『秋麗(あきうらら)』

晃「ふう……今日はやけに暖かいな」
アテナ「晃ちゃん、ちょっと汗かいてる?」
晃「ああ。この月で珍しいもんだな、もう涼しくなったと思ったのに……」
アテナ「晃ちゃんはそんなに着込んでるから暑いんじゃないかな」
晃「そういうお前は薄着過ぎだ。なんで夏服を……けれど、それで丁度いいんだな」
アテナ「うん。今日は秋麗だしね」
晃「暖かい秋晴れの日に春の麗らかさを感じる、か
アテナ「うん」
晃「しかしだな、あの落ち葉が溜まってる地面を見てどう麗らかさを感じろと……」
アテナ「晃ちゃん欲張りじゃない?」
晃「そういう問題か」


『秋惜む(あきおしむ)』

アリス「はあ……」
灯里「どうしたのアリスちゃん。溜息なんかついて」
アリス「もうすぐ秋が終わります。それででっかい傷心と戦っているんです」
灯里「傷心というよりは、秋惜むって感じだね」
アリス「秋惜む……」
灯里「うん。秋が去り行くのを愛惜する心情だよ
アリス「ものみな春と収穫の秋は、農業を営む人にとって愛着のある季節ですしね」
灯里「そうだよねー……あれ? アリスちゃんって農業やってたっけ?」
アリス「実はグランマの家に通っています。修行中です」
灯里「ええっ!?」
アリス「という冗談を言いたくなるくらいに、でっかい秋惜む、です」
灯里「あ、そ、そう……」
アリス「日が傾くのが早くなり、影踏みがでっかい楽勝になってしまいます……はぁ……」
灯里「ほへ……」


『秋寂ぶ(あきさぶ)』

暁「はぁ……」
灯里「はれっ、暁さんじゃないですか」
暁「なんだ、もみ子か」
灯里「もみ子じゃありません。……こんな街の中で佇んでるなんて、どうかしたんですか?」
暁「ちょっと深まる秋に心奪われてな……センチメンタルな気分なんだ」
灯里「ほへ?」
暁「見ろ、街の人々は寒い寒いと活気が無い。木はどうだ、落ち葉を散らしてみるみる寂しくなってゆく」
灯里「あっ、もしかして、秋寂ぶですか?」
暁「あきさぶ? 俺様の名前はあかつきだぞ、季節ごとに名前が変わったりなどしない。勘違いするなもみ子よ」
灯里「いえ、そういう事じゃなくてですね……」
灯里「秋が深まると生気や活気が失われて、自然も人の心も荒涼として物寂しい心持になることなんですよ
暁「なるほど、そうだったのか……」
灯里「元気出してください暁さん。秋には秋で楽しいことがいっぱいあるじゃないですか」
暁「たとえばなんだ」
灯里「食欲の秋、スポーツの秋、芸術の秋……。秋にしかできないことは沢山です」
暁「……まったく、それは秋でなくてもできるだろうが」
灯里「いえいえ。秋にするからこそ、より趣深くなるものなんですよ」
暁「……ふむ、ものは考えようか」
灯里「はひっ。そういう事です」
暁「よし、気分も出たぞ。景気づけに一発やっておくか」
灯里「ほへ?」
暁「暁流ビッグもみあげ落としーっ!」
灯里「はひーっ! 髪の毛引っ張るの禁止ですー!」


『秋寒(あきさむ)』

アリス「おはようございますっ、アテナ先輩」
アテナ「おはよーアリスちゃん。今日は冷えるわねぇ」
アリス「季節も移り変わり……でっかい秋寒です」
アテナ「秋寒?」
アリス「秋になって感じる寒さのことです。本格的ではありませんが、朝晩に冷え込んで覚える寒さをいいます
アテナ「へえ〜。よく勉強してるね、アリスちゃん」
アリス「あ、いえ……(照)」
アテナ「それにしても、季節のせいだけじゃないと思うのよね、秋寒って」
アリス「と言いますと?」
アテナ「きっと、サラマンダーさん達が大勢秋休みに入って、それで人手不足に……」
アリス「それはでっかい違うと思います」
アテナ「えーっ」

『秋澄む(あきすむ)』

アリシア「灯里ちゃん、アリア社長」
灯里「ほへっ、何ですか?」
アリア「ぷいぷい?」
アリシア「ほら、あの山の方」
灯里「山……うわあっ、とっても綺麗に見えますね!」
アリア「ぷいにゅっ!」
アリシア「そう。普段見えないものだから、珍しいなって思ってね」
灯里「あっちは日本島の一つの……あんな遠くまで……」
アリア「ぷいー……」
アリシア「秋澄む、ね」
灯里「秋澄む?」
アリア「ぷい?」
アリシア「マンホームの日本で見られる、秋に移動性高気圧に包まれた澄み切った大気の事よ
灯里「澄み切った大気……」
アリア「にゅ……」
アリシア「そう。だから山が意外な近さで見渡せるし、月もさやかに見えるのよ
灯里「月……じゃあ今夜はお月見ですか?」
アリア「にゅっ!」
アリシア「うふふ、そうしましょうか。月見団子作らなくちゃね」
灯里「わーひっ♪」
アリア「ぷいにゅーっ♪」
アリシア「あらあら」

『秋出水(あきでみず)』

晃「すわっ!」
灯里「うわっ! び、びっくりした……晃さんじゃないですか、どうしたんですか?」
晃「なに、ただの通りすがりだ。灯里ちゃんこそ、どうしたんだ?」
灯里「私はただの買出しですけど」
晃「そうかそうか。ところで灯里ちゃん、一つある言葉を教えよう」
灯里「ええっ? なんですか、それは」
晃「秋出水、だ」
灯里「あきでみず?」
晃「そうだ。さて、どんな意味だと思う?」
灯里「えっ、えっと……秋になると、運河から水がわいてきて、第二のアクア・アルタ発生、ですか?」
晃「ちっがーう! ……まったく、どういう発想をしているんだ」
灯里「す、すいません」
晃「いいか、秋出水とは、台風や秋の長雨によって、河川の水かさが増すことだ
灯里「へええ……でも、台風、ってなんですか?」
晃「融雪時の春出水や梅雨の夏出水なんかもあるが、秋のものが最も回数も多く、被害も大きい
灯里「あ、あの……」
晃「ではまたな。わからない部分はまた自分で調べておくように」
灯里「は、はひっ」
晃「さあて、次に狙うはアリスちゃんかな。いや、以前途中で逃げ出した藍華にも……」
灯里「……行っちゃった。何がしたかったんだろ、晃さん」

『秋の暮れ(あきのくれ)』

ウッディー「おおー、これはこれは、見事な夕陽なのだ」
灯里「綺麗ですね……。ウッディーさん、空へ連れてってもらってありがとうございます」
ウッディー「いやいやなんの。空から眺める夕焼けはまた格別なのだ」
灯里「はひっ。秋の暮れ……とってもいい気分です」
ウッディー「うむうむ、そうなのだ」
灯里「秋晴れの日に茜色に染まった夕暮……本当に綺麗です」
ウッディー「おや、あそこに居るのはあかつきんなのだ」
灯里「ふふっ、こっちを見上げてる暁さんの顔も夕陽に照らされて真っ赤ですね」
ウッディー「そうだね。火炎之番人だからぴったりなのだ」
灯里「はれっ? なんか、忘れてるような……」
ウッディー「ん? 何を忘れてるというんだい」
灯里「えっと、暁さんが下にいて、今ウッディーさんのエアバイクに乗せてもらって……はひいっ!!」
ウッディー「ど、どどど、どうしたのだ灯里ちゃん!?」
灯里「はわわわわ、は、はやく下ろしてくださいーっ!」
ウッディー「急用でも思い出したのかい?」
灯里「はひぃー、暁さんの顔が赤いのって……ウッディーさん早く早くー!」
ウッディー「う、うむ、了解なのだ!」

『秋の声(あきのこえ)』

灯里「うーん、すっかり秋だねぇ」
アリス「ええ、そうですね」
灯里「こんな日には秋の声がささやいてくるんだよ」
アリス「また恥ずかしい台詞ですか」
灯里「そうじゃなくてね、秋の声っていうのは大気が澄んでいるため、風雨や葉の音、虫の声がはっきり聞こえる様を言うんだよ
アリス「なるほど。たとえば、今はどんな声が聞こえてきますか」
灯里「えっとね、藍華ちゃんのお腹が鳴る音とか!」
アリス「いくらなんでもそれはないと思いますが……」
灯里「じゃあ、恥ずかしい台詞禁止! とか」
アリス「それは秋じゃなくてもしょっちゅう聞いてますけど」
灯里「えっと、それじゃあ……」
藍華「くだらない雑談禁止ー!!」
灯里「うわっ、本当に聞こえてきた!」
アリス「いえ、単に藍華先輩がやってきただけじゃないかと」
藍華「っていうか何よ、私の腹が鳴る音ってー!!」
灯里「うわわっ、更には私達の話も聞こえてたんだ。さすが秋の声だよねー」
アリス「というよりは、藍華先輩が地獄耳なのでは……」
藍華「悪口禁止ー!!」

『秋の田(あきのた)』

グランマ「灯里ちゃん」
灯里「うわあっ、グランマ! こんな街角でお会いするなんて」
グランマ「ほっほっほ。丁度ふらりとショッピングにね」
灯里「へええ、とっても嬉しい偶然ですっ」
グランマ「そうそう、今こちらは一面秋の田なんだけどね」
灯里「秋の田?」
グランマ「稲がたわわに実り、水が乾いて黄金色に色づいた水田の様子のことを言うのよ
灯里「ほへーっ」
グランマ「今度、稲刈りにいらっしゃいな。グランマの愛情がたっぷり注がれたお米で、美味しいものをご馳走するわ」
灯里「はひっ、楽しみですっ! ……って、グランマ、稲刈りって……」
グランマ「ほっほっほ、冗談よ。それじゃあね、灯里ちゃん」
灯里「はひっ、それではっ」
灯里「……はれ? えっと、どこまでが冗談だったんだろう?」

『秋晴(あきばれ)』

アリシア「あらあら、晃ちゃんに藍華ちゃん。こんにちは」
藍華「あ、アリシアさんっ!? こ、こんにちはっ!」
晃「おっ、奇遇だな。お前も買い物か?」
アリシア「うふふ。ちょっと、素敵な秋を探しにね」
藍華「はいっ! アリシアさんはとっても素敵ですっ!」
晃「お前は何を派手に緊張してんだ。秋を探しにか……もう見つけたんじゃないのか?」
アリシア「あらあら?」
晃「ほら、今日は見事な秋晴じゃないか」
アリシア「うふふ。秋の快晴。空気が澄み渡り、天が高くなったように感じられるそれね
藍華「うっわあ……言われて今気付いた」
晃「お前な……。ま、秋晴は特に珍しいものじゃない。アリシアが探したいのは、もっとレアなやつだろ?」
アリシア「うふふ、さすが晃ちゃん、よくわかってるわね」
晃「伊達に長くつきあってるわけじゃないさ。ま、頑張れよ。じゃあな」
藍華「ああっ、あ、アリシアさんっ!」
アリシア「ん?」
藍華「素敵な秋を見つけたら、是非私も連れて行ってくださいっ!」
晃「心配するな藍華。アリシアじゃなくて私が連れて行ってやろう」
藍華「ええ〜? 晃さんが?」
晃「おい、なんだその思いっきり不満そうな顔は。アリシアより絶対先によりよいものを見つけてやるって言ってるんだぞ」
藍華「そんなこと、今初めて聞きましたけど……」
晃「黙れ。よーしアリシア、これは勝負だ! どちらがより素敵な秋を探せるか!」
アリシア「あらあら、うふふ」
藍華「って、なんでこんな展開に……」

『秋深し(あきふかし)』

灯里「うう〜ぶるぶる。なんだか近頃寒くなってきましたね」
アリシア「うふふ、秋深し……かしらね」
灯里「あきふかし?」
アリシア「うん。寂しさ、哀れさがきわまった秋たけなわの頃を表すのよ
灯里「そういえばこの前お客さまから、日本島のある場所は落ち葉ですっかり地面が覆われてる、って聞きました。」
アリシア「あらあら、木々も冬支度真っ最中ね」
灯里「はひ。それにしても……」
アリシア「ん?」
灯里「冬に近づく秋を"深し"と形容するなんて、最初にこう言った人はとても素敵な詩人さんですね」
アリシア「うふふ、そうね」

『朝寒(あささむ)』

藍華「……はぁーっ、ぶるぶるぶる。なんだか今朝は冷えるわねぇ」
晃「すわっ!」
藍華「ひっ!」
晃「なんだなんだ藍華、朝から背を丸めてだらしない」
藍華「あ、晃さん。そう言われても今朝は寒くって……」
晃「それはそうと、おはよう、藍華」
藍華「あ……お、おはようございます」
晃「ふむ、たしかに今朝は寒いかな。朝寒ってやつだ」
藍華「あささむ……」
晃「秋も末に近づくと、日中は暖かくても明け方に気温が著しく下がるんだ
藍華「はあ」
晃「その朝方の、どことなく肌寒い様子を表す言葉だな
藍華「へええ……」
晃「と、寒さに参ってる後輩には、びしっと訓練をしてやらないとな」
藍華「えっ! あ、な、なんだか急に体があったまってきちゃったなーっと……」
晃「すわっ!」
藍華「ひいいっ!」
晃「私は今日、なんと午後一のお客様しか予定がないんだ」
藍華「そ、そうです、か」
晃「というわけで、午前と午後二に分けて特訓してやろう。いつもより数倍厳しくするからそのつもりで!」
藍華「ひゃああっ! え、えーと、実は今日合同練習が……」
晃「ん? 灯里ちゃんはアリシアとの実地訓練、アリスちゃんもアテナに舟謳を習うとか聞いたんだがなぁ〜?」
藍華「うっ……いつの間に……」
晃「ふっふっふ、観念しろ藍華!」
藍華「ぎゃぴぃーっ!」

『天の川(あまのがわ)』

アリシア「今夜は随分と星が綺麗ね……あら?」
アル「これはこれはアリシアさん。こんばんは」
アリシア「こんばんは、アル君。こんな所で会うなんて奇遇ね」
アル「はい。今宵の星空に誘われて、つい夜の散歩に赴いてしまいました」
アリシア「あらあら、うふふ(そういえば灯里ちゃんが言ってたわね、今晩藍華ちゃんが……って)」
アル「どうかしましたか?」
アリシア「いいえ。そうね、こんな星空の下じゃあ出歩いちゃうのも無理ないわね」
アル「はい、見事な天の川ですからね」
アリシア「あまのがわ……」
アル「数億個以上の恒星が天空に現れて、淡く帯状に見えるものです
アリシア「うふふ、そうね。七夕伝説の舞台にもなっていて、“銀河”“銀漢”などとも言うのよね
アル「さすがよくご存知ですね」
アリシア「うふふ、ありがとう。それにしても本当に素敵な星空ね……」
アル「ええ、ついつい見とれてしまって……」
アリシア「…………」
アル「…………」
アリシア「…………」
アル「……あっ!」
アリシア「どうしたの?」
アル「いやぁ、待ち合わせをしてたのをうっかり忘れるところでした。空を見上げてうわのそら、ってね」
アリシア「あらあら、うふふ」
アル「それでは、僕はこれにて失礼します。アリシアさん、夜道にはお気をつけて」
アリシア「うふふ、ありがとう」
アル「それでは、ごきげんよう」
アリシア「ええ、ごきげんよう(……やっぱり、藍華ちゃんと待ち合わせかしら?)」

『有明月(ありあけづき)』

アル「おや、お早うございます灯里さん」
灯里「アル君! 明け方に散歩なんて珍しいね?」
アル「灯里さんこそ。もしかして日課ですか?」
灯里「えへへ、これは私のちょっとしたお楽しみなんだよ♪」
アル「お楽しみ?」
灯里「そう。まだ薄暗いうちに起き出して、だあれも居ないネオアドリア海へ漕ぎ出して……」
アル「なるほど、それは気持ちがよさそうですね」
灯里「いつもアリア社長が一緒なんだけど、今日は気持ちよさそうに社長が眠ってたから一人でね」
アル「しかも、ゴンドラではなく散歩ですか」
灯里「うん。きっと、夜明けのネオ・ヴェネツィアが楽しい感動をくれるかなーって」
アル「大いに同感です。そしてほら、あそこに有明月も」
灯里「ありあけづき?」
アル「はい。“有明”は夜明け、明け方の事で、その時分の薄明かりの中に残っている月の事です
灯里「ほへーっ、なるほどね。早くも素敵を発見しちゃうアル君も素敵探しの名人だね」
アル「いえいえ。こうやって夜明けの素敵を探している灯里さんも名人ですよ」
灯里「えへへへ……でも、アル君もよく朝方散歩に出るの?」
アル「今日はたまたまですね。なんとなくです」
灯里「ほへ」
アル「そうそう灯里さん。」
灯里「うん?」
アル「先ほど有明といいましたが、有明と言っても、決して、某即売会の会場だったりではありませんからね」
灯里「アルくん、それってどういうこと……?」
アル「……失言でした。すいません、忘れてください」
灯里「???」

『碇星(いかりぼし)』

晃「碇星とは…… 北天にほとんど一年中見えるW字型の星座のことだ。
 初秋から初冬にかけてがとくに美しいぞ。北極星を見つけ出す目印にともなるんだ。
 ちなみに、カシオペア座の和名だ

アリス「はあ、ありがとうございます。でっかい勉強になります」
晃「そうか、よしよし」
アリス「ところで晃先輩……何故それを私に?」
晃「それはだな、たまたま藍華がアルくんから聞いていた話を耳にしてな」
アリス「しかも何故たまたま通りすがっただけの私に……」
晃「すわっ!」
アリス「!!(びくっ)」
晃「信じられるか? 藍華のやつ、今日が私からの指導日だって事も忘れて大幅な寝坊をしてるんだぞ」
アリス「えっと、もしかして先ほどのいかりぼしの話と関係があります?」
晃「ああ。星座について聞いてたら夜が相当遅くなってしまったらしい。だから寝坊につながった」
アリス「それで藍華先輩が準備万端で起きてくるのを今晃先輩は待っている、と」
晃「そうだ。そこへアリスちゃんが通りがかってきたんでな。偶然というやつだ」
アリス「つまりは……」
晃「ん?」
アリス「いえ……(でっかい八つ当たりってやつでは)」
晃「何か言ったか?」
アリス「い、いえ、何も!」

『十六夜(いざよい)』

アテナ「アリスちゃんアリスちゃん」
アリス「何ですか、もう寝る時間ですよ」
アテナ「ほら、見て見て。綺麗な月が出てるわ」
アリス「どれどれ……。うわぁ……でっかい綺麗です」
アテナ「十六夜ね」
アリス「いざよい? って何ですか?」
アテナ「マンホームの陰暦十六日の夜を言うの。特に、陰暦八月十六日の夜。または、その夜の月をさすのよ
アリス「……今日がそれにあたるんですか?」
アテナ「ううん。なんとなく思っただけ」
アリス「……アテナ先輩、そろそろ寝ませんか。明日は早いんじゃなかったんですか?」
アテナ「あ、うん……」
アリス「まぁくんは既にお休みですよ」
アテナ「あ……ちょっと待って」
アリス「今度は何ですか」
アテナ「後ね、「いざよい」はためらうことで、十五夜の月よりもやや遅れて出てくるため、この名があるの
アリス「なるほど……。で、それがどうかしたんですか?」
アテナ「綺麗な月夜だから、寝るのをためらったりしない?」
アリス「しません」
アテナ「しょぼん……」
アリス「……もう、今晩だけですからね。ちゃんと明日は起きてくださいよ?」
アテナ「アリスちゃん……うん」
アリス「(たしかに綺麗ですけど……。月がてらてらと建物を照らして……)」
アテナ「アリスちゃん?」
アリス「な、なんでもないですよ。でっかい気のせいです!」
アテナ「???」

『稲妻(いなずま)』

ぴかっ!ごろごろごろ……
アリア「ぷいにゅーっ!」
灯里「はひーっ!」
アリシア「あらあら、二人とも何をしてるの?」
アリア「ぷ、ぷい……」
灯里「はひ、稲妻の映像を見てたんです」
アリシア「稲妻の映像?」
アリア「ぷいにゅ」
灯里「不意に見つけたんですよ。アクアではほとんど見られるものではありませんし」
アリア「ぷいぷい」
アリシア「あらあら、そうだったの」
灯里「ちなみにアリシアさん。稲妻はどういうものであるかご存知ですよね」
アリシア「ええ。でも、説明お願いしてもいいかしら?」
灯里「はひ。雲中の電気が放電するときに起こる火花です
アリシア「うふふ、その通りよ。どうしてこんな字を書くかは知ってるかしら?」
灯里「はひ。稲が身を結ぶ時期に多いため、稲妻が稲を実らせると信じられたんですよね
アリア「ぷいにゅっ」
アリシア「あらあら、よく勉強してるのね」
灯里「えへへ」
アリア「ぷいぷい」
灯里「ほへ? アリア社長、もう一度見るんですか?」
アリア「ぷい」
灯里「はひぃ、たしかに再生ボタンを押せば簡単に見られますが、さすがにもう一回は遠慮したいです……」
アリア「にゅ……」
アリシア「うふふふ、えいっ」
ぴかっ!ごろごろごろ……
アリア「ぷいにゅーっ!」
灯里「はひーっ!」
アリシア「あらあら、これは見事な稲妻ね」
灯里「……はひぃ、アリシアさん驚かせるの禁止ですーっ」
アリア「ぷいにゅーっ」

『居待月(いまちづき)』

アル「おや、こんばんは。アリシアさん」
アリシア「あらあら、こんばんは」
アル「今お帰りですか?」
アリシア「ええ。お客様をお見送りした帰りなのよ」
アル「それはそれは、遅くまでご苦労様です」
アリシア「アルくんもお仕事の帰り……ではなさそうね」
アル「はい。今日は居待月を見ようと、夜の街に繰り出してみました」
アリシア「居待月というと……マンホームは陰暦十八日の月ね。とくに陰暦八月十八日の月かしら
アル「その通りです。ほら、丁度あそこに」
アリシア「まあ……」
アル「たしか、満月よりも一時間ほど遅れて目に入るんです
アリシア「ふむふむ」
アル「居間や座敷で座って待つことからこの名がついたんですよ……って、ご存知ですよね」
アリシア「いいえ、今初めて知ったわ。ありがとう」
アル「それは何よりです」
アリシア「……うーん、居間や座敷」
アル「はい?」
アリシア「ということは、これからそこへ?」
アル「はい、その通りです」
アリシア「もしかして、姫屋かしら?」
アル「はい。どうして分かったんですか?」
アリシア「うふふ、なんとなく」
アル「はあ、なんとなく、ですか」
アリシア「折角だから、私も灯里ちゃんやアリア社長と居待月を見ないとね」
アル「はい、是非。楽しんでください」
アリシア「うふふ、それじゃあ」
アル「はい、それでは」

『色無き風(いろなきかぜ)』

アリス「ふう……」
晃「おや? アリスちゃんじゃないか。どうしたんだ、ため息なんかついて」
アリス「あっ、晃さん。こんにちは」
晃「ああ、こんにちは。何か心配事でもあるのか? 元気なさそうだが」
アリス「えっと、大したことではないのですが……」
晃「アテナのドジっ子にほとほと愛想がつきたか?」
アリス「ええ、はい……あ、いやでっかいそうじゃなくて……」
晃「ははは、冗談だよ。で、本当の理由は?」
アリス「散歩がてら、ちょっと風に当たっていたらなんだか寂しくなってきちゃって……」
晃「風?」
アリス「もう秋だからかもしれませんけど……」
晃「ふうむ、色無き風、だな」
アリス「はい? いろなきかぜ?」
晃「要するに秋の風のことだ。「色無き」は華やかではないという意味だぞ
アリス「つまり……」
晃「秋風に影響を受けたんじゃないか?」
アリス「なるほど、秋風の物寂しさを表しているのですね。それが私にうつった、と」
晃「そういうことだな」
アリス「随分と詩的な物言いをされますが、どうしてまた……」
晃「それは多分、よく一緒にいる人物の影響なんじゃないかな」
アリス「一緒にいる……アテナ先輩ですか?」
晃「アテナはどちらかといえばそういうのには鈍感な気もするが……。ちなみに、藍華もさっき似た感じだったぞ」
アリス「藍華先輩も?」
晃「そうだ。アリスちゃんと藍華、二人がよく一緒に居るのは誰だ?」
アリス「灯里先輩……」
晃「そういう事だな。季節の風物から影響されて気持ちが変わる……ウンディーネにとって、ある種大切な事だな」
アリス「なるほど。でっかい納得です」
晃「もっとも、普段から影響出過ぎるのもいいかどうかはしれないが」
アリス「それも、でっかい納得です」

『鰯雲(いわしぐも)』

藍華「うーん……」
灯里「どうしたの藍華ちゃん、空を見上げて唸ったりして」
藍華「見事な鰯雲よねーって」
灯里「本当だ」
藍華「恥ずかしい台詞禁止」
灯里「えーっ、まだ何も言ってないのに」
藍華「言わなくてもわかるわよ。それよりね、灯里」
灯里「何?」
藍華「ARIAカンパニー創設当時って、グランマ一人で切り盛りしてたのよね?」
灯里「うん。あ、もちろんアリア社長も一緒だよ」
藍華「それはわかってるわよ。で、たとえばグランマとアリア社長がこんな空を見上げてると……」
灯里「見上げてると?」


秋乃「見てくださいアリア社長。見事な鰯雲ですよ」
アリア「ぷいにゅい……ぷ、ぷぷい?」
秋乃「え? いやいや、あれは食べられませんよ」
アリア「ぷぷい、ぷいぷい」
秋乃「いわしぐもというのは秋空一面に斑点状に広がる巻雲
秋乃「波のように連なる白雲が、イワシの群れるさまのように見えるためについた名ですから
アリア「ぷいぷい、ぷぷいぷい」
秋乃「うふふ、そうですね。今晩は魚料理にしましょうか」
アリア「ぷいにゅ!」
秋乃「もちろん、腕によりを振るいますよ」
アリア「ぷい〜」


藍華「という会話になったに違いないのよ」
灯里「えっと、それってどういう……」
藍華「つまりは、アリア社長が居ると、食材の名前が出た時点で食事の話になるとかってこと」
灯里「ほへ……。でも、なんでそんな事を思ったの?」
藍華「あっちでよだれたらして空見上げてるアリア社長見てたらね……」
灯里「わ、アリア社長そんなところで寝てたら風邪引きますよー」
アリア「ぷい……にゅ……」
藍華「やっぱり食べ物の夢でも見てるのかしらね……」

『落し水(おとしみず)』

アリス「落とし水……」
藍華「はい?」
アリス「あ、いえ」
藍華「いきなり何よ。おとしみずって?」
アリス「稲妻が実ると水を必要としなくなるので、稲刈りの前に田の畦を切って水を落とすことです
藍華「ふーん。で、その落とし水がどうかしたわけ?」
アリス「グランマの田んぼもそろそろそんな時期かなぁと思いまして」
藍華「練習中にそんな事を考えてるんじゃないわよ。観光案内と関係ないでしょ?」
アリス「でっかいそんな事ありません。日本の文化村を案内するに辺り十分価値があります」
藍華「はぁ、まったく……。灯里がアリシアさんとの実地訓練じゃなかったら更に乗っかるんだろうけど」
アリス「……」
藍華「今私たちが案内しようとしてるのは劇場でしょ?」
アリス「今その劇場で公演されている劇は日本を舞台にしたものです」
藍華「でも田んぼは出ないでしょ?」
アリス「一言一句出ないとは限りません」
藍華「食い下がるわね……」
アリス「いえ、でっかいそれほどでもありません」
藍華「ほめてないからっ!」

『御山洗(おやまあらい)』

灯里「うわぁ、降ってきました。急いであの軒下に行きましょう社長っ」
アリア「ぷいにゅーっ」
灯里「……ふう、あまり濡れずに済みましたね」
アリア「ぷいぷい」
アル「こんにちは、灯里さん」
灯里「はひっ。あ、アルくん」
アリア「ぷいにゅっ」
アル「奇遇ですね、雨宿りですか」
灯里「うんっ。アルくんもみたいだね」
アル「ええ。買い物帰りに参っちゃいましたよ」
アリア「ぷいぷい」
灯里「しばらく止みそうにないですね……」
アル「まぁ、大人しく待ちましょう」
灯里「あ……」
アル「どうされましたか、灯里さん」
灯里「多分、御山洗ですね」
アル「おやまあらい?」
アリア「ぷいにゅ?」
灯里「はい。マンホームの富士閉山のころに降る雨のことです
灯里「この雨は、登山期中の不浄を洗い清めるものとされているんですよ
アル「なるほど……」
アリア「にゅ……」
アル「……時に、灯里さん」
灯里「はひっ」
アル「このネオ・ヴェネツィアの街中で、しかもマンホームにある一山の閉山に関わりがある雨を……」
アル「どうして、分かるんでしょうか?」
灯里「えっと……どうしてなんでしょうか……」
アル「……はは、灯里さんらしいですね」
灯里「ほへ?」
アル「いえいえ、気になさらないでください」
灯里「はひ」
アリア「にゅ……」

『刈田(かりた)』

暁「よぉ、もみ子」
灯里「暁さん、こんにちは」
暁「おう」
灯里「……」
暁「どうしたよ」
灯里「いえ、いつもなら髪を引っ張ってくるもんですけど、それが無いなぁと」
暁「なんだ、引っ張ってほしいのかもみ子よ」
灯里「そんなわけありませんっ」
暁「理由は簡単でだな、そいつが何か睨んでるから……」
アリス「……」
灯里「アリスちゃん? 睨んでるんじゃなくて、考え事してる目ですよ」
暁「そうなのかよ……」
灯里「アリスちゃんアリスちゃん、どうしたの?」
アリス「ああ、灯里さん。ふとグランマの田舎を思い出しまして」
灯里「グランマの?」
アリス「今の季節は……そう、刈田が……」
暁「かりた、って何を借りたんだよ」
灯里「その借りたじゃなくて、稲を刈り取ったあとの田ですよ。アリスちゃんそれがどうかしたの?」
アリス「刈り株だけが整然と並ぶ光景には……」
灯里「光景には?」
アリス「農家の一年の仕事が終わった、でっかい充実感と寂しさがあります」
灯里「うん」
アリス「グランマ、元気かな……」
暁「……なんか、たそがれてやがんな」
灯里「というか不思議なんですが……」
暁「何がだ?」
灯里「アリスちゃん、グランマの田を刈ったりとかしたんだっけって……」
暁「……」
アリス「はあ……」

『雁渡し(かりわたし)』

アリア「ぷいぷいっ、ぷいにゅっ!」
灯里「どうしたんですか? アリア社長」
アリア「ぷいぷい……ぷいー……」
アリシア「あらあら、子猫さんに分けてあげようとしたおやつを鳥さんに取られちゃったみたいね」
アリア「ぷいっ!」
灯里「はひー、社長ご立腹です」
アリシア「大丈夫ですよ、すぐに新しいものを用意しますからね」
アリア「ぷいぷい」
灯里「鳥さん……雁、じゃあないですよね。ネオ・ヴェネツィアに」
アリシア「あらあら、どうして?」
灯里「はひっ。そろそろ雁渡し……寒い風が吹いてますから」
アリア「ぷいちゅ?」
アリシア「アリア社長。雁渡しっていうのは初秋から仲秋にかけて吹き渡る北風のことなんですよ
アリア「ぷいにゅい」
灯里「はひっ。これが吹くと、空や海が青々と澄み、いちだんと秋らしくなるんです
灯里「この時期、雁が渡ってくるためにこう言うんですよ
アリア「ぷい〜」
アリシア「そういえばすっかり秋になってきたわね。そうだ、今日は秋を探しに行こうかしら?」
灯里「秋を探しに、ですか?」
アリア「ぷい?」
アリシア「ええ、素敵な場所があってね。お弁当作って出かけましょう」
灯里「わーひっ」
アリア「ぷいぷい〜」
アリシア「あらあら、うふふ」

『菊日和(きくびより)』

灯里「うわぁ、綺麗だね〜」
藍華「菊の花の時期ね」
灯里「うん、まさに菊日和、だね」
藍華「灯里、それまんまじゃない……」
灯里「えーっ。菊日和ってのはね、菊の花が盛りとなる時期に見られる秋晴のことなんだよ
灯里「さながら、菊の香りが染みとおるような、澄んだ晴天を表す言葉だね
藍華「ぐっ……だ、だとしても!」
藍華「菊の花を見て言うのは間違ってるわ! 言うなら空を見ていいなさいよね!」
灯里「あ、そっか。さっすが藍華ちゃん」
藍華「ふふん、どうよ」
灯里「すごいすごいー」
藍華「……なんだろ、なんか釈然としないわね」


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