翔子と紀柳のパラレルワールド日記(「ショーウインドウのエミリー」編)
「エミリーのデート日記」
今日は交さんとデート。うれしいな、るんるん。
「エミリー、そんなにスキップしなくても。もうちょっと普通に歩いてくれよ。」
「はーい。」
もう交さんたら、少しぐらいはしゃいじゃったっていいじゃない。
それにしても、昨日はあんな事言っちゃったけど、遊園地に行くのも良かったかな。
今度デートする時は、そこにしてみましょう。
「ここを曲がるんだっけ?」
「えーと・・・。ええ、そうよ。さあ、行きましょ。」
交さんと並んで歩く。今日の交さんは、いつもの作業服じゃなく、
めいっぱいおしゃれしてるの。とってもかっこいいのよ。
今朝、家を出る前に、
「公園へ行くんなら、ここに行ってみなさい。
そんなに遠くないし、並木道がとってもきれいよ。」
と真結美さんがおすすめの場所を教えてくれたの。
一晩中交さんと計画を立ててたのに、今更そんな事言わなくても・・・。
と思ったけど、せっかくだからそこに行ってみることにしたの。翔子さんは、
「なんにしても2人が楽しめるのが一番だしな。好きな様に歩いてみなよ。
足の向くまま、気の向くまま歩くとか。」
と、言ってくれたわ。
足の向くままなんて、なにか新鮮な感じ。ありがとう、翔子さん。
紀柳さんはまだ寝てたみたいだったわ。あいさつもなしに出て行くのも、と思ったんだけど・・・。
「エミリー、せっかくのデート日なんだから、無理に待つ必要なんてないわよ。
時間がもったいないから、もう出かけたほうがいいんじゃない。」
真結美さんがそう言ってきたので、仕方なく出かけることにしたの。
でもやっぱりあいさつぐらいは、と思って、
「紀柳さん、それじゃ行ってきます。」
と、交さんと2人で笑顔で手を振ったの。そしたら紀柳さんも手を振ってくれたわ。
良かった、これで安心して出かけられるわ。
「それじゃ、行ってきまーす。」
元気良く言って、家を出たの。
というわけで、今は真結美さんが言ってた、その公園を目指して歩いてるのよ。
「エミリー、あの公園じゃないかな。」
「うん、間違いないわね。」
早速その公園の並木道を探してみる。数分でそれは見つかったわ。
「うわー、きれーい。」
「真結美さんの言った通りだね。こんな綺麗なものが近くにあったなんて、気付かなかったなあ。」
2人して感動の声をあげる。誰が作ったのかは知らないけれど、木の1本1本の枝の形を考えて作られていたわ。
ついそこを歩きたくなるような、そんな感じ。しかも、途中で振り返って見て、また戻ってみたくなったり。
そしてまた引き返したくなったり。本当に不思議な並木道・・・。
「すごいね、エミリー。こんなの、一体誰が考え出したんだろ・・・。」
「ほんと。まるでこの並木道が意志を持っているみたい。
“もっと歩いて”って言ってるような。そんな気がするわ。」
2人一緒に木々に見とれて、何度も往復する。
本当に綺麗だったんだけど、少しおかしなことに気が付いたの。
「どうして皆、1回通っただけで他のところへ行っちゃうのかしら・・・。」
そう、何度も往復しているのは、私と交さんだけ。
他の人たちは、片道だけを通ってどこかへ行ってしまう。
中には、急ぎ足で通りすぎてしまう人もいた。
「この並木道の良さがわからないんだろう。少し可哀相な気がするな。」
交さんが顔を少し曇らせて言ったわ。それにあわせて私も言う。
「本当にそうね。こんなに綺麗なのに・・・。」
そして10回は往復したかしら。まだまだここにいたかったんだけど・・・。
「いつまでもここにいてもしょうがないし、他にも行ってみないか?」
「そうね、また帰りに来る事にしましょう。」
交さんは笑ってそれに賛成してくれたわ。そして並木道を離れる。
次に私達がたどり着いたのは、大きな池。
水はそんなに綺麗ってほどじゃなかったけど、水中を泳ぐお魚さんが見えたの。
その中にとっても大きなのがいて、思わず交さんに訊いてみたわ。
「交さん、あれ、なんていう魚なの?」
「え?うーん、私にはちょっとわからないなあ・・・。」
交さんは少し困ったような顔になったけど、つい次々訊いちゃった。
「じゃあ、あのちっちゃいのは?」
「あれは、うーん・・・。」
「それじゃ、あの細長いのは?」
「えーと・・・。」
そのうちに頭をかきむしり出しちゃったから、あわててとめたの。
せっかく素敵な髪型だったんだから。
「エミリー、そんなにいじめないでくれよ。私には分からないんだから。」
「ごめんなさーい。つい調子に乗っちゃって。」
2人で顔を合わせて笑っていると、バシャッと魚がはねたの。
驚いて交さんにしがみつく。
「びっくりしたあ。」
「はは、あんまり次々訊くから、魚が怒ったんだよ。それじゃ、行こうか。」
「え、ええ。」
ちょっと顔を赤らめながら、池のほとりを歩いてゆく。
池が終わると同時に、公園から出ちゃったわ。
「もうこの公園終わりなの?あんまり広くなかったのね。」
「そうだな。それじゃそろそろ、昨日決めた場所へ向かおう。」
そしてそこへ向かって歩き出す。実はそこは公園じゃなくて海。
かなり遠いんだけど、せっかく1日あるんだし、という事でそこにしたの。だけど・・・。
「なかなかつかないわね。ちょっと遠く過ぎたかな。」
「地図で見たのとはやっぱり違うな。疲れたんじゃないか、エミリー。」
「いいえ、大丈夫よ。頑張って歩きましょ。」
「そうか?つらくなったらいつでも言ってくれよ。私が背負うから。」
「ありがとう。」
やっぱり交さんはやさしいな。でも海を提案したのはあたしなんだから、弱音を吐くわけにはいかないわよね。
そして公園を出てから3時間は歩いたかしら。やっと目の前に砂浜が、そして青い海が広がったわ。
「やっと着いたわね。」
「ああ、お疲れ様。ちょっとそこらへんに座って休もう。」
「そうね、もうくったくた。」
それを聞いた交さんはあたしをひょいっと持ち上げて、
「それじゃあ休憩所まで運ぶよ。エミリーはもう休んでいてくれ。」
「ええっ、そんな。でも甘えちゃおっかな。」
結局交さんは私を背負ってくれて、休憩所に向かう。
そしてそこに2人並んで腰を下ろしたわ。
ザザ―ン・・・と、波の音が何度も聞こえてくる。海の方を見ると、水平線がくっきりと見えたわ。
「海ってすごいね。そう思わないかい?」
「ええ、とても広くて。・・・うまく言えないけど、
なんか大事な事を教えてくれる。そんな気がする・・・。」
しばらくの間、2人そろって、波の音に聞き惚れて、そして海の姿に見とれていたわ。
十分休憩になったところで、あたしは立ち上がったの。
「そろそろ帰りましょ。あんまり遅くなるといけないし。」
「そうか、来るのに3時間もかかったもんな。それにあの並木道も歩きたいし。よし、帰ろう。」
はるばると歩いてきたわりには、30分とそこにいなかった気がする。でもいいの。
交さんと一緒に座って、海を見たと言うことだけでも、ここに来たかいがあったというものよ。
帰り道、海についていろんな話を交さんとしたわ。これはそのうちの1つ。
「海って、どうしてあんなに広いのかしらね。」
「きっとたくさんの事を海は知っているからじゃないのかな。エミリーはどう思う。」
「前に真結美さんから、すべての生命は海から誕生した、っていうような話を聞かせてもらったの。
多分それだからと思うの。でも交さんの意見も、すごくいいな。」
「ありがとう。でもすべての生命か・・・。ううん、考えさせられるなあ・・・。」
「そうね。あたしには想像もできないな・・・。」
そこでなぜか2人とも考え込んじゃった。だって私達は海から生まれたわけじゃなかったし・・・。
それでも、真結美さんの言っていたのは、すごく説得力がある話だという気がしたわ。
あんなに広くて雄大な海を見たら・・・。
そして3時間後、最初の公園に戻ってきていた。
「ふう、疲れた。並木道を歩くのは、少し休んでからにしましょ。」
「ああ。それじゃあ、あの噴水の前のベンチに座ろう。」
初めに来た時は気付かなかったけど、中央に噴水がある広場が目に入ったわ。
交さんの提案どおり、ベンチに腰を下ろす。
正面に見える噴水が、一定の時間ごとに水の出方が変わるのが、とっても面白かったわ。
「ねえ、どうしてあんなに変わるのかしらね。」
「見ている人をあきさせないためなんだろうけど、あれはちょっとやり過ぎかもなあ・・・。」
1分もしないうちに変わるもんだから、それを見て落ち着けるなんて事はまるでなかったわ。
「海とは大違いね。」
「ははは、いい例えだな。海もそりゃ波は変わるだろうけど、あんなに大きく変わったりはしなかったもんな。」
しばらくそこに座っていると、知らない間にたくさんのはとが、足元に集まってきていたわ。
なにがそんなに気に入ったのかしら。
「はとさん、どうしてこんなに集まったの?」
もちろんはとから答えが返ってくるわけじゃなかったけど、ついなんとなく訊いてみたの。
それにつられて交さんも、
「私達のそばが気に入ったのかい。でも申し訳ないな。いつまでもここにいるわけじゃないんだ。」
なんて言ったの。そうか、並木道を歩くんだったわね。
「そろそろ行きましょう。もう十分休んだわ。」
「そうかい?それじゃ行こうか。」
2人そろって立ち上がると、はとさんが道をあけてくれたわ。少し感動しちゃって、
「ありがとう、はとさん。またね。」
「次はお話ができるといいね。」
交さんといっしょに手を振ってさよならする。そして並木道へ。
この時にはもう、夕焼けで空が真っ赤になっていたわ。
「もうこんな時間なのね。これじゃあんまり歩けないなあ。」
「仕方ないさ、海まで行ったんだから。それじゃ歩こう。」
交さんと手をつないで並木道を歩く。
なぜかしら、あんなに見たはずなのに、あんなに歩いたはずなのに・・・。
「なにか感じが違う。そう思わない?」
「ああ。本当に今朝、ここを歩いたのかなあ・・・。」
確かに飽きる事はなかったわ。もちろんずっと見とれていた。
でも、なにかが違う。そんな気がしたの。
「ひょっとして夕焼けのせいかな。あんなに赤々としてるもんなあ。」
「そうか、そうよね。夕焼けかあ・・・。」
交さんの言う事ももっともという気がしたわ。木々が真っ赤に染まっていたから。
・・・でも、それだけじゃないような。なにかしら、この違和感は・・・。
「朝とは違う感動を与えてくれる、そんな気がするよ。本当にここはいいところだね。」
「でも・・・。まさか、海に行った後だから?」
少し思いついたようにつぶやいてみる。すると交さんもそれに賛同したように、
「そうか、海か。きっとそれだよ。海を見た事で、感じ方が少し変わったんだ。」
と言ったわ。その言葉に、なんとなく納得したようにあたしも言った。
「そうね、多分そうよ。あんなにすごいものを見たんですものね。」
2人で顔を見合わせてうなずく。そして笑いがこみ上げてきたわ。
「うふふ、1日でこんなにすごい体験ができるなんて思わなかったな。」
「はは、ほんとうだね。良い経験になったよ。」
その後、並木道を抜けて帰ろうとしたけど、
「エミリー、もう一往復していかないかい。今日の事をさらに深く覚えるためにも。」
「ええそうね。今日の感動は、この並木道から始まったんだもんね。」
再び並木道に入り、たくさんの木々を見上げながら、その姿の一つ一つを、心に刻み込みながら歩く。
木々たちが、“またいつでもおいで”と言っているようだったわ。
必ずまた交さんとここに来る。そのときは真結美さん達とも一緒に来よう。
一往復歩き終えて、交さんとその並木道に向かって言う。
「「またね。」」
そして事務所へ帰り始めたの。
ほんとう、今日はとっても楽しかったわ。
真結美さんいい場所を教えてくれてありがとう。
交さん、またデートしようね。
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