郵貯日記(2004年4月上旬)


2004年4月1日(木)
 起床は遅く、昼寝までしてだらけた生活。
 夕食前に文教堂へ向かい、レンタルしていたものを返却し、情報処理技術者試験の対策に書籍を購入。18日まで少しずつやっていこうかと思う。
 さて、夕食後にメインあり。

 お台場へ向かう。経路は大井町経由は確定するが、二子玉川を経由するか武蔵小杉を経由するかは値段と混雑と時間のトレードオフとなる。となると混雑の激しい南武線上りを回避し、料金を安くしようという形が最も効果的と思われた。このため行きは小杉経由で決定。帰りは最短経路の二子玉川経由だろうということでほぼ決着を見た。それにしても往復で1200円を超えるというのは正直高い。
 8時過ぎ、家を出た。向かう先は登戸駅。自転車を走らせればそれほどの距離ではない。前にあった駐輪場は駅前整備のための工事が始まっている。タクシー乗り場にする予定らしい。何かどんどん変わっていくみたいだ。
 混雑する登戸駅の改札にイオカードを通し、跨線橋を渡って上りホーム。やってきた川崎行きは空席が残っていて、のんびりと向かうことにする。
 小杉乗換で目黒線経由を取る。小杉では東横線と目黒線は連絡を取り合う形になっている。このダイヤ、よくできている。
 始発側の目黒線の西高島平行きに乗りこむ。ここからは完全に複々線化だということを改めて実感。さらにホームドアが全ての駅に設置しているということにびっくりする。このホームドア設置による駅での場所あわせには確かに時間のロスが大きいように見受けられた。それにしてもかつての目蒲線がこんなことになってしまうとは。
 大岡山で乗換。ここもやはり大井町線が連絡をとっていてダイヤ構成に隙が見られない。こちらはホームドアがないことに安心するが、すぐさま出発。やはりガラガラで着席は余裕。なかなか味のある駅が多く、じっくりと昼間に時間をかけて回ってみるのも悪くなさそうだ。横須賀線の路盤を越えるために高架区間に入ると大井町は近い。1面2線のシンプルで手狭な大井町駅に到着。JRとの乗換は便利そうだ。それにしても折り返しで自由が丘行きとは、意外と賢いダイヤ編成らしい。単純折り返しだと思ってた・・・。
 さて、ようやくりんかい線初乗車。大井町駅の構造がどうなっているのかという事は後回しにして、トイレを済ませてから乗換口に向かう。しかし深さが半端ではない。エスカレーターの長さから3層ぐらい下りるだろうか。そこが改札。JRの路盤とここあたりの駅付近の構造があるのでここまでは納得できる。実質的にはJRの路盤の一層下くらいだろう。それにしてもイオカード、いつの間に使えなくなっていたのやら・・・。パスネットを使わざるを得ない。当然オレンジカードも使えないし。
 しかしここからさらに2層分ぐらい下る。そしてこの駅は上下双対式になっていて、上は大崎方面、下は新木場方面になっていた。それにしてもこのエスカレーターは・・・。
 目の前で一本落としてしまう。一本落としただけで10分こない。そんなわけで駅構内の観察を行ってみる。何かと見所たっぷりなわけだが、朝はどれぐらい込むのだろう。
 次の列車は10両編成ということでやはりというか埼京線205系。別に嫌いではなく好きなほうの車両なのだが、ここはすっきりとりんかい線の車両が来て欲しかった。駅間が長いため、高速運転が魅力的だ。着席して到着をただ待つ。
 割合あっさりと東京テレポート到着。行きは610円、出発から1時間程度だったか。立派な駅に感心してから外に出る。以降お台場の写真がありますので、見たい方は同時に見てください。
 駅を出た途端に観覧車が目に飛び込んできた。無料巡回バスがあるがこれには知らない土地ではとてもじゃないが乗れない。しかしどっちがどっちなのか、この時点で全く方向音痴になっていたことを本人全く気がついていない。
 観覧車に向かうのはカメラ脳の悲しき習性。写真を撮りながら歩いていくと、パレットタウンというところらしい。ショッピングモールといったところなのか。まだ人はそれなりに多い。とりあえず観覧車へは車がたっっくさん展示してある場所を経由していくようだ。何かと変わっているな。
 料金は900円という値段でさすがに乗る気がせず、次の目的地をあてもなく目指し続ける。ゆりかもめのある路盤の道路に行き着いたのだが、わけわからないのでとりあえず橋を渡ってみた。とりあえず橋を渡りながら撮影してみたり。海が近い。そんなことをしっかりとして作ったイメージ、なかなかよくできているな。撮影しているうちに電池が切れたのでもう一つのに交換。
 橋を渡り返す。青海駅を上に見て、青海一丁目の交差点。フジテレビが見えてきた。ひとまず目標が定まった。センタープロムナードという一段高いところにある広いほどを歩いて先を目指す。しばらく歩いて湾岸線を渡るとホテルグランパシフィックに到着。ここは台場駅の前。フジテレビは後回しにして他をまず回ってみる。
 お台場海浜公園はよく整備されている。それにしてもここの自由の女神はどういう意味なのか。
 アクアシティに入る。ほとんど閉店しているのが残念だが、中はまだ開いていた。中をぐるぐる回っていたのだが、この建物の構造がよく分からない。どうやら1階から出ることができないようなのだ。1階から出られない建物といえば宮前区役所などが典型だろうが、利用者の立場からすると迷った時には結構手間取る。
 本命のフジテレビへ。建物沿いに桜が咲いているのが美しい。たださすがにもう店じまいのようで、楽しむならもっと早くこなければならなかったようだ。しかし、横から回り込むとオープンデッキといえる場所には階段で登れる。とりあえず球面展望台を目指して階段で上ってみる。ある程度のところまではいけて、途中からはお台場の展望が充分に眺められる。ここで放送が入り、11時閉鎖とのお知らせ。あまり長居はできそうもない。
 レインボーのエスカレーターを下る。雨が降り出した。急いで戻らなければならないと思えるほど雨脚は急速に。ちょっとはやい。
 さっききた道を通って観覧車を目指すと駅に戻ってくる。結構雨に濡られた感じで、こうなってしまうと帰るしかない。
 11時28分の電車までにはまだ時間が多少残っていて、駅内の観察。無線LANスポットが設置してある。気がついたのだがイオカードとパスネットでの精算ができないというところが以外に融通が利かない。Suicaだけというのはちょっと失礼だな。それにしても、いつの間にイオカードが使えなくなったのか・・・。
 ホームに下りて、電車の撮影を目論む。10両でもりんかい線の車両が来ることを確認してから、大崎行きの6両の電車を迎える。席はそれなりに埋まっているが、最終電車が23時代で終わってしまうというのは東京にしてはちょっと凄いかも。やはり快適に大井町到着。長い長いエスカレーターを上っていくが本当に長いな。
 大井町線の二子玉川行きに乗り込む。11時45分だがそれにしてもいい乗車率。各駅で少しずつ乗客を降ろしていく。そして大岡山と自由が丘で乗客を増やすのだ。中延や旗の台ではほとんど増えることはないみたい。輸送形態が南武線そっくりで、本当に隙がないな。ダイヤも23時まではかなり多めだし。
 自転車で見慣れた昼の風景と対照的な夜の静けさを見る。それにしても大雨になっている。そして大井町線は昔3両編成だった名残なのか、大井町側2両には常に屋根のない状態になっている。戸越公園は2両はみ出してしまう。将来的な急行運転も見据えているというが、やはり下町らしい生活感はまだまだ残されていた。
 大きくカーブを描くと二子玉川の駅に吸い込まれた。多摩川上の橋梁まで行って折り返す風景はいまだに健在か。
 到着した田園都市線の急行は存外にも空いていた。とはいえ、大井町線の乗換客が一斉に乗ってくるわけで、ここで乗車率が130%程度から200%に跳ね上がる。車内放送では南武線の終電の案内あり。しかし溝の口で同じぐらい下りるわけで、田園都市線の混雑もゆるいな、と勝手に決め付けてみたりして(嘘々)。それにしても混雑率のピークはどこにあるのやら。ここあたり交通年報で見るとのイメージが違うような。それにしても溝の口駅はこんなにしょぼいとは。外の風景とは随分違う。
 あと、下り線の方はどうするのだろう。溝の口と二子玉川の間の複々線化は全然進展しないわけで(そりゃ元々立体だから国の援助でないもんなー)、果たしてここあたりをどうするのかなどなど。南武線の影響で川崎市側は大体立体交差が終わっているケースが多くて複々線化の障害になっているケースは多い気がする。川崎市も金ないし。
 南武線への乗換。次の稲城長沼行きは0時19分だったな、ということを頭に入れておく。デパートはすっかりと明かりを落としていていつもに比べて少し寂しいような気はするが人はやっぱり多い。
 そしていつもながらうんざりするのが南武線の混雑。この日もホーム一杯に人が溢れていた。おそらく溝の口−登戸でのこの電車の混雑率は250%程度と思われ。JRって何でここまでせこいかね。
 到着したのはいいのだが、やはり大雨。

 雨で光が乱反射

 とりあえず駅前で少し時間つぶしをしようと思っていたのだが、登戸駅が2年後の工事完成を目指して、ついに橋上駅化することが決定する旨張り出されていた。工事は3月22日から始まったようだ。これで小田急との乗換が非常にスムーズになることが確実になる。それにしても登戸もせっかく駅が綺麗になるのだから、街もいいかげん変わらないといけないと思う。しかし段差なしで駅から出られなくなると思うと、それはそれで不便になるな・・・。
 その予定図を見たい方はこちらに載せてある登戸駅完成予想図をどうぞ。
 雨が降っているので登戸駅にはタクシー待ちの行列。しかし、この駅はどう考えてもタクシーを乗りつけるような駅じゃない・・・。・・・宿河原でたくさん下りたのって、実はそういうことだったのかな・・・。いや、宿河原もタクシー乗るのに不便だし・・・。・・・謎だ。
 帰ってきてからはやる気なし。しかし103系はもう1編成しかないんですか。


2004年4月2日(金)
 授業料納付があるので学校に出向く必要があった。
 午後、自動車で調布へ向かう。いつも通り狛江通りな訳だが、踏切前で酷い渋滞になっていた。ここを抜けるのに20分ぐらいかかっただろうか。立体交差完成が10年後。・・・長い。
 雑然とした旧甲州街道の人と自転車の流れに気をつけつつ、パルコの立体駐車場に入れる。とりあえず私は授業料納付のため抜ける。母は適当に新装開店したパルコの中を見てもらうことに。それにしてもパルコ、ついに新装開店。イメージ変わっちゃったな。特に北側の入口。

 ピカピカ

 桜舞う中学校へ。授業料の納付はいまどき珍しい郵便為替。研究生だからなのだが・・・。

 さくらさくら

 滞りなく済んで戻る。書店に目を通してから1階の待ち合わせ場所へ。
 ついでに買い物。家の買い物だとあっさりと3000円を越すので、期せずして駐車券の問題はクリア。それにしても税込価格でも大台に乗せないようにしているところを見ると、小売店も相当苦労しているな、と思う。
 鶴川街道を回避して多摩河原橋を渡り、多摩沿線道路。南武線の立体交差にあわせて橋を4線化して鶴川街道の事業も完成するわけか。非常に隙のない計画という印象を受ける。たいしたものだ。
 暑かったせいもあり、帰ってくると疲れてしまった。

 パソコン買い替え計画メモ。
 通販は難しい。酷い店って、結構多いんだな、と。店によっては何ヶ月たっても商品がこないとか、しゃれになっていないですな。
 やはり秋葉原に出向くのが正解かもしれない。すぐ商品を手に入れてすぐに組み立てられるということを考えると。
 そう考えると購入意欲が・・・(その程度か)。
 結局.netを楽に使うことが目的では動機が薄すぎるのかもしれない。


2004年4月3日(土)
 晴れて桜も満開で気温も高い。とりあえず地元の桜でも見に行こうかと。
 そして『鉄』にうってつけな桜の名所がここにある。
 宿河原の二ヶ領用水。そこは近代的な鉄道が走るとは思えない橋梁が存在する。
 まずはレンタルしていたビデオの返却。そしてCDを借りようとしたのだが、それは売る商品の方で貸すほうではなかったようだ。・・・・・・そうか。
 宿河原を目指す。たいした距離ではない。やはり人は結構多い。とりあえず久々に来たので撮影に気合を入れる。とはいえ、最近とっていないのでイメージ通りの写真を撮るのは難しそうだ。それにしても、枕木が木なんだね、ここ。いったいいつの時代のものなんだろう。

 こんな感じでしょうか

 205系を4本撮って退散。この程度で103系をゲットできるとは思っていないが209系も最近全然見ないや。
 登戸駅北側は南武沿線道路にかかる橋の建設工事なのか。随分前から登戸駅周辺は用意していた節があったので、あとは図面に従って作るだけということなのだろう。頼もしいな。
 昼寝しなかったのは良かったのだが、9時ぐらいに眠くなって寝てしまったのはもったいない。結局この日寝たのは3時ぐらいだったか。


2004年4月4日(日)
 雨が降り続く中では出かけるほどの気力なし。
 夜、歩いてレンタルの返却に行った。それにしても結構人が多いもの。あと、新刊の漫画をカバーなしにして置いておくのはどうかと思うが。
 4枚借りて帰宅。夜桜の名所とか会ったら知りたいものだが、なかなかこればかりは難しそうだ。


2004年4月5日(月)
 久々に研究室にも顔を出そうと思い、午後に家を出発。多摩川沿いは桜満開。
 研究生としてやるべきことをまずはやり終えてから、研究室へ向かってみる。とりあえずパソコンの調子はすっかりと落ち着いたので、サイドカバーを取り付けて机の下におく。ようやく安定したな。これでまた壊れたらしゃれにならんが。
 10日は先輩のライブが新宿であるので行かないと。
 8時ぐらいまで居座ってから帰る。帰ってからは家族と旅行の打ち合わせ。GWは避けようという思惑があるので、25・26日に館山一泊が決定。変な予定が入らなければ良いけど。


2004年4月6日(火)
 今日も遅い目覚め。
 午後は図書館と本屋へ。いろいろと読んで帰る。もう少しいろいろと見て行っても良かったか。でも駐輪時間制限がある。
 夜にはMONSTERのアニメが始まったわけだが、MASTERKEATONのときの財産がしっかりと生きている。サウンドとかの担当が基本的に不変なので成功は確実だろう。NHKの「火の鳥」の方はかなり心配だが・・・。
 それにしても今期のアニメは絶望的に見られるレベルが少ない。新規追加がこの2本だけにとどまりそう・・・。勉強していろということですか。

 ところで悪徳情報?マニアックスに関してはここ数日で随分と状況が進展していたようです。
 あそこの管理人氏が匿名にこだわったというのは、おそらく「管理人の個人情報」=「専門家であること」を漏らしてしまうと、その瞬間にサイト運営が下手すると崩壊しかねないという微妙な位置加減があるのではないかという気がします。
 仮にBeyond氏が単なる素人だとしたら氏名の公開は何の問題もないところなのでしょうが、そうではなく彼はれっきとした消費者保護に関するプロであったということを考えると、匿名でなければならない必要性があることに非常に納得がいきます。例えばですが、2chの管理人が匿名状態にあって、実は政治家だったことがばれたというオチになったと仮定してみれば、途端に2chは崩壊せざるを得なくなると私は思います。
 今回のBeyond氏の個人情報開示によって確かに「悪徳商法?マニアックス」のサイトの存在自体が一変することになると思われます。おそらく軽く書き込めるような雰囲気から確実に一歩交代することでしょう。それは確かにBeyond氏が述べているとおりです。
 どちらにしろ、ここでウ○デ○ング側が勝利した途端にネット上での言論の自由は崩壊することになるだけに、しっかりと見守っていかなければならない。それだけは確かなことなのだろうと私は思います。
 これで悪マニ側がまけたら、私が好きなサイトの半分ぐらいは消滅、もしくは無力化してしまう気がする・・・。


2004年4月7日(水)
 午後から学校へ。定期券の発行は研究生はできないらしい。あらら。回数券しかないか。パスネットという手もあるが。どっちがいいかな。
 研究に関してだが.netやofficeが入っていないので作業は何もできない。ライセンス(アクティビテーション)の問題があるので管理者に聞かないといけないのだが、管理者不在。うーん。基本情報の勉強をするだけで終わり。
 4時間30分ほど滞在して帰宅。青春18きっぷの取引をしようかとも思ったのだが、雨が降るというのでちょっとやってられない。
 お出かけは別の方法を考える必要がありそうだ。

 ところでなのだが、最近非常にストレスがたまることになっている。
 理由はハムスターが非常にうるさい。それも半端じゃなく。
 教育して直るものでもないらしく、いくら怒ってもダメだ(前のハムスターと違って)。
 最近はそれだけなく腹に据えかねるのは、前のハムスターと違って本当に馬鹿だということだ。
 このハムスターの行動は同じことを繰り返すだけ。つかまれると何分でも逃げようともがき続ける(おまけにこういう状態になるとこの種の特性なのか、臭い匂いを発する)。あきらめるということを知らない。躾と称してうるさくしている時に体罰を食らわせても全く行動が変化しない。昼は寝ていて夜起きる。誰のいないところでもうるさくし続ける。・・・言い出せば切りがないのだが、とにかく頭が悪い。
 そしてストレスが尋常じゃなくたまってきている。ふつふつと怒りが込み上げてくるのだ。それもそのはず、騒音レベルは毎日家の前で工事を行っているようなもの(下手したらそれ以上)、それも夜中ぶっ続け。この騒音の場合ほとんど集中ができない。例えばピンボールのような集中力の要するゲームの場合、こいつがうるさくしていると100万点にすら達しない。静かにしていれば大体は300万点は行くにもかかわらず。勉強も同じく、こいつの騒音で集中力の半分以上を奪われる。
 私が飼主だったら躾と称して餌をしばらくやらないという手段をとるだろう。
 今、ハムスターのうるささで凄い気分が恐ろしく鬱。そして凄いストレス。これをどこにぶつけろと???
 就寝時刻3時。明日は郵便局をめぐる予定。


2004年4月8日(木)
 起床は10時15分だった。目覚ましをかけたはずなのだが、やはり勝手に止めてしまったのか。そう重い目覚ましのところに言ってみると、勝手に止めたわけではないみたい。なぜ?目覚ましが3時間遅れていたということだった。・・・。
 10時半に朝食、12時に昼食をとるという非常に食欲のないパターンになってしまったが、出かける決心は変わらない。
 12時半、用意万端で外出する。もちろん自転車での郵便局巡り。明日で閉局となる分室の訪問を兼ねる。今回からは紫外線対策を考え、前に買ったサングラスを眼鏡の上から着用する対策をとった。
 まずは世田谷通りに出る。多摩川を渡るまで向かい風が強烈で、正直霞ヶ関まではつらいだろうか、などと早くも弱気。しかし次第に向かい風はそれほどでもなくなり、身体もエンジンがかかるようになってきた。車道を状況に応じて使用する積極的な走り。野川からの菜の花と小田急の取り合わせに一時心を奪われる。
 三本杉陸橋を過ぎてからもエンジンをかけたまま早いペース。駐車車両がなぜにこうも多いのだろう。出発から45分後には三軒茶屋に到達した。ここまでくれば渋谷は近い。
 地図を少し見て246を一時離脱。渋谷道玄坂郵便局へ。1時間での到着はなかなかのペースだ。利子は全額寄付しているわけだが3円・・・この金利は・・・。
 貯金を済ませた後、近くにあるファミリーマートで烏龍茶を買い、水分補給を行う。比較的早めに水分補給を行えた意義は大きい。しかしこれらの作業であっという間に10分ほど経過。サングラスを外すとかなりくっきり晴れていることが分かる。
 人が多くて歩道は全く走れない渋谷の界隈を抜けていく。ここから渋谷駅に至るまでかなり高度を下げるわけで、「谷」の名がついているのはだてじゃない。高低差は20Mはあるのだ。
 また上って246に合流。人が非常に多いので車道を駆使して高速移動を実施。途中の郵便局を無視する方向だが、目に入ったところには訪問する。外苑前郵便局。青山3丁目交差点、外苑前駅の近くにあり。かなり大きな郵便局で、人はそれなりに溢れていた。さっき買った烏龍茶をここで全て使い切る。
 再び走る場所を左に移す。やはり246をひたすら進んでいく。赤坂御用地の辺りは人も少なくて歩道の整備状態が良いので非常に走りやすい。ここを走り抜けるとあっさりと千代田区に突入。時刻は2時。これならば比較的余裕を持ってここあたりの郵便局を回れそうだ。
 まずは山王グランドビル内郵便局。1階の分かりやすい場所にあってここはすぐに終わった。それにしても立派な建物が続いている。そして道路も信じられないほど立派だ。朝はこの広い道路に人があふれたりするということなのか。東京の普通の光景という感じがしない。贅沢すぎるのだ。
 やはり外堀通りを疾走。あっさりと山王パークタワーに到着する。このビル内にある郵便局を探す作業は、地下一階にあるという情報を得て、階段を下り、あとはレストラン街にある中でどこに郵便局が、ということになる。結構場所的には分かりづらかったが、溜池山王駅の入口が目の前にあり、レストラン街の外側に位置していた。なにやら難しい取扱があったのか、結構待たされた。
 首都高の路盤を越えて特許庁の後ろに入ると霞ヶ関ビルがある。ここに郵便局があるということなのだが、階がなかなか特定できない。いったん下りて郵便局が3階であることを突き止めてから、変わった構造になっているビル構造を見つつエスカレータを上る。何か休憩している人達が多いのはなぜ?
 3階の北側に郵便局発見。霞ヶ関ビル内郵便局。ここも随分と難しい取扱があったようで、一時11人まで待ち人数が伸びる事態になっていた。
 合同庁舎3号館を目指す。手持ちの地図には分室が記述されておらず、財務省内の分室を見逃していた。後で気付いたがこれはちょっと後のことを考えると痛いかも。
 日本とは思えない広い歩道と道路を走って間もなく右折する。地図を確認して北側の建物が3号館と分かる。ここからの進入には身分証提示が必要。免許証を提示して郵便局へ向かう。
 1階の便利な場所にその分室はあった。第二霞ヶ関郵便局中央合同庁舎3号館内分室だ。分室という雰囲気ではないのだが、明日でおしまいになるということ。ティッシュをありがたく受け取る。あと2号館内に郵便局があるという情報をもらったので、そちらにも出向くことにしよう。
 2号館へ向かったわけだが、来週オープンするという第二霞ヶ関郵便局があるだけで、見当たらない。探してみたのだが、結局ダメそう。というわけであきらめる。
 ちょっと走っただけで霞ヶ関郵便局。合同庁舎1号館なので、やはり身分証の提示が必要。ささっと済ませてささっと出る。
 次は東京高等裁判所。地方裁判所との兼用の建物で、以前に入ったこともある。そのときに検察官のかっこよさに正直身震いしたものだが・・・もう7年も前の話だ。そしてテレビのようなぬるい展開ではなく、読み上げスピードはタイピングのプロでも難しいほどの速さだったし、極めて事務的にすばやく処理されていたという印象を受けた。証人尋問だけはゆったりとしていたものだった・・・。そして見学ループの一部におしゃべりが見られたことで、閉廷後に検察官が注意していたことも忘れられない。
 そんなことを思い出しつつ、荷物検査。携帯を出してカメラが入っていることを一応申請。もちろんカメラを利用する事はできない。今回はどちらにしても関係ないだろう。
 郵便局のある地下一階へは階段を使いたかったのだが、階段が全くないのでエレベーターで。割合あっさりと見つかった。東京高等裁判所内郵便局。ここにはもう貴重品(絶滅危惧種)ともいうべき旧型小型の預け入れの証紙を発見。収集癖はないのでもっていかないけど(笑)。
 裁判所はもう用済み(おい)。内堀通りに出て、国会へ。国会内に郵便局があるが、こちらは予約して行かないと無理。予定通り町村会館内郵便局へ。郵便局は外から見えるのですぐに用事が済む。さらに都道府県会館内郵便局。ここの建物はとても綺麗なのだが、ここのロビーとも言える場所、一等地に郵便局あり。非常に丁寧な対応が続いていて嬉しくなってしまうな。
 全共連ビルへ。郵便局はB1にあることがすぐに分かったので下へ。しかし、これが全然分からない。まずB1の地図には郵便局の場所が一切書かれていないどころかないことになっている。この時点で郵便局がこの階にあることを疑う。しかしロビーにはB1にあると明記されている。どっちが正しいのか?
 しばらく探すが全く見つからない。あちこち回ってみてこれはダメだと思い、1階のインフォメーションセンターへ向かい、郵便局の場所を聞いてみる。・・・・・・B1にあるそうだ。本当かよ。
 と思っていたが、言われたとおりに歩くと確かにあった。・・・なぜ見つからなかったのだろう。貯金を済ませたが、ここで10分もロスしたのは大きく、残り15分であとどれぐらい回れるか?
 紀尾井町を走っているようだ、ということを確認しつつ、海事ビル内郵便局を探す。しかしこれが案外難しい場所にあった。仮に適当に走っていたら見逃していただろう。その海事ビルの横の細い道の外側に階段があり、そこを下りると郵便局がある。場所の割にはしっかりとした郵便局で、ティッシュまでもらった。今日は5個ももらったので、非常にありがたい。
 国道20号に出て、次の郵便局を探る。しかしこれも非常に難しい場所にあった。偶然とはいえ一発で見つけられたのはやはり注意深く走っていたからに他ならないだろう。狭い路地に面していたその郵便局は、今まで訪れた郵便局の中でも指折りの狭さだった。麹町本通郵便局。この時点で残り時間は既に2分30秒。さて間に合うか。
 やはり間に合わず。ホテルニューオータニ内郵便局はおろか、ホテルの場所すらやや勘違いしていた。標高の低い方ではなかったのだ。標高の高い、赤坂御用地の側に入口があったとは。
 かなり勾配の厳しい紀尾井坂を登ってその入口を発見。かなり異様な商店街。異様と言うのは品揃えだ。ちょっと普通の雰囲気ではない。絨毯敷で暖かい照明で低い天井。かなり変わっている。
 今後のために郵便局の場所をとりあえず確認し、トイレを済ませる。出発は4時20分ぐらい。上智大学の裏側を経由して国道20号、四ッ谷駅の前に出る。ここで選択肢があったわけだが、無難に新宿経由を選択することにした。
 しばらく走ると国道20号が地下へもぐる。そこでいったん地図を見て確認してから、新宿通りへと抜ける。御苑横の通りもそれなりに使えるのでそちらに抜けるとあっさりと新宿は目の前だ。
 人が多いのでここからの基本的に車道を行く。4時40分、新宿高島屋の駐輪場に入れる。とりあえず帰路での日差しを避けたいというのが主な理由。さて、何をしようか。とりあえず腹が減ったわけだが、かといって夕食を食べるわけにはいけない。
 高島屋の食品街は全然なので、あてもなくサザンテラスに出る。とりあえずミロードだろうと思ってそのまま上へ。7Fでデザートを食べることで決着させる。ケーキではあっという間になくなってしまうのでパフェで決まりだ。
 しかしこういう場合、確実に浮いてしまう。何せ、デザートを、一人で、それも野郎・・・いや、言うとむなしくなるのでやめておこう。それでも自分に正直に生きなければ(ナニソレ)。
 出てくるのに18分ぐらい。許容範囲だが、遅れて申しわけありません、とは悪い気がしない。ただ、最近は確かに速い店が増えてきたよなあ。しかし、遅い店というと、多摩センターで石焼ビビンバに45分もかけた店を思い出してしまった。あれは本当に酷かった。
 さくっ、と平らげて出発。いちいち見学していると夕食が遅くなるので、もう出発。
 5時40分、代々木の踏切を渡る。そして南新宿駅を経由して、甲州街道に合流。ここまで面倒なことをするのは、とてもじゃないけど甲州街道は通行できないほど人が多いからだ。
 甲州街道の走りやすさを実感しつつ、ただ走る。走る。走る。そういえば明大前は結構前から工事しているけど、もしかしてバスを駅前に入れるおつもりか?
 意外と人の少ない仙川で離脱するのもいつも通り。ここまで1時間弱といったところ。
 都道114号、多摩川水道橋。ここから戻ってきたという感じになって、道路の最短経路計算がいきなりミクロモデルに変化することを感じてしまう。
 帰ったら7時をちょっとすぎたぐらい。ま、なかなか。サングラスはこれからは外せない武器だろう。

 郵便局データ更新の作業中に、GoogleのRankが変動したことに気がつく。すぐさまグーグルダンスとSu-Jineに飛ぶわけだが、確かに不意打ちだ。
 おまけになぜか自サイトのPageRank上昇。・・・謎だ。

 イラクで邦人3人が拘束され、自衛隊撤退を要求・・・ですか。
 悪徳商法?マニアックスの検索結果削除などと同様に、直接的な方法ではなく回りの弱いものを使って攻撃するというのは常套手段のようです。サイトを潰したければ、Googleやプロバイダーを攻撃するのが手っ取り早い。それと同様の方法を使ったということなのですね。つまり自衛隊を直接攻撃するのではなく、一般人を攻撃する。誘拐した側の結構頭が良いです。自衛隊員が殺されるよりはるかにダメージが大きいですから(それに自衛隊を殺害するのは労力的に見合わない)。
 さて、この3人が殺されてしまうのはほぼ確実なのですが、日本の世論はどのように動くのか・・・。
 3人の方には本当にお気の毒としか言い様がない。イラクの事を心配しているからこそイラクに出向き、しかしイラクに殺される。
 とりあえず話し合わなければ、そして相手の言葉に耳を傾けなければ始まらない。


2004年4月9日(金)
 7時半に起床できるとは昨日の運動のお陰か。
 午前中はパソコンと向かい合う時間、午後は昼寝。あっという間に元の生活。
 3時に昼寝を終え、これではまずいと準備を整えて生田緑地探索行に出かける。やはり表の方ではなく、裏の方。つまり向ヶ丘遊園跡地周辺部だ。
 稲生橋の交差点から先の方で折れ、安立寺。安立寺の先のところにある道が切り崩されているのにショック。いいのか、こんな開発を容認して、と叫びたくなる。
 そのもう一つ先、今までとは違うところの谷戸に入ってみる。予想はビンゴで途中で舗装が途切れてうっそうとした森に見失いそうな道が存在するような感じになった。いや、もはや道とはいえないレベルで、死道と呼ぶべきだろうか。勾配45度もあろうかという崖を登ることになってしまう。これで道が続いていなかったらアウトである。
 上ったところは尾根の藪道で見覚えあり。実質的な末端部というか、向ヶ丘遊園バラ園から逆行した時の末端・・・自分にも意味通じてない。
 先に進むと鳥居があり、その先はなぜか通行止めのように竹が倒壊している。これは以前きたときと全く変わらない。なぜこのようになっているのかは不明だが、今回は引き返すのが癪になり、ここを強行突破することに決定した。別に通行禁止とは書かれていないわけだし。
 どうやら意図的に竹を倒壊させているのだということはしばらくして分かってくるのだが、それならばなぜに道を作ったのだろうかという疑念が頭をもたげる。
 その意図的な竹の倒壊に悩まされつつ、突破すると下の所に出た。周りが見えるので心配はないが、なぜにここまで荒らす・・・。そしてなぜ立ち入り禁止と書かれていないのか・・・。
 散策行はまだルートが他にあるようにも思えたが、面倒なのでもうひとつの方へ。もう一つ先の奥の道は片方が完全に小田急電鉄(株)の所有地になっていてしっかりと看板で立ち入り禁止をうたっている。分かりやすい。逆側の進入に関しては今後しっかりとした下調べが必要だろうが、半分人の土地に無断侵入するようなものなので、何かと気が乗らないので次はいつになることやら。夏になるととてもじゃないが散策する気にはなれないし(蛇とかが出そうだし蚊も嫌だ)。
 遊園の大階段はいまだに放置されて残っていて、黒いエスカレータ跡に桜の花びらが落ちているのが目視で確認できる。さて、ここをどう利用していくのやら・・・。緑地部分以外は一戸建て用地やマンション用として売却してもいいと思うのだが。
 そして向ヶ丘遊園東側の緑地部分へ。こちらもやはりわかりやすいルートになっているわけだが、しっかりとした散策はいまだに行っていなかった。
 意外と奥の深いこのルートは向ヶ丘遊園の跡地を目の前で見られる貴重な場所でもある。散策をしてみた結果、メインルート以外に2本の支道が確認された。平成13年度の崩落地対策用の工事前にはどのようになっていたのか、そこが少々興味深いところ。長尾橋のほうに向かう支道というのもあったが、上から行くと立ち入り禁止の看板がかかっている。やっぱり『裏』なのだ。
 まだ時間があるなと思ったので五所塚へ。五所塚ヘ向かうのはサイクリングを始めた頃以来なので随分と久しぶりだが、ここはなぜここまで高度が高いのだろうか。切り通し上のバス停からどんどん登っていく。
 上りきったところに水道塔がある。そして五所塚、5つの塚のある公園が存在していて、それなりに見所だろう。ここを抜けて東高根森林公園へ下る。東名高速を渡るわけだが、相変わらず速い。というか、いつも心配になるのは、この陸橋は落ちたりしないのだろうか、ということ。相当な年代物のはずなのだが。
 公園で少しだけ休み、すぐ出発。そのまま緑ヶ丘霊園へと。その途中に妙に立派な古い建物が2軒。明治時代の建物か?
 霊園の長尾口から。こちら側からすぐに北側180度に広がる絶景(遠景)を眺められる。逆側には見事に広がる墓石の羅列が見られる。しっかりと整備されているので特にどうということもないのだが、霊園内に放置駐車車両があるのはいただけない。夜に夜景を見に来たら綺麗だろうか、と思って夜の再訪を誓ってみたり(でも稲城南山は怖くて行けないのだけれど)。あと、霊園内はこの時期は開門時間は7時までなので、ぎりぎりで車も入れますね、夜景を見るためでも。
 あっさりと下る。ちょうど久地駅ぐらいなので、ここから帰路かと思うと少々うんざり。
 帰ってきたら6時。
 そして7時15分頃、久々に母と外食に出かける。地元のヒッコリーで決定。さすがに混雑していたが、割合早めに席に座れたのでよし。サラダ・ピザ・デザート、全てにおいてレベルが高く、新鮮な素材を使っているといつもながら感心する。これで二人で税込2940円。安い。
 帰りは専修大学生の山。新入生歓迎ということなのだろうが、それにしても人が多すぎ。正に時期なのだな。

 イラクの情勢は昨日と何ら変わっていませんが、報道のレベルは相変わらずトップ扱。当然かもしれないんですが何も進んでいないのを永遠と繰り返されてもね・・・。
 サイト巡回していると、本当にいろいろな意見。自衛隊撤退を主張する方もいますし、3人をバカ呼ばわりし、こうなったのは自衛隊が軍隊じゃないから、と主張する方もいる。
 ただ、もうこの時点でどうあがいても事は決定していて、撤退は首相が変わろうとも選択肢になり得ないんですよね。実質的に軍隊の派遣ですから、ここで撤退するというのは負けを認めたことになるわけで、それは国際社会でやっていく上ではどうあっても受け入れられない。仮に撤退をすることが念頭にあるぐらいならば、最初から派遣を絶対にしてはいけなかったわけで、派遣が決定した時点でもうすでに今後の流れまでが必然なのです。
 これぐらいのことは撤退を叫ぶ人もわかっているような気がする、多分だけど。なぜそれなのに撤退を叫ぶのか。それは多分コイズミの判断を支持することになるから抵抗しているのではないだろうか、と思ってしまう。正直「ここで自衛隊の撤退はありえない」と言うのは完璧に敗北で、派遣反対派としては現状を肯定することにつながり、このような事実を受け止めるのは屈辱的だと思う。下手すると主張が一貫していないなどと言われかねない。
 とりあえず明日になっても状況は進展しそうもないですし、今後の流れも必然的。
 改めて3人の方にはお気の毒としか言い様がない。


2004年4月10日(土)
 起床は10時。あっという間にもとの生活に逆戻り。
 とりあえず先輩のライブ鑑賞を考えて、予定を立てる。食事はどうしようか、とか。
 母が帰ってきた3時頃に食事を済ませ、後は電池の充電を待つのみになったわけなのだが、これが全然終わらない。正午に始めた充電は結局5時過ぎまでかかり、充電が終わった途端に急いで用意を始め、5時15分ごろ出発となる。
 駐輪場に80円払って停め、普通に向ヶ丘遊園駅から。23分の急行に乗り込む。混雑率はいつも通りで130%程度といったところだろうか。複々線化の完成は近そうだが、梅ヶ丘からはどうやって工事するのだろう。
 46分ぐらいに新宿到着。ちょっと時間的に危うくなってきたのである知識を全て使って高速移動することにする。
 マイシティへ抜ける中央東口から出る。さらに人ごみを避けてマイシティを経由しながら新宿プロムナード。ここを一気に都営新宿三丁目駅の方に向かって駆ける。さすがに初めての場所だが、常に横に案内が載っている状態なのでそれほど苦戦はしない。信号効率を含めてベストなC7番出口から出る。そして新宿厚生年金会館へとまっしぐら。靖国通り沿いに歩けばそれほど苦労せずに見つかるはずだったが、予定通りしっかりと見つかった。
 以下は他人のプライバシーに関わるので、表には公開をしないことにしておきます。

 さて、演奏が終わったわけだが、こうした底辺の人たちはいったいどれぐらいの数に登るのだろう。ハインリッヒの法則に従えば(それはちょっと違う気がするぞ)、オリコン50位以内には入れる人たちは10%、大ヒットをとばせるレベルになる人たちは0.3%ということになる。いや、そもそもCDを売り出せる人たちはさらに限られるから、そこに至るまでにさらに3%ぐらいに絞られているのだろうか。
 そうした頂点に登りつめられる人たちに作用しているものというのは常々思うが、曲の質ではないといつも思う。それも曲の質は必要条件にすらなっていない場合が実質的には多いと感じさせられるのだ。

 まずヒットをとばせる一番の条件は「容姿」である。これは確実。
 同じくそして非常に重要なものは「マスメディアへの露出効果」である。これは絶大。
 そしてその効果(人気)が長続きするか否かは曲の質で決まる。

 多分こんなところなのだろうと思う。コネとかもありそうだけど、言い出せば多分きりがない。あと音楽会社側の思惑とか。
 あのミスチルやスピッツや桑田圭佑ですら、曲の良さだけではいつまでたっても売れなかったはずだ。一方曲が悪くても露出効果が高く容姿に優れるアイドルグループは苦もなくあっさりと売ってしまう。他にもマスメディアにこぞって取り上げられて大した実力もなかった宇多田ヒカルが700万枚売ったりしたのはこの現象と十分に等価だ。
 私の中で最も作曲・編曲業において実力者の集まるところというのはドラマやアニメ・ゲーム、そして映画のサントラに選ばれることだと思っている。一方演奏に優れた人たちというのは大体において使われるのはオーケストラとかであり、ギタリストとかの場合は基本的に有名バンドの人たちを流用してくるだけで終わる。いや、下手すると全て電子楽器に任せてしまうのが安上がりだから、そんな生演奏をさせてはいないのかもしれない(よく考えたらこれが普通で生演奏はありえないぞ)。
 そうした分業がなされる中で、このライブの意味というものというのは確かに貴重なのだな、と感じた。いつかNHKミュージックスクエアをやっていた中村貴子さんの言葉が思い浮かぶなぁ・・・。
 CDの音に飽き足らない人はこういうところに入り浸るのだろうか、と思って建物を出た。夜は遅くなり、さっきまでの靖国通りの渋滞はなりを潜めた。写真を撮るには少々嬉しくない状況だ。
 伊勢丹をひとまず目指す。この古い建物では新宿においては夜景スポットとしては強烈な存在。ひとまずいくつか写真に収め、さらには靖国通りにまた出て写真を撮りまくる。新宿伊勢丹の写真集を作ったので見たい方はどうぞ。
 西口側に回って、エルタワーのところまで回る。そして空中歩道のエスカレーターが止まっていることに気がついた。エレベーターでB2まで下りる。
 やはり下を歩いていって、中央東口から入る。やはり電車や駅の撮影を目論むのだった。
 適当に撮影してから小田急乗り場。急行に乗っていくわけで、相変わらず混雑が酷いものだが、これ以外にないのが現状だ。しかし、6000系の営団のマークが東京メトロのダサいマークになっていたのにはすごいショックを受けた。がーーーーーーーーん。・・・・・・・・・・・・。ふざけるなーーーーーーっっっっっっ。
 失礼、興奮しました。でもっ、でもっ、あの6000系がーっっ。ひどい・・・。
 帰ってきたら11時。文章を書いただけ。写真を載せてアップするのは明日より先になるかも知れない。


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