郵貯日記(2004年7月下旬)


2004年7月21日(水)
 あまり調子は良くありません。でも大丈夫、私は生きてます(なんじゃそりゃ)。
 でも本当に調子は良くありません。それどころか凄く悪いかもしれません。


2004年7月22日(木)
 ようやく暑さも収まったか・・・。
 久々に学校へ。学校でゼミをやって飲み会をやって・・・、といったところ。
 ま、特に何もなく終わったか。
 この日はついでに学校で徹夜。が、徹夜組が多すぎて勉強の方に集中できたかというのどうやら疑問。


2004年7月23日(金)
 夏に徹夜は少々厳しいな。
 ま、それなりに勉強は出来たかもしれないが、確かに微妙だ。
 WinXPのインストール作業も滞りなく終了。さすがにほっとした。
 6時半に離脱し、たくさん食事して、そのまま帰宅。
 はてな中毒症状も完全に治まったかといったところ。これでよかったかな。


2004年7月24日(土)
 特に出かけることもないので家にこもりっきり。
 ちょっと反動で遊びが過ぎた。
 明日CDを返すつもり。借りてきていたのはヴァルキリープロファイルのサントラだったのだが、テイルズオブファンタジアに比べるのは酷過ぎたのか・・・。いや、確かに桜庭サウンドなんだけど、どうも物足りない。どうも同じような曲が多いという感じがするもので。Disc2の最初の方だけはかなり聴き応えあり。
 実際、テイルズオブファンタジアといえばテイルズシリーズの礎となった作品でもあるということにも関係するのだろうか、などと。他の作曲者の参加もアクセントになっているし。ヴァルキリーのサントラへの賞賛は当時から新聞で見ていたし、そう考えると桜庭という人材が認められるのが早かったら面白かったのかも。
 この夜から南武線の切り替え工事をやっていたのだろうが、いちいち見に行くほどのことでもない。というか遠いので面倒。


2004年7月25日(日)
 久々に早起き、8時に起床。
 というのも今日の10時までにTSUTAYA宮崎台駅前店への返却を行わなければいけないという事情があるため。
 9時過ぎに出発。ダイエーでは日曜日なのか駐輪場一杯に出店。こんなことやってるのか。
 モノレール跡から府中街道、そして長尾橋から切り通しを上っていく。両脇が密林(謎)なので涼しい空気。上まで来た後は下ってしばし、246のいくらか手前で宮崎台駅方面へと舵を切る。下るときには向かいの坂も見えたりするのはやはり丘陵地帯。ここあたりの標高に関しては急なこともあってあまり詳しくないので、少し遠回りする感じになって件のTSUTAYAに到着。まだ慣れていないので仕方あるまい。ここで9時30分ぐらい。
 さて、問題はここから。
 尿意と便意が凄まじい。これをいかに処理するか。少し考えた末、時間がないので電車とバスの博物館へ向かうことに。宮崎台駅付近にあるというも前回に調査済み。
 なんとその博物館は駅前にあった。いや、実は宮崎台の駅の下にあるのだった。郊外に大きな土地をもたない東急らしい土地の使い方といえようが、変哲のない駅前のすぐ近くに博物館があるとは、周辺住民とマニアぐらいしか知らないのではあるまいか。
 ひとまずダッシュで入口へ。入場大人一人100円というのがありがたい。再入場も可能だ。
 しきりに感心する暇もなく、トイレにダッシュ。トイレは1階に位置していて、清潔で広くて文句なし。とりあえず一息。
 そして一通り施設を見てみる。かなり良くできた博物館で、子供連れで行くのに悪くないと思う。そしてこの良心的な値段が何とも。
 昔の電車の運転ができたりする。例えば、パンタグラフを上げて、ブレーキ解除して、ノッチ入れて・・・というような作業。人生で始めてやったよ。パンタグラフ入れたときの衝撃とかはかなりビビった。ま、古いやつなので音は再現の可能性も歩けど、これは面白い。へぇ〜へぇ〜。
 さらには巨大な模型。一般の鉄道ファンでも、市販されていない巨大クラスの模型まである。そして実物の電車やバスやら。昔の駅の模型とかそれにしても楽しめる内容になっていた。
 という時間を30分ほど。休日は9時半からやっているようです。それにしても駅の外からも少し様子が眺められるみたいなんだけど、外の人たちは全然興味なさそーに歩いて行きます。

 さて、TSUTAYAへ。
 借りようかかなり迷ったのだが、結局却下。駐車場がないのが致命的だし、来週1日といえば院試の前日。こういう時に重荷を背負い込むのは良くない。
 というわけでスルーするわけだが、何もしないで変えるのも何かな、と思って少し走ることに。
 いったん尻手黒川道路まで下る。そして犬蔵へと向かう。あざみ野への道のりを決定する上で、坂道をなるべく避けようと考えた末、この結論となった。これならばアップダウンは実質1回だけで済む。
 犬蔵から南へと。そうすると最後だけ大きな坂となって鷺沼とたまプラの境目あたりに入ってくる。ここから坂を一気に下ってたまプラーザ。ここでいったん東急SCでトイレ休憩を入れてからさらに坂を下ってあざみ野に着く。
 やはりサントラの充実度が光るあざみ野。ここで1枚だけ借りておく。すっかり寄り道してしまったが、後は帰るだけだ。
 あざみ野付近の歩道に少し改良がなされていることを確認し、何事もなく稗原・長沢・生田駅と経由して帰宅。これ以上だとちょっと熱中症がやばいところだったが、ぎりぎりセーフ。ただ既にかなりの水分不足に陥っていたことだけは事実だったようだ。

 夜は調布花火大会。
 何か去年よりも1.5倍ぐらいになっているのではないかというような人の出になっていたが、何とか残っていた45度の傾斜部分に腰掛ける。
 この45度傾斜部分が河川敷の傾斜部分なのだが、単なるコンクリートではなく枯れ草となっているため、普通に座っているとずるずると滑ってしまう。どこに力を入れるというような適当なものではそう簡単にはいかないので、場所的に余る要因となるわけだ。実際かなり座りにくい。しかし見る事に関していて言えば特等席と言ってもいいだろう。
 7時20分に始まり、途中休憩全くないまま8時35分に終了。飽きてきてもおかしくなさそうだが、最後の尺玉100連発はそんなものを吹き飛ばすような何かがある。今年は随分と工夫が見られた。
 天候としても風が強く、煙が晴れやすいという絶好のものだった。これだけ条件のいい大会も早々あるものではないだろう。だが、今回はカメラは持参せず。見ることに専念することにしたのでした。今年の花火大会もこれで終わったも同然。ちょっと寂しい。


2004年7月26日(月)
 学校は行かず、家でのんびり。多少勉強・・・多少・・・。
 まぁ、こんなものかな。とりあえずもうちょっとエンジンをかける必要があるのは確かだろうけど。
 何か久しぶりにエヴァなんかを見てしまった。懐かしくなってしまったもので。もう古典の領域だけど、ここまで人の心に焦点を当てたアニメというのは当時の漫画・アニメの領域からすると10年ぐらい早い画期的な作品であり、だからこそ悩める少年少女たちの絶大な支持が出たのだろうな、などと思い起こしてみたり。それにしても可哀想な子供たちのお話だ。その悲哀を共有した、自分を重ねた子供たちがいかに多かったか、ということなのだろうか。
 また最近寝るのが遅い。


2004年7月27日(火)
 日記、書く気にもなりません。


2004年7月28日(水)
 日記だけでなく勉強もはかどりません。


2004年7月29日(木)
 何かが崩壊している・・・。
 台風の動きが遅すぎるのは気に食わない。
 そして何もかも気に食わない。
 勉強への集中力がでてこないこともある。
 気に食わない理由は確かにそこらじゅうに広がっている。


2004年7月30日(金)
 まぁ、おちおち日記を書いている場合でもないような気もするんですが・・・。
 今日は学校へ。学校の滞在時間が短くなったので、家で少し教材を移動するというのが目的。
 勝文堂には三菱のボールペンの中身はないか。というか、三菱のGシリーズがベストなのだが、これすらないのでは。やはり町田のなかじまに行かなくてはダメかな。でもあそこもLUMINEに取り込まれて縮小したからやはり微妙なのだけれど(その前は五階建のビル丸ごと文具屋だった)。
 台風で不安定な天気だった。大体3時間ちょい滞在して帰宅。
 それにしてもハムスターがうるさくて全然勉強がはかどらない。どころかこんなにうるさくては全然無理。
 日記はこの辺で。勉強に差し障ります。


2004年7月31日(土)
 あんましよく覚えていません。
 勉強が中心になってきているので。
 というわけでしばらくはつまらない日記が続きそうな予感。


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