郵貯日記(2005年4月下旬)


2005年4月21日(木)
 これ書いてるのは28日。
 そんでもって、久しぶりに学校を休んだんだっけ。
 というわけでジェーソンでCD-Rを買ったんだっけ。


2005年4月22日(金)
 学校へ。ま、いろいろとやることはある。
 今日返す音をCDに焼いたり、勉強したり。
 ただ、どうも疲れているな。
 帰りに狛江によって、返却。12時過ぎても問題ないか。以前は4時までだったと思うが、今はどうなっているのだろう。


2005年4月23日(土)
 どこにも出かけない休みの日。
 古本屋とか周辺店舗は回ったが、収穫はなし。


2005年4月24日(日)
 やはり出かけない休みの日。
 あまりに動かないので、体調がむしろ悪くなっている。


2005年4月25日(月)
 電車で学校。回数券が切れた。
 帰ってきたのは0時半ぐらい。眠い。


2005年4月26日(火)
 自転車で学校へ。途中雷雨を食らった。染地図書館あたりで休めば大丈夫だと思っていたら、よりによって今日は休館日だった。やられた。中で休憩したのがTSUTAYA調布店で、長居しても面白い場所ではない。しかし曜日別キャンペーンが終わっている情報を入手できたのは福音だった。その事実自体がうれしいわけではない。
 それでも研究室内は乾いているので、当然のごとく乾いた。
 帰路についたのは1時半。調布の工事は先が長そうだ。そんでもって相変わらず眠い。でも体調は回復傾向。


2005年4月27日(水)
 自転車で学校へ。ちょっと暑いかも。
 月曜日から書いている解析用のC#のプログラムは、ようやく下地が終わって、あとはデバッグの段階になった。これが完成すれば、あとは機能を追加していく形にもっていける。が、インスタンスの明示的な削除の方法とか、クラス内で初期化しなかったものをどのようにして使うかとか、そういうのが気になっている。自動的にnullになるのは、変数系はInitializeを使えば問題ないようだが、stringはコピー関数あたりで何とかなるのだろうか。あとクラスを明示的に消す方法がどうもわからない。
 この日も帰ってきたのは2時近いという状態で、相変わらず眠い。風呂の中でどうしても寝てしまう。


2005年4月28日(木)
 そんな状態だったので、疲れを取るために早くもGW前に休む。
 この日は特に何もしてなかったような。どうだったかな。


2005年4月29日(金) 茂原遠征
 この時期に茂原へというのはある程度お決まりではあるが、暑い日に行くというのは結構つらい。
 それはそれとして11時過ぎに出かける。府中街道を川崎方へ向かうが、逆方向は中央方面へ向かう車あたりが原因と思われる渋滞となっていた。
 新二子橋を渡って環八、そして東京ICへと入る。用賀PAを少し見て、特にないことを理由にスルー。しかしここから先は谷町での事故渋滞で9kmという状況で、どこまで進めるのか、そこに至るまでに事故処理が完了して一気に空くのか、などがどうなるか。
 そんでもってのろのろ運転となって、最終的にはかなり歩みが遅い展開となる。結局谷町まで1時間程度かかり、事故車両はいまだにあった。何でそんなに時間がかかっているのかは不明だが、別に普通の追突事故で、少しへこんでいる程度だった。この調子では後ろはさらに延びていただろう。
 ここを抜けると一気に流れ、レインボーブリッジを渡って湾岸線へ。後はひたすらまっすぐで3車線あるので何も気にせずに走っていける。
 幕張PAで昼食休憩とし、日陰のテーブルで弁当を広げた。いろいろと残り物とかの取り合わせのパックを広げて皆で食事というのはいいことだ。それにしても暑くなった。
 食事が終わると出発して、宮城野JCTへ。ここを何の渋滞もなく通過すると、京葉道路も渋滞なし。これはさすがにはじめて。
 千葉東金が空いているのは相変わらずで、さらに行くと有料道路、そして九十九里沿いだけは有料道路を使わずに南下。いつのまにか新しい橋がかかっていて、楽に走られるようになっていた。
 2時ごろ目的地に着く。あとは雑草だらけになっている土地の管理なのだが、それにしても二年ほうっておくだけでここまで。1年だと多少は残るものなのだが。
 そんなわけで肉体労働、そしてのどが渇くと近くのコンビニまで車を飛ばし、さらには九十九里海岸にも行ってみて、さらにはまた雑草むしり。
 5時20分ぐらいに作業を終えることにして、あとは帰宅へ。そのまま帰るのは、ということなので幕張を経由地としてルートに加える。
 千葉東金の最終地点、千葉東JCTで京葉道路渋滞の情報を掴んだので、千葉の街でも見ようかと一般道に下りる。途中から東金街道の南側の下道を経由して千葉市街へ。千葉大を南に見ることのあるルートだ。ここにあるのか、千葉大は。
 途中いろいろと複雑で厄介だったが、ちゃんとR14に入り、登戸の交差点へ。この交差点にあるガソリンスタンドで給油を完了する。
 京葉線沿いの道に入り、さらに海浜大通りに入った。大きな公園を左に見る道路だが、それにしてもなんて大きな公園だ。駐車車両が多いな。
 幕張に到着。両親曰く本当に寂しい街だよ、とのことだったが、確かに、だ。人があまり歩いていないのだから、な。駅付近はそれでも多少は。あと駐車車両多い。
 有料駐車場にご丁寧にいれ、夕食の場所を探す。駅前があまりにもひどすぎるので、駅の北側へ。それなりに歩いたところにある中華料理店に入った。パルプラザ幕張という場所。
 駅前の惨状があったので期待していなかったが、思ったよりしっかりしたのが出てきて驚いた。だがこれだけ贅沢なつくりをした店舗を借りていてこの人の入りでは、撤退は近いだろうと思わせる。
 駐車場に戻ったらちょうど1時間31分が経過していたので、残り20分ぐらいは時間的なこともあるのでぶらつきたいという要望を出すと受け入れられたので、適当に付近を歩く。まぁ、本当にあるといえるのか。アウトレットだけは人がそれなりに出ていたが、それでも余裕ありすぎる。
 9時半前に出る。あとは湾岸習志野ICから入る。首都高に入るまで大して距離がないはずなのに400円というのは高く感じる。だが、とりあえず到着予定時刻は1時間後。車だとめちゃくちゃ速いな。
 夜の高速は緊張感のあるものだ。暗い中、首都高を走りぬけ、C3にはいると後は流すだけ。東京ICで抜け、ちょっと失敗したかなと思える世田谷通りに入ったが、これが全然渋滞なしで信号タイミングが抜群というツキも見せ、1時間で確かに戻ってきた。
 そんなわけで肉体労働で疲れたが、お出かけ1日目終了。


2005年4月30日(日) 三浦遠征
 三浦へと向かう。行きは姉が久々にハンドルを握るというので、久々に気楽。
 府中街道が早速渋滞ということで、昨日より混雑が激しいということを知る。第三京浜のところで曲がらないという不明な行動を取るあたり、姉の守備範囲は狭い。
 高速に入ってもしばらくは慣らしという感じで普通に運転していた。トイレ休憩の暇が無さそうなので、保土ヶ谷PCに入る。初めてのPAだが、小さいながらそれなりにまとめられていた。
 ここから横浜新道へ。こちらはすぐ終わるが第三京浜と同じ200円。
 ここを抜けると不意に横浜横須賀道路への分岐が現れるというのが危なっかしい。
 ようやく横須賀方面へ。途中の釜利谷あたりの緑の多さと高速道路の建造物の取り合わせがなんともいえない。あまりに緑が豊かだと、廃墟のようにも見えてくる。
 横須賀ICで抜け、有料道路を下っていくと出口は横須賀の町。異国情緒が所々に見られる。
 観音崎公園へと向かうわけだが、姉は次第に調子を取り戻し、狭いカーブの道を70km以上で突っ込むという運転。相変わらずだ。
 ほどなく公園に到着し、屋根付きのベンチで昼食休憩。相変わらずおにぎりとおかずの取り合わせが最高だ。食事中にきれいな毛並みの猫がじっとこちらを見ていたのだが、これがどうも野良猫。それにしては随分とかわいい猫だった。この公園は所々に捨てられた猫は生息しているという風だった。なんでだか。
 食後は公園の散策。灯台のほうへも行ってみたのだが、入場が150円ってありえない。結局誰も行かず。ここに来るまでに多少なりとも上ったのだが、これだけで筋肉痛になるかも、という発言が出てくる時点で皆老いている。
 砲台跡だけは結構いい感じの場所で、そこへの道はいくつか切り通しのようになっていた。この砲台は明治初期のもののようで、諸外国に対抗するという意味合いがあったのだろう。
 車のところに戻って今度は三浦の先端(剣岬)へと向かうことになる。まだ姉が運転してくれるらしいので、後方でのんびりとさせてもらうことに。それでもある程度の誘導が必要なわけで。結局地理に一番詳しいのが私というのが。
 とりあえず逆方向は既に渋滞が始まっていて、なるべく遅く三浦の先端を出たいところなのだが、果たしてそううまくいくのか。
 意外と早く到着したのだが、岬の先端へ行くまともな道がない。細い道を行っていた所、対抗から車がきてしまい、バックする羽目に。さらには後ろから来て四面楚歌な状態。さらに何とか両方の車を行かせた後に引き返そうとバックしたら電柱に衝突。なんともはや。やはり車で来るには意外と向かない場所なのか。というわけで運転交代。
 諦めて他のところも行こうと思っていたら、まともに車を止める場所が一切存在せず、結局城ヶ島に直行する。途中車を止める場所でひと悶着あったが、結局上の駐車場を選んだ。するとここだけ有料で440円。
 久々に海食洞(海蝕洞)を見たいというのが一番強かったので、それだけを最優先として向かってみる。途中降りてみた所が、そこと違っているところだったのに早や苦笑せざるを得ない所が。意外と知らないところがたくさんありそうな城ヶ島だ。こちらは戦時中に掘ったと思われる穴があった。天然ではないのもあるのか。
 そして馬の背洞門へ。降りていく途中では、海岸沿いに緑の野草との取り合わせが日本離れした風景に感じられる。小学生の時に来てとても楽しかったと思えた感覚は確かに間違いではなかったようだ。
 例の穴だが、思ったより背が細くなっているように感じられた。これはもう一つ大きな海蝕洞があることが理由だったみたいなのだが、左岸なので侵食されやすいのは事実だろう。実際、横まで登ってみたのだが、砂であるために簡単に削れていった。風が強くて結構足元がぐらつくのが怖くなり、戻ることに。逆方向へ降りる道がない。
 ちょうど引き潮という感じで、付近は貝の巣窟となっていた。ここは本当に生態系も豊かだ。
 海風に当たって冷えた姉が帰りたいというので、結局帰るということになる。結局長居は無理か。これで渋滞に巻き込まずに帰るのは難しそうだ。
 城ヶ島を抜けて油壷へと向かってみる。こちらには無料の駐車場はひとつもなく、1日500円のところだけ。ちょっと停めて海岸へ行ってみたいというような需要にはこたえてくれないようだ。結局いるかのイメージだけにしておくということなのか。なんだかな。
 抜け道を経由して、国道に復帰。横須賀方面との分岐を過ぎたあたりで渋滞が始まった。これが三浦縦貫道の少し手前まで続いた。これを通過している間に日が暮れていった。
 高速のほうは料金所までは問題なく流れたのだが、料金所を出たところで全く動かなくなった。ようやくのろのろと動き始め、渋滞する保土ヶ谷バイパスからがんばって横浜新道へと分岐する。無料の第二京浜を使うとか、そういう余裕はなかった。そんで持って横浜新道の料金所がひどくて、5つのうち2つしかあいていないって、どうよ。この時間帯にあけないで、一体いつあけるのだ。
 第三京浜も問題なく流れたが、京浜川崎ICで出口渋滞。降りるところは1車線しかないのに、2つの車が並行して入っていくという状態になっていた。確かにこれなら本線にはみ出さないで済むわけだ。これで大体はこの日の出来事は終わったに等しい。
 夕食は宿河原のとんでん。そんで持ってガソリンとか入れて帰ってきた。
 これで今年のGWの予定は終わったのかな。


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