『昆布ソフトクリーム』

「何でこう余計なものがついてくるんだ…」
普通にいけば、平和に終わりそうなものばかりのはずなのに…
たい焼きは中身が変だったし、うまいぼうは賞味期限がとっくの昔に切れてたし。
ラーメンも、イチゴとかいうありえない具がのってたし(まぁこれは意外とおいしかったけど)
そして今回もただのソフトクリームじゃなくて…

『●昆布ソフトクリーム
昆布粉末を加えた、ほんのり緑のソフトクリーム
ほのかに昆布の香りが鼻腔をくすぐる』

ソフトクリームに昆布を入れる必要がどこにあるのかと問いたい。
まぁそんな文句を言っても仕方ないので、食物を探しにいかなければならないのだが…
「しかし、こんなものを売ってるところってあるのか…」
普通、店で売ってるソフトクリームといえば、バニラ・チョコ・ストロベリーにあと抹茶ぐらいがせいぜいだしな。
ということは自分で作らないといけないわけだが、さすがにソフトクリーム製造機はこの家にはないはず。
「…ここは、アイスつながりで栞のとこに行ってみるかな」
前にもアイスを作ってもらったことあるし、ソフトクリーム製造機も持ってる可能性も十分ありそうだ。


「うーん、私もさすがにソフトクリーム製造機は持ってないですね」
というわけで栞の家にやってきたわけだが、俺の目論見はあっさりと崩れてしまった。
「そうなのか? 栞なら、昆布ソフトぐらいぱぱっと作ってくれると思ったんだがなぁ」
「それは偏見ですよ、祐一さん。そもそも、私の専門はアイスなんですから」
「アイスもソフトも似たようなもんだと思うけど」
「いえ、全然違います」
栞はきっぱりと断言した。
「アイスとソフトだと、オーストリアとオーストラリアぐらい違うんですから」
なんかまた微妙な例えだな…
しかし、栞がダメとなるとどうしたもんかな。
「ただいま〜」
「あ、お姉ちゃんおかえりなさ〜い」
そこに香里が帰ってきた。
「あら、相沢君じゃない。また栞にタカりに来たの?」
居間に入ってきて早々、俺にそんなことをいってくる香里。まったく、失礼にもほどがあるな。
「またとはなんだよ。俺はただ栞なら今日の食物に対して明確な答えを導いてくれると思ってきただけだぞ」
「はいはい、栞も大変ねぇ。で、今日の料理は何なの?」
「えとね、これなんだけど…」
栞が机の上に置いてあった本を手にとって香里に見せる。
「相沢君もあいかわらず変な食べ物が好きよね」
「わかってると思うが、俺が好き好んで食べてるわけじゃないぞ」
「冗談よ。しかし昆布ソフトクリームねぇ…。さすがにあたしもどこで売ってるかは知らないわね」
どうやら香里にも心当たりはないようだ。この前のイチゴラーメンのときみたいにうまくはいかないか。
「とりあえず、商店街まで行って探すことにするよ」
「祐一さん、私も付いていっていいですか?」
「別にかまわないけど……食べたいのか? 昆布ソフトを」
「そんなに食べたいわけではないですけど、後学のために1度見ておこうと」
後学って……アイスの次回作のためか?
「あたしはもちろんパスよ」
香里は来ないようだ。まぁイチゴラーメンのときもそうだったしな。
「あと栞、一言いっておくけど」
「何、お姉ちゃん?」
「相沢君にソフトいっきとかやらせるんじゃないわよ」
「…はーい」
やらせる気だったんかい!
後学のためというより、むしろそっちが真の目的じゃなかろうか。
まぁそんなこんなあって、俺は栞と2人で商店街に向かうことにした。


というわけで、昆布ソフトを探して商店街にやってきたわけだが。
「しっかし、そんなものが置いてそうな雰囲気すらないな」
そもそもこの季節にわざわざソフトクリームを食べるやつってのも少ない気もするし。
「誰か商店街に詳しい人に聞いたらわかるかもしれないですよ」
確かに、それもそうだな。そして商店街に詳しいヤツといえばあいつしか居まい。
おそらくここで立ってればそのうち現れるであろう…
「祐一くーん! 栞ちゃーん!」
俺の予想通りに商店街の精、あゆがこっちに向かって走ってきた。
「あっ、あゆさん。こんにちは」
「よう、今日も食い逃げ中か?」
「うぐぅ、違うもん! 今日はちゃんとお金払ったんだから!」
とまぁお約束の会話をやったあと、あゆに聞いてみることにした。
「なぁあゆ、この辺で変わったソフトクリームを置いてる店ってないか?」
「変わったソフトクリーム??」
「これなんだが…」
あゆに本を見せる。あゆは少し考えた後に手をぽんと叩いた。なんか思い出したようだ。
「あそこのお店ならそういう変わったのありそうだよ」
「ほんとか、じゃあそこに案内してくれよ」
「案内っていっても、祐一君も知ってるお店だよ?」
はて、俺にはそんなのが置いてある店に心当たりはないんだが…
「あそこだよ、あのロシ…なんとかセットってのが売ってたところ」
「って一口屋かよ!」
「祐一さん、行ったことあるんですか?」
どうやらまだ行ったことのない栞に、俺は一口屋のおそろしさを語ってやった。
「…なかなか斬新なたい焼き屋さんなんですね」
「うむ。ソフトクリームも置いてたとは知らなかったが」
この前行ったときはロシアンセットの処理だけで手一杯で、そんな余裕なかったからなぁ…


商店街の外れ。表通りとは違い客足もまばらだ。
「ここから先は異世界への入り口だからな。心するように」
「祐一君大げさすぎだって」
「いや、油断してるととんでもないことになるという点では間違ってないぞ」
そう言いながら問題の店、一口屋に向かう。
近づいてみるとのぼりが立っていて「北海道ソフトフェア開催中!」と書かれていた。
確かにソフトクリームも置いてあるようだが…
「北海道フェアってことはおいしいソフトクリームが売ってそうですね」
「そうは言ってもあの店だからなぁ。素材はよくても調理法に問題ありだ」
そもそも、俺が食べるのは昆布ソフトクリームなわけで、おいしさとは無縁な気がするんだが。
まぁまだそんなソフトクリームがメニューに存在するかもわかってないんだけどな。
「いらっしゃいませー!」
店の前に行くと、バイトの女の子が元気に応対してくれた。
この前のロシアンセットを無理やり売りつけられた人とは違うようでちょっと安心。
「すみません。ひとつ聞きたいんですが…」
「はい、なんですかー」
「ここのお店に昆布ソフトクリームってありますか?」
「昆布ですね、ばっちりありますよ〜」
即答された。てかあるんかい。
「祐一さんよかったですね。目的のものが見つかって」
「こうもあっさり見つかるとはなぁ…。ありがとな、あゆ」
「えへへ、どういたしまして」
「ただ今北海道フェア開催中なので、昆布以外にもいろんなメニューがありますよー」
そう言ってバイトの女の子はなにやらメニューと見本を取り出して説明しだした。
「まずはこちら! 北海道といえばメロン! ということで夕張メロンソフト〜!」
「これはおいしそうですね」
「広大な十勝平野で育ったじゃがいもをふんだんに使った、じゃがいもソフト〜!」
「じゃがいも…?」
「北の大地に色鮮やかに生えるラベンダーから作った、ラベンダーソフト〜!」
「ラベンダー味ってどんな味なのかなぁ…」
「北海道発祥のスープカレーを使った、ちょっとスパイシーなスープカレーソフト〜!」
「辛いのは苦手です…」
「函館漁港取れたての新鮮イカスミを練りこんだ、イカスミソフト〜!」
「…イカスミってパスタとかにかけるもんじゃなかったか?」
「そして、イカスミソフトの上にイカスミをそのままかけたダブルイカスミソフト〜!」
「うぐぅ、真っ黒でソフトクリームっぽくないよ…」
そんな感じで見せられたメニューは一口屋らしい奇抜なものばかりだった。
ここの製品開発担当は味覚が絶対狂ってると断言できる証拠がまた1つあがったな。
「とまぁこんなのがありますが、どれにしますか?」
「…昆布ソフトでいいです」
ていうかスープカレーソフトやダブルイカスミソフトとかに比べればまだマシな気がしてきたぞ。
「いや、お客さんお目が高いですね〜」
注文を聞いたバイトの女の子がそんなことを言ってくる。
「この昆布ソフトは北海道の昆布博物館の協力で作った、今回のフェアの一押し商品なんですよ」
「はぁ…」
昆布が一押しって、この店らしいというかなんというか。
「ボクは夕張メロンソフト1つ」
「私はこのバニラソフトをお願いします」
そして俺の横で、あっさりと普通のソフトを注文する同伴者の2人。
「何、裏切ったな!」
「裏切るも何も、ボクらは食べる必要ないんだからいいと思うんだけど…」
そうかもしれないが、自分が苦しんでるときにおいしそうなものを食べられるとヘコむし…
「栞も後学のために食べておくんじゃなかったのか?」
「いえ、『1度見ておこう』と思っただけで、『食べよう』とまでは考えてなかったです」
そういえば、そんなことを言ってたかも…
「はい、昆布とメロンとバニラおまちどうさま〜」
代金を払ってソフトクリームを受け取った俺たちは店を離れて近くの公園で食べることにした。
ちなみに、渡された昆布ソフトはほんのり緑で、見た目的には抹茶ソフトとあんまり変わらない感じだ。
ただ、うっすらと匂う昆布の香りがそれを否定していた。
「…よし、食べるぞ」
「祐一君ファイト!」
「祐一さん、がんばってくださいね」
「言っとくけど、いっきは勘弁だからな」
「……わかってますよ」
今の間はやらせる気満々だったな。
そんな風に栞に牽制をいれつつ、意を決して昆布ソフトを口に入れた。

まず、口に入れたときの食感が明らかに普通のソフトと違っていた。
なんというかぬるっというかとろっというか…
海草特有のぬめりがそうさせているのかもしれない。
そして味のほうは、甘いバニラのあとにじわじわと昆布ダシの後味が効いてくる。
食べれないことはないが好きこのんで食べるものじゃないと思うな。
「どうですか、祐一さん。おいしいですか?」
「この顔がおいしそうに見えるか?」
「…見えませんね」
ちょっと苦笑いの栞。
「そういうそっちはどうなんだ?」
「このバニラ、北海道フェアというだけあっておいしいですよ」
「うん、メロンソフトも甘くておいしいよ」
くそう、こんな本がこなければ俺もおいしいソフトが食べれたのに…
あらためて、この本に対する怒りを燃やした日だった。



<利尻・真・羅臼・日高・長・細布>


後書き:1年ぶりのご無沙汰です。今回は食物奮戦記番外編『昆布ソフトクリーム』となりました。
去年行った北海道旅行のとき、昆布館っていう昆布の博物館で食べたソフトクリームですが、
なんだか不思議な味がしたのが記憶に残ってます(^^;
この昆布館には昆布の生態や昆布と日本人のかかわりの歴史など、
昆布に関するいろんな資料が展示してあって結構おもしろかったです。
ちなみに今回も例のごとく、他のソフトクリームも全部北海道に実在するソフトクリームです。
残念ながら食べてはないんですが、機会があったらカレーソフトとかイカスミソフトとか食べてみたいです(笑)

今回でキャラは全員登場〜(のはず)。次はそろそろタイトルだけ出してるあれかなぁ…
それではまた〜

05.09.11