『たい焼き』

とある休日の朝、俺は商店街に来ていた。
理由は簡単、今日の料理がこれだったからだ。

『●たい焼き
鯛の形をした型に小麦粉をといたものを流し込み、
餡などを入れて焼いた物。しっぽの先まで中身が
入ってるかが重要なポイント』

さすがにこれはあゆと一緒に食べるのが常識というものだろう。
どれくらい常識かというとエジソンが偉い人ということぐらい常識なのだ!
……そんなことはどうでもいい、早くあゆを探すとしよう。
といっても、いつもここで待っていればあゆの方から来るから探す必要はないんだけどな。
「祐一く〜ん」
そう考えていると後ろからあゆの声が聞こえてきた。
あまりに予想どおりの展開にだが、それもあゆらしいといえる。
ただ、このままいけばいつものようにタックルをくらうことになるだろう。
だがしかし! いつもタックルを受けてばかりの相沢祐一ではない!!
今日は見事に避けてやるのだ。しかも後ろを振り向かずに避けるというおまけつきだ。
俺は後ろに意識を集中した。だんだんあゆの足音が近づいていくのが分かる。
激突まであと5秒,4,3,2,1…
「今だ!」
俺は素早くその場から横に移動した。これであゆはそのまま前に突っ込むはず…
どーん!
「ぐぁはっ!」
突然の衝撃が体中に走る。そしてそのまま意識が遠くなっていく…
「祐一君、大丈夫!?」
…自分からぶつかっておいてそういうこというのか、お前は。
薄れゆく意識の中で、俺はそう思わずにはいられなかった。


「…ったく、死ぬかと思ったぞ」
「ごめんね祐一君。まさかボクが避けた方向に祐一君が避けるとは思わなかったから…」
それからしばらくして、俺は無事に意識を取り戻した。
あゆによると、気絶していたのはほんの30分ぐらいらしい。
「だいたい、あんなに全速力でタックルすることはないだろうが」
「うぐぅ、祐一君の姿が見えたから嬉しくて急いで走ってきただけだよ」
「やっぱりあゆはうぐぅタックルで俺を亡き者にしようとする暗殺者だったんだな」
「うぐぅ!そんなわけないよっ!!」
それにしても、まさかあゆに回避先をよまれるとは思わなかったな…
やはり俺はうぐぅタックルからは逃れられない宿命でもあるのだろうか。
…嫌だな、そんな宿命。
「これからはもう少しスピードを落としてからタックルしろよな」
「うぐぅ、別にタックルしようとしてるわけじゃないよ…」
そんな会話をしたのち、あゆと別れて家路に着くことにした。
こんな日はおとなしく家に帰るのが一番だ。
でないとまたうぐぅタックルで殺されそうになるからな。
「うぐぅ!そんなつもりでやったんじゃないってば!
それに『うぐぅタックル』なんて名前をつけないでよ!」
後ろでわめいているあゆは気にせずに、俺は家へ向かって歩きだした…
「…って、すっかり料理のこと忘れてるじゃないか」
重要なことを思い出したのであわててあゆのところへ戻る。
あゆは急に戻ってきた俺に向かって不思議そうな顔をしていた。
「どうしたの、祐一君。何か忘れ物?」
「ああ、今日の料理を食べるのをすっかり忘れていた」
そう言ってあゆに本を見せた。
そこに書いてある料理名を見ているあゆの目がどんどん輝いていくのが分かる。
「ということはもしかして祐一君、ボクにたい焼きおごってくれるの?」
「まあな。ただし、1個だけだからな」
「わーい、祐一君のおごり〜♪」
嬉しそうにはしゃぎながらいつものたい焼き屋へ向かっていくあゆ。
それを後ろから見ながら、やはりあゆをさそって正解だったなと思うのだった。


あゆと出会ったところから歩いて5分ほど。目的地に着いたのだが・・・

『定休日』

いつもあゆが利用している(食い逃げしている)たい焼き屋の前には、
そんな看板がぶら下がっていた。
「これは予想外だったな…」
「せっかく祐一君におごってもらえると思ったのに〜」
そうは言っても肝心の店が営業してないのだからどうしようもない。
ここでたい焼きを買って食べるのはあきらめるしかなさそうだ。
「仕方がない、家に帰って自家製たい焼きでも作って食べることにするか」
「そうだね…。祐一君の家だったらたい焼き器がありそうだもんね」
「あゆも一緒に来るか?」
「もちろん行くよ!」
というわけであゆと2人で家に戻ろうとしたそのとき、
「たい焼きを売っている所を探してるんですか?」
「うわっ!」
びっくり振り返るとそこには天野が立っていた。
また全く気配が分からなかった。天野が暗殺者だったら俺はもうこの世にはいないだろう。
「そんなに暗殺されたいんですか?」
「そんなわけないだろうが。ものの例えだよ」
「そうですか…」
そこで何故残念そうな顔をする。
「ところで、天野は他にたい焼きが売ってるところを知ってるのか?」
「はい、商店街のはずれの方に最近オープンしたたい焼き屋があるんです」
「へえ〜、そうなんだ。ボク全然知らなかったよ」
横であゆが驚いている。あゆにすら知られてないということは
よっぽど目立たない場所にあるんだろう、そのたい焼き屋は。
「私が案内しますので、ついてきてください」
そう言って天野は商店街の奥のほうへ歩いていく。
俺とあゆの2人は後を追ってそのたい焼き屋に行くことにした。


「ここです」
天野に連れてこられた場所は商店街の中でも随分寂れた所だった。
これだとあゆが知らないのもうなずけるというものだ。
というかこの店はあきらかに立地場所を間違えたんじゃないだろうか、とも思ってしまう。
「いらっしゃいませ〜」
その『一口屋』と書かれた店の奥から店員と思われるお姉さんが出てきた。
「ようこそ一口屋へ! 当店ではただ今、開店セールをやってましてお得なセットを実施しております〜」
「お得なセット?」
「はい! なんとたい焼き3個で100円とドン・○ホーテもびっくりのお買い得価格となってます〜」
ドン・キ○ーテはともかく、確かにそれは安い。
「ねえねえ、祐一君。それにしようよ〜」
あゆも同じ意見のようだ。確かにこれだったら、ちょうど3人いるから1個ずつ食べれるし、おごっても全然元はとれそうだ。
「それじゃ、それ一つお願いします」
「わかりました〜。今から焼きますので少々おまちくださいね。店長、ロシアンセット1つお願いします〜」
元気な店員のお姉さんは注文を言いながら厨房に入っていった、のはいいんだが…
「…ロシアンセットってなんだ?」
「さあ…」
「天野は知ってるか?」
「はい、一応ここの一押しメニューですから」
「どんなのなんだ?」
「ただの3個入りのたい焼きセットですよ。ただ…」
「ただ?」
「何味が入っているかは完全にランダムになってるらしいです」
なるほど、食べてみてからのお楽しみってわけか。だからその分値段も安いのかもしれないな。
「天野はこのロシアンセットを食べたことがあるのか?」
「いえ、人づてで聞いただけです。私が聞いた人の場合、カフェラテ味とメロン味とお好み焼き味だったそうです」
「カフェラテ、メロン、お好み焼き…?」
今、たい焼きの味としては非常に耳慣れない言葉を聞いたような気がするのだが、気のせいだろうか。
「なあ天野、もう1回言ってくれないか?」
「はい。カフェラテ味、メロン味、お好み焼き味の3つです」
どうやら気のせいではないらしい。
「なんか明らかにたい焼き向きじゃない味が入ってるような気がするんだが…」
「この店は、独創的なたい焼きで有名らしいですから」
いくら独創的とはいえ、それをたい焼きと呼んでいいのだろうか。
横を見るとあゆもなんだか難しそうな顔している。
この状況から考えてもここはどうやら遠慮したほうがよさそうだな。
そう思い、店員を呼んで注文の取り消しをしてもらうことにした。
「すみませ〜ん、さっき注文したロシアンセッ…」
「はい!お待たせしました〜」
「うわっ!」
注文の取り消しは、店員の元気な声に押されて届かなかった。
ていうか、もうできたのか? 話してる間に結構時間が経ってしまってたのか…
「あの〜、すみませんけど、それやっぱ…」
「はい、どうぞ。100円になりま〜す」
「いや、あの…」
「今なら消費税もサービスできっかり100円になりま〜す」
「そうじゃなくて…」
「こちら、次回から利用できるたい焼き1個無料券もついててお値段据え置き100円で〜す」
「…わかりました。100円払います…」
この町はどうしてこうも人の話を聞かない人が多いんだろう…
そんなことを考えながら、この謎のたい焼きセットを受け取る俺であった。


「ねえ、どうしよう祐一君。そんなに変な味のたい焼きばっかりだったら、
さすがのボクでもあんまり食べたくないよ…」
「そうだな…」
たい焼き屋の帰り道、近くの公園によった俺とあゆと天野の3人は、ベンチに腰掛けて
さきほど手に入れた「ロシアンセット」の処理について考えていた。
「かといって、捨てるのももったいないし、3人で1つずつ食べるしかないんだろうな…」
「だよね…」
結論は決まっているのだが、実際問題としてなかなか足を踏み出せないのが現状だった。
「まああそこの店だって普通のたい焼きも置いてますし、大丈夫かもしれないですよ」
「でも明らかに大丈夫じゃない確率のほうが高いような気がするんだが…」
「そうとも限らないですよ。もしかしたら新たなおいしさを発見するかもしれないですし」
天野の意見ももっともだ。それにここでウダウダやってても話が進まないしな。
「よし! じゃあたい焼きを選ぶ順番をじゃんけんで決めるか!」
「了解!」
そしてじゃんけんの結果、あゆ・天野・俺の順で選ぶことになった。
最後というのがちょっぴり不安だが、残り物には福があるというから大丈夫だろう。
「じゃあまずボクからいくね…」
1番手のあゆがたい焼きを手に取る。あきらかにその手が震えているのがわかった。
「うぐぅ…。たい焼き食べるのにここまで緊張したのは初めてだよ…」
「そんなに緊張するなって。別に毒が入ってるわけじゃないんだし」
「そうですよ。月宮さんならどんなたい焼きにだって打ち勝てますよ」
その言葉に勇気付けられたのか、あゆは目をつぶって一気にたい焼きにかぶりついた。
そしてしばらくそのまま口を動かす。そして…
「…おいしい」
「ほんとか?」
「うん、焼き芋みたいな感じだよ」
「焼き芋?」
そのとき、あゆの持ってたたい焼きの袋から1枚の紙切れが落ちてきた。
それを拾い上げて中身を見てみると…

『○焼き芋あん
さつまいもペーストをふんだんに使用。
冬の定番おやつの焼き芋を再現してみました』

「それはなかなかおいしそうですね」
「だよな。こういうのなら全然問題なしだよな」
どうやらあゆの引いたのは当たりだったらしい。
そのままあゆは一気にその焼き芋あんたい焼きを食べてしまった。
「おいしかった〜。あんなにビクビクしてなんか損したかも」
「よかったな、あゆ。まともなのに当たって」
「うん!しかもここのたい焼き、しっぽの先まであんがぎっしりだよ。
最近はなかなかここまで入ってるのは少ないんじゃないかなー」
どうやら本に書いてあった条件もしっかりクリアできてるようだな。
これでまともな味だけ作ってくれればいいたい焼き屋になるんだろうが。
「さて、次は天野の番だな。次は何が出るかな…」
「相沢さん、おどかさないでください」
「別におどかしてるつもりはないぞ。ただ、あゆが当たりだったみたいだから次はどうかな、と」
「そういうのをおどかすというんです」
そう言いつつも天野はそのまま平然と1口たい焼きを口に入れた。張り合いのないやつめ。
天野はしばらくそのたい焼きを味わってから、自分が食べたたい焼きの袋の中から1枚の紙を取り出し、
「なるほど…」
とつぶやいた。
その様子から察するにはずれではなかったようだが、いったい何を食べたのかが気になる。
「なあ天野、何味だったんだ?」
「カニクリームコロッケです」
「カニクリームか…。また微妙なものを入れたもんだよなあ」
「いえ、カニクリームではなくてカニクリームコロッケです」
天野はそう言って先ほどの紙を俺に渡した。それには、

『○カニクリームコロッケ
なんと、コロッケを丸ごとたい焼きの皮で
包んでみました。ちょっと不思議な一品です』

と、しっかり書かれていた。
「ちょっとどころじゃないと思うんだが…」
「ほんとだよ、祐一君。ほら、たい焼きの中にコロッケが入ってる」
あゆが見せてくれたたい焼きには確かにコロッケがまるごと入っていた。
たい焼きの皮の中にコロッケの皮。そしてその中にカニクリーム。
「…何考えてこんなの作ってるんだろうな」
まあ、メロン味とかが通るような店だから、このくらいで驚いてもいられないような気もするが。
その後、天野は難なくたい焼きを食べ終えて「ごちそうさまでした」と言った。
「じゃあ最後は祐一君だね」
「今まで2つとも当たりでしたから、次はどうなるんでしょうね…」
天野がさっきのお返しとばかりにそう言ってくる。
しかし、さっきのカニクリームコロッケは若干はずれのような気がするのは気のせいだろうか。
さて、ここでオチとしてはずれを引く確率も十分考えられるが、
いいだしだ俺が食わないわけにはさすがにいかないだろう。
ここは覚悟を決めてサクッと食べてしまいましょうかね…
「祐一さん、そこでたい焼きいっきですよ〜」
「っ!?」
どこからともなくそんな声が聞こえてきたような気がしたので、あわてて周囲を見回す。
しかし、いつものいっきチームどころか自分ら以外の人の姿すらなかった。
「どうしたの祐一君? 急にあたりを見渡したりして」
「いやな、どこからともなくいっきを強要する声がしたような気がしたんだが」
「ボクはなにも聞いてないけど」
「相沢さんはよっぽどいっきが好きなんですね」
んなわけはない。
しかし、幻聴まで聞こえるとは俺も大分病んでるんだろうな…
…まあいいさ、こうなったらご期待にそえて一気に食べてやろうじゃないか!!
半ばヤケになった俺は、目の前のたい焼きを一気に口の中に入れ込んだ。
「おぉ、祐一君すご〜い」
「さすがイッキの祐一、という称号を持ってるだけはありますね」
なんか好き勝手言われてるような気がしたが、反論しなかった。
正確には言えば反論できる状態ではなかった。
「……」
おそらく味から察するにツナマヨネーズだろう。おにぎりやサンドイッチでは定番の味だ。
しかし、この温めのツナのどろどろとした感触…。たい焼きの皮とも明らかにミスマッチだ。
しかもいっき食いをしたせいで口中がツナのどろどろねっとり感でいっぱいになっていく。
『しっぽの先まで中身がたっぷり』もここでは完全に裏目に出てしまっていた。
「……」
ああ、あまりの気分の悪さにだんだん頭がぼーっとしてくる…
「祐一君、大丈夫!?」
心配そうなあゆの声もなんだか遠くから聞こえてくるようだ。
なんかこんな状況、ついさっきあったような気がするんだが…
そのとき、袋の中から出てきた1枚の紙が俺の視界に入ってきた。そこには…

『○ツナマヨネーズ
若者に大人気のツナマヨを入れてみました。
店長おすすめの一品です』

…お前ら、ちゃんと味見して商品開発してるのか?
本日2回目の薄れゆく意識の中、俺はそう突っ込むのが精一杯だった…

<毎日毎日僕らは鉄板の〜♪>


後書き:というわけで食物奮戦記『たい焼き』です。
卒論締め切り前に現実逃避として書いてた(爆)ものをなんとか最後まで仕上げました。
当初の予定ではたい焼きは全部で12個あって、各キャラ1個ずつ食べる予定でしたが、
さすがにネタが続きそうになかったので3人のみとなりました(それでもちょっと苦しいですけどね)
ちなみに本編中に出てくるたい焼きはすべて実在するものです(ちゃんと全部食べてみました(笑))
他にも「コーヒーゼリー」とか「マンゴー(ナタデココ入り)」とか変なのもまだまだたくさんありますが、
その辺は次回の『たい焼き<最大トーナメント編>』で(書けるかどうかわかりませんが)
それではまた〜

03.08.09