『晴れた日の小休止』


天気も気分もいいこんな日は…
「どこかへ散歩にでも行きたいなあ」
などと太助が思っていた時であった。キリュウが彼を庭に呼んだのは。
ぽかぽかと太陽が照らすそこに、彼女は立っていた。
試練ではない。太助に頼みごとがあるのだとか。それは…。
「主殿、庭で野菜を作ってもいいかな」
「野菜?」
「そうだ。折角庭があるのだし、自ら作った野菜を食すことはいい経験になるぞ」
キランとキリュウの目が光る、いや訴えている。
“さあわらわの意見を認めよ。認めぬのならこの契約は破棄じゃ。さあどうする!”
と言わんばかりの目だ。一体どこでそのような視線を身につけたのかは謎だが。
「別に俺は構わないけどさ…大丈夫?」
太助に視線の意図は理解できなかった。そして元々、理解する以前に了解の念があったといえよう。
だからこそ“構わない”という答えがすんなり出たのであった。
しかしここで“大丈夫?”と付け足している。この言葉の意図を、キリュウは即座に汲み取った。
「心配要らない。フェイ殿からも既に了承済みだ」
「フェイからも?」
フェイが関わることで何の心配がなくなるのかとんと分からなかった太助だった。
が、なるほど今キリュウの隣にフェイが居る。さも当然のように、そこで彼女はこくりと頷いた。
そして、ごそごそと懐の辺りを探る。“一体なんだ?”と太助が首をかしげている間に、
フェイはおもむろに一つのアイテムを取り出した。
とんでもない厚さを誇る眼鏡、そのレンズにはぐるぐるとうずまき模様が描かれている。
フェイはそれを装着した。
「ミステリィ〜」
「………」
そして太助は沈黙させられた。
「…って、そのネタはもうやっただろ?」
いや、すぐさま立ち直った。永久の沈黙効果は無かったようだ。
言われてしぶしぶとフェイは眼鏡を外す。
「というわけだ主殿」
「どういうわけだよ…」
「だから野菜作りも心配ないだろう?」
「いや、すでにわけがわかんないんだけど…」
どうやらキリュウは太助の言葉の意図を正確には汲み取っていなかったようだ。
“残念だよキリュウ。いや、俺が未熟なのか。もっと修行するよ…”
と太助が思ったかどうかは定かではないが、ため息を吐きながら彼はもう一度尋ねた。
「大丈夫?って尋ねたのはさ、花壇のことだよ」
「花壇?」
「そう。それ」
言いながら太助は庭にある花壇を指差す。
シャオが七梨家に来て一年目のお祝いにとプレゼントしてくれたものだ。
たおやかに揺れている草花が、陽に照らされている。
水をいっぱいに吸ったそれらが青々と元気な姿を見せている。
思わずキリュウは“ほう”となった。
「既に家庭菜園をしていたか…」
「違うっ!」
「冗談だ。なに、心配召されるな。この花壇は傷つけぬよう野菜は作るから」
「…分かってるんならもうちょっと普通に返してくれない?」
既に太助は疲労気味だ。
“ちょっと庭で話をしているのにどうしてだろう”と疑問の念でいっぱいである。
と、太助の疑念を感じたのだろうか。ここぞとばかりにフェイはまたも眼鏡を取り出し、そして装着した。
「それって不思議?ミステリィ〜」
「で、キリュウ。野菜ったって何を作るんだ?
「胡瓜、とまと、茄子。…まあその辺りから少しずつ育てていこうと思う」
「へえ〜。もしうまく育ったらシャオが喜ぶよな」
「うむ」
太助とキリュウは菜園の話に没頭し始める。
堂々と無視されたフェイは、がっくりと肩を落として眼鏡をしまい込んだ。
「さてと、主殿から許可も出たことだし。作るぞフェイ殿」
「え…?」
唐突に呼ばれたフェイは、きょとんとした目でキリュウを見上げた。
「その為に私についてきてくれたのだろう?」
「違う…」
「そうかそうか、そんなに喜んで作ってくれるのか。よし、まずは場所の確保を」
「うぐぅ…」
いつの間にキリュウはこんなに強引になってしまったのだろう。何かの陰謀?
今度はフェイ自身が疑問の念でいっぱいになる。
しかしそうなりながらも、キリュウはフェイをずるずると引っ張っていく。
一種奇妙なその光景を、太助はただ黙って見送っていた。
「…大丈夫かな」
それは、最初に発した“大丈夫かな”とは明らかに違う意味合いを含んだものであった。



とりあえず確保した場所へとやってきたキリュウと彼女に引っ張られてきたフェイ。
既に土は整っている。いつの間にやら準備のいいことだ。
そういえば、とフェイは夜のことを思い出す。
夜中に聞こえていた騒音。あれはこの庭作業をしていた音かもしれない。
なるほど、土地の用意は万全だったんだ、と彼女は妙に納得した。
「さて、まずは苗木からだ。既に準備してあるこれを植えればいい」
手早くキリュウはキュウリの苗木を取り出した。
しかし苗木、というかこれから育てるにはあまりにも成長しすぎている様に見える。
あからさまに身までついていたりする。フェイは何気なくそれをもぎ取った。
「…キュウリ」
「そうだ、胡瓜だ。既に出来上がってるそれはさあびすというやつかな」
「…キリュウ」
「少し知り合った人に分けてもらってな、こうしてここにあるわけだ」
「似てるね、字面」
「じづら…?」
くすりとフェイが笑うが、キリュウにはイマイチその意味が分からなかった。
「…まあいい。これをこうして…と」
キリュウはてきぱきと作業を進める。フェイは特にすることも無く(言われず)傍らでそれを見ているだけである。
「ところでキリュウ…キュウリって木なの?」
「…実は違う。この苗木とは言ったが、これはただ胡瓜が成長するために作られたものだ。いわば支えだな」
「ふぅーん…」
「よし、できた」
菜園の場に垣が設置される。垣にキュウリのツタが絡んでいる。
あっという間に簡易菜園の完成である。さもそこで成ったかのような実が一つ。
キリュウはそれをぷちっとちぎった。
「まずは一つ目、と」
「…それは?」
「今日の収穫だ。次に茄子を、と…」
キュウリと同様にキリュウは次々と菜園の元を用意、そして設置。
その作業は実に手慣れたもので、フェイが手伝うことなどほとんど無かった。
「そういえばフェイ殿。如雨露を持ってきてくれないか?」
「うん」
すっかり手持ち無沙汰であった彼女に、キリュウが用事を告げた。
やっと自分のやる事ができて、フェイは喜んでとたとたと駈けてゆく。
そんな彼女を目で追いながら、キリュウは次に何を作ろうか、という計画を頭の中で考えていた。
「元々胡瓜と茄子しか予定が無かったからこの程度の広さしか整えてないが…。
いずれは南瓜などの他の野菜。あわよくば果物も作りたいものだ…。
しかし庭の広さにも限りはある。土地ばかりは広くするなどできない。細かな調整が…」
「はい」
「ん?」
ぶつぶつ呟いていたキリュウの元に、フェイが戻ってきた。
手に持つ如雨露の中には、たっぷりの水が入っている。
「おお済まないなフェイ殿。では、早速野菜達に水を…と、如雨露の他に何を持ってきた?」
キリュウが尋ねたとおり、フェイが持ってきたのは如雨露だけではなかった。
如雨露を持つ手とは別の手に、なにやら黒く光っているものを携えている。
「鍬」
「鍬…何に使うんだ?」
「新たに耕すんじゃないの?」
「いや、まだ予定が立ってない以上、そういうわけにも…」
「そう…」
残念そうに、フェイは鍬を家の壁に立てかけた。
ごとりと重い音がしたそれを持ってくるのもさぞ辛かったろうに、キリュウはすまないと頭を下げた。
ただ、予定が立ってないという言葉の示すとおり、いきなり耕す行為は始められない。
早速野菜へ水をやり始めるフェイを見ながら、キリュウはすぐにでも思考をめぐらせ始める。
次に何をどこへ作るか、という野菜計画について…。
「…ところでフェイ殿」
「なに」
「よくこのようなものを一人で持ってこれたな」
「大丈夫、頑張ったから」
頑張ったからという理由で果たして持ってこられるものだろうか。
第一この鍬はそれなりに大きい。フェイの背丈より大きい。
そこら辺が非常に疑問に感じたキリュウではあったが…。
「そうか…」
と、納得しておくことにした。
今はこの鍬をいつ使うか、ということを考えるのが先決なのである。
「キリュウ」
「なんだフェイ殿?」
「美味しい野菜がたくさんできるといいね」
「…そうだな」
如雨露の水で濡れててらてらと光る菜園を見ながら、キリュウは静かに微笑んだ。



しばらく後。太助が見た庭には、それはそれは立派なキリュウが実っていた。
…いや、胡瓜が実っていた。
「見事だなあ、キリュウ」
「主殿、あれは私ではなく胡瓜だ。間違えないように」
「いや分かってるよそれくらい…。キリュウに話しかけただけだろ?」
「うむ、それはそうだが…」
キリュウの頭の中では、つい昨日フェイに字面が似ていると言われた事がうずまいていた。
言われた直後は何のことかよくわからなかったのだが、夜に改めて考え気付いたのだ。
カタカナにするとたしかににているということに…。
「で、他には何を植えるんだ?既に茄子もトマトも植わってるけど」
「うむ。他には南瓜にほうれん草に大根人参牛蒡…」
「ちょ、ちょっと待ったキリュウ」
「何だ?」
つらつらと野菜の名前を挙げだしたキリュウに、太助は思わずストップをかけた。
「いくらなんでもそんなにたくさんは育てられないんじゃ…」
「あくまで希望だ。今は狭い畑だが、いつかは広げてみせる」
「どうやって広げるんだよ」
「それはだな…」
呆れた顔で太助が聞き返し、キリュウが正にこたえようとした時であった。
フェイがその場に現れたのは。
足音に気付いたキリュウが言葉を止める。太助がフェイを見やる。
するとフェイは懐から素早く眼鏡を取り出した。
「ミステリィ〜」
「………」
そして太助は沈黙させられた。
見事なフェイの攻撃に連携を繋げるがごとく、キリュウは微笑を浮かべた。
「というわけだ主殿」
「…だから、そのネタはもうやっただろ!?」
「とにかく心配ない」
「おもいっきり心配だ!!」
沈黙から素早く回復した太助が大きな声をあげる。
こうして、七梨家家庭菜園第一歩、が今まさしく踏み出されたのだった。

<またはじまり>


後書き:またも声優ネタ。ま、はじまりでバラしてるのでその辺は問題ないでしょう(そうか?)
で、まあ主題は家庭菜園です。
某方と話をしててよくこの事は話題にあがるので。
野菜作りが似合うキリュウさん、ってことで。
その風景なんざほとんどないですけどね、コレ。
(単に書くのが面倒くさかっただけかもしんない)
ま、気にしなくていいです。あんまり。軽いつかみです(つかめるかどうかは甚だ疑問)

2003・5・19

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