2004年3月11日(木)
凄い風の日だった。これだけ風が強くてはどうしようもないという気がしてくる。
借りてきたビデオを全て見終えた後は特に何もすることがないのではなく、何もしないで時間を無駄にしていく。本当になんと言う無駄な時間を過ごしているのだろうか。しかし、それが3年までの自分だったことに愕然とさせられる。
特にすることはない。それはやはり変わらない。
2004年3月12日(金)
逆に冷え込んだ今日。そして国立大受験後期。もう随分前の話だな。
どこかに出かけようと思っても、それよりもぐうたらとする欲望が勝るという恐怖。
いったいどうなっているのやら・・・・・・。
そして韓国ではたいした理由もなく大統領が任務を剥奪された。どうなっているのやら・・・・・・。
2004年3月13日(土)
生田緑地で区民祭。これは実は初めての試みだ。敷地も広く、おそらく盛り上がるだろう。となるとiktrycという名を語っているからには行っておきたいイベントだ。
というわけで朝食後生田緑地に向かうことを決意するが、その間に姉が帰ってきた。遊園駅の近くで火事だそうな。ついでにこれを見ることも忘れずにはいられないところか。
駅西側の踏み切りの先は基本的に火事のために通行止めになっていた。これも姉によるとさっきまでは踏み切りの横断も禁止だったそうだから、火の勢いは収まったのだろう。実際、姉によると煙が多すぎて出火場所が分からなかったそうだが、今のなっては大体の場所は予想ができるところ。
ジョナサンの横をすり抜けて二ヶ領用水路の方まで行き、そこからダイエーへいたる道に出た。ようやく燃えている場所をほぼ把握。どうやら、ゲームセンター向かいの店舗よりもさらに奥まったところにあるという、地元でもほとんど知られていないような場所が燃えているようだった。NHKやasahi.comでも記事が出ていることほどで、結構な燃え方というのは確かだろう。実際消防者の数は尋常ではなく、他の部署から応援が駆けつけていたものと思われる。15台出動というのは確かに凄い。
横目で確認した後は稲生橋。駅へ入る道路は通行止め。ダイエーへ行く人はいい迷惑だろう。生田緑地へ向かう人の出は凄いもので、ちょっとなめていたかも。
青少年科学館近くまで続く自転車の駐輪の数に圧倒されつつ、途中で停めた。まずは民家園に入る。100円で入れるというのはなかなかないことだろう。
ここには日本の古い家屋の博物館といった場所であり、世界遺産に登録されている白川郷の合掌作りの建物などでも有名だ。日本の昔の家屋に触れたいならば、かなりおすすめのスポットだろう。但し数が多いので(20以上)、最後の方になるとさすがに飽きてくる。とりあえず関東でもかなり使えるスポットである事は間違いない。写真は勝手に利用できないので公開しません。
今度は岡本太郎美術館へ。ここも100円だったので入る。一回目に来た時にその造りに見事だと思わされたものだが、今回見てもなかなかのものだった。作品のいくつかはやはり交換されていて、うまく管理してやっているということが分かる。他の作者のものは特にいくつかに分けて企画として実施するようだが、通常時の人の入りはさっぱりのはずで、相変わらず厳しい状態が続いているのだろう。とりあえず一回目ならば損はしないと思うので、気になる方には見に行くことをおすすめする。
後は出店をいろいろと。タマちゃんバスやら地震体験コーナーとかは見てて面白かった。しかしそのためにノンステバスをわざわざこっちまで運んでくるとは。しかし出店は全然ダメ。ぼったくり出店の山。これではどうしようもない。
枡形山に上るのはちょっとつらくなっていたので帰る。生田緑地にバスの停留所ができていたのには驚いた。それも時刻表までついているというのが何とも。今日は無料で駅との間でピストン輸送を担っているはずだが、これからは毎日輸送する予定なのだろうか。それでもやっぱり山越えはバスでは無理ということなのだろうか。路線を延長するように見えない。
戻ってくることにはさすがに煙も収まっていたが、現場検証とばかりに立ち入り禁止状態は続いていた。せっかくの区民祭も台無しかも。区民祭の恩恵を受け入れられなくなった北口過激派の陰謀・・・・・・なわけないか(爆)。でも放火の疑い高そうだなぁ。誰もいなかったって言うし。
帰って食事をしてのんびりするとあっという間に眠くなって昨日の二の舞。はぁ。
夜、TSUTAYAへ。家族となんと70日ぶりのドライブだ。車を動かすのも70日ぶり。我が家で車って役に立っているのかいないのか。
車のところへ行くと、案の定汚れていることが夜にもかかわらず分かる。とりあえずウォッシャー液で流すと、なんか凄い色になっている。うひゃー。花粉と泥の混ざったものかと思うと、なんともはやだ。
世田谷通りから狛江通りへの裏道を経由して調布国領TSUTAYAへ到着。3月22日から自由にこの駐車場が使えなくなる。どういうことかというと、店で買い物かレンタルをしないと駐車場が使えないということ。つまり、返却のために駐車場が使えなくなるというとっても困ったことになるわけで、個人的には納得できるものではない。
今日は3本返してから3本と3枚をレンタル。後は春の特番ラッシュの時にちょこちょこと借りる時期が続きそうだ。とりあえずもう十分に借りて楽しませてもらったと思う。
帰りはなんとなく川原橋を渡ってから多摩沿線道路を西の方へ。そして稲城の立体交差を少し見てから帰宅ルートへ。稲城と川崎市の境目は、公共事業というレベルで見るとあまりにも大きすぎる落差が存在していることを実感させられる。府中街道も南武線も、市境で規格ががくっと落ちるというのは何とも。
それにしても運転を長くしていないことと元々苦手ということが重なって、駐車が全然うまくいかない・・・・・・。情けない。
学校のパソコンの不具合の理由がようやく判明しつつある。
C0000218というエラーは検索をしてみると結構引っかかってくる。そしてその概要がだんだん明らかになってくる。曰く、このエラー番号は死のエラーと呼ばれているそうだ。そしていかなる方法を用いても復旧が不可能という意味からこのように名付けられたらしい。理由は、レジストリを書き換える前に電源が切れてしまうことに起因する。そしてレジストリが破損しているために二度と立ち上がらない。は?って感じですな。
そして発動条件が「Win2k,XP + MaxtorのHDD + NTFS」の組み合わせ、さらには「キャッシュ付き」であるとこの症状が出やすいそうだ。・・・正にそのまんま。詳細はWindowsの基本設定とか、暫定日記などが参考になりそう。簡単に言えばOSとHDDの相性ということになる。しかし、厳密にそうであるかというとそれも決して正しいとはいえないところだ。実際、研究室4人の購入したものはいずれもMaxtor製で、どれもキャッシュ付き。そして他にはそういった症状は出ていない。容量は私のが一番少なくて80G、つまり容量による問題も否定できない。そしてもう一つの相違点はマザーボードのチップに行き着く。私のはAthlon用のVIAで他はIntel865とnForce2になっている。よってマザボのチップセットとの相性も誘発につながっている可能性はかなりありうる。メモリとVGAは既に検証しているのでありえない。
実際思い浮かべてみれば、システム領域をいじった時に死ぬ場合がほとんどだった。ユーザーの設定やパーティーションなんかは典型だろう。ソフトウェアのインストールの場合は再起動を要するために表に出てこないわけだが、システムをいじった場合に再起動はしないでシャットダウンだから、これは当然といえば当然か。しかし、何でよりによって私だけ・・・・・・。
とりあえずBIOSの初期化はやらざるを得ないところだろう。そしてFAT32でインストールをまずやってみるしかないということ。ファイルシステム的に不安定要素になりえるが、もはや仕方のない所か。いいかげん勉強するのも飽きた。
あとはどっかでSeagateかHitachiのHDDを調達する手もあるが、それで解決するかも不明であり、そこまではやっていられないところ。うちのもよりによってMaxtorなので実際に新しいPCを買ったとしても流用でうまくいく保障はない。
とりあえず少し明かりが見えてきたが、ここから先どうなることやら。月曜日は新郵便局をめぐる予定なので行くつもりなしだし。火曜あたりに片付けられるか。
2004年3月13日(日)
相変わらずの起床10時30分状態が続く。
父と付き合って新宿へ。遊園駅が綺麗になっていて改装が終わったことに今更気がつく。そういえば工事やっていた。10年前はいつまでこんなボロ駅舎を使っているのだ、と思っていたが、近年の高架化事業の進展ですっかりと存在感を増しているようだ。
12時台後半の急行は100%程度。受けた印象は父と同じく「空いている」と思えるのがなんとも。それでも上原到着後路は150%ぐらいの混雑率だが、やっぱりましのように感じられるな。代々木八幡では引退する2600系の復色車両が走っていた。そうか、ついに引退するんだ。乗り心地は別に全然悪くないんだけどね。案の定写真を撮る人達がしっかりと。
JR中央東口からA8を経て、東の方のビックカメへ。父の買ったものとの交換だが、とりあえず交換は確かに問題があることが確認され、ということでよかったよかった。でも、こういうのが原価の高騰につながるんだな、望ましいことなんだけど。
最も大きな仕事は終了。カードリーダーというか、7in1のフラッシュメモリ読み込みのブツを買う。こういったものが安く買えるようになったというのが凄いが、何はともあれ今まで面倒な作業がこれで大幅に緩和されるかと思うと何かと嬉しい。それにソフトウェア(Canon)の問題でOSが不安定になると言うのはいつものことだったからなおさら。さらに読み込みも楽になるとあっては。
歩行者天国を歩いて西側へ。そしてチケットショップで物色。特になし。
そしてハルクのビックカメへ。こちらも見てるだけ、なのだがEOSKissDigitalにメモリを入れてチョコチョコと撮ってみた。店内だけではどうしようもなさそうだが、さてどんな画像だろうか。あと、操作系が慣れていないということもあるのだが、全然分からない。そして質感とスピードの速さはさすがに一眼、いや高級機か。S1 ISも探していたのだが、こちらはやっぱりなかった。なんで?
そして中古ショップのソフマップへ。ノートとかいろいろと置いてあるが、新品とちょっとぐらいしか違わないお値段でたいしたものだ。中古の値段で秋葉原ならば新品が買えるとは父の弁。確かに良いお値段だよなぁ。あと、メーカー製のケースはやはりセンスがいい。
ここで父は帰宅。私は適当にいろいろと歩き回って物を見てひたすら時間を潰していく。面白いものだ。やはり実物で見るのとでは全然違う。それにしても日曜日の店内って、こんなに人が多いのが普通なのか。
そして伊勢丹へ。それにしても凄い人だな、相変わらず。適当に歩き回るだけで、結局何も買わないのは相変わらず。そして伊勢丹。こっちでケーキを買って帰宅ルートに入る。JR中央東口からでも回数券が使えるのが頼もしい。
小田急は一本落とせば座れるという感じだったが、面倒なのでそのまま乗り込む。150%程度で推移して遊園到着。やれやれ疲れたというところだが、これぐらいは運動をしておかなくては。
しかし、夜は結局勉強も何もしていない。こんな生活でいいのか、私。
2004年3月15日(月) 4ヶ月ぶりの貯金活動
7時起床の予定だったが、やはりというべきか起きたのは10時半。郵便局めぐりの予定が・・・。
とりあえず朝食をささっと食べたのだが、それでもなかなか行こうという気にならず、結局昼の時間になって母に昼食を頼み、そして食べる。そして眠くなってきた。このままだといつもの二の舞だ!と思い、意を決して出発。1時30分ぐらいだったか。
昨日の予定通り府中街道と246経由で進む。梶ヶ谷のBOOKOFFでは一冊ほど気になったものがあったが、これから長いので今日はキャンセル。旧笹の原交差点、現在の梶ヶ谷の交差点を抜けるのは相変わらず面倒だが、抜けてしまえば後はどうということもない。道路を下れば武蔵野貨物線の路盤が目の前だ。
ここを野川のほうへ抜ける。街路樹に囲まれた比較的広い道路を経由し、小杉行きのバスの停泊している姿をとらえた後は野川第一公園から有馬の方へと下る。有馬へと向かう道路は途中からしっかりと二車線あるのが頼もしいが、歩道もない狭い道でカーブ・勾配共にきついのでバスの運行はそれなりにリスクを伴いそうだ。というわけで現状はバスの運行はない。
坂を下って東へ向かう。間もなく打越の交差点の手前に着く。ここから北山田へと向かうわけだが、市境でくっきりと街が分断されている。道路の規格・街の作り、全てが違うということを見ることができる。実際港北ニュータウンができるまでは眼前に森林が控えるだけだったことが予想されるわけで、ここ10年程度でそこまで変わるものだろうかと。
市境で往復4車線になった道路を登り始める。坂道にはトラックの不法駐輪が目立つ。そして頂点にあるのが横浜国際プール。立派な建物だが、競技がない日ではあまりにも寂しい。人すらほとんど行き交わないこの辺りでは。
坂を下り始めると、左手には古い丘陵地の保全地域が綱島方向の住宅地を含めて姿を現す。そして次第に飲食店やコンビニを中心に増え始める。そうなると北山田交差点はすぐそこにある。交差する道路は60km制限の高規格道路だ。
商店と車・そしてそれなりに人も行き交う北山田交差点から郵便局の探索を開始する。しかしこれが難航を極めることになる。実際の場所は漠然としか覚えておらず、交差点のどちら側にあったかですら記憶がない。
結局直感に頼りつつ。すると開発予定地っぽい商店が展開されている場所が目に入った。奥へ入っていくと、その奥には大規模マンションの建設が進んでいるが、その手前に静かに佇んでいたのが件の郵便局、今日開局の横浜北山田郵便局。4階建てのマンションの1階に位置していた。お祭り騒ぎになっていなかったことにホッとしつつ、4ヶ月ぶりの貯金。しかしまだなれていないようで、3人で回しても順番が回ってくるのに3人で10分もかかった。今後の健闘を祈ります。そしてボールペンありがとう。
次に目指す場所はほぼ確定していて、整然とした住宅街を経て突然ローカルな風景と共に中原街道へ出る。ローカルな狭い道路であるこんな道路にバスが走るわけで、いやはや。
早渕川から横浜生田線に入り、しばらくすると横浜勝田郵便局。旧街道沿いだけあり、やはり古いつくりだ。しかしここから南へまっすぐ行くと、あっという間に仲町台の新興住宅街に変貌する。そして巨大マンション群へと変貌を遂げていく。やはり港北ニュータウンもまた、車と人の歩く場所の段差が違っていて、空中歩道で道路を渡ることが可能になっている。
あまりうまくいかず、結局往復4車線という高規格になっている中原街道に出た。そしてそれと交差する道路がニュータウン造成時に作られたもう一つの幹線道路、往復6車線というボリュームながら、かなりの交通量を誇る。実質的に規格の低い12号のバイパスだが、もはやそんなことを考えても意味がないほどに交通量は桁が違ってしまっている。
まずは横浜桜並木郵便局を探す。その過程で失われた多摩丘陵の畑が広大に広がる風景を目撃した。これこそが一つの元の姿だったのだろう。しかし一列ずつ開発の魔の手は伸びていて、時間の問題だろう。
到着した郵便局はまだ新しかった。ティッシュに感謝。そして仲町台駅のほうへ再び向かう。駅前の整備状況といい申し分ないし、商店の数も十分だろう。しかし人はやはり少なく、バスの本数もとてもじゃないが便利といえる本数ではない。これ以上の拡大は仲町台付近では望めないわけで、将来が不安になるな。
商店街の末端に郵便局は存在。仲町台駅前郵便局。相変わらずよく空いている。
港北ニュータウンの東を縦に貫く幹線道路を抜ける。後は適当に走って新羽の方へ、と考えていたのだが、どうも分からなくなって地図を開く。・・・・・・全然方向が狂い始めていた。やはりくねっている古い道路は侮れない。
交通量が増えて歩道が狭隘になってしばらく、ようやく新田郵便局に到着。これで今日は打ち止め。
帰るルートはやはりというか矢作川あたりから小杉・溝の口経由だろうと思っていた。が、とんでもない勘違いをやらかすことになる。
まずサイクリングロードを見た時点で矢作川と勘違いしている時点で終わっている。もちろん、川の名前などいちいち覚えているわけもなく、早渕川という標識を見てもそのまま突っ走っていた。しかし間もなく気がつく。これってあざみ野に向かっているな、と。
それはそれでもうどうしようもないと思ったので、そのまま港北ニュータウンを適当に見ながら帰ることにした。それにしても、道路の両側が丘陵地帯で、マンションがじゃんじゃん立っているのには驚く。鉄道も通ってないというのに。
サイクリングロードはいつしか一般道に姿を変えたが、しばらくは並行して走る。案外さかのぼるのも大変だと思いつつ、割合あっさりとセンター南の近くまで来た。
ここからは階段になるので歩きでデパートへアクセス。新田郵便局のあたりからトイレが・・・・・・、という状態だったのでありがたい。が、最下層から3つも上らなくてはいけないので、こうした丘陵地域のニュータウンの移動の面倒さを改めて思い知らされる。
バスターミナルは広さの割にあまりに寂しい人の数と便数。一方で4号線は横浜環状鉄道という名前をあくまで前面に押し出して建設中。ただ、川に橋はかかっていないし、駅も建設中。さて、どれぐらい進んだのやら。まだまだのように見えるが。
東急でトイレを済ませ、後は戻るわけだが、相変わらず人は多くない。広いことを差し引いても調布よりも少ないわけで、先が思い知らされるな。もちろん中央線の拠点駅のどの駅よりも少ないだろう。
超ロングなエスカレーターで下って再出発。あざみ野を目指す。しかし、ボケていた。江田の方に出てしまったのだ。この一駅の差が高低差にして40M程度のアップダウンを要するため、致命的。246が平面として、その西斜面に谷が二つあるというようなイメージなのだ。
山越えをした後、ついでなのであざみ野のTSUTAYAに行ってみる。しかしこれほどとは想像外だった。品揃えがいいのだ。特にアニメのサントラ系。いや、ドラマ・アニメ・ゲームのサントラの数はここあたりの地域の店舗を圧する。広さは小田急高架下の狛江レベル、といえば狛江の人には分かるだろう(全然ヒントになっていないがかなり広い)。
せっかくなので4枚のサントラを50円の割引だけでレンタル。1000円也。たまにはこういうこともいいだろう。今週金曜からは半額クーポンあり。あと、第2・4火曜日は半額。メモメモ(頭に)。
さて、もう5時を大きく回ってかなり暗く、早く帰りたいところだ。こちらから戻るのは初めてだが、勾配は大変ではなく、あっさりと稗原の交差点に到達。鷲ヶ峰営業所行きのバスを見つつ、先行。それにしてもここの交差点の信号形態あまりよくないと思う。先行時差式はちょっと危険だ。本当に危ないと思うな。
生田駅へ向かって下るのだが、途中で横道に入っていく車が多い。つまり長さは浄水場の方に出て立体交差部分から抜けようと考える人が多いということだろう。それはそれでかなり凄い道を通ることになるのだが、それでも回避するのはよほど酷いということなのだろう。
6時ごろ戻った。夕食ののり巻きがおいしい。
サントラ、さすが目をつけていたものだけあって、レベルが高い。じっくり聞かせてもらおう。というか聞きまくっています。うぉー、しっごい(なんじゃそりゃ)。
のんびりとしていたためか、意識が別の所に行っていたためか、アニメを2本見逃し。痛た・・・・・・。
2004年3月16日(火)
昨日午後の発表以降の報道と経緯を見ていてちょっと考えてしまう。
高橋が外れたことがあまりにもマスコミが否定的に書いていてなんだかなぁ、と。あの選考会の成績では高橋を選ぶことができないのは間違いない。それを敢えて選んだとすれば、最初から高橋に内定を決定しておく方がよっぽど他の選手に対して失礼がないだろう(少なくとも東京国際のイメージは悪いことこそあれ、良いところは全くない)。それに実績ではなく選考会の基準で選んだという発言も苦し紛れに見えるが、そうではないような気がする。そもそも高橋の実績は日本陸上初の金メダルなど、非常に高いもの。6連続優勝などの実績もある。しかし、ここ1年半ぐらいは結果を出していない。そして他の選手の実績もかなり高いものがあり、それを高橋だけが実績があるように語るのはどうか。シドニーの選考のときは高橋の実績が抜けていたのは明らかだが、他の選手もそれなりの実績があることを忘れてはいないか。
そしてさらに情けなくなってくるのが、小出監督の不満たらたらの態度。ヤバイと分かっているからああして強気の態度になるのは分かるが、その姿はむしろ哀れだ。とてもシドニーの勝者の態度とは思えない。
特にあきれた一言は「高橋が弱いと判断された」。誰がそんなことを言っただろうか。はっきり言えば、一番高橋がメダルに近いということはほとんどの人には異議ないと思う。しかし他の3人が選考会で充分な実績をあげたまでだ。昔のように「選考会での記録が決定的ではなくて実績を重視せざるを得ない」というのとは明らかに違うのだ。それに今更選ばれもしないのにこういう発言をしていったい何になる。ホント、この監督から離れるのが高橋にとっては良いのではなかろうか。少なくとも正常な精神には育つまい。正常な精神ではマラソンが走れないのだとしたら別だけれども。
そしてさらに問題なのが、高橋が選ばれなかったことをさぞ残念残念と書き立てて同情を誘うマスコミ。一体何を狙っているのか、何を伝えようとしているのか、動機が不純でますます理解できない。高橋のストーリーを悲劇のヒロインにして何が楽しい(楽しいのかもしれないが)。高橋が一番迷惑だろう。選ばれた3人も責任重大で、メダルが取れなかったら散々こき下ろされるだろうことが予想される。やれ「高橋を選ばなかったからだ」などと。
選考の結果は極めて妥当なものだ。何で選ばれなかったのだと怒るようなファンもまた、あんたらはスポーツを純粋に楽しんでいるのか、と。アイドルを追っかけるような気持ちでスポーツを見ているようにすら見える。そういうのって、なんか違うように見える。昔からそういう傾向が日本人にはあるわけだけど、本当に悪い癖だ・・・。
高橋が選ばれなかったことによりメダルの可能性は確かに下がると私は予想する。しかし、陸連が定めたルールを無視してまで選ばれるというのは、それこそ選考会で選ばれるに値する成績を残した選手にあまりにも失礼だ。なぜそのことが理解できない・・・・・・。
選考方法への不満としたら、私は少なくとも世界選手権でメダル且つ日本人一位ならば無条件で五輪確定、というのがいつも疑問符を持っている。世界選手権だけ優遇しても面白くない。総合的観点から選ぶべき事は明らかだというのに。そして度々言われる一発勝負もやはり面白くなさ過ぎる。マラソンの種目としての特性を考えるならば。そしてこうした混乱を予想できたのならば、高橋を最初から内定しておけば全く問題なかったのでは。
そしてこのレベルの低い報道、どうにかならんのか。
この日は家にいなければならない必要性があり、サントラを聞いて過ごした。あまりにも内容が良いのでサントラの内容の紹介。こうしてCDで聞く場合には千住明のようなセルフカバーを繰り返すようなアーティストの曲なぞはぜんぜん面白くないが(かなり深刻な域に彼は達していると思う)、佐橋俊彦氏の曲はCDごとに全く異なるものであり、サントラファンとしては特に楽しめる。ガンダムSeedサントラの手の抜き方がまた私にはたまらない感じ。多分波長が合わない作品にはいい曲を書けない、とみた(また勝手な憶測を・・・)。ハンターのサントラはかなり優秀なので、今後入手しようと目論んでいるガンスリ(見ている感じではかなりいい曲を使っていた)もそれなりに期待しておこう。
ただ、肝心の一曲が入っていないのが気になるな・・・。
では紹介。
ハンター×ハンター OVA オリジナルサウンドトラック MJCG-80096 全19曲
1. PALE ALE
黒沢健一、L⇔Rの元ヴォーカリストの作品。ハードロック調の中にも高いセンスを感じさせるが、一度ファンが離れるとこうまで売れなくなるものか、と少し寂しくもある。張り詰めた雰囲気の続くストーリー展開に良くマッチしたオープニングテーマ。
2. hard-iced
このOVAのメインテーマ?か。11,14,17はこの曲の改変。寂しさを感じさせるとともに美しい旋律を持つが、改変曲を入れすぎるのは個人的に賛成できない。
3. 眠らない街
私的には一番お気に入りの一曲。15はこの曲の改変。電子音をマッチさせるのもうまいのだな、と佐橋氏の才能を改めて実感する。アニメ内で利用されたのは主人公側の旅団追跡時の一場面のみ。惜しい。
4. 張り詰めた静寂
落ち着いたときに使われていたテーマ。パクノダの回想時に用いられた。
5. Chase the beat
旅団側の緋の目追跡時に用いられたテーマ。かなりハイテンションな一曲だが、嫌味を感じない。佐橋氏の曲は汎用性が高いようにできているのかもしれない。
6. Mission Game
旅団の緋の目追跡、ゴンとクラピカの旅団への尾行、そしてゴン・キルアと旅団の対決時に用いられた。ハードロック的な一曲。
7. 月の子供たち
アニメの中では6時で終わるラジオのエンディングテーマ(リクエストだが)として。このテーマの終了と共に停電、そして・・・という形になるのだが、曲のマッチ具合があまりに凄い。普通にラジオ番組に使われていても全く違和感がないだろう。とても曲らしい一曲。
8. 対峙
静かなテーマ。このOVAを象徴する感じのこうしたくらいテーマが全般を占めるが、とても温かい。そう感じてしまう。
9. にがい心
クラピカとパクノダの対話が終了した時に用いられている。落ち着いた一曲だが、やはり出番がここだけ。
10. 迷宮の窓
旅団側での会議や時間がゆったりと流れている時などに用いられていたような。やっぱり出番が基本的にほとんどない。
面倒になったので以下略。
このOVA、あまりにも音楽を消費しすぎだ。たった計160分にこんないいサントラをつぎ込むなんて・・・。そしてどの曲もほとんど一度しか使っていない。贅沢にもほどがあるが、こうしてサントラを聞くとその凄さを実感させられる。一方で音楽に金をかけない作品はどうも好きになれない気がする。
私の性格として多分に音響レベルの高さというものがマッチしているかいないかというのは大きく作品の評価に影響を与えるし、サウンドそのものが良いだけで見続ける場合すらあるので、他人に比べてサントラへの思いが強いのかもしれない。
突然話が変わるが。
とかくクライアント系のWindowsを使うとリソースが気になるので常駐プログラムを減らすことがスピードアップにつながる。
というわけでmsconfigをやってチェックを外すわけだが、とりあえずメモ。後こういう情報は企業が出していると信頼度が上がるのでそういうところも紹介。例えばIBMへどうぞ。
internat:IME
ScanRegistry:起動時にレジストリのバックアップ
TaskMonitor:プログラムの実行を監視して、頻度の高い物などを記録
PCHealth:システムの復元
SystemTray:タスクトレイ
Sis Tray:ビデオカード?
Sis Khooker:ビデオカード?
Mouse Suite 98 Daemon:マウス機能(スクロールなど)
AEZBProc:ラピッドキーボード
LoadPowerProfile:省電力設定
ZIBMACC:メーカー側の管理情報
Scheduling Agent:タスクのスケジュール管理
StateMgr:システムの復元
SSDPSRV: UPnP機能
Microsoft Office StartUp:
なるほどね。メーカー側の管理情報が常駐しているという事は、こういう風にしてメーカーはインストール情報などを収集できるということの裏返しなのかもしれない。こうやって入れておけば、不法行為とは一発ばれ、ということにはならないと思うけど、あまりいい気分ではない。
調べ物をしていたら3時。寝ないと。
2004年3月17日(水)
GoogleDanceとPageRank更新。検索結果はある程度復活した模様。かなり大きな入れ替えが起きている事は確認できた。各検索エンジンでの新着効果がなくなったので、見事に静かな私のサイト、のんびりと行くか。
卒業旅行も行ってないなぁ、と思うこの頃。今日は新4年生との顔合わせと配置換えがあるので行かざるを得ないことになっている。
凄い風なのでバスを合えて選択する。結局バスカードをもっと早くからかっていれば安く済んでいたのにな、と思いつつ、始めてバスカードを購入。使うのも初めてで、電車にどっぷり漬かった生活なのだということを改めて思い知らされる。
学校到着後は顔合わせと配置換え。相変わらずパソコンが動かないのが面倒で、いいかげんFAT32でもなんでもいいからインストール、あとその前にBIOSの初期化をやってから、というので良い感じがしてきた。本当にこれ以上はやってられない。どうせ初期不良はもはやどうしようもないわけだし。
そして飲み会。今日はおそらくD5さんやTommyさんと顔をあわせるのも最後、というのがちょっと寂しい。頼れる先輩方が去るというのはつらいものがあるな。そのくせして頼れないドクターは相変わらず残り続ける。とっても複雑。私たちでこの研究室をどうしろと。それにしても、新入生は北海道と沖縄と長野、ですか。こりゃ凄いかも。
2時間半ぐらいで切り上げて2次会。これをキャンセルして帰る。
そして寝る時間はアニメを見たことも重なり、遅くなって4時ぐらい。だめだこりゃ。
2004年3月18日(木)
雨が降っては戦はできぬ?それは違うが出かける気力なし。
相変わらずの自作パソコン展望。TVキャプチャーを一つの目的とする中では、安定性のほうに心が傾きつつある。ひとまず現在の状況を整理をしておく。
CPU
Pentium4:動画処理などの重い処理に威力を発揮。基本的に消費電力は多く、Prescottに至ってはマザボが焼ききれるという話も。Hyper-ThreadingやDualChannelといったサービスをはじめ、多くの技術をサポート。Windowsでの安定性には定評あり。
Celeron:インターネットやOfficeでの処理に関してのコストパフォーマンスに優れる。重い処理には全く向かない。
Athlon64:発熱が少なく速度も速い、という現時点での最強CPU。64ビットでなくとも充分な性能を発揮する。しかし現時点でのSocket754に将来性がないことと相性への不安が若干残る。
AthlonXP:コストパフォーマンスに最も優れたCPU。浮動小数点計算やゲームなどの処理に力を発揮するが、新技術との相性が悪いことや取り付けの面倒さを考えると、初心者には扱いづらい。
こんな感じでしか評価はできないが、インテルの場合はマザーボードでの安心感が違う。Windowsを使うのは当然の選択。電源はAntecのTrueシリーズが安心できそう。後はケースだが、この選択が難しい。メモリはSanmaxのHynix製(基盤が重要らしい)、マザボはグラフィックカードの相性の懸念もあり、Intel865Gチップセットで決まりか。将来的にはMatroxだろうが、今は見送るということで。
一番難しいマザーボードと電源の目処がついてきたので(ケースはいまだに確定できていない)、後は値下がりを待つのみだ。メモリとHDDが高いので、とりあえず需要期である3月を外すのは必然。4月か5月に導入予定。
と言いながら買わないかも(ナニソレ)。Celeron766で困る作業は.net開発環境(立ち上げの時間がかかる)とTVキャプチャー(不安定)、デジカメ画像表示ぐらいである事は自明。あとはUSB2.0が対応さえしてくれていれば、そんな高機能なパソコンはどう考えても必要がない。後は静かでありさえすれば。そう考えると、予算をつぎ込んで良いのか、改めて考えてしまう。
とりあえず値下がりを待つことにする、か。
フリーセルは今のところ6番まではとりあえず無傷で連勝中。どこまで続くかな。
2004年3月19日(金)
徹夜した。そうでもしないと生活リズムを取り戻せないのではないかと思ったから。
度々意識を失いつつ、ネットの巡回や食事や新聞購読など。
13時過ぎ、学校へ。相変わらず言うことを聞かないPCのお守りをしに行かねばなるまい。借りていたビデオを返してから学校へと。
とりあえず卒業証書を貰う手続きがあるということを忘れていて、来週の月曜日あたりに提出しないと。
研究室に入り、今日も格闘を開始する。とりあえずBIOSを初期化。そして設定しなおすわけだが、FDを認識してくれないという厄介な問題が発生。しかしこれは単にくっついていないだけだったというのにはかなり拍子抜け。移動の際に外れたか。
初期化をして今回もOSインストールをして、そして何もしないで即座に落としてみる。起動こそしたものの、やはり早くもレジストリ破損の警告。そして次にはC0000218 Hard Unknown Error勃発。レジストリ破損が理由だろうから再インストール不可避。
次は切り札であるFAT32を用いたインストールを開始。しかし・・・・・・全く効果なし。OSインストールをした後即座に落とすとあっさりと御臨終。どうしようもないですな。
というわけで、あきらめの境地で前のHard Discを用いる。20GBで致命的なまでに遅く、CPUやメモリやグラボがいくら速くてもどうしようもないのだということを思い知らされる。とりあえずそのディスクの方からは起動や管理情報の変更をしても死なないことを確認したので、あきらめの境地でこちらをメインで使ってデータ退避用にSerialATAを用いるかと考えた。しかしこの遅さは我慢ができない。家のマシン並、下手したらそれ以下だ。
ひとまず古いディスクの方から新しいハードディスクにフォーマットをかけ、2台のハードディスクを入れ替え可能な状態にしてインストールを開始。おそらく最後の実験。これがダメならば、販売店との交渉か自腹覚悟だ。
しかし、これは恐ろしいほどに順調に推移する。2台のハードディスクを使ってRAID管理を行なっているということなのか良く分からないのだが、とりあえず管理領域をいじっても問題なく動く。いろいろとやって問題がなかったので、OSのUpdateも開始。やはり順調な状態が続く。というわけで今日は7時で終了。おそらく今までで最も安定していることから、2台(片方が普通のATA)を用いて管理する方法ならばSerialATAでも安定に向かう可能性が高いと見た。ただ、実例はいまだに一つであり、今後まだ壊れる可能性を否定できないので断言はできない。それにしてもこんなに自作が難しいものとは(脅すな)。
気になってきたのはHDDの発熱が異常なまでになっている。50度はいっていそうな熱さだ。この調子だとHDD用のヒートシンクを用意するか、キャッシュナシのHDDを用いることが必要になるかもしれない。というか、そのほうがこういうトラブルを避けられるから、いいような気がしてきた。HDDの熱さは寿命に関わるだけに、結構深刻だろう。
帰りは多摩川河川敷に最初から出たのだが、風が逆風というアクシデント。運が悪すぎ。それもかなり風が強い。
徹夜はそれなりに体力を消耗したよう。12時前に寝たのは久しぶり。
2004年3月20日(土)
冬のような寒さに逆戻り。そして雨が冷たい。出かける理由ができないだろう、これでは。
家にいるとどうしても怠けてしまうようで、さらにアニメも見逃して今週まともに見たアニメは1本だけだったということになってしまった。結局やりたいことというものは忙しいから出てくるのだということを改めて思い知らされる。
この日もどうということもなく過ぎ去っていく。情けない。