2005年5月1日(日)
相変わらず日記書いているのが8日だったり。
この日は出かけないので、庭の手入れとかをやってた。柿の摘蕾なんぞ。他にはバラとか。
2005年5月2日(月)
平日だが、父と私は休み。しかし予報では雨となっていて、もっとも出かけごろのこの日の予定は宙吊りになっていた。が、当日は晴れ。急遽お出かけしましょうかということにあいなって、母を含め3人で遠距離を走ることに。雁坂トンネル越えを希望した私の要望は受け入れられ、車を持ってしてみたかった欲望のひとつがこれで叶えられる。
さて、出発したのは11時を過ぎていた。調布ICから入るのだが、トイレにちゃんと一定な買った私は既に脂汗が出ている状態。石川PAに入ってトイレを済ませ、談合坂SAで昼食休憩に入る。談合坂SAはおにぎりとかパンも売っていて、しっかりと確保できた。急なお出かけだったので食事まで用意する暇はなかったのだ。
談合坂SAの先は初めて右ルートを経由し、笹子トンネルから勝沼ICへと。下り坂が続くのはやはり気を使う。
ここから北へ抜けるのだが、うまいタイミングで「葡萄工房 ワイングラス館」という建物が目に入ってきたので、休憩する。ここでいろいろ見られるものがありそうだなと思って中を見た野のだが、確かにいろいろとあった。が、長々と滞在したにもかかわらず何も買わずに出てきた。葡萄の木が立派だ。
北上していくと、塩山駅に近づくにつれて沿道はロードサイド店が増えてくる。といっても冴えない建物群だ。パチンコ屋まで含まれているのを見るにつけ、なんと形容したらいいのやら。
塩山駅付近での渋滞があったが、そこを抜けると順調に流れていく。恵林寺の横を抜けると間もなく国道140号に合流。トンネルを抜けるなど周辺が山に近づいてきたというところで、道の駅「花かげの郷まきおか」到着休憩。相変わらず見るべきところはない。
北上を続け、徳和方面へ分岐、乾徳山登山口まで。バス停の近くに駐車場はあり、平日ということもあって余裕で停められた。すっかりと山奥の小さな村という雰囲気で、人が多ければ丹沢に似通っているようにも感じるのだろう。
徳和渓谷へ向かう予定だったのだが、想像以上にはるかに遠いということが判明し、父の体力のなさや時間的余裕を加味して断念。これは今後も行程に加えることは無理なので、次は単独行だろうな。なかなか良さそうな場所だし、R140沿いのバス停までは3kmぐらいなのでその気があれば、バスの本数の少なさはそれほど深刻でも無さそうだ。
それでも往復30分ほど。その間、帰り道の自動販売機で変わった飲料を一本父が買っていた。その自動販売機が古さをかもし出していたのがなんとも。その飲料はなかなかおいしかった。
R140へ一気に下り、再び上りに入る。少し走ると広瀬ダムを見ながら走り、そのダム周辺の休憩地点へ。ダムの作り方が微妙に変わっているように感じられる。
もう少し走って道の駅「みとみ」。ここから少しで西沢渓谷。微妙に時間が余れば、ここまで歩くことで時間を潰すことは可能のようだ。もう4時を過ぎていよいよという感じだが、これから雁坂トンネル越えに挑むことに。
陸橋となっている大きなカーブを曲がり、斜面をカーブしながら進むと雁坂トンネルにいたる。かつて車を寄せ付けなかったことなど感じさせない。
トンネル上の風景を想像もできないまま、長大な下りのトンネルを抜けていく。微妙に下り続けで、逆方向は微妙に上り続き、というわけか。逆の方が当然嫌だな。
トンネルがいったん終わりを告げると埼玉。こちらの方が4・5度も温度が低い。山の険しさの印象ははるかにこちらの方が上で、こちらの方は正にこのトンネルが出来る前は、という風景が続く。トンネルはその後も微妙に続くし、陸橋もまたある。カーブは山梨側と比べるのも無意味なほどに厳しい。
旧道のR140の分岐を意識しないまま大峰トンネルへ。抜けると中津川大橋で、新しく中津川方面への道路が付け替えられていた。そろそろダムの底に沈むのか、ここあたり一帯は、と思う。埋まる前に写真でも一枚、と思っていたのだが、意外と運転手には余裕がない。運転手だからこそ停められる場所がある、とかつては思っていたのだが。
ループ橋までは比較的平坦。先頭に工事車が入ってきたこともあって、しばしゆったりとした展開。これが旧道との分岐まで続いたが、その後はまたも先頭。道の駅「大滝温泉」に到着したのは5時。
5時到着ということで、正に即売所は閉まった直後だったようだ。が、もっと早くに閉めていそうでもあった。車だけはたくさん停めてあるが、人影は全くといっていいほど見当たらない。皆温泉に入っているというわけでもあるまいに。駐車車両だけは何気にたくさんあるのだが。
トイレ休憩を済ませて再び出発したのだが、またも先頭車になってしまう。別に遅く走っているわけでもなんでもないのだが、こういう道路で先頭を走らされるというのは面倒な限り。かといって先頭を譲るほど度胸がないわけでもない。それにしてもロープウェイの乗り場なんか、走っていて全然気付かなかった。
道の駅「荒川村」へ寄るため離脱。ようやく先頭車から再び開放される。やはりここも即売所など全て閉じられている。秩父鉄道の旧国鉄101系だけは元気よく往復していった。
R140に戻る。秩父往還も間もなく終わりを告げる頃合。信号を2度渡って秩父の市街に入った。ここで疲れもあるので、整備秩父駅近くのすかいらーくにて休憩とする。時刻は6時前だ。
どうも疲れがひどいので、早々に夕食にする。明るいうちに抜けたいのは山々だが、どうも難しいようだし、山の中で燃料投入もなしに走り続けるのは厄介だ。
食事と休憩をゆっくりと取ると多少疲れも取れてきた。ついでに駅の商店街に寄って行ったが、なかなかいい。あとすっかりと夜になると、空の暗さがどうしても違うと感じさせる。東京の空が明るすぎるからだ。
ファミレス内で協議していたことなのだが、この後のルートは迂回することになっても道のいい北へのルートをとることになった。当初の予定ではR299を延々下るというややハードな予定だったのだが、気を使ってくれて花園ICへ抜けるルートを取ることになった。明らかに燃料の無駄だったりして(向かう方向があさってというのはいかがなものか)、そこに関しては不満なのだが、こればかりはやむをえない。
道路は上り下り共に混雑がそれなりに。これはファミレスに入った6時ごろからだったのだが、7時半になったこの時間でもその傾向は変わっていなかった。この時間からこんなに混雑しているということは、この時間から雁坂トンネルを経由して中央道に抜けるということを考えている人が多いということでも示しているのだろうか。どちらにしろ、この圏央道より外側にあたる横断道路ネットワークの威力は一般道であるにもかかわらず、想像以上に需要があるらしい。それはこの時刻・日時にいたってこの混雑ということでよく分かった。
のろのろとした展開に、んーと思いつつ、それほど時間はかからずに皆野寄居有料道路に入る。410円というのは距離を考えれば安いといえる。ここもまた新しいトンネルが多い新道で、今日はいいトンネルを随分と走っている。
前にも後ろにも見ないまま(最後は後ろがきわどかったが)、再びR140に合流。往復4車線ある立派な国道へと変貌して一気に流れていく。さらには往復6車線へと。さすが北関東。
花園ICから関越道上りへ。さすがに混雑してはいないが、車がしっかりと埋まっているというのがさすがだ。そして全体的に流れが速いというのも関越らしい。普通に100km/hが標準だからな。
高坂SAで休憩。巨大なSAに驚きつつ、ここぞとばかりにいろいろと見て回る。ここで本日唯一のおみやげ、こんにゃく購入。それにしてもここは東松山なのか。まだまだ結構遠いよな。このまままっすぐ行く分には東京が近いのだが。
運転再開。戻し忘れた眼鏡を運転中に替えたのが怖かった。もう二度とやるまい。
鶴ヶ島JCTで分岐。圏央道に入ると一定の範囲で快適な道路を突っ走る。やはり新しい道路はいいものだなと思うが、早く中央に繋がってもらいたいわけで。でもつながる場所があそこでは、下りの方は渋滞がさらに深刻化するはずで、はたして中央のキャパが・・・という問題に。
新しいトンネルを青梅IC以降何本も抜ける。美しいトンネルは今日一体何本目だろう。
最後のあきる野ICから国道411号を八王子ICへ向けて。15分強で八王子ICに到達したが、料金所はETCを除くと一つしか開いていなかった。相変わらずひどいものだな。
その料金所を抜けてしまえば問題なく流れる。ただ、調布ICを出たあとの鶴川街道は10時を過ぎても渋滞していた。矢野口の踏切が一本減ってもまだこれか。
ガソリンの補給をすると、今回は12km/lと随分節約モード。姉の運転だと8km/lまでいくことがあるから、これはかなり省エネ。
そんなわけでほとんど走りっぱなしだったのはドライブにはつき物。やはりじっくり見るには公共交通機関しかない。
2005年5月3日(火)
この日は学校へ。それも遅い時間に。
いろいろとやったかというとそうでもなく、適当にサボっていた。ただ、とりあえず移植は完了した。ようやく解析に少しずつかかれるのだが、必要分しか移植していないので、あといくつかは書き足していくことになる。やっぱり面倒。
2005年5月4日(水)
たまにはのんびりと一日を過ごしたくなる日もある。
2005年5月5日(木)
この日も学校へ。残っていた明日までの課題を済ませる。
その他少しいろいろとやったが、全体的にはかどらず。
2005年5月6日(金)
授業があるので学校へ。授業を終わったと疲れから寝てしまったのだが、どうなっているんだろう。十分休養は取っているはずなのに。
食事の量が足りなかったのか、頭が働かず。それなのに10時52分の最終のバスに乗って帰った。
家に帰ってくると暑いのが大好きな姉がストーブをつけていて暑い。
2005年5月7日(土)
久々に自分のサイトに手を入れた。フリーのメールアドレスの停止に伴うもの。最近こういうこともさっぱりだな。ますます読むほうに偏ってきている。
後書くほうは本当にダメだ。全然書けない。
2005年5月8日(日)
母の日のプレゼント。母が希望したのはボックス型ラジオだった。
これを捜し求め、まずはヤマダ電機へ。が、カード型のものや安っぽいものだけで、母の希望を叶えられるものはなかった。さらにはハードオフへ行って昔のラジオでもあれば、と思ったがこちらもダメ。
さらには駅前の中古品屋へも出向いたが、やはりダメだ。
午後に再戦とばかりに街の電気屋さんへ出向く。いまどきいわゆる赤字の元凶とされている系列店を巡るのだ。こういうのがいまだに普通に存在しているのが遊園クオリティ、ってか。ある意味街自体がここまで田舎臭いと希少価値が上がってきているような気すらしてくる。本当に変な店が結構あるわけで。
まずは区役所の近くのTOSHIBA。で、ここに早速あった。Panasonic製の割としっかりとした物が。
さらに中央銀座商店街を抜けて登戸駅方面へ向かう。その最初の信号の少し先にあるVictor。Victor犬がいるのが凄い。看板自体もかなり古く、区指定建造記念物級とまではいかないが(そんなのないって)、かなり見ごたえあり。ここにもPanasonic製のラジオがあった。なんだ、いまでも作っているのか、ラジオを。ほとんど慈善事業だな、こりゃ。絶対儲け出てないだろ。
ついでにラオックスに出向いたのだが、こちらはさらにあった。何だここのラオックスは。いわゆる町の電器屋さんの拡張版か。ラジオを30台とか、置いてないでしょふつー。とりあえずこういうところに標準を絞っているところを見ると、売る対象が違うのだな、と改めて思う。少なくとも私と父の予想を裏切る展開だった。
ってか、父も私もラジオをいまだにメーカーが作っているとは思っていなかった。せいぜい作っていてもカード型とかで、こういうしっかりとしたのは中国のわけ分からないところが作ったところ以外はもうないだろうと思っていた。それなのにPanasonicとSONYはまだ作っていた。おそらく赤字を流しながら。何らかの理由があることなのか、それはわからない。
とりあえずここでそろいそうだったので母を呼んでどれを希望するかを見てもらうことに。最終的には3300円ほどの高感度型のラジオを購入した。
ダイエーで食料品を買い物してから帰り、その後単独で再びお出かけ。
二ヶ領沿いに東へ進み、二ヶ領の橋の名前をメモしながら(Wikipediaとかに書き込むため)久地円筒分水まで。ここから246に合流してBOOKOFF梶ヶ谷へ。いろいろと回るといろいろとあるのでいいのだが、混雑が激しくて立ち読みまでしていく気にはならなかった。
さらには今日行ったばかりのハードオフへ。ここで504円のTOPを入手していく。さすがに家族の前でこれを入手するほど度胸はなく。
帰ってきてから説明書を読んだら、サウンドモードなんかがあってBGMだけ聞くことも出来るそうだ。SFC音源TOPは少なくとも簡単に聴くことが出来そうだということで、いちいちプレーすることもないかな、と考えたり。
深夜にごそごそ5年ぶりぐらいにSFC本体を取り出した。ひどい汚れになっていた。埃で真っ黒なだけでなくて、何か油っぽいものまで混ざっているような感じ。使わないとここまで汚くなるものかな。コントローラは随分と使ったものだが、それでもガタがこないというのが任天堂製品らしい。PSのコントローラは使い始めて間もなく動作が変になっていた。
清掃も済み、いざ電源を入れたのだが、ONにはならなかった。この時点でACアダプタがあの頃既にやばい状態だったことを思い出した。プレイ中に少し動くだけで電源が切れたりしてしゃれにならなくて、結局遠ざかっていったのだが、結局電源も入らなくなってしまったようだ。あのことからそういう兆候があったのだから仕方がない。
で、専用アダプタHVC-002だが、現在は製造停止。細々と倉庫にある在庫品を放出してつないでいくということなのだろう。音声・映像をつなぐものも一度取り替えていて、こういう付属品は案外簡単に壊れるものだな、と改めて。だからこそ分離したのか。いや、ACアダプタの熱が凄くて、内蔵すると排熱が追いつかないからか。それとも単なる囲い込みなのか。
問題はこれをどこで手に入れるか。Amazonでも新品の在庫はない。中古の信頼性は結構心もとない。ビックとかヨドバシで入手できるとは到底思えない。厄介なことになったな。どちらにしても通販は家族の手を介すことになるわけで、余計な混乱を招きたくはない。となると中古品しかないか。ハードオフあたりにあるだろうか。意外とこういう消耗品は放出されにくい。
やれなければそれまでなので、じっくりと探してみよう。
2005年5月9日(月)
12時半出発、3時帰宅。研究がいろいろあって大変。
この日はアイスがただで食べられる日。このアイスはおいしかった。
2005年5月10日(火)
15時半出発、2時帰宅。研究で相変わらず忙しい。
帰りに警察官に職質を食らった。もうそんな怪しい年に見えるようになってしまったのか。情けなくて涙が出てくるわ。防犯ナンバーに買った店舗まで聞かれた。それにしても、多摩川水道橋には警察官はよくいるけど、川崎側はあんまりいなかったし、今回呼び止められたのも川崎側。何で地域の住民を呼び止めるあるか。
それにしても眠いぞ。何とかしろ。
そういえば親不知が一本出てこようとしてきている。出なくてよろしいのだが、出てくるものはどうしようもない。