郵貯日記(2003年11月下旬)


2003年11月21日(金)
 明日は蚤か・・・。やはりウザイ。
 起床は9時。しばしネットを見て、勉強を適度にして。マイペースをあくまで貫いて昼の時間。
 昨日のメールの件であるが、腑に落ちない。正しいパスワードを入力していても、正しく認識されないのは仕方がないのだろうか。それだったら、受信できないままでいいのだろうが、パスワードが通っているはずのなのに拒否られるというのが問題。これでは不安にもなる。サーバーの混雑ならまだしも。
 結局13時すぐに復旧したようだが、問題が多すぎた。新たなフリーアドレスを確保したものの、不信感はぬぐえない。かといって、アドレスが増えると面倒だな。
 今のアドレスは捨てようか。さて、どうしたものかな。アドレスが増えると面倒だからな。
 未明・今朝の騒ぎは結局なんだったのだろう。

 3時40分ぐらいに家を出た。京王YL駅へアクセス。結構暑い感じ。どうなっているのやら。
 パルコになんとなく寄ってから学校へ。学校についたら勉強あるのみ、といってもプログラミングをしているだけ。もちろん、真剣そのものだ。Csvファイルのデータ置換えの難しさはなんともはや。単純なはずなのに、こんなに手間がかかってしまうとは。
 9時に学校を抜けた。祭りの用意で学内は賑っていた。
 ところで、12月からの京王のダイヤ改定。「改定」と書くところが憎いが、実質的な改正に近い内容のはずで少々楽しみだ。相模原線の大増発が目玉。完全に「特急→急行」が当たって利用者が増加しているので、私鉄の中でもかなり攻めのダイヤ改正になりそうだ。さてさて。
 帰宅はこれでも速いので、「早かったね」と言われた。・・・。ま、いいか。

 昨日の続き。
 時折日記を書く能力に関して自信を無くすことがあります。
 うまい日記を書く人っていうのは、絶対に人を不愉快にしないんですよね。でも、私の日記は確実に一部の人を不愉快にしているという自信がある。それって、すごく未熟だと思うのです。日記で人に見てもらうのならば、少なくとも人に不快感を与えちゃいけないんです。でも、それが私にはできない。もちろん、完全な内容は誰にもかけないでしょうが、それでも多くの相手に不快感を与えるようでは失格なんですよね。
 もちろん、日記のインデックスページで「愚痴をこぼすための日記」と宣言しているので、その趣旨には確かに合っているわけなんですが・・・。
 いいサイトを見つけるたびに自信を無くしていきます。サイトを閉鎖してしまう人の気持ちが、多少は分かる気がするというものです。まぁ、私の日記はやっぱり「愚痴をこぼす」ためのものなので、廃止になることはないでしょうが。
 読者に媚びるつもりがないわけで、その意味では紛れのない日記なのかもしれません。


2003年11月22日(土)
 起床は10時過ぎ。土曜日だから普通というのではなく、これが毎日の生活になっているというのが既にヤバイな。
 昼食はインスタントラーメンで済ます。
 3時過ぎに家を出る。京王YL駅へアクセスし、調布で下りて学校を目指す。外は完全なお祭り騒ぎか。研究室内は違うかと思ったが、案外お祭りを楽しんでいるようだった。というか、学祭にバンドで出場していたりする人もいたりして。D5さん、才能溢れる方だなぁ。みんな外にで出払って楽しんでいるようなので、私も少しだけ研究の作業をした後、出かけてみた。
 こんな店がいつもあったら昼食の調達が楽なのに、と思いつつ、少しだけいろいろと見てみた。ただ、やはり外から見つめるという兆候は変わらない気がする。元々、祭りはあまり好きなほうじゃないからだろうな。騒ぐのが嫌いだから。
 結局研究室にさっさと戻ってきた。昨日作ったプログラムの改良を試みて、完成。解析に役立ちそうだ。
 6時45分、外が寒くなり始めた頃。
 お出かけだ。「魚魚」「とっと」と呼ばれる店だ。駅からは多少離れていて、穴場的な感じがする。ここが今日の舞台となった。
 食事会的な感じで穏やかに進行していった。悪くない感じでよかったのだが、途中でうるさいのが飛び込んできた混乱が始まった。これがどうもひとつ上の先輩らしく、これで3月の時の飲み会で最悪な気分になったのか、とうなずけた。こういう人もいるんだな、と思い、ひたすら無視。文系にはこういう人間ばっかりなのだろうか。高校時代は、こういうのが多かったな。
 それにしても、少食と思われる私が一番食べていた。やっぱり、姉の会社の集団が単に大食らいな気がしてきた・・・。それとも、うちの学校はやはり少食集団なのか?
 10時ぐらいに解散。6人の内4人は調布駅へ。そのまま散会してこの日は終わっていく。

 帰ってきてアニメ。そして深夜のアニメ。
 今回もいい出来だった。しかし最近見すぎなので、一部はリストラの必要がありそうだ。


2003年11月23日(日)
 今日はみかん狩りに出かける予定だ。
 起床は9時20分。鉄腕アトムを見ながら朝食を済ませ、10時には出発の予定だったのだが、洗濯などで予定外に時間を消費した。結局準備ができたのは11時過ぎ。この時点でちょっと面白くない感じだった。
 しかし、問題はここから発生。
 車の所に行ったのだが、鍵が開かない。いや、鍵が開かないように見えただけで結局開いたわけだが、開かないのかとすら思えた。
 開いたのはいいのだが、他のドアのロックが解除できない。それならエンジンをかけるか・・・か!か!ら!な!い!!!うんともすんとも言わない。
 原因はわからなかった。結局、父を呼び出すしかないだろう、と思った。が、父もよりによってPHS持ってないし。結局家まで戻って伝えに行くことになった。
 エンジンがかからないとなると、バッテリーの可能性が大だ。しかしライトをつけっぱなしにしたわけではない。ただ、3週間もあったので、バッテリーに寿命が来ていれば、それなりに問題は発生していただろうが。そんな感じには思えなかったのだが。
 他にもチェックしたが、疑わしきところはなかった。車検して1ヶ月なので、そちらに連絡をとった。結局バッテリーが動くと、すぐに動き出す。あっけなかったが、バッテリーがゼロの状態なので、案外もろく切れてしまいそうだ。
 まずはオートバックスへ。
 府中街道の渋滞がいやらしい。
 その途中、原因が突如として判明した。室内灯が点けっぱなしだった。そりゃ、バッテリーも切れるだろう。ちゃんと理由があったのか・・・。あーあ。
 どうしようかと思ったけれど、結局交換することに。それは正解だった。
 バッテリーが切れて、エンジンがストップしてしまったのである。それも駐車場内で。道路上じゃなくてよかった。危機一髪といったところだったろう。
 結局バッテリー交換。13000円弱で済んだので、十分か。性能が落ちていなければいいけど、どちらにしろ寿命であったことには変わりがないはずだ。カーナビをつけてから寿命が縮んだだろうか。それすらも結局ミスだったため、分からなかった。
 もう12時半。私が今日のお出かけを断念すると宣言して、皆拍子抜けで帰宅。家でおにぎりなどを食べて昼食は完了した。車だと、こういうトラブルによって出発を断念しなければならないこともしばしばある。車とは、こうももろいものなのか。
 結局、皆拍子抜けで「あーあ」、か。用意があと30分ぐらい早ければ・・・。

 この日はスポーツの一日だった。
 新潟がJ1昇格。川崎の昇格ならず。海外に行く人行く人活躍できなくて、サッカー人気は完全に低調化しているんで、新潟にはがんばってもらいたいところ。それにしても、どうしてこうも日本のサッカークラブは頭が悪いのだろうか。海外のサッカークラブは外人に対する偏見が強いから、実力があっても出場させてもらえない。日本の事情とは訳が違う。なぜそれが分からないのだろうか。このまま放出を続けたら、日本のサッカーは終わる。大体中田英寿ですらまともに出場できないのに、どうやって実力アップが望めよう。
 誰だよ、海外にどんどんいけ、とか言った奴。
 海外に行かせるならば、もっと外人に偏見がないところを選ばなきゃダメだ。そんなところは、多分ない。
 その点、野球は・・・メジャーには差別意識がないからな。日本の野球の将来は分からないけど、野球の将来は間違いなく明るい。
 相撲の将来も暗い。特定力士に対するえこひいき的な風潮を何とかしない限り・・・。

 さて、寝るだけだと思っていても、眠くないです。もう2時半なのに。
 寝たのは3時半。風邪ひくぞ、お前。父も風邪引いているんだし。


2003年11月24日(月)
 10時起床。相変わらず不健康だ。
 11時前、雨なき日が続いたので生田緑地へ向かう。稲生橋からは末端部からしらみつぶしにいろいろと調査を開始。ただし私有地と思える場所は、なんとなく進入がしがたい雰囲気があってどうも気が乗らない。
 結局安立寺へ。安立寺は墓が主体の大きなお寺だ。生田緑地の部分に広大な土地をもっているようで、山を削って墓をどんどん作っているようだ。既に開発が奥まで進んでいる様子が見てとれる。
 墓周辺の散策。やはり奥の方に怪しげな道が一本。しかし、進入は困難を極めそうで、途中で断念しておく。もっと乾いている時の方がいい。
 戻って、下のほうにある墓の横の斜面を調べる。すると、あった。その道はかなりしっかりと整備されており、寒いとはいえ落ち葉を踏みながらの散策は心地よい。何度となく道は折れるが、横には遊園の街並がしっかりと見て取れる。途中階段まであり、お寺によってしっかりと管理されている様子。
 堂が最終地点になっているようで、その先にある道は荒れていた。しかし、その道を進むと、意外にもいつも見ていた看板が立ちはだかった。いつも書いてある、「戦争時代に掘った穴がたくさんあって危険」というのは境内にいれないためのうそ情報なのか?そうなのか?
 もう一本の分岐からは先に進み難いことを確認。例の柵の横をすり抜ける。元々、こちらの方が本道だったのだろうな。
 やはり途中の分かれ道を確認したが、さらにもう一本見つけたのでそちらに入る。結局元に戻る道のようだったが、ショートカットにはなるようだ。尤も、バラ苑開業に合わせて結構整備された様子も見受けられたので、もしかしたらかつてのうっそうとした雰囲気は影を薄めてしまっているのかもしれない。
 最終的に件の4分岐。一番下まで下るルートを行くと、見覚えがあったような場所に出た。ここに抜ける場所ってあった?などといっても、あったものはあったのだろう。
 生田緑地へは、ひたすらアスファルトの道を下ることになる。勾配が激しい。私有路と思われる道もあったが、散策はできそうもない。
 あっさりと下に戻ってきた。途中に昭和63年生の地図があったのだが、その地図がなんともよく分からない構造で考え込んでしまった。もしかして、今通ってきた道は新しいのだろうか。・・・確かに昔だったら、階段しか使えなかった、というのも現実には考えられる話かもしれない。
 散策終了は12時45分。自転車の場所に戻ると、ダイエーへ。この建造物の古さとユニークさは貴重なので、ぜひともがんばって欲しいところだ。
 今日の散策も結構収穫が大きかったはずだが、それでもまだ調査は半分にも至ってない。その狭さに相反して、その懐の深い裏生田緑地の調査の難しさを改めて感じていた。

 京王ID駅へ。風が向かい風で走りにくい。
 駐輪場が無料なので、定期の置場に堂々と停めてしまう。改札を抜けようと思ったところを、103系が走り去るのを目撃。まだ生きていたか。
 今日はさすがに道路(甲州街道)の混雑が緩やかだったが、調布駅入口の交差点での右折待ちが長く連なっていた。なぜかな。
 今日もいまだに続く宴。たこ焼きと餃子を買って食した。食事の後は研究室。研究に専念したいところだが、あまり集中できない。勉強だけをする。なんとなく非効率だが、やることがどうも確定してこない。勉強が足りないのだろうか。
 8時に学校を出た。帰ってきたのはさすがに早め。夜景を見に新宿というのは考えたのだが、堤駅の北口の閉鎖が嫌だったもので。YL駅だったら特に問題はなかったのだが。
 帰ってからだが、相変わらずの右顔上部の不整脈に悩まされた。目の調子も相変わらず悪い。大丈夫だろうか。これを治すにはサイクリングだろうけど、明日は一日中雨。だあぁ。
 何か墓穴を掘っている気がする。特に無駄なネットサーフィンによる時間の浪費。
 今日も寝たのは遅くなった。


2003年11月25日(火)
 9時起床。出かける気があろうとも、土砂降りではどうしようもない。
 朝食後、間もなくプログラムの勉強にかかった。しかし、ある程度のレベルに達していたということもあり、単純作業というか、なんとなくはかどらない感じがしてくる。ひとまず「iktryc's editer v1.20」が完成したわけだが、旅行記の運用はまだまだ難がありそうだ。実用化の目処は厳しい。
 あと、GUIか。そのほうになってくると、完全に別枠ということになりそうだが、こちらについては全く知識が足りない。おまけに研究に役に立つとも思えないわけで、時間を割いてまでやる必然性が乏しく、3月までは無理そうだ。
 昼食後、8mmのテープの再掃除。前回の掃除が足りなかったのか、早くも汚れが目立ち始めたので、それに対する対処だ。基本的にヘッドを除くテープの通り道の掃除を行い、30分ほどで終了。送りのときに発生音などが静かになったことなどが挙げられる。ちらつきも若干緩和されたか。
 ビデオの修理後は、その確認作業で時間がつぶれていった。その後はピアノを少し弾いてみた。今日は寒いのでピアノが冷え切っていて、指先が冷えてしまう。このため、まともに動かないのがもどかしい。いや、それは元々か。
 その後お菓子を食べているうちに雨がやんだ。既に空はかなり暗い。
 昼寝せずに夕食の時間を迎えた。お陰で、22時を過ぎたあたりで猛烈に眠くなり始めた。今日はアニメもないので、さっさと寝る方が良さそうなので、23時に風呂に入った。
 風呂を出たあと少しだけ勉強し、そして寝た。


2003年11月26日(水)
 突然気がついたのだが、ISO2022-JPつまりJISコードはかなり容量を食うようだ。EUCの5%増しぐらいだろうか。これは全体で考えると相当大きい。10MBで0.5MB・・・。やっぱり考え直すか。EUCでもShift-JISでも、HTMLならばそれほど問題ないわけだしなぁ。でも、見に来る人はまた文字化けしてうんざり、ということもあるわけで・・・。
 ここあたりのバランスは難しいようです。

 さて、起床は9時半。結構早く寝たのだが、朝起きる時間は保存されてしまっているようで、どうしようもない。あーあ。
 今日はよく晴れている。しかしプログラムの作成作業もあり、それなりに忙しい。プログラムを作成して、そして何をやるのか、ここあたりの考え方がどうも微妙・・・。
 昼食を済ませ、学校へ。よく考えたら授業があったので、ひとまず聞きに行くが、これまた聞いた意味があるのか分からん内容であった。どうせ教科書棒読みじゃ・・・(ぼそっ)。
 終わったあとはその教科書を探したのだが、ない。面倒な話になってきた。結局買うしかないのだろうか。3150円は高すぎるから、できれば買いたくないんだけど。
 研究室で、少しいろいろと考えてみた。教授とも久々に話をして、釘をさされつつも、感触は悪く無さそうだったので、方向をほぼ決定。後はどの評価軸をもってくるか。この評価時期は無限大に近いともいえる。アイディアがこれまた難しいからなぁ。ここあたりは、感性よりも知識を求められる部分だ。知識・・・(泣)。
 ひとまず、研究に必要と思われるひとつのプログラムを完成。平均を出力するプログラムだ。これは前からの勉強の貯金があったので、1時間と経たずに完成。というか、こんなクソプログラム(妥協しているので再利用が困難)を作っているようでは、今後の発展は望めないなぁ。ちゃんとオブジェクト指向を制覇しなくてはいかん。
 ぎりぎりで京王稲田堤駅の北口の時間には間に合わず。結局南口からなのだが、回り込むのに7分もかかるんだよなぁ。結構厳しいや。JRももうちょっと踏切を作るのに熱心に、ってそう言う問題なのか?
 帰ってからはアニメの連発がある。それに備えて、持ち帰ったプログラムをさくさくっと編集してアップ。なんかあっという間に一大コンテンツになりつつあるな、プログラムのページ。事実上、自分のオンラインメモなのだけれど。でもこういうのって、案外役に立つんだよね。
 話題になっていた「ヤミと帽子」の未放送問題だが、問題なく放送された。一息つく間もなく、巨人の星、Avenger、さらにはその先の深夜枠まである。その先はさすがに録画だが、水曜と土曜に集中する構造は勘弁して欲しい。
 寝たのは2時を過ぎてしまった。


2003年11月27日(木)
 起床は8時。深夜録画したアニメも気になるので、目はちゃんと覚めた方だ。どちらにしろ、今日はパルコのパーティーセールなので、起きる予定だった。
 アニメを見ながら朝食をとる。朝食を摂り終わってアニメも見終えると、後は出かけるだけだ。9時25分ぐらいに家を出ると、京王YL駅を目指す。向かい風が強くなってくるというのは、やはり冬なのだ、ということを実感させてくれる。
 調布到着。行列は想像ほどなく、並び始めて10分ほどでバッグをあっさりとゲットした。後はめぼしいものを適当に買おうと、地下食料品売り場へ。ただ、甘いもの以外の惣菜はあんまり安く売っておらず、京樽ののり巻きとポンパドールのパンを購入するにとどめておく。人の多さは相変わらず。
 7階に上がる。まだレストラン街は開業していなかった。6階は特にないので無視。5階はラオックスがちょっと安いかも。今から買うわけにも行かないので、やはり無視。4階の音楽屋も特に。
 結局そのままパルコを後にする。研究室久々の一番乗り。生協に向かったり図書館に向かったりして、周辺の整理を行って、あっという間に時間が過ぎていく。昼食もあっさりと終了。
 ところで、生協のICカードの利用ができなるという知らせが・・・。これはダメージが大きすぎる。時々入金キャンペーンがあって、これでかなりおいしい思いをしてきただけに。それだけでなく、カードを利用できなくなることによるスムーズな移動への妨げも大きくなりそうだ。何らかのサポートはあるだろうが、かなり残念な結果だ。おまけに切り替えのための手続きがいかにも面倒そうだ。
 授業へ。授業は難しい。単位取れるかな。
 その後は研究へ没頭。かなり難しいなと思う。この難しさに関しては、もはやどうしようもないかもしれない。難しいことは難しいことで、別に考えていくしかないだろう。それにしてもD5さんの作ったプログラムの受け継がなくちゃいけないとは・・・。この膨大なプログラムを理解して、そして使えるようにならないと、せっかくの財産が無駄になってしまうというわけか。なんという厳しい現実。
 多少はプログラムができるようになってきたかなと思っていたが、それも甘い甘い。D5さんの話、全然分からんのですよ。プログラムの言葉とか、それだけじゃなくて、その他の知識もろもろ。人生そのものが否定されたような気持ちになってくるほど、自分自身が情けなくなってくる。何でここまで勉強が足りていないんだろうか。これが3年間(それだけじゃないんだろうな)遊んできたという、正にその現実。直視せざるを得ないのか・・・。
 11時近くまで滞在して、帰る。久々の長丁場だったが、多くの課題をさらに抱えた感じになってしまった。大体そういうものだ。現実を見れば見るほど、問題が山積していることが見えてくる。見ようとしなければ、そんなことにすら気付くこともない。
 旅行なんてしている暇、全然無さそうだ。帰りにパルコに行く暇もやはりなかった。
 帰ってから夕食。そして帰ってからもプログラムの勉強に専念。そしてこの日も終わっていく。
 追い詰められるほど忙しいわけじゃない。精神的には4年間の中で最も楽なはず。それでも、やはり余裕はない、そして最も充実した時期を過ぎようとしている。
 理系の大学生というのは、こういう生活になるみたいです。卒論の意味は果てしなく重い・・・。


2003年11月28日(金)
 8時に一度目が覚めながら、10時に起床。勿体ない。
 起床御朝食をとり、間もなくプログラミングに取り掛かるが、どうも理解できていない所だらけみたいで、いったんパソコンを終わらせて本を読んで勉強に入った。確かに分かりやすいな、本。
 12時を過ぎたあたりで、突如としてニュースを見てみたり。

 音楽を聴くためのアンプの調子が悪い。なんとなく埃でも取ろうかと思い、外枠を外してみる。すると、中は埃がセンチに届くかという勢いで堆積していた。さすがに驚きつつ、埃を見える限り取り除く。すると・・・。
 直った(爆)。
 いや、万全ではないが何気にうまく動いている(爆)。埃取っただけで良くなるのか・・・(泣)。本当に捨てようと思った製品は、一度分解してみた方がいいのかもしれない。それだけでなく、修理に出す前に、自分で一度分解してみた方がいいのかもしれない(精密機械除く)。もちろん、保障期間が過ぎてしまっている場合だけど。PL法に引っかかって、修理に応じてもらえなくなるだろうし。
 修理後、しばしのんびり過ごす。すると母が帰ってきて、昼食。昼食をやや多めにとった。今日は小田急が遅れていたそうで、新宿まで2倍時間がかかったとか。夜帰ってきた父に言わせると、いつもの4倍(1時間40分)かかったとか(爆死)。小田急の処理の下手糞さは、JRに次ぐ気がする。それに比して、京王の場合は事故がおきたか分からない、といわれるほど処理速度が早いそうな。それはまた、ある意味では怖いかもしれないが(笑)。
 3時半に出発。京王YL駅へアクセスだ。最近は風が強いので、学校まで直接行かないようになりつつあるのか、それともパルコのセールが続いているからなのか、電車通いが続いている。
 パルコで2個シュークリームを買って、研究室へ。早速研究をスタートする。プログラムの開発スピードはさすがに速くなってきたが、らしく書けていない。オブジェクト指向。勉強が足りないな。それでも、コンストラクタとデストラクタの特性をようやく理解。やっとか。
 5時半からゼミ開始。3人で2時間。凄い密度の濃いゼミだった、相変わらず。
 そしてパソコンに戻ってくると、さすがに自動実行プログラムは終了していたのだが、望んだ結果にはならず、前と同じ結果が出るのみ。うまく書き換わっていなかったらしい。
 もう一回やり直し。そして1時間後、ようやく終わったと思ってみたら、また同じ結果が・・・。
 というわけで、いろいろと試行錯誤したところ、読み込み対象がDebugとReleaseのフォルダの違いから、全く動作が変わっていないということが判明。だあぁ。貴重な2時間、といっても、マルチタスク可能なので問題ないわけだが、どうでもいいところで時間をとられてしまった。
 それはそれとして、D5さんのお話をしばし。本当にためになる話を聞かせてもらった。私もこの人に追いつくために、日々努力。といっても、この方は本当に理解する(飲み込み)スピードが速いという気がする。ここあたり、やはり才能なのか。いろいろとアドバイスを貰った。11日後の発表に向けて、これから全力で行くしかない。時間は本当に限られているのだから。
 この人が卒業してしまう前に、いろいろと勉強しておかなくちゃ。この人から教えを請える日は、もうそれほど長くはないのだ。今後のチームを引き継ぐものとして、ひたすらに努力を積み重ね、そして知識を積み重ねなければならないという気がする。

 11時20分に離脱。11時30分ぐらいの快速に乗ったのだが、京王相模原線の電車は200%の込み具合。金曜日の夜というのもあるだろうが、最近の相模原線は確実に混雑が激しくなっている。多分、それに伴う12月1日のダイヤ改定なのだろう。それにしても、改定、とは憎い言葉づかいをする。京王の場合は大概、改正に決まっているというのに。
 それにしても、相模原線の特急の急行格下げがここまで効くとは京王も思わなかっただろうな。稲田堤効果だけじゃなくて、永山効果とかもあっただろう。何よりサービスがいいから、一回京王に乗り換えたら離れられない気がする。尤も私、大して他の路線を知っているわけでもないのだが。
 今回の改正の目玉は夕方の本数増加だ。相模原線においては、現在の急行3・快速3・各駅3が、急行6・各駅6に拡大される。サービス向上効果はかなり大きい。夕方は快速の急行化と引き換えに、調布折り返しの各駅を6本。快速が消滅するが、この時間帯は本線では急行のように停車駅を絞った方が効果が大きいはずだ。ただ、6本も調布折り返しとなると、新宿方4本の踏切の閉鎖時間が長くなりそうだが、どうなるか。折り返すのには今でも結構手間がかかっているし。
 本線方面も、今の高幡不動止まりが、高尾山口行きへ延長運転され、高幡不動−京王八王子、高幡不動−高尾山口の区間運転が廃止される。車両運用に余裕が出来てきたということなのだろうか。できれば、北野止まりを高幡不動直通にしてくれるほうが楽なのだが、運用が難しいか。
 朝方は、相模原線の急行がはじめて新設される。今までは全て各駅か快速で、相模原線内は全停車だった。本数も急行が事実上の純増。それと引き換えに、ラッシュ時は本線のパターンダイヤが崩れることに。ここあたりを【改定】と書く理由なのだろうか。あと、高尾山口線の朝のダイヤは本数が減少する。こういうところ、京王って凄いシビアだ。朝は中央線には勝てないと踏み切ったか。本線とかに上を抑えられているとはいえ、高尾駅発7時台に急行が3本しかないなんて・・・(笑)。前ダイヤよりも2本も急行が減っている。高尾山口線の朝方は、もはや見捨てられたということか。確かに途中駅のめじろ台でもあの乗りでは・・・。中央線のほうは、凄い乗り方なのにね。
 それにしてもだが、宣伝効果としての橋本までの最短時間表示。実利効果としての停車駅拡大、つまり特急の急行格下げは競争において弱点ともなりうる。中央線との競争があるとはいえ、ここあたりまで配慮しなければならないゆえの宣伝の必要性。しかし、あえて実利を取ることによる途中駅(京王稲田堤・京王永山)からの利用者の増加があった。実際、前回の改正で大幅に利便性が向上し、大幅に増えた利用者が全てを物語っている。
 帰りは本数が増えて楽になりそうだな。22時台も7本から9本への本数の増加。ますます使いやすくなりそうだ。

 雨降りしきる中、帰ってきたら11時55分。味噌汁だけ頂いて、後はプログラムに専念。かなりの部分は出来上がったのだが、配列の要素には変数を使えないという致命的な弱点が。動的メモリ確保だろうから、おそらくmallocを使えばいいことは想像に難くない。しかし、これの使い方が・・・。どうしたものか。
 あと、分散を求めるプログラム。こちらも完成はまだ先。
 先が見えない・・・。でも、この集中力を維持していきたい。残された時間は本当に少ししかないのだから。


2003年11月29日(土)
 起床時刻は11時。いくらなんでも遅すぎる。
 それはそれだが、プログラムの進行が滞った。動的メモリの確保をどうしたら良いのか、考えているだけで時間が無為に過ぎていく。なんということだろう。
 正直、基礎レベルにようやく到達したといってもいいはずなのだろうけど、それでも扱えるレベルは本当に限られたレベルでしかない。正直、あと何年かかるのだろうか。自由自在に扱えるようになるのは。

 それにしても、土曜日のアニメは面白い。なんとなく今後にも期待。時間が少ないのが惜しいな。
 今日は一日中雨だった。雨がやんだと思って出かけようとしたら、また降り始めたり。TSUTAYAに行かなくてよかった。100円は明日でも大丈夫だ、そうだ。
 この日は少ししか研究は進まず。


2003年11月30日(日)
 ついに11月も終わり。これにより、事実上研究をして結果を出すまで残り1ヶ月程度ということになる。それができなければ、正月中も学校に入り浸ることになるのは確実だ。仮に結果が出ていなくても、そうなるのはほぼ確実だろうけど。
 さて、雨は午前中でやんだ。昼食をインスタントラーメンで済ませた後、午後からはパルコにお出かけ。久々に車を出した感じがしてくる。
 道路渋滞が激しいことは承知していたが、やはり狛江通りは渋滞。しかし国領の踏切のあたりは全く問題なかった。ひとまず調布国領のTSUTAYAに車を入れようと思ったのだが・・・、駐車場に空きが全くない・・・。
 仕方なく、調布パルコへ向かう。しかーし、旧甲州街道が大渋滞で、もはや手の打ちようがないという感じになってきた。おそらく国領から調布まで20分近くかかっただろう。
 おまけに、パルコの駐車場は満車・・・。だーっっ。
 教訓として残ったのは、土休日の午後夕食前は来るまで出かけるというのは愚の骨頂である、ということだった。いろいろと込む条件はあった。昨日から続く雨がようやくやんだが、いつまた降りだすか分からないため、車で出かけたくなる。おまけに、調布パルコはまだセール中、TSUTAYAは100円レンタル。複合要因、か。
 すごすごと家に帰ってきた。ガソリンの無駄になっただけか。

 帰ってからは少しプログラミングの勉強をしてから、昼寝と称して5時から寝てしまった。夕食の時に目を覚まし、食後はこうして日記を書く。今回も無事日記を書き終えられた。
 自動プログラムの威力はやはり凄いと思う。今はWordで作った文章をメモ帳に貼り付けて、My Documentsフォルダに.txt形式で保存して、プログラムを実行するだけ。保存先も自動的。IMGタグに関してはまだまだ自動化できていないが、これだけ機械が勝手にやってくれると、非常に楽だ。
 プログラムの知識が日常生活で役に立つこともあるんだな、と。それもこれも、今まである程度マニュアル化してサイトを作ってきたお陰なんだけど。それでも、最初の時は大変だったな。HTMLエディタを使うというのは、かなり労力の要る作業だと思う。だから間もなくほとんどの部分を手書きにすることになったけど、それでも結構面倒だと思っていた。
 こうして自動化されたことにより、日記をのんびりと書く時間を確保できるというか、それだけ余裕が出てきたな、と思う。
 急がば回れ。そんなことわざを思い浮かべさせてくれた今回のプログラム。これで研究で多忙な時期でも、なんとか乗り切れそうだ。


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