付録(京都観光 2005年2月27日〜28日)



2005年2月27日(日)に、京都嵐山で日本ギロック協会の
13周年パーティが開催されました。
せっかくなので嵐山の渡月橋、二条城、金閣寺、清水寺を見てきました。

京都嵐山
2月27日の朝、雪が降ったり晴れたりして写真撮影にはあいにくの天気でしたが、JR嵯峨嵐山駅前で自転車を借りて渡月橋清凉寺を見学しました。

渡月橋には数多くの観光客が訪れて、バスや人力車が行き交ってにぎやかでした。渡月橋を渡ると、誰も橋だとは気がつかないようですが「小渡月橋」があります。帰りに、橋のたもとでお抹茶と和菓子をいただきました。
清凉寺はほとんど訪れる観光客も無く、を抜けると静寂の世界が広がっていました。

    ※貸し自転車屋はJR嵯峨嵐山駅前の19世紀ホールの裏側にあります。


二条城
二条城は慶長8年(1603)に徳川家康が京都の居館として造営した城で、二の丸御殿を中心とした小規模な平城です。
ホテルニュー京都の10階の部屋から城を眼下に一望することができます。ホテルから堀川通りを歩いて二条城に行き、東大手門から城に入りました。城壁があるので「城」ですが天守閣のようなものが無く、むしろ広大な別荘だと感じました。

   唐門(からもん) 二の丸御殿 本丸櫓門 二の丸庭園 清流園(香雲亭付近) 鳴子門


金閣寺
金閣寺の屋根の上にいる金の鳳凰が鏡湖池(きょうこち)に反射していたので、写真に取りました。
金閣から、足利義満がお茶の水に使ったという銀河泉(ぎんかせん)と義満が手洗いに使ったという巌下水(がんかすい)を通り過ぎ、小さな夕佳亭(せっかてい)で金閣を見下ろしながら少し休憩しました。

坂を下ると茶店がありました。がその茶店でお抹茶を飲んだとき、「金閣寺の境内でした販売してない和菓子」をいただきましたが、とてもおいしかったのでその和菓子屋さんを紹介します。
1週間後、自宅で和菓子を秀衝塗りの銘々皿にのせて再現してみました。


清水寺  案内図
金閣寺から京都市内循環[12番コース]のバスに乗って八坂神社前で降り、八坂五重の塔の右側を通り、さらに三番坂をだらだらと登って清水寺の仁王門にようやようやく着きました。
三番坂には3〜5000円コースの豆腐懐石のお店がいくつかありましたが、私は豆腐丼を食べました。豆腐丼は鉄火丼のまぐろの代わりに豆腐の切り身が乗っていましたが、ごく普通の豆腐の味がしました。清水寺は山の頂上にあるようで、急に視界が開けました。
後ろを振り返ると京都タワーが見えました。

仁王門と西門の間の階段を鐘楼を左に見ながら上ると、清水の舞台がある本堂の玄関がありました。受付で拝観料を払って中に入ると、玄関の正面に出世大黒天が鎮座していました。大黒様の右に回ってついに清水の舞台に出ました。舞台の横から手すりから身を乗り出して舞台を見ると、舞台は崖にせり出して作られていることがわかりました。

舞台から小道を回って奥の院に行き、写真でおなじみの清水寺の姿を見ることができました。
奥の院の手前の階段を下り、音羽の滝の前を通り、清水の舞台を仰ぎ見て、仁王門に戻りました。




編集後記:HP管理人 はたさんより  (記 2005年4月3日)

本日で13周年パーティーの編集を終わります。
  使用機材一覧
  カメラ・・・・・・KYOCERAの一眼レフ 「230−AF」
  ストロボ・・・・KYOCERAの 「CS−250AF」
  フィルター・・・KenkoのMC−W4(曇天、室内撮影用)
  金閣寺のお菓子の再現写真のみ、KYOCERAのデジカメ 「SL300R」
    ※ピアノ演奏はすべてMF(マニュアルフォーカス)でKenkoのMC−W4を
      取り付けて撮影しました

  スキャナー・・・・・CANONの 「Lide40」
  画像処理・・・・・・PhotoShop 5.0LE
  ホームページ・・・IBMホームページビルダーV8とメモ帳
  「13周年パーティー」の先頭の写真とPart3の記念撮影3枚の加工は
    IBMホームページビルダーV8のウェブアートデザイナー

余談ですが
 私の苗字は明治時代には「清水端」でした。
 亡父曰く、坂上田村麻呂が清水寺の近くに住んでいた刀鍛冶を蝦夷征伐につれて
 いき、その刀鍛冶が「清水端」という姓を賜ったとか・・・
 というわけで、生まれて初めて清水寺を見学しました。

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