『青嵐(あおあらし)』
びゅごおおおお
藍華「うおっ! と……」
灯里「今、すっごく強い風吹いたよね」
藍華「ほんと。危うくバランス崩すところだったわ」
灯里「今は藍華ちゃんが漕いでるからもろに影響を受けちゃうもんね。大丈夫?」
藍華「平気平気。このくらいどうってことないって」
アリス「今は青葉の季節……さっきの風を何て言うかご存知ですか?」
藍華「当然。青葉の季節に吹き渡る爽快でやや強い南風……ずばり、青嵐(あおあらし)でしょ!」
アリス「でっかい正解です。ちなみに、音読して“せいらん”と読むこともあります」
藍華「ふふん、私たちにとっては常識よね」
灯里「ほへ〜……」
アリス「灯里先輩、今初めて知ったって顔してませんか?」
藍華「なぬっ!? ちょっと灯里、ちゃんと勉強しなさいよ?」
灯里「うーん……けど、でっかい春一番ってのを思い出してね……」
アリス「でっかい青嵐ですね。これで満足ですか」
灯里「ほへ……」
藍華「いや、灯里はそれを聞きたかったわけじゃないと思うんだけど……」
『青田(あおた)』
藍華「ねえねえ後輩ちゃん。青田、って知ってる?」
アリス「苗の緑が青々と連なる、目にでっかい鮮やかな田の事をいいます」
藍華「おっ、さっすが知ってるじゃない」
アリス「でっかい当然です。それに、グランマの家に行った時にも見ました」
藍華「……そ、そうね。たしかに見た記憶が……」
アリス「でっかい嘘です。グランマの家を訪ねた時は青田の季節ではありません」
藍華「ぬなっ!? は、はめたわね……」
アリス「でっかい否定をしてくれるかと思ったのですが、引っかかるなんて藍華先輩はでっかい慌て者です」
藍華「う、うるさいわね、ちょっと季節を取り違えてただけよ!」
アリス「……なんちゃって、でっかいフェイクです」
藍華「ぬなっ!?」
アリス「城ヶ崎駅に降り立った時に、でっかい青田を見ました。灯里先輩が田んぼの緑ではしゃいでいます」
藍華「う……に、二度も引っ掛けるなんて……」
アリス「もっとも、緑ということは苗の状態じゃなくて既にかなり育った後かもしれません」
藍華「つまり?」
アリス「つまりは、青田じゃないでしょうね」
藍華「さんざっぱら人を引っ掻き回してそんな結論なわけ!?」
アリス「藍華先輩が勝手に引っ掻き回されたと思いますが?」
藍華「……さすが、オレンジぷらねっとは後輩ちゃんを青田買いしたのね」
アリス「どういう意味ですか?」
藍華「それはね……」
アリス「ちなみに青田買いとは“貧農が青田のまま売買する事をいい、企業が採用活動をする比喩に使われます”」
藍華「聞いておきながら人の話を遮るの禁止! つまり、後輩ちゃんくらいに騙しの技術があれば、儲けとか……」
アリス「でっかい負け惜しみとひがみは見苦しいだけですよ」
藍華「ぬなっ!? くうう、いつか見てなさい!」
アリス「それよりも、自分の行ったところはちゃんと覚えておいてください。でっかいみっともないです」
藍華「ウンディーネにあるまじきこと……って、また晃さんに怒られちゃうわね……」
アリス「はい。怒られること確定です。私が晃先輩に告げ口に行きますので」
藍華「告げ口禁止!」
『青梅雨(あおつゆ)』
灯里「うーん、雨たくさん降ってるねー藍華ちゃん」
藍華「こりゃ灯里、勉強に集中しなさい。何のために集まってると思ってるの」
アリス「プリマになるための基礎知識、哲学を学ぶためです」
藍華「後輩ちゃん、変な茶々入れないの」
アリス「ずっと机に向かいっぱなしでは気もでっかく滅入ってくるというものです」
藍華「しょうがないわねぇ、じゃあ休憩にする?」
灯里「……ねえ藍華ちゃん、アリスちゃん」
藍華「なに?」
アリス「なんですか」
灯里「このとめどもなく新緑に降り注ぐ梅雨は……ずばり、青梅雨だね」
藍華「よく知ってるわね」
アリス「たしかそうです」
灯里「見てみて、あの青葉。雨に濡れて一層濃くなったように見えて。まるで……」
アリス「まるで、緑の絵の具をでっかいぶっかけたみたいです」
灯里「ええーっ」
アリス「でっかい先回りです」
藍華「っていうかやな表現するわね……」
『青葉潮(あおばじお)』
晃「アリシア、青葉潮って知っているか?」
アリシア「あらあら、ここネオヴェネツィアではあまり聞かない言葉ね」
晃「ふふん、そうだろ。さて、説明できるかな?」
アリシア「青葉の頃の、流れの強い黒潮のことね。漁師言葉なのよね」
晃「う……やはり知っていたか。ちなみに鰹が獲れ始めるため、鰹潮とも言うんだぞ」
アリシア「うふふ、前に晃ちゃんが教えてくれたものね」
晃「な、なにっ? いつ教えたんだ?」
アリシア「寝言でね、“アリシア〜、青葉潮は鰹潮だぞ〜。食卓塩の塩じゃないぞ、潮流の潮だぞ〜”って」
晃「いくらなんでもそれは嘘だっ!」
アリシア「びっくりしたわ。アリア社長を抱きかかえながら笑顔で言うんだもの。うふふ」
晃「私がそんなことするかっ!」
アリシア「しかもアリア社長の為に鰹をとってきてやるって、ゴンドラを漕ぎ出して……」
晃「こらこら、捏造もいいかげんにしろっ!」
『赤富士(あかふじ)』
灯里「アテナさん、こんにちは」
アテナ「こんにちは、灯里ちゃん」
灯里「何の本を読んでるんですか?」
アテナ「葛飾北斎って人の版画集よ」
灯里「葛飾……北斎?」
アテナ「ええ。この赤富士が見事だって、アリシアちゃんに勧められたの」
灯里「ほへ〜……山が真っ赤に染まって、まるで燃えているみたいです」
アテナ「そうね。とっても綺麗」
灯里「どうしてこんなに赤くなってるんでしょう?」
アテナ「赤富士っていうのは朝日が霧によって分散して、一瞬富士山の山肌が赤く染まる現象を言うのよ」
灯里「ほへ〜」
アテナ「晩秋から初春にかけて見られる現象で、この葛飾北斎って人の版画で知られるようになったの」
灯里「あっ、そうなんですね。その葛飾北斎さんって、凄い方なんですね」
アテナ「そうね。一つの現象を世に知らしめたのは凄いことだものね」
灯里「ところで、富士山って……」
アテナ「マンホームは日本にある、たしか日本一の山と称される山ね」
灯里「ほへー。それは多分高さだけじゃなくて、素敵さもそうなんでしょうね」
アテナ「うん、そうだと思う」
灯里「それにしても、アテナさんがそういう本を読まれるなんて知りませんでした」
アテナ「先にも言ったけど、アリシアちゃんのお勧めなの。グランマのお勧めだって。だから私もね」
灯里「ほへ、グランマの……」
アテナ「灯里ちゃんも読む?」
灯里「はひっ、喜んで!」
『秋近し(あきちかし)』
灯里「藍華ちゃん、夏ももうすぐ終わりだねー」
藍華「そうね。後輩ちゃん、夏の終わりといえば?」
アリス「レデントーレですか?」
灯里「そうだね。もうそんな季節なんだねー」
藍華「季節の移ろうのは早いわ。あっという間ね」
アリス「でっかい秋近しです」
灯里「秋近し?」
藍華「要するに夏の終わり。もうすぐ秋がやってくる季節よね」
アリス「でっかいそのとおりです」
灯里「ほへ……」
藍華「春と秋ってとにかく待たれる季節で、“秋を待つ”って言葉も同義なのよ」
アリス「でっかいそのとおりです」
灯里「ほへ……」
藍華「ちょっと灯里、呆けてないでしっかり聞いてよね?」
アリス「灯里先輩、もしかして知らなかったとか」
灯里「ううん。不思議だよね、ただ秋が近いってだけの言葉なのに……」
灯里「こんなにも趣深い……まるで、言葉の魔法にかかった気分だよ」
藍華「恥ずかしい台詞禁止!」
灯里「ええーっ」
アリス「……いつの季節でも、多分灯里先輩はこんな調子なんでしょうね」
『朝曇(あさぐもり)』
灯里「ふあ〜あ、おはようございますアリア社長」
アリア「ぷいにゅ〜い」
灯里「今日の天気は……うわあっ!」
アリア「にゅ!?」
灯里「朝曇ですよ、アリア社長」
アリア「ぷい?」
灯里「ああ、朝曇っていうのはですね……」
アリア「ぷい」
灯里「厳しい暑さによって霞がかかったような天気になる朝のことです。ほら、見てください」
アリア「ぷい……ぷいぷい」
灯里「ね? すっごい霞ですよね」
アリア「にゅ」
灯里「これは、前の日に強い日差しで蒸発した水蒸気が、早朝に冷えて固まることから起きるんですよ」
アリア「ぷいにゅー」
灯里「でも……これはちょっと濃すぎですね。海の方が全然見えません」
アリア「ぷいぷい……」
灯里「はわわわ、もしかして今日は練習できないんじゃ……」
アリア「ぷい?」
灯里「それどころか、一歩も外を歩けないんじゃ……」
アリア「にゅ!」
灯里「た、大変ですー! アリシアさーん!」
アリア「ぷいにゅー!」
『朝凪(あさなぎ)』
灯里「アリア社長、おはようございます。今日もいい天気ですよー、風も気持ちいいです」
アリア「ぷいぷい〜……ぷい?」
灯里「ほへ?どうしたんですか?」
アリア「ぷい……ぷ〜い」
灯里「あっ……そういえば、風がぴたっと止まりました」
アリア「ぷいにゅっ、ぷい〜」
灯里「そうですよね、さっきまで拭いてたと思ったのに……」
アリシア「おはよう、灯里ちゃん、アリア社長」
灯里「ああっ、アリシアさん。おはようございます」
アリア「ぷいにゅ〜」
アリシア「どうしたの、二人とも窓から顔を出して」
灯里「はい、それがですね、さっきまで吹いてた風が止まっちゃって……」
アリア「ぷいぷい」
アリシア「うふふ、それは朝凪ね」
灯里「あさなぎ?」
アリア「ぷい?」
アリシア「夏の晴れた朝に、夜に吹く陸風と昼に吹く海風が入れ替わるひととき、まったく風が止む現象よ」
灯里「ほへ〜、そうだったんですかぁ」
アリア「ぷい〜」
アリシア「ちなみに、夕方も同じ現象が見られて、こちらは“夕凪”っていうのよ」
灯里「なるほど、だからてろってろの時間なんですね」
アリア「ぷいぷい?」
アリシア「てろてろ?」
灯里「はひっ、てろてろです。思わずほけーっと……」
アリア「ぷひにゅ〜ひ〜……」
アリシア「あらあら。でも、そろそろ朝食の時間だからちゃんと起きてね」
灯里「は、はひいっ」
アリア「ぷいにゅーっ」
『朝焼(あさやけ)』
灯里「うっわー、今日は見事な朝焼けだね〜」
藍華「灯里っ、はしゃいでないでさっさと準備しなさいよ。早朝から集まってるんだから」
灯里「でもでも、今この瞬間しか朝焼けは堪能できないんだよ」
藍華「そりゃまあ、そうだけどね」
アリス「そうです。ちなみに朝焼けとは……」
藍華「日の出間際に真っ赤に空が染まる様子。盛夏の朝焼は、それはもう鮮やかで黄金色になることもあるそうよ」
アリス「……でっかい先を越されました」
藍華「ふふん、後輩ちゃんもまだまだってことよ」
灯里「そっかー。まるで……」
藍華「恥ずかしい台詞禁止!」
灯里「えええーっ、まだ何も言ってないのに」
藍華「でっかい先回りってやつよ」
アリス「もしかして、一番はしゃいでいるのは藍華先輩では……」
『油照(あぶらでり)』
藍華「ふう……今日はあっついわねぇ……」
アル「ははは、そうですね」
藍華「っていうか、そんな黒い格好で、アル君は平気なの?」
アル「もちろん多少は暑いですよ。でもほら、今日は雲ってるじゃないですか」
藍華「……ああ、たしかにそうねー」
アル「これでかんかん照りだったら、いくら僕でも倒れちゃってますよ」
藍華「うー、それは大変ね……」
アル「はい。こういう油照な天気なのは、まだ幸せかもしれません」
藍華「あぶらでり?」
アル「はい。風がない曇り空で、じっとりと汗ばむような蒸し暑い天気の事を言います」
藍華「へええ〜」
アル「ちなみにこれは、油も煮えたぎるほど暑いというところから出た言葉なんですよ」
藍華「油も煮えたぎるって、さすがにそこまで暑くはないでしょ……いえ、そうでもないかもね」
アル「たとえば、ですよ。油照だけに……」
藍華「あーそれにしても! この暑いのは、絶対ポニ夫がサボってるに違いないわ!」
アル「あ、藍華さん? いいですか、油照だけに……」
藍華「今度会ったら文句言ってやるんだから! アル君もそう思うでしょ!?」
アル「い、いえ、一概に暁君だけの所為とは……」
藍華「何? アル君、ポニ夫の肩をもつわけ?」
アル「そういうわけではありませんが……。そ、それよりですね、藍華さん。油照だけに……」
藍華「あによ。今すっごく機嫌悪いから、くだらない親父ギャグを言ったら、私の右ストレートが火を噴くわよ」
アル「そ、それはご勘弁を……。いえ、大丈夫です。これから僕が言うのは地球に古くから伝わる高等語典で……」
藍華「だあああ! 言う前だけど親父ギャグ禁止ーっ!」
アル「えええーっ」
『いなさ』
灯里「うわわわっ」
アリア「ぷいぷいにゅっ!」
灯里「今日は風が強いですねぇ」
アリア「にゅ」
灯里「こういう風をたしか……」
アル「いなさ、ですね」
アリア「ぷい?」
灯里「アル君」
アル「こんにちは、灯里さん、アリア社長」
アリア「ぷいにゅ〜い」
灯里「こんにちは、アル君。えっと、さっき何て言ったの?」
アル「ああ、いなさ、です」
アリア「ぷい?」
灯里「そうそう、いなさいなさ。えーっと、それで……」
アル「いなさとは、南東の方角から吹いてくる風の事を言います」
アリア「ぷい」
灯里「ああ、うんうん。それで……」
アル「地球は日本国の関東地方でよく使われる言葉で、特に台風を伴う強風をさして言うことが多いですね」
アリア「ぷーい」
灯里「ほへー……それでそれで?」
アル「警戒を要する風といった意味を含みます。ですから、気をつけましょう」
アリア「ぷいっ!」
灯里「さっすがアル君、よく知ってるねぇ」
アル「ちなみにですね、その関東地方に昔、火消しの組がありまして。“よっ、いなさだねぇ!”と言われていました」
アリア「ぷい?」
灯里「ほへ?」
アル「あ、いえこれは、いなせといなさをかけた……」
アリア「ぷいぷい?」
灯里「ほへー?」
『井水増す(いみずます)』
アル「おっ、と」
藍華「ん? どしたのアル君」
アル「ああ、いえ。井戸に近寄ると危ないので」
藍華「ちょっと、いくら私でもふらふら寄り付いて井戸に落ちるなんてまねしないわよ!」
アル「は、はは、そうですね。でも一応、君子危うきに近寄らずと言いますし」
藍華「ったくぅ、いくら前科があるからって、あれは枯れた井戸の上に乗ったからであってね……」
アル「ああっ、言いながら井戸の傍に寄らないでくださいっ」
藍華「……ふーん、たしかにこれは落ちるとやばそうね」
アル「ええ。井水増す、とはまさにこのこと」
藍華「梅雨が長引いたから雨量が増えて、井戸の水があふれそうで濁って見えるという事ね」
アル「そこまでご存知なら、危険だという事はおわかりになられたでしょう。さあ」
藍華「いいじゃないの、ちょっと覗き込むくらい」
アル「ダメですよ。そういうちょっとした油断が大事を招くんです」
アル「僕達若者は失敗を恐れてはいけないと同時に、慢心してもいけないのです」
藍華「……何の話?」
アル「さあ藍華さん。危ないから離れてください」
藍華「わかったわよ、そこまで懸命になられたら大人しく従わないとね」
アル「よかった。早く井戸からいどーしましょう」
藍華「……やっぱりもっとちゃんと見るわ」
アル「わーっ!濁った水をたたえてる井戸を見ても面白くもなんともありませんよっ!」
藍華「いいや、見る、ぜーったいに見る。あの井戸にはきっととんでもない秘密が隠されてるに違いないわ」
アル「そんな根拠のない理由なんか作らないでください。藍華さんってば、早く井戸から移動しましょう!」
藍華「同じ親父ギャグ二度も言うの禁止!」
『植田(うえた)』
アリス「藍華先輩、灯里先輩、一つご相談があるのですが……」
藍華「あによ、改まって」
灯里「なになに?」
アリス「一週間後に、グランマのところで田植えがあるそうなんです。三人で植田を見にゆきませんか」
藍華「うえた?」
灯里「田植えじゃないの?」
アリス「植田とは、田植えが終わったばかりの田の事をいいます」
アリス「田水が満々と張られ、青く細い苗がちょっと顔をのぞかせているさまは、きっとでっかい感動です」
藍華「へー」
灯里「うわぁ、凄く素敵だね」
藍華「で? 後輩ちゃんはそれをあたし達と見に行きたいと、こういうことね?」
アリス「もちろんただ見にゆくだけではなく、一緒にグランマの田植えを手伝おうという予定です」
アリス「グランマにもでっかい喜んでもらえて、一石二鳥です」
灯里「うんうん。農業の喜びを一緒にわかちあえるしね」
藍華「ちょっと待ってよ、グランマって一人で田植えしてるわけ? あの広い土地を?」
アリス「きっと大妖精ならではの田植え方法が……」
灯里「うわあ、きっと華麗な姿で魅惑の蝶の如く舞うんだろうねぇ」
藍華「大妖精と田植えは関係ないでしょ。ってゆーか恥ずかしい台詞禁止!」
『卯の花腐し(うのはなくたし)』
灯里「お散歩、お散歩〜♪」
アリア「ぷいぷいにゅ〜」
暁「よぉもみ子。雨が降る中ご機嫌じゃねーか」
灯里「あっ、暁さん。こんにちは♪」
アリア「ぷいっ」
暁「元気だなおめーは。この長雨のせいでもみあげ落としをする気にもならん」
灯里「もうっ、ですから髪の毛を引っ張るのは禁止ですってば」
アリア「ぷいぷいっ」
暁「で、酔狂にも散歩か。最近ずっと降り続いてる雨の中」
灯里「酔狂じゃありません。……たしかに長いですね雨、卯の花腐しです」
アリア「にゅっ」
暁「うのは……なんだと?」
灯里「うのはなくたし、です。マンホームでの陰暦四月を卯月といって、その頃の長雨を言います」
アリア「ぷいにゅっ」
暁「ほほーう、卯の花ってのはその卯月ってのに咲くからか」
灯里「卯の花――ユキノシタ科のウツギの俗称ですが――を腐らせてしまうほど降り続くことから言います」
アリア「ぷいぷいにゅっ」
暁「ほーう。わかったようなわからないような……」
灯里「ところで暁さんはお散歩じゃないんですか?」
アリア「ぷいぷい?」
暁「俺様をお前のような暇人と一緒にするな。兄貴に呼ばれてこれから向かうところだ」
灯里「ほへ、そうだったんですかぁー」
アリア「ぷいー」
暁「おめーはただの散歩か」
灯里「はひっ。お気に入りの傘を使ってみたくなりまして」
アリア「ぷいぷいっ」
暁「そんなんでわざわざ散歩に出るかねぇ」
灯里「この傘好きなんですよ。もう一ヶ月毎日使ってますっ」
アリア「ぷいぷいっ」
暁「へ?」
灯里「それでは、暁さんのお邪魔をしないように、私はこれで失礼しますね」
アリア「ぷいっ」
暁「あ、ああ」
灯里「行きましょう、社長っ」
アリア「ぷいぷいーっ」
暁「…………」
灯里「お散歩お散歩〜♪」
アリア「ぷいぷいにゅ〜」
暁「……雨が続くともみ子もますます変になる、ってことかな」
『雲海(うんかい)』
暁「もみ子よ、お前は雲海を知っているか?」
灯里「ほへっ? うんかいですか?」
暁「そうだ。山の上などから見下ろした時に見える雲の海だ」
灯里「ええ、知ってますよ。マンホームの日本ではとくに富士山頂から見えるものをいう場合が多いんですよね」
暁「うむ、そのとおりだ」
灯里「その雲海がどうかしたんですか?」
暁「知ってのとおり俺様は浮島に住んでいる」
灯里「はひ、そうですね」
暁「しかしそんな俺様も、雲海らしい雲海にはなかなかめぐり合えぬのだ」
灯里「はひ」
暁「で、もみ子は見たことはあるのか?」
灯里「えっと、アクアにやってくる時に少し見えた気がします」
暁「ほう、それはラッキーだったな」
灯里「あ、いえ、はっきりくっきりと見たわけでは……」
暁「まあそんなことはどうでもいい。もっとすっきりと雲海は見えぬものか!」
灯里「あのー、どうしてそんなに雲海にこだわってるんですか?」
暁「浪漫だ」
灯里「浪漫……?」
暁「雲の海、なんとも男の浪漫を感じさせるではないか!」
灯里「ほへ……」
暁「ええいっ、すべてはお前のもみあげのせいだ」
灯里「な、なんでそうなるんですか」
暁「お前がそのもみあげを空に飛ばし、雲の海を蹴散らしているに違いない!」
灯里「そんなあ、むちゃくちゃですー」
暁「だから俺はこうして引っ張る。もみ上げが飛んでいかないようにだ!」
灯里「はひーっ、引っ張るの禁止ですー!」
『炎暑(えんしょ)』
藍華「あー……」
灯里「しんだそうだね、藍華ちゃん」
藍華「あ〜つ〜い〜……」
灯里「ほんと。炎暑、って言っていいくらいだね」
藍華「そんな言葉発するな〜余計暑くなる〜」
灯里「えーっ」
藍華「……ちなみに、炎暑ってどういう意味?」
灯里「暑くなるとか言っておきながら……」
藍華「いいから」
灯里「えっとね、燃える様な真夏の暑さ、だね」
藍華「燃える……」
灯里「“極暑”とも同義だけど、ぎらぎらと太陽が照りつける視覚的意味合いを持つんだよ」
藍華「うっわー……本当に余計に暑くなってきた……」
灯里「あははは」
藍華「ってーか、なんであんたは暑くないのよ?」
灯里「私だって暑いよ。けど、この暑さがね……」
藍華「恥ずかしい台詞禁止!」
灯里「えーっ、まだ何も言ってないのに」
藍華「言う前に言っておくのよ! 暑いから!」
灯里「えーっ」
『炎昼(えんちゅう)』
藍華「あっつーい……」
灯里「炎昼だね」
藍華「なによ、そのどこぞの電気ネズミみたいな名前のは」
灯里「あははは。えーっとね、炎暑の昼間のことで、燃えるように暑い日の、最も暑い時間帯を言う強い表現だよ」
藍華「へー。まるでポニ夫みたいな意味の言葉ね」
灯里「暁さんの?」
藍華「だって見るからに暑っくるしいじゃない?
灯里「あ、あははは……」
ぐいっ
灯里「はひっ!」
暁「よぉ、暑苦しそうだな、もみ子よ」
藍華「うわ、本当に現れなくてもいいのに……」
暁「ん? なんだ、ガチャペンもいたのか。ますます暑苦しそうだな」
灯里「あの、暁さん。暑苦しいとかいうなら髪の毛引っ張ったりしないで……」
暁「なにおう? この暑いのを、もみあげを引っ張らずにどう紛らわせろというのだ、ん〜?」
灯里「はひーっ! って藍華ちゃん、見てないで助けてー」
藍華「あーもう、見てるだけでしんどくなってくるからいいかげんにしてよね〜」
暁「……元気なさすぎだぞガチャペン」
藍華「この暑苦しいのに更に暑苦しい奴が出たらそりゃ気力もなくなるってもんよ。はあ〜……」
暁「暑苦しいとは誰の事だ。だいたい今日俺様は非番だ。人のせいにしてないで自分でなんとかしたらどうだ」
藍華「んな事言われてもねぇ……」
灯里「ちょっとー! 人の髪引っ張りながら世間話しないでくださいーっ」
『炎天(えんてん)』
藍華「うぅ〜……あっちぃ〜……」
ヒメ「……」
藍華「こんな暑い日に夜光鈴買いに出るんじゃなかったわ。ねぇ、ヒメ社長」
ヒメ「……」
藍華「完全に参ってるみたいね。こりゃ早く帰らないと……」
ヒメ「……」
藍華「それにしても暑い……ってか眩しい空ね。炎天ってのはこの事ね」
ヒメ「……」
藍華「たしか、灯里がアリア社長連れて蜃気楼見たってのもこんな炎天下だったような……」
ヒメ「……にゃん?」
藍華「ああ、炎天っていうのは、眩しくて見上げることさえはばかられる、真夏の焼け付くような空のことよ」
ヒメ「にゃ〜ん」
藍華「そう。強力な暑さの表現で、今日はさっき私が言ったみたいに「炎天下」という言葉がよく使われるわね」
ヒメ「にゃん」
藍華「……ふぅ、早く帰ろ」
ヒメ「にゃ……」
藍華「あっ、ヒメ社長?」
ヒメ「にゃ〜ん」
藍華「いきなり元気に走り出しちゃってどうしたの〜? ちょっと待ってよ〜!」
ヒメ「にゃ〜」
藍華「ヒメ社長ってばー! こんな誰も居ないような広場だと迷子に……って、誰も居ない?」
ヒメ「……」
藍華「も、もしかしてこれって……だから待ってってばヒメ社長ー!」
『送り梅雨(おくりづゆ)』
藍華「わーっ! 凄い雨!」
アリス「まさか練習中にこんな豪雨に見舞われるとは思ってもいませんでした」
灯里「落ち着いてないでアリスちゃん、早く屋根のあるところへ行かないと」
藍華「そうよ。ゴンドラが大変なことになっちゃう!」
アリア「ぷぷぷ、ぷいにゅっ!」
アリス「ええ、もちろんわかってますが。これは……送り梅雨のようだなと」
灯里「おくりづゆ?」
アリス「はい。梅雨が明ける頃になって、急に強い雨がふることです」
灯里「わかった。梅雨を送り出すように勢いがあるという意味なんだね。だから送り梅雨なんだぁ」
アリス「でっかいそのとおりです。梅雨はここネオ・ヴェネツィアには無いものですがね」
灯里「うんうんそうなんだよねぇ。勿体無いよねぇ、天からの……」
藍華「おりゃー! 言い切る前に恥ずかしい台詞禁止! ってかあんたらちっとは慌てなさいー!!」
アリア「ぷいぷいぷい!」
灯里・アリス「は、はいっ!」
『お花畠(おはなばた)』
藍華「はあ。毎度毎度夏は暑いわねぇ」
灯里「うん、そうだね〜」
藍華「年中頭の中がお花畑な灯里には関係ないかもね」
灯里「ええーっ。……そうだ藍華ちゃん、お花畠って知ってる?」
藍華「おはなばた?」
灯里「夏の高山や高原地帯で、種々の高山植物が密生して咲き乱れる場所のことだよ」
藍華「ふーん。それがどうしたってのよ」
灯里「えへへ、なんとなく思い出しただけだよ。咲き乱れるって素敵じゃない?」
藍華「まぁ、高山とかなら涼しそうだしね。で、それはどこにあったりするわけ?」
灯里「えっとね、マンホームの日本は白馬岳のものが有名なんだって」
藍華「どこよそれ」
灯里「長野県だよ」
藍華「長野県?」
灯里「えーとね、日本村のどこかを探せば似たところがあるんじゃないかな」
藍華「へ〜。オリンピックとかやったりしたのかしらね」
灯里「ほへ? 何で藍華ちゃんそんな事知ってるの?」
藍華「ふふん、いつも灯里に言われるままと思ったら大間違いよ! 時代は情報先取り!」
灯里「ほへ〜」
藍華「……とは言ってもね。万年春頭の灯里相手に気張るのもなんだかなぁとは思うんだけどね」
灯里「そんなことないよ〜。春夏秋冬の素敵をちゃんと楽しんでるよ〜」
藍華「ほら、そんなとことか」
灯里「え? え?」
『風死す(かぜしす)』
藍華「あーつーいー……なんで今日はこんなに暑いのー」
灯里「でもまだ風があるから涼しいほうだよ」
藍華「それでも暑いわよ。風が止まったらどうなることやら……」
灯里「たしかにそうだねー」
暁「んっ、暑い中でも立派なもみあげだな」
灯里「暁さんっ。もう、もみあげじゃありませんってば」
暁「何を言う、そんな見事なもみあげを見せておいて」
灯里「違いますったら。って、今日はひっぱったりしないんですね」
暁「さすがにこの暑さではな……」
藍華「サラマンダーのくせに情けないわね」
暁「むむむ、だったら見せてやる」
ぐいっ
灯里「はひーっ」
暁「どうだ、俺様の手にかかればこれくらい」
藍華「自慢することじゃないわよそれ……」
ぴたっ
暁「ん?」
灯里「あれっ?」
藍華「え……」
暁「むぅ、風がやんでしまったな」
灯里「風死す、ですね」
暁「かぜしす?」
灯里「はい。文字通り吹いていた風が、急にばったり止むことです」
暁「そのまんまだな」
灯里「マンホームは日本、関西地方の海岸沿いによくある現象で、息苦しいほどの暑さになるんですよ」
暁「む、そういわれれば無性に暑くなってきたぞ……」
藍華「あついー! あついー! 暑いったら暑いー!!」
灯里「あ、藍華ちゃん?」
暁「やかましいぞガチャペン。余計に暑くなるではないか」
藍華「うっさいわね! だいたい、あんたが灯里のもみあげ引っ張るから!」
暁「なんだと? 引っ張れと言ったのはガチャペンだぞ!」
藍華「言ってないわよ!」
灯里「だからもみあげじゃないってばー!」
『片蔭(かたかげ)』
アル「……」
ウッディー「……」
アル「いやぁ、それにしても暑いですねぇ」
ウッディー「そんなごく自然に言われなくてもわかっているのだ。アルはよく平気でいるのだ」
アル「いやぁ、僕だって暑いですよ。ほら、黒い服ですしね」
ウッディー「全然そうは見えないのだ」
アル「ウッディー君は、エアバイクで風を受けることができるじゃないですか」
ウッディー「けれど今は修理中なのだ。だからこうしてアルと一緒に歩いているのだ」
アル「そうでしたね」
ウッディー「はあ……」
アル「……」
ウッディー「……」
アル「おや、あそこに片蔭が」
ウッディー「かたかげとは何なのだ?」
アル「えーとですね、炎暑の日の日陰のことです」
ウッディー「たしかに今日は、炎暑の日と言っても差し支えないのだ」
アル「正午を過ぎて、ようやく長くなってきた、木々や軒の陰のことをいいます」
ウッディー「ふむふむ」
アル「道行く人がひとときの涼を得る場所ですね。僕達も涼を得ることにしましょう」
ウッディー「……って、それならさっきからいくつも見かけてるのだ」
アル「つい休まず歩いてしまっていましたね。炎暑の中を、えんしょ、えんしょ、と」
ウッディー「……寒いのだ、アル」
アル「おや、それならば休まず行きますか」
ウッディー「違うのだ! アルの親父ギャグが寒いと言っているのだ!」
アル「ええーっ。これはマンホームに伝わる……」
ウッディー「もうそれは聞き飽きたのだー!」
『雷(かみなり)』
藍華「ふぃ〜、まいったまいった」
アリス「でっかい年寄りくさいため息ついてどうしましたか、藍華先輩」
藍華「年寄りくさいは余計。ちょっと練習のことでね、晃さんの雷が落ちちゃったのよ」
アリス「藍華先輩」
藍華「あによ」
アリス「雷というのはですね、雲のなかの電気が地面との間に放電する現象です。雷鳴や稲妻が起こり、雨を伴います」
藍華「……あのね、後輩ちゃん」
アリス「鬼が太鼓をたたくと表現されるほど激しく強い夏の風物です」
藍華「私が言ってる雷はその雷じゃなくて! ……いや待って、なるほどね」
アリス「どうしましたか」
藍華「鬼が太鼓を叩くっていい表現じゃない。鬼のように恐い晃さんにぴったりだわ」
アリス「……」
藍華「どうよ、上手くない?」
アリス「あの、藍華先輩」
藍華「あによ」
アリス「その、ですね。藍華先輩の後ろに……」
藍華「後ろ?」
晃「あ〜い〜か〜」
藍華「ひっっっ!」
晃「陰で隠れて人を鬼呼ばわりとは、随分と反省が足りてないようだな、ん?」
藍華「い、いえあの、これはですね、後輩ちゃんが急に……」
晃「すわっ!」
藍華「ひっっっ!」
晃「アリスちゃんになすりつけようとするその曲がった根性を叩きなおしてやる!!」
藍華「ぎゃーすっ!」
アリス「……でっかい雷が今正に落ちました」
『空梅雨(からつゆ)』
藍華「考えてみれば、このアクアって空梅雨じゃない?」
灯里「ええっ? そんなこと無いと思うよ」
藍華「だって、ここじゃあ天候の管理は浮島でやってるわけでしょ? 梅雨前線なんて無いじゃない」
灯里「そ、それはそうかもしれないけど……」
藍華「しかもマンホームの場合は、梅雨前線がすぐに北上して日本海に抜けたりして起こるわけでしょ?」
灯里「うーん……」
アリス「さっきからお二人で何の話をしてるんですか?
藍華「後輩ちゃん、空梅雨よ、からつゆ」
灯里「梅雨時に雨がほとんど降らないことだね。梅雨前線が南の海上に留まっていたりとかで……」
アリス「でっかい『旱梅雨』ともいいます」
藍華「でっかいは余計だと思うけど、まぁそういうこと」
灯里「でもね、藍華ちゃん」
アリス「そうです。梅雨、そのものがアクアにはありませんから空梅雨というのもおかしな話です」
藍華「むっ……そういう方向のツッコミか」
灯里「梅雨じゃなくても激しく雨は降ったりするから、それを雨に例えて……」
藍華「はいはいはいはい、もう私が悪うございましたでいいから練習に戻るわよっ!」
アリス「面倒くさくなって逃げましたね」
灯里「というか今って練習中じゃなくて買い物の途中なんだけど……」
藍華「余計なツッコミを更に入れないっ!」
『喜雨(きう)』
さあああああ
アリス「おおおお」
藍華「後輩ちゃんどうしちゃったのかしら」
灯里「さっきから天に向かって両手広げて……雨が大好きなんだね」
藍華「好きっつーより宗教じみてない?」
灯里「えー」
くるっ
アリス「お二人とも、最近の天気を思い出してみてください」
藍華「うわあっ。いきなり振り向くの禁止!」
灯里「えーっと、ずっとお天気だったね」
アリス「ええ、日照りです」
藍華「日照り、ねえ……。ずっと晴れだった、でいいじゃない」
アリス「いいえ、日照りです。グランマの畑はでっかい大打撃だったに違いないです!」
藍華「はあ」
灯里「アリスちゃんはグランマのこと大好きだもんね」
アリス「はい。ですから、今降ってるこの雨は、でっかい喜雨なのです」
藍華「きう?」
アリス「日照りが続いたあとの、待ちに待った雨です。恵みの雨であり『慈雨』ともいいます」
アリス「万物が生き返り、とくに農家にはこのうえない喜びで、酒宴を設けたりするのです」
藍華「一気にまくしたてるの禁止!」
灯里「うんうん、たしかにグランマの畑にとって恵みの雨だよねぇ」
アリス「はい、そのとおりです」
藍華「それはわかったから。雨降りには雨降りなりにうちらはやることあるでしょ」
アリス「いいじゃないですか。今は休憩時間なんですから」
灯里「その間にアリスちゃんの名解説も聞けたしね」
藍華「やれやれ」
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