「酒だ…」
そう、酒なのだ。
今日の料理を確認しようとした俺の目に飛び込んできたのは酒だった。
『●ボジョレ・ヌーヴォー
毎年11月の第3木曜日に解禁されるボジョレ地方のワイン
解禁日には世界各地でワインパーティーが催される』
「さてどうしようか…」
これは秋子さんに知られるわけにはいかないな…。
今まで幾度となく逃亡を試みてことごとく失敗していたが、
今日はまだ秋子さんには気づかれていないようだ。
よし、今日こそは大量の酒から逃れてやる!!
「…まずはこの家を出るのが先決だな」
俺はゆっくりと部屋のドアをあけて廊下を見渡す。
誰もいないのを確認してから、そーっと廊下に出た。
そして階段をゆっくりと…。
「あれ? どこいくのよぉ、祐一」
ビクッ!
「…な、なんだ真琴かよ。脅かすなよ…」
「なによぅ、祐一が勝手に驚いただけじゃないの」
文句ありげな顔をする真琴。だが今はお前にかまっている暇はないのだ。
「俺は今急いでるんだ。じゃあな」
「ちょっと、真琴の質問に答えてないじゃないのぉ!」
そう言ってまたつっかかってきた。まったく、早くしないと秋子さんに気づかれるじゃないか。
とりあえず適当に相手してさっさとやり過ごすしかないようだな。
「これだよ、これ。今日の食物を探しに行くんだよ」
俺は脇に抱えていた例の本を見せた。
「へぇ〜、今日は何の料理なの?」
「ボジョレ・ヌーヴォーだ。真琴には多分わかんないと思うがな」
「『ぼじょれ、ぬーぼー』? なんかそんな名前のやつが真琴の部屋にあったような…」
「何っ!?」
真琴の口から驚きの発言が飛び出してきた。真琴の部屋にまで酒は進出してたのか!?
「すぐ取ってくるから待ってないさいよぉ〜」
そう言って真琴はたたたっと自分の部屋に走っていった。
後になって思えば、このときなぜ俺は急いで家を出なかったのか…
非常に悔やまれる時であった。
ものの数十秒後、真琴は何かを持って部屋から出てきた。
「はい、おまたせ」
「……?」
そう言って真琴がくれたのは1本のお菓子だった。どうやらチョコのようである。
白地のパッケージには黄色い謎の生物のイラストが描かれている…
「…ってこれ、『ぬーぼー』じゃないか!」
「そうよっ、だって祐一『ぬーぼー』探してたんでしょ」
自信満々な真琴。
しかもよく見ると『ほわほわチョコ』に名前が変わる前の純正のぬーぼーだし。
よくこんなの売ってる店があったよなぁ…。まさかあの例の駄菓子屋か?
って感心してる場合じゃない!
「あのなぁ、俺が言ったのは『ボジョレ・ヌーヴォー』。お菓子じゃなくてお酒なんだよ」
「あら祐一さん、今日はボジョレ・ヌーヴォーなんですか?」
「っ!!!」
後ろを振り返ると階段のところから秋子さんが顔を覗かせていた。満面の笑みを浮かべて。
「いや、あのですね、これは…」
「心配しなくても大丈夫ですよ。ちゃんとこの前の11月に手に入れておいたものがありますから」
「そうなんですか…」
「それ以外のワインもたくさんありますから、今夜はたっぷり飲んでくださいね」
「は、はい…」
どうやら俺がどうあがこうが、結局いつものパターンに落ち着くことになるらしい。
あきらめムードを漂わせながら、俺は何度目ともわからぬ夜通しワイン飲みに挑むのだった…。
<今年は11月20日>
03.11.22