郵貯日記(2004年2月下旬)


2004年2月21日(土)
 突然追われていることがなくなると、やりたかったことも一瞬にしてなくなってしまう。
 結局忙しい時に思ったやりたいことって、そんなものなのだろうか、と。忙しい時は逃げの姿勢で他の事をいろいろと考えるものだし。
 そう考えると、適度な忙しさがやはり実はいい状態なのかな、と。尤も、時には休息が欲しいと思いますし、卒研の忙しさはさすがに勘弁して欲しい・・・。
 ただ、全てに満たされた生活というか、制約がなくなってしまうと、人間は完全にだめになってしまうということだけは多分確かでしょう。全ての欲しいものを自由に手に入れることができ、時間も無限にあったとすれば、人間がだめになってしまう事は確実です。
 大体は何らかの制限がかかって生きているわけですが、今の日本人はかなり満たされている。だからだめになっているのだろうと。だからと言って元の生活に戻るわけには行かないですが、自らある程度制約を科していかないとやはりだめなのではないかという気がします。
 私もテレビゲームというものを自らに禁じています。他にも奔放にやっていくことに対して、ある程度心に制約をかけています。こんなことをしてていいのだろうか、という思いがそれをつなぎとめるわけですが、それでもパソコンに向かう時間が無益ではないのかといわれると、正にそのとおりになる気がする。長い時間をとることに対しては億劫でも、短時間ならばいいと思ってしまい、その積み重ね。情けない限り。
 これからの休み、ある程度心に制約を変えていくことが必要になる気がします。

 突然個人的な話。
 今のパソコンを買ってもう3年になる。Celeron766MHz、HDD60GB、CD-RWドライブ対応、メモリは64MBだったものを増設して256MB。OSにOfficeにその他ソフトウェアがいろいろ。今でもバリバリの現役であり、そして不自由はしていない。この速い技術向上の流れの中で、十分に耐える仕様を備えている。不満を持った事は全くない。OSと騒音(結構深刻)以外は。
 しかし、そのパソコンの買い替えへの欲望が強まり始めている。それは学校で新パソコンが到着していて、あとは組み立てるだけという状況になっているからだ。学校で使用するであろうPCのスペックは家で利用するものと比べ、もはや落差として壮絶なレベルとなるだろう。
 そこで買い換えようと考えた時に、値段がネックになる。Pen4かBartonレベルで揃え、静音に耐える形で揃えていくとなると、自作でも6万円近くまで行ってしまう。この負担はそう簡単には承服できない。
 そんなわけで、いろいろと考えて知識を付けてからやろうと考えている。そうした中でいろいろと回っていくと、本当にネットというものが便利なものだな、と。特に個人のページにおける情報量の高さは、その手間のことを考えるとたいしたものだ。
 時間がかかってくるものを個人ページは平然とこなしていく。それが果たしてどれだけの人たちのどれだけの時間を奪っていくのだろうか。そして将来的にこれらの情報はどのような形で生かされていくのか。
 そして私のページは、今後何かの役に立っていくことがあるのだろうか。多分細かな情報に関しては役に立つこともあるのだろう。しかし、他人の役に立つ事は多分ないような気がする。日記サイトいう形になってしまった以上、もはや今後の発展は望めない。おまけに質の低下は近年さらに進展中ではないかという気がしてくる。日記以外のコンテンツを生み出せていないからだ。
 日記サイトからの脱却というものは随分昔から検討していた。むしろ、開設当初は、更新のための日記サイトを設けたのに過ぎなかったはずなのに。
 少し前のテンパっているときはいろいろと考えたもの。しかし、こうして時間が自由になってしまった途端にそんな事はどうでもよくなってしまう。人間というのはなぜこうなのだろう。人間、忙しい時の方がいろいろとやってみたくなることがあり、そして実際に多くのものを生産していくという不思議。
 改めて感じている。なぜあの時の心で、多くの生産活動ができないのだろうか、と。

 この日はバラと柿の剪定。ま、樹勢の強い枝を残すことと、人間様にとって邪魔な枝を切るという単純作業でありながら、極めて植物に対する知識を要求される作業。そう、ここ当たりは勘と慣れの作業ともいえるべきものかもしれない。
 さらになんとなくPCに関連する知識を蓄えてみたり。
 ただ、段々体の調子が悪くなってきた。これを改善しようと、プログラムの知識を蓄える作業に入ったらピタリとやんだ。・・・昔から思うのだが、脳がしたいことと体が求めることがどうも一致していないような・・・。特にテレビゲームなんか、吐き気を感じつつやっていたっけ(それでもやめられないところが麻薬的な匂いを感じ取るわけですが)。これは体が動くという方が正しいのでしょうか。


2004年2月22日(日)
 ようやくGoogleでの順位が戻ってきたようにも感じられるが、巡回というものがされていないと感じられる。1ヶ月以上前に削除したページが結果に表示されるようではね・・・。どうも良く分からないな、Google。でも、卒研が終わってどうでもよくなってきた。
 とりあえず学校へ。パソコンの組み立て。強風と雨の予報より、母からバスで行けとのお達し。ま、確かにこういう日はバスの方が楽だ(いや、バスの方が楽だけどお金と時間制限がつらい)。
 とりあえず面倒なPC解体作業から。それなりのスペックを積んでいるとは思っているのだが、致命的なのが128MBしかないメモリ。あと、HDDも相当低速回転だっただろうな、20GBじゃ。ま、後輩にはまだ使えるものが多いので、流用させるのがベストか。
 とりあえず電源を取り付け、そしてCPUの取り付け。しかし・・・、Athlon取り付け凄く大変。何だこりゃ。全然はまらんぞ、ファンが。
 悪戦苦闘2時間近く、塗ってあるグリースがはがれ、その他もろもろ作業を続け、そして成功。成功してみれば、こうやるのか・・・と納得だが、最初にやる人にはたまらなく面倒というか信じられない作業だろう。結局はドライバーの微調節で簡単に入るわけだが、ここあたりサイト上に載せておくべきだと思うな・・・。個人のページじゃさすがに完全に信じて作業できないもん・・・。
 これで大いに疲弊したが、とりあえずその他の組み立てはそれほど大変ではなかったので、とりあえずBIOS画面を表示させることには成功。あとはOSのインストールだけ。ここまでなんと6時間程度。・・・・・・。あとは他の人の状況などを見たりして。
 その間に修士の方々も来場。何かといろいろと後始末ということもあるのだろうが、それにしても本当にご苦労様でした。私もこのような凄い方々に劣らぬ研究ができるようにがんばっていきたい。今年の修士2年はそれはそれはとてつもない功績を3人とも残したのだ。黄金の・・・といって過言ではないほどの。
 ま、とりあえず9時に離脱したわけだが、外は既に雨。おまけに強風。最悪だ。そして電車に乗って京王稲田堤到着、までは良かったが。城下のバス停、次のバスまで30分以上・・・。Oh, My God!!!
 というわけで待合室で本を読んで時間つぶし。それにしても凄い風と雨だな。
 帰りのバスはいつものごとくガラガラ。そしてあっという間にびしゃびしゃ・・・・・・。はぁ。
 帰ってからは特になし。自作作業で手先が痛い。


2004年2月23日(月)
 この日は学校に行く事はなんとなくやめておく。
 その代わり、貪欲にアニメを見たり、プログラムの資料を作ったり、ピアノを弾いてみたり。こういう自由な時間を過ごせるというのはいいもの。後は旅行をどう入れるかだけど、家族の白い目が・・・(笑)。
 できれば一泊のをいくつか入れておきたい。あと、久々に3連休パスを使ってみたいんだけど。でもわざわざ土休日使うこともないか。あと、大阪方面かな。緑が少ないので、あまり観光に適したシーズンじゃないことはわかっているし。
 とりあえず地元でいけるところをちょこちょこといってみるか。お台場とかも面白そうだ。
 それにしてもピアノを久々に弾いたけど、やはり今になって分かってきたことが一つ。
 指の使い方こそが最大の奥義なのだな、ということだろうか。
 単に指使いとかそういうことを言ってるんじゃなくて、指の打ち方。卵とかもよく言われているけど、さらに言ってしまえば、指先のどこで打つか。ま、爪が鍵盤と90度の角度で打つというのは常々言われてきたわけだけど、速く弾くためにはこれが全てであると断言しても過言ではない。つまり速く弾くにはそれ相応の手の型でないと無理だということだ。もちろん、それを正確に速くしっかりと打てるためには相応の筋肉が必要で、こればかりはどうしようもない。この筋肉を使うのが面倒で、結局現役時代はちゃんと忠告に従っていなかったんだよなぁ。本当にダメな生徒だったと思う。
 口を酸っぱく言っても、こういったのって本当になかなか身につくものじゃないのかもしれない。やっぱり自分で意欲をつける事は必要だな、と今更ながら思い知らされる。
 パソコンに関しては、とりあえず戯言通信のローカル保存計画を開始。人のサイトを保存するって、面倒臭い・・・。でも、これだけは保存しておかなければという気持ちになる。


2004年2月24日(火)
 起きたのは8時だったのだが、無理に寝たのが悪かった。起床は10時半。
 適当にテレビを見たりパソコンに向かったり新聞を見たりしているだけで、あっという間に時間が過ぎ去っていく。
 4時前、母との打ち合わせのため新宿へ向かう。4時5分の急行に乗り込むわけだが、相変わらずの乗車率だ。120%といったところだろうか。いつもながら小田急に乗るときのバリアの高さというものを感じさせてくれる。立体化は成城駅の完成が近いこともあり、間もなく終わるだろう。後は下北付近だろうが、ここは本当にできるのかどうかという気すらしてくる。と言っても、事業化の時期として考えると、調布とほぼ同じ。地下化のタイミングといい、類似例になりそうな。今日は20分で到着とかなり優秀。
 記憶の中ではほとんど変わっていない新宿駅を抜け、小田急百貨店10階へ。あっさりと合流して、夕食まで時間つぶしといく。
 向かった先はビックカメ。とりあえず見れるものは全部見ていこうという感じで行くわけだが、キヤノンの新製品はまだ置かれていないようだ。上にあがってその他パソコンやらプラズマテレビやら音響関連の機器など、いろいろと回った。所詮は見ているだけなのだが、ネットでは見ることができないいろいろなものを観察できることがなかなか楽しい。特にPCケースなどはかなり参考になった。よく考えるとビックカメでポイントを使いながら買っていくというのは一つの手だな・・・。ま、一応の選択肢に入れておこう。あと、立派なカセットデッキ、まだあったんだね。結構嬉しくなってしまった。やっぱり壊れそうもなくていいわ。やっぱ買わないけど。
 結局この日買ったのはそんなものとは縁もゆかりもないもの。自転車のライト。外付けのものだが、これがないとライトのない自転車では夜のことを考えると自由に動けないわけで。
 次に高島屋へ向かう。外はいい感じの暗さ。モザイク通りを通って南口へ向かう。南口は案の定だが凄い人の出。こればかりは歩く流れを横断するのが難しい。
 サザンテラスを通って東急ハンズ。ここで水道管ゲームやその他いろいろな面白そうなゲームの数々に心を躍らせる。東急ハンズにある製品って、ありきたりじゃないところが本当に購買欲をそそられる。今日はとりあえずやめておくが、またの機会に行くことに。ここは本当にオリジナル製品の山だな。代わりにかなり高いけど。
 この日買ったのは小さな時計。インテリアとしてなんとも気に入ったのでお土産みたいに奮発して買わせて貰った。ささやかな贅沢ということで。
 紀伊国屋へもちょっと。ま、特にはなし。
 老辺餃子館へ。この日も餃子を食べるだけだが、ここの餃子はおいしいと思う。この日は別館、窓側の席でゆっくりと。と言っても、やはり食べるのは餃子だけだったりするわけだが。適当に好きなものを頼んで、腹八分目で出る。一人1500円にいっていないとはなかなか優秀。
 さて、このまま帰るのも味気ないので都庁へ向かうことにする。相変わらず工事中の甲州街道、さてどうなることやら。
 ヨドバシのあたりの賑やかな商店を横目に、京王プラザホテルでちょっと用をたし、改めて都庁へ向かう。展望台は確かに開いており、前回はなぜ見逃したのだろうか、と。とりあえず45階(階あたりの高さは結構ありそうだ)の展望室へ一直線。55秒と意外と速くないわけだが、当時としては結構なつくりだったのだろうか。
 展望室にはピアノの弾き語りがあるおしゃれな食事処が存在していた。いい感じで、奮発して利用するのも悪くないだろう。夜景はもう見事としか言い様がないもので、カメラを55日ぶりに取り出して撮影を試みようとしたわけだが・・・。
 電池切れ・・・。よくあることとはいえ、一枚も撮れなかった。ま、ただで上がれるわけだから、そんなに落ち込まずに済んだ。サンシャインとかランドマークとかは有料でまず上がらないけど、ここはなんと言っても無料だから。
 いろいろと見たが、やはり新宿の明かりはまぶしいほど。特に駅前のハルクかと小田急のあたりは意図しているだろうとは思うけど、半端じゃない明るさになっている。あと、住友ビルはビルの中まで、さらには人の動きまで見えて、なんか面白い。
 満足して下りる。都庁の展望台は4年半ぶりだったか。もうちょっと行ってもいいような気がするけど、案外遠い都庁だったりする。
 さて、後は帰るのみ。難関となる帰宅路だが、やはり今日の混雑もひどかった。小田急の混雑はドア付近に居座ることすら許さず、つり革を持つことも運が悪ければ許されない。それが新宿を出た時点でなので、上原の時点であっさりと190%程度まで跳ね上がる。小田急だからともうあきらめてはいるわけだが、今日のノロノロ運転も相変わらず。下北沢から経堂、千歳船橋から成城まで、ほとんどノロノロ走っていた。遊園までは結局26分。15.8kmを26分、小田急ならば普通と考えるわけだが、普通に考えれば確かに遅い。よく考えたら南武線より遅いのですよ、急行のくせに。混雑も相変わらずだし。確かに小田急に乗るにはバリアは確実に存在しているわけで、沿線住民はこれが普通と思っているけど、確実に座れるぐらいまで空いたら電車に対する考え方変わるかも。
 とりあえず疲れたと思いつつ9時に家に着いた。今日の出来事をつらつら書いて、後はどうしようかと考える余裕があるのが楽しい。
 とりあえずプログラム資料を少しだけ書いておく。あと、情報処理技術者試験の勉強を始めないと。


2004年2月25日(水)
 なまけ〜。巷では大学受験の正念場だというのに。
 この日はさらに起床時刻が遅くなった。もうダメダメ生活一直線。自ら歯止めを掛けられないのがなんとも悲しくなってくるな。
 と言いながら、ダメ人生まっしぐら。だから挫折の人生歩んでいることを知りつつ、それから抜け出せない意志の弱さは一体・・・。強い意思を持つことが大事だとは思うけど、根本的に何かを変えていかないとダメという気がする。
 この日は本当にぐうたらだった。明日はもう少ししっかりと過ごしたい。
 ま、一応の収穫はネットワーク関連の知識が高まったことぐらいか。
 例えば、ping ip_addressとかtracertとか。なるほどね、こうやって発進元とか特定しているのか。なるなる。というか、後者はネットワークがどこで不通になっているのかを調べるのが本来の役割なのは明白なのだろうけど。

 それにしても、YahooBBの漏洩事件、嫌だなぁ。うちもあの安さで最初に予約をした一人です。そんでもって、顧客460万人、契約者数380万人、退会者も入ってるじゃん・・・。ってことは・・・・・・あるだろうな、うちのも。クレジットカードまでもれているとすると、かなり面倒な事態なんですが(後で入っていないこと判明しましたが、解約者が入っていることもしっかりと判明しました、合掌)。
 ますますソフトバンク、信じられない企業というイメージが強まっています。


2004年2月26日(木)
 ひとまずやりかけのパソコン組み立てなどの作業を完成させるべく学校へ向かう。
 元気も戻ってきているので楽勝で自転車で学校まで。やる作業はOSのインストールだけだったのだが、まずハードディスクが認識されないという問題があった。これはどうもS-ATAはドライバーが入っていないと認識できないという問題のせいらしい。ここあたり、Athlon用のマザーボードの良くない傾向か。しかし、このドライバーの導入の難しさというか、やってみればどうということもないのかもしれないが、いろいろとやってみて動かなくていろいろと試したり。価格.comの掲示板がなかったらしゃれになってないよ。
 それでも問題だらけのマザーボード。FSBは333のはずが166だったりして(変更できない・・・)、他にも問題たっぷりで、マザボの選択を誤ったかと。
 そうして四苦八苦してOSのインストールを終えたわけだが、ドライバーのインストール後にハードエラーが勃発。これでOSを立ち上げられなくなり、一からやり直し。なんなんですか、この自作の面倒さ。やっぱりメーカー製のを買えということですか?
 とりあえずそれで9時間ぐらい潰れてくれた。
 帰りはTSUTAYAに。ビデオを3本。ちょっと前の状況が信じられないような感じ。さてさて。いいものを選んだので十分に楽しめるか。
 帰ってきたら12時。パソコンを立ち上げる余裕なし。


2004年2月27日(金)
 起こしてもらって9時起床。一日が長く使えて結構なのだが、この日もかなり酷い一日。
 学校のPC、いまだ険しい道のり。
 とりあえず、昨日までの動かないPCのおさらい。
 S-ATAを認識しないWin2000、というわけでこれを認識させようといろいろと考えるがうまくいかず。
 価格.comなどでいろいろと見ていくとようやくやり方が判明。ドライバをフロッピーに入れ、Win2000セットアップ時にF6をおすことで導入が可能になった。
 しかし、苦難の道はこれでは終わらず。
 幾度となくバックブルー画面が現れる。この状態になるとひたすら再起動を繰り返し、二度とログイン場面までたどり着けない。再インストールをしない限り。
 というわけで、この症状に悩まされ、昨日はこれでうまく行ったはずだと思いそのまま帰宅。これまで、インストール回数2回。一回目はドライバインストール後に死亡。2回目の途中で帰宅中。
 で、今日。
 バックブルー画面登場。C0000218、Hard Unknown Errorだったかが発動。死亡(この後、死ぬ理由はこれと全く感じ)。
 しばらく何もする気が起きなかったが、結局OSの再インストールを開始。しかし、ソフトウェアを何も入れていないのに即死亡。・・・・・・・・。
 というわけで、サポートセンターに御厄介になることに。とりあえずこの使っているパソコンの状況を説明する。パーツは以下の通り。

AMD Athlon XP 2800+ BOX(AXDA2800BOX)
184Pin DDR SD-RAM PC3200-512MB 400MHz × 2
MAXTOR 6Y080M0
ASUSTeK A7V600 (Standerd)
BUFFALO CRWD-52FB
AOpen Aeolus FX5700-DV128

 で、メモリの状態が問題ない事は確認済み(一本でも同じ上、メモリチェック済み)なので、そこあたりを踏まえていろいろと話し合った結果。さすがに得るものが多い。
 上記のエラー、Win2000,XPに多いエラー番号であるということ。この場合、メモリが多いということらしいが、そうでない場合、ハードディスクやビデオカードなどが原因として考えられると。あと、HDDのチェックをやってもらいたいということ。そして参考になったのが、ドライバをインストールしてほしいということだそうな。OSをインストールした後で、ということなのだろうな。
 とりあえず、ビデオカードを変えて確認。全く問題なし。
 HDDはとりあえず後回しにして、ドライバのインストールを決行する。またも最初からクリーンインストールを行い、ドライバを導入すると、今度は問題が起こらない。よっしゃ、と思ってSP4導入、そしてビデオカードのドライバ導入、そして残りのパーティーションのフォーマット。しかし、最後のがやばかったようだ。
 バックブルー画面発動。Win2000、御臨終。
 しょうがないので、しらみつぶしに理由を当たっていくことにする。しかし、それ以前にドライバを入れずにシャットダウンをかけたため、見事に死亡。やりなおし。
 またもクリーンインストールを行い、ネットワークなどが理由ではないことを確認。そしてパーティーションを分けたのだが、やはりこれが原因で御臨終。しかし、フォーマットが成功していたので、この後の作業は楽になった。
 クリーンインストール後、慎重にやっていく。とりあえず問題なく推移していった。しかし、後ろの電源の1と0を切り替えただけで死亡してくれた(もちろん起動中ではない)。・・・・・・もうすぐ引越しなんだけど、これじゃどうしようもない。
 再びのインストール。そしてWin2000 SP4、IE6.0 SP1、と進展。残りのアップデイトをしてシャットダウン→起動、としたところで挙動が不審になった。今までの作業がなぜか無効になっている。とりあえず、Admin権限を持つユーザーを一つ加えてシャットダウンしたわけだが・・・・・・。
 ブルーバック画面発動。見事に死亡。今日6回目。冗談じゃないです。CPU、HDD、Drive、FSB、その他もろもろ速いからいいですよ。しかし、こんなにインストールさせられて、ざけんなと言いたい。

 言いたいことがある。何でCPUとメモリとHDDとVGA、頼んだものじゃないんですか。CPUは型が一つ下がっているし、メモリはノーブランドだし、HDDはS-ATAだし、VGAは純正品じゃないし。人をバカにしているんですか。それも私だけ。だいたいS-ATAじゃなきゃ、こんなに手間取ってないだろ。
 それで頼んだものは自己責任とか言われても、冗談じゃないですよ。教授に頼むまでに誰かが細工して変えてしまったであろう事は容易に想像できる(教授が変えていたとかいったらしゃれになってないが)。ふざけるな。何でこんな目に会わなきゃならんのだ。おまけに私だけケースとマウスが新しくないし(ちょっと贅沢か)。
 とりあえず、Athlonを自作で組みたくなくなりました。というか、かなりメーカー製へ心が傾いています。ま、Intelのチップセットでは問題が起こる事はまずないと思うけど、その代わり広告費まで値段に跳ね返るのが気に食わない。というわけで、購入意欲ダウン避けられず。
 マザボの選択が失敗だな。それ以前に、S-ATAになっていることを非難しておきたい。
 学校の備品じゃなかったら、A7V600は売ってるな。おそらくS-ATAとの相性だろうと。

 そんな感じで、とてつもなく面倒な作業が続いているところです。うんざりです。もうWin2000のインストール画面は見飽きました。作業も飽きました。順番もほぼ覚えました(死)。
 帰宅は11時。心地よい疲労感ではなく、徒労に終わる最悪の疲労感だ。


2004年2月28日(土)
 ラストエグザイルの鑑賞をしていて、対立項になるセリフについて考えたりしていた。

ラストエグザイル
ラヴィ・ヘッド:騎士道精神なんて、くそっくらえ!!!
大河ドラマ新撰組
近藤勇:あなたはそんな卑怯な真似をしてはいけない

 さて、どちらに共感できるか。私は武士道なんて精神を理解できるわけもない(士は所詮は特権階級であって日本の心を反映しているとは言い難い)ですから、前者になるわけです(どちらもダメという方もいるでしょうな)。
 新撰組はより侍らしくあることを目指し、その結果として厳しい規律で自らを追いやっていくというのが史実である以上、ここあたりの流れはストーリーに逆らえず、当然とすらいえます。しかし、人殺しという概念さえ入っていなかったならば、近藤勇に共感できる人はほとんどいなかったのではないかとすら、ひねくれた私には思えてしまうのでした。
 前者は相手から奇襲攻撃を受け、それでも騎士道精神に準じて正々堂々と戦って死のう、などというような相手に対して、ラヴィがこのように発言するわけです。その流れがまたいい。「あんた、おなかがすいて眠れなかった夜、ある?」「騎士道精神なんて、くそっくらえ!!!」という一連の流れは見ている人をひきつけるには十分です。
 一方後者。貧しくて腹の減った侍たちが「俺は10両が欲しい」という言葉に対して金持ち(敢えてそう言わせて頂く)である近藤勇が「卑怯な真似をしてはいけない」と言い、さらには永倉まであっさり味方につけて相手を負かしてしまう。この展開は共感が得られないです。相手のダメな所が人殺し一点でしかない。これではとてもとてもという感じです。永倉がなぜ甘い近藤に従うのかも理解し難い。
 新撰組も視聴率が下がってきていて前年の二の舞になるのかという感じですが、もう少し視線を近藤勇ら新撰組から離し、客観的歴史記述となるような展開が望ましかったと私は考えます。長州薩摩、どちらが良くて悪かったか、これが結局いざこざにつながるのだとしたら、今回の大河ドラマはもう明らかな失敗でしょう。まだ幕末のいざこざは現在にまで残っている部分があると言われていますし、こういう書き方は望ましくないです。そして近藤勇に感情移入させようとしなくてもいい。大体、これから残虐な殺人集団になるんですよ、近藤勇たちは。どうするんですか、こんな書き方をしておいて。
 もっとさばさばしていていいと思います、大河ドラマは。武田信玄が死んで終わってしまったような作り方などを見習って欲しいなと思います。感情移入は読者の側に任せておけばいい。そんな気がしています。
 簡単に言っていますが、難しいですよね、本当のところは。

 PCトラブルがあるので、今日も学校へ。鋼の録画を忘れているという致命的な問題があってちょっとへこんだが、それはそれとして今日もやはり問題発生。
 HDDチェックは問題なく、とりあえずAMDディレクトリにあるレジストリを挿入して、ドライバを入れると、とりあえず落ち着いた状態が続いている。だが、パーティーション分けしたりアップデイトで死んだりするんだろうな・・・・・・。そう考えると恐ろしく鬱だ。今まで設定した内容がすぐにパーになってしまう。これではいくら時間があっても足りないよ、ホント。
 その作業中にネットワークが死んでしまって30分。どうしようもないので帰宅。
 なんとなく稲城大橋の方に行きたくなり、遠回りして走り回ってみた。久々のサイクリングはなかなか面白かったが、夜のサイクリングはやはり慣れない。
 稲城大橋に関しては、この構造物のバブルっぽい作り方とかその他中央道との接続が新宿方面としかないという大問題など、宝の持ち腐れという感じがする。それでも歩行者は割合利用していて、こんな時間でも結構人に出くわした。川原橋とか二子橋に比べたら少ないけど、やはり都市だな、と思う。遠くには尾根幹線道路の光の羅列が美しく、なんともいい気分。
 古本屋に3軒寄ったが収穫なし、残念。
 この日もどうということもなく、時間を無駄にして。でもC言語関連でかなりいいサイトを見つけたのでよしとしておこう。


2004年2月29日(日)
 閏。
 あまりに嫌なことが多いので学校に行くのをやめておく。旅行行きたいな。どこがいいかな・・・・・・。雪景色の只見線なんか、個人的にはかなり有力だが。
 明日から青春18が使えるわけで、なんかいい使用方法を考えておかなくては。

 にしても、だんだん文章を書くのが嫌になっています。なんでしょうか。
 自分でもわからないですが、卒論でのがんばりがかなりこたえている気がしています。なのでもっと息抜きをしておいた方がいいのかもしれないです。
 さて、明日から3月だ。


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