。
「んなっ、なーにをいきなりでしゃばってやがるですかー! 誰が一番にやるかとかは、ちゃんと相談して……」
「じゃあ雛苺」
「わぁい、ジュンありがとうなのー!」
「な、なんですとー!?」
 翠星石が非難の声を上げるが、ジュンは“やれやれ、面倒なやつだなぁ”と苦笑いしながら翠星石を見やった。
「とりあえず早いもの勝ちだから。誰がどれだけやったかはちゃんと勘定するから心配するな」
「そうですか……。ってぇ! べ、別に心配なんてしてないです。ちゃんとチビ人間が公平に司会やるかどうかを試してやっただけで、だから……」
「雛苺、早く始めなさい」
「うん!」
 あたふたとジュンに言い訳をかける翠星石を遮り、真紅が指示。相変わらず返事のいい雛苺はともかくとして、指名もされなければ手も挙げなかった他三人は結構退屈な表情である。
「それじゃあ火つけるぞ」
「うん!」
 ジュンが燭台に立つ蝋燭へ、火を灯す。
  ボッ……
 緩やかにその身を溶かし始める蝋燭。煌く炎が辺りに柔らかく広がる。そして、雛苺は語りを開始した。
「えっとねえっとね、クレヨンはね、巴からもらってジュンからももらって、いっぱいいっぱいお絵かきするのに使ったの。一番上手に描けたと思ったのはね、お花。丸くってふわっとしてとってもカラフルなの! あ、でも巴やジュンも綺麗に描けたのー。“似てる?”って聞いたら“似てる”って言ってくれてヒナとっても嬉しかったの。最近はくんくんもたーくさん描いてるの。真紅もくんくん大好きよね? でもあんまり褒めてくれないの。ヒナ哀しいの。でもねでもね、ここにきて最初の頃に描いた赤くて黒くて甘くてうにゅうをジュンがわかってくれたの。ヒナとっても嬉しかったのー!」
 終了なのであろうか。連続でひたすら喋っていた口が止まった。
「……終わり?」
「うん! あっ、ふーっ!」
 元気のいい返事。同時に蝋燭の炎が吹き消される。大した時間ではなかったのだろう、彼女の分のそれは随分と身長を残したままであった。
「えーと、今の雛苺の語りについて一人一人コメントを……」
「はいっ!」
「……じゃあ翠星石」
 一番手にと手を挙げた翠星石。おほん、ともっともらしく咳払いをする。わくわくした目つきの雛苺に対して、びっ、と視線を投げ、立ち上がった。
「チビ苺!」
「ふえっ?」
「一体どういう語りですか! 単にクレヨンが好きで誰かに褒めてもらったとか上手く描けたとか、自分の体験を好き勝手に語ってるだけですぅ! いいですかチビ苺、語りってのはそんなあまあまスウィートなものじゃないです。起承転結をしっかりとらえて、かつ何を言いたいかを相手にしっかりと伝える話術を備えてないといけないですぅ! ただ喋ってるだけだったら、会話は成立しないです。っていうか聞いてる最中退屈で退屈で仕方なかったです。真紅や人間の名前は出たくせに、翠星石の名前が出てこないなんてどういう了見してやがるですか! いつもいつもチビ苺の面倒見て相手してやってる恩を忘れたですか! 第一、翠星石の鞄やじょうろにした落書きを忘れたとは言わせないですぅ! これだからチビは食い意地張ってるとかうにゅうのことしか頭ないとか言われるです! とにかく、次からはもっときっちりばっちり語れです。わかりやがったですかこんちくしょー!」
 最後に大きく腕が振りかぶられ、その指先がびしいっと雛苺を向く。あまりにも激しい口調のそれに、雛苺は何がなんだか分からず、ただこくこくと頷くしかできなかった。
「ふん、わかればよろしいです」
 満足したのか、その場にぽふっと座りなおす。ジュンが絶句してると、今度はゆっくりと蒼星石が手を挙げた。若干苦笑い気味。1,2秒遅れて彼は蒼星石を指名した。
「えーと、翠星石の話が雛苺より微妙に長かったね……。翠星石、君はもうちょっと遠慮した方がいいんじゃないかと思ったんだけど……。それはそれとして、雛苺の語りは大好きだって気持ちが伝わってきたから、僕としてはこういう語りもいいんじゃないかなと思うよ。見ていて微笑ましかったよ、雛苺」
「うわーい! 蒼星石ありがとうなのー!」
 翠星石から一転して落ち着いた意見が飛び出す。緩やかな笑顔を向けられ、雛苺はご機嫌である。
 無難……そう言ってしまえば終わりではあるが、微妙に張り付いた空気をほぐすには丁度よい。特に、真紅と水銀燈辺りに漂っていた、あっけらかんとしたそれを解いたのは重要だ。
「それじゃあ次は……」
「はいっ! カナが言ってやるかしらー!」
 次に元気よく手を挙げたのは金糸雀。既に翠星石と蒼星石が意見を出した以上、積極さんの残った最後といった感じである。
「じゃあカナリヤ」
「カナリヤじゃなくって金糸雀かしら!」
「はいはい、金糸雀。……どっちでも一緒だろ」
「一緒じゃないかしらー!!」
「いや、一緒だって……」
 厳密には同じなのであろうが、原作本には“かなりあ”とルビが振られているため、それに合わせるべきであろう。
 それはそれとして、もったいぶったように“ふふん”と鼻で笑うと、意気揚々と金糸雀は声を上げだした。
「クレヨンに関して雛苺が体験した好きな思い出ってのはよくわかったわ。けど、それはクレヨンに対する思い入れであって、クレヨンに対する語りとはちょっと遠いかしら! クレヨンとは何であるか、クレヨンとは何をするものであるか、そういった説明がほしいと思うかしら! それを除けば60点くらいはあげてもいいかしら」
「じゃあ今なら何点なの?」
「そうねぇ、30点かしら」
「むぅー!」
 金糸雀の具体的な点数評価に雛苺が唸る。さすがは薔薇乙女一の頭脳派を名乗るだけあって初の試みである。もっとも、基準がイマイチはっきりしていないところがまた詰めの甘いところだが。
 ただ、何分喧嘩をふっかけ気味な意見であるのは間違いなく、このまま放っておけば翠星石の時とは違った意味で胃が痛くなりそうな空気が流れ出しそうである。それを察知してか、ジュンは早々に話を切り替えることにした。
「はいはい、わかったからそれくらいにしとけよな。で、残るは……」
 ちらりと彼が見やる。多少の距離を置きながら二人ベッドに並んで座っている真紅と水銀燈。仲良さそうにはとても見えないその姿に対し目で促す。と、“しょうがないわね”と真紅は一度だけ頷くと口を開いた。
「家来にしては頑張ったんじゃないかしら」
 あっさりと区切り、再び元の態勢に戻る。右手に持つカップが実に優雅だ。
「……終わり?」
「何か文句あるの、ジュン」
 見かねてつい出た言葉であったが、真紅に難なく切り返される。
「別に……」
「う〜……」
 彼の後で雛苺が唸る。どうも雛苺の立場は弱い。という以前に、真紅の語る気なしモード問題であるのは間違いなかった。最初から水銀燈に対して語りだどうこうと息巻いていたわりにはこんな調子である。
「それじゃあ、最後に水銀燈……」
 嫌そうにジュンが指名。と、“そうねぇ……”と水銀燈は指をあごにあて、やや斜め上に視線を向ける。考えるしぐさ、それに間違いない。これはもしかして期待が持てるかも、と雛苺含め他の面々がなんとなくそう思った時であった。
「いいんじゃないのぉ。雛苺だしぃ」
 驚くほど早く口を開き、そして閉じた。水銀燈のコメントも終了。これにて今回の語りに対する意見交換も終了。もっとも、交換になっているかどうかは別の話であるが。
「う〜……真紅も水銀燈ももっと意見言ってほしいのー!」
「あらぁ、私は二言も言ってあげたわよ。そっけなく家来だとか他人行儀な真紅よりはいいんじゃなくって?」
「ふっ、そういう水銀燈も、私より文字数が少ないわよ」
「細かいわねぇ。敗者の負け惜しみかしらぁ?」
「誰が敗者ですって? 言ってるあなたが敗者だわ」
 たまらず出た雛苺の訴えから早々に話が転換してゆく。この辺は息ぴったりな二人である。
「もーう、喧嘩なんか始めないでー! ジュン、ヒナの番はもういいから次へ移って」
「いいのか?」
「うん……これ以上いい話も聞けそうにないし……」
 落胆する雛苺が痛々しい。“しょうがないな……”とジュンは別の意味でため息をつきながら、区切りの合図を告げた。
「ほら、いがみあってないで次のテーマいくぞ!」
「フンッ、次の語りでは覚えてらっしゃい」
「あなたこそね、水銀燈」
 ジュンの言葉に、しぶしぶと二者が戦闘モードを解除。頭をかきながら、ジュンは早くも神経痛を錯覚したのであった。

<かきかきなのぉー>


あとがき:

 一つ目はクレヨン。そういや雛苺がよく使ってたなぁ、っていうのを思い出して、 ぶっちゃけこのタイトルがあったからARIAじゃなくってローゼンメイデンにて書こうかってのが そもそものきっかけなんですが(絶対後々自爆しそう)
 とりあえず一つ目ですから。まずは一つ目ですから。こんなもんだーって感じで。つーか……特徴あるようで結構口調が難しいです。あまりにくどくどとなってしまう可能性がしょっちゅう……。ちゃんと書いてる人ってすごいですねぇ。

2006・2・28

戻る