灯里「あうぐーりお・ぼなーの!」
アリシア「あら? 灯里ちゃん、雪よ」
灯里「あっ、ほんとだ。うわぁ、今年の初雪ですね」
アリシア「うふふ、御降ね」
灯里「おさがり?」
アリシア「元日に降る雨や雪のことよ。三が日の間に降るものも言うらしいわ」
灯里「ほへーっ」
アリシア「元日に雨や雪が降ると……」
灯里「降ると?」
アリシア「その年は豊作になるって言われていてね、富正月の名称もあるの」
灯里「豊作……ということは!」
アリシア「ん?」
灯里「今年は素敵の豊作年ですーっ」
アリシア「あらあら」
……
灯里「っていう夢を見たんだよ、藍華ちゃん」
藍華「わざわざそんな夢の話をしないでよ」
灯里「だってぇ、とってもいい夢は誰かに話したくなるんだよ」
藍華「しかもアリシアさんと二人っきりでなんて……」
灯里「えへへへ。正夢になるといいなー」
藍華「くっ……そんな羨ましい夢を見てるのはこの頭かしら!?」
灯里「あいたたたた! 藍華ちゃん、頭ぐりぐりしないでー」
藍華「だまらっしゃい! しかも今は16月、夏真っ盛りだってのに……!」
『御神渡(おみわたり)』
藍華「はぁーっ……今日も寒いわねぇ」
アリス「それでも合同練習は欠かしてはいけません」
藍華「分かってるわよそんなこと」
灯里「でも……不思議だよね」
藍華「あにが」
灯里「こんなに寒いけど、ネオ・アドリア海や水路は全然凍らないんだよ」
藍華「凍ったら大変でしょうが。どんな寒さよそれ、想像したくもないわ」
灯里「それはそうなんだけどね……」
アリス「先輩方、こんな話を知っていますか」
藍華「話?」
灯里「なになになに?」
アリス「はい。マンホームの日本は諏訪湖というところで起きる、御神渡という現象の話です」
藍華「おみわたり?」
灯里「湖……あっ、もしかして凍るの?」
アリス「でっかいそのとおりです。しかも、ただ凍るだけじゃありません」
藍華「うーん、御神渡っていうくらいだから、湖の上を歩けたりするんじゃないの?」
灯里「えええーっ!? うわあ、すごいすごーい」
アリス「藍華先輩、正解です。先に出した諏訪湖の全面が凍結する大寒の頃」
アリス「夜間轟音を伴って表面に亀裂が生じ、その裂け目に沿って氷が盛り上がる現象……これが御神渡です」
藍華「うん? ただ渡れるだけじゃなくって、亀裂ができて氷が盛り上がる?」
灯里「うわあっ、すごいすごい、見てみたーい」
アリス「これは、上諏訪の男神が下諏訪の女神のもとへ渡る道だと言われているんです」
藍華「なるほど、それで御神渡ね」
灯里「きっと、二人の逢いたいっていう想いが湖の氷をも突き動かして、心の繋がる道を作ったんだね」
藍華「恥ずかしい台詞禁止!」
アリス「さ、練習を始めますよ。私達ウンディーネは、御神渡とはなれませんが……」
アリス「水上をお客様が安心して通るための、いわば橋渡しなんですから」
藍華「そんなことは言われなくてもわかってるけど……」
灯里「なんか今日はアリスちゃんきりっとしてるね」
藍華「きっと、自慢の知識をひけらかすことができてご機嫌なのよ」
灯里「ほへー」
アリス「二人とも、さっさと準備してくださいっ!」
『風花(かざはな)』
灯里「ふう、晴れていても寒いですねぇ」
アリア「ぷいにゅっ」
ちら……はら……
灯里「ほへっ? 雪……ですね」
アリア「ぷい」
灯里「こんなに晴れてるのに……」
アリア「ぷいぷい」
ウッディー「おおーい、灯里ちゃーん」
灯里「ああっ、ウッディーさん!」
アリア「ぷいぷいーっ」
ウッディー「いやぁ、すまんなのだ」
灯里「はひっ?」
アリア「ぷいぷい?」
ウッディー「さっき、雪……というか白い紙切れが降っていただろう」
灯里「ああ、あれって紙切れだったんですね。てっきり風花かと」
アリア「ぷい……ぷい?」
ウッディー「かざはな?」
灯里「はひ。晴天の時に降る雪の事で、雪が新たに降る時と、既に積もった雪が風で吹き上げられた場合に降るものです」
アリア「ぷいー」
ウッディー「へえ、よく知っているのだ」
灯里「いえいえそんな。あ、でもこれは山麓地方に多い現象なんです。だから……」
アリア「ぷいっ」
ウッディー「なるほど。海に面したこのネオ・ヴェネツィアに起こるとしたら、珍しい現象なのだ」
灯里「はひ、それで首をかしげてたんですけど、謎が解けました」
アリア「ぷいぷい」
ウッディー「それはよかったのだ。灯里ちゃんの疑問も即解決できたわけなのだ」
灯里「ところでウッディーさん、どうして紙切れを運んでたんですか?」
アリア「ぷい?」
ウッディー「それがだね、人工の雪が用意できないから紙吹雪で間に合わせるっていう依頼があってね」
灯里「ほへ……何かのイベントですか?」
アリア「にゅっ?」
ウッディー「どうやら気分だけでも雪景色を楽しみたいとかで……おっとこうしてはいられないのだ。では!」
灯里「は、はひっ、気をつけてください!」
アリア「ぷいにゅっ」
灯里「……アリア社長」
アリア「ぷい?」
灯里「紙吹雪で雪景色が間に合うものなんでしょうか……」
アリア「ぷい……」
『鎌鼬(かまいたち)』
アテナ「アリスちゃん、その手の傷……どうしたの?」
アリス「え? ああっ、指の腹がでっかい裂けてます。どこで切ったんでしょうか……」
アテナ「大丈夫? 血とか出て……無いね?」
アリス「はい。見事に切り傷だけです。気付かなかっただけに痛みもありません」
アテナ「もしかして……鎌鼬かな。ほら、今はそんな季節だし」
アリス「かまいたち……疾風が起こった時、風の中に真空が生じて接触するものを傷つける現象ですね」
アテナ「うん、そうだよ」
アリス「突如切り傷ができるため、昔はイタチのしわざと考えられていたんですよね」
アテナ「そう。よく知ってるね」
アリス「それくらい当然です」
アテナ「ちなみに、鎌鼬は常に三匹一緒なの。これは知ってた?」
アリス「それはでっかい初耳です。どうしてですか?」
アテナ「一匹目が対象を転ばせ、二匹目が切り裂き、三匹目が痛み止めと血止めの薬を塗ってくの」
アリス「なるほど。そんな連携作業が行われていたんですね」
アテナ「そう。だから、気付かないうちに切り傷が出来て……」
アリス「アテナ先輩」
アテナ「何?」
アリス「私は転んだおぼえはありませんが」
アテナ「えーっとね、転ばせるってのはたとえばの話で。要は気をそらせる役割なんじゃないかな」
アリス「そうですか……でっかい不覚です。今度出会ったら切られる前に止めてみせます」
アテナ「それは無理じゃないかな」
アリス「……何本気で反応してるんですか? でっかい冗談に決まってます」
アテナ「でも、アリスちゃんの目が凄く真剣だったから」
アリス「でっかい気のせいです」
アテナ「そうかなぁ……」
『神渡(かみわたし)』
ウッディー「やっほーい、アリスちゃぁぁん」
アリス「あっ、あれはウッディーさん」
……ブォォォォ……ブォンブォン
ウッディー「こんなところでどうしたのだ」
アリス「お散歩の途中です。意外な人物に出会ってしまいました。ね、まぁくん」
まぁ「まぁ」
ウッディー「そんなに意外かい? 配達で街中を廻っているからいつ出会っても不思議ではないのだ」
アリス「ともあれ、でっかい偶然です」
ウッディー「ふうむ。ならば偶然ついでに一つ言葉を教えてあげるのだ」
アリス「言葉、ですか?」
まぁ「まぁ?」
ウッディー「そうなのだ。神渡、という言葉を知っているかい?」
アリス「かみわたし?」
まぁ「まぁ?」
ウッディー「うむ。神無月に吹く西風の事なのだ」
アリス「かんなづき……」
ウッディー「この月は地球は日本で諸国の神が、これまた日本の出雲大社に集まるので、それを送る風だと言われているのだ」
アリス「なるほど。しかし、その言葉がどうかしたんですか?」
まぁ「まぁ!」
ウッディー「意外な人物に出会ったから、意外な言葉をと思ったのだが……」
アリス「なるほどっ、でっかい意外でした」
まぁ「まぁ!」
ウッディー「よかったのだ、納得してもらえて」
アリス「ありがとうございます。本当に意外でした」
まぁ「まぁ……」
ウッディー「って、その物言いは何かが引っかかるのだ……」
『空っ風(からっかぜ)』
藍華「ぶわっ!! ……ううー、なんて強い風なの~。帽子が飛んじゃうー!」
アリス「藍華先輩。こういう風をなんと言うか知っていますか」
藍華「今それどこじゃ……って、なぁに自分はのんびりと建物の陰に避難してんのよ!」
アリス「空っ風といい、冬の晴天続きの時に吹き荒ぶ強い北風の事を言います」
藍華「あたしも入れなさいよっ! この辺りはぜんっぜん建物無いんだから!」
アリス「平野部が山岳地帯に接する地域に多いそうです」
藍華「話は分かったから、は・や・く、場所をあけなさいっての!」
アリス「お断りします」
藍華「ぬなっ!?」
アリス「ここは一人用です。藍華先輩用の場所はほら、あちらの方に」
藍華「どこよ? ……ってぇ、あんな遠くまで言ってたらそれこそ飛ばされるってーの!」
アリス「よかったですね。空を泳いで是非ムッくんを探してください」
藍華「くだらない冗談言ってないでさっさと譲りなさいよ!」
…………
藍華「……という事があったわけよ。もうほんっと大変だったわー、あの時は」
灯里「あの、藍華ちゃん。それってどこの話? 近所にそんな場所あったっけ……」
藍華「はあ!? もう、ちゃんと聞いてなさいよ。いーい? 私達が行った場所は……」
灯里「はううう(というか、それって夢って最初に言ってなかったっけかなぁ……)」
『枯野(かれの)』
アリス「寒いですね……」
藍華「そうね」
灯里「はう~……ついつい震えちゃうね」
アリス「今の季節……きっとグランマの畑も枯野になってしまっているんでしょうか」
灯里「なんでここでグランマが出てくるの?」
藍華「しかも枯野って……」
アリス「枯野とは、虫の声が途絶え、草も枯れ、霜の降った荒涼たる冬の野をいいます」
灯里「ほへ……」
藍華「いや、そういう事を聞いてるんじゃなくってね」
アリス「これと同義の“冬野”は、荒涼とした野原とその周囲の情景も含んだ表現ですね」
灯里「ほへ……」
藍華「だーかーらー、なんでグランマの名前が出てきて枯野だってーの?」
アリス「いけませんか」
藍華「いけないなんて言ってないでしょ! なんで出てきたのかって聞いてるの!」
灯里「はわわわわわ、藍華ちゃん、落ち着いて」
アリス「なんでと言われましても、なんとなくです。いけませんか」
藍華「だから、いけないなんて言ってなーい!!」
灯里「はひぃーっ! 藍華ちゃん落ち着いてーっ!」
『寒昴(かんすばる)』
アル「おや……晃さんではありませんか、こんばんは」
晃「おっアル君か、こんばんは。……藍華と待ち合わせでも?」
アル「あはは、そうですね。少し散歩をするんですよ」
晃「星空観測でもするのかな」
アル「ええ。特に今の季節は寒昴が見頃ですからね」
晃「寒昴か……。たしか、牡牛座にある銀河星団プレアデスの和名、だったかな」
アル「ええそうです。古くから王者の象徴、農耕の星として親しまれていますね」
晃「マンホームは日本の古典である『枕草子』にも登場するんだったな」
アル「よくご存知ですね」
晃「なあに、これくらいはな。しっかし藍華のやつ、妙に落ち着きがないと思ったら……」
アル「ああいえ、ほんの少しですから」
晃「すわっ!」
アル「うわっ」
晃「ほんの少しとはいえ、若い男女が密会をするわけだからな。やはり気になるわけだ」
アル「密会って……」
『元朝(がんちょう)』
アリス「さて、元朝です、まぁくん」
まぁ「まぁ」
アリス「がんちょうと読みます」
まぁ「まぁ」
アリス「年の初めの一日目。つまり元日の朝の事です」
まぁ「まぁ」
アリス「“元旦”という事が多く、また、朝だけでなく元日一日のことや、新年の意味で使われることもあります」
まぁ「まぁ」
アリス「“大旦”“鶏旦”などとも言ったりするんですよ」
まぁ「まぁ」
アリス「つまりは、でっかい新しい年の始まりです」
まぁ「まぁ」
アリス「まぁくん、改めて今年もよろしくお願いしますね」
まぁ「まぁ」
アリス「さて、ついさっきまで年越しで夜通し騒いでいたのでとっても眠いです」
まぁ「まぁ……」
アリス「そろそろ眠るとしましょう」
まぁ「まぁ……」
アリス「お休みなさい、まぁくん」
まぁ「まぁ……」
アリス「アテナ先輩も、お休みなさい」
アテナ「……う~ん……むにゃむにゃ……
アリス「既に夢の中でしたね」
まぁ「……」
アリス「まぁくんも、ですか。ではよい初夢を……」
『寒の内(かんのうち)』
藍華「灯里、今日は私が寒の内について教えてあげるわ」
灯里「かんのうち?」
藍華「そうよ。小寒、大寒の総称で、寒の入から寒明までの約30日間を言うのよ」
灯里「ほへー……」
藍華「どうよ、勉強になったでしょ」
灯里「うーん、藍華ちゃん」
藍華「あによ」
灯里「寒の入から寒明までって、具体的にいつからいつまでなの?」
藍華「へ? えっと、寒の入ってのが、たしか……」
灯里「地球暦で一月五日ごろだね。ちなみに寒明は立春の前日、二月三日ごろだよ」
藍華「ぬなっ……」
灯里「まぁ、寒明けはおおよその意味で立春、という事でいいと思うけどね」
藍華「……あ~か~り~」
灯里「はひっ! ……な、なに?」
藍華「なにじゃないわよ! あんた、知っていながら私から初めて聞く風に振舞っていたわね!」
灯里「そ、そんなことないよー。寒明は知っていたけどー」
藍華「ほらぁ! そう言いながら質問なんてしてきて、ゆ~る~せ~ん~!」
灯里「はひーっ! 髪の毛引っ張らないでー!」
『寒の水(かんのみず)』
アリシア「灯里ちゃん、寒の水って知ってるかしら?」
晃「アリシア、私は晃だ。灯里ちゃんではないぞ?」
アリシア「あらあら、うふふ」
晃「……お前、酔ってるのか? なんだか酒くさいが」
アリシア「寒の水っていうのはね、寒中の水の事で、薬になるというの」
晃「やっぱり酔ってるな」
アリシア「だからね、餅をついたり、酒を作るのに用いられるのよ。うふふ」
晃「それか、原因は……どれだけ飲んだんだ?」
アリシア「とくに寒中九日目の水は「寒九の水」といってね、薬効があると伝えられるのよ」
晃「すわーっ! いいかげん正気に戻れー!」
アリシア「うふふふふ」
晃「……ダメだこりゃ。ってかあのアリシアがここまで酔ってるのも珍しいが……どうしたんだ?」
アリシア「うふふふふふふふふふ」
『寒波(かんぱ)』
晃「よぉ、アテナ。……なんだその格好?」
アテナ「こんにちは晃ちゃん。これは冬服」
晃「冬服って……まだ夏は終わってないぞ?」
アテナ「今日は寒波が激しいからもうおろしちゃった」
晃「たしかに今日は肌寒いくらいに涼しいが……ってアテナ。寒波の使い方間違ってるぞ?」
アテナ「えぇ?」
晃「いいか、寒波ってのは寒冷な空気が移動してきて、気温が急に低下する現象だ」
アテナ「うんうん」
晃「一日で気温が五度から十度も下がることがあり、そのさまを「寒波の襲来」と表すんだ」
アテナ「うん。だから、昨日に比べて五度も十度も下がってるでしょ?」
晃「いやそうじゃない。その年はじめての寒波を「冬一番」とよぶこともある。つまり……」
アテナ「つまり?」
晃「夏に使う言葉じゃあない。これは冬に使うんだ」
アテナ「ええーっ。じゃあ、私が冬服着てるのは?」
晃「それは個人の自由であって、寒波と関係してるわけじゃないだろう」
アテナ「そんなぁ」
晃「だいたい、アテナの服で季節が変わってみろ。アクアが大変な事になるぞ」
アテナ「はっ……それもそうね。火炎之番人さん要らずになっちゃう」
晃「そうそう……いや、そういう問題でも無いが……」
『北風(きた)』
藍華「きたっ!」
灯里「はひいっ! ……藍華ちゃん、いきなりどうしたの?」
藍華「北風よ、北風」
灯里「きた……?」
藍華「北風のことよ。地球の冬で、アジア大陸に高気圧が発達し、太平洋に低気圧が生じるから」
灯里「う、うん」
藍華「日本には北寄りの季節風が強く吹くのよ。「朔風」ともいうわね」
灯里「えーと、それが言いたかったの?」
藍華「だあって、寒いんだもの! こうやって気を紛らわせないとやってられないわ!」
灯里「ほへ……」
アリス「でっかい強引な紛らわせ方ですね」
灯里「あれっ、アリスちゃん」
藍華「いつの間に……」
アリス「学校がさっき終わった帰りなだけです。ところで藍華先輩」
藍華「あによ」
アリス「最初の、“きたっ!”っていうのは、もしかして晃先輩の口癖の真似だったりしますか?」
藍華「ぎくっ」
灯里「え、藍華ちゃんそうなの?」
藍華「ち、違うわよ、断じて違うから! 変な勘繰り禁止!」
アリス「勘繰りじゃなくてふと尋ねてみただけなんですが……でっかい当たりだったようですね」
灯里「うわー、アリスちゃんするどーい」
藍華「ぐわー、やめやめ!」
『狐火(きつねび)』
アリス「灯里先輩。たまには怖い話でもどうですか」
灯里「うわっ! っと……アリスちゃん、こんな夜にどうしたの?」
アリス「灯里先輩こそ、一人でお散歩ですか? アリア社長は一緒じゃないんですか?」
灯里「アリア社長は先に眠っちゃった。私はなんだか寝付けなかったから」
アリス「なるほど。では改めて、怖い話はどうですか?」
灯里「わざわざそれをするためにアリスちゃんも外に出てきたの?」
アリス「丁度いい時間帯なので雰囲気が出るかと思いまして。灯里先輩に出会ったのはでっかい偶然です」
灯里「あはは……。うーん、断ってもアリスちゃんはやる気だよね」
アリス「でっかい分かってますね。では始めます。狐火というものをご存知ですか?」
灯里「きつねび?」
アリス「はい。『冬の暗夜、山野や墓地の中空にゆらめいて見える青白い怪火の事です』」
灯里「墓地の中ってところがとっても怖いね」
アリス「ええ。『昔は狐が吐く火だと信じられたため、この名がつけられたそうです』」
灯里「ああでもね、『実際はリンなどが燃える自然現象なんだよね』」
アリス「はい……え?」
灯里「『“鬼火”とか“狐の提灯”とも呼ばれるんだよ』」
アリス「……灯里先輩、知ってて聞いてましたね?」
灯里「ごめんね。楽しそうなアリスちゃんの顔を見てるとつい言いそびれちゃって」
アリス「もう……。あっ、灯里先輩。あれって狐火じゃないですか?」
灯里「どれどれ?」
アリス「あっちの方です。水路の向こう側に……」
灯里「……うーん、何も見えないけど」
…………
灯里「はれっ? アリスちゃん? 今さっき隣に……あ、いたいた」
アリス「あっ、灯里先輩」
灯里「もう、アリスちゃん。脅かそうとして離れたってダメだよ、騙されないからね」
アリス「はい? というか灯里先輩、お一人でお散歩ですか?」
灯里「ふえ?」
アリス「月の光が妖精さんの羽のようでついついふらふら誘われちゃったとか、ですか? なんて」
灯里「あ、あの、アリスちゃん。何を言ってるの? さっき二人で話をしてたよね?」
アリス「はい? 灯里先輩とは今会ったばかりですけど」
灯里「今、って……えっと、狐火の話をしてたよね?」
アリス「きつねび……って、何ですか?」
灯里「え……知ら、ない?」
アリス「はい。何かの行事ですか? 送り火、みたいな」
灯里「は……」
アリス「は?」
灯里「はひぃーっ!!」
アリス「あ、灯里先輩ーっ!?」
『厳寒(げんかん)』
アリシア「あら、アテナちゃん」
アテナ「アリシアちゃん。ゴンドラ協会へ行く途中?」
アリシア「うん。アテナちゃんはお客さん?」
アテナ「ううん、ちょっとお買い物なんだけど……」
アリシア「だけど?」
アテナ「……寒くてたまらないの」
アリシア「あらあら」
アテナ「厳寒っていうのよね」
アリシア「ええ。冬の厳しい寒さで、特に寒の入から大寒を経て……」
アテナ「二月……アクア暦だと4月になるのかな。その頃までの寒さを表しているのよね」
アリシア「そうそう。あまりにも寒いから、アリア社長はほとんどコタツに入りっぱなしなの」
アテナ「うちのまぁ社長はあちこち歩き回ってるみたい。元気なのよね」
アリシア「外に出たり?」
アテナ「そこまでは……けど、暖房の効いてない場所でも平気みたいね」
アリシア「あらあら。運動したい年頃なのかしら」
アテナ「よくものを食べてるからアリスちゃんに言われたみたい。私も……あっ」
アリシア「どうしたの?」
アテナ「買い物、アリスちゃんに頼まれていたものなの。早く行ってこなくっちゃ」
アリシア「あらあら。それじゃあまたね」
アテナ「ええ、またね」
『凩(こがらし)』
晃「おやぁ? そこをいくのはアリスちゃんじゃないか」
アリス「あ、晃先輩。でっかいこんにちは」
晃「でっかいこんにちは、って……。ところで、随分と寒そうな格好だな」
アリス「はい。凩が身体に堪えて……」
晃「まったく、寒がりな所がアテナとそっくりだな」
アリス「そういう晃先輩は寒くないんですか?」
晃「凩とはマンホームでの十一月前後に吹く強くつめたい風」
アリス「はい?」
晃「木の葉を落としたり枯らせてしまうものという意味で、『木枯』とも書くんだ」
アリス「あ、あの……」
晃「と、ふとひたってたりすると、寒さなんて忘れてしまうさ」
アリス「それはでっかい悟りの境地です」
晃「果たしてそうかな?」
アリス「む、ぐ、うーん……」
晃「はははっ。まぁ、風邪だけはひかないようにな」
アリス「はい、晃先輩もお気をつけて……ありがとうございました」
晃「ん? ああ、またな」
アリス「はいっ」
『小正月(こしょうがつ)』
アテナ「あっ」
アル「これはこれは、アテナさんこんにちは」
アテナ「こんにちは」
アル「奇遇ですね、こんなところで」
アテナ「……あの、ですね」
アル「はい」
アテナ「小正月というのは……」
アル「はい?」
アテナ「元旦を『大正月』というのに対する言葉で、一月十五日の望粥の日、もしくは十四日から十六日の事を言うんです」
アル「ええ」
アテナ「ただし、日にちの解釈は地方によって若干異なっています」
アル「ふむふむ」
アテナ「『女正月』『望正月』などとも呼ばれるんですよ」
アル「はあ、よくわかりました」
アテナ「ふう……」
アル「ですが、あの、一体どうされたんですか?」
アテナ「え?」
アル「会うなり解説が始まって少し驚いたのですが」
アテナ「アリスちゃんに、『小正月くらいきっちり解説してください。次会うまでのでっかい宿題です』って怒られて」
アル「は、はあ」
アテナ「覚えたのはいいんだけど、歩いているうちに忘れちゃいそうで、会う知り合いに都度解説してるの」
アル「な、なるほど」
アテナ「ああ~、でももう忘れちゃいそう……もう一度いいですか?」
アル「え、ええ」
アテナ「小正月というのは……」
アル「(この調子だと僕が一緒に付き添った方がよい気がしますね……)」
『小春日和(こはるびより)』
アリア「にゅ、にゅ」
灯里「うーん……しょっ、と」
アリア「にゅにゅにゅっ、にゅっ」
灯里「アリア社長、今日は暖かいですね」
アリア「ぷいにゅっ」
灯里「これはまさしく小春日和。厳しい寒さ中にある、ほっとした安らぎですっ」
アリア「ぷいにゅ?」
灯里「あ、こはるびより、というのはですね」
アリア「ぷいぷい」
灯里「初頭のころの、春が来たようなぽかぽかと温暖な日和のことです」
アリア「ぷいー」
灯里「ちなみに『小春』は陰暦十月の異称でもあるんですよ」
アリア「ぷいぷいにゅ」
灯里「あ、マンホーム暦の、ですね」
アリア「ぷい」
灯里「えへへ」
アリア「ぷいぷい~」
『寒し(さむし)』
アリス「うー、寒い、寒いです。こんな寒い時に散歩は控えるべきでした、でっかい失敗です」
ぽぷよんぽぷよん
アリア「ぷい」
アリス「おや、アリア社長ではありませんか。こんな所で会うとは」
アリア「ぷいぷい」
アリス「この寒い時に散歩して平気なんですか?」
アリア「ぷい? ぷい、ぷい」
アリス「そうですね、マフラーがありました。え? 散歩ではないんですか?」
アリア「ぷい……ぷい、ぷい」
アリス「なるほど、ご飯の買い置きが乏しいから自分で買いに出かけている、と」
アリア「ぷいっ」
アリス「でっかい、寒し、です」
アリア「ぷい?」
アリス「寒しっていうのは、気温が低いこと以外にも、荒涼とした様子や厳しいことにもいいます」
アリア「ぷい」
アリス「そして、時には貧しさや卑しさを表すのです」
アリア「ぷいっ!」
アリス「今のアリア社長を見てふと思ったわけです」
アリア「ぷい~」
アリス「ちなみにですね、朝寒・夜寒は秋の季語で、余寒春寒などは春の季語です」
アリア「ぷ、ぷい?」
アリス「うう~やっぱりでっかい寒いです。今日の散歩はもう中止にします」
アリア「ぷいぷい~」
アリス「アリア社長はお買い物の最中だったのでは? でっかい頑張ってください」
アリア「ぷ、ぷい……」
アリス「いえ、そんな不安がらなくても。元々私と一緒に買い物に行くわけではなかったわけですし」
アリア「ぷい、にゅ~」
『冴ゆる(さゆる)』
灯里「綺麗な月夜ですねぇ、アリア社長」
アリア「ぷいにゅっ」
灯里「月冴ゆる、星冴ゆる……うん、実に空が澄み切っています」
アリア「ぷい?」
灯里「冴ゆるっていうのは、冷たく凍りつくと共に、澄み切って鮮やかな感じを含む表現ですね」
アリア「ぷいぷい」
灯里「だから今夜はこんなに寒いのも納得できます」
アリア「ぷぷぷぷぷい……」
灯里「はわわわ、藍華ちゃん遅いなぁ……なんで外で待ち合わせなんだろう」
アリア「ぷぷぷぷい……」
アリシア「あらっ、灯里ちゃんにアリア社長?」
アリア「ぷいっ」
灯里「はひっ、アリシアさん。こんばんわ~」
アリシア「ええ、こんばんは。こんな寒い中どうしたの二人とも」
灯里「藍華ちゃんと待ち合わせしてるんです。今日の夜凄い流星群があるんでそれを見るって」
アリア「ぷいぷいぷい」
アリシア「あらあら、そうなの? でも……」
灯里「でも?」」
アリシア「たしかその流星群、予報じゃあ明日じゃなかったっけ?」
灯里「ええっ!?」
アリア「ぷいぷいっ!?」
灯里「はわわ、もしかして一日間違え……ふえっくしょん!」
アリア「ぷいっくしょん!」
アリシア「あらあら、大変。二人とも早く、暖かい飲み物ご馳走するから」
灯里「はわわわ、すみませんっくしゅん!」」
アリア「ぷえっくしゅん!」
アリシア「あらあら」
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