とりあえず確保した場所へとやってきたキリュウと彼女に引っ張られてきたフェイ。
既に土は整っている。いつの間にやら準備のいいことだ。
そういえば、とフェイは夜のことを思い出す。
夜中に聞こえていた騒音。あれはこの庭作業をしていた音かもしれない。
なるほど、土地の用意は万全だったんだ、と彼女は妙に納得した。
「さて、まずは苗木からだ。既に準備してあるこれを植えればいい」
手早くキリュウはキュウリの苗木を取り出した。
しかし苗木、というかこれから育てるにはあまりにも成長しすぎている様に見える。
あからさまに身までついていたりする。フェイは何気なくそれをもぎ取った。
「…キュウリ」
「そうだ、胡瓜だ。既に出来上がってるそれはさあびすというやつかな」
「…キリュウ」
「少し知り合った人に分けてもらってな、こうしてここにあるわけだ」
「似てるね、字面」
「じづら…?」
くすりとフェイが笑うが、キリュウにはイマイチその意味が分からなかった。
「…まあいい。これをこうして…と」
キリュウはてきぱきと作業を進める。フェイは特にすることも無く(言われず)傍らでそれを見ているだけである。
「ところでキリュウ…キュウリって木なの?」
「…実は違う。この苗木とは言ったが、これはただ胡瓜が成長するために作られたものだ。いわば支えだな」
「ふぅーん…」
「よし、できた」
菜園の場に垣が設置される。垣にキュウリのツタが絡んでいる。
あっという間に簡易菜園の完成である。さもそこで成ったかのような実が一つ。
キリュウはそれをぷちっとちぎった。
「まずは一つ目、と」
「…それは?」
「今日の収穫だ。次に茄子を、と…」
キュウリと同様にキリュウは次々と菜園の元を用意、そして設置。
その作業は実に手慣れたもので、フェイが手伝うことなどほとんど無かった。
「そういえばフェイ殿。如雨露を持ってきてくれないか?」
「うん」
すっかり手持ち無沙汰であった彼女に、キリュウが用事を告げた。
やっと自分のやる事ができて、フェイは喜んでとたとたと駈けてゆく。
そんな彼女を目で追いながら、キリュウは次に何を作ろうか、という計画を頭の中で考えていた。
「元々胡瓜と茄子しか予定が無かったからこの程度の広さしか整えてないが…。
いずれは南瓜などの他の野菜。あわよくば果物も作りたいものだ…。
しかし庭の広さにも限りはある。土地ばかりは広くするなどできない。細かな調整が…」
「はい」
「ん?」
ぶつぶつ呟いていたキリュウの元に、フェイが戻ってきた。
手に持つ如雨露の中には、たっぷりの水が入っている。
「おお済まないなフェイ殿。では、早速野菜達に水を…と、如雨露の他に何を持ってきた?」
キリュウが尋ねたとおり、フェイが持ってきたのは如雨露だけではなかった。
如雨露を持つ手とは別の手に、なにやら黒く光っているものを携えている。
「鍬」
「鍬…何に使うんだ?」
「新たに耕すんじゃないの?」
「いや、まだ予定が立ってない以上、そういうわけにも…」
「そう…」
残念そうに、フェイは鍬を家の壁に立てかけた。
ごとりと重い音がしたそれを持ってくるのもさぞ辛かったろうに、キリュウはすまないと頭を下げた。
ただ、予定が立ってないという言葉の示すとおり、いきなり耕す行為は始められない。
早速野菜へ水をやり始めるフェイを見ながら、キリュウはすぐにでも思考をめぐらせ始める。
次に何をどこへ作るか、という野菜計画について…。
「…ところでフェイ殿」
「なに」
「よくこのようなものを一人で持ってこれたな」
「大丈夫、頑張ったから」
頑張ったからという理由で果たして持ってこられるものだろうか。
第一この鍬はそれなりに大きい。フェイの背丈より大きい。
そこら辺が非常に疑問に感じたキリュウではあったが…。
「そうか…」
と、納得しておくことにした。
今はこの鍬をいつ使うか、ということを考えるのが先決なのである。
「キリュウ」
「なんだフェイ殿?」
「美味しい野菜がたくさんできるといいね」
「…そうだな」
如雨露の水で濡れててらてらと光る菜園を見ながら、キリュウは静かに微笑んだ。
しばらく後。太助が見た庭には、それはそれは立派なキリュウが実っていた。
…いや、胡瓜が実っていた。
「見事だなあ、キリュウ」
「主殿、あれは私ではなく胡瓜だ。間違えないように」
「いや分かってるよそれくらい…。キリュウに話しかけただけだろ?」
「うむ、それはそうだが…」
キリュウの頭の中では、つい昨日フェイに字面が似ていると言われた事がうずまいていた。
言われた直後は何のことかよくわからなかったのだが、夜に改めて考え気付いたのだ。
カタカナにするとたしかににているということに…。
「で、他には何を植えるんだ?既に茄子もトマトも植わってるけど」
「うむ。他には南瓜にほうれん草に大根人参牛蒡…」
「ちょ、ちょっと待ったキリュウ」
「何だ?」
つらつらと野菜の名前を挙げだしたキリュウに、太助は思わずストップをかけた。
「いくらなんでもそんなにたくさんは育てられないんじゃ…」
「あくまで希望だ。今は狭い畑だが、いつかは広げてみせる」
「どうやって広げるんだよ」
「それはだな…」
呆れた顔で太助が聞き返し、キリュウが正にこたえようとした時であった。
フェイがその場に現れたのは。
足音に気付いたキリュウが言葉を止める。太助がフェイを見やる。
するとフェイは懐から素早く眼鏡を取り出した。
「ミステリィ〜」
「………」
そして太助は沈黙させられた。
見事なフェイの攻撃に連携を繋げるがごとく、キリュウは微笑を浮かべた。
「というわけだ主殿」
「…だから、そのネタはもうやっただろ!?」
「とにかく心配ない」
「おもいっきり心配だ!!」
沈黙から素早く回復した太助が大きな声をあげる。
こうして、七梨家家庭菜園第一歩、が今まさしく踏み出されたのだった。
<またはじまり>
2003・5・19