郵貯日記(2004年4月中旬)


2004年4月11日(日)
 昨日録画しておいた鋼の錬金術師だが、イズミ登場によっていきなり話が引き締まった感じがする。この人がいる間は楽しめそうだ。凄いキャラだな。台詞が重過ぎる・・・・・・。
 午後は少し近所の散歩。生田ふれあい公園とか言うところ。貯水池周辺を公園として開放しているということなのだが、意外としっかりとしていてちょっと驚いた。多摩丘陵は奥が深いな。
 古本屋では何もなく帰るだけ。また売らないと場所がない。

 イラクの人質解放、どうも腑に落ちない。殺されれば極めて予定通りだったわけですが。
 本当のテロリストならば、ためらいもなく殺すのが当たり前(だと私は思う)。でも殺さずに開放、ですか。理解に苦しみます。匂うといわれれば確かに匂います、プンプンと。
 自作自演説は真実なのか?事実だとしたらイラク全国民や解放に尽力した日本政府関係者の方々に対して凄い失礼なことだと思います。

 3時、就寝。生活は乱れ放題。


2004年4月12日(月)
 どうも情報が錯綜しているようで、開放されていないで進展なし。どうなっているんでしょうか。
 とりあえず不用意に発言するのは危険な雰囲気になりましたので、基本的に自粛することにします。essaさんのように間違いであってもそれを晒してしまった事が自分自身なんだ、などと表現するのもありとは思いますが、勇気がいるんじゃないかと思う。多分私には無理です。

 ただよく出てくる意見の3人は立派だった、というのはどうだろうか。
 自分自身の命も大事にできない人というのは、何らかの心の病をもっているんじゃないか、と私は思うのです。今のイラクに行くというのは、「よほど状況を知らない馬鹿」か「命を投げ打ってでもイラクの人たちに尽くす」、というぐらいしか理由を見出せない。後者だとすれば、その人の精神はいまだに中学高校レベルじゃないのかな、と。こんな大きいことをするのではなく、身の回りにある小さなこと一つ一つを、そして自分自身を大事に扱うことが重要じゃないのか、と私は思うのです。それは決してイラクに行って困っている人たちを助けるんだ!!!などといった行動である必要は全然ない。一人の人ぐらいにしか感謝されなくても、本当に感謝されるようなことならばそれで十分だと思う。人間というものはそうした小さな思いやりで十分なのであって、自己犠牲の精神が立派、などというのは戦前の特攻の類とどう違うのだろう。サラリーマンが一日12時間以上働いて社会に尽くす行動はほめられないのに、こちらの方がずっとマスコミに取り上げてもらえるのはなぜだろう。私はサラリーマンの方がえらいと思う。それに困った人たちを救うのであれば、アフリカの子供たちを相手にするほうが自分自身も比較的安全で多くの人たちを救える。これはわざわざイラクに自衛隊を派遣した政府にも言えるわけで、本当に人道支援ならば紛争状態のイラクに派遣する必要はなかった。
 私は別に彼らを無責任とは言わない。でも、そんな目立つ大きなことをして有名になることや困っている人たちを助けられるという陶酔感を、心のどこかで求めてはいないか。それは本当に勇気ある行動なのか。単に自己顕示という欲望が大きかっただけではないのか。
 少なくともこういう時に飛び出してしまう人間というものは、おそらく何かを欠落してしまっているんだろうと、ひねくれた私にはそう思える。自身に病的な時があったからこそ、そう思える。
 その心を矯正する方法というのはあまりにも難しい。あまりにも難しい・・・。

 13時過ぎ、家を出発。学校へ。暑い暑い。
 多摩川はすっかり新緑で覆われていてちょっとびっくり。研究室は冷房がついていなかったので、それなりに暑い。
 情報処理技術者の勉強をして、9時離脱。京王で回数券を購入しておく。10枚が11枚になる程度でも結構侮れないよね、回数券の割引って。
 多摩川沿いはもう虫の声がけたたましく響いていた。いつものことだが早い早い。

 追記。またも学校のPCが御臨終です。Officeを入れたら死んでくれました。HDDがおそらく原因。面倒なので放置します。
 代わりに転送速度33MB/sの古い奴で立ち上げているので遅い遅い。修理依頼出してみるかな・・・。
 少なくとももう一度やり直す気が起きない。
 自作ってここまでリスクが高いものとはね(だから脅すな)。少なくとも初心者がやるべきことじゃないね(さらに脅すか)。


2004年4月13日(火)
 学校に行ってみたのだが、何かやる気が出ない。
 結局のこの日は全く勉強せず。ますますだらけつつある。
 それにしてもNTV深夜枠のアニメの作り方は堅実だな。MONSTER万歳。


2004年4月14日(水)
 雨が降ってきたのでお出かけせず。
 イラク関連は何も進展せず。これではだめだな。出さないように政府が情報を管理している可能性もあるが、それすらも憶測の域でしかない、と。語られることは全て憶測。確かにあの映像ですら信頼性が乏しくなってくると、本当にイラクにいるのかですら憶測だろうし、殺されているかも憶測、もうめちゃくちゃだ。
 それにしても雨が降っている中毎日仕事するサラリーマンは大変だ。そんなサラリーマンがここまで軽視される世の中はおかしい。絶対におかしいはずだ・・・。

 DQ5の信じられないバグ技を、本体もソフトも持っていないのに毎日見ているわけですが、それにしても面白い。おまけに2chとは思えないほど真面目な展開になっている・・・。みんな真剣に知恵を出し合って攻略方法を練っていて、正直見ていて凄く面白い。
 とりあえずURLを指定しておく。ここから全部見られるはず。
 それにしても面白すぎる。こういった難題があってこそゲームだと思うし、それをクリアした時の喜びの大きさは計り知れない。
 PS2で最強のゲームになったな、と正直思った。フリーズによる困難をものともせずに多くの人達がトライし続ける。それによって得られるものは正にゲームへの挑戦。わくわくしますね、書き込みを見ていると。
 正直ここまでゲームを買いたいと思わされたことは最近では初めてだ・・・。


2004年4月15日(木)
 6時半に起きられた・・・。
 いろいろと朝のうちに終わらせておいて7時45分ぐらいに家を出発。学校に行くまでにいくつか郵便局を回れるだろうという算段だ。
 多摩川を下る。多摩川を下るとなるとこの時間では日差しがあまりにも強烈であり、サングラスをかけていてもかなり厳しい。いつもこれで消耗するわけだが、今日もその例外ではなく、消耗するためにあまりスピードが出ない。結局丸子橋までに45分を要した。新幹線の路盤では300系と700系をそれぞれ目撃、さらに振り返ると251系も目撃。こんなこともあるんだね。
 ここからは日差しが目の前にこなくなったこともあってスピードが上がってきた。ガス橋で離脱。ガス橋通り沿いのセブンイレブンでひとまず飲み物を買い求める。500mmのコーヒー牛乳。コーヒー牛乳という言葉すら禁句の時代か・・・。
 飲みながら国道409号を東へ。トイレが我慢ならない状況になっていて、何とか幸い区役所付近にいたる。ここ辺りにあった幸スポーツセンターでトイレを借りることになる。この時点で9時。トイレを済ませるともうかなり時間が回ってきていた。
 周辺を回って川崎塚越郵便局を探す。とりあえず商店街を見つけたので、その通り沿いにあるだろうと目星をつけたのだが・・・ない。郵便局がある場所の法則に従えばないわけがないのだが、見過ごしだろうかと思って注意深く調べてみたのだが、どうもダメだ。さらに注意深く調べていくと、看板を発見してそれに従っていくと寺のお隣に郵便局。また随分な場所にあるなと思ったが、開局時刻を大きく回っていたにもかかわらず人が多く、10分程度待った。神奈川県の郵便局は混雑するから回りにくい、という印象を改めて持ってしまった。ここでティッシュをゲット。幸先はいいがもう9時30分を回った。残り川崎市は一つだが、この一つはかなりの難関なのでおそらく永久放置だろうと思う。工場の煙を浴びて長々と走るというのはさすがに無理というものだ。
 ここからのルートは局内でいろいろと考えたのだが、南下して鶴見区のほうに向かうのはそれで終わりになってしまうというのが個人的には嬉しくなかったので、大田区へ向かうことにする。国道1号に出てしまい、交差点からかなり409を戻って渡る羽目になった。間もなく多摩川を越える。越えた後は多摩川の河川敷を少し下っていくだけ。途中で見つけたトイレで休憩を入れておく。
 立派なマンションの裏からぐるぐるっとして、適当に目星をつけて走っていると発見、大田西六郷郵便局。この時点で既に10時を回っていて、ペースが遅い。
 バス通りを戻っていく。新蒲田二郵便局を発見したのでこれも貯金。環八を無視する形の踏切を3両の電車が走り去っていく。ここを渡ると、あとはまたもかという感じで続く信号の嵐。池上付近の信号のやり方(多い上に系統管理ですらない)はどうも性に合わない。間もなく池上駅の近くに到達する。いつものことだが、ここはバスも歩行者も桁違いに多いな。
 池上郵便局の探索は、今回からは専用の地図に従っていく。そうすると今度は問題なく発見。3度目の正直だったか。旧郵便局の場所で探していたらどうやっても見つからない場所だな・・・。ここでもティッシュをゲット。やはりというべきか混雑はそれなりだった。
 ここからも北へと。地図と語り合いながら行くと、割合あっさりと大田久が原西郵便局。ここは丘の上にある郵便局だが、目の前にはそれなりにしっかりとしたローカルな幹線道路があるのが頼もしい。
 やはり地図を片手に走っていくと閑静であるようで新幹線が走り去る音が聞こえる場所にある大田東嶺町郵便局。ここでやはりティッシュを頂く。さらに走って大田南雪谷郵便局。分かりにくい場所が連発の割には、1時間で6局とまずまずのペースだ。
 ここから洗足池の方へと向かう。中原街道を経由しない場合は勾配が強烈過ぎると感じられるので、結局そのまま。いったん池の場所に向かって勾配を下げ、そこから洗足池駅のメインストリートを行く。すると横道に入ったところに郵便局発見。大田洗足郵便局。さらに池上線に沿って走ると、長原駅付近へ。それにしても平凡な駅名だが、付近の賑わいはかなりのもの。郵便局は環七沿いにあり、大田上池台郵便局。そういえばここは以前開局時間前に通過したことがあったか。
 中原街道との合流地点でOlympic発見。トイレがあったのですかさず休憩を入れる。既にかなりの体温上昇が見られる(つまり水分が足りていないということ)。ひとまず200mmのジュースを購入して飲み干す。とりあえずトイレが使えるということを考えるとチェックポイントだろう。
 間違えて大井町線の路盤を越えてしまってから、戻って大田北千束郵便局。ここあたりは閑静な住宅地になっているだけに、郵便局の存在がかなり浮いている。ま、結構あることなのだけれど。
 残り時間はまだまだあるが、さてどうしようと考える。目黒区あたりを回るとなると、ここから武蔵小山や中延の方へ向かって勾配を下げることになって、後々のことを考えるとあまり好ましいことではない。実際問題として、ここあたりは標高60M程度という都内でもかなりの高地にあたるわけで、ここあたりの郵便局を適当に残す方の弊害が多いのではないかと考えられた。よって、目先の郵便局数よりも目先の郵便局だ(謎な表現だな)と結論付けた。
 首尾よく信号が変わったので品川区へ入る。品川洗足郵便局。品川区の範囲というのが今一読めない・・・。それにしても「せんぞく」の読みで今日は三局。この洗足の意味はいったいどういう意味から来ているのだろうか。「洗足」と「千束」ねぇ・・・。
 ここを戻って環七を行くと、ちょっと迷ったが目黒南三郵便局。ここあたりの地名は南。変わっているといえば変わっているが、とりあえず今日の予定はこれでおしまい。あとは適当に調布に向かうことにしよう。残り時間も4時間以上で充分だ。
 駒沢通りのところまでは環七を進む。それにしても環八のぼろっぼろの歩道と違って、環七は走りやすく、雲泥の差だ。交通量も多くても渋滞にはならないところが素晴らしい。
 ショートカットして駒沢大学駅前まで。ここからまっすぐ行き、途中で弦巻通りに抜ける。走りやすいとは思っていたが、それにしても走りやすく、加えて意外と世田谷通りに抜けるのも難しくないということが分かってきた。都心に抜けるにはここあたりの走りやすい道路の開拓が欠かせないだけに、価値のある道路を発見したという感じである。分かりにくいのだが。
 馬事公苑の横から世田谷通りに合流。ひとまずここにある大きなTSUTAYAの入っている建物で休憩を入れる。ここの品揃えは・・・と見ていったところ、かなりいい感じではある。商品の充実度と在庫はなかなか。ただ飛び抜けているほどではないので、わざわざ借りに行くことはないだろう。
 農大通りから小田急沿いへと抜ける。ここからは小田急沿いに成城まで走る。仙川のアップダウンを楽に通過できるのはおそらく小田急沿いと世田谷通り沿いだけ。面倒な障害だ。
 最後は成城の街を抜け、野川沿いに走ってから旧甲州街道で調布パルコ到着。水分補給と自己ペースを貫いたからか、疲労はそれほど酷くはなかった。
 さて、食事だ。1時45分なのでそれほど時間的には悪くないがさすがに待たされることはなさそうだ。
 で、さぼてんを選択。疲労時はここがいい。ドリンク無料券があるところもおいしい。
 で、注文したジュースを飲み干したあと、冷たいお茶(無料)をお願いしたのだが・・・。なんと冷たいお茶はないという。というかなくしたという・・・。
 冷たいお茶のお陰で体感料金は100円ぐらいは安く感じていたわけだが、これで調布のさぼてんは使えなくなった。他の店を開拓するしかなさそうだな。どちらにしろ、とんかつに熱いお茶ではかなわない。そんなことも理解できないか?
 食事は割合あっさりと終わったわけだが、疲れたので少しのんびりしてから出る。クレジット精算と500円割引券で会計は450円。カード精算時は5%引かれるはずだ。
 研究室へ。さりとて特にする事は・・・あるか。とりあえずパソコンをちょこちょこといじってみる。やはりマザボにはファン端子が三個しかないのか・・・。それはおかしくないだろうか。前面ファンと背面ファン、CPUファンと電源ファンと、最低4つは欲しい。やはりこれはおかしい。ASUS手抜いているんじゃないの?
 さて、ゼミ開始。終了(はやっ)。
 7時過ぎ離脱。自転車で帰宅。今日も静かな多摩川。南武線の踏切では「209系顔」の205系目撃。103系が消えるわけだ・・・。

 突然の人質解放あり。
 とりあえずイラクの人達が誘拐したと思えない現状では、今後どのような情報が出てくるかが気になります。とりあえずは生きてて良かったですね。


2004年4月16日(金)
 結局一日で10時起床への逆戻り。
 情報処理技術者の勉強はこれで2日連続でサボってしまった。こんなで受かるのか?
 ただれ生活、いまだ改善せず。


2004年4月17日(土)
 暑い・・・。
 試験の勉強を中心に。半分も残っている状態を今日中にやって、それで果たして受かるのか?
 鋼の錬金術師、まさか最大の見せ場を潰す気か?
 寝たのは4時30分。眠くて起きていられなかった。


2004年4月18日(日)
 起床7時。食事しながら少し勉強。
 そして少し寝てから8時50分、家を出る。専修大学生田校舎なので歩いていける。素晴らしすぎる。
 さすがに人は多く、そして坂も厳しいので意外と進めず、到着したら9時12分ぐらいで、さらにトイレを済ませて教室に入ったら17分ぐらい。ほとんど勉強する時間なし、と言っても大して影響はなかったと思うが。今更読んでどうなったと思えたところはなかったわけだし。
 試験開始、そして終了12分ぐらい前に抜けて昼食などをとる。回収の手間を考えると、勉強できたりしてこちらの方が有利だ。
 それにしても専修大学生田キャンパスは、その坂を登るという不便をのぞきさえすれば、キャンパスとしては素晴らしい場所にあると思う。緑萌える生田緑地とその先には広い住宅地の連なり、その先に新宿などの高層ビルが望める。その光景は美しいし、生田緑地とは敷地が隣接しているのですぐにいける。問題はマンモスの割には敷地が小さいということだろうか。昔からあるのだからもっと敷地を取る余力があっただろうと思えるのだが。
 そして午後の試験。終了。それにしても見直して直す場所がごろごろとあるというのは正直・・・。一発目だとまともに答えられないということなのだろうか、私は。
 とりあえず何とかなっただろうという感じの出来だった。とりあえず落ちたらしゃれにならん。
 帰りは枡形山広場を経由して帰宅。それにしても暑い。そして疲れたので寝てしまった。

 夕食後、試験の解答をネットで見る。そして解答。
 ダメなのか・・・・・・。
 午前が5割の出来でこの時点で終わっている。午後は7割。合格ラインが7割なので、致命的だ。どう考えても受かる可能性がゼロ。あるとすれば解答が間違っている可能性だ。が、これも自分の答案の見直しをして他のサイトも確認した限りでは、ありえないといえる。
 勉強不足は当然。それでも受かるのが当然でなければならなかったはずだった。それがこの結果か。情けなさ過ぎる。
 5100円またかかるということとまた勉強しなければならないという二つの重荷がのしかかることになる。はぁ。見直しをしていたら11時になっていた。
 それで寝たのは3時過ぎ。生活の乱れを矯正できない・・・。


2004年4月19日(月)
 午後から雨という予報になっていたので、午前中に出来るだけのことを済ませようと考え、とりあえず古本の処理のための活動に移ることに。
 2冊の本を手に古本屋へ。まず一軒目で片方の雑誌を10円で、もう一軒で漫画一冊を30円で売却。お金になったのだから・・・と思うしかないか。
 そして中野島のレンタル屋に出向いてみたのだが、古いレンタルビデオが売り出されていて、これはさすがに興味をひいた。マスターキートン3本で1000円とか。買わないけど。
 そして中野島駅へと。それにしても駅前の道路整備が着々と進んでいるけど、これはどういうことなのだろうか。どちらにしても周辺は随分と賑やかになってきていて、中野島の実力侮りがたしという感じ。
 目的地のジェーソンは中野島北郵便局の斜め向かいにある。とりあえず100円ショップ顔負けの安さと掘り出し物の多さに関してはかなりもの。しかし場所的にくる事はなかなかない。
 今日は音楽用CD−Rの安さに目を引かれた。これを5枚ほど購入。信頼性の面では音楽用はやはり高いので相当な値段になるはずだが、80分もの1枚でも100円を切っているというのには脱帽。信頼性が低いやつだと一枚30円レベルは当然なのだろうが、音楽用1枚売りでこの値段はさすが。
 さらには透明ケースを買い求める。100円で売っていたので、何かに使えると思って買っておく。他にも花火や鉛筆やセロハンテープが安く売っていたが、とりあえずやめておく。
 トイレに行きたくなったのでいったん自宅に帰り、昼食。
 午後からは東京三菱に。生協からお金が振り込まれていないが・・・。さてどうやってクレームをつけるか考え中。それにしても通帳記入だけのために登戸まで行くのは面倒だな。
 さらに文教堂へ。立ち読みなどをしてさらにレンタル屋の中を見てみたり。それにしてもCCCD(コピーコントロールCD)が半分近くになっているとは。実際問題として再生できないCDプレーヤーが存在し、さらにそれによって壊れたとしても一切保証も何もないという劣悪なCDだが、ここまで浸透してくるとなるとそれなりに対策を練らなければならないだろう。こういう時にはGoogleで「CCCD」「方法」とやると大体の内容が出てくるわけだが、それにしても勝手にソフトをインストールするとは馬鹿にするにもほどがあるな。とりあえず今後対策をとる必要があるのは必然だろうから、ちゃんとやり方を覚えておかねばなるまい。今まで使ったことはないがヘッドホンで聞けば確実に音の劣化に気付くだろうし。それにしてもCCCDはさすがに買う気にはならんな。
 今にも泣き出しそうな空であるだけに3時ぐらいにさっさと帰る。帰ってしまうとあっさりと眠くなって寝てしまった。
 で、夕食の時間になっても降っていない。なめてるな、気象庁。結局降りだしたのは9時を過ぎてから。
 それにしてもいまだに3人人質事件の不自然さが目につく。被害者家族がなぜあそこまで態度が豹変するか、とか。一番利益を得たのがコイズミである、とか。本当に状況証拠が如何に無意味なものかというのを如実に物語っている今回の事件。推測の類で物を話すというのは本当に危険だ。これって、疑わしいから罰するという危険さと全く同じなんだね。それにしても被害者家族に対して直接誹謗中傷をする人たちってどういう神経しているんだろうね。自己責任という言葉も「拉致されないことも自己責任」はどうなんだろ。
 メモ。。。【検証:】移転。
 深夜にC言語の勉強を少しして、4時ぐらいに就寝。


2004年4月20日(火)
 明日健康診断があるということに今頃気づき、それも理由として学校へと向かう。しかし暑いな。
 京王YL駅へとアクセス。駅前に何かマンションか何かを建てているみたいなんだけど、これは・・・。南山方面の開発はまだ始まっていないと見えるが、稲城駅のほうから行かないと確定は出来ない。とりあえず回ってみたいところだ。
 8000系で調布へ。まずは保健センターで検尿の類をゲットし、生協で時刻表を見てみたりする。特に新しいニュースはないな。それにしても最近は購買意欲をそそられる割引きっぷが皆無だ。どうなっているんだか。あと生協に件のことを問い合わせたところ、印鑑とカードで戻るという。金曜までは行事が面倒なので来週になるか。後尾瀬の旅行パンフレットをゲット。往復7000円程度でOKとは安い。とりあえず平日に行っておきたい。
 研究室に入り、作業をちょこちょことしていく。あさってのゼミ発表をどうしていこうかちょっと考え中。何かと面倒なのは、自分自身がまだこの研究分野について理解が浅いということに他ならなかったり(後輩に説明ができない・・・)。二項ファジィとか場合分け多層ニューラルネットワークとかバックプロパゲーション法とか極めて理解が難しいものを用いているという時点で何かと面倒だらけだからだ。
 8時前に離脱。ちょうど相模原線各停の空白時間帯にぶつかるが、パンフレットなどを見て時間を潰し、古本屋に寄りつつ帰宅。相変わらずめぼしいものはなし。
 さて、あさってどうするか。


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