『ぷろろーぐ』

 それはいつも通りの、本当にいつもどおりの、“今日はネット通販もやめてオフ会してみるかぁ?”などと思わず宣いたくなるくらいに晴れた昼下がりのことであった。それはともかくとして、平凡な時間が流れている桜田家は今日も平和であった。
「ジュンくん、おやつの用意ができたから真紅ちゃん達を呼んできてちょうだーい」
「はぁ? なんで僕が…」
「お姉ちゃん今手が離せないのぉ」
 台所にて忙しなく手を動かすのり。紅茶のお供となるスコーンを作っているだけかと思いきや、何かしら鍋でことことと煮ている姿が見える。火の番もあるから、なるほど誰かを呼びに行けなさそうに見える。
 タイミングが悪かった、とジュンは心の中で舌打ちした。今の時間はTVでくんくん探偵もやってないので、その真紅たちもリビングにはいない。というよりは、先ほどジュンの部屋でどたばたとやったばかりである。
 相変わらず翠星石は口は悪いわ、雛苺にジュンのぼりをかまされるわ、真紅に"五月蝿い家来"と罵られるわ、3体もの人形を同時に相手になんてやってられるかと、喉渇いたという口実の元部屋を飛び出してきたのだった。
 ――はぁ、またすぐあの部屋に戻るのか……。
 重い息を吐きながら、とぼとぼと階段へ歩を進める。行動が随分と素直なのは、疲れているからなのかもしれない。消極的な意欲では、抵抗する気力も起きないという事だ。
「このままずっとこんな調子で毎日が過ぎていくのかな……。楽しみの通販も好きにできないで、ただ命令されながら生きてゆく日々……」
 小さな声が思わず漏れる。メンタル的に相当参っているのは間違いない。先に見えるはただの絶望……そんなのはまっぴらだと、ジュンは慌てて頭を左右に振り、自ら創ったビジョンを打ち消す。
 ――いかんいかんこのままでは。あいつらになめられっぱなしでたまるか!
 きっ、と上を睨むと、一度身を震わせ、力強く一歩を踏み出す。別にミーディアムの沽券にかかわるわけでもないのだが、ふがいない自分が許せなかった。だいたい、家に置いてやってるのだから主人であるべきはこちらなのだ。きっちり白黒つける。そう、強い思いを胸に、ジュンは自分の部屋の扉を開けた。
  バン!
「おい呪い人形ども! 今日こそはお前らの立場ってもんをだな……って、3人も増えてるー!?」
「どうも、お邪魔してます」
「いきなりなんて騒々しいのかしらー」
 彼の目に飛び込んできたのは、先ほどまで争いの種であった真紅・雛苺・翠星石に加えて、絨毯に礼儀正しく正座する蒼星石と金糸雀の姿……だけならまだよかった。窓際に腰掛けている人物……いや、人形が見える。彼女らの中でも一際目立って見える、真っ黒な羽を背に携えた、全身黒を基調としたゴシックロリータの衣装をまとった……水銀燈。
「しかもなんでお前までいるんだー!」
「フンッ」
 そっぽを向くと同時にその銀色の髪が風になびく。ちなみに、当然のようにその窓ガラスは割れていた。ジュンが部屋を出る前はまだ無事だったはずなのに。――そういや下にいた時割れる音聞こえてきたっけなぁ――。ぼんやりとそんな事を考えながら、ジュンは必死に状況整理を行っていた。
「水銀燈。さっさと用件を話して頂戴。どうやら戦いに来たようではなさそうだけど?」
「そうですぅ。突然やってきたかと思ったら、おもいっきりため息ついたり、わけわからんです」
「ヒナも気になるのー」
 ベッドの上の真紅に始まり、翠星石と雛苺がまくしたてる。改めてみるに、なんとにぎやかな部屋であるだろう。
「……わかったわよ」
 “不本意だわ”と呟きながら、水銀燈は事情を話し始めた。どうやら、6人がいながらにしてかつこの人員構成で戦いに踏み切ろうとしないのは、彼女の持ち込んだ事情によるものらしい。
「この間nのフィールドにいたらねぇ、あの道化うさぎからこぉんなの渡されたのぉ」
「ラプラスの魔、ね?」
「いちいち言わなくてもいいわよ真紅」
 少々ムッとしながら、水銀燈はその“渡されたもの”を取り出した。それは幾重にも折りたたまれていた一枚の白い紙切れ。いや、紙切れと呼ぶには少々分厚く質感もある。
「ほら、さっさと読めばぁ?」
 ぽいっ、と彼女はぶっきらぼうにそれを投げた。たまたまなのか狙ってか、ジュンの顔面にヒット。ぺちん、と軽い音が部屋に響いた。
「ぶっ。……こんのぉ!」
「まったく……ジュン、早く読みなさい」
「おい……」
 自分のミーディアムが攻撃(?)を受けたというのに、冷静に指示を出す真紅。ツッコミの言葉はもらしたが、それ以上抵抗する気もなく、ジュンはその場にどっかと腰を下ろし、丁寧に折り畳まれた紙を広げた。こういう素直に従っている辺りが、やはり彼がなめられている原因の一旦となっていることは彼自身気付いていないのだろうが。
「なになに……『今目覚めているローゼンメイデン達で百のお題を元に語りをせよ。さすれば第七ドールが目覚め、ローゼンへ会う道が開くであろう……言葉を深めるもまたアリスへの道なり』……はあ? なんだこりゃ」
 ジュンの声に伴い、部屋に居た面々の視線がいっきに水銀燈へと集中する。と、それに耐え切れなくなったかどうかはわからないが、彼女はまたもそっぽを向いた。
「もちろん、私がこんなの認めるわけがないわ。すぐに文句を言ってやったの。そしたら何て言ったと思う?」

――拒むならば、貴方の夢は一生かないますまい。過去は今、今は明日、明日は眠り――

「どういうことだよ」
「従うのも癪だけどね、意味深な言葉並べられちゃあたまらないわ。そんなわけでおとなしくここに来てあげたわけ。蒼星石や金糸雀も引っ張ってきてね。感謝しなさいよぉ? 今回は私のおかげで重要かもしれない情報が得られたんですものぉ」
 ジュンのツッコミもさらりと流し、くすくすと水銀燈が笑う。が、それとは裏腹に表情は険しい。というよりはかなり嫌そうである。
「事情は分かったわ。で、どう語ればいいの」
「知らなぁい。真紅、貴女が決めればぁ?」
「いいかげんね。そんなことでお父さまに会えると思ってるの?」
「うるっさいわね。要するに語りなんて自分たちで決めろってことでしょ。それをわざわざ真紅、貴女に譲ってあげようとしてるのよ? 感謝しなさぁい。ま、できないって駄々こねるんならやっぱり私がやってあげてもいいわぁ」
「なんですって……。だいたい、いつ誰が駄々をこねたのかしら? 貴女もそろそろガタがきたってところかしらね」
「なんですってぇ……。いっそこんなくだらない座談会なんて開かずに、今すぐにアリスゲームを始めてあげてもいいのよ?」
「望むところだわ」
 いつの間にか、真紅と水銀燈の間に視線の火花が散っている。不穏な空気に、たまらず翠星石が声を上げた。
「ええーい! 二人とも喧嘩なんかしてる場合ですかー! こらチビ人間、その紙切れにもっと何か書いて無いか確かめやがれですぅ!」
「わかったよ、たく……」
 仕方なしにジュンは紙を改める。やはりなめられている事に彼はまったく気付いていない。
「ふんっ、とっくに私が確かめたわ。それ以上は何も書かれてなかったわよ」
「えーと……あ、何々……『なお、一つのお題に対して一人が語り、他の五人で品評するべし。ローテーションは公平に』だってさ。……なんか律儀だな、これ」
 先ほどに加えて新たな情報が飛び出した。それに対し、水銀燈は驚きの色を隠せなく、思わずジュンに視線を向ける。また同時に、真紅もさっきまでの戦闘態勢を解いた。
「ええっ!? そんな、どうして……」
「もしかしたら、ジュン君みたいな人間……ミーディアムにしか読めない部分なのかも」
「ほへー、不思議なのぉ」
 冷静に蒼星石が分析、それに同調するように、雛苺は紙を覗き込んだ。
「たしかにヒナには読めないの」
「どれどれ……うん、カナにも読めないかしら」
「どうやら当たりのようだね」
 雛苺に加えて、金糸雀、蒼星石とその確認に至る。たしかに彼女達には、ジュンが今読んだ文章は見えなかった。更に確認すると、彼が指で示した位置は、どうやら彼女らにはただ白く見えるらしい。
「これは無視して事を進めるわけにもいかなさそうね、水銀燈」
「いよいよ本物みたいね。いいわぁ、一時休戦してあげる。まったく厄日だわぁ」
 やれやれ、とため息を吐き出し、窓際から部屋の中へ、そしてベッドへと腰を下ろす水銀燈。別に不思議なものであるからといって従う理由にもならないのだが、水銀燈の中では言い知れぬ予兆を感じたのかもしれない。そんな彼女の隣で、真紅が“ふふっ”と笑みを浮かべる。二人の様相を見て、翠星石も妙に嬉しくなるのだった。
「で、どうすんだ。これからお前ら語りやんのか。しかも僕の部屋で」
「物分りがいいわねジュン」
「はあ……」
 重いため息をジュンはそこに吐き出す。部屋が占領された、しかも理不尽に。この状態で百も話をされると、野宿も考えなければならない。ここはジュンの部屋であるのに……。
「そうそうジュン、あなたが司会をやりなさい。その紙にはお題が書いてあるのでしょう? 公平をきすためにも、あなたが話を進めていく方がいいわ」
「なんで僕が……」
「家来に拒否権はなくってよ」
 にこりと真紅は笑うが、拒めばただでは済まさない、そういうオーラが出ていた。ただおそらくは、ドール達のみで進める事は許されない。ミーディアムが読めたという事実から、ミーディアム抜きでは進められないのは間違いない。それを彼女らは感じ取っていたのだろう。
「はいはい、わかりました。やればいいんだろ、やれば」
「いい子ねジュン。あと、今から私が言うものを用意しなさい」
「は?」
「まず、紅茶を七人分。そう、スコーンも人数分焼いてね。それから……」
「ジュンくーん! おやつの用意ができてるわよー!」
 その時、階下から高い声が響いてきた。そういえば、とジュンは真紅達を呼びにきたことを今思い出す。声に一度振り向いた顔を、再度真紅の方へと向けた。それに反応するように彼女は言葉をつなげる。
「一部訂正ね。のりに人数分準備するよう言って頂戴」
「へいへい。で、それから、なんだ? さっき言いかけてただろ」
「ろうそくを100本」
「……なんでろうそく?」
「以前聞いた話だと、一つ話をするごとに一本ろうそくの火を消していくんでしょ。全部で百本。そうすると、最後の一本を消した時に何かが起こる……」
「百物語かよ……やめろやめろ、百本もろうそく立ててると危ないだろ。第一百本も誰が……」
「そう、そうなのかしら!このローゼンメイデン一の頭脳は金糸雀様がとってもいい案を思いついたのかしらー! 一人話を始めると同時に、ろうそくをつけて、終わったら吹いて消す。蝋燭の火が消えるより先に話し終えないと失格にすればいいかしらー!」
 拒否しようとするジュンをさえぎって、金糸雀が個人案を次々と語り出す。が、ドール達はそれに同調した。
「わあっ、面白そうなのー!」
「雰囲気作りにはいいかもしれないね」
「たまにはいいこと言いやがるです」
「全然いい案じゃないけど分かりやすくていいわぁ。真紅の蝋燭だけ1ミリ程度にすればつまらなぁい話が早く終わっていいしねぇ」
「水銀燈、あなた……!」
 一部で戦いが勃発しそうになりながらも、ドール達の意見は一致しているようだ。これは逆らっても無駄だなぁと思い、ジュンはとぼとぼと自室を後にした。背後ではやんややんやと騒がしい彼女らの声がいくらでも響いてくる。
「はぁ……」
 今日は何度目になるのか、重いためいきがその場に吐き出される。少なくとも部屋に戻る時は違う意識があったはずなのに。それでも、“ろうそく百本うちにあったかなぁ……”と思いを巡らせる自分に疑問を抱かない彼であった。

<賽は投げられたですぅ>


あとがき:
 ちょっと前から個人的ブームになったローゼンメイデンの初二次創作。ってーかキャラ出しすぎや、キャラつかめてへん、ってな味が満載です。そもそも、現時点ではまだ人様のSS作品をほぼ読んだ事がない身なので、こういう危険なまねは避けるべきなんですが……。
 とりあえずこれは、本来の百のお題とは別に、話の流れ作りのために付け足したぷろろーぐです。
 設定的には、ややアニメ寄りの、ちょい原作部分、みたいな感じで。まぁ徐々に許容してってくれたら申し分ないですな。巴はまた途中で出したいものです。メグは難しいな……水銀燈の語りにでも出せれば……。
 相変わらず強引な展開ってのは、私の色なんで諦めてください(爆)普通に百のお題でそれぞれ話を作るのでもいいはずなんですけどね、それだとARIAのそれと変わらないし……。っていうよりは、この企画でやってみたいと思ったから、やってみるという事ですが。……ちゃんと最後までやれるかどうか、それが重要です(そうか?)
 あと……多分、このぷろろーぐだけは密かに修正とかしまくると思います(蹴)

2006・2・10

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