「お気に入りのご飯、いっぱい買えてよかったですね」
「ぷいにゅ〜っ」
青が広がる空の下、ネオヴェネツィアの街中、細い石畳を灯里とアリア社長が歩いている。両の手には大量の荷物。それは買出しにて仕入れた、家にためておくための食料である。灯里が言ったように、アリア社長が普段より愛好しているものを大量に手に入れ、なんともご機嫌いっぱいの二人(正確には、アリア社長が、であるが)。自然とその足取りも軽やかに。
「今日は晴れてるせいか人がたくさんいますね」
「ぷいぷい」
しばらくして道はやや広くなる。サン・マルコ広場に続くそれに、その道を行く人の姿も徐々に増えてくる。観光の一等地としても有名なこの場所は、老いも若きも、男女問わず絶えず人が行き交う実ににぎやかな場所だ。その人の率、そして広場の状態から、偶然の出会いというのは生まれるもの。
ぐいっ
「はれっ?」
不意に、灯里は体を引っ張られる感覚に襲われた。バランスを崩してよろめきそうになるが、なんとか大地に足を踏ん張る。歩を止めて力を受けた方向を見れば、そこには見知った顔があった。
「よう、もみ子」
「暁さん……もみ子じゃありません」
片手で灯里のもみあげ……じゃなくて、両脇に垂らした髪を引っ張り、片手でよぅと気軽に挨拶。困った顔の灯里と比べてなんと対照的であろうか。
「こんなところで何をしているもみ子よ」
「だからもみ子じゃありませんって。……アリア社長のご飯の買出しです」
「ふむ。……時にもみ子よ、今暇か? 暇だよな?」
「あのぅ、見ての通り私は買出しの帰り道で……」
「実は今日用事があってこれから俺様は浮島に帰らねばならん。そこでだ、いつものようにすすっとロープウェイ乗り場までゴンドラで送ってくれや」
「聞いてます?」
相変わらずというか、暁は押しが強い。毎度毎度、灯里側としてはその押しにやられてきた。そして今まさに彼女が立たされている状況はそれである。
足元でアリア社長がぷいぷいと裾を引っ張っている。それに気付くと同時に、灯里自身も両手に抱えた食料に、やや腕がしびれてくる。早く帰ってこの荷物を置いてこなければ。が、それに構わずに暁の口は止まらない。
「なぁに、半人前だからと言って気にする必要はない。俺達は友達。だからお客さんだと思わずに遠慮なく乗っけてくれればいいんだ」
「はひ〜、暁さんすっかりその気なんですね……っていうか落ち着いて傍から聞いてると凄い図々しいんですけど……」
「ぷいぷい〜」
やれやれ、とため息をつく。が、しかしない袖は振れない。今はゴンドラに乗って出てきているわけではなく、徒歩で買出しに来たのであるから。
「あの、暁さん」
「なんだもみ子よ」
「もみ子じゃありません。あのですね……」
バササササ!
「きゃあっ」
「うおっ!」
「ぷいにゅ!」
足元から鳥が立つ。丁度二人と一匹の周りには、鳩が何羽か闊歩していた。それが急に舞い上がったのだ。突然の出来事に慌てふためき、うっかり荷物を落としそうになった灯里を手早く暁は支えてやった。そして、その荷物をまるまる彼が片手で抱えた。
「はひ〜……ありがとうございます暁さん」
「……思うにこれは買いすぎだぞ、もみ子よ」
買いだめにしても限度があるだろう、というくらいに灯里は手荷物を抱えていたのであった。暁はかろうじて片手で持っているが、これもうっかりすると地面に落としてしまいそうだ。危うい状況になる前に、両手で分けて持つべきかもしれない。
「それにしてもなんだって急に鳩が……ん?」
「ぷいぷい?」
「あれ? 君は……」
やがて、二人と一匹は自分達に視線を送る小さな男の子の存在に気がつく。つばを後に帽子を浅くかぶったその子は手に袋をさげていた。おそらく走ってきたのだろうか、やや息が荒い。
「お前か、鳩が飛び上がった原因は」
じろりと暁がにらむ。が、それに構わず、その子は手に持っていた袋をはいと差し出した。
「え? どうしたの?」
「これ、鳩の餌なんだ。折角買ったんだけど、乗り物までの時間がないからってお母さんが言うから……お姉ちゃん達にあげる。僕の代わりに餌をやってよ。はい」
「え? え?」
口早に告げると同時に男の子は灯里に目的のものを手渡した。
「……これ、まだ沢山入ってるけど」
紙のそれには、たっぷりと餌が詰まっているようだ。質量から灯里はそれを感じ取った。
「だって1つ2つ投げただけだもん。じゃあお母さんが呼んでるから僕もう行くね。じゃあね」
「ああっ、ちょ、ちょっと待って!」
灯里が呼びかけるのもむなしく、その男の子は走り去っていった。その途中では、お約束のごとく鳩が次々と飛び去っていく。そしてその子はお母さんらしき人物と合流した。更にそして、その二人が慌しく走り去ってゆく。
その光景を見ながら、あ〜〜〜〜〜と、灯里はつい伸ばした手の置き所に困って、そのポーズのまま固まっていたのだった。
「……もみ子よ、それは何かのパフォーマンスか?」
「はひっ? い、いえ」
「ゴンドラの上でやるには少々バランスが悪いぞ」
「だから違いますって」
慌てて態勢を立て直す。ついでに服の埃をぱんぱんと払う。で……手に残ったのは先ほど少年からもらった鳩の餌袋。内容たっぷり、新品同然である。
「うーん、どうしましょうか、これ」
「どうしましょうって……もみ子なら餌をやるんじゃないのか」
「あはっ、それもそうですね。それじゃあこれから思う存分くるっぽに餌やり時間ですね」
「ぷいにゅ〜」
“もみ子じゃないですけど”と小さく付け足しながら、灯里は広場の真ん中へ歩き始める。その足元でアリア社長も歩き出す。一人と一匹のその足取りは、既に軽やか、楽しみ気分でいっぱいなのが見てとれた。思いがけず出来たお楽しみ道具。今後の時間に彩を添える、素敵な代物を灯里は得た。満面の笑顔を振りまいている彼女に対し、暁は荷物を抱えてたままその後を追う。
「……ま、一袋分くらいすぐになくなるだろ。それまで付き合ってやるか」
よっ、と荷物を持ち直す。たまの気分転換。そういえば、以前にもため息橋にて餌やりをやったような気がする。その当時感じた時間をもう一度得たいのかもしれない。薄ぼんやりと考えていると、そんなに距離を歩くことなく灯里はその歩みを止め、慌てたように後ろの方……暁の方を振り返った。その顔はやや申し訳なさそうである。
「ん? どーしたもみ子」
「ああっ、あの、暁さんに荷物持たせっぱなしですいませんっ」
「ああ、かまわねーよ。第一、もみ子の場合こんなもの持って餌やりなんてできんだろ」
「それはそうなんですが……それに暁さんは浮島に帰らなくちゃいけないんじゃ……」
ついつい餌やりそのものに夢中になりかけていた灯里だが、先に暁から呼び止められた際の話を思い出した。餌やりに付き合っている暇などあるのだろうか、と。
「別に俺様は急いでるわけじゃない。だから気にせずに好きなだけ餌をやれ。っていうか俺様にも少しわけろ。俺様は片手で十分できるんだからな」
「はひっ、ありがとうございます」
ぱぁっと顔を明るくし、灯里は片手を差し出す暁に、紙袋を傾けていくらかの餌を渡した。穀物のそれは、逆さにすればあっという間に零れ落ちてしまう。片手いっぱいになったところで、灯里は袋を元に戻す。
「なくなったら言ってくださいね。またおすそわけします」
「おう。……って、おすそ分けだと何か違わないか、もみ子よ」
「そうですかね……。あと、もみ子じゃないです」
何度も繰り返す、もみ子否定の言葉。ちっとも効果がない事は傍から聞いても分かるような事だが、それでも彼女がそれを言うのは、微かな望みにかけてか、それとも単なる習慣かもしれない。特にそう怒っているわけでもないのが、それを物語っている。
「はい、アリア社長も」
「ぷいにゅ〜」
アリア社長の手のひらにも同じように餌が手渡される。灯里とアリア社長は、その場にかがみこみ、ぱららっぱららっと餌を振りまく。と、どこからともなく鳩が舞い降り、闊歩してやってきて、それらをついばむ。
当たり前の光景ではあるが、鳩に餌をやるという事の魅力はなんであろうか。単に餌を食べてもらう事からくる何かの嬉しさがそこにはあるのだろう。ただ何気ないままにぼーっと餌をばらまいていても楽しい。特に灯里にとっては、そんな気ままな時間もたまらないものである。
「可愛いですね、アリア社長。うまうまって美味しそうに食べてますよ」
「ぷいぷい〜」
自らの手からころころと離れた餌が、鳩のくちばしにつっつかれる様。間近で見るとやや恐いものはあれど、そのつぶらな瞳とあわせてみると、なんとも和やかな気分になってくるものだ。
そんな彼女らとは対象的に、暁は立ったまま餌をやっていた。片手から少しずつ、ぱらりぱらり、と餌をばら撒くすんぽうだ。最初はその、手から落ちた餌をついばむ鳩を見下ろす形であった暁。やがて鳩は餌の元がどこからきているのかを察知する。それはすなわち暁の手の中。が、鳩がそこに群がろうとする時、既に彼の掌から餌はなくなっていた。ばらまき終わったという事だ。
「ふむ……。もみ子よ、追加の餌をくれ」
「はひっ。でも、もみ子じゃありませんからね」
お決まりの言葉を付け足しながら、灯里は差し出された暁の手に鳩の餌をざらざらと流し込む。やがてそれが掌満杯になると、配給をとめた。
「うむ、ご苦労」
「いえいえ」
他愛無いやり取りの後、二人は再び餌やりに戻る。同じ態勢のまま、暁は先ほどよりやや控えめに餌の流す量を調節した。ぱらぱらと掌からこぼれる餌。それに群がる鳩。その鳩の頭上にわざと餌を追撃にこぼす。めざとい鳩達はそれを見逃さず、餌の出現元がどこであるかを理解する。そうやっているうちに……何羽かの鳩が彼の手に集まる形となっていた。
「ふっふっふ……」
ここで、小出しにするのはやめて思い切って閉じていた手を開けてやる。すると、これまた鳩達は我先にと彼の手に集中する。それらを見てか、更なる鳩達がやってくる。要するに手乗り鳩の完成である。
「ふむ、やったはいいが……これでは俺様が動けんぞ」
鳥達に手を占拠され、それを支えるので手一杯。下手に動けばあっという間に手乗り鳩状態が崩れてしまうからだ。苦笑にも似たため息をもらす。が、そこで一つ……いや、二つの視線がしきりにこちらへ投げられているのを感じた。一体なんだと探してみれば、その主は餌の提供元である灯里とアリア社長。
「どうしたもみ子よ」
「凄いです、暁さん……」
「はっはっは、そうだろそうだろ。これぞ暁流手乗り鳩だ」
「まるで……たくさんの鳩達を手に従えて、地上に姿を現した天の使いみたいです……」
「な……!」
真剣なまなざし。そして惜しげもないほどの素の口調で飛び出す台詞。思わず度肝を抜かれた暁であった。丁度それと同時に彼の掌の餌はすべて食べつくされ、あれだけたかっていた鳩達はばさささと勢いよく飛び去ってしまうのであった。
「終わってしまったか……それにしてももみ子よ、恥ずかしい台詞は禁止だぞ」
「ええ――っ」
「それに、お前でも簡単にできる。さっきのでコツはわかったしな」
「ほ、本当ですか?」
途端に、灯里の目がわくわくしたそれに変わる。そして、立ちくらみもものともせずに彼女は素早く立ち上がり、暁の元へと歩み寄った。手乗り鳩。大した話ではないのだが、彼女にとってしてみれば、また新たな餌のやり方を見つけたという事が大収穫なのだ。“早く、早く”と表情が力いっぱい急かしている。
ずずいっと顔を近づけてくる彼女に圧倒されながら、暁はとりあえず餌袋を受け取る。そして、ある程度の量の餌を彼女の手に握らせた。
「いいかもみ子よ。まずは立ったまま、餌を少しずつ少しずつ落とすんだ」
「はひっ。少しずつ、少しずつ……」
ばららららっ
「ああっ!」
ゆっくりと開いた灯里の手から、大量の餌がこぼれおちた。あっ、と思って手を閉じた時には、餌はほとんど無くなった後であった。肝心の鳩は地面に落ちた餌をついばむのに忙しい。その鳩達と同位置にアリア社長も餌配り。
「もみ子よ、動きが固いぞ。っていうか何故そんなに力む」
「えへへへ。新しい事にチャレンジしてるって思うと、つい緊張しちゃって」
「……ほんっとマイペースだな、お前は」
たかだか餌やり程度で何故緊張ができるのか、暁にとっては不思議でたまらなかった。ふう、と息をつきながら、追加の餌を渡してやる。心なしか、それを受け取る灯里の手が震えているように見える。ますます暁は、ふう、と息をついた。
「もみ子……お前は本当に幸せものだな」
「ほへ? どうしたんですか、急に」
「別になんでもない。さてと、今度はしっかりやれよ」
「はひっ」
二度目の挑戦。手をゆっくりと、わずかに開く。
ぱらっ……ぱらっ……
隙間から少しずつ餌が零れ落ちてゆく。お約束のごとく鳩がやってくる。何羽かはそれをついばむ。が、量は当然圧倒的に足りない。そして彼らの目は、餌が出された元――灯里の手の方へと向けられる。と、灯里はやや手を下げて握っていたそれを開いた。地面付近で餌をついばんでいた鳩達は、ぱっとそれに飛び乗る。餌を嗅ぎ付けて他の鳩達もやってこようとする前に、灯里は手を自分の目線……よりはやや上の高さまでゆっくりと上げてやった。そして鳩達は……そこにやってくる。これでもう、手乗り鳩の完成だ。
「わーひっ、できました〜」
「微妙に俺様の時と状況が違うが……まぁ結果オーライってとこだな。それにしてもよくそんなやり方をとっさに考え付いたな、もみ子よ」
「はひっ。餌はこっちだよー、と鳩さんを誘導してあげればいいかなって思いまして。そしたら自然に手が動いてました。きっと鳩さんは私のそんな心を感じ取ってくれたんでしょうね」
“でももみ子ではありません”と最後に付け足す。そして相変わらず灯里は笑顔だ。望んだ事の完成、達成により上機嫌なのもあるが、何より今の自分の光景に酔いしれているのかもしれない。そんな彼女の心持を汲み取ってか、自然と暁の目にも笑みがこぼれてくる。
が、やや笑ってはいられなくなってきた。暁の時と比べて妙に鳩の密集率が高い。いや、後からどんどんと押し寄せてくる。もはや片手で抱えきれるというレベルではなくなってきた。
「はひーっ! あ、暁さん、どうしたら……」
「と、とりあえず餌、餌だ。餌を遠くへばらまけ!」
「って、その餌は暁さんが持ってるじゃないですかーっ」
「そ、そうだった。ええい、この餌を……ってどわーっ!?」
ばららららっ!
「あぅっ!」
慌てて袋の餌をばらまいた暁。が、それは遠くどころかすぐ近く……丁度手乗り鳩状態であった灯里にすべて命中してしまったのだった。
「ちょっと暁さん、私に餌をぶつけられても困りますーっ!」
「ついだつい、手が滑った! 勢いあまって全部投げちまった!」
ばささささーっ!
「わ、わわわわーっ!」
灯里に対してばらまかれた鳩の餌。それらは服やら帽子やら体のあちこちに引っかかり、当然それを狙って鳩はやってくるわけで……。
「ひぃえーっ、は、鳩さん、鳩さんがーっ!」
「お、落ち着けもみ子よ、今なんとかしてや……」
ばささささーっ!
急いで灯里を救出しようと手を伸ばした暁であったが、これまた彼めがけてたくさんの鳩が押し寄せてきたのであった。
「ぬわああっ、何故餌を持ってない俺様にまでーっ!」
「あ、暁さん!? 暁さんーっ!」
「ぐわあああーっ!」
もはや周囲など気にしていられない、二人の叫び声が辺りに響く。既に姿は鳩に埋もれてしまって確認ができない状態。ただ、その異様な光景を、アリア社長だけが、声も出せずに見つめて固まっていたのであった。
そして暗転……。
ヒッチコックの鳥とまではいかないが、鳩の嵐をまともにくらってしっちゃかめっちゃかの二人。群れが去った後には、鳩の尾羽を頭に体にいっぱい乗せ、衣服もあちこち破れかけ乱れた姿がそこにあった。それこそ、とてもではないが一度身支度を整えねばお客さん相手などをしていられる状態ではない。または、知り合いに出くわしたらどんな事を言われるか――幸いにもそれはなかったが。
「もみ子よ、大丈夫か?」
「……見てのとおり大丈夫じゃないですし、もみ子でもありません」
さすがの灯里も明るい受け応えはできないようである。
「こういうのを……兵どもが夢のあと、と言うんだっけか?」
「違いますよ。狼藉です」
鳩から開放された後も、きょとんとした表情で、ただ体を動かすことも適わずに言葉だけを発する暁と灯里。ひとまずは現状の適切表現を出そうと試みたのであった。
「ぷいにゅー……」
二人を心配して、ようやく金縛りの解けたアリア社長が体をすりよせてくる。目に大粒の涙を浮かべているところを見ると、相当に気が気でたまらなかったのだろう。
「アリア社長は無傷ですね……なんででしょう?」
「さあ、俺が知るか。……ん、なんかやけに体が軽いな」
「ああーっ!! 買出しのご飯がーっ!!」
「へ? おお、そういえばいつの間に……」
ついさっきまで……正確には、大量の鳩に襲われる前に暁が抱えていた荷物。それがそっくり消えていたのであった。いや、かろうじて辺りにその残骸――いくつかの箱だけは散らばっていた。地面をはいずるようにそれを確かめるが、当然のようにそれらは空っぽであった。
「ぷいぷいーっ!」
くすんくすん、とアリア社長の涙が大粒のそれに変わる。要するに、貴重な食料は鳩に根こそぎ食い尽くされてしまったという事だ。
「ほへーっ、最近の鳩さんは猫さんのご飯でも食べちゃうんですねぇ」
「感心してる場合かもみ子よ。また買出しに行かねばならんのだぞ」
こんな時でもマイペースな灯里に、暁はもはや感心のため息しか出なかった。さすがにびっくりしすぎたのだろう。彼女もこれ以上慌てる元気はなかったのかもしれない。
「ぷいぷいっ」
「あ、そ、そうですね。はい、これから行きましょう」
涙目で灯里を急かすアリア社長。ようやくそれに気力を起こし、灯里はよいしょと立ち上がった。
ぺたん
「あ、あれっ?」
……立ち上がろうとしたが、へにゃっとそこにしりもちをついた。先ほどの襲撃がよほど体に堪えているらしい。それを見かねてか、続いて先に立ち上がった暁は彼女に手を差し伸べた。
「ほら」
「あ、すみません」
よいしょ、と声を上げながらようやく灯里は両足を大地に踏ん張る事ができた。ぱんぱんと服の埃を払い、衣類の皺をまとめあげる。その傍らで、暁は残骸となった箱を全部拾い上げてまとめていった。このままではただのゴミになってしまうのだから。
やがて、歩き出す準備ができよう頃、ゴミを抱えて彼は言った。
「しょうがない、俺様も付き合ってやろう」
「暁さん……?」
「ぷいにゅ?」
きょとんと視線を投げる灯里とアリア社長に、ややぶっきらぼうに暁は喋り始めた。
「鳩に襲われたのは餌をもみ子にぶつけてしまったのと、食料を目立つところに持っていた俺様が原因でもあるしな。それに荷物持ちが必要だろう。俺様が持ってやる」
「暁さん……ありがとうございますっ」
「ぷいにゅっ」
二人からの素直な礼の言葉。やや照れながら、暁は手に持っていたゴミをくしゃっと丸めた。乾いた音が鳴り響く。と、そこである事を思いついたのか、灯里は先ほどの言葉につなげた。
「そうだ。お礼と言っちゃあなんですけど、買い物の後に浮島までお送りしますね」
「お、そうか。すまないな」
「いえいえ」
「ぷいにゅーっ」
軽いやりとりの後、意気揚々と、二人と一匹は買出しのためにサン・マルコ広場を後にした。鳩と関わって思いがけない事件を体験した彼女らであったが、これもまた楽しい思い出、という事でその出来事は幕を閉じたのであった。
<くるっぽー>