『お雑煮』

窓の外から聞こえる鳥のさえずりで俺は目を覚ました。
部屋には今年最初の朝日が差し込んでいる。
「う〜ん…」
俺は一つ伸びをしてから布団を出た。
冬の朝の冷たい空気が体にしみわたるが、今日はなんとなくそれも心地よく感じる。
「さすがに遅くまで起きてたから眠いな…」
昨日の夜は、みんな寝たのが1時近くだったしなぁ。
名雪のやつも珍しく「みんなで新年を迎えるんだよ」とかいって起きてたしな。
俺はあくびをかみながら、寝間着から普段着に着替えた。
ちょうど着替え終わってイスに座ったとき、部屋のドアをノックする音がした。
「祐一〜、起きてる〜?」
どうやら名雪が起こしにきたらしい。俺より早く起きてるとは新年早々なんだかやられた気分だ。
「あぁ、起きてるぞ」
そう言いながらドアをあけてやる。
「珍しいな、俺より先に起きてるなん…」
「これ、どうかな…?」
ドアの外に立っていた名雪はいつものパジャマ姿ではなかった。
かといっていつもの普段着というわけでもなく、もちろん制服を着てるわけでもなく…
「……新春かくし芸大会?」
「違うよ〜。確かにかくし芸大会に出てる人は着物きてるけど…」
そう、名雪が今着ているのは着物なのだ。
「お前も着物なんて持ってたんだなぁ」
「そうだよ。毎年お正月には着るようにしてるの」
そういって袖を振ってみたりしている名雪。
「う〜ん、なんか…」
「なにか?」
「変だな」
「う〜、ひどいよ〜」
急に落ち込んでしまう。ちょっと言い方がまずかったな。
「いや、そうじゃなくて」
「そうじゃなかったら、なに?」
「普段見慣れてない格好だから、なんか変な感じだなぁってこと」
「なんだ〜、そういうのはちゃんと言ってよね」
どうやら機嫌も直ったみたいだな。よかったよかった。
「そんなひどいこと言うんだったら、お母さんに頼んで祐一のおせちだけ全部紅しょうがにしてもらおうかと思ったよ」
機嫌なおってくれてほんとによかったよかった…。
「それにしても、祐一も新年早々大変だね…」
「ん? 何がだ?」
いきなりよくわからないことを言い出す名雪。
「ううん、なんでもない。早く下に降りよう。お母さんたちも待ってるから」
そう言って名雪は先に階段のほうへいってしまった。
まったく、言いかけたのなら最後まで言ってくれないと気になるっての。
なんとなく腑に落ちない思いを持ちつつ、俺も下に降りることにした。

名雪に連れられて1階に降りてみると、すでに机のうえにはごちそうが並んでいた。
黒豆やかずのこやえびなどの豊富なおかずのそろったおせち。一品一品秋子さんの手作りなんだろうな。
「あら祐一さん、あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます、秋子さん」
ちょうど台所からでてきたその秋子さんとまず新年の挨拶をかわす。
秋子さんは、着物の上にエプロンという服装で、雑煮を運んでいるところだった。
「昨日はよく眠れました?」
「ええ、遅くまで起きてたおかげでぐっすりでしたよ」
「それはよかったですね」
「あ、秋子さん、俺も運ぶの手伝いますよ」
そう言って台所のほうに行こうとしたとき、
「祐一、お年玉ちょうだ〜い!!」
「ぐふぅ!」
そんな声を上げながら真琴が思いっきり突っ込んできた。
い、いま、モロに入ったぞ…。
あうーっタックルを受けてうずくまっている俺に、真琴はさらに言葉を続ける。
「ほら、そんなとこにうずくまってないで、お年玉ちょうだいよぅ」
「誰がやるか!!」
こんな態度のやつにどう考えてもやるわけないし。
そもそも、何で俺が真琴にやらなあかんのかってんだ。
「祐一のケチ〜」
「ケチで結構。それに、タックルしてくるのはあゆで十分だ」
「うぐぅ、ボクだってわざとタックルしてるわけじゃないんだよ…」
「お、あゆもいたのか」
タックルをかましてきた真琴のかげで見えなかったが、後ろにはあゆもいたようだ。
「祐一君、あけましておめでとう」
「おめでとう。今年もよろしくな」
「こちらこそ、よろしくね」
「しかし、みんな着物きてるんだなぁ」
真琴もあゆも、着物(名雪のものだろうか)を着ていたのだった。おかげで正月雰囲気ばっちりだ。
「せっかくのお正月ですし、みんなで着ようということにしたんですよ」
秋子さんが説明してくれる。
「さぁ、ご飯の準備ができましたよ。みんな席についてくださいね」
「はーい!」
みんなでおせちを囲んで席につく。そして各人の前には雑煮が置かれた。
「へぇ〜、これが名雪のところの雑煮か。やっぱりうちのとは違うんだな」
雑煮は地方や家庭によってだしや具材が全然違うって、前に聞いたことあるしな。
しかし名雪はその雑煮をじーっと見てから言った。
「ううん、いつもと入ってるのが違うような気がするよ。ねぇお母さん、このお雑煮っていつものと違うの?」
「あら、気がついたのね」
どうやら水瀬家で普段食べている雑煮とも違うらしい。
「たまには別のにしてみようかと思ったの。ちょうど昨日、お隣さんに作り方を教わったのよ」
秋子さんはそうにこやかに答えた。肝心の中身はというと、
ニンジンや椎茸などはおなじみの具なのだが、魚の切り身が入ってるのが特徴的だった。
さらに、もちの上には見たことのない野菜が乗っていた。
「秋子さん、この葉っぱって何ですか?」
「それはかつお菜よ、あゆちゃん。お隣さんの実家ではお雑煮に欠かせない野菜らしいの」
「へぇ〜そうなんですか」
「あんまり聞いたことない野菜だね」
「そうね。お隣さんの実家でも正月以外ではまず見ないらしいの。だから手に入れるのがちょっと大変だったわ」
それをどうやって手に入れたかってとこは聞かないことにしておこう…
「もぅ、そんなことはどうでもいいから早く食べようよぉ」
一瞬間のあいた場の空気が真琴の一言で動きだした。
確かに、こんなおいしそうな料理を前にしてなかなか食べれないんじゃ、文句のひとつもでるよな。
「そうね、じゃあみんなでいただきましょうか」
「「「「いただきまーす!」」」」
そうして、みんなで今年最初の食事を行った。
もちろんおいしかったのはいうまでもない。

食事も終わり、居間でくつろぎながらテレビを見ていると、
「そういえば祐一、今日の本の食べ物は何だったの?」
と名雪が声をかけてきた。
本…食べ物…
「…今日は俺の番なのか?」
「祐一、やっぱり気づいてなかったんだ。さっき起こしにいったときに枕元に本があったから、
今年最初の当番は祐一なんだなぁって思ったんだけど」
なるほど、さっき名雪がいってた新年早々大変ってのはこれのことをいってたんだな。
ったく、やっぱりって言うぐらいならその時教えてくれればいいのにな。
「まだ見てなかったからちょっと取ってくるよ」
そう言って俺はダッシュで2階の部屋へ。
確かに、枕の横には例の本が置いてあった。
しかしこの本はいつ見てもいい気がしないよな…
しかも元旦からこんなのを見るとは…。今年の運勢を暗示してるようで何か嫌だし。
その場で今日の内容を確認してもよかったのだが、居間に持って下りることにした。
居間で待ってた名雪のところに戻り、おそるおそる本を開いた。そこには…

『●お雑煮
お正月にたべる餅の入った吸い物
地域によって味や具材が異なる』

「…もうさっき食べ終わったな」
「…そうだね」
ほっと息を撫で下ろす。正月から変なものを食べさせられるんじゃないかと内心びくびくしてたからな。
「よかったね祐一、今年最初の食べ物が普通で」
「うむ。一年の計は元旦にありっていうしな」
「…それなんか違うよ」
まぁそんな細かいことはいいんだ。大事なのはしょっぱなを無事に乗り切れたということだ!
「祐一君〜、名雪さ〜ん、そろそろ初詣にいくんだって〜」
台所のほうからあゆの声が聞こえる。どうやら後片付けも終わったみたいだな。
「ねぇ祐一」
「ん?」
「今年もいい年になるといいね」
「…そうだな」
今年もみんなで遊んでさわいで食物食べて…
その1つ1つが思い出となるような年に…
「よし、いくか名雪」
「うん」
今年も頑張っていきますか!!



<A HAPPY NEW YEAR!!>


後書き:ということで食物奮戦記番外編、新春バージョンをお送りしました(^^)
正月早々ひどい目にあうのもどうかなと思ったので、今回はおとなしめにしてみました。
雑煮はどこの家でも食べるものだけど、いろんな種類がありますからね…。まず餅の形から違いますし。
今回出した、ブリとかつお菜の入った雑煮はうちの地域の雑煮です。
普通だとこの時期にしかまず食べることのないかつお菜ですが、けっこうおいしいです。
みなさんの地方ではどんなお雑煮なんでしょうね…。
それではまた〜

03.1.3