郵貯日記(2003年8月中旬)


2003年8月11日(月)
 この日もやる気がないが、レポートを完成させる必要あり。10日のレポートは結局書かなかったこともあり、このまま行ってしまうと明らかにまずい。でも、目の状態も相変わらず変だ。
 受験票が送られてきた。やばいな。全然勉強していない上に、全然勉強する気がしない。
 夕食後、これではダメと思い、少し出かけた。カメラを持って近所の撮影活動。府中街道の交通量は相変わらず多い。モノレール撤去による影響も、やはり強く感じるこの頃。
 でも、やっぱりやる気なし。結局取り掛かったのは0時を過ぎてから。でもアニメがあるので、開始したのは2時。
 そしてアニメを適当に見たりするし、風呂にも入るし、で結局寝たのは4時を大きく回っていた。なんちゅう不健康な。
 いよいよ試験まで15日。


2003年8月12日(火)
 さて、起床時刻は10時を過ぎていた。昨日遅すぎたので無理はない。いくらなんでも遅すぎる。あさってまでにビデオを返さないといけないので、ビデオ鑑賞。
 昼食は・・・なんだったっけ?(爆)
 とりあえず、レポートを出すために学校へ向かわなければならない。そのためには、定期が切れていることもあり、自転車が妥当と思われる。
 1時30分頃、自転車で学校へ。風は北東なのか、結構戻される。
 レポート提出終了で2時5分。さて、どこに向かおうかと考えた時、やはり新宿方面だろうな、と思い、それに従って行動することにした。
 時間的余裕はほとんどない。地図をある程度頭に叩き込み、佐須街道・甲州街道・荒玉水道道路、と流れていく。荒玉水道道路の混雑は何とかならないのか。
 方南通りに入る。一局目は2時45分、杉並堀ノ内郵便局。意外と早く着いたなという印象で、さくさくといけそうな予感がする。
 方南通りを行きつつ、次の郵便局に考えをめぐらせる。結構道に迷った。かなり面倒な場所にあったことを否定しない。少なくとも地図なしでの発見は困難を極めるだろう。中野南台郵便局。こんな所に・・・というのがその印象だった。
 中野通りに出た。最初は少しとまどったが、交差点にいたり、中野方南二郵便局。バス停で待つ人多し。
 やはり中野通りを行く。坂を下って少し不安になったものの、確かにあった。中野本町五郵便局。なかなかいいペースできている。ここが丸の内線の駅のある場所というのは、帰ってくるまで予想だりつかなかった。
 神田川沿いに行くと、中野新橋駅前郵便局。これも駅前とは思えないような立地条件である。地下鉄だと、駅の場所がサッパリ予想できない。
 青梅街道に出て間もなく、中野本町三郵便局。やや上を見上げると、中野坂上のビル街が・・・。それを見て思い出し、山の手どおりとの交差点にそびえたつハーモニースクエア内にある中野坂上郵便局へ。以前は時間切れだったのだが、今回は余裕で済ませる。まだまだ時間がある。
 再び神田川沿いに行こうかと思ったのだが、川沿いに適当な道はないし、川に直接付いている道は自転車が入れない。というわけで適当に走る。大久保通りに出ると、やや上り坂になり、さらに人が増えてきた。
 そんな中、北新宿三郵便局。やや急いで貯金を済ませる。ここあたりからは道路条件がかなり酷いので、自転車を走らせるには非常に条件が悪い。あまり走りたくないのだが、仕方がない。
 かなり厳しいものの、ようやく新大久保駅前郵便局。残り時間は3分程度。間に合うのか?
 最後の新宿歌舞伎町郵便局。約1分前に局内に入り、ぎりぎりセーフ。これで10局。なかなかの好成績であった。新宿まできてしまった・・・。ちょっと張り切りすぎかな。
 新宿では歩道を動くのはナンセンスなので、車道を行く。しかし、車道を走ると、如何に歩行者優先であるかが理解できる。それほど、新宿付近の道路環境は劣悪だ。
 新宿高島屋へ。ここには駐輪場があるのだ。新宿にきた時はいつもお世話になっている。そして大体は感謝のしるしに地図を買っていくものだ。もしくは何かを買い物したりする。何にしても、非常に感謝しなければならない駐輪場だ。
 ひとまずの休憩。マイシティに向かう。あそこはまだやっているはずだ、と思い高島屋からゆっくりと歩みを進める。意外と早く到着した。マイシティの中は相当冷房が利いていて、すっと汗がひいていく。
 6Fにあるマイシティ簡易郵便局。ひとまず完成。今日はこれで11。ビル内官位極は管理減少傾向にある。
 さて、後は新宿を適当に回る。まずはチケットショップであるが、特にめぼしいものはなかったのでパス。
 小田急へ。小田急百貨店の地下食料品エリアの拡大があった。エスカレーターが地下改札の前にできていて、これはかなりの衝撃。母の言っていたとおりだ。ひとまず六手シェーキを食す。燃料補給である。
 地下街を行く。ハーゲンダッツのアイスの店に少々驚きつつ、ひとまず甲州街道からサザンテラスへ。りんかい線車両の川越行きを横目で見つつ、そして紀伊国屋書店へ向かった。地図を買おうかと思ったのだが、これは不発。買う必要がある地図はもうなくなってしまったのだ。さらなるサイクリングをしなければ、必要はまだないのである。
 ひとまず高島屋の外にあるベンチで休憩。足を揉み解す。こうした作業ができる事は貴重。体が回復、ってところだろうか。
 新宿出発は5時30分。代々木の踏切を抜けて表参道から甲州街道に入る予定だった。しかしこれに手間取り、初台到着で5時50分。かなりロスしてしまった。
 しかし、笹塚到着時で58分、八幡山到着時で6時18分、仙川到着で40分。甲州街道沿いに行くのは体力的にはいいが、精神的にはあまりよくはない。ただ、圧倒的にルート選択の余地がないことを考えると、どうしてもしょうがないとしか言い様がない。時間差があまりにありすぎるからだ。甲州街道の交通量は相変わらず多かったが、つまるところはそれほどなく、結構よく流れていた。仙川駅周辺の状況は改めて観察すると、相当変化が起きている。ロータリーが完成して、バスがつけられるようになった事は非常に大きい。それだけでなく、周辺幹線道路は駅を取り囲むようにして出来上がったことで、京王踏切を避けようと、非常に狭い都道118号に集中する状況の分散化が図れたはずである。駅の周りに環状の道路を作る・・・か。さすがによくできてる。が、まだ交通量が多すぎるようだ。
 都道114号を下っていくと、そのまま突き当たる。ここからは都道とは思えないような強烈な道を行くことになるわけで、そこを過ぎると、一週間に複数回行く道路。こうなると、もはや惰性で行くしかない。
 新宿からずっと雨に濡れていたのだが、降りが弱かったのが幸いした。帰ってきて間もなく強く雨が降り始めた。運がよかった。7時に家に到着。初台から1時間10分。まあまあだろう。
 夕食がおいしい。少しやる気を取り戻した気がする。
 明日は非常に涼しいそうだ。少しは羽を伸ばしてみようか・・・。
 試験まで残り14日。カウントダウン開始か。
 今日から今年中にしなければならないURL変更。URL変更は面倒なので、時間があるときにすることにする。ご覧の皆様にはご了承いただきたい。
 多分雨の降る日にやるのではないかと思う。それが終了した後は、ページは残すが更新を完全に止め、新ページに移行する予定。
 寝たのは久々に早めで1時30分。これが早いのか?


2003年8月13日(水)
 起床時刻は10時を過ぎていた。快適だったからだろう。朝の気温が20度に近かったというのだから、これは凄い。
 とりあえず借りていたアニメを適当に見る。そして残り物と惣菜で昼食。こういうのもたまには悪くない。
 いいかげんにしろ、といわれるのを覚悟で今日もサイクリングに出かけることにした、
 1時45分の出発。多摩川沿いに下る予定だったのだが、信号の変わり目に引っかかり、南武沿線道路を行くことになる。府中街道から二子橋方面へという目論み。結局第三京浜入口付近で多摩川に合流。意向下っていくのみだが、結構向かい風が強く、押し戻される。それでもガス橋到着は2時25分でかなり速いペース。
 地図を見て確認。そのまま東急多摩川線を渡って千鳥駅を目指す。前回発見し損ねた千鳥駅前郵便局は今回も難儀したが何とか発見。やはり見つけにくい場所というのは本当に見つけにくいのだということを改めて思い知らされた。局内では鉄道の走り去る音が時折聞こえるのだが、3両編成で合うため音はほぼ一瞬で終わってしまう。少し奇妙な気分になった。
 池上駅方面を目指す。国道1号線を渡って広い身とを行くことしばし、やはり記憶のある場所である。しかし、今回も郵便局の発見は出来なかった。非常に見つけにくいのではなく、場所を移転していたことが判明したからだ。これは後に地図を貰ってから判明するのだが、そのときには分からなかったのは言うまでもなく、かなり時間をロスしてしまった。
 それにしても、ここあたり一体の雰囲気は本門寺の影響なのか、非常にいいものであった。このお寺は相当由緒ありそうというか、小高い丘の上にあるお寺の存在感は凄いモノがある。
 池上駅から南へ。以前見損なっていた大田池上六郵便局。ここあたりは碁盤上の道路携帯なのだが、信号が多くて非常に進みにくい。優先道路ではないということなのだろうが、それにしても信号による制御よりも停まれ標識によるほうが分かりやすいのだが・・・。それだけ守られないということなのか、ネットワークとして複雑ということなのか・・・。
 蓮沼駅へ。この駅の裏手に大田東矢口三郵便局。蒲田駅から目と鼻の先にある駅。ここでもすんなりと業務は終了。
 環状8号に入る。陸橋を渡ると、京浜東北線の209系が車庫から入線するところを発見。にしても、恐ろしくノロノロであった。
 蒲田駅方面へ向かっている時、不意に高い建物を見上げた。これは確か・・・と思い向かう。確かに郵便局あり。アロマスクエア郵便局。バブル期の産物と思えるような立派な作りのビルだ。大田区民用の建物も隣に位置していた。局員さんも非常に陽気で、おまけに地図を頂いた。なんと大田区全部の郵便局が乗っている。手持ちの地図では羽田や人工島のデータはなかったので、ありがたく貰うことにした。局員さんの一斉の挨拶に少しとまどいつつ、局を後にする。
 そこから環状8号を渡ってすぐ、蒲田郵便局。普通集配局。ただそれだけ(それでいいのか?)。
 入った道路は交通量が多い。やや考えにふけりつつ、地図の内容を頭の中で反芻しつつ、次へ。これがかなり見つけにくかったのだが、大田仲六郷郵便局。道幅が3mにも満たない道路に面していた。正直そんな中に郵便局が現れたのには驚かされた。
 道を行く。東海道線のかなりボリュームのある踏切を横切る。かなり運がよかったと思われるが、ひとまず大田西六郷三郵便局。残り時間はわずかとなっていた。
 六郷土手駅に着く。郵便局を探してみたのだが、なかなか見つからない。時間がやばかったが地図を出してみると、場所が判明。六郷橋のたもとと言っていい場所にあった。六郷土手郵便局。かなり新しい郵便局のようである。羽田空港行きのバスが目の前を過ぎ去っていった。川崎?羽田を結ぶ便利なバスだ。とりあえず時間ぎりぎりでセーフで、今日は8つ。いい収穫だった。
 トイレに行こうと思い、六郷橋を渡る。ヤマダ電機に向かった。ちょっとそれは遠回りだったと思う。どう考えても、ソリッドスクエアに向かうのが正しい判断だった。
 京急大師線を見つつ、川沿いに行く。京急の路盤の下が低くてこれには恐れ入ったが、何とか川に沿って多摩沿線道路に合流。このまま帰宅モードに突入する。
 しかし、全然力が入らない。行きで体力を使い果たしたのかもしれない。
 新幹線の写真でも撮ろうかと、綱島街道に向かった。南武線との交差部分では、結構間近で新幹線を見ることが可能だ。もっとも、駅で見るほうが良いに決まっている。動いていないことを除きさえすれば・・・。もちろん、曲線が非常に厳しいところなので、全然スピードは出ていない。
 700系3連発。この時点で見ている機がしなくなり、去ることにしたところ、そこに300系が来た。・・・遅いって。でも本当に見たかったのは100系だったんだけどな。・・・無理か。
 南武沿線道路沿いに。結局溝の口で休憩を入れる。丸井に入り、アンデルセンでパンを一つ買って食事。多少の体力回復にはなっただろうか。
 帰宅時刻は7時。アニメにぎりぎりで間に合った。
 この日はそうして終わっていった。院試まで残り13日。


2003年8月14日(木)
 朝から寒いほどの冷え込み。それでも半袖で何とかなるわけだが・・・。
 一日中雨と言って過言ではない一日だった。それだけでなく、非常に眠いのだ。結局夕方の5時ぐらいまでまともに動かなかった。
 少し勉強をしたあとは夕食。昨日に引き続き北海道の食卓となる。おそらく明日ぐらいまでは続きそうだ。もっとも、明日になったらホッケとマスだけだろうが。
 夜1時55分、意を決してTSUTAYAへ。返しておかないとならないからだ。延滞料金をとられるわけにはいかないのだから。
 雨降りしきる中の決行。やはり視界が悪く、いつもの運転とは明らかに異なる。それも普通の雨ではない。かなり厳しい雨であるため、路面の反射や水しぶき。厳しい運転が続く。
 返却を終えてホッとするのもつかの間、さらに雨脚が強まり、さらに車内温度が上昇し始めたこともあって、視界はさらに悪化。これが想像以上に酷く、中央線を越えているのか越えていないのかもわからなくなってしまう。こうなると制限速度で走っても危険(通常は10km超でも全然余裕)に感じられるほどで、強い雨がこれほどとはと実感。
 行きに25分、帰りに20分かけた。駐車を一発で決められた事はさすがによかった。もっとも、家から5分も歩かなければならないことで、かなりびしょびしょになってしまった。
 なんともいえない気持ちである。就寝時刻は5時ごろ。もううっすらと明るい。


2003年8月15日(金)
 いまだ雨は降り続く。
 これだけ雨が降ると変になってくるが、天気には勝てまい。
 自身のふがいなさにいらいらしつつも、今日もやる気はでないまま。そのふがいなさに、胸を締め付けられるほどの気持ちを抱きつつも、実行に移し出せずにいる自分がいる。
 心の中の葛藤は、いつもながら最大の試練を時運に押し付けている気がしてならない。それに耐える事は、いまや一番の苦痛なのだから・・・。
 それにしても、アンパンマンは面白いよね(爆)。は〜ひふ〜へほ〜(爆)。


2003年8月16日(土)
 起床は10時半。
 この日も容赦なく雨は降り続ける。まるで心の中を見透かすかのごとく・・・。そして心の中を映し出してもいるようだ。
 読書にふける。本来ならば、読書ではなく勉強をするべきなのだろうが、頭が働かないのだ。なぜかは分からないのだが・・・。頭が働かなくては、勉強ができるわけはない。暗記科目ではない以上は・・・。
 それにしても厳しい。院試は近い。このままで大丈夫なのか。
 この日も特段の事件もなく過ぎ去っていった。
 しかし、現在の日記の状況を憂るうばかりだ。「記録」のための日記になってはいまいか。
 それは自分自身にとっても不本意といわざるを得ない。
 少し自分を見つめ直す時間を多く持って、日記の書く量を増やしてはどうだろうか、と思ったりもするのだが。
 とはいえ、あまり日記を書いていると、やるべきこともやれなくなる(たいした量じゃないだろうが)わけで、そこあたりのさじ加減が難しい。
 そういっている間にも午前3時。生活リズム崩れまくり・・・。


2003年8月17日(日)
 今日の目覚めはペガサス(謎)。いいかげん、この文句を続けるのを止めたらいかがかとも思ったりするわけで(だって、全然面白くない(死))。
 ようやく雨がやんだ。
 といっても、特にすることがあるわけではないし、出かけていくにしては試験が近すぎる。
 頭を少し冷やす必要があるなということを認識しつつ、いろいろと本を読むことに。勉強も大事だが、少し頭を冷やす作業というのも必要なのかもしれない。特にこういう時には頭が飽和状態に陥りやすいから・・・。
 まぁ、相変わらず眠いということに変わりはないわけで、10時間以上寝る日々が続いている。生活リズムが崩れたままだ。
 院試まで9日。いよいよ時間がない。


2003年8月18日(月)
 就寝時刻は午前7時。たまにはこういうこともある。起床時刻は12時。いいところだ。
 パソコンと戯れてイやるほど時間があるわけがないはずなのだが、こうして日記を書いているし、ネットサーフィンもやっている。懲りないやつだ。
 Blasterが凄いことになっているようだ。とりあえず修正プログラムを学校に持っていく必要があるだろう。とりあえずモジュラーを抜いておかないと感染確実だろうな。あと、MS03-026(RPC インターフェースのバッファオーバーランによりコードが実行される)の修正プログラムを適用、か。面倒だな。とりあえず明日あたり行こうかとも思うが、修正プログラムをFDで持っていったほうがいいはず。
 この日も集中力を養う訓練(謎)、を実行中。(謎)だから、謎である(何を言っちょるか)。
 あまりパソコンに戯れているわけにも行かないので、今日はこれで切り上げる。
 院試まで8日。大丈夫じゃない・・・。


2003年8月19日(火)
 就寝時刻は7時30分。そして起床時刻は12時45分。そして昼食後に寝てしまい、ほとんど時間を潰してしまった。なんということだ・・・。
 少々時間を無駄にしすぎてしまったという悔恨の念を覚えつつも、やはりだらだらと過ごし続けた。なんということだ・・・。
 突然であるが、身勝手な言動を見ると非常に腹立たしい。そういう言動は常に思いやりはないし、何を言いたいのかも理解し難い。礼儀もなっていない。揚げ足を取っていい気になる。自分に都合の悪いところを抜き出して突っ込む。そんなことをやっているから、結果として得るモノは徒労感と疲労感だけ。見るだけでも腹立たしいが、相対した人はもっと腹が立つだろう。というか、脱力したに違いない。
 掲示板を見ていての戯言・・・。こういう人を相手にしなければならない掲示板の管理人というものの責任の重さを見せられた気分である・・・。常々見てきたが、匿名という条件のもとで高度が議論を維持させることの難しさを強く感じさせられた。
 さて、この日もだらだらと過ごしている。これで良いのか。良い訳がないだろう。
 院試まで7日。もう時間がない・・・。日記に写真を載せる余裕はない。日記を書くぐらいができることなのかもしれない。


2003年8月20日(水)
 この日の就寝時刻は午前8時。起床時刻は1時半。
 【検証:】掲示板は完全に荒らしが蔓延状態になっていて、このまま行くと取り返しがつかなくなりそうな気がしてくる。
 そもそも、こうした投稿者を許すのはどうなのだろうか。普通の掲示板だったらとっくの前に退場になっているはずなのだろうが・・・。
 それにしてもここまで荒らしが平然と行われるのを見ていると心が痛む。意見表明もせず、人の意見も読まず、ただひたすら無用の投稿をどんどん続けることには怒りを覚えるが・・・。Rom専をするのもつらくなる。多分今までの中で最悪の状態になっているのではなかろうか。

 こんな落ち着いてかいているが、本当はもうぶちきれる寸前の状態である。というか、もうキレているのかも知れない。
 そもそも、掲示板という媒体を何と心得ているのか。無用の文章を置く事は、サーバーに負担をかけるのは当然のこと。読み込む人がいる以上、無用な文を置くなどもってのほかである。これは情報社会であるならば常識で、他の人の迷惑を心得ろといいたくなる。これは物理上の話だが、精神上の問題はそれこそ噴火寸前で、このまま見ていたら胃潰瘍になりそうだ。はっきり言って胃がキリキリ言って勉強にも集中できなくなりそうだ。
 この状況を見ている常連・半常連・Rom専の全員がおそらくこめかみにひびが入る状態であることは想像にかたくない。このような状態が続くようだと、Rom専の流出が確実に進むだろう。それぐらい不愉快であるということだ。
 そもそも、言いたいこともはっきりせず、人の投稿の重箱の隅をつつくような行為や揚げ足を取ったり不快な言動を撒き散らす行為は断じて認めがたい。というか、私だったらそんな行為は絶対に許さない。
 言い負かされたことを認めたくないがために、ひたすら身をかばうだけでなく、周りにどう見られているという自覚がないのだろう。自分さえ良ければいい態度。これが掲示板に臨む態度なのか。
 当該投稿者はもともと荒らし目的だったのかもしれない。そう考えれば全てが納得いくというものだろう。これだけ書いても怒りが収まらないほど。不特定多数の閲覧者に迷惑をかけた行為は投稿禁止程度で埋められるようなものではないことを自覚すべきだろう。だが、何をいっても無駄のように見える。ますます腹立たしい。
 このままだと、「誰かが意見を言う」「気に食わないので揚げ足を取る」「ばかばかしく思いつつも丁寧に説明」「言い負かされたことを認めたくないがために強がって理解していないふりをする」「一同うんざり」の繰り返しになるだろう。先が読めるようだ。さらに荒らしが蔓延化し、掲示板が衰退する。あながちない話でもあるまい。
 最後に言う。いくらいっても全然怒りが収まらない。恐ろしく不快だ。
 さらに午前5時ごろ見たら、意地になって荒らそうとしているのを見て、さらに不快感がつのる。これでは誰も投稿ができなくなってしまうだろう。見る人も減ってしまうだろう。荒らしの兆候が完全に見て取れるようになったのだから、管理者様の決断を期待したい。

 それにしても、これで院試まで6日。
 カウントダウンといってよい。この日記を書いている時点で、寝る時間を含めても126時間の猶予しかないのだから。



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