『うまいぼうマリンビーフ』

「マリンビーフ…?」
例の本を開いた俺の目に謎の単語が飛び込んできた。
マリンビーフ、海の牛肉とはこれいかに。
とりあえず机に置いてある国語辞典で調べてみた。載ってるかはあやしいがな。
と思ったらしっかりあるし。侮りがたし国語辞典。
なになに…
『マリンビーフ:魚肉から水分と脂肪を除去して作る濃縮タンパク質』
なんかこの説明でもいまいちわかんないが、要するに魚肉ということらしい。
ということは魚肉を練りこんだうまいぼうってことか。
…あんまりおいしそうな感じがしないが。
と、一人憂鬱な気分になりながら本の説明書きを見る。

『●うまいぼうマリンビーフ
海の旨みと牛肉の旨みを
融合させたマニアックな味』

「ただ単に海の幸+ビーフってだけかい」
落ち込んだのが損した気分だった。
しかし、みずからマニアックというぐらいだから微妙な味なんだろうなあ。
なんだ、別に落ち込んでも損でもないじゃないか。
「…損したままのほうがよかった気がするぞ」
まあ仕方ない、商店街の駄菓子屋に行って買ってくればそれで終わりだ。
善は急げ、というわけで俺は家を出て商店街に向かったのだった。


駄菓子屋までダッシュでやってきた俺は、さっそく目当ての商品を探した。
しかし、店のうまいぼうコーナーを見てもマリンビーフなるものは見つからない。
「すいませ〜ん、うまいぼうマリンビーフ1本くださ〜い!」
仕方ないので店の奥にいたおばちゃんを呼んでみる。
俺の声に気づいてこっちにきたおばちゃんに、俺は自分の欲しい商品を伝えた。が、
「はて、マリンビーフなんて味は置いてたかねぇ」
「えっ、無いんですか?」
「ここのコーナーにないんだったらうちにはないねぇ」
「そうですか…、わかりました」
売ってないのなら他の店を探すまでだ。ということでサッと退散することにした。
何も買わずに出ていくのも悪いので駄菓子を数点買っていくことにしたが。
駄菓子屋を後にした俺は、うまいぼうが売ってそうなところを手当たり次第当たってみた。
スーパー、コンビニ、購買店…。
しかし、どこの店でも数種類は置いてあるものの、肝心のマリンビーフは見つけることができなかった。
気が付けば商店街の外れまで来ていた。
「何でどこにも売ってないんだ…」
やはり味がマニアックだと、どこの店も取り扱ってくれないのだろうか。
このままでは目的のものが見つからないままだとペンギン人生一直線…
何としてもそれだけは回避しなければ!!
ばさっ
その時急に突風が吹き、俺の顔めがけて1枚の紙切れが飛んできた。
「な、なんだ?」
とりあえず顔に張りついた紙を取る。そこには、
『だがし夢幻屋 オープン!』
の文字と店の地図がのっていた。駄菓子屋オープンのチラシらしいが…
「…これは、ここに行けということか?」
非常に作為的なものを感じる。
そうは言っても他にうまいぼうを売ってそうな心当たりはないし…


その地図の場所は商店街の中でも随分寂れた所だった。
わざわざこんな場所に店を作らんでもいいだろうに…
なんかこの前のたい焼き屋があったところに雰囲気が似ているような気がするな。
というかよく見てみたら、その駄菓子屋の隣が例のたい焼き屋、『一口屋』だった。
しかも珍しく客がいる。女の子の2人連れのようだ。
こんなとこまでわざわざたい焼きを買いに来るとは、物好きなやつ…。
「あ、祐一君だ〜」
「ほんとだぁ。こんなとこでなにしてんのよ、祐一」
その物好きはどちらも俺の家の居候だった。まぁ俺も居候なんだが。
あゆと真琴の2人は湯気の出てるたい焼き袋をもってこっちに走ってきた。
「そっちこそ何してんだ、こんな所で」
「何ってたい焼き買いにきたに決まってるじゃない」
確かに。たい焼き屋まで来てお米を買っていくわけないしな。
「この前、祐一君と美汐ちゃんと3人で来たときにもらった無料券が
今日までだったから買いにきたんだよ。あと、はいこれ」
あゆはまだ暖かいたい焼きの袋を渡してくれた。
「それ、祐一君が食べていいよ」
「お、おごってくれるのか? めずらしいこともあるもんだな」
「だってボクと真琴ちゃんはもう食べちゃったし。ちょうど祐一君が来たから」
何か嫌な予感がするんですが。
「…もしかして、ロシアンセットか?」
「うん」
「却下だ」
「えぇーっ!」
「えぇーっ、じゃない」
「うぐぅ…」
「うぐぅ、でもない。まったく、俺におごってくれるなんてめずらしいと思ったら、そういう事か」
「でも、たい焼きはできたてのうちに食べないとおいしくないんだよ」
「それに、これって1人1個ずつ食べるのがルールなんでしょ。だったら真琴とあゆはもう食べちゃったもーん」
2人とも好き勝手いってくれる。特にあゆは俺がこの前ひどい目にあったのを知ってるというのに。
「ていうか何でわざわざロシアンセットを買ったんだ。普通のを買えばいいだろうに」
「うぐぅ、それがね、この前の無料券をよく見たら『ロシアンセット1個無料券』だったんだよ」
これは、何としても奇妙キテレツたい焼きを世に広めたいというたい焼き屋の陰謀か?
金輪際、この店の近くには近寄らないほうがいいかもしれないな。
まあ今はそんなことよりも目の前のたい焼きだ。話の流れから食わないわけにはいかなさそうだが…
「参考のために聞いておくが、残りの2つは何味だったんだ?」
この返答次第によっては、まだハズレを引くと決まったわけではなくなるからな。
「えっとね、ボクはダブルマロンだったよ。栗とマロンクリームが入ってて結構おいしかったなあ」
「なるほど、あゆはまた当たりだったんだな。で、真琴はどうだった?」
「真琴のはねぇ、キャラメルプリン味! ほんとにプリン味がするんだよ」
「それってプリンがそのまま入ってるだけじゃないのか?」
「違うわよぉ。中はクリームだったもん」
なんかどっちも当たりっぽいぞ。どうする、俺!
ここでまた珍妙たい焼きの毒牙にかかって倒れるのか!!
「…もう慣れちまったけどな」
半ばあきらめムードであゆからたい焼きの袋を受け取る。
そして意を決して一口食べる。間違っても『一口で』じゃないぞ。
「……なんだこれ?」
食べて最初の一言は予想通りそんな言葉だった。
中の具はどうやら麺のようだが、焼きそばとは違うようだし…。
とりあえず、袋の中の説明がきを確認してみることにした。

『○ミートスパゲティ
和風の焼きそばたい焼きに対抗した、
ちょっと洋風のおしゃれなたい焼き』

…たい焼きにスパゲティを入れるのがおしゃれなのか?
やっぱりここの連中のセンスはズレまくってるな。
「ねぇ祐一君、何味だったの?」
「スパゲティだ」
あゆと真琴の2人にも中の具をみせてみた。
「うぐぅ、やっぱり甘くないたい焼きって変なのが多いね…」
「でも祐一にはそんなのがお似合いよねぇ」
うるさいぞ、真琴。
でもまぁ、この前ほど劇的にまずかったわけじゃないからよしとしておくか。

「ふぅ〜、ごちそうさん」
「おそまつさま」
「今度からは、一切ここのたい焼きは食べないからな」
「うぐぅ、わかったよ」
一応、念には念を押しておく。
「そういえば祐一は何しにここにきたの?」
真琴の言葉ではっとなる。たい焼きのせいですっかり当初の目的を忘れてたではないか。
「いやな、そこの店にうまいぼうを買いに来たんだ」
俺は例の本を見せ、いままでいろんな店を回ったけどどこにも売ってなかったことを語った。
「へぇ、マリンビーフ味なんてあったんだね」
「俺も聞いたことなかったんだけどな」
「マリンビーフ…どっかで聞いたことあるような…」
「おっ、真琴は知ってるのか?」
「うん、前に美汐と話してた時に聞いたと思うんだけど…」
「天野か…」
天野だったらあんまり人が知らない情報を持ってる可能性もあるよな。
「まっ、店に入って実物を見れば問題なしだな」
こんなところでつっ立ってるのもあれなので、俺たちはさっそく中に入ることにした。

ガラガラガラ…
「いらっしゃいませ〜」
店の中に入ると、バイトらしき人がせっせとダンボール箱を運んでいるところだった。
どうやらちょうど商品の入荷時間に来てしまったようだ。
「すみません、ここの店ってうまいぼう置いてます?」
俺が聞くと、バイトのおにーさんは少しため息をついてから、自分が運んでいるダンボールを見て言った。
「見てのとおり、有り余るぐらいあるよ。今日なんか8000本も入荷してるしね」
「8000本も!」
「すっごーい!!」
「…ということはこれ全部うまいぼうなんですか?」
「そういうこと。もう半分ぐらいは裏の倉庫に入れたけどね」
これで半分って…まだ10箱以上あるような気が。
「うまいぼう普及協会とかいう謎の団体から大口注文があってねぇ…。
 まったく、そんなに頼むんだったら自分たちで問屋に買いに行ってくれって」
バイトのおにーさんがそう愚痴る。まぁ10本や20本じゃなくて8000本だしなぁ。
まてよ、8000本と言えば…。
「大変そうですね」
「そう、8000本納品するとバイトのおにーさんは大変なわけよ」
やっぱりそう来たか…。このフレーズはこのときのための伏線だったのか?
「おまけに今日は一緒にバイトするはずのやつが風邪で寝込んじまっててさらに大変…」
「あの、うまいぼう搬入途中で悪いんですけど、マリンビーフ味ってあります?」
「マリンビーフねぇ…。なんか倉庫の奥で見かけたような…」
「あるんですか!?」
「多分な。ちょっと倉庫見てくるから待ってろ」
そう言ってバイトのおにーさんは店の裏のほうに走っていった。
あれだけ探し回っても見つからなかったものが、こうもあっさり見つかるとは。
さすがうまいぼうが8000本も入荷する店だな。
「よかったね祐一君、目的のものが見つかって」
「ああ、全然見つからなかったからどうしようかと思ったけどな」
「う〜ん、何て言ってたんだっけ…」
真琴はまだ美汐の言葉を思い出してるようだった。
ちょっとたった後、バイトのおにーさんは1本のうまいぼうを持って戻ってきた。
「お前ら運がよかったな。これが最後の1本だ」
おにーさんが見せてくれたうまいぼうを取ろうと手をのばす。
が、手が届く直前でうまいぼうは後ろに隠されてしまった。
「商品の受け取りは代金を払ってからだ。なんてったって貴重品だからな」
妙なところで細かいバイトのおにーさんだ。しかも貴重品って…
「はい、10円」
「まいどあり〜」
俺はおにーさんに10円を渡してうまいぼうを受け取った。
そして店を出てさっそく食べることに。
「マリンビーフ味って聞いたことなかったけど、いったいどんな味なのかな」
「俺もよくわからん。まぁ食べてみればわかるだろ」
袋を破り中のうまいぼうを取り出す。そしてまず少しかじった。
「…祐一君、どんな味がする?」
もぐもぐ
「…祐一君?」
むしゃむしゃ
「…大丈夫?」
「…しけってて味がわからん」
「えっ?」
そう、中身は完全にしけっていてもはや味もよくわからなくなっていたのだった。
まったく、最後の1本とはいえこんなしけったのを売るとは、あのバイトのおにーさん侮りがたし。
「あー、思い出したぁ!!」
突然真琴が大きな声をあげた。どうやらさっき言ってた美汐の言葉でも思い出したらしい。
「どうした真琴。今さらどう言おうとこのうまいぼうはしけって味がしないんだがら意味ないぞ」
「えっとねぇ、マリンビーフ味ってのは今から20年ぐらい前に作られたんだけど、
 超不人気であっというまに販売中止になった伝説のうまいぼうだって、美汐が言ってた」
「超不人気かい…」
この本にもマニアックな味とは書かれてたがそこまでだったとは…
「あれ?」
あゆが何か不思議そうな顔をしている。
「どうしたんだ、あゆ?」
「今、20年前に発売中止になったって言ったよね。じゃあなんでこのマリンビーフ味はここにあるのかな?」
言われてみれば確かにそうだ。20年前になくなったはずのうまいぼうがなぜここに…
その時、俺の頭にある1つの恐ろしい考えが浮かんだ。
「ねぇ、もしかしてこれって…」
どうやらあゆも同じ考えを思いついたようだ。
「ん? どしたの? 早く食べちゃいなさいよぉ」
真琴は自分で言い出しておきながら気づいてないらしい。
「お前、わかんないのか? 発売中止になったってことは、これは発売中止になる前に作られたってことだろ」
「うんうん」
「じゃあ発売中止になったのはいつだ?」
「だから20年ぐらい前…って、ええーっ!」
やっと真琴もこのうまいぼうの恐ろしさに気づいたようだ。
「祐一、そんなの古ーいの捨てちゃいなさいよ!」
「まぁ待て。まだそうだと決まったわけじゃない。中止になった後でも復刻版とか出ることもあるだろうし」
「そんな不人気商品の復刻版なんて普通出すかな…」
あゆ、頼むからそんなツッコミを入れないでくれ…。
「よし、じゃあちゃんと賞味期限を確認するぞ。もしかしたら新しいのかもしれんし」
「でも20年前のだったらどうするの?」
「……潔く食べてやるさ」
「あ、そっか。祐一はどっちにしろ食べないといけないんだっけ」
そう、この本が来たからには絶対に食べないといけないわけだ。
こんな普通に存在しないようなものを食わせるこの本は呪われてるなと今さらに思う。
一呼吸置いてから、俺は慎重にうまいぼうのパッケージを回して賞味期限欄を探す。
周りの2人も緊張した面持ちでそれを見まもる。
たった数秒のことだったのだろうが、俺たちにはとても長い時間かかったように感じた。
そして俺たちの目の前に現れた文字は……













『賞味期限:83.01.07』

<そして伝説へ…>


後書き:てなわけで今回は食物奮戦記『うまいぼうマリンビーフ』でした。
知らない人のために少し説明すると、うまい棒マリンビーフ味とは1982年に発売された新商品の1つで、
「生地にイカの粉を練り込み、さらにその上から牛肉の味をつけたもの」(うまい棒ホームペジより)だそうです。
しかしその後まったく売れずにあえなく生産中止になり、幻のうまいぼうと呼ばれているそうです。
だから自分も食べたことないわけで……、だから味のほうはちょっと表現を避けましたが(^^;
むしろまた新たい焼きを登場させてますが、正直言ってこれはあんまりおいしくなかったです(笑)
8000本はお約束ということで(ぉ
それではまた〜

03.11.14