2005年4月1日(金)
帰ってきた。というわけで、いろいろと情報の整理など。具体的に語ると、写真の整理とか、買ってきたり使ったりした荷物の整理など。
一通り終えたら8時ぐらい、ということで寝る。
この日は旅行記の続きやブログの巡回などで時間がつぶれていく。
2005年4月2日(土)
どうも最近思うのは、いよいよキーボードが限界に近づいているのではないかということだ。ノートのキーボードがThinkPadなのでその差はあるのだろうが、明らかに打鍵時にかかる負荷が非常に大きく、おまけにミスタイプも目立ってきている。時折秋葉原に行って実際に打ってみると、最近のキーボードのよさに驚かされてしまう。しかし、このキーボードも最初は、それなりにいいものだったはずだ。それにしても、どのキーボードも打つ時にガチャガチャなっているという状況、確かに厳しい。このキーボードから離れられない理由は、やはり機能が多いということなのかもしれない。でもそろそろ限界だな、と思わされる。
午後は立ち読みを読みに近くの書店まで。十二国記・東の海神西の滄海を読了。うーむ、素晴らしい作品。
アニメの処理などいろいろとあるが、こんな状況でのいろいろと時間の潰し方はあるものだ、そう思う。
2005年4月3日(日)
いまだココロの葛藤は続く。
私は多分、上に立つ人間としては確実に向いていないだろうな、と改めて思う。教育の仕方は私が叩き込まれた方法によって自分が嫌いになっていったように、その教え方からの脱却を逃れることが出来ないように感じていることがひとつ、そしてもう一つは自己顕示欲、というものだろう。どうしても目立ちたがろうとする。これは慣れていくにつれて地が出てきて、次第に首をもたげてくる、もう体に染み付いてしまったどうしようもない性格なのではないか、と感じている。多分強い意志の力でずっと押さえ込んでいなければ、確実に現れてきて人を傷つける。そして去って行くか、むしろ切りつけた刃によって逆襲に遭う。
小さい頃から高校生に至るまでに受け続けたストレスは家庭環境に依存していて、そのストレスは確かにお金というものと密接にかかわっていたのだろう、そう感じている。今はともかく、昔はかなり貧しかったから。
で、豊かになっても、人の心に染み付いた本質までは変えることができないのではないかと。隠された自分自身の底知れない残虐さによって、自分を出せば出すほど人が離れていく。そんな気がしてならない。慣れというのは私にとってはおそらく禁物なのだろう。慣れは自分自身を容易に出すことにつながり、結果何もかもが崩壊していく。
人間の本質など、そう簡単に変わるものではない。そして本質と性格というのは異なり、性格は直せても本質まで直すことはできないみたいだ。ならばどうしろというだろう。人付き合いに人生を掛けて取り組む、ということになるのだろうか。
この日も立ち読みに書店まで。明日あたりからデスノートとか武装錬金の新刊が出回るのではなかろうかと思うので、ひとまず明日を待つことにしよう。当然古本屋での入手をたくらむということだ。
今日からホームページをGoogleとMSNサーチで兼用させる方向にする。また戻るかもしれないが、Googleの検索結果の水準が異常に落ちてきてしまっていて(Googlebotが新しいサイトに対しては随分とサボってしまっている気がする)、他にもGoogle八分問題はさらに深刻化しつつあるように見えるので。かといって、Yahooのほうは企業宣伝がごちゃごちゃ入りすぎて、検索の段階で非常に面倒なことが多い。
確実に言えることは、Googleは新しいページをため込む努力をしなくなっている、サボっているということだ。だから私のページも全く検索されないまま過ぎ去っていくし、多くの有力サイトの過去ログなどでも検索に引っかからなくなるケースが続出し、有力サイトを除いて、Googleでサイト内検索という方法が使えなくなってきている。本当にGoogleはやる気あんのか。
でもGoogleの使い勝手とスピードはやっぱり魅力なんだよね…。他のエンジンも、もうちょっと速いといいのに。
2005年4月4日(月)
起床2時半。そして学校へ。
来てみれば大してすることもないのだが、それはやっていないからであって、本当はやるべきことはある。目をつぶってやるべきことから目をそむけているだけ。それがあまりにも高すぎる山だから。
で、同期の席においてあった「羊のうた」を読ませてもらった。何これ。もう凄すぎて言葉もない。漫画でこのクオリティ。正直ありえない。文章力ないのでこれ以上はかけないわけだけど、名作であるということだけはよく分かった。きっかけがあれば中古で収集しようかと思う。
2005年4月5日(火)
どうしてこう欠陥人間に育ってしまったんだろうという思いはある。それで結局皆に迷惑かけてる。でも皆やさしいから我慢してくれているんだよな。影ではどう思われているか分からないけど。でもこれ以上になったら、確実に何らかの形で排除される。確実に。
今日も学校まで自転車。桜はまだまだ。
後は研究。ちょっといきなりの難題が降ってきた。久しぶりに取り掛かることになるが、どうなることやら。
2005年4月6日(水)
とにかく、人の怒りを買うような真似は、仮にそれが正当であってもしてはいけないということと、それを心にとめておこうと、そう思った。つまり正しいことを指摘しても、それが人の名誉とかプライドにかかわるようなことだったら、それはするべきじゃない。そういうこと。それが人間関係を築くということだ。多分そうだ。
で、思ったことは今までお金を稼ぐためにひたすら、人に勝つことばかり教えられてきていて、そっちの方に走っているくせに最終的にも能力が身につかず、そうして友も知識もないという最高な状態。そういう方向へのフォローが何でないんだろうね、いまどきの教育。なんか散々危機感あおっておいて、意外と深刻じゃないというのが現実であるとか。大体皆そうやって成功しなかったら生きていけないなんて、あまりに殺伐としすぎている。いや、あおらないとやらないからなんだけどさ。でもそれってやっぱり違う。
あと、それを理由に人を馬鹿にできると勘違いするのは絶対によくないし、そんなもので見下すと一気に人に嫌われるということだけど、これってほりえもんとかが嫌いというのに通じる話かもしれない。とかく人というものを大事にしないで、金と知識ばかり後生大事に持っていて、でも世の中、「人」がお金と知識を使っていることに実は気付いていないで、結局人を動かすことができず、自爆する羽目になるとか。
結局そういうのをまじめに学んできて失敗すると退路がないというような被害者って、世の中にたくさんいるんじゃないかと思う。だから、まじめな人が引きこもりになる。そんな気がする。気だけど。
今日入学式。突然暑くなって、桜が一気に満開って。昨日まで1分咲きだったのに。
なんか入った途端にやることが突然増えてしまって、おろおろしているような。これだけじゃなくて、学会の準備が忙しくなってしまったのが痛い。学会の準備、それすなわち研究のこと。おまけに入ったばかりの時期は慌しい。
あと、お金のことに関して(授業料とか入学金とか)はあまり考えなくて良いかなと思った。普通に働いて普通に暮らせたら、それで十分かな、と思う。だからあせることはないと思う。ただ、無理しない程度に磨いておこうかな、と。後は人間関係だけは失っちゃいけない。それだけは気付いたから。
今日はバス通学だったのだが、久々に京王の時刻表を見たら驚いた。3月25日に改定(京王独特の言い回しだな、これ)が行われていたみたいなのだが、相模原線が10分ヘッドで急行と各停がそれぞれは知るという状態。5年前なんか、特急2本と各停5本とか、そういう状態だったのに、時代は変わるなぁ。京王稲田堤なんか、倍増以上だ。これって小田急が結構善戦していて、それに対抗しているということなのか?
9時に帰ってきた。久々に早帰り。明日は早い。
キーボードをついに交換。一回打つだけで返ってくる衝撃が正直苦しい感じになってきていたので、もう限界ということで捨てることにした。本当に消耗品だ。代わりに持ち出してきたのがDELLのキーボード。打鍵の感じはいかにも安っぽいが、それでもあそこまでがたがきているのに比べれば・・・という感じにはなっていた。
なんかアニメがたまって見る時間がないな。どうしたものか。
とにかく疲れたな……。旅行記ももう少しだから、早く書かなきゃ。新しいマシンへの移行もなるべく早くしたいのだけれど、暑くなってくると例のマシンは熱いのが…。結局Aptivaを手放せない。
2005年4月7日(木)
授業があるので学校へ。学校に行くのに理由があるというのもなんとも。
それにしても強風と暑さは続く。というわけで稲田堤駅から。
ちょっと気分が優れないので6時前に離脱。
そんで持って家で勉強するつもりだったのだけれど、調子が出ない。そうやって言い訳している。それがたまらなく嫌だ。
研究の進捗状況はさっぱり。やる気云々以前に、やらないとダメみたいだね。
新番組の季節か。音楽で梶原由記の起用が多いな。この人の音楽は、暗いストーリーとよく合う。というわけで徹底的に暗くして欲しい。
とりあえず憂鬱。明日になったら気分は晴れるだろうか。それにしても用事が立て込んでいるのに、基本情報がいつのまにか近づいているなんて。
2005年4月8日(金)
とりあえず授業があるので学校へ。そんでもって研究がきついので深夜2時まで残業。手当ては当然ない。
とにかく昼食も夕食も抜きでやっていたために体力を大きく消耗。こういうことはしてはいけない。
あと思ったんだけど、やっぱりどうも私の考える所がどうも教授の考えている方向とどうしても違う方向違う方向へと向かっていて、そういう所でどうも対立するところがある。こちらとしては現実を見ているし、教授としては自分の持っている方向性というものがあり、その間でどうしても揺れ動く。これを打ち破るには、完全な結果を出して教授を納得させるか、もしくは教授にある程度追従して行くか。ただ、その追従していくままではおそらく結果は出ない。それは学部の時に分かっていたことだと思う。だから結構がんばっていろいろとやろうと決めていた。でも時間がもうなくなってきてしまったんだなぁ。研究生の時にもっとしっかりとやっておくべきだった。でも研究ばっかりというのもどうかと思うが。
でもこう、研究ばっかりというところから脱却できるようになったというのは研究生を一年間やった成果だと思う。どうしてもこのままじゃまずいまずいと、とにかくハッパかけられまくって、そのために他のもの全部犠牲にして、そのために人がどんどん離れていって、残ったものは努力というむなしいものだけ。多分それを小学生の時からずっと自分に課してきて、まじめに上の言うことをほいほい信じる変な人間に育っちゃったからなのだろう。でも現実はそんな超絶努力しまくって成功者になる必要なんてないということ、それが分かったのは一体いつだったんだろう。そういう経済的な方向ばかり考えている一部の教授たちの欺瞞を、いつ見抜いたんだろう。多分それはネットのお陰だと思う。はるかに多くの見識と思考力をもつブロガーたちの文章に会わなかったら、そういうことを考えることができなかった。多分、反日教育を受けて日本を貶めることは全て正当化されると信じている中国人みたいな感じ、そんな状態がずっと続いていたのだろうと思う。
あと、すぐに落ち込むのは止めようと思う。大リーグ見て、とんでもない失敗している人達がいて、それでも落ち込まずに次の日の試合に備えていく精神力を持ったプロたちを見て、そんなことを思った。エラーしたって打たれたって、それは切り替えないとダメじゃん。
さて、明日から館山。微妙に寝不足だが、出発時刻は遅くても大丈夫なのでゆっくり寝ることにしよう。寝たのは4時を過ぎていた。
ちなみにここまで文章をすいすい書けるのは、新しいキーボードが非常に打ちやすいから。よくあそこまでひどいキーボードを平気で使っていたな。文章書きたくなくなるのも当然じゃないか。
2005年4月9日(土) 館山へ一泊
起床は10時。出発は午後ではなく、11時半。それまでに、いろいろと準備するわけで、前日には何も準備していないといういいかげんさは今年も健在。
車のところに行ったら、花粉が大量に積もっていて、ウォッシャー液でも当然取れなかった。というわけで洗車。早速時間がつぶれていくが、それでも十分なんとかなるだろうと楽観的に。洗車し終わった窓をよくよく見ると、こびりついたいくつかの点は、いまだに取れていなかった。げげっ。
12時にようやく多摩沿線道路へ入る。渋滞情報が入ったので宇奈根で回避して府中秋道に入り、諏訪方の交差点で再び多摩沿線道路に合流する。東海道新幹線の高架下を抜けたところで変なとまり方をしてどうしたことかと思った。
そんでもって国道409号、川崎大師の踏切に入り損ねた。ここは左に寄せておく必要があったということを忘れていた。というわけで迂回して国道129号、そして塩浜陸橋で貨物線を越えていく。夜光の交差点で国道409号へ向けて曲がり、小島新田駅近くのローソンで今日の昼食を調達。コンビニでの調達という方法も、いつのながら悪くない手段。
貨物線を越えて国道409号に再合流。後はひたすら臨海部へ向かって走っていく。臨海部に向かっていくと工場の排ガスで車内が苦しいが、こればかりは我慢。いつものことだ。アクアラインに入ったがやはりガラガラ。そして海ほたるで休憩となる。もう1時半になってしまった。
海ほたるは普通に人が入っていて、適当なところで腰掛けて昼食とする。安上がりだが、十分に楽しめるのがありがたい。
適当に回ってから車のある場所に戻ったが、今日は海眼鏡で海ほたるの発光観察会があるという。これが二時半からというので、こちらにも顔を出してみた。アクアラインの工事の内容について説明されているパネルを閲覧している内に時間となったので、適当なところに腰掛けて説明を聞く。クイズなんかもあって、これに答えた人が京浜をもらえるとかで、非常に張り切っている子供たちとか。昔の自分を見るようだな。現金だったからなぁ。
そんでもって発光だが、3mm程度の体からあれほどの発光を観察できるというのには正直驚いた。当然見たのは初めて。海ほたるも初めて見た。
終わったところで出発。既に2時45分。ひとまず何も考えず、高速で宿泊先へ急ぐことにした。アクアラインを抜けてしばし、車に2台しか遭遇しないという状況はこれ如何に。館山道に入ったところでようやく車が何台か。
木更津南ICで降り、国道127号を南下していく。途中までは往復4車線の立派な幹線で、これが途中で一気に寂しい往復2車線へと変貌してしまう。これがしばし続いたところで、今年3月19日に新規開通となった館山道の富津中央ICへの看板が見えてきた。
真新しいアスファルトは真っ黒で、入っていく車も私だけというのが最高だ。入ってしばし2車線、そしてすぐに1車線となる。暫定1車線というのはどうなんだろうな、とは思うが、それでも高速があるというのは大きい。それにしても、あともう少し。
トンネルはまだ排気ガスによって黒くなっておらず、真白いシールドトンネルがまだきれいに輝いていた。本当に良いものだ。あと、左の車窓はまた美しく荒涼とした台地。さらに進むと鋸山がまさに鋸のように削られている光景が見えてくる。
途中で道の駅兼用となっているハイウェイオアシス富来里にて休憩を入れる。帰りのお土産を買うところも、どうやらここになりそうな勢いだ。
ここを出ると最終地点となっている富浦ICが近かった。降りると国道127号沿いに走っていく。するとやしの木が両脇を固めている箇所があった。これはいつ植えられたのだろう。
ナビの指示に従ってひたすら先を目指し、到着したのは4時半。相変わらず海が見える絶好のロケーションだ。部屋に入ってしまえばもう後はのんびりするしかない。私は私で、前の旅行の記録を一気に仕上げようと奮闘していた。ちょうど岐阜市内の様子を記述して最後へと向かっていたのである。
そして夕食だが、相変わらず量が多くておいしくて最高だ。悪いが、おいしいという以外、使える言葉がないというのはどうもボキャブラリーが、だな。
夕食後は眠いのでいったん寝て、そのあと残ったものを一気に書き終えて終了。別荘に来て文章を執筆する作家先生みたいだ。
大体みんなそろって1時に寝た。部屋を暗くするということは全員が寝るということに等しい。
2005年4月10日(日) 寝不足たたる
せっかく早く寝られたというのに、3時前に父の大きないびきで起こされ、さらには寝ようとまどろみ始めたところでまたもや一撃。そして全くとまらない。これで寝ることは不可能になった。
というわけでLANが通じている談話室へ。ここで巡回も何もしていなかった昨日の更新サイトをチェック。2時間半ぐらいいたら、見事に全部読み終えた。時間的にはまだまだかな、と思ったのだが、さすがに部屋に戻った。もう6時前。
ここでいったん寝る。寝ようとしたところに再び父のいびきがあってさらにとどめを差してくれたが、その後は来なかったのでなんとか寝た。あまり熟睡はできなかったが、8時までは意識がある程度にまどろんだ。
朝食は相変わらず贅沢。これまたおいしい。
食後再び寝て、9時50分ぐらいに目を覚ます。支度としてトイレに行ったりしていたらもう時間。急ぎ出発となる。
車内に荷物を詰め込み、いざ出発。まず父は釣り場へ向かうので、そこに父を置いてから適当に周囲を走り回ってみた。結局洲崎灯台へ行ってみたのだが、これは本当にただの灯台。本当にだから何、という状態だった。さすが。
戻って全く釣れないという父と合流。沖ノ島公園へと向かう。これは海軍自衛隊の使っている敷地の外側にあるが、そこへはちょっと遠回りしていくことになる。館山港から北へ向かって海岸沿いに向かっていく道路は、最初は舗装がなされているが、途中から未舗装となってとんでもなく凸凹した道へと変貌した。これがクリープで進んでも大きく沈み込むほど凸凹していると言えば、その程度が分かるかと思う。つまり普通に走ることは困難。
それでも普通に車で進んでいったらその公園。車をとめて、砂洲で繋がっている沖ノ島へと。本当に小さい島のようで、おまけに人工的に植えられたと思われる木々が入っていて緑は美しくない。ようやく雑木林という状態だろう。
海岸に出ると貝殻が多いのは確か。あと海藻とかを撮っている人達が結構いた。普通に採取して食べているようだということが、地元の人たちが出張って取っていることで理解できる。
適当に海岸をぶらっとしてから戻る。既に12時に近いので、館山駅前のすし屋で昼食とすることになった。駅へ出るのはやや面倒だが、今度は駐車料金もただにできるのが大きい。1月にも入っているので間違いないここの味は、相変わらずちゃんとしたものだった。
食事が終了したところで来るまで少しどうしようか、ということを話し合う。ここ周辺であちこち回るには、どうも疲れるというのが結論だった。何しろ車を日なたにおいておくだけであっという間に暑くなるので、これだけで体力が消耗して疲れ切ってしまう。前回の二の舞はどうしても避けたいというのは一致していた。ということで直行で帰るという味気ない結論に達した。しょうがないだろう。よくよく考えると、前回は道の駅に3つ、さらには崖観音、富津岬、さらには横浜中華街だった。てか、よくやったもんだな。体力ありすぎ。
決まったので13時20分ぐらいに出て、あとは高速道路を目指す。富津ICから少しで富来里に到達するが、日曜ということで高速もそれなりに利用者が多い。先頭を鈍い車が走って60kmから80kmで巡航。なんとも。
休憩となったので存分にゆっくり。どうせ寄るところもないのだから、ということでお土産もここでしっかりと揃えた。ついでに写真もとっていった。前回に比べてさらに良くなっているこの道の駅の品揃えは良い、という一言に尽きるか。
30分ぐらい休憩して2時20分頃、高速に出る。車はそれなりにあって、結局先頭車の速度に合わせる形で進んでいく。そのまま先頭車は変わらず、富津中央ICで降りた。
そして渋滞が始まる。早速その新しい交差点の所から渋滞になっていて(というかR127はこれより南からずっと)、ゆっくりとした動きになっている。ゆっくりというか、時折とまるという感じで、先が思いやられる。
横道に入る機会はまず最初に佐貫の交差点の一つ手前、そして国道465号が分岐する佐貫、であった。ここまでは保留して進んでいった。少なくとも、全く進まないというようなひどい状態ではなかったのである。
しかしその次の交差点で離脱を決定した。標識としては富津岬へ抜けるようになっているが、普通に北へ向かって行く道路であり、前回にこの道路の使い勝手は実証積みだ。
ここをひたすらまっすぐ行き、突き当たったところを右に曲がって県道を進んでいく。この県道も往復2車線ある、千葉県にしては立派な道路で、十分迂回路としての役割を果たせる。途中、郡ダム周辺の公園で休憩を入れたが、ここのトイレがぼっとんに便器のない小便器、という状態だけでその施設の古さがわかろうというもの。ひどいものだ。
坂を下って、郡の交差点で国道127号への合流を果たす。既に往復4車線となっていて、ここからは順調に流れていた。賭けに勝った気分だ。
外箕輪の交差点渋滞につかまったが、他は順調に流れた。10kmなので高速は使わずに袖ヶ浦まで向かう。国道は十分に高速に近い仕様になっていて、その中を大量の車が慣れたように走っていく。
木更津南ICの場所を過ぎると国道の番号は16号に変わり、さらに高規格化。所々で微妙に混雑している場所はあったが、何ら問題もなく袖ヶ浦ICまで到達した。
アクアライン連絡道は強風のため50kmの速度制限がかかっていた。当然誰も守っていなかったが、確かに風でハンドルが回される(とられるというほどではないので)という感覚はある。が、元々車高の低い車なので、こういうのに関してはびくともしない。料金所ではアクアラインは平均風速19m/sだとかの表示。相当吹いているな。
アクアラインに入ると、今度は40km規制。こちらは海の上ということで相当に気を払ったが、こっちも特段変わったところはなかった。ただ、海に両側を抑えられているという状況はさすがにみんな嫌なのか、100kmを超えて走る車はいなかった。単に偶然だったかもしれない、が。
海ほたるはやや混雑気味。外に出ると強風が。想像以上に風が強いようだ。誘導の人の寒そうな姿が目に浮かんだ。観光バスが想像以上に乗り付けていて、相当の混雑になっていた。日曜の午後だけど、まだ4時。
風の当たらない北東側のベンチに腰掛け、適当に休憩しながら、夕食に関して話し合う。夕食は宿河原のとんでんで決定し、早めでも問題ないということにした。ここで少しのんびりしてから向かうことになる。
一気に下って合流し、出口も2度の分岐をうまく処理して浮島ICから出る。後は臨海部を一気に抜けるだけ。国道はやはり大師あたりからやや混雑気味になったが、やはり最大の難関は第一京浜との交差部分。ここで車線が減少してしまうのだ。2車線が3車線に拡張され、左折レーンと直進レーンと右折レーンがそれぞれ3本。これが痛い。これを抜けてしまえば少し行ったところで踏切の手前で2車線になるので、ここの時間が結構響く。
そこを抜けるとあとは順調に多摩沿線道路へ。ここを宮内北側まで。ここから府中街道に合流した。これは多摩沿線道路が北見方以北で渋滞していることが理由による。二子橋付近の渋滞が、最近さらに激しいな。
府中街道は高津付近で少し混雑しているが何とか流れ、何とかとんでんに到着した。5時40分の到着だが、さすがに疲れの色は隠せない。やはり暑さにやられたということなのかもしれない。あとは直射日光。これも結構疲れる。
昼の夜ということもあって少なくしようかと思っていたが、結局多くなるのが宿命なのか。私はイチゴパフェとそば、パフェの方が想像以上にあって、ちゃんと一杯になった。
最後は眠かったが、ハンドルを握っている間は正気を保ち、車から降りたら便意との戦いが。そして帰ってきたらこの文章を書く戦いが。
そして館山の旅行記はあっけなく幕を閉じる。今回は随分と手抜きだったかも。それでも贅沢な食事に彩られていた。
そんでもって新しいキーボードに万歳。10日前の旅行記に関しては、写真の貼り付けの問題があるので、もう少しかかるのでお待ちいただきたく。って、これは札幌の方もそうだった。