『暖か(あたたか)』
灯里「アリア社長、今日はぽっかぽかですね」
アリア「ぷいにゅ」
灯里「暑くもなく寒くもなく、春の快い温度……これを何て言うか知ってますか?」
アリア「ぷい?」
灯里「暖か、って言うんですよ」
アリア「ぷい〜」
灯里「もちろん春に限らずですね、四季それぞれの温度の感覚を季語で言うと……」
アリア「ぷいぷい?」
灯里「春は『暖か』夏は『暑し』秋は『冷ややか』冬は『寒し』ってなるんですよ」
アリア「ぷいにゅ〜」
灯里「それにしても、秋は涼しいじゃなくて冷ややかなんですね……。冬が近づいてるからでしょうか?」
アリア「ぷいぷいっ、ぷいにゅ」
灯里「あっ、そうですね。うんうん、わかりました。さっすがアリア社長」
アリア「ぷいっ」
『淡雪(あわゆき)』
灯里「あっ、雪だよ藍華ちゃん」
藍華「ほんと。こんな季節に珍しい……ん? 随分雪の粒が大きくない?」
灯里「どれどれ……はひっ、手に取ったらすぐに溶けちゃった」
藍華「ふーむ、大きな雪片だけれども溶けやすい……これはもしや!」
灯里「分かった、これ淡雪だよ藍華ちゃん」
藍華「ちょっとー、言おうと思った事先に言うの禁止ー」
灯里「たしかたくさんの雪の結晶が付着しあって、大きな雪片となって降る雪、の事だよね」
藍華「ぬなっ……解説も先にやっちゃうの禁止!」
灯里「泡のように溶けやすい雪っていう事でもあって……だから淡雪(あわゆき)っていうんだね」
藍華「あんた人の話聞いて無いでしょ……」
灯里「『牡丹雪』も同じ意味で……まるで、儚い夢を必死に捧げにきてくれた白い天使みたいだね」
藍華「恥ずかしい台詞も禁止!!」
灯里「ええーっ」
『薄氷(うすらい)』
アリア「ぷいにゅ、ぷいにゅ」
灯里「あっ、アリア社長。そこを踏むと危ないですよ」
アリア「ぷい?」
灯里「それは薄氷です。冬が過ぎて、水面をかろうじて張った、薄〜い氷なんです」
アリア「ぷいぷい」
灯里「その氷の薄さで、春の訪れを知るんですよ」
アリア「ぷいにゅっ」
灯里「まるで、冬から春へと報せを渡す、水から生まれ出た大使さんですね」
アリア「ぷいっちゅ」
そぉ〜……
灯里「あっ、あっ、アリア社長……」
ぱりっ、ばしゃーん
アリア「ぷいにゅーっ!」
灯里「アリア社長ーっ!」
『麗か(うららか)』
灯里「ぽかぽかして、今日は気持ちいいですねー」
アリシア「うふふ、そうね」
灯里「麗かな春の日、ですねっ」
アリシア「それはどんな事?」
灯里「はひっ。よく晴れた春の日。陽光にが溢れて、照らされたものがみな輝いているんです」
アリシア「うんうん」
灯里「とっても美しく見える天候…それが麗かですねっ」
アリシア「うふふ、そのとおりよ」
アリア「ぷいにゅーい」
灯里「アリア社長もとっても美しいですっ」
アリア「ぷいぷい?」
灯里「そしてそして、アリシアさんもっ」
アリシア「あらあら。そういう灯里ちゃんこそ」
アリア「ぷいっ」
灯里「はひっ、ありがとうございますっ」
アリシア「うふふふ」
……
藍華「……(ど、どうしよう、話の輪に入り損ねたわ……)」
アリス「藍華先輩、陰でこそこそ……でっかいストーカーみたいです」
藍華「えーい、だまらっしゃいっ」
アリス「以前から危ない人と思っていましたがついに……」
藍華「どういう意味!? っていうか無駄口禁止!」
『うりずん』
アリス「藍華先輩、うりずんって知ってますか?」
藍華「何よ唐突ねぇ。うりずん……瓜の仲間とか?」
アリス「でっかい違うと思います」
藍華「後輩ちゃんもわからないんじゃない」
アリス「だから聞いているんです。うりずんって何ですか?」
藍華「だから知らないって……」
……ブォォォォ……ブォンブォン
ウッディー「おおおーい、藍華ちゃんにアリスちゃんー!」
アリス「あれは、ウッディーさん?」
藍華「あんな上空からよく見つけられるわねぇ。いや、空だからわかるのか」
アリス「でっかい丁度いいです。ウッディーさん、うりすんって何ですかー!?」
ウッディー「うりずん、かい?」
藍華「んなっ、なーにを聞いてるのよ!」
アリス「ウッディーとうりずん、でっかい似てませんか」
藍華「似てないっ!」
ウッディー「うりずんとは、地球は日本の沖縄地方の言葉で、初夏の事なのだー!」
ウッディー「夏作を始める頃で、特に麦の収穫期を差すのだ! 古くは“祝女の祭”が行われたそうなのだ!」
藍華「ぬなっ!?」
アリス「でっかい知ってました」
ウッディー「それじゃあ私は配達があるからこれで失礼するのだー!」
藍華「あっ、ありがとうー!」
アリス「ありがとうございますー!」
ブォォォォォォォ……
藍華「……なんか、空飛ぶ辞典、みたいな感じね」
アリス「でっかい当たりでした。やはり、うりずんとウッディーはでっかいそっくりです」
藍華「いや、だから似て無いって。それに関係ないでしょ……」
『朧月(おぼろづき)』
アル「藍華さん藍華さん、あれを見てください」
藍華「あれって……月のことを言ってるの?」
アル「はい。水蒸気に霞んで見える月、あれはまさに朧月です」
藍華「ふうん、なるほどねぇ」
アル「そして知っていましたか? 朧と霞は同じ現象なんですよ」
藍華「そうなんだ」
アル「日中は“霞”夜は“朧”と表すんですよ」
藍華「ふむふむ、なるほどねぇ」
アル「納得いただけて何よりです」
藍華「っていうかさ……」
アル「はい?」
藍華「どうしてこんな夜中に出歩いて、しかも姫屋のまん前に居るのよ?」
アル「仲間とはぐれてさ迷ってるうちに……はははは」
藍華「笑ってる場合じゃないでしょ? しかも転んだのか知らないけどそんな破れた服着て……」
アル「朧月だけに、身なりボロボロ、なんて」
藍華「……つまんない台詞禁止」
アル「ええーっ」
『貝寄風(かいよせ)』
藍華「アリシアさーん!」
アリシア「あらあら、藍華ちゃんいらっしゃい」
灯里「どうしたの藍華ちゃん、今日はたしか姫屋に用事があるとかって……」
藍華「アリシアさん! 突然ですが、貝寄風ってなんですか!?」
アリシア「貝寄風? あらあら、どうしたのかしら」
藍華「実は、晃さんに言われて困ってたんです。きちんと答えられるようになるまで帰ってくるなって」
アリシア「あらあら」
藍華「それで、ここは是非アリシアさんに教えていただきたいと思いまして!」
アリシア「うふふ、いいわよ」
藍華「ほんとですか!?」
アリシア「ええ。貝寄風っていうのはね……」
藍華「貝寄風っていうのは?」
アリシア「陰暦の二月二十二日前後に吹く冬の名残の季節風でね、貝を浜辺に吹き寄せる風、の意味よ」
藍華「なるほどっ!」
アリシア「昔、マンホームの日本にある四天王寺っていうところの精霊会ではね」
藍華「はい」
アリシア「この風で浜辺に打ち上げられた貝で造花を作って飾ったそうよ。……なんて、ちょっと難しかったかしら」
藍華「いえ、そんなぁ。アリシアさんの説明を聞いたらもうばっちりですよ!」
アリシア「うふふ、よかったわ」
藍華「あ、でも……」
アリシア「どうしたの?」
藍華「私が晃さんに説明しないといけないんですよね……」
アリシア「あらあら、そうね」
藍華「アリシアさん、よければ特訓してもらえませんか? 私が姫屋に堂々と帰れるまで!」
アリシア「あらあら……。うふふ、いいわよ」
藍華「ありがとうございますっ、アリシアさん!」
アリア「ぷい……」
灯里「あっ、アリア社長」
アリア「ぷいぷい?」
灯里「そうなんですよ、藍華ちゃんが突然……」
アリア「ぷいにゅ、ぷい、ぷい」
灯里「あ、やっぱり家出、ですかね?」
アリア「ぷいっ」
灯里「たははは……」
『陽炎(かげろう)』
藍華「あっ、見てみなさいよ灯里。陽炎よ」
灯里「あっ、ほんとだー」
藍華「陽炎とはずばり!」
灯里「ずばり?」
藍華「水蒸気が地面から立ち昇る時、暖かい空気によって光が屈折する現象であーる!」
灯里「うわー、すごいすごーい」
藍華「そんなわけで、あの向こうに顔を歪ませて歩いてるのはポニ夫、と」
灯里「ほへっ? あ、ほんとだ、顔が歪んでるー! わーい、暁さーん!」
藍華「ちょ、灯里、わざわざ呼ばなくても……あーあ、こっちに気付いちゃった」
暁「な? ……てめーもみ子! だーれが歪んだ性格かー!」
灯里「はわわわっ、歪んでるのは顔ですよー!」
暁「どっちでも悪いわー!」
藍華「ちなみにはかないことの形容でもあるのよね。穏やかな散歩もここまでかーっと」
暁「待てー! せめてそのもみ上げ引っ張ってやるー!」
灯里「うわーん、藍華ちゃん落ち着いてないで助けてー!」
『霞(かすみ)』
藍華「うーん……今日は遠くが見えないわねぇ」
灯里「物凄い霧だね」
アリス「これは霞です。水蒸気が空中に浮遊する時に起こる、遠方がよく見えなくなる状態ですね」
藍華「ああそうそう、そうね」
灯里「アリスちゃんさすが……って、霧とは違うの?」
アリス「秋は霧と表します。だから、灯里先輩の発言はでっかい違うというわけです」
藍華「細かいわね。でも、同じ現象でも季節によって呼び方が違うのは面白いわね」
灯里「そうだね。季節そのものが名付け親になって祝福してるんだね」
アリス「あ……」
藍華「恥ずかしい台詞禁止!」
灯里「えーっ」
アリス「霞と違って、こちらは展開がすぐに見えますね」
藍華「あによそれ」
灯里「どういう意味?」
アリス「別に、深い意味はないですから」
『風光る(かぜひかる)』
灯里「うーんっ、と。気持ちのいい風だねぇ」
藍華「たしかに。ぽかぽか日和で、太陽もいい具合に照ってるしね」
灯里「こうしてみると、吹いてる風もきらきらって風光る、だねっ」
藍華「ばっかねぇ、風が光るわけないでしょ」
灯里「違うよ藍華ちゃん。風光るっていうのはね……」
藍華「ん?」
灯里「春になって日差しが強さを増してくると、吹き渡る風さえも光って見えるというたとえの事だよ」
藍華「あ、う、し、知ってたわよ! それくらい!」
灯里「または、風そのものでもあるんだよ」
藍華「だから、知ってるって言ってるでしょ!」
アリス「でっかい動揺ですね、藍華先輩」
藍華「おわあっ! こ、後輩ちゃん、いたの?」
アリス「さっきから無言でお二人の会話を聞いていただけです」
灯里「あまりにも気持ちよくってうとうと居眠りしてたんだよね」
アリス「でっかい違います」
灯里「でも、さっき頭が舟をこいで……」
アリス「でっかい違います」
藍華「ムキになるところがますます怪しいわね」
アリス「ついぼーっとしてしまってて……そしたら、藍華先輩のでっかい動揺の声で我に返っただけです」
藍華「な……! だ、だから、動揺なんてしてないって言ってるでしょ!」
『堅雪(かたゆき)』
暁「おっれさっまは〜もっえる〜……お?」
ウッディー「おおあかつきん。ごきげんに歌なんか歌ってどうしたのだ?」
暁「どうもしない。俺様はいつもどおり、AQUAの平和をまもっているだけだ」
ウッディー「歌を歌っていると平和になっているのかい?」
暁「分からん奴だな。この燃えたぎるような俺の歌が、人の進行を妨げている雪も解かすという事だ」
ウッディー「よくわからないが、つまりはどういう事なのだ?」
暁「かーっ……。いいかウッディー、今眼前に雪が積もっている」
ウッディー「たしかにそうなのだ」
暁「これを俺様の熱い拳で打ち砕いてやる」
ウッディー「歌を歌っていたのに拳が出てくるのかい?」
暁「ごちゃごちゃ言うな。見てろよ、でやあーっ!」
ウッディー「あ、ま、待つのだあかつきん!」
がきょん
暁「うを! ぬ、ぬぬぬぬ!?」
ウッディー「だから待てと言ったのに……ああもう、手が真っ赤なのだ」
暁「う、うるさいっ、今のはほんのウォーミングアップだっ!」
ウッディー「よすのだあかつきん。これは堅雪なのだ」
暁「かたゆき? なんだそりゃ」
ウッディー「春の陽気でとけかかった雪が夜の冷気にさらされ、表面がざらめのように堅くなった様なのだ」
暁「つまり?」
ウッディー「いつもの柔らかい雪のように思って殴ると痛い目をみるのだ」
暁「……おおのれえええ、雪の分際で火炎之番人の俺様に逆らうとわあああ!」
ウッディー「うわあ、落ち着くのだあかつきーん!」
『蛙の目借時(かわずのめかりどき)』
灯里「ふわ……あ……ふぁ〜……」
アリア「ぶい……にゅ〜……」
アリシア「あらあら、灯里ちゃんもアリア社長も大きな欠伸ね」
灯里「あっ、アリシアさん」
アリア「ぷいぷい」
アリシア「とっても眠そうね」
灯里「はい……なんか……立ったまま寝ちゃいそうです」
アリア「ぷい……」
アリシア「うふふ、蛙の目借時ね」
灯里「かわずのめかりどき?」
アリア「ぷい?」
アリシア「春深く眠気を催すような気候のことを言うのよ。今日みたいな日は特にそうね」
灯里「そういえば……本当に眠りたくなるような気候ですよねぇ」
アリア「ぷい……」
アリシア「うふふ」
灯里「あ、それにしても、どうして“かわず”なんですか?」
アリア「ぷいっ」
アリシア「俗に、蛙が目を借りてしまうので眠くなると言われているからよ」
灯里「へえ〜……ふえっ!?」
アリア「ぷいぷい!?」
アリシア「あら?」
灯里「か、蛙さんに目を借りられちゃうんですか!?」
アリア「ぷいぷいっ!」
アリシア「え、ええ、まあ」
灯里「大変、たいへんですアリシアさん! うとうとしてる場合じゃないですっ!」
アリア「ぷいっ!」
アリシア「あらあら、すっかり目が覚めたみたいね」
灯里「……ほへ? そういえば」
アリア「ぷい」
アリシア「うふふ」
『寒明(かんあけ)』
ぐいっ
灯里「はひーっ!」
暁「よぉもみ子。寒い中、今日も立派なもみあげだな」
灯里「暁さん……いきなり背後から髪を引っ張るの禁止ですっ」
暁「背後に立たれるもみ子、お前が悪い」
灯里「そんな無茶苦茶な……」
暁「そんな事より、お前は寒くないのか」
灯里「はひっ? どうしてですか?」
暁「寒そうにしてないからだ」
灯里「寒くない事はないですよー」
暁「本当か?」
灯里「どうして疑われるんですか……」
暁「それはお前がもみ子だからだ」
灯里「はひ……。そうだ暁さん、今頃は寒明って言うんですよ」
暁「かんあけ? 難しい事を言って俺をだまそうという魂胆か」
灯里「違いますよ。えっとですね一月六日から二月四日の立春までの寒三十日が明けることです」
暁「ん? もみ子よ、今は三月だぞ」
灯里「はひっ。そうでした、アクアでは地球の倍の年月でしたね。えっと……じゃあ、一月十二日から三月八日ですかね?」
暁「単純に倍にすればいいのか?」
灯里「うーん、よく考えるとそういう事じゃないかも……と、とにかく、おおよその意味での立春です」
暁「なんだか苦しい説明をするやつだな。もみ子よ、そんな事では地球からの客人に理解してもらえないぞ」
灯里「すみません、勉強不足で……」
暁「やはり、そのもみあげはまだまだだという事だな」
灯里「どういう意味で……」
ぐいっ
灯里「はひーっ! だ、だから髪の毛を引っ張るの禁止ですーっ!」
暁「何を言う。こうやってもみ上げを鍛えてだな……」
灯里「そんな鍛えるなんてのも禁止です!」
『暮れの春(くれのはる)』
灯里「春もそろそろ終わりだねー」
アリス「はい。でっかい暮れの春です」
藍華「もうすぐあっつーい夏が……って、今なんつったの?」
アリス「はい」
藍華「その後」
アリス「でっかい」
藍華「その後! あんたわざとやってるでしょ」
アリス「でっかい気のせいです」
灯里「あははは……。えっと、暮れの春ってどういう事?」
アリス「はい。春の終わりの頃、暮春という意味と、春の夕暮れという二つの意味を持っています」
藍華「最初っからそう言えばいいのよ。ちなみに前者の同義として、“末の春”という言葉があるのよね」
灯里「ほへえええ」
アリス「……」
灯里「どうしたの? アリスちゃん」
アリス「藍華先輩、人の台詞とらないでください」
藍華「さっきからかわれたののお返しよ」
『黒北風(くろぎた)』
暁「うぅ〜、さぶさぶっ。春先になったと思ったらまだまだ寒いなぁ」
アル「サラマンダーである暁君がそういう事言うとは意外ですね」
暁「今日は非番だからよ。仕事してりゃあ寒さも紛れるんだが……それにしても今日は北風が強いなぁ」
アル「骨身に染みる寒さですね」
暁「……まぁ、な」
アル「ちなみにこういう北風を黒北風と言うんですよ」
暁「くろきた?」
アル「ええ。マンホームでの三月になってから冬型の気圧配置が一時的に強くなることがあってですね……」
暁「ああ」
アル「このとき吹き荒れる強い北風のことです」
暁「ほほお。で、なんで黒がつくんだ? アルの影響か?」
アル「おっ、上手いですね暁君」
暁「大した事言ってねえけど……そんな事よりなんで黒なんだ?」
アル「これは僕も負けてはいられませんね……黒、くろ、クロ……」
暁「いや、それはどうでもいいからさ、なんで黒いのか……」
アル「……ああ、それはですね、北風をくろって(食らって)クロッキー(グロッキー)という事ではないかと)」
暁「……もういい」
アル「ええっ? 今のはマンホームの高等……」
暁「いいっての!」
『黄砂(こうさ)』
暁「もみ子よ、一つ尋ねたい」
灯里「はひーっ! そう言いながら髪を引っ張るの禁止ですー!」
暁「黄砂というものについて知りたいんだが」
灯里「人の話聞いてませんね……」
暁「何をごちゃごちゃ言っている。さっさと教えろ」
灯里「はひぃ……。えっと、マンホームは日本で起こっていた現象なんですが……」
暁「ふむふむ」
灯里「三、四月に強い風で吹き上げられた中国大陸の砂が天空を覆い……」
暁「もみ子よ、つまりは何月だ?」
灯里「ああ、すいません。アクアですと6,7月くらいですかね」
暁「うむ。続けるがいい」
灯里「は、はひ。えっと、その砂で昼間でも薄暗くなる現象です。つちふる、とも言うんですよ」
暁「なるほど」
灯里「大丈夫ですか?」
暁「うむ、なかなかの説明だ。さすがもみ子だな」
灯里「い、いえ。それにしても、どうしてまた?」
暁「唐突にな、黄砂って知ってるかと兄貴に言われた。更に“いくら分からないからって灯里ちゃんに聞くなよ”だと」
灯里「暁さんのお兄さんに?」
暁「ふふん、堂々と聞きに来てやった。誰が兄貴の言いなりになってたまるか」
灯里「ほへ……(それって……既にお兄さんの掌の上なのでは)」
『氷解く(こおりとく)』
藍華「ん――っと、最近ようやく寒くなくなってきたわね〜」
アリス「はい。でっかい氷解く、です」
藍華「こおりとく?」
アリス「春の到来によって氷がとけ、寒さがゆるむことです」
藍華「ほうほう」
アリス「おもに川や池の氷をさし、同義の言葉である「凍解」……ああ、これは“いてどけ”と読むのですが、これは大地の氷を言います」
藍華「なるほどね。とにかく灯里の季節到来ってことだ」
灯里「ほへ? 藍華ちゃん、呼んだ?」
藍華「別に……って、あんたその両手に抱えてるのは何よ」
灯里「あっちの方でたくさん咲いてたんだよ。もうすっかり春だね〜」
アリス「春は近づいてますがまだ春爛漫と言うには……」
藍華「きっと灯里に毒されて花が季節を勘違いしちゃったのね……って恥ずかしい台詞禁止! 自分!」
灯里「ほらほら、藍華ちゃんもアリスちゃんも。一緒に春を満喫しに行こうよ」
アリス「いえ、あの、ゴンドラの練習は……」
藍華「ってか私達を自分の世界に引っ張り込もうとすなっ!」
『東風(こち)』
ぴゅーっ
灯里「うーん、この風は……」
アテナ「こんにちは、灯里ちゃん」
灯里「はひいっ、アテナさん。こんにちは!」
アテナ「指を立てて何してたの?」
灯里「はわわわ、見られちゃいましたか。えーっと、さっき風が吹いて、東風じゃないかなって」
アテナ「こち……って、春に東または北東から吹く風のことね」
灯里「ええ、そうです」
アテナ「たしか、春を到来させ、梅の花を咲かせるといわれる……それがどうかしたの?」
灯里「春を探しにお出かけしてみようかなって」
アテナ「そっか、そういえばアリスちゃんが言ってたわ」
灯里「ほへ? アリスちゃんが?」
アテナ「うん。灯里先輩は春を見つけるでっかい達人です、ってね」
灯里「あ、アリスちゃんたら……」
アテナ「なるほど、こうやって春を感じ取って探しに出かけてるのね」
灯里「は、はひ」
アテナ「それで、灯里ちゃんから見てもう春は到来したって考えていいのね?」
灯里「えーと。はひ、そうです」
アテナ「だったら私もお出かけしようかな。灯里ちゃんの後をつけて春探し」
灯里「後を……ですか?」
アテナ「ええ。でももう気付かれちゃったから、一旦別れてその後こっそり……」
灯里「アテナさん、後をつけなくても今ご一緒しましょうよ」
アテナ「……それもそうね。じゃあ連れて行ってもらえるかしら?」
灯里「はひ! 喜んで!」
『木の芽時(このめどき)』
灯里「すっかり春……木の芽時だねぇ、藍華ちゃん」
藍華「ほらほら、よそ見しない。……木の芽時って?」
灯里「様々な木に新芽が萌え立つ時期のことだよ」
藍華「へえ〜……って灯里ボーっとしてないで」
灯里「なかでも、柳の芽は初春を代表する、とくに美しいものとされているんだよ」
藍華「なるほどね。ってこら、前をちゃんと見なさい」
灯里「だって、こんなに美しい春だもん、心を奪われる魔法にかかっちゃうよ」
藍華「恥ずかしい台詞禁止! って、だから危ないからちゃんとゴンドラ漕いでよ!」
灯里「大丈夫だよ〜。見てないようで見てるから」
藍華「そんなに目をきょろきょろさせてるのに、見てるって言われても信用できないっ」
『冴え返る(さえかえる)』
暁「うう〜、さぶさぶっ。ついこの前春になったと思ったのになんだこの寒さは」
アル「冴え返る、ですね」
暁「何だって?」
アル「寒が明け、ようやく春めいた気候になってきた頃に、にわかに寒さがぶり返すことを言います」
暁「ほほう、アルはよく知ってんなぁ」
アル「いえいえ。ちなみに『寒の戻り」とも言います」
暁「……思ったんだが、そういう知識はどこから仕入れてくるんだ?」
アル「それはですねぇ……あっ、藍華さーん!」
暁「なにっ?」
藍華「アルくーん……って、なんでポニ夫が一緒なのよ!」
アル「たまたま一緒になりまして。折角だから待ち合わせ場所まで話を少々」
暁「つーかアル、待ち合わせなんてしてたのかよ!? 俺様に付き合って酒でも一杯おごってくれると思ったのに」
藍華「だーれがあんたなんかに奢るなんて無駄な行為をしなきゃいけないのよ」
暁「なにおう?」
藍華「さ、アル君。早くお店に行きましょ、急がないと混んじゃう」
アル「それでは暁君、また」
藍華「ほら早く! ポニ夫の近くにいると馬鹿がうつっちゃう!」
アル「ちょ、ちょっと藍華さん、そんなに引っ張らないで」
暁「おいこら! 馬鹿がうつるってなんだこらー!」
…………
暁「行ってしまった。あいつらが一緒だと賑わしかったのに居なくなると急に……」
ひゅうううう
暁「さぶさぶっ! 俺も早くどこかであったまらないとな……」
『佐保姫(さおひめ)』
アリス「お二人とも。佐保姫という言葉をご存知ですか?」
灯里「さおひめ?」
藍華「また唐突ねぇ。知らない、って言ったらどう説明してくれるのかしら?」
アリス「これは春を司る女神のことです」
灯里「春を司る……女神?」
藍華「ほうほう。それで?」
アリス「佐保山はマンホームは日本の奈良県、その東にあります」
灯里「うんうん」
藍華「それでそれで?」
アリス「方角を四季にたとえると、東は春に当たることからいうそうです」
灯里「ほへ〜そうなんだ」
藍華「なるほど……ってか結構地域限定よね」
アリス「まぁそうなんですが……すなわち……」
灯里「すなわち?」
藍華「すなわち何?」
アリス「これは灯里先輩の事です」
灯里「わ、私?」
藍華「ははーん、春の女神ってところね?」
アリス「はい。灯里先輩はでっかい春の女神だからです」
灯里「えっ、えっ、わ、私が女神だなんてそんな……」
藍華「いっつもほへほへして春みたいな奴だからでしょ」
アリス「まぁその、雰囲気と申しましょうか……だからです」
藍華「って、灯里を女神だなんて恥ずかしいたとえ禁止!」
灯里「ええーっ」
アリス「藍華先輩、春の女神にだめだしはでっかいダメですよ?」
藍華「女神にやったんじゃないっ。後輩ちゃんにやったのよ」
灯里「そんなぁ。私、女神失格?」
アリス「ああ、でっかい沈まないでください、春の女神」
藍華「恥ずかしい落ち込みも禁止! ってか女神禁止!」
『桜まじ(さくらまじ)』
灯里「はあああ〜」
アリス「どうしましたか、灯里先輩」
灯里「もうすぐ春だよね〜、アリスちゃん」
アリス「そうですね」
灯里「私達が出会ったのも、こんな春の時期だったよね〜」
アリス「若干季節はずれてますが……そうですね、桜まじが吹いてますね」
灯里「はあああ〜」
アリス「桜まじとは、マンホームは日本、宮崎県地方の方言で、桜の花が咲くころに吹く南寄りの風のことです」
灯里「はあああ〜」
アリス「『まじ』は南または南寄りの風を意味します」
灯里「はあああ〜」
アリス「……って、聞いてますか、灯里先輩」
灯里「はあああ〜」
アリス「ダメです。春に浸かって、灯里先輩の中も春真っ盛りですね」
灯里「はあああ〜……あれ、アリスちゃん、どうしたの?」
アリス「いえ……」
灯里「はあああ〜」
アリス「だから、それはもういいですから、練習に戻りましょう」
灯里「はあああ〜」
アリス「はあ……」
『残雪(ざんせつ)』
アリア「ぷいぷいぷいっ」
まぁ「まぁっ」
ヒメ「にゃ〜ん」
灯里「……」
藍華「どったの、灯里」
灯里「猫さん達はどんなことを話してるのかな〜って思って」
藍華「またそういう事を……」
アリス「けど、でっかい気になります」
灯里「だよね、だよね」
藍華「ねえ灯里、後輩ちゃん。残雪ってわかる?」
灯里「ざんせつ?」
アリス「ざんせつというと……」
藍華「春になっても消えずに残っている雪のことよ」
藍華「農事暦に利用されることもあり、去年の雪(こぞのゆき)陰雪(かげゆき)ともいうの」
灯里「ほへ〜」
アリス「……で、その残雪がどうかしたんですか?」
藍華「あの三人……もとい三匹は、その残雪を珍しがってるんじゃないかってね」
灯里「あっ、たしかに……」
アリス「建物のかげの雪を触っては跳ねたりしていますね」
藍華「そういう事。ほらほら、休憩はこのくらいにして練習再開よ!」
灯里「はひっ」
アリス「でっかいまとめられました」
『春暁(しゅんぎょう)』
アル「おっ、きたきた。暁くーん」
暁「……ふいー、眠い。なんだよアル、こんな時間に呼び出して」
アル「いやぁ、申し訳ない。ちょっと話したい事が……」
暁「どうしたよ?」
アル「ただいま、春暁です」
暁「しゅんぎょう?」
アル「春の暁です。夜半過ぎから夜明け近くの、まだ暗いころをさします。「曙」よりは時間的には早いですね」
暁「……」
アル「暁、という文字が使われてますから、暁くんに是非と思いまして」
暁「……」
アル「どうしました?」
暁「まさか、これだけが言いたいために俺を呼び出したのか?」
アル「ええ。罰ゲーム、でしたしね」
暁「……くそう、飲み比べなんてするんじゃなかった」
暁「まさかこんなくだらない事に……」
アル「くだらなくは無いですよ」
暁「はあ……」
アル「ところで……浮島からのロープウェーはまだ動いてる時間ではないですが……」
暁「どうして来たかったって? そりゃお前、泊めてもらったんだよ」
アル「泊めて?」
暁「ああ、ウッディーの家にな」
アル「なるほど。後でウッディー君にもお礼を言わなければ」
暁「いいよそういうのは」
アル「しかし宿泊ですか……」
暁「どうしたんだ?」
アル「いえ。てっきり、ARIAカンパニーに泊まっているものとばかり」
暁「ななな、なんで俺様がもみ子の所に泊まるんだよ!」
アル「いえ、灯里さんの家ではなくARIAカンパニーですが」
暁「同じことだ!」
『春潮(しゅんちょう)』
灯里「アリア社長、素敵な海ですね」
アリア「ぷいぷい」
灯里「春潮、です」
アリア「ぷい、ぷい?」
灯里「静かに満ち、また静かになる春の渚の形容です」
アリア「ぷいっ」
灯里「"春の海"よりも海の豊かさを感じますね〜」
アリア「ぷい〜」
灯里「と思ったんですが、やっぱり“春の海”も素敵ですよね〜」
アリア「ぷい〜」
灯里「ほわわ〜」
アリア「にゅにゅ〜」
藍華「ってそこ! 休憩時間はとっくに終わってるのよ! ぼーっとしてるの禁止!」
アリス「その休憩時間がとっくに終わってる今頃注意するのも、ぼーっとしているでっかい証拠です」
藍華「余計なちゃちゃも禁止よ禁止!」
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