2004年2月11日(水)
5分の3ぐらい、寝てました。
体を回復すべく、体は栄養と睡眠を欲しているようです。
あー眠い。
2004年2月12日(木)
学校へ。体調は回復しつつあるが、万全を期してバスで通学。
やはりなかなかの込みぐあいだが、明王で必ず席があくのがありがたい。結構ここで下りるんだな。乗っていると、結構下りる場所の傾向が見えてくる。
とりあえず研究生請願のために走り回る。証明写真はこういう時に限って準備中だったりして、結局パルコまで戻って5Fに行って・・・。あー疲れる。
ようやく教務課に出せたと思いきや、印を押していないことが判明し、明日に持ちこし。やはり前日のうちにある程度取り揃えて置いてよかったな。
面倒なゼミをようやく終わらせて、もうぐったり。それでもちょっとだけ卒論本体にかかり、明日の負担を少しだけ軽くしておく。
21時30分離脱。45分の急行で帰宅。そしてバスで帰宅。明日かもう少しで、自転車での復帰も可能だろうか。
相変わらず眠いの何の。
なんとなくネットを巡回していたら、Googleの検索結果の更新が始まったようで。Su-Jineが頼りになります。
で、今のところ自分のところはよく分からない。一番最後のほうの更新だと思うから。
とりあえずSERPがどうなっているかを確認して、一度宣告されたURL宣告は一生抜けないのか、サイト全体宣告が一生抜けないのか、それともキーワードを抜くだけであっさり復活するのか。
とりあえず静観と言うことで。復活したらまた仕掛けます。どうなるか調べてみたいことがたくさんありますから。
予想はある程度ついているんです。二つのキーワードがおそらく引き金でしょう。確定要素ではありませんが、これを出すだけでGoogleに対して批判的であろうとそうでなかろうと、Googleの検索対象から削除を食らう事は間違いない。ただ、発動条件はいまだに完全に確定できているわけじゃない。とはいえ、その言葉をここで書けないのがつらいところですな(笑)。別にGoogleに検索されなくていいのならそれでいいわけですが、いまだに解除条件が分かっていない状況で、この言葉を吐く事は調査のために困るわけです。というわけで、今は吐かない。
というわけで今日はおしまい。眠い・・・。
2004年2月13日(金)
なんとも今日は・・・。
いつもよりもバスに遅れがなく、ちょうど目の前で行ってしまうという所が・・・(おい)。
次のバスまで家に戻ってまた行ったわけだけど、次のバスも遅れが2分。こりゃ危ない。
とりあえず乗れてよかった。
この日も学校で卒論本体への取り掛かりとなるわけだが、さらに発表用のパワーポイント資料まで作らなくてはならないという面倒さ。特に図表など、視覚的な説明の下手糞さはこの日記の通り。私にそんなセンスがあったら、全く苦労しないよ、ホント。
通常ならば文章主体で乗り切ってしまえばいいのだが、こればかりはそうもいかない。というわけで、それに対応したプレゼン資料を作る必要が・・・。あー、嫌だ、そんなの。
大学はレジャーランドじゃないんですかぁ(またか)。
もう完全にやる気がなくなっています。人間を追い込まれすぎると、こうやってだめになるんですよ(本当か?)。
燃料切れで9時10分頃離脱。夜のバスは相変わらずガラガラ。一日全体で見たら、燃料代と運転手の人件費分、出ているか怪しいところ。市も大変だな。
帰ってきて、食事を頂き、そして寝る。
2004年2月14日(土)
常々思うのだが、面白いドラマやアニメを探す作業というのは、極めて労力の要る作業だ。
こんなことを書くのは、2月18日でアニメ、ガンスリの終了がある。あと、R.O.Dも来週から週2本体制に移行して3月に終わると思われる。
これによって、私にとって現在のテレビ観賞の楽しみの4分の3以上が失われる事は確定的であり、その失った分は他の番組がカバーしなければならない。となると、4月あたりから新たな補充枠を探す必要性が出てくる。
近年はテレビ局側での番組の紹介もネット上でなされるようになっており、絵とあらすじである程度の予想を立てることが可能となり、こうした作業は大幅に省力化されている。少なくとも、手当たり次第録画して、失望しまくって精神的にダメージを受け、探すのすらやめてしまう、という最悪の事態に至る事はなくなった。これは極めて喜ばしい事態といえる。
しかし、それでも悩みのタネは尽きない。
最初から身震いするような作品であるならば、その後見続ける事は決定し、その後の判断を迷わせることはない。
問題は、その作品がボーダーライン上にある時である。
特に、最初の部分が盛り上がらないような作品においては致命的な問題であり、さらにストーリーがつかめないと良さが分からない作品もある。こういった作品に加え、それまではそれなりに面白くても、その後がクソだった場合に、また面白くなることを期待して見続けたり・・・と。
こういったときに対処する方法は常々我ながら不器用だと思うが、適当に放っておいて面白い時だけ見損ねて地団駄を踏むか、だらだら見て時間の無駄になったというパターンがあるとか、この評価はきわめて難しい。今でもこのようなケースは後をたたない。
結局ボーダーライン上にある作品は中途半端に見続けることになる。
そうした経緯があるために、45分もの長時間に及ぶドラマはどうしても私の中では敬遠材料になる。おまけに13回放映では、せっかく面白かった作品を早々に手放すことになるため、割に合わないのが現状だ。そのため、わりあいコストパフォーマンスの高い大河ドラマに目をつけたくなる。見直すにも45分は長い。そうなると、私が好む行間が深いような作品はやはり使えないわけで、そうなると20分のアニメに分がある。
しかし今回のガンスリ(アニメ)、実は13回放映、おまけに一回20分しかない。
おまけに見始めたのは5回目から。ここまであっさりと終わられては、こちらとしても探した甲斐がない。本当に、もう少し長くやって欲しかった。思えば、放送ラインぎりぎりの描写に関連するところが多かったのかもしれない。リアルに殺人シーンを描きすぎるという問題点が・・・。それに対する苦情を回避するための13回というのならば、それもやむをえないのだが・・・。
また探すという作業が強制される4月が疎ましく感じる・・・。元々期待していないアニメを見て、そして本当に期待していない番組を見せられたときの精神的苦痛。こればかりは今になっても治らないものだ。
そう考えると、番組周期は最低でも6ヶ月にならないものだろうかと。
しかし、改めて考えると、この考えはやはり間違いであることに気がつく。
仮に6ヶ月一周期となった場合、放送局側はリスクを背負うような番組の放映を差し控えるようになるのは確実である。となると、おそらく今放送されているような癖の強い作品は確実に放送されよう計画が立てられなくなってしまうだろう。そう考えると、むしろロットが小さくなることは良い作品を生むにはいい傾向なのかもしれない。そうだよね、肥大化が良くないというのは一般に当てはまる傾向なわけだし。
しかし3ヶ月作品にアニメはなんと260分、わずか4時間20分程度の量でしかない。映画一本分程度の時間にどれだけのものをスタッフは託すのだろうか。
そこまで探すのが苦痛ならばやめろというのが普通の感想だろうけど・・・。私には震えるような作品を見たいという欲望を絶つことはできないのです。そのような作品を見るには、絶え間ない探索の作業がどうしても欠かせないのですから・・・。
この日は家での作業。学校のDuronではWordでの保存作業が猛烈に重いので(ここあたり、IntelのCeleronの方がはるかに優秀のようだ)、家での作業の方が非常に楽だ。少なくとも保存に十秒と待つ必要がない。
MS製ソフトウェアの動作にはIntelのほうが優秀なのかもしれない。メモリやHDDが理由かもしれないので、さすがに断言は避けておくか・・・。
とりあえず面倒な作業の一部を終わらせておく。
この日は結構元気が出てきたこともあり、夜更かししてしまった。いいのかな〜。
2004年2月15日(日)
とりあえず自転車で駅まで行くぐらいの体力は戻ってきた。というわけで自転車で駅まで。
学校ではしばらくはやる気が出てこなかったが、音楽を聴きながらならばそれなりにはかどり、とりあえず暫定的に完成したというところ。これだけ書ければ個人的には十分だと思う。後は・・・だあぁ。プレゼン資料いやだー。作りたくなーいぃぃ(爆)。
とりあえずアイディアの問題なんだよね。どうやって視覚的に分かりやすく見せるか。文章だけだと冗長的になるとは先輩の談だけど、確かにプレゼンだとね・・・。Web上では、如何に文章だけでうまく表現するかになるわけで(少なくとも私のところではそう)、そういうのは個人的には得意なほうなんだけど。
とりあえず、美術や図工、超苦手でしたから。なかなか作品の構想が決まらなくて、よくしかられていましたよ・・・。苦手なんですよ。誰か何とかして欲しいよ・・・。いいアイディアないですかぁ?(だから聞いてどうする)
もういやだ、こんな生活。
2004年2月16日(月)
というわけで、この日はなにがあったのやら・・・。
日記を書く気力もない状況になっていますが・・・。
2004年2月17日(火)
とりあえず卒論本体は完成し、提出も完了。
最後に残ったもの、プレゼン・・・。嫌だ。こんなことやるぐらいだったら、プログラミングの頭脳労働でこき使われて疲れるほうがよっぽどマシだ。
そもそも、視覚的に訴えるような方法で訴えるのって、私は非常に苦手です。ここの日記で大きな文字や色などに関連したタグをつけたりしないのがいい例でしょう(面倒だったり、W3Cの勧告に従っているというのも理由だったりしますが)。プレゼンとは完全に対極に行っています。一方、時間を掛けてじっくりと教えるのは得意な方です。つまり教師向きなんでしょうな。ま、職場環境を考えたら、教師になろうとはとてもじゃないけど思いませんが。
正直、こんなことでキリキリ考えるのなんて、やってられません。誰か代わりにやってくれる人、いないんでしょうか。大企業だとこういうのをやってくれるプロがいたりするんでしょうか。それとも、やっぱり自分でやった事は自分の伝えないとダメでしょうか。ダメだろうなぁ。
社会に出てから必要になりそうなことをじゃんじゃかやらされているとは思いますが、この生活が続いたら人間壊れますね。時間帯がフリーとはいえ、土日返上で要旨書いたりプレゼンまとめたり、おまけに徹夜したり・・・。これで給料はもらえず、授業料を支払うと。
20日の発表が待ち遠しい。これが終われば開放されるって・・・。
この日も午前様。体力が戻ってきたとはいえ、この時間はさすがに厳しい。
2004年2月18日(水)
猿になりたい。ウキウキ。
・・・・・・・・・・・・・・・
日記を書く余力、ありません。
2004年2月19日(木)
とりあえず今日の徹夜は決定済みだが、3限にテストがあるというところが致命的。この勉強のため、プレゼン資料の作成に時間を掛けるのはそれなりに限られてくる。このことでここ数日胃痛に悩まされ続けた。
そして、明日へ向けて運命の審判が下される。
しかし、アニメだけは見ておく。これを見ないで我慢すると、後で気になってしょうがなくなるものだ。だから見てしまうのが本当はいい方に働くのだ(全く見ないという方針ならば話は別だが)。
とりあえずR.O.Dと最終回のガンスリを見てから学校へ。10時台のバスで行く。混雑具合はそれなりだったが、何とか座れるのがありがたい。
京王ストアでちょこちょこ買ってから、調布へ。ローソンでもお茶を買って、徹夜に備えて準備は完了。
そしてテスト勉強をし、そしてテストを受け、そしてテストの結果は最後のお楽しみ。これが落ちているとそのまま、卒業できないという致命的なことにつながるわけですな。何とかなると思いたいですが。
その後、プレゼン資料作成への開始。しかし、事情はさらに悪化していく。
この後のこと、実際書く気がしない。
しかし、それは精神力との戦いだったと思う。
ののしられようと、厳しい質問に対しても、謙虚に、そしてよく考えて答えること、そして自分のものなのかわからなくなったようなプレゼン資料を自分の言葉で書き、消されてもそれに反抗することはもはや無駄。
そう、正に心を殺すことが求められ続けた。
いい人になりきること。罵られようとも叱られてもそれでも立ち続け、自ら考え続けることを要求される、そういった心。
その精神力との戦いは、明朝まで続けられた。
しかし、恨んではいけない。
厳しく接した教授や先輩もまた、徹夜の犠牲者となったのだから。
であればこそ、向かう先は発表後という、手の届きそうで全く見えない先に広がっているようにも感じられていた。
2004年2月20日(金)
発表資料完成。
45分程度だけ寝て、プレゼン発表の練習を1回だけ。もちろん、自分ひとりでの練習は2・3回、バラバラにやったわけだが・・・。
ようやく完成に至ったプレゼン資料は、果たして発表に耐えることができるのだろうか・・・。
そして、一同が集合した一つの教室。
そこには最初はいたって穏やかな空気、しかしながら次第に厳しい目が注がれ始めた。
緩やかに発表は繰り返されていく。その発表者たちのレベルの高さに、圧倒させられつつも、平生心を保ったまま発表。
そして、7分の発表と3分の質疑応答はあっけなく終わっていった。
確かにそれは終末。一つの終末だった。
確かにこの瞬間、一つの研究室全体が卒研という呪縛から完全に開放された時でもあったのだった。
そして、さっきまででは考えられなかったような、穏やかで、そして開放された空気が漂っていた。
人々の顔には笑顔がこぼれ、会話にも弾みがつき、趣味に興じたりゲームに興じたりする光景、そうしたはるか前に忘れられていた光景。
これはデジャヴじゃない。
確かにそこにある光景だった。
開放された人たちの行動は、それぞれ興味深い。
正に天に上るような心地に至るもの、そして脱力して放心状態とはいえないものの何もする気が起きないような人、ギターをかき鳴らして喜びを表す人も。
そんな中、少しずつ緊張を解き、次第に天へと向かう一人。
彼らは、なぜかピアノのある大教室に集っていた。
そこで、さっきまで発表があったとは考えられないような穏やかな空気、そしてメロディーが奏でられ始める。
あるものはその感触に懐かしさを覚え、ピアノを弾きたいと思った。が、楽譜がなくては弾ける曲もない。しかし、その指がなまることもなく。そして他にも弾けるピアノ弾きが集い、思い思いにメロディーを奏で、ギターを弾く音と共に穏やかに展開されていく。
その集いは1時間ほど続いただろうか。そして誰かの一言で解散されていった。外はすっかり日が落ちていた。
そして恒例。飲み会。
それもまた、やはりいつしかどこかにあった光景。
これによって私達の戦いは終わる。
詩みたいに書いてしまいましたが、この方針に変えるというわけでは全然ありません。
しかし、この表現は、私の中から自然に出てきたと言っても過言ではありません。
我々の研究室には、確かにこうした空気が流れ、そして展開されていったのです。
この経験は、確かに私の財産として残っていくことでしょう。