『A Place of God』


それは寒い寒いある日のことだった。
鶴ヶ丘町有数の、縁結びの神様を祀る神社として名高いそこに、一人の少女が参拝に来ていた。
年、背格好から中学生くらいであろうと思われる彼女は、髪の両側に垂らしたお下げがチャームポイント。
賽銭箱の前で、思いつめたように境内と鈴とを交互に見つめている。
数分の間しきりに同じ動作を繰り返していたかと思うと…意を決してポケットから小さな財布を取り出した。
紅色のそれは、小さな動物のアクセサリが付けられてる以外は実にシンプルな作りで、
彼女はぱちんと音を立てて小銭入れの部分を開いた。
「…あ」
瞬間、小さいながらも声を上げる。驚いたような残念そうなその声は、辺りに少しだけ響いた。
「硬貨が入ってない…」
がっくりと肩を落とし、自らその理由を呟く。
しかし、すぐに顔を上げてきょろきょろと辺りを見回したかと思うと、お札売り場にタタタっとかけて行く。
そこの売り子として立っていたのは、先ほどから彼女の行動の一部始終を見守ってた、ここの神主。
名前は、宮内出雲。町内ではナンパ師としても美男子としても気のいいおにーさんとしても有名である。
「やあこんにちは」
「あ、あのっ、これ崩していただけますか?」
息を切らせんばかりに駈けてきた少女に、出雲は優しく接する。
“お願いします”と手渡された、ぴしっと小奇麗に折り目がついた一枚の千円札を素早く硬貨に替えた。
「…と、そうでした。いくらといくらにくずせばよいですか?五円玉はやはり織り交ぜましょうか?」
「え?あ、えっと、そうですね。そうしていただけるとありがたいです」
「では…」
聞きながら、既に用意していた硬貨を手早く用意。出雲は特に相手を待たせる事も無くものを手渡した。
「はい、これで全部のはずですよ。一応たしかめておいてください」
「どうもありがとうございます…あ、あれっ?もしかして、宮内出雲さんですか?」
「ええそうですよ、藤崎朋美さん。演劇ではどうも」
「あ、ああっ、そうでしたよね!すみません気付かなくて」
ぺこりぺこり、と忙しなく頭を下げる。
ごんっ
「!!…痛ぁ…」
あまりに慌てすぎた動作が災いし、彼女は強かに頭を打ち付けてしまった。
思わず頭を抱えてうずくまるが、それと同時に、先ほど換金してもらった小銭がばらばらと地面に散ってゆく。
「あ、ああっ!」
「これは大変。すぐに拾いますね」
そそくさと出雲は場所移動。ただ、小銭拾いを開始する前に、朋美へ水でぬらしたハンカチを手渡すことを忘れない。
「一応これでぶつけた部分を冷やしておいてください」
「す、すみません…」
申し訳なさそうな顔をする彼女に笑顔で応えると、出雲はひょいひょいと小銭集めを開始。
数分もしないうちに回収は無事に終わり、すべては小銭入れに収まった。
「これで全部、ですね」
「はい、本当にありがとうございます」
ぺこりと丁寧過ぎるほどに頭を下げる朋美。
改めて話を始めようと、出雲は口を開いた。
「どうなさったんですか、宮内神社に。随分思いつめたようでありましたが」
「はっ?は、はい。あの、実は…いえ、なんでもあり…いや、その…」
しどろもどろになりながら言葉を紡ぎ出す彼女の挙動は、一体何をそう焦っているのか慌てているのか、
傍から見ていれば単純に出雲に対して慌てふためいているとも思えるが、
当の彼女を目の前にしている出雲にとってみれば、まったく理解のほどができないでいた。
「そう慌てずに落ち着いてください」
「あ、はい、すみません…」
「…で、先ほどの話ですが、少々失礼しました。無闇に女性の事情を詮索するべきではありませんでしたね」
「い、いえそんな…」
相変わらず朋美の行動に落ち着きのほどは見えない。
参拝の理由を尋ねられて慌てているのか、それとも一連における自分の行動に気恥ずかしさを感じているのか。
いずれにせよ、出雲としてはそんな彼女と無理に話をしようとするのは得策では無いと、早々に切り上げようとした。
「まあ、ともかくお参りを済ませてください」
「は、はあ…」
こくり、と一つお辞儀をして朋美は賽銭箱の前まで駈けていった。
先ほどとは違って手際よく小銭を放り込む。
ちゃりんちゃりん、と金属と木とがぶつかり合う小気味良い音が辺りに響いた。
「…あ、鈴が先だったっけ?」
慌てて柄を掴むと、がらんがらん、とそれを鳴らす。
最後に、ぱんぱん、と柏手を打った。
「………」
両の手を合わせて、無言の祈り。真剣なその姿は、遠目からでも出雲の目にはやけに美しく見えた。
乙女の祈りという曲が存在するが、なるほどああいう姿を言うのであろうか、と。
毎年正月にはたくさんの参拝客が訪れるこの神社ではあるが、
人が祈る姿など今まで意識していなかった彼にとっては、かなり新鮮な光景であった。
やがて、一分と無い儀式が終わりを告げる。
目を閉じていた朋美が、まぶたと顔を上げたかと思うと、出雲の所へ再びやってきた。
「どうされました?」
「あの、お守りを…」
「なるほど、買っていただけるのですか。これはこれは、ありがとうございます」
恭しく会釈をしながら、出雲は手元にあったお守りを一つ取り出した。
いかにもご利益がありそうな、格式ばった字体で“縁結び”と書かれている。
「あ…私まだ何のお守りか言ってなかったんですけど…えっと、分かっちゃいました?」
「え?…ああっ!そ、そうでしたね、これは失敬。
いや、いつもの調子でつい…ここは縁結びの神様が祀られてますからね」
「ああっ、しまわなくていいです。合ってますから」
「そうですか。では…」
はい、と出雲は最初に取り出したお守りを渡す。同時に朋美から代金も受け取った。
「熱心にお祈りされてましたね」
「ええ。でも…難しいかもしれませんけどね…」
少しうつむき加減に、寂しそうに告げる。
演劇以来、なかなかきっかけも得られずに今日まで来た自分の気持ちを一転させるため、
神社へお参りという手段に出たのだったが…現状を見つめると、どうも自信たっぷりには居られないのだ。
そんな彼女を見兼ねてか、または先ほどの祈りの姿に心を打たれてか…
せめて元気付けようと、出雲は口を開いた。
「大丈夫ですよ、きっとあなたの願いは届きます」
「え?」
「神主である私が保証して差し上げましょう。ここは…神社なのですから。
そう、純粋な乙女であるあなたの願いなら聞き届けてくれる神様のいる場所…」
「出雲さん…」
目の前にいる優しい微笑をたたえる神主に、朋美はほうっとなった。
今まであまり気にしてはいなかったけれど、この町内の女性から慕われる男性と自分は喋っているのだ。
なるほど、見た目の美しさだけではなく、優しさのほども魅力溢れんばかりのものである。
この神社にやってきて彼はずっと自分のことを大切にかまってくれた。
単に他の参拝客が居なかったという事もあるだろうが、あの対応も人気の秘密なのだろう。
“そりゃあファン倶楽部なんてあるよねえ…”と、朋美はしみじみ思っていた。
「あれーっ?朋美ちゃん?」
「えっ!?の、野村くん!?」
静かだった宮内神社に、突如熱い声が響き渡る。
鶴ヶ丘中学内で一,二を争うほどに熱い男、そして朋美の同級生でもある野村たかしがやってきたのだ。
出雲は彼に一度視線を投げた後、小声で朋美に囁いた。
「…野村君と待ち合わせしてたんですか?」
「そ、そんなことあるわけないじゃないですか」
「そうですか…という事は…」
なんとなく彼の来社理由が分かったような気がした出雲は、小さく咳払いをした。
「これはこれは野村君では無いですか。こちらへはどのような用件で?」
「ただのお参りだよ」
「…なんだ、そうだったんですか」
にべもなく言ったたかしであったが、出雲はそれに対して内心ホッと胸をなでおろす。
「なんだよその態度は…俺が来ちゃ悪いってのか?」
「いえいえ、そんな事はありませんよ」
“またお菓子やらをタカりにきたのかと思ったのでね…”と小声で呟く。
それがちらりと聞こえた朋美はくすりと笑った。
「本当は神様になんて頼りたくないんだけどな。溺れる者は藁をもつかむっていうから…
一応縁結びの神様を祀ってるここにお祈りしに来てみたんだよ」
「なんだか酷い言われようですが…野村君、あなた既に溺れて沈んだんじゃなかったんですか?」
「なんだとーっ!?俺はまだまだ諦めてねーぞ!!」
「諦めた方がいいと思いますけどね…。明らかにシャオさんはあなたを見て無いでしょう。
いつまでもそんなだと…」
がしっ
不意に出雲の袖を手が掴んだ。おかげでたかしへの言葉を中断せざるをえなくなった彼がみたのは、朋美の手。
彼女は、小さな顔でにこりと笑うと首をゆっくりと横に振った。
これ以上は出雲の役割ではない、自分の役割なのだと言わんばかりに。
「なんだよ、そんなだとどうしたってんだ?」
「…そうですね、自分で考えてくださいってところでしょうか」
「はあ?」
一体なんだ、とハテナマークいっぱいのたかし。
出雲は、ここで更に朋美が何か言うのかと思って彼女を見た。
しかし、朋美はただ首を横に振るだけだった。
この場は、無理に何も言う必要は無い、という彼女の判断なのであろう。
「じゃあ出雲さん、私はこれで失礼しますね」
「ええ」
軽く会釈をして、挨拶を告げると、出雲も軽くそれに応える。
そして朋美は、たかしの方へくるりと身体を向けた。
「野村君」
「何?」
「これからお買い物に行こうと思うんだけど、一緒に行かない?」
「朋美ちゃんと?」
「そ。美味しいたこ焼き屋さん見つけたんだけどな〜」
「…ふ、朋美ちゃん。俺がたこ焼きデモンストレーターの王者と知っての挑戦状か?
いいだろう、乗ってやるさ!」
「ふふ、ありがと」
“また妙な肩書きを…”と出雲が見守る中、たかしはお祈りをすることも忘れて朋美に付いていった。
だんだんと遠くなってゆく朋美の笑い声、そしてたかしの叫び声。
それもいずれ聞こえなくなり、やがてあたりに再び静けさが戻る。
しんとした空気の中、出雲は再び仕事に戻るのであった。

<微妙な密やかな縁結び〜>


後書き:すいません、この話没にします(爆)
って、既に公開しちゃって言うことじゃねえやな。
まあそれはそれとして…終わりが結局上手くまとまらなかったのはひじょーに力不足。
告白イベントが発生するのもなんか変だよなーとか思いながら、尻切れトンボ。
ああ、これは単純に朋美ちゃんを書いてみたかっただけの話なんだよなあ、
とまあそういう事です。
しかも書き出したのは去年だから始末が悪い…。

2004・7・3

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