2004年9月1日(水)
ついに終わった・・・。
昨日は早寝したのでなんと7時40分に自然と目が覚めた。かなりいい感じだ。
とりあえず考えるところがあるので学校へ向かう。久々に多段変速のついた自転車を引きずり出して運転。それにしても日差しが酷すぎるな。
学校到着後、ケースファンの交換を試みる。交換後はケース内温度が2度ほど上昇。やはり低速モデルだとこうなると言うことか。それにしてもねじでまともにつかないファンと言うのはこれ如何に。それにしても酷い失敗をした。ほとんどジャンク品じゃないか。
青春18きっぷの交換掲示板を一通り眺め、一つのところにメールを送信。だがやはり帰ってこない。昨日も1つ送ってみたのだが、お断りのメールが届いた。結構難しいものだな。
昼時まで粘ったが特に進展もないので、昼食へ。お茶とおにぎりを2個購入。お茶で少し水分補給をして食べ終わったら眠くなったので少し寝た。
目覚めたら2時半ぐらい。少し考えた末に日野への遠征を決定する。
そう、久々に郵便局めぐりでもしようかと考えたわけで。そのための変速自転車でのお出かけでもあったわけで(本当は18の受取に自転車で目的地、というのを考えていたりもした)。
そう決まってからは用意を整えて出発するのみ。
品川街道(通りじゃない方)と呼ばれる狭い道を行く。が、街道の名がついているため、これが府中までいたるわけで、車を気にせずに走れるという点ではポイントが高い。順調に東府中のあたりで15分経過。ちょっと時間がかかりすぎか。
東府中からは競馬場通りに入って府中本町へ。が、途中で失敗したかな、と少し思った。府中街道からうまくスルーする方法が思いつかなかったのだ。が、地下通路が府中本町駅よりある程度南側にあった。調べが足りない。トンネル内で初めての長い休憩に入る。
中央高速沿いに入ることに決め、途中から気を変えて中河原通り(だったか)に入る。これがビンゴのルート取りだった。関戸橋方面への最短ルートだろう。
多摩川に出てからはとりあえず全力疾走。日差し厳しい中での全力疾走は熱中症と紙一重。時間制限の厳しいところか。程久保川との合流地点にあるベンチでいったん休憩を入れた。今日は信号の待ち合わせ時間などで頻繁に水分補給を行ってきているので割合持っているが、体温の上昇が著しいと言うことが明白に感じ取れる。靴を脱いでしばし休憩してとりあえず体温をある程度下げた。あっという間なのだな、と改めて実感。マラソン選手が暑い中2時間以上も走ると言うのは本当に驚異だ。
しばらく程久保川沿いに走り、京王線の踏切を渡って丘陵へのチャレンジとなる。多摩モノレールを見てからなのだが、それにしても高幡台団地への勾配はかなり厳しいものがある。ここを一気に上りきったわけだが、上り坂を上るエネルギーにより体の発熱によるダメージはかなり大きかった。熱中症の初期症状まであと一歩だな、と体が警告を発する。
団地の中に入っていく。最初の郵便局は割合簡単に見つけることができた。日野高幡台郵便局。館内の冷房で熱中症の恐怖はひとまず回避された。時刻は3時50分。次の郵便局に間に合うかが気になるところだが、私が聴いてもいないのに「百草のほうは回りました?」と聞くサービス心が凄い。自転車なら間に合いますよ、とのことで少し安心だが、道に迷う可能性が高いので油断できない(ここあたりは方向感覚を維持するにはあまりにくねりすぎている)。
団地を出た時点で既に方向感覚がぶれ始めていた私だが、地図で再確認してから百草団地へと向かう。この二つの団地の間は意外にも谷になっているのだった。そのため一度アップダウン。
するとまもなくそれらしき場所(団地の商店街みたいなもの?)まできたのだが、肝心の日野百草郵便局が全く見つからない。かなりきわどい所だったが、意外にも商店街の中ではなく、通り沿いのほうに存在していた。ここはキャリアがあだになったようだが、2分差で間に合っていたので問題なし。局番号は高幡台が740で百草が739。オープンは同じ時期だったのことが予想される。今日2局を完遂し、これで日野市は残り2つ。八王子への遠征時に一気に稼ぎたいところ。
あとは帰るわけだが、野猿街道に出るのが望ましそう。というわけでくねくねと道を下る。途中からは5t制限がある道。下ったところにセブンイレブンがあった。
ここでお茶の補充(高幡台郵便局についた時点で既に空)を考えていたのだが、500mmはなし。セブンは500mmがないことが多いか。梅おにぎりを1個だけ。塩分補給でも多少は稼げることは稼げる。クオカードの残額が200円を切ってしまったな。
食事で体を休めてから野猿街道を聖蹟方面へ。意外なことに下り坂で、野猿街道もちゃんと登りなのだ、という事実に少し驚く。かなり平坦な印象を持っていたので意外な感じ。ここあたりの道と比べてしまうからなのだろう。一宮交差点近くのセブンにも500mmはなし。
聖蹟のブックオフで長時間。結局何も買わなかった。近くのサンクスで500mmのウーロンをゲット。ナイスだ。
既に外は暗くなってきていた。余力がまだあるので川崎街道を使う。上りは大変だが、下りの爽快感はなかなか味わえない。3kmペダルをこがなくて済むと言うのはなかなか。おまけに緑が美しい。山上のバイパスと言う表現が似合う。
下りてきたので南多摩駅を観察。あー、こっちは全然進んでいないのか。ちょっと意外。長沼のあたりまではきていると思うけど、この調子で間に合うのかな。大丸踏切も結構クリティカルなのだが。矢野口に負荷が集中しては鶴川の方が持たない。大丈夫かな。近くのブックいとうではテニスの王子様が15冊500円で販売。3冊あたり100円ですか。
東長沼陸橋交差点にあるブックランドでエヴァの6〜8巻をゲットしておく。これは945円。もう一つはラルクのベスト版。480円とちょっと哀れ。オリジナルのは最新(CCCD)のを除いて入手しているので特に必要はないのだが、安かったので。
もう暗いので後は家へ直行。暑い割には余力を残していた。適当な水分補給が功を奏したといっていいのだろう。
さて、明日は面接。そのあとはどんなことにチャレンジしようか。読書も悪くないよな。
2004年9月2日(木)
深夜2時ぐらいに花火をする馬鹿が近所にいて3度も意識を戻された。最悪。
それでも起床は9時。それほど眠いと言う感じではない。しかし、くしゃみが大量に出る。昨日の運動でビタミンCが大きく失われたからだろう。Hi-Cを2個補給しておく。
午後からは面接があり、そして全ての結果が決まることになる。とりあえず昼食を持って出発。京王稲田堤駅から。食堂で豚汁をプラスしておにぎりを食べ、研究室へ。さすがに緊張気味。面接の得点はほとんど関係しないわけだが、それでも緊張する。
結果に関してはもう既に明るみに出てき始めていた。研究室内で落ちる人はいないという見込みとなっていて、この時点で多少は安心するが、それでも試験は試験だから。
面接はさすがに緊張するが、滞りなく終了した。滞りなく終了と言うか、面接時の雰囲気からして「落ちていない」と空気が言っているのでおそらく問題ないだろう。去年のこともあるのである程度予想がつく。
6時ごろ研究室に教授から連絡があり、受験者全員が合格だそうで。今年は随分とレベルが低かったようだ。定員に近いとこういうことになると言うわけで。あっさりと合格してしまった。ちょっと拍子抜け。というか、元々抜けていたのか。
とりあえず戦いは終わったのだった。
夜は飲み会だった。いつものこと。
帰ってきたら10時。風邪で体調を崩し気味なので、ちょっと疲れ気味。明日はさてどうしたものかな。
2004年9月3日(金)
身軽になったので、何気なく午後からTSUTAYAへ。3本ほど当日返却でのレンタルを行う。というか今日から半額がしばし続く。
ビデオを見たあとは、今日の夕食。
母ととんでんへ向かう。500円割引券を使えるのが理由だったりする。車で向かうわけだが、意外と遠かったか。バッテリーの調子は問題ない。
和食レストランということになっているとんでんはもちろん北海道から進出してきたファミレスだが、最初に食べたのはもちろん北海道で、15年ぐらい前かもしれない。多分1号店の可能性が高い宮の森で食べたと思う。まぁ、とんでんがどのように全国展開になってきているかは微妙なところだが。
味はやはりよくできているという印象は変わりない。それにしても後ろの席に座った家族連れがかなりウザ。ああいうのをDQNとかドキュンとか言うのだろうが、現実社会で表現するとバカと表現するぐらいしかないわけで、ネット語もまた一つの言語として使い道があるよな、と考えてみたり(ある意味悪い言葉ばかりかもしれんが)。
帰りにはついでにあざみ野TSUTAYAに寄らせてもらう。
ナビに案内させてみたところ、個人的には興味深いルートを表示してくれた。246経由を指していたのだ。確かにこのルートは結構いいかもと思い、このルートで決定。
府中街道から南武沿線道路へ抜ける。そして下作延から津田山陸橋際の交差点へ。ここから国道246号へ入る。梶ヶ谷付近が渋滞気味だったが、その後は綺麗に流れる。60km制限の割にはカーブとアップダウンの激しい国道だ。確かにここは多摩丘陵といったところ。特にアップダウンはジェットコースターのようだ、速く走ればの話だけど。
新石川の交差点がやはり渋滞気味。何とか右折した後はあっという間にTSUTAYA到着。ここの駐車場の入口はいつも分かりにくい。
物色しているとトイレに行きたくなったので東急あざみ野へ。こちらは24時間営業で2階は23時まで。トイレは23時まで使えるということだ。頼もしい。
CDを4枚借りて帰宅ルートへ。かなり汚れてきていたので昭和シェルで洗車をお願いしたのだが、そのついでにエンジンオイルやらいろいろ問題がいくつか出てきた。バッテリーも問題ありらしいが、それ以外は全てお願いした。なんともはや。これで30分以上消費して、帰って来たら10時半を過ぎていた。
2004年9月4日(土)
ビデオ返却のため早起き。10時までに稲田堤へ返却へ。そして3本また借りてきた。
ささっと見たのは2つほど。夜にしっかりと消化。問題ないが、特に面白くないのは残念か。明日も当日返しなので早々に返却の必要がある。
他は特に何もない日だったか。
2004年9月5日(日)
朝はまずTSUTAYAへのビデオ返却。今日は借りるつもりなし。
帰りに本屋で立ち読み、ブックいとうで。開店当初はやはり人の入りが少ないので立ち読みが楽。が、30分ほどして外に出たら雨が・・・。余計な雨に降られてしまった。
眼鏡の新調にようやくとりかかる。
午後からまずはメガネストア。が、ここは品揃えが悪いだけでなく、料金からしてもメリットなし。ダメダメ。
結局いつもの中光堂へ。フレームの種類が1000種類ぐらいあるレベルなので、これならば選ぶことに事欠かない。
度に関しては現状維持。左4、右4.75。意味わかる人は分かってくださいな。これで大体両目で0.6ぐらい。これぐらいで日常生活は十分。むしろこれ以上は疲れてしまう。
価格は26000円。薄型なのでこれぐらいは当然ということなのか。しかし家族4人近眼ではこの出費は結構重い。
ついでにブックオフでの立ち読みと文教堂での立ち読み。立ち読みしてみてダメなものって、結構あるな。チェックはやはり必要。
それにしてもM7クラスの地震が南海付近で発生とは。どうも予想とは地殻の変動が変わってきていると考えた方が良さそうで、東海地震とかが予想通りに発生しないことと関係していそうな感じ。難しいということかな。
文章の方は少しずつ書けるようになっているが、まだまだのようだ。書かない習慣がついてきてしまうとどうもダメ。
2004年9月6日(月)
青春18きっぷ取引を行った。1枚手渡し2000円、中野島駅にて。取引は順調に終始してあっさりと終わった。ナイス。
この18きっぷは明日から3日間合宿があるため、9月10日の最終日に行使する事は確定。静岡あたりにしようかと思っている。台風19号の接近はおそらく房総を掠めるだろうから問題ないだろう。問題は合宿後にお出かけする気持ちが残っているかだが、最近鉄分不足が明白なので全く問題ないと思われる。家族の目をのぞいてはね。
明日からの合宿の準備。特に何事もないと思われるが、一応PCも持っていくことにしよう。旅行記に分離するほどの観光もないと思われるので、日記にそのまま掲載する予定。
明日の事はともかくとして、早々に寝ることに。
2004年9月7日(火) 合宿一日目
今日から3日間の合宿。そういう事もあって起床時刻は8時ごろ。近場のローソンでの待ち合わせが9時40分なのでこれぐらいがちょうどいい。
ネットで台風の情報やアンテナの更新サイトを適当に回って出発時刻。歩いてローソンへ。渋滞に巻き込まれたためか、少し車の到着が遅れた。他の人の車には久々に乗るのだが、少し酔った。車に体を合わせるように動かす必要があるという事なのだろう。忘れかけていた感覚を呼び戻す事になる。
学校到着は10時15分程度。自転車とほぼ互角という事になる。
ここでもう一人を乗せて4人がそろう。あといくつか備品を持ち込む事に。そうしたいくつかの作業を終了して学校を出たのが10時半。
すぐに調布ICへ入る。かなり強引な運転、かつスピード。ああ、こういう人が高速でスピードを出しているのだな、と納得。「おせーよ」とか「40kmオーバーまでは大丈夫」とか。こういう事をする人たちって、若い人たちなんでしょうか。私も若い人ですが。
見事な運転が続くが、談合坂のあたりから雲行きがかなり怪しくなり、時折強い雨が襲い掛かる。雨は大月あたりから風雨を織り交ぜてすさまじい状態と化していく。前回に山中湖へ遠征したときと同じだ。
しかし河口湖に近づくにつれ、次第に風・雨ともに弱くなり、状況はそれほどではない事が明らかに。ICを降りた時点でまだ11時25分。速かった。
昼食はそこあたりの店で摂ってしまえばいいという考えは基本的に一致していたようで、バーミヤンに決定。この後、結局みんなバーミヤンで食べていた事が判明。考える事は皆さんおんなじという事か。
食事も終了し、連絡を取ってから宿へ。台風ではもうこもるしかない。それにしても雨ばかりは厄介。何とかならないものはならないが。
そして宿はまさに2世代前の建物。こういう所もあるよな、というような。帰省で帰る祖父母の世代の建物というような。そういうものだ。
一人だけ到着が遅れているので、他は適当にゲームに興じる。私はトランプゲームに参加。悪いが、この面子なら私は強い。
3時からは体育館に移動して卓球。これもまた親睦。
そして帰ってきて6時食事。
そして9時ぐらいからみんな揃って人生ゲームや麻雀やテレビゲーム。そんな感じであっという間に時間は消費されていくのだった。
台風はそうしているうちに去った。午前3時には北海道にまで至ったとニュースは告げていた。
2004年9月8日(水) 合宿二日目
何にしても寝ておくほうが個人的に楽なので寝る。
そして午後から活動開始。午前一部のメンバーはまたも運動をしていたようだが、私はしなかったし午後は午後で一部のメンバーは富士山五合目や穴めぐりに時間を使うそうだ。ならば私は渋く「河口湖の散歩」としゃれ込むことにしよう。大体両方とも既に訪問済みなのだから。
宿のある「ふじ荘」から近く、妙法寺に上がる。ちょうど湖畔付近に急峻にそびえる場所から寺院としてあがめられるようになったのだろう。良くあるケースだ。
寺院はそれなりに古い。また、裏手からは湖が木の陰に隠れてはいるが臨むことができた。建物全般が渋いので悪くない。
寺院のある丘から下り、湖へ。寺院を回るように道が続いていた。木のトンネルをくぐって出てきた湖畔はやはり綺麗に整備されていて、さらに晴れているので眩しい限り。バス停が目の前だ。観光用のバスが通っているようだ。
湖として綺麗な河口湖。ひとまず開けている右手の方へ。間もなく河口湖ミューズ館が姿を現した。広く庭がとられており、休憩としてここを使うのも悪くないだろう。ここあたり一体公園なのだが、端のほうにはトイレも存在していて、穴場的な休憩スペースとして利用できるという感じだ。
やはり湖畔沿いに歩いていく。間もなく分岐して狭い道に入ると、釣り人が微妙に増えてくる。そして上に河口湖大橋が。ここでいったん橋の上に登ることに。とりあえず宿に戻るルートをとっていくことを考えてのことだ。その途中に料金所があったが、自転車20円というのがあまりにせこい。自転車からお金取るかね、普通。というかそんなに地元以外の人が自転車使ってこの橋を渡るのかな。
南へ向かうと、左手にいくつかの体験コーナー的な店が点在する場所があった。その一つに「自然工房石ころ館」を発見した。石に関していろいろなものを売っているお店で、なかなかの品揃えだ。たくさんの鉱石が小さいものを中心に揃えられている。ふくろうや12支の彫り物、一部には天然鉱石も。ただどれも値段は高めで、いいと思えるものは数千円は当たり前になってしまう。買おうかとも思ったが、結局最後の行き先が見えるように買わないで店を出ることにした。裏手にはミッキーの彫り物が置いてあったが、これは大丈夫なのか。
裏手は美術館な教会。中原淳一美術館だそうな。
道に戻るとイチゴ狩りの旗。ハウスの中でイチゴ狩りということかな。しかしこの時期は売行きが良くないのかは知らないが、全然市場には出てこないな。やっぱり悪くなりやすいからかな。
いくつかのお店を物色しながら、県道を戻っていく。ようやくすかいらーくのある交差点に戻ってきた。そういえば思い出したが、1年以上前にバスで河口湖に来た時、氷穴に行くバスに先行してここ近くまで歩いたんだっけ。確か乳ヶ崎東口から乗ったな。この交差点で抜かれるのが嫌だったから、保険でここから乗ることにしたんだっけ。
スーパーのオギノヘ。お茶を79円で購入。巨大スーパーがあるというのは心強いな。老後に河口湖というのはなかなか悪くない選択ではないかと思ったり。
お茶を飲みつつ、後は宿へ戻った。1時間30分程度となかなか悪くない散歩だったと思う。次来る河口湖への遠征にある程度役立ちそうだ。
夜はバーベキュー。量が多すぎてどうやっても食べきれない。体育会系と勘違いされていたりするのか?
この日も昨日と同じく麻雀と人生ゲームとテレビゲームで賑った。こうした光景はどの日も大して変わりはない。
2004年9月9日(木) 合宿最終日
午前はテニス。まぁ、やったことなど高校時代にほんのちょっとだけなので。神経がダメダメな私ではそれなりに知れたものかな。
昼食は激甘カレー。こういうところで出るカレーというのは常にワンパターンだと思う。
そして帰路へ着く。
車は何事もなく河口湖ICから一気に帰路へ。途中お土産を買う必要があるだろうと談合坂SAで休憩が入る。しかし談合坂はここまで凄いとは。昔よくバスで中央道に入ったものだが、ここまで立派ではなかった。渋滞対策にここで足止めさせられるような設備を作るということまで考えていたら凄い。が、品揃えは案外良くない。いいのは建物だけ。・・・。
その休憩を入れても1時間ちょっとでついてしまう。運転手が運転手とはいえ、なんだかんだ行っても河口湖は近い。
運転手からの請求は4人乗車で一人当たり3000円。かなりおいしく収入にしようとしているのが分かるが、乗車賃として考えれば極めて妥当なところなのであった。
学校で少し滞在してから後は帰宅。
夕食後、私は明日の準備と称してCDの返却をあざみ野まで。最初は自転車のつもりだったのだが、雨が降ってきたので車に変更。正解だった。いや、本当は行かない方が正解だったかも知れないほど、大雨になってしまった。視界最悪。うちの車、雨に対するコーティングが一切ダメだから。
たまプラーザ周辺から雨はようやく弱まってなんとかといったところ。大変だった。
帰ってきたら1時間以上経過。・・・遠い。
地形図の閲覧サイトで明日の鉄路沿いの風景を見つつ、今日も終わっていく。
2004年9月10日(金)
この日の記録は「大井川一日散歩」に別掲載します。