2005年3月11日(金)
雨。出かけない。
そして眠い・・・。
2005年3月12日(土)
マイライン登録の封書を出す。そんでもって、古本屋に行ったが特筆すべきものはなく。旅の友として、図書館で本を6冊ほど借りた。
旅の情報収集を記録するスペースが欲しかったので、Travelmemoグループを作成した。自分用のメモとして運用するが、同様の旅行をする人にもそれなりのメリットが享受できる形にしたいとは思う。・・・できるのか?
2005年3月13日(日)
ますますもって体の調子が悪い。家にこもっていればそうもなるか。
2005年3月14日(月)
久々に学校へ。と言ってもすることも大してなかったのだが、家のマシンではなくて学校のマシンでCDを焼きたかったからというのが理由か。家のマシンで信じられないことに一枚書き込み不良を起こしたので(オーディオ用の高価なCD-Rなのに)、DVDの書き込めない学校のものの方が高品位な書き込みができるのではないかという思惑もあった。
まぁ、いろいろ思うところもあるのだが、なんだかだ言ってもDVDまで対応になってから読み込みのほうの性能は確実に落ちている。旧機種で問題なく読み取れた物が、新しい方ではいったん読み込みに失敗するなどもあった。値段が下がってきているし、こういうのも流れなのかな。昔(4年ぐらい前)は書き込めるだけで1万以上だったのだから。
帰りに矢野口駅でムーンライト仙台の空席を調べてもらったのだが満席。厳しいね。
明日青春18きっぷで出かけて、川崎への返却も兼用することを考えたのだが、思った以上に厳しいという感じになってきたので今回はキャンセルすることに。
2005年3月15日(火)
川崎へ。もちろんCDの返却へ。
チケットショップで川崎までの回数券を1枚だけ買って登戸駅へ。久慈まで行って80円安くしようという考えもあったのだが、その後の展開を考え、小田急で戻るという線を消したくなかった。というわけで登戸から。でもちょっと運動不足気味か。
登戸駅は小田急と連絡されるであろう新しい跨線橋が供用されていた。改札を抜けようとしたら貨物列車が立川へ向かって通過。深夜の時間帯で南武線下りの増発があったが、貨物列車の時刻も変更されたのかもしれない。しかし、最近存外に貨物列車を見るような。小学生になる前には貨物が3分の1ぐらいを占めていたので、ちょっと懐かしい気もする。
旧跨線橋は上り列車の人専用となったようで、いよいよ来るべき時が着たように思う。でも新跨線橋、全然広くない。となると旧跨線橋も使い続けるのかな、と思った。少なくとも、古い方を取り壊したら、通行量のことを考えると行き詰まる。でもJR東だし・・・。
南武線でしばし、あっさりと川崎に到着する。窓口で返すようになっているのは商品に対する愛情というものか。川崎の商品の管理レベルがいいことと無関係ではないかもしれないな。
今のカメラ用の電池が売っていないか、ヨドバシカメラへ。確かにあったのだが、値段が1個1000円って…高すぎ。秋葉原の倍ぐらいだろうか。DVD-Rもそれぐらいの値段付けなので、そんな感じがするのだ。とにかく高い。これで購入意欲をそがれた。
PCのパーツを見てみる。ファンの変換アダプターとかにも手を出しておきたいのだが、これも今回はスルー。インクに関してはヨドバシだとセット売りがないので、これもスルー。ビックカメラまでは行く気がせず。
京急川崎駅へと向かった。大師線に乗るため。大師線に乗るのは初めてなのだが、なぜ今回乗るかというとTSUTAYA大師店と川崎大師。適当に用事を作って出かけるのだから、それはそれで良いのではないかと思っている。
ひとまず時刻表を確認。通常でも1時間に6本、これからの時間はなんと1時間に12本程度が走る。これは思った以上に凄い、大師線。
5分に一本なら見送っても時間的なロスはたいしてないので、見送って駅の撮影を適当にしておく。到着した電車に乗り込む人はそれなりだが、着席は楽勝。
端居始めると、途中、本線への分岐が見えた。そうか、直通もできるんだと思っているうちに409号を渡る。下町な雰囲気がなかなかいい。ひとまず2駅、鈴木町駅でホームに降りて次の電車まで待つことにする。なんとなく駅の雰囲気が気に入ったので降りてみたのだ。駅内踏切や背後に工場、夕日に古い屋根など。これを地下化するなんてとんでもないというのが思うところなのだが、結局車社会ということなんだろうな。でも自動車だけのための地下化ってどうよ、と思うわけなのだが。車を減らす方向で考えれば地下化なんかしなくて済むんじゃないのか。もしくは他の方向へ流すとか。
5分後の電車に乗って川崎大師で下車。130円、安い。LRT化したとしても、値上げは避けられない料金だろうと思う。
さて、川崎大師へ。ここへ向かう商店街がいい感じなのだ。局めぐした頃に一度訪れていて、好きな界隈の一つ。カメラを片手に適当にめぐる。
川崎大師こと平間寺の参詣。特に備えるものもないのだが、時間だけは拝した。そういうことで。
西口から南下。ひたすら南下する。2本目の幹線道路にぶち当たったところで右へ折れてしばし、28台の駐車場を抱えているのがTSUTAYA大師店だ。さて、評価テンプレ。
やや駅から離れたこの店舗は1階部分に28台の駐車スペースを持つ。2階にブックオフと隔てない形で設置されており、スペース的にはなかなかのものだ。
品揃えは標準より上といったところ。通常の郊外型並の在庫レベルは備えているといえる。
4,3,2,1,2
というところで終了だろう。正直案となく影が薄いという感じがしなくもない。あとアニメは欠番が多かったのが気になった。最入荷しないのだろうか。
ブックオフの方は100円CDが大量に置いてあって結構迷わせてくれた。結局買わなかったのだが、それでよかったのか悪かったのか。というか100円と350円しか置いてないのはなぜに。
これからバスで駅に出ることも考えたのだが、この場所ですでにバス内は混雑しており、駅付近の渋滞も予想される。結局面白くないのだ。というわけで南武支線の駅を目指す方針に切り替えた。問題は、どれぐらい遠いかということだ。目指す駅は川崎新町だが、頭に地図を思い浮かべることができないままだ。
とりあえず適当に南の方向へと進んでいく。ある意味産業道路にぶつからなかったのは奇跡に近かったが、うまく時折川崎方へ歩いたのが結果的に正解だったようだ。
たいして歩いていることを記述してもどうしようもない感じだが、新川通りを抜け、鋼管通に入ったところで3分の2ぐらいは来ているだろうという一種の願いみたいなものがあった。が、確信できなかったのでコンビニに入って地図を見た。残り1200mぐらいのようだった。
最後の市電通りから駅への点準は方向感覚を失うなどして苦労したが、何とか踏切までたどり着いた。駅は踏み切りの先にあるのだった。ここで尻手行きが行ったら地団駄踏むところだったが、行ったのは浜川崎方面の電車と尻手方面の貨物列車だった。
ようやく川崎新町駅につく。後で調べたところ6.1kmもの行軍だったようだ。さすがに疲れていたので、混雑する下り電車で登戸まではつらいな、などと思う。
10分後ぐらいに折り返し電車が来た。7時20分の尻手行き。混雑率はそれなりで140%ぐらいだろうか。乗車時間は短いので座席の価値は大してない。
尻手に到着。ベンチに座って疲れを取る。次に来たのが溝口行きだったので見送り。長く休めてよかった。
次は立川行き。そのまま登戸まで。溝口から先は立ちながら寝ていた。立ちながら寝たのは久しぶりだ。自転車に乗るのがなんか妙な感じだったが、まぁそれはそれでいい。
さて、晴天は明日まで。予定では日原へ行く予定だが、それには早起きをする必要がある。行くとすると、朝食は食べられない。これは個人的にきついのだが・・・。
2005年3月16日(水) 日原へ
起床、5時50分。目覚ましのとおりに起床できたのは良いことだ。だが、時間的には急いで支度を済ませなければならない。
母が朝食を用意してくれたので、それを食べて急ぎ6時10分ぐらいに出発。中野島駅を目指す。空はすでに明るく、駐輪場にも職員が出ていた。いよいよ春なのか。
今期2回目の印を押してもらって南武線下り列車に乗り込む。6時21分の電車は着席が余裕な混雑状況。近郊なら、この時間から混雑することはさすがにないようだ。小田急だとこの時間でも急行は厳しいところだとは思う。
23分で立川に到着する。青梅線ホームの電車への乗換。6時50分発の奥多摩行きだ。青梅線下り奥多摩まで向かう列車はこの6時台にはこの一本だけ。相変わらず暖房がきいていないのが寂しい。節約傾向なのね。
本を忘れてきたことを恨めしく思いつつ、車窓を無視しながら青梅まで。乗客は次第に減っていく、と思いきやどんどん増えていくとはこれ如何に。この列車が数少ない奥多摩方面への列車ということもあるのだろう。
青梅到着時点で、すでに周りは山という雰囲気で、山は杉の花粉で赤く色付いている。ここあたり、大概は植林された杉林が基本となっており、時折落葉している本来の林もあるのだが、これだけ杉が多いとは。というわけで、山はこの時期赤く染められるということらしい。彩りがあるというのはいいこと…ではない。
車内はさすがに少しずつ乗客を減らし、奥多摩到着前には座席の埋まり具合も2分の1ぐらい。それでも結構乗っているものだと感心した。こんな山奥でも、やはり東京は東京ということなのだ。
奥多摩駅に到着。3年半ぶりの来訪だが、久しぶりという感じはしない。おそらく写真と課での記憶が残っているためなのだろう。あと、青梅線自体は結構最近利用回数が多いからなのかもしれない。
適当に撮影してから外に出て、トイレ。駅前に直接日原鍾乳洞行きのバスが乗りつけられていたが、ドアは開かれておらず。適当に駅のパンフレットを見て時間を潰すが、駅には日原鍾乳洞の割引券とかはおいていないようだ。印刷するのが面倒だったのでスルーしたのが、やはりしておくべきだったか。
ドアが開かれ、券なしの乗車となる。バスカードは通さずということらしく。先頭のいい席を確保したのだが、2人乗車ということで視界をさえぎられる。
出発。バスはいったん国道に出て氷川橋を渡る。そして右折して日原方面への道へと入っていく。この時点で目を疑ってしまうほどの光景。曲がった時点で中央線がないのだ。すでに隘路となっており、道は曲がりくねりながら勾配を駆け上がっていく。なんと言う路線だろうか。想像を越えていた。
まもなく離合困難な状態となり、ところどころに待避所があるというような道路状況に。ここに車で来るのは無謀であることを思い知らされる。というか、よく走ってるものだ、バスが。車掌が必要な理由も良く分かる。
まずは川乗橋だが、降客なし。道は通行止めのゲートで閉じられていたが、歩行者の侵入は可能なようだ。
しばし進むと、倉沢、そしてセメントの材料となる石灰石の肌を晒した山が見えてくる。青梅線の奥多摩までの開通の原動力になった石灰石からセメントの生産、そして輸送という意味での役割をいまだ果たし続けている。この場所から道幅が突如拡大して日原トンネルに入る。総延長1106mで、新しいという印象を受けるが改修工事中であった。
ここを抜けると一原、そして東日原に到着。鍾乳洞へ行く予定は今のところはないので、ここで下車。全員ここで降りてしまった。無人のまま鍾乳洞に向かう状況を見て、鍾乳洞までのバスが打ち切られないことを祈らざるを得なかった。本来、鍾乳洞までバスを走らせると、登山者にとっては大きな益になるんだろうけどなぁ。そこまで面倒はみきれないという事なのか。
とりあえずここも道路改修っていうか、ガードレールの再設置工事中。ひとまず稲村岩に登ることを予定しているので、適当に登山口を探すわけだが、駅方向へ戻ったのはさすがに間違っていたようだった。結局下道から上の日原街道に戻り、中日原のバス停付近から鷹ノ巣山・稲村岩方面登山口への小道を発見する。
ここから階段で下った後、日原川へ向かって一気に下っていく。最初は畑に囲まれた小道だが、間もなく杉の密林の中を進む。ところどころ湧き水があって道を濡らしているし、崩れかかった橋まであるという状況。しょっぱなからこれか。
下りきると釣り場となっていた。ここから登りとなる。やはり杉の中を登っていくが、それなりに勾配もあって意外に体力を消耗する。いろいろと警告があって、鈴鹿ラジオを持参しないものは山に入るなとか(クマが出るかららしい)、いろいろあったなぁ。こういう私みたいな適当なのがいると、いろいろと問題が起こるということか(他人事だな、おい)。
クマへの対抗策としていろいろ口ずさみながら進む。上っていくが、鷹ノ巣沢の水の流れで音はしばし絶えない。ようやくある程度上って分岐に差し掛かると音は鎮まり、変わった石畳の堤防が姿を現した。明らかに人口の造形だが、ここを過ぎると雪渓となっていて、沢が埋もれていた。いよいよ厄介でどうしようか考えたが、ある程度進んでみようということでがんばってみることにした。次があれば、この経験もそれなりに生きるだろう。
雪渓沿いに進んでいくが、登山道は分かりやすい。しっかりと踏み場が残っているからだ。間もなく雪渓は減って、代わりに雪解け水が流れるようになる。引用ではないと思いつつも、何も飲み物を持っていない(全くなんて登山者だ)のでこれを頂く。おいしくもないといったところ。
折り返しながら厳しい道を登っていく。道の大概は雪で凍結しており、これに勾配まで加わっている状況なのでかなり厳しい進軍となる。これは帰りが厳しいだろうなと思いつつ、次の標識が出るまではと思い進んでいく。
結果、開始から1時間程度でリタイア。雪渓部突入から30分粘ったことになる。戻ることにした。結論から言えばこれは正解だったようで、稲村岩までの所要時間は1時間30分。半分がいいところだったということなのだろう。
帰り道はもちろん行きより大変なのだが、それでも何とか事故なく戻れた。なんだかんだ言っても、行きよりも所要時間は短く、45分ぐらいで戻れたようである。
時刻は10時40分。バスでこのまま奥多摩に帰るには適当な時刻のバスがある。もちろん、そのバスには30分程度待つ必要があるが、これを逃せば2時間30分ない。
結論からすると、もう少し回ってみようという欲が勝った。というか、午前で奥多摩駅に戻るのも味気ないなと思っただけなのだが。
となると安心して向かえるのは日原鍾乳洞ぐらいしかない。というわけで歩いて鍾乳洞へと向かう。途中でバスに抜かれたが、たいしたことではない。道が狭いのは変わらないが、勾配がないので問題ない。
日原鍾乳洞の停留所は、高く架けられた橋の手前にあった。すでに停泊中の車内に人も見られたが、やはり閑散。橋だけは広く取られており、開放的な橋の部分からは深い谷の下がのぞきこめる。
案内があり、この停留所からさらに900m先が日原鍾乳洞とのこと。鍾乳洞の停留所からさらに10分以上も歩くという事実に打ちのめされるが、時間はたっぷりとある。しかし足はすでに痛い。
のんびりとした歩きとなるが、横から川の流れる音が絶えず聞こえてくるのには心が休まる。道路の狭さは相変わらずだが、鍾乳洞の近くに駐車場はどの程度整備されているのだろう。
あんなに下のほうにあった川が鍾乳洞に近づくころには随分と高度を上げてきていた。近くに一軒の売店があり、飲食業務などを兼ねていた。駐車場業務まで兼ねていて、2時間500円だそうな。
さらに進むと、本来無料となっているはずであろう駐車場への道は通行止めとなっていた。落石(崩落?)による影響らしい。ここに来るまでにも、落石のために道路には絶えず小石が散らかっている状態であり、ここあたりの地形条件の厳しさを物語っていた。このため、梵天岩などの景勝を見ることは不可能といえそうだ。観光シーズンが始まる4月末あたりには復旧されるだろうと思うのだが。
鍾乳洞の手前にはその少し先にある滝の案内があり、銚子の滝というそうな。銚子とは、昔の酒を注ぐ様を意匠化したものだとされる。なるほど、滝壷をそのように見立てるのか。
階段をくだり、ひとまずトイレ。トイレの後は飲用水を少し飲む。水を飲もうとする前に窓を上げて、早く払いなさい的な雰囲気をかもし出すのはいかがなものか。
せっかくここまで来たということもあるので、入場。600円。周りの雰囲気はいいものだが、中身はそれに見合ったものなのか、それが心配だ。
入ると、ある程度切り抜いたと思われる通路が確保されており、そこを進んでいく。まずは水琴窟であるが、これは人工的に作ったということが書かれているのが微妙な気持ち。ただ、音はなかなか素晴らしい。
さらに進んでいくと新洞との分岐となるが、とりあえず古い方から。全体的に色彩や派手さに欠ける内容だが、広いことは広い。
末端部の大きなドーム型の場所の名称は不明だが、これはなかなか。でもやっぱり広いだけで派手さがないんだな。
新洞へと向かう。こちらへの階段はあまりに勾配が凄く出、中が濡れていることも含めてかなり怖い。これを何とか登りきると、比較的美しい造形。ただ、それも本当に一部だけで、それを終わらせて戻る行程が長い。これで終わりとはなんともはや。
外に出ると水の音。滝の方も撮影条件が木などに隠れて悪いので、ここあたりで解散。バス停の方向へ戻ることにする。
さて、時刻はまだ12時。バス停までは歩くが、到着したところでもまだ12時20分前。次のバスが来るまで1時間10分。ここでじっと待つことができるほど暇が空くな訳ではないので、歩くしかない。日原渓谷のほうに入っていくのも一興かと思ったが、とりあえずバス料金節約という観点からもそのまま街道を下ることにした。
それにしても途中の中日原のバス停まで15分近く歩く必要がある。基本的に自由乗降区間というのもあるので(土休日は×だが)それほど気にすることもないのだろうが、それだけ途中の利用がないということも意味する。民家がないのだから、確かに。
例の登山口の場所を確認すると、中日原のバス停に到着する。この近くには一杯水方面への登山口もあり、こちらへ向かう場合には谷へ下る手間がない分、挑戦するのも悪くは無さそうな。
森林館というのがあるので向かってみた。いまどきこういうのが有料というのに驚く。そもそも人が入っているのだろうかと思える状態だが、中をうかがうと管理人がタバコをプカプカさせている。ということで入館料200円入って入るのはやめ。ここからの展望はなかなかのもので、スギ花粉が飛散する瞬間も見ることができた。欲流れているような派手さこそないものの、風と共に粉が上に飛び散る光景は、確かにあった。
下ってしばし、派出所や商店、さらには簡易郵便局もある地域の中心部に入ってきた。そして東日原バス停がある。まだ時間は40分も余裕あるので、さらに先行。
民家が途切れ、杉の木の中を何度も曲がりながら進む。間もなく一原のバス停にいたる。ここあたりからは石灰の削り取られた山が見えてきて、その先に日原トンネルも見える。
日原トンネルの横に道が伸びているので、ちょっと入ってみる。荒れた道だが、舗装が残っていた。少し行くだけで旧日原トンネルがあり、こちらの総延長は399m、現トンネルが1102mであること、さらには狭さである。昔はいろいろあっただろうなと思わせる遺物だ。道路からは渓谷の眺めが非常によく、下のほうにある水量計測などの堰堤などまでよく見える。
トンネルの手前で時刻が1時5分になっていることを確認。トンネルを越えてバス停が近くになければバスに間に合うかが微妙になる。ただ、そのときはそのときだと思い、トンネルへ。マスクを持ってきたのは正解で、工事中のトンネル内はなにか埃っぽい。いや、工事中でなくてもトンネルの中は埃っぽいだろう。1kmを越えるトンネルを歩いて越えるなどというのはおそらく初めてだ。もちろん自転車でもないだろう。でも歩行者専用トンネルとかでそういう経験をしたことがないとも言い切れないような気もしなくはない。
途中に携帯電話の設備が3箇所。走っていても1kmを越えていると距離は大きく、10分ほどで抜けた。10分もトンネル内にいるというのは、やはりなんともいえない気持ちになった。
出たところに若松尾根のバス停。とりあえず次ぎ延ばすまでの時間が15分程度となっていたので、ここで終わりにしておく。石灰掘り出しのための作業場が近くにはあり、トラックなどがいくつか常備されていた。今も当然、作業中だ。
ここでトンネル作業員の方と少々雑談。川崎からきたというと、結構大変なんじゃないか、というようなことも。泊まると楽なんだけどねという声には、それはお金がもったいないということで返すしかない。おまけにこの旅行の趣旨とは微妙に違う。所詮稲村岩程度だって。それにしても暖かくなっているので汗。着込んでいるので暑いな。
到着したバスに乗り込む。今後の予定は立川で昼食と買い物、そして秋葉原、そのついでにどうするかというところなので、携帯電話を開いてドキュメントビューアに入っている地図などを見ようと開いたところ、驚くべきことが。そう、ここは圏外なのだ。ドコモの携帯にして、圏外表示をさせる日原周辺。川乗橋付近でいったん1本だけ回復したものの、再び圏外表示に戻る。そして少し、ようやく3本立って電波の入る領域に復帰したことを示した。しかし2本から3本を行ったり来たり。奥多摩駅に至っても4本は立たないのだった。
途中の風景は相変わらず興味深かった。上をトロッコが走っているところとか。おそらく石灰の輸送だと思われるが、これが奥多摩駅の近くにある大きなセメント工場に運ばれることは間違いない。日本の資源の中で唯一輸入を必要としない原料、石灰石。海の時代い蓄積されたそれが、道路とかの材料に使われ、そして使い捨てられていくというのはなかなかドラマチックだなぁ。
奥多摩駅到着は14時。時間的な余裕はあるので、トイレを済ませてからホームへ。当然着席は余裕で場所も選べる。
とりあえず青梅まで。基本的に車内に大きな変化はないままだったが、日向和田で大量の乗車があって座席が完全に埋まるだけでなく、立席が出るほど。何かの団体にしてはパイが大きいが、それしかありえない。
青梅でもこの団体を引きずったため、続く10両編成の東京行きは想像以上の混雑になった。さすがに着席に問題はなかったが、次の駅から乗ってくる乗客たちは想像以上の混雑に戸惑っていた。そりゃ、青梅からこんなに乗ってこられたら異常に気付きもするだろう。
眠っているうちに立川到着。出発間際になって飛び起き、忘れ物がないことを確認してから外に出た。
立川での買い物は、まずは陳麻婆豆腐。4回分、504円也。
そして遅い昼食。陳建一麻婆豆腐店。前者の素とこの店は全く別個のはず。ひとまず食べさせてもらう。こういうところで麻婆豆腐というものを食べるというのが、やっぱりこれが好きだということなのだろう。
時間も時間だったので、すぐに出てきた。御飯の量とうまく著説して、おかわりなしで終了。御飯をおかわりしなかったので量的に物足りなく、杏仁豆腐も頼んだ。これがおいしいことも折込済みというか、前にも食べた。そういや、ここは2回目。
満足。精算はクレジット。食後の休憩なしにそのまま駅へと向かう。電車の中で休めば良いので、のんびりするだけ時間の無駄だ。
東京行き快速列車に乗り込む。当駅始発の16時10分の電車、しかし先行する3分の電車にも座れそうな状態だったのにはがっかりした。結局駅で7分待ちぼうけを食らうと、やはりなんか耐えられないような気分になる。
出発。まずは国立。駅の工事は進行中か。そして西国分寺、ここで降りる客が意外と多い。そして国分寺、ここで降りる客も多い。立川に買い物しに来る人、昔に比べて増えているんだろうな。
武蔵小金井は茶と踏み切りが短くなっていたし、東小金井は高架化されていた。武蔵境は相変わらず変わらないといったところ、そして三鷹では高架になって到着。ここで特快と連絡。乗客はやや減る。
ここから各駅にとまるわけだが、それでも駅と駅との間を全力疾走するところが偉いと思う。やはり高速で走る中央線というのは、こういうところでも健在なんだなぁ、と思う。小学生の時代から、中央線の高速運転はのろのろ走る小田急や南武線と比較して、本当にロマンがあったというか。
いつのまにか新宿に到着。車内は一気に空いた。そして気付くと御茶ノ水。すかさず乗り換える。ただ今回は総武線の方が来ておらず、後続の中央快速も来て結構混雑気味の総武線、でも1駅。
秋葉原に来たので、ひとまず閉店間際のヤマギワへ。5階のオーディオの階へ入る。スタックスの扱いは確かにあった。持ち歩き型のは、装着具合がどうにも悪い。他のやつは、装着具合が素晴らしい。買おうかとも一瞬思ったが、どうも最近浪費気味なのでキャンセル。意外と勇気ないの。せっかく安い時期だというのにね。まだ在庫あったのに(一番安いSR-303 Classic)。
次にパーツショップめぐりへ。とりあえずメディアの確保を先に済ませようと、あきばお〜へ。ここで太陽誘電のスピンドル10枚を970円(だったか?)、そして5枚のケース入りを730円(だったか?)で入手。
次にクレバリーで6インチ→8インチ変換アダプタを609円にて入手。
さらにはラオックスでトイレ。ごめんなさい。
そしてソーテックにて、EN-EL1の中古を1180円にて入手。これは何度も「保障がありません」を繰り返されたが、普通に買うとアマゾンでも3800円、2CR5も結構な値段がするので、これに賭けることにした。こういうのはいつも私は外していたので、かなり不安。って言うか今もっているバッテリーが不良品という気のほうがしなくもない。
その他いろいろ回ったのだが、これぐらいで終了。
それにしても疲れたが、まだ終わらない。
残った時間でTSUTAYAの店舗をいくつか回ろうかと思う。
まずは山手線で巣鴨へ。携帯の情報を確認しつつ(ドキュメントビューアがあれば、iモードで使うのはメールぐらいになる気がする)、巣鴨まで。上野で座れないのが誤算。
疲れていたので、ベンチで休憩してから改札を抜ける。
白山通り、国道17号を後楽園方向へ。間もなく建物発見。近くにはGEOもあるのか。
さて、TSUTAYA巣鴨店の評価テンプレ。
駅近接の店舗。雑居ビル内の1階から3階を占有する。1階に人気筋、2階にCDとアニメ、3階にビデオを中心に揃えている。広さはそれほどではないが、在庫のバランスは良い。
DVDのほうがレンタル料金が高いのは特殊。水曜は全品7泊200円となっている。
3,2,3,1,1
というところか。
駅に戻ってベンチで休憩。疲れは変わらずだが、まだダウンするわけにはいかない。
池袋へ2駅、ややこしい地下を通って北口から出る。西口とたいしてかわらない感じがする、突っ込みはよしておこう。
繁華街というか、歓楽街を抜けてロサの前へ。披露はいかんともし難いが、店内のチェック。TSUTAYA池袋ロサ店の評価テンプレ用意。
繁華街の中のロサ2階に店舗を持つ。
品揃えはそれなりに充実しているが、渋谷や新宿のような派手さ、特徴は持ち合わせていない。アニメは貧弱だが、ビデオ全体ではかなりの充実度を誇る。
4,3,2,2,2
というところで。
東武百貨店のトイレへ駆け込む。やはり昼食が強烈だったのか。まぁ、無理もない。
トイレが済んだので埼京線ホームへ。川越行きが先行し、後続に通勤特快が控えるというケース。赤羽乗換確定だろう。
この帰宅コースは武蔵野線経由というところなのだが、正直後々考えてみてもどうかと思える所が多い。これで武蔵野線への嫌悪感がまた出てきてしまった。
埼京線の混雑はそれほどでもなく、赤羽でそのまま降りる。ここで降りる客が多いというのは、東北線や上越線への乗り換えという面が強いことを示してもいるようだ。
後続の通勤特快は赤羽で後続の列車に乗り換える人も多いためかやはり混雑率はそれほどでもなく、比較的楽な状態。これが8時台後半の情勢なのだから、意外と平和だ。
特快は音だけはその速さを伝えるものの、外の景色が見えないのが残念。やはり景色編みえてこそだとも思う。
武蔵浦和到着。乗り換えて府中本町行きのホームへ。ベンチで休憩し、到着した103系に乗る。混雑で座れない。
2駅、北朝霞に到着。この2駅の間に荒川を超えるという行事があるわけで、駅間が広いこと。
TSUTAYA北朝霞店の評価テンプレ。
駅至近の店舗。ビルの1階に居を構える。
清潔な店舗と比較して、在庫の量はそれほど恵まれない。料金の高さは、利便性の裏返しでもあるのだろうか。
3,3,2,1,1
というところ。
到着した武蔵野線はまたも103系。まぁ、これはこれでいいかと思う。疲れたのでまたも眠って府中本町到着。
南武線への乗換。時間が開いているが、もう15分に1本の時間か。上りは夜が早い。
大便が近い状態だったので途中からすわれたのがラッキーだった。中野島で下車して家に着くと、ようやく一息。こんな疲れる旅行やっていると、旅行が嫌になるので気をつけたい。もうすでに嫌になってきた。特急とか新幹線に乗りたい。18きっぷにはもう飽きた。
帰って来ての動作状況だが、電池は全く使用に問題なさそうだ。あと変換アダプタは高さの関係で、薄型のファンじゃないと取り付けは難しそうだ。
さて、このページは後で分離する予定だが、写真の取り付けが面倒なので、いつになることやら。
2005年3月17日(木)
昨日の影響もあって、休養。足はやや筋肉痛。
PCにファンの取り付け交換などをやったのだが、古い方は高さが足りなくてファンが載せられなかった。薄型を買う必要がありそうだ。
新しい方はファンをいくつもつけているのだが、付け直したものが動作中に落下して他の部品と擦りあった。これで寿命が縮まったな。ってか、そういう圧力が加わってもとめることはできないみたいだね、やっぱし。
2005年3月18日(金)
この日も古本屋に出かけたぐらいで、特に何もせずといったところ。
というか、文章を書く力がわいてこないんだな、これが。
アニメを6本ほど処理。でもまだ結構残っていたりして。
2005年3月19日(土)
家にいるのに花粉がやばい。くしゃみに眼かゆ。こんなんで外に出られるか。
することもさしてなし。というか、すればいいんじゃないか。
2005年3月20日(日)
小田急50000形を撮りに行った。曇り空だが、晴れると花粉がひどくて外に出られないのだから、こういうタイミングしかない。こういう時に時刻が分かるネットは便利だ。50000&時刻表、で検索すれば今のところ2番目に表示される、Googleで。
新ロマンスカーの通過時には、歩いている人もやはり注目していたようだ。なんだかんだ言っても、沿線への宣伝効果というものは確かにある。デザインはどうかなぁ。小田急のスマートさというのとイメージが違う。
ついでにブックオフに寄ったら、月姫2巻があったので入手。思わぬ副産物がついてきた。帰り道では上りのロマンスカーに遭遇したが、携帯のカメラで撮っている人もデジカメで撮っている一般人も。やっぱり人気、ロマンスカー。
漫画、帰ってきてから読んだが、この暗い感じ、良いわ。やっぱり、暗い話が好きなんだなぁ、基本的に。
さて、明日は出かけようかと思うが、旅行への拒絶感が出てきているので、今後どうなるかはわからない。なんかいやいや行っているんじゃ、何のための旅行か分からなくなるな。