郵貯日記(2004年3月下旬)


2004年3月21日(日)
 怠け生活は1ヶ月たっても続く。
 この日はかなり遅い起床、そして適当なネットサーフィン。
 6時前、これではいけないと少し出かけることに。371系の撮影でもと思って出たのだが、間に合っていなかった。うーん。
 ぐるりと生田の山越えをして、古本屋へ。
 最近もよく古本屋を巡るわけだが、値が下がり始めるものを見ていくというのは面白い。最近値下がりが特に目立つのは以下の5種。と言っても、結構前からだったかもしれないのだが。

ヒカルの碁
ブラックジャックによろしく
バガボンド
蒼天の拳
エンジェルハート

 ここあたりの値下がりが顕著に感じる。特に酷いのがヒカルの碁。10巻セットで900円まで値下がっていて(結構前からなんだけど)、全巻セットが定価の4分の1(一冊100円)程度になるのも時間の問題だろう。
 なぜこうなったかはもちろん言うまでもなく、連載が終了したこと、そしてその連載の終了の仕方がダメだったことが主因だろう。
 この漫画の主人公格は3人、ヒカル・佐為・アキラ。そして囲碁最強の実力を持つ佐為の物語からの引退によって物語の面白みは急速に薄れていく。それはヒカルの佐為からの自立のために必要だったわけだが、その自立後の展開があまりにも冗長過ぎたのだ。だからあんな結末にならざるを得なかった。ジリ貧という言葉がぴったりの。
 実際問題として作者側はアニメ終了部分ぐらいでの打ち切りを本来的には予定していたという噂もある。根拠はないが、仮にそうだとすればかなりすっきりした結末となり、ここまで古本市場での評価を下げなかったと予想する。古本市場は非常に敏感で、人気のない漫画はあっという間に値を崩していく。
 では人気が出たであろう作品展開はどういう形が良かったのか。仮に私だったら原作のような展開にはせず、以下のような物語展開を期待したい。

 1年近い休息の後、ヒカルは復活。そしてアキラとの対局などで自らの実力を確かめる。これがちょうどアニメの終了の部分になる。ここでひとまず少年時代は終了。
 そして10年後、ヒカルとアキラは常にしのぎを削るライバルとして囲碁界は空前のブームを迎えていた。そんな中、ネット碁の中に誰も知らない不思議な使い手が現れる。その使い手はあまりにも強く、プロですら敵わないほどの腕前だった。
 それを知ってアキラの父である塔矢光洋は対戦を申し込む。その打ち回しは紛れもなく佐為そのものだった。そのことを知り、ヒカルは大きく動揺する。
 さて、その後の展開はいかに!!!

 自分で言うのもなんですが面白いと思います。何でこうしなかったんでしょうかね。この展開だと、伏線たっぷりで凄く面白くないかと思うんですが。実際問題として、ヒカルVs佐為の対決で終了してくれれば、凄い盛り上がりになったんじゃないかと思います。あくまで「思う」としか書けないわけなんですけど。
 はっきり言います。簡単に主人公格を殺しすぎなんですよ。ストーリーのためでも人を殺してストーリーを成り立たせるのは正直うまくないと私は思うんです。佐為は最強の存在である以上、少年誌ではおそらく最も人気があったはず。かく言う私も佐為が一番好きでした。ヒカルやアキラがどうしようと全然興味なし、というのが正直な感想です。傾向として少年たち(私もそうですな)は純粋に強さを求めます。成長の過程を描くのもそれはそれでテーマとして面白いでしょうが、それは少年たちへの答えにはならないでしょう。あんな例外的な成長についてテーマを作られても、全然面白くありません。所詮ヒカルは他の漫画で言う(例えばドラゴンボールなら孫悟空状態)超人なのですから。
 ストーリーを重視してキャラを犠牲にしたという点でいえば、現在の漫画界に投げかけるには確かにいい薬なのかも知れません。しかし、正直面白いとは思えません。いや、私から言えば両立させてこそレベルの高い漫画じゃないかと思いますが。
 終わりが悪いと全体の印象が悪くなるものですからね・・・。作者の方には肝に銘じて欲しいと思いますね。

 さて、夕食後にあざみ野へ。CD返却とレンタル。やはり比類ないサントラの充実度だ。4枚借りてきたが期待期待。
 帰りは10時を過ぎていたので道路はガラガラ。これぐらいガラガラだととっても気分がいい。
 帰ってきて聴いたのだが、どれもあまり良くなさそうだ。残念。


2004年3月22日(月)
 冷たい雨。
 やる気も何もかもを失わせる雨。
 この日は予定に反して家にこもった。
 ダメ人間、ここに極まれり。
 卒業式に着ていく服に関していろいろと。それにしても、こういうのはとっても好きじゃない。つまり嫌い。何でこんなことに気を使わねばならんのか、と常々思う。とりあえず親の服を流用することで決着するわけだが、なんだかなぁ。
 朝の着替えとかを見ていると、世界全体で凄い無意味な時間の浪費を行っているように見えてならない。

 久々に「圏外からのひとこと」の過去ログ読。有名サイトの場合、昔の文章の方が面白いということがあるので(エネルギー的には開設後1〜3年ぐらいが最も油が乗った時期だろうと私は思う)、時々読み返す。で、今日読んだ文章の中に気になったものがありました。個性という呪い、個性という不良債権という文章です。
 この多くに私自身を見つけることができます。実際、心の闇(エネルギー)を発散させるために私はここに文章を書いています。言葉尻はかなり優しくなったというのが1年を経過しての自分自身への感想です。文章を積極的に書かなくても心の闇(エネルギー)を発散できている状態になっているわけで、その意味で普通、つまり個性が薄れつつあるような気がします。そうした経験をもっているため、日記を長々と書く人というのは、おそらく暗い部分をもった人間が多い、もしくは抱えきれないほどの心の闇が膨れ上がってWeb上に流れ出しているのではなかろうか、などとうがった見方を私はしてしまいます。実際私がそうだからです。
 私自身、この個性のためにいらぬ苦労をさせられます。個性というものは益になるものは少なく、大概は害になるものばかりです。酒が飲めないだけで人付き合いに不自由したり、ゲームをしないだけで仲間はずれになったり、携帯が使えないだけで変な目でみられたり、運動神経が鈍いだけでバカにされる。こんなの全然良くありません。究極レベルになると不運にも男性として生まれてしまった女性の心をもつ性同一性障害の方(これも個性と考えます)、その苦しみはさらに計り知れません。
 個性が強い人は社会から脱落するしかありません。それを避けるために個性の強い人はそういうことを隠す努力をしなければならないのです。個性というものは、こうした負の側面をもつものばっかりです。
 社会がそうした個性を受け入れられる環境を整えてくれない限り、個性を伸ばすことはその人を苦しめるだけでしょう。

 そしてこうした個性によって苦しめられた人たちは何らかの形でその思いが溢れ出します。ある人には口から罵詈雑言が溢れ出すかもしれません。ある人にとっては殺人という形で現れるかもしれません。私の場合はWebサイト、つまり日記の上に流れ出します。
 付け加えるとこうしてサイト運営に関わっていると分かってくることですが、苦しい時ほど文章を書きたくなる。だからこうして文章を書きまくってエネルギーが減ると文章の質が落ちていきます。そして苦しくなくなると文章の質が下がります。なぜならば、突き動かすだけのエネルギーがなくなってしまうから。だから、いい文章を書かせるためには苦しませて苦しませて苦しませてやると、多分いい文章を書けるようになります。苦しませすぎると病気になったり、下手すると死んでしまうかもしれませんが。
 今まで私は日記を書くことが自分自身に対して大事である事は理解していても、「書けば財産になるが発散しないと不良債権化する」、というような具体的なことばで表すことはできませんでした。そして、この言葉は正にこれから日記を書く上で、そして苦しんでいる人たちに書くことを勧めるインパクトを持った文章であると感じました。こうした文章を書けるというのは、やはりessaさんは凄いな、と正直思わされました。

 少し話がずれますが関連のある話。
 他サイトの例で言えば、人気になった頃には既に面白さの半分は失われていることが多いです。それはネットサーフィンを多くするようになり、好きなサイトを研究して見つけた感想と結論でもあります。そして作家もまた、デビュー当時のエネルギーを維持していくことは難しい。それとまた同様のことが物書き全体にはおそらく当てはまる。そう感じます。
 さらには「暗い人間は文章を書く」という言葉がかつて自分自身で書いた「類は友を呼ぶ」はこのWeb上においても成り立つのかもしれない。そんなことを考えてしまいました。実際にWebにおいてはある程度部落的なものが出来上がり、グループ化されていきます。そのカテゴリーの中から脱出できるようにリンクができていることはなかなかないです。どうしても殻に閉じこもってしまう傾向があるのです。だから、案外有名なところでも人によっては知らない所にあったりするのです。
 永きに渡って文章を書くエネルギーを発散し続ける人は、おそらく心で生み出される闇との戦いを永遠に続けていくことになるのでしょう。私もまた、この運命からは逃れられないのかもしれません(嘘)。


2004年3月23日(火)
 起床11時。ますます遅い・・・。
 食事をとって14時半出発。学校でちょっとした手続きをしておく。あとPCが動くことをとりあえず確認。レジストリが破損したなどというメッセージが出てかなりびびったが、Edmaxを他のパーティーションに入れたときのバグ、と判断できそうだったので少しホッとした。とりあえず安定して動いていたので今日はこれぐらいで。
 深大寺へ向かうことに。新撰組による観光効果をもってこようという意気込みがさすがで、「誠」のちょうちんが・・・。なかなかやってくれる。
 神代植物公園のほうへも行ってみた。こっちはからくり屋敷を公園内でやっているようだが、入園料が必要だ。
 つつじヶ丘へと。とりあえず古本屋へ。2冊購入し武蔵野崖線沿いに下っていく。そして狛江経由で。狛江のTSUTAYAにも寄ってみたのだが、サントラはそれなりの在庫を用意しているな、さすが。
 登戸交差点の渋滞が和泉多摩川駅付近まで到達していたのに驚きつつ、区の図書館へ。ここでRJ誌を読む。京王の記事に関してはほぼ当たっているわけなんだけど、多摩ニュータウンの人口が今後減るかといわれると多分減らないと思う。黒川の開発もあったけど、稲城市や多摩市の末端部はまだまだ開発の波が収まる気配を見せていないし、一人住まい用のマンションはおそらく今後も建設ラッシュが続くと考える。一方、中央線と比べてサービスの低下の著しい高尾線系統の衰退はおそらくもう避けられないだろう。どちらにしても、東京まで一本でいける中央線にはもとより敵わないのだ。新宿での京王とJRの連絡がもう少しうまく行っているとよかったのだろうけど。これは西武新宿線も多分同じだと思う。バスの勢力圏では圧倒的に中央線に食われているだろうから。唯一対抗できるのが、中央線はよく止まるけど京王は絶対に止まらない(これ神話)。踏切が良く開くので住みやすい(これも歴然)。
 そんな感じでもう6時55分と閉館の時間。外に出るとさっきまでそれなりに多かった警官の数がさらに多くなっている。おそらく数十人規模、これはどうしたことか。
 理由は共産党の演説があるから、ということが理由のようだった。愛国党の車が何台も世田谷通りを占拠して交通渋滞が発生し、さらには拡声器で叫ぶものだから凄い響きまくっている。なんちゅう迷惑な。だから渋滞していたわけ?今日はこんなに。ひっでーな、こりゃ。
 世田谷通りからかなり離れている我が家の近くでも声が聞こえるほどうるさかったことを考えると、迷惑を被った人間は相当多いと考える。特に渋滞はサイアク。警察の方々もご苦労様だよ、ホント。とりあえず人の迷惑を想像する力を身につけてください。
 食事を済ませた後は特になし。ネット巡回。デジカメ現像。そんなもんか。


2004年3月24日(水)
 卒業式か・・・。
 起床7時。食事を済ませる。そして儀式的ではあるが、社会に逆らうことをあきらめたかのように制服(スーツ)を着用。まるで中学生に戻ったような気分だ。それはいい意味では全然なく、暗黒時代への回帰と言う意味合いと解釈して欲しい。それは正に私を縛る制服。しかしそれは社会が決めたルール。逆らい続けることは自ら生きる道を狭めることになる。ある程度は社会に従属する訓練をしておいた方がいい。
 雨の予定なので生田宿からバス。やはり8時代は渋滞が激しいようで、城下まで16分かかった。あっという間に学校に着いたが、40分も早着でさてさてどうしたものか。研究室に行こうかと思ったのだが、わざわざ行って戻ってくるのも面倒な気がしてきた。桜はかなり咲いてきているが、今日は結構寒くてコートがないことがちょっと恨めしい。
 待っている間、噴水をただ見ていた。噴水の周期は当然一定なわけだが、その周期内で水の出す量をある程度周期的にやっているのを見ると、まだ何か表現できるようにも見えた。単なる水圧の問題だったのかもしれないが。
 待っていれば開くと思っていたのだが、全然開かない。なんと指定時刻まで講堂は開かないのだった。何それ。あんまりじゃない。
 おまけに講堂に入ってから分かったことだが、集合時刻の40分後に式開始?ふざけるな。1時間20分もバカみたいに待った人のことを考えろ。
 それにしても女の子は袴かスーツ、男はスーツで統一。私服は誰もいない。平然と皆一般常識に従ってスーツを着ているというのに敬意を表するが、正直私からすると「なんでだろ〜」という気分になる。私一人間違ってスーツ着ていて、「卒業式にわざわざスーツを着てこなくても・・・」といわれたらホッとしたんでしょうけど、こういうのを見ていると今の学生の悲哀を感じてしまった。これが普通なのだろうか。
 時間つぶしに配られた冊子を見る。あんまりにもくだらないが、それでも何もしないよりはましかと思う。でも面白くない。しかし、一つだけいい文章があった。
 それは中島義道教授の文章。結構有名な方だと思う。授業を受けてかなり多くの修羅場をくぐってきた人なんだなあ、ということを感じさせてくれた人だったが、やはり寄せる言葉の中で群を抜いていた。こういった文章はおそらく残ることはなさそうなので、コピーになってしまうかもしれないが引用という形でここに書かせてもらいたい。ファンの方が喜ぶかもしれないし(要求があれば取り外します)。

 学生諸君に向けて、新しいヒントないしアドバイスを書けという編集部からの依頼であるが、実は取り立てて何もないのである。しばらく生きてみれば分かるが個々の人生はそれぞれ特殊であり、他人のヒントやアドバイスは何の役にも立たない。特にこういうところに書き連ねている人生の諸先輩方の「きれいごと」は、おみくじほどの役にも立たない。
 振り返ってみるに、小学校の卒業式以来、嫌というほど「はなむけの言葉」を聞いてきたが、全て忘れてしまった。今しみじみ思うのは、その全てが自分にとって何の価値もなかったということ。なぜか?言葉を発するものが無難で定型的な(多分当人も信じていない)言葉を羅列しているだけだからである。そういう言葉は聞くものの身体に突き刺さってこない。
 だとすると、せめて幾分でも本当のことを書かなければならないわけであるが、私は人生の先輩としてのアドバイスは何ももち合わせておらず、ただ私のようになってもらいたくないだけであるから、こんなことはみんなよくわかっているので、あえて言うまでもないのだ。これで終わりにしてもいいのだけれど、全ての若い人々に一つだけ(アドバイスではなくて)心からの「お願い」。どんな愚かな人生でも、乏しい人生でも、醜い人生でもいい。死なないでもらいたい。生きてもらいたい。

 この会報の中でも、形式ばった言葉の羅列を繰り返しだけで、優等生で心の中の見えてこない発言が大半を占めた。しかし中島氏はつぶやいた(そう表現するのが正しい気がする)。正に我々が社会に逆らわないようにスーツを着てただ服従することに対して真っ向から反抗するかのように・・・。それをたったこれだけの短い文章に込めたのだ。
 中島氏の書かれているとおり、あまりにも人というものは違いすぎる。そんな世の中ではアドバイスなどというものは一部の人に役に立ったとしても、大概ほとんどの人には役に立たないだろう。ただ、「生きてもらいたい」という文章は正直意外な感じがした。いろいろと考えていて、底が見えない人だとは思っていたが、やはり今となってもこの人が考えている奥を見る事はできそうもない。でも、やはり苦しんでいるのかな、という事は文章の節々から見えてきた。
 中島氏の授業を一つだけ受けたことがある。差別に関して扱う授業だった。正直内容についてあまり多くを覚えてはいない。しかし何かはわからないが、凄い人だと思った。熾烈な人生を生き抜いてきて、それでも熱を失わない人、そういう印象を受けた。その膨大な熱の量は正に文章の形になって溢れ出し、そして私たちに何かを与えている。それでも中島氏はその授業を受けた最後にこんなことを言った。この救いようのない差別というものに対してどうしたら解決できるのか、長年考えてきたが正直私には答えを見つけ出せない、と。そしてこの授業を今年一杯でやめて、新たな方法を探りたいと語っていたことが印象に残っている。
 いまだに中島氏は悩み続けているのだろう。そしてそれは彼のもつ個性によっておそらく輝き続けているのだろうと思う。しかし、それはあまりに重過ぎる個性だと思う。あの人はまだ、自ら与えた課題に対して答えを出すことができずにいるのだから。

 そして式が開始。何かと自分の大学の実績と権威に頼ろうとする傾向は相変わらず。その権威というものも最近に至ってはかなり落ちてきていて、かなり苦しい状況が続いているはずなのだが、どうなのだろうか。じゃなかったら、同級生はなぜ数十社も落ち続けたんでしょうかね。
 あと、今年が国立大学最後の卒業生らしい。そうか、独立行政法人になるんだったか。履歴書に「国立」と書ける権利を得たのは結構大きいかも(書かないぞ)。
 暇な時間だったが45分程度で終了。そして別室に移動する。そしていろんなものの授与式が開始される。とりあえずどきどきしたが、確かに卒業できたらしい。所定の単位を全く無駄なく余りなしでの卒業。我ながら凄い。余計(というべきではないとは思うけれど)にとった単位は一つもなかったのだから。それ以前に4年で卒業できると思ってなかった(爆)。
 後は格式ばった先生方のありがた〜いお言葉を拝聴して全ては終了。後は研究室で夕食まで待機することになる。

 ウザイ姿で活動するのは面倒だが、とりあえずパソコンの調子確認。とりあえず今は問題ないようだ。それにしても新パソコン、はやっ。GigabitLanも効いているのだろうか。Raidも侮れないかも。
 昼食を生協のサンドイッチで済ませる。ついにICが使えなくなっていて今後買い物する回数が減りそうだ。それ以上にサンドイッチの化学物質っポイ味がなんとも気になる。
 暇なので同級生が買った鋼の7巻を読ませてもらった。しかし期待はずれ。正直5・6巻のできが良かったので作者もいよいよ乗ってきたか、と思ったのだが。これでは将来が不安だな。アニメの方も最近は見逃すことが多くなっているぐらいなので、私の中では長くは続かないかも。
 適当にネットと本で調べ物。そうしている間に時間は過ぎ、6時。今日はなんと先生のおごりと言う凄い太っ腹。本当にいい先生だよ・・・。何せ今日は寿司。普通ありえないでしょ。
 雨の中、所定のお店へと。広いお店だった。そして値段を見て驚愕。マジですか、このお値段。これで食べていいなんて怖すぎる。というか、他の研究室からまで人が集まって、これでいいんですか。
 ともあれ、卒業祝いは非常に美しく。そして温かく。先輩方に幾度となく言われたのは、「今年はちゃんとやれよ」「必ず受かれよ」・・・院試のことです。ホント、落ちるわけにはいかないですね。
 それにしても先生は家族連れだったのだが、子供がかなりかわいいゾ。びっくり。
 D5さんは4月に新宿で演奏をやるそうなので、また会えそうだ。ギターの生演奏をまた聞きたい。
 そんな感じでわけあいあいと時間が過ぎていった。卒業できてよかった。この中に加われて。皆さんありがとう。
 それにしても、首と目が痛くなった。やはり制服は業務に適さないよ・・・。


2004年3月25日(木)
 卒業式あけて・・・。
 起床は9時。それまでにも幾度となく目を覚ましつつ、誘惑に負けて寝続けてこの時間。いつもはもっと酷いということを考えると、まだかなりましな方だろう。昨日の早起きのおかげだな。
 午前中は適当に時間を過ごし、午後からはサイクリング。雨の問題もあったので、とりあえず近場ということを頭に入れてから出発する。
 世田谷通りの混雑を横目に見つつ、踏切を渡って生田駅。そこから南下。長沢から鷲ヶ峰営業所、稗原という全く面白みのないいつものコースを辿る。ここばかりは効率を優先さえるとどうやっても避けられないようだ。
 美しが丘のBOOKOFFを経由してから、横浜大場郵便局を目指す。しかしここの発見がなかなか難しい。一本前の道を左折してしまう過ちを犯してしまう。なかなかここあたりの道は個性がなさ過ぎていまだに捉えづらい感じがする。
 ようやく長く続く一本道を走り続けて郵便局到着。昨年開業した新しい局で、一戸建てに強引にくっつけた構造は何か妙な感じだ。一応周辺にはコンビニとかがあったりするわけだが、住宅地にひっそりと佇んでいるというのが正しい感じ。ティッシュを貰うという幸先のいい始まり。
 ここの道をひたすら南下していくと、上り坂を2回ほど。やはり走りやすい道というのはなかなかないか。付近は注文住宅の嵐だが、あまりにも人工的過ぎて息が詰まりそうだ。おまけに駅まではアップダウンがあってバスじゃないと無理。こういう生活感を感じられないようなところには住みたくない。
 田園都市線の路盤にぶつかると、後は適当に考えて市が尾駅へ向かう。国道246の歩行者道路用の拡張工事は2001年に始めて走ったとき以来進展はしているものの、いまだに完成しない所が都市の道路整備の難しさを感じさせる。
 市が尾の外延部分に市ヶ尾駅前郵便局。比較的古い感じの建物だが、やはり駅前だけありそれなりに混雑気味。
 次の行き先をどうしようかと考える。都筑か青葉か。2週連続で都筑は・・・という感じだったので藤が丘の方に向かうことにした。
 不法駐車の目立つ市が尾駅ではバスが立ち往生気味というのが酷いなと思う。それも道路両側びっちりと。ここまでひどいのはさすがに目に余る。
 鶴見川にサイクリングロードがあったのか、などということを驚きをもって見つつ、東名青葉ICの下をくぐるような感じになって先に進むとまたも絶壁(丘陵)が立ちふさがる。何とか坂道を登って、藤が丘の方へは246号に合流して少し楽な方向で。
 駅前通りを北上していくと、かなり離れた場所に郵便局発見。横浜柿の木台郵便局。これで青葉区は完貯。横浜の区では初めての完貯達成となる。世田谷区も王手をかけているので、そろそろ達成しておかなくては・・・。
 町田の方へと行こうという欲が覗いたが、世田谷通り経由で帰るのが気分的に優れないので、適当に走って帰ることにした。鶴見川周辺の市街化調整地域をのんびりと走っていると、こっちもまったり気分になってしまう。
 真光寺川経由かなと思いつつ適当に走っていたら、王禅寺ふるさと公園方面に向かっていた。何も考えていないと、結局そういういいかげんなことになってしまうのは何とも。
 琴平神社のあたりで少し横道にそれ、適当に細い道を行く。柿生ふるさとの道、何てのがあったか名前を覚えていないのだが、そんな道を通っていくとあっさりと方向音痴になってしまう。ここあたりの道路の組み合わせはいまだによく把握できてないということらしい。看板を見て何とか把握できるというのが情けない。
 ここで雨が降ってきた。急いで王禅寺の清掃場の横から長沢入口へ。そして長沢街道(でっちあげ)と言うべき道路をひたすらに下っていく。雨はいよいよ強くなり始めるが、ひたすら下り坂か平らなのはありがたい。生田駅に近づいた頃には雨も小康状態。南の方が雨が強いらしい。
 帰ってきたら4時ちょっと。2時間40分のサイクリングにしては上々だったか。

 帰ってきてまたもネット。あまりに興味深い記事を見つけてから、これに関連する記事をひたすら集めている。W杯における韓国の審判買収疑惑について。
 発端となったページはドーハのひいきはまだ続く韓国の疑惑を見逃すな。正直かなり興味深く読ませてもらった。そして驚いた。マスコミ全体で国民を欺いたということを。そしてこんなことをがあったのかということに衝撃を感じた。そして世の中は金なのだということを強く実感した。
 そしてこれに関連する記事を他にも探してみたが、ごろごろ出てくる。それはそれはサッカーの祭典を汚した人々の怒りが伝わってくるかのようだ。私自身はテレビでまったり見るのが好きなのだが、熱狂するほどサッカーを見る人たちにとっては、収まらないほどの怒りがこれら文章を書かせたのだろう、と。
 少なくともいろいろと記事を見ていく限り、充分に信憑にたる記事群と判断するしかありません。正直、韓国は韓国で本当に酷い問題を抱えているものだな、と。にもかかわらず、なぜそれを治そうとしないのか不思議なものですが、同様にマスコミがなぜ韓国支持モード一直線になったかも興味深い。それにしても、サポーターの相手選手への侮辱行為は酷すぎです。写真にばっちり残っているのも凄いところです。
 マスコミの言うことを丸呑みすることの愚かさは川崎縦貫高速鉄道線の記事だけでなく、いくつか散見してきたことはあるんですが、これに関連するものは明らかに捏造といって良いもの。騙されていたと思うと正直・・・ダマサレター・・・ってな感じですよ(謎)。
 やれやれ・・・。

 ところで明日は学校に行く用事がある。覚えているだろうな。あー面倒だ。


2004年3月26日(金)
 起床11時。戻ってしまった・・・・・・。
 3時半ぐらいに学校へと。風が強くて難儀だ。生協で適当に書物を見てるだけーした後、自宅でのLinuxの導入について真剣に考えてみる。何せ3500円ぐらいでOSが買えるというのはあまりにも魅力的だ。堅牢性に関しては設定次第によって変化するのがちょっと自信なしなのが・・・。
 4時半から研究会。やはり座っていろいろと読むと、いろいろなものが浮かび上がってくる。何せ研究漬け生活が長かったことがあるので。人の関係のないものを読んでいるうちに、いろいろと考えていた案を改めて掘り起こしていくことになる。頭の中でだけど。
 6時を過ぎて終了。2人発表でこの時間は何でだろうね。
 適当に勉強していたら猛烈に眠くなって少し寝てしまった。帰る。風は逆に後押ししてくれたのでかなり楽だった。が、結構寒い。
 帰ってCDのコピーをやったのだが、3枚目の失敗。6回中3回も失敗するとは、いよいよこのCDRWドライブも寿命だろうか?(全然使ってないのに)やり直すのはあまりに面倒なので、MDで我慢することにする。クラシック系統だと音質の劣化が激しいのがちょっと嫌なのだけれど。それにしても、こういうのはやはり信頼できるメーカーの方がいいということなのか。
 そうこうしていたら3時を大きく過ぎていた。明日も早く起きられそうもない。


2004年3月27日(土) 文教堂開店
 10時起床。何気なくチラシを眺めていると飛び込んできたのは衝撃のニュース。
 文教堂(書店)が中和ビル2階に開店、というのだ。他にもバーミヤンと100円ショップが中和ビルの2階に開店するという。文教堂にはレンタル屋もセットになるというのだ。
 思えば中和ビルの店舗が次々と撤退して廃墟ビルになったのはいつからだったか・・・。昨年1階にライフが開店して復活の兆しが見える南側だが、ついに遊園に足りないものの一つ、レンタル屋までが!!!そして大学があるのにない不思議なもの、大型書店が開店する。めでたい。
 というニュースを聞いては当然行くしかあるまい。よりによってしばらくは99円でじゃんじゃんレンタルできるというのだ。恐るべしだ。
 南側の1時間無料駐輪場に停めてから、中和ビル2階へ。早速入会手続きを済ませる。用紙を持っていったので入会は無料。早速店内に入って品定め。量的には標準クラス、新作の多さに関しては標準より下だろうがそれほど悪いというわけでもなさそう。全体的にバランスのいい品揃えをしているように感じられたので好印象だ。5本借りておく。税込495円は激安で、さらにミニクロックまでゲット。・・・・・・いいのか、これで。とはいえ、これで新作のレンタルに関しては当日返却を念頭に置いたレンタルが可能になったという点で喜ばしい。混雑はそれほどひどくなかったのだが、これで大丈夫かな・・・。
 父も後で行ったそうだが、やはり時刻が遅くなると人が多くなるらしい。
 気になるのはケチって作ったことによる天井の低さという弊害が今後顔を出さないか、ということ。中和ビルの特性として古い時代にかなりケチって作られたので非常に天井が低い。このイメージが暗いというイメージを引き起こし、一時期はボーリング場を除いてすべて撤退するという事態まで起きたのだが、今回開店した書店とバーミヤンの天井の高さはやはり気になる。そしていくつかの規模の店で分割するという方法は、どこかがだめになったときにそのまま他のところを道連れにするという悪魔の連鎖の始まりになりかねない。
 それにしても昔はここにパチンコ屋とか小料理店があったなんてこと、しばらくたったら忘れられていくのかも知れない。そして1階に書店や電気屋や水の流れる広場があったことなども、やはり忘れられていくのかもしれない。
 とりあえず遊園北口は変化がないので、こっちの方も新しい動きに期待したいもの。いくらなんでもスナックが駅前にあるのはやっぱりまずいでしょ。下品にもほどがあるし。
 ・・・・・・

 夕食後に時間が進むが、あざみ野にレンタルしていたものを返しに。車でアクセスするのはさすがに譲れないだろうが、坂道を7km以上というのは想像以上に長い気がする。これ以上遠いところからレンタルしまくるようだと、TSUTAYAの他のところで返せるサービスが始まってくれることを祈りたくなるな。
 やや混雑気味だったが、そんな中、清水台でちょっと危ないことがあった。ギアをニュートラルにいれたままブレーキを解除してアクセルを踏んだのだった。もちろん清水台の交差点は勾配10%程度あるのでずるずると交代して、危うく後ろにぶつけそうになった。くわばらくわばら。ブレーキを踏む判断が早くて正解だった。もっとも、そのブレーキも一定時間はエンジンからの供給なしに動くという大前提があったからこそ効いた代物だったのだろうが・・・。・・・・・・。
 かなり恐怖しつつ、今回は計算してあざみ野の駐車場に入れる。想像以上に狭い駐車場内がさらに混雑しているので駐車作業はかなり神経を使わされた。それにしても地下駐車場からの階段が凄いな、ここ。
 返却と見てるだけ〜した後帰る。それにしても最近運転が荒くなっているな。気をつけないといけないと思う。特に駐車車両の横を走るときとか左折を行う時とか。見えないところを走ってこられたときなんかは確実に轢いてしまうかもしれない運転をしていることに愕然としてきた。


2004年3月28日(日) PHS紛失
 アトムは結局半年以上見ずに終わったな。原作であまり面白いと思えなかったようではやはり無理なのか。最終回のために起きることができなかったというのが心の内側を物語っている。
 午後から町田へ行くことで母と同意。
 で、晴れて暖かい中出発。待合室ができたりエレベーターができたりという時代の流れをなんとなく感じつつ、ひとまず各停で新百合まで先行する。そして急行に乗換。急行は当然座れない。
 1時間20分後の合流を約束してから、まずはリニューアルが始まるという町田駅を撮影。まだ来る機会を考えて、ある程度残しておく。というか面倒なだけだったりするのだが。
 ティッシュをゲットしてから東急と109を見つつ、ブックオフへ。全国1・2位を誇る蔵書数を誇る。そしてCDも。とりあえずめぼしいものを探すが、掘り出し物は特になし。1冊だけ買っただけ。ここでは人が多すぎるのでゆっくり見ることができないのがもどかしい。立ち読みはほどほどにしてもらって、お金を出して買って欲しいよ、ガキどもは。
 そして仲見世通り商店街。いわゆる長屋のような古い形式の商店街だが、品揃えは豊富。しかし賑わいは少々厳しくなってきているように感じられるのは気のせいだろうか。ここにあるチケットショップでクオカード2枚を購入。何かと後々使うことになるはずだ。二軒が競り合っていた大判焼の片方が潰れていた(後から入ってきた方だったが)という衝撃があったが、片方にはまだ人が集まっているのを見て少し安心。
 東急ハンズへ。屋上へ行こうと思ったのだが、屋上はなんと閉鎖になっていた。最近屋上への立ち入りを禁止していく傾向があるのだが、子供心としては非常に不満だ(年いくつだ)。やっぱり子供には屋上というのはとってもおいしい場所なのだということを少し認識して欲しい。
 一つずつ下る。やはり気になる木材のコーナーへ顔を出す。何かといろいろな木材やら鉄やアルミや銅や真鍮などといった材料がじゃんじゃん置いてある凄いところだ。正にハンズそのものだろう。砂鉄500gとか売ってるかな、普通。
 地下と1階はハンズの手に戻ったということを見ると、ハンズ復活の兆しだろうか。1階は成城石井で地下はTSUTAYAだったのだが・・・。
 時間がなくなって母との待合場所へ。その前に少しだけ音楽のSuzukiに顔を出してみたり。
 小田急の地下食品売り場へ向かう。暑いな・・・。
 買い物を済ませた後、お菓子を選択しようかという事になっていたのだが、暑くて食欲がない。正直、こう暑くてはお菓子を食べるきになんか全然ならない。小田急商売下手糞では・・・なんて思ってしまった。北海道物産展もあったので8階まで足を伸ばしたのだが、やはり暑くて見る気がしなくなったとは母も意見同じく。
 母に先に帰ってもらって散策を続ける。とりあえず屋上に出る。やっぱり外ぐらいの温度が良いなと思うが、結構風が強い。柵こそあるが夜景が小田急線沿いに遠景を眺められる。つまり北東と南西の風景。小田急の駅ビルは正に凹をひっくり返したように線路に乗っかっているのだ。そして線路の路盤はM2階、乗換口は2階、北東側の路盤はM2、南西側の路盤は1階、それだけここの場所は谷の場所に造られた古い宿場町として機能し、そして今もまた人を集め続ける。そんなことを眺めながら考えていた。
 西友へ。西友には4つの主な店を抱えている。SofmapとRecofanとLIBROと100円ショップだ。とりあえずSofmapから。DQ5の宣伝なんかやってらっしゃる。Webでも見たけど、さすがに時代は進化しているね。もうこうなっちゃうとゲームじゃないけど。
 そして他の物色に精を出す。考えていたHDDの増設作戦だが、マザボの転送速度の対応に自信がなくなってきたのでとりあえずやめておく。実際に開いてみて確認してみないと。それにしても家の堅くて開かなかったけど何でだろ。メーカー製は何かとうまくいかない。
 ケースの下見だが、やはりだめか・・・。このケースのセンスの無さは自作での決定的なネックという感じがする。いいデザインなら3万出しても買うが、センスの無いものに1万出すというのは屈辱だ。
 RecoFanを適当に見てから最上階のLIBRO。ここも書籍がしっかりと整っているのだが、人は少ない。町田においては久美堂が圧勝という状態がいまだに続いているのだろう。実際問題として専門書の充実度においては新宿に勝る久美堂。後で行こうと決心。特に3階の受験・専門書の数が凄まじいのだ。
 次にヨドバシ。S1 IS発見。とりあえず触ってみる。いいですな〜、レンズが。やっぱりカメラはレンズだよなぁ。画素数じゃなくてレンズで多くが決まると思っている私にはかなり魅力的に見えた。でも買って1年しか経っていないので本当に見るだけになってしまう。
 2階へ。パソコン物色。・・・メーカー製のケースってセンスがいい。特にVAIOとVALUESTAR。実用性の高さもかなりいい感じだ。前面ポートの充実度を含め、どうあがいても自作用ケースでは考えられないレベルだ。どっかの会社作る気ないのか・・・。お願いだからNECかSONYが3万くらいでケース売ってくれないものか。
 3階へ。ビデオのコーナーはかなり縮小されてしまったようで、面白くない。ヨドバシ終了。
 LUMINEへ。ケーキがおいしそうだ。とりあえず母に電話してケーキを食べるかということを連絡してみることに。しかしここでトラブル発生。

 ないっ!
 ・・・・・・・・・・・・PHS紛失???
 マジ?!

 愕然とするが、ひとまず悪用を避けるために会社に連絡をする必要がありそうだ。家で電話。公衆電話が多いのが助かる。
 しかし連絡の方法がわからないそうだ。至急帰ることに決定。名残惜しいがこれでおしまいだ。
 今日三個目のティッシュをゲットし、ひとまず行きに通った3階の百貨店の入口改札から入ることに。しかしやはり落ちてはいないのか。
 7時21分の急行が入線してくる。5時ごろはめちゃ込みだが、時間を外すと座れるらしい。緊迫感を漂わせているうちに遊園到着。やはり遊園以西は小田急速い。
 帰り道もチェックした・・・がない。これはいよいよ厳しくなってきた。
 まずは自分の電話番号にかけるがつながらない(電波の届かない・・・)。次にASTELに連絡をとろうとする。しかしオペレータによる電話サービスは平日の昼だけ。紛失時のサービス停止の対処方法が全くない。さすが安い分だけこういうところにしわ寄せがきているようだ。というわけでもはや祈るしかないのかという状況になってきた。次に自分の番号にかけると今度は出ないだけ。通話中じゃないことが救いだ。
 ブックオフには連絡したが届いていなかった。状況から見てかなり早目に落とした可能性が高いことを考えると・・・。小田急しかないだろうか。
 というわけで駅へ。かくかくしかじか・・・。
 ・・・あるっぽい・・・。町田に行ってみるようにとのこと。忘れ物用に乗車券をただでもらって進撃を開始する。ちょうどよく藤沢行きの急行がくるというのでホームへ。2度も町田に行くというのはなかなかないなと結構浮かれていたら、見事に混雑していて意気を挫かれた。そういえば新宿からの帰宅客が多くていつもいつも混雑するんだった・・・。乗車率はやはり150%超。うーん。
 この混雑のまま行くのかと思うと憂鬱だったのだが、新百合ヶ丘でなんと半分近く降りてしまう。一つのドアあたり25人程度、単純に考えると1両あたり100人ぐらい降りたということになる。車内は座れはしないもののかなり快適になった。それにしても玉川学園−柿生と新百合ヶ丘−唐木田の乗客の多さなのか、それとも新百合ヶ丘の圧倒的な求心力によるものなのか・・・。それにしても驚かされた。そういう時代になっているんだなぁ、と。
 町田では乗降客がほぼ釣り合っているが、新百合ほどは下りない。ひとまず忘れ物取扱所へ駅員さんの案内に従ってGO。そしてブツは確かにあった。私のものだ。これで明日以降面倒な手続きをしなくてもすむというわけでよかった良かった。
 さて、そのまま帰りの電車に乗り込む。やはりガラガラで余裕で座れた。それにしてもやっぱり電車って速いな。遊園以西では、ってところだけど。
 それにしてもホッと一息。ああ良かった。
 とりあえず・・・穴の開いたポケットに携帯を入れるバカなことをしてはいけません(死)。


2004年3月29日(月)
 なぜかどこにも出かけなかった。風が強かったからというのも確かに理由ではあるのだが、なぜ出かけなかったのだろう。
 何気なく今日もネットサーフィンをだらだらと続けに続けていく。そしてこんな文章を見つける。ううむ、自分に当てはまるものが多いなー。困ったな。どーしよー(緊迫感ゼロ)。
 少なくとも中学高校の頃の自分を見たら確実にいくつかの症状に当てはまるし、今ですら結構危うい。つまりそれだけ子供ということなのだろうけど、これは世間一般で見ても多いのではなかろうかと考えるとのは、周辺環境が変だからということはないと信じたい。

 また最近訪問者が微妙に増えている。Google検索結果からの復活による影響かは分からないが、日記トップでは一日3〜5くらいヒットしています。何かあったのかな?
 この日は徹夜。全然眠くならない。


2004年3月30日(火)
 食事をして6時に就寝。10時起床。ま、これでも全然支障がないというのはなんとも。
 NHKBSでやっていた春休みアニメ特選終了。いつもは興味なし(NHKの作る作品群はどうも模範的過ぎて面白みがない)なのだが、今回は結構いい作品を見つけさせてもらったな、と。偶然見始めて興味をもたされた作品があったから。そのタイトルは「王ドロボウJING」で、NHKらしくない作品のつくりが意外な感じがした。いや、確かにNHKが作る作品の範疇内ではあるのだろうけど、無難な作りに終始しがちで面白くないNHK作品群(断言)とは思えないレベルを感じさせた。基本的に子供向けの作品のように見えて、それに埋没しない描写がなかなかうまい(そこあたりワンピースの底の浅さとは決定的に違う気がする)。こんな番組があったとはね・・・。
 調布国領にはビデオがあるだろうと思うので、半額の時に1本ずつ借りて楽しもうかと思う。んー、新しい楽しみができて嬉しいや。それにしても何気なく見ていて興味を持って面白いと思ったのが、今までほとんどなんだよなぁ。最初から見続けた作品が面白かった、というのがゼロというのは・・・。う、うーん。

 昼食前に古本屋へ。そしていろいろと見てみたのだが、ちょっといやな気分になった。 土渕の交差点付近に2軒の古本屋があるのだが、「いとう」(片方は「ランド」)の方が消費税内税表示化に伴って値上げを行ったのだ。250円の商品を270円へというやり方は気に食わない。ましてやブックオフでは210円で売っている商品をそうすると(向かいのブックランドでは262円という一般的な値上げにとどめている)。
 いつからか忘れたが、人気商品に関して古本値段の200円という一般性があったのを、人気作品には一律に50円の値上げを行って、代わりに一部人気作では買取価格引き上げで商品の確保に使ったということが記憶に新しい。店側としては人気商品は高くても売れる可能性が高いという理由でこのように値上げしたわけだが、値札をいちいち張り替えることはまずしないから、人気がなくなっても平然と+50円で売り続けて在庫がたまる傾向がある。店に主力商品をある程度確保して置けるという点ではかなり有意義にも見えたのだが、人気がなくなった商品を在庫として抱え込む悪循環は確かに存在する。
 それを懲りずにさらに値上げですか。
 270円という価格は新品の3分の2にまで相当する。原価との差はついに140円にまで縮まるわけで、こうなると新品を早めに購入する方がメリットも出てくる気がする。それ以上に心理的なダメージが大きい。それも270円に値上げした商品には3年ぐらい前に出た商品すら範疇になっている。
 正直殿様商売化が著しいということはこのことなのか。大型古書店における販売力はこのデフレ下においてはかなり強いけど、そんなに儲かるんですか。確かに買取価格安いですけど、そんなに儲かるんですか。ふーん。
 今回の一件はたった8円の違いだけど、凄い不信感を持たされた・・・。

 午後から雨の予報なので出かけられない。そして怠惰な気持ちが眠りへ一直線、2時から6時まで就寝。完全な昼夜逆転生活。あぅ。
 食後も適当に過ごし、何気なく深夜から勉強をしてみた。
 そして勉強を始めるといろいろな誘惑が忍び寄る。やれ漫画を読もうかとか、ネットでこのことを調べてみようかとか、勉強する横から脳がどうでもいい情報をバカバカ流し始めるのだ。
 そしてこういうときの言い逃れとして使いたくなるのが『思い立ったら吉日』という諺。おそらくサイアクの言葉だろう。もちろん、いいことを思い立ったらすぐに始めるべきだ、というのはいいのだが、勤勉に働いている時にばくちをやりたくなったので始めよう、というのは全然良くない。つまり誘惑に流されることを『思い立ったら吉日』と言う言葉でごまかそうとするのだ。
 この誘惑に1時間ぐらい打ち勝って(別に少し中断してもいいが他のことに手を出してはいけない)始めて集中への第一歩が踏み出せるわけだが、卒研をするまではどうしてもこれができなかった、と思う。大学受験でもなかなかこういった状況になることが多くて苦しみ続けたものだが、大学生になってからもこの修正をどうしても克服できなかった。それが始めて克服できたのは卒業研究が初めてだったと思う。いや、小学生の時はそれが自然体でできていたというのがちょっと悲しい。
 何より、この集中する感覚を忘れてはいけないと思った。かけがえのない宝物という気がしてならないから。


2004年3月31日(水)
 6時就寝で11時起床。昼夜逆転は続く。
 今日は起きていられた。少し本を読んだぐらいで何とかなったということなのだろうが。
 夕食後はちょっと身体を動かすというかカメラを使おうかという気分になり、向ヶ丘遊園駅付近の撮影など。もう一つの動機は文教堂でレンタルでもしようかということが理由であったりする。
 まず文教堂で新作のレンタル。突然便意に襲われて中和ビルに駆け込んだが、綺麗なものに交換されていた。当然といえば当然なのだろうけど、こういうところが汚いとしゃれになっていないよな。
 いろいろと写真を撮って回り、北口の方へも。駅舎が綺麗になったのでそこあたりをチェックチェック。そしてそのまま帰宅。

 今日借りてきたのはRODの3巻だが、最初に見たのって7作目に当たる「藪の中」だった。よくよく考えると、おそらくこの作品を見れた事がその後につながった。多分6・8作目などが最初だったらその後見続けなかったと思う。正直この作品を独立して考えるとかなり面白い世界観が作れるような。
 明日は晴れか・・・。どっかに行こうかな・・・。


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