2003年7月11日(金)
忙しくなりつつあるこの頃・・・。
にもかかわらず、やる気が無いために結構いいかげんな毎日を過ごしている。情けない限りだ。外は晴れているのだが。
というわけで、12時ごろ出発したか。京王稲田堤駅にアクセスする。
授業を二つ受けた。これでレポートの提出日時が全て決定。4科目であるが、それぞれ、14日(月)、29日(火)、8月10日、8月31日、という非常にうまく分配されたことが判明。これに宿題も加わる(月曜日と火曜日)のでなんともいえないところであるが。それ以上に、院試験も。
雨が止んだころ、研究室へ。時間は無駄になることはあっても、それに見合うだけの刺激と緊張感を味わうことが出来る場所なので、時間がある限りはでておきたい。そしてそれは正解だった。
帰宅は少し早めに。今日は母とディナーを楽しむことにしていた。姉と父はいつも外で飲み食いしてくるので、我々も少しは外食を、という話になっていたのである。
7時30分頃学校をたつ。鶴川街道沿いに歩いていると、陸橋の方に向かっていた。美しい陸橋だ。
京王線沿いに歩く。調布市は生産緑地が多いことを実感する。
家に帰る頃には再び雨が。それを無視して、我々は地元のピザ屋へ向かった。行列が出来ていたが、時間が時間なので、次第にすき始め8時30分頃席に着くことができた。この店もついに25周年。結構長いんだな。
で、食べたのだがやはりおいしい。やはり材料の質が違うといって過言ではない。これは宅配ピザなどと比較するだけ失礼というものなのだろうな。そしてサラダも凄いいいものを使っていると感じた。デザートは腹が一杯だったので、さすがにやめておく。
久々に贅沢だった。
2003年7月12日(土)
休みはだらけてしまう。起床は9時だったのだが、昼寝をしてしまった。相変わらず変な夢を見る。
とりあえず怠惰な時間を過ごしてからアニメを見る。結局そののんびりとした時間を取り戻すことなく時間が過ぎ、一日が終わっていった。写真を撮りにいった事は相変わらずなのだけれど。
こうして明日に大きな負荷がかかることをなぜに実感できないのだろうか。
夜、写真を撮りにいろいろと走り回ってみた。しかし、近場にはそういう所はあまりにも少ないのか、それとも自分の腕が下手糞なのか、見つけるのが下手糞なのか。どちらにしろ、あまりいい写真は撮れなかった。
就寝時刻は遅い。
2003年7月13日(日)
鉄腕アトムには間に合った。しかし、眠いことには変わらない。終わったらまたも布団の中。・・・おい。
というわけで、起床時刻は実質11時30分。大していいこともないし、レポートを書かなくてはいけないのでは、自由に動くことも制約されてしまう。
結局昼寝を幾度となく繰り返し、そしてレポートに宿題を済ませたときには4時30分。さすがに疲れた。
2003年7月14日(月)
昨日夜更かしをしたので、当然のように眠い。体に鞭打って出かける。西ても、雨というのはさすがに厳しい。
盤書を写す指が動かない。直立不動で眠りに入ってしまうのだから、眠いのは改めて実感できる。H教授は書くスピードが脅威なので、写し損ねた所が大量に出てしまった。少しでも遅れると、全く写すことができなくなるのだ。つまり、話していることを効いている余裕がないということ。理解する時間もない。ダメだ、こりゃ。
授業を終えたあと、食事。おにぎり二つは今日も変わらないわけなのだが、口内炎が酷くなってきているのが少々厳しい。
図書館で1時間30分ていど寝てから、研究室へ向かった。プログラミングの勉強が全然進んでいない。これはやばいかも。
集中力が全然ない状態のまま、時間が過ぎ去っていく。これはやばすぎるかもしれない。本当にである。いくらなんでも・・・。
5時限、レポートを提出。これで一科目をクリア。そして研究室で8時過ぎまで粘ってから帰宅する。
今日も鶴川街道沿いに行く。写真何枚か撮っていくのだ。京王立体交差事業についてまとめたいと思ったからである。そのための写真だ。
完成した鶴川陸橋を写す
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F8が限界では明るくなりすぎる・・・
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そして歩くのも悪くないと思って、京王多摩川駅まで歩いた。実は京王多摩川から乗るのは初めて。今まで定期券があるくせに、全然途中下車をしたことがなかったのだ。
前近代的なコンクリート製の無骨な階段が目を引く。京王相模原線の開通っていつだったんだろうか。結構古さが出てきているのだが、それにもかかわらず清掃の行き届いた構内は、全く不快感を感じさせない。小田急とは大違いだ。
快速に乗って京王稲田堤まで1駅。少し長い散歩だったな。最近、お出かけする機会があまりにも少なすぎるから・・・。
どうも帰ってからも集中力に欠ける。パソコンをしばらく離れるべきなのかどうか・・・。
アニメを見てから就寝。
2003年7月15日(火)
起床は9時10分。授業が遅いとあっては、これぐらいに起きたくもなる。
とりあえず今日の課題を行う。意外にてこずったが、11時30分ぐらいに完成。
自転車で学校へ向かう。曇り空とは好都合。サイクリングにもちょうど良さそうだ。
案の定、授業は30分で終了し、時間が余った。余ったという表現は正しくはないだろうが、久々に出かけて見たい。
というわけでサイクリングへ。そのまま西へ向かう。旧甲州街道から新小金井街道に入る。そして航空自衛隊基地の南を通る。すると何かおしゃれな通りであった。どうも芸術劇場とやらがあったようである。
さらには農工大、府中刑務所、東芝の工場の北を通っていく。その北側には武蔵野線からあの引込み線がある。まだ使っているかは不明。使っていないとすれば、廃線跡という事になるが・・・。
東八通りに合流する。すぐに別れるが、とりあえず西にまっすぐ。狭い道路だが、抜けようとする車が多く、結構難儀する。
そのまま大きな通りに出たので、そこを南下。雰囲気で、国立−谷保を結ぶ通りであることがすぐに分かった。谷保駅はすぐ。とりあえず甲州街道に向かいたいので、踏切に向かうが、閉めるのが早いことに関しては閑散区間だけに特に酷いようだ。
東側から209系、そして西側からは183系の試運転を見送る。183系を見ることが出来るとはさすがに思わなかった。
甲州街道に出る。ここあたりも相当に狭い道路が続いている。それでも往復4車線。相当無理がかかっているのは歩道の狭さもあり、実感できるところだ。
ようやく一軒目、国立天神下郵便局。ここには冷水機があった。何か妙であるが、のどが乾いていなかったので飲まなかった。
甲州街道から南に入ると、武蔵野台地の光景。広い畑が相当多く残っている。そんな風景を見ていると、なんとも。そして国立谷保郵便局。これで国立市は完訪。11市目となる。この郵便局に面する道路は交通量が極めて多い。特にトラックが多いのだ。はっきり言って迷惑な話だ。おそらくかなりの抜け道に相違ない。
南へ。おそらく石田大橋が出来上がっているだろう、という目算があるため。それは正しかった。名称、石田大橋。日野端と四谷橋の間に出来たものだ。上流はどんどん橋が出来るが、結局は渋滞の解消に寄与していないという印象を受ける。通行量もかなり少ない。
石田大橋と多摩モノレール
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橋を渡ると、そこは万願寺駅。多摩モノレールの一駅である。沿線の中では比較的開発が始まっているほうではあるが、まだまだ全然という印象を受ける。その交差点にあるいなげやでジュースを買って飲む。71円也。
日野バイパスを進む。そもそも石田大橋自体がその目的の一つになっていたはずなのであるが、結局のところ混雑する日野付近を迂回する道路が完成していないので、まだまだという感じだ。それにしても、甲州街道よりも道幅が広いのに、往復二車線とは何とも贅沢ではないか。いいかげんにしなさい。
日野市役所へ向かって走る。車の多い生活道路を抜けたあたりだったのだが、どうやらその出た場所が先行開業している国道20号の片割れ。全然そんな風には見えなかった。
日野市役所のすぐそば、日野神明郵便局。ティッシュをゲット。
走っていくと、中央線の跨線橋を渡る。201系がはるか下を走り去っていった。その目の前にあるのが実践女子大。妙な立地だったため、結構印象に残った。
国道20号にでる。ここは既に往復二車線の区間。さすがに詰まり気味であるが、渋滞にはなっていない。八王子市街で広がったという記憶があるのだが、どうだっただろうか。
山を下り、中央自動車道の下をくぐり、時間ぎりぎりで日野新町郵便局。田んぼの中に立つ一軒。もっとも、面する道路はかなりの交通量のため、その立地があまりにも妙ではある。ここでもティッシュをゲット。
日野駅へ。由緒ある駅ではある。中央線の駅は、結構いい駅舎が多い。
257系と日野駅
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適当に走り抜けていく。高幡橋を渡って、高幡不動尊へ。少し散策をすることにした。通る事は何回目かだけど、ゆっくりとしていくのは今回が初めて。
結構古い由緒あるお寺だ。境内も広い。十分に堪能できる。
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とりあえずゆっくりしてから出発。川崎街道沿いに下っていく。交通量が多くて不快だが、程久保川沿いに下るのはもう飽きた。
ようやく野猿街道とクロス。聖蹟の商業区域に入る。BOOKOFFで最近の本を200円で手に入れる。やはり安くてよい。
さらにOPAへ。自転車を置けるのが強みだ。適当にあたりを散策。店も見て回ったが、特に収穫物がないと思えた。だが、OPAの地価でクレープ半額セールに引っかかる。131円で食べたクレープは味相応だった。ちょっと残念。
聖蹟OPAはありがたい休憩場所なのです。
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そこで帽子をなくしたことに気がつく。探し回ること約20分。トイレの中にあった。持っていたという印象が強すぎたのかもしれない。トイレを探したのは最後だった。
50分ほどの滞在を終え、6時ごろ、聖蹟を離れる。後はサイクリングロードに入っていく。サイクリングロードにはいっても、このママチャリではほとんどスピードは出ない。こういうときには結構つらいな。
帰宅時刻は7時少し前。適度な疲労感がある。
かなり怠惰な時間を過ごし、早めに就寝。
2003年7月16日(水)
起床時刻は8時。特に眠いというわけではない。しかし、大リーグの試合が気になる。なんといってもオールスター。イチローと松井が並んでプレーをするところなぞ、早々見れるものではない。これを見ずにどうする、といった具合である。
というわけで、別に欠席しても単位がどうなるわけでもない授業を一つ休むことにした。しかし開始時刻は想像以上に遅く、9時30分ぐらいだろうか。9時から中継をやっていたとはいえ、これは遅すぎる。結局始まっていた時にはソファーの上で寝ていて、全然記憶がない。松井のヒットも、アナウンサーが話をしていなければ、全然気付かなかっただろう(爆)。
というわけで、眠気がメジャーの試合に勝ったというわけである。こんなやつがスポーツを語る資格があるのかどうか・・・。
とりあえず、この授業を欠席したことで、次の授業は5時限である。昼飯を食べた後もまたも寝て、恐ろしく怠惰な時間を過ごし続けた。おいおい。
授業が終わったら、少しパルコによって、そしてすぐに帰る。雲が怪しいのだ。
帰ってからはアニメを見るのだが、これを見忘れた。なんということだ・・・。確かに最近はちょっと面白くなかったというのは事実ではあるが・・。
というわけで、少々がっくりときた。
就寝時刻は早め。明日は西沢渓谷にでも出かけようかと思ったが、さすがにテスト期間が近いので止めようかな、という気分だった。
犬が退院してから1ヶ月。いまだに立てるようにはなっていない。もうだめか。見事に病院に騙されたらしい。
事実、病院に1週間以内につれてくるように指示されていたのだが、連れて行っていないにもかかわらず、病院側からの連絡は一切ない。
やはりこういった事態になることを十分に想定していたのだろう。であれば、なぜに手術したか。
病院側は、買主と犬にとって、最もいい選択肢を、という発言をしていた。ただ長生きさせるだけではなくて、である。
であれば、それは一体どういうことなのであろうか。
医者はやはり信じられないのだ。そういった印象を改めて植え付けられた。
2003年7月17日(木)
中途半端な気持ちは、その行動にも現れる。
目が覚めたのは5時45分だった。これで西沢渓谷行きを決めていれば、すぐにでも起きたことだろう。しかし、そのつもりがなければその時刻に起きることに意味はない。
というわけで、結局起床時刻は10時。4時間以上の時間をある意味無駄にしたことになる。
午前から午後にかけて、かなりのんびりと過ごす。15時過ぎに少し勉強を始めるが、ほとんどはかどらない。正に怠惰になっている。
横浜に行く計画を立てる。母と申し合わせ、17時30分に出発。私の勝手なルートに付き合ってくれるということになった。
多摩消防署前の停留所から、あざみ野行きのバスに乗る。運賃先払いの210円だ。ここからは座れたが、ほぼ全ての停留所で乗降があるし、狭い浄水場通りをバスが登るのは非常に苦しそうだ。制限速度の通り30km/hが限界だろう。にしても、浄水場通りが渋滞しているとは・・・。
聖マリアンナ医大で大量に人を乗せて、立ち客がバスの中に溢れた。ここからも乗降が引き続き多く、バスはつらいものだ、ということを改めて実感させられた。これで地下鉄が出来たら・・・と考えたら、確かに自明な気がする。確実に転移が見込めそうだ。
感想だが、横浜市内には行ってから、詰まるは横浜生田線の横浜市内においては、かなりスピードが出ていた。川崎市内のバスの遅さがかなり気にかかる。やはり道路が少なすぎるのだろう。向ヶ丘遊園−あざみ野で約40分。それも、かなりバスの停留所が絞られていることを考えると、確かに遅い。
厚い雲がかなり怪しい。大丈夫か。
あざみ野駅から地下へ、エレベーターを使って降りる。横浜市営地下鉄は実は初乗車。見たことは何度かあるのだが、私は交通費を極端にケチるので、その機会が全く無かったのだ。
地下のホームに行くと、横浜市営地下鉄の車両が停車していた。夕刻で、発車が近いにもかかわらず、空席が多い。これでは、赤字は必至である。到着したあざみ野止まりの電車も、大して立ち客はいなかった。これでは・・・。
地下鉄とはいえ、北新横浜までは地上区間を多く走っていく。どこもまだ10年に満たない新しい町ばかり。昔は雑木林か畑だったというのだから、想像し難いものがある。新百合ヶ丘が発展し始めたのも同じぐらいだろうか。もうちょっと前のような気もしたが。
仲町台のマンション群に敬意を表しつつ、新羽の工場群を横目に見ると、地下へ。新横浜で大量に降車。これで立ち客は無くなり、空席が目立った。再び乗客を増やしていくが、同じく横浜でも降りる。非常に乗り通す客が少ないと感じさせられる。急行運転が提唱される理由も、なんとなく分かるような気がする。
横浜で降りて、相鉄ジョイナスへ。食事をどこで食べるかを全く決めていないこともあり、うろつく。相鉄ジョイナスと高島屋はほぼつながっているようだ。高島屋の8階に行くと、中村孔明の店があるなど、強烈に高級感を打ち出したレストラン街があってびっくり。しかし値段の割には、メニューにそれほど強い魅力を感じない。
再び相鉄ジョイナスの地下2階へ。ここの一軒にお世話になった。楽しい外食の時間を過ごし、8時前に出た。
東横線横浜駅へ。乗換はそれなりに面倒なようだ。あと数ヶ月で廃線になることが決まっており、同時に現在の東横線横浜駅も消滅する。利用回数は10回を超えているはずなので、それなりに感慨深いものがある。
普通電車を迎えた。ほぼ全員が横浜で降りてしまうのだ。桜木町へ行くのはほんのわずか。東急がMM21線に委譲した理由も分からなくもないような気がする。しかし、この乗降でMM21線はやっていけるのか?確かに現状ではJRと東急と横浜市営の3路線が平行に走っているということもあるが、はたして高運賃になるであろうMM21線はやっていけるのだろうか。東急でも苦戦しているようでは、おぼつかないとすらいえる。まぁ、横浜市英地下鉄のネットワークが生かせるのならば(つまりは横浜での乗換がうまくいくか)いいのであろうが、現状を考えると、相当離れるような気がしてしまう。
新しい桜木町駅に降り立つ。この駅を壊してしまうのが勿体ないと感じられるほど。
駅前は随分ときれいに整備されていた。もう随分と電車では来ていなかったのだ、と改めて実感する。最近は車ばかりだ。
歩きで行くと、カメラを使いやすい。母には悪いが、あちこちで立ち止まりつつ、いろいろと収めていく。美しい限りだ。
なお、みなとみらいの写真がありますので、見たい方はどうぞこちらに飛んでみてください。
汽車道を歩き、コスモワールドの前に行き、丸く作られた歩道橋を歩き、赤レンガ倉庫に行き、9時40分頃、帰ろうということになる。その帰ろうとしたころ、雨が降り出した。運がないね。
歩いている途中で、三脚の脚が一本抜けた。・・・。さすがに安物。これではもう使えない。どうも、ねじが一本抜けてしまったからのようだ。情けない限りである。
駅が遠い。桜木町にしばし、時間をかけて到着。もう10時になっていた。1時間40分も歩いていたことになる。
急行に乗っていく。3分前の普通にくっつく展開なので、非常にノロノロ運転。小田急か、この遅さは。
菊名を過ぎると、ようやく快速運転。小杉の乗降が多いのなんの。やはり南武線乗換駅は侮れない。そして新しく開業した、「めりけんや」の小杉店。チェーンとはいえ、讃岐うどんが近くで食べられる。「綾」が混雑しすぎるのからなぁ。
それ以上に圧巻だったのは、やはり南武線ホームだった。ホームに溢れんばかりに人が・・・。正に圧巻。この時間帯は1時間あたり6本。もう少し増やせないのか・・・。
そして到着した電車が120%ぐらいの乗り。これに押し込んで、180%ぐらいの混雑率となった。夜の南武線がひどいというのはよく言われているが、やはり酷い。南武線が環状路線ではなく、放射路線としての意味を併せ持つ、という意味、そういう意味で考えると、全て納得がいく。いやはや、普通南武線が放射路線なんて、誰が考えるだろうか。
登戸で下車。ここで乗客が半分ぐらいに減る。こうして見てみると、なぜ、登戸と武蔵小杉と武蔵溝ノ口の乗車人員が同じなのか、非常に不思議なことではありませんか。武蔵溝の口での乗降もそれなりだが、決して多くはない。うーん、謎だ。
登戸から乗る小田急の急行も当然の混雑。登戸では大して降りないが、向ヶ丘遊園では下車はそれなりに多い。地元に住んではいるが、意外な事実ではあるのだ。
徒歩で15分、ようやくの帰宅。11時20分になっていた。
そして日記を書き終えると1時15分。そして写真がきれい。うっとり(爆)。
でも、後に行くに従ってブレが多いように感じられる。三脚が壊れかけてきたのが理由なのかどうか・・・。にしても、歩道橋の上で撮影した時に三脚が壊れなくて良かった・・・。
さすがに眠い。
2003年7月18日(金)
補講があるので出かける必要性がある。
とりあえず自転車で。授業を終えると、研究室に向かい、勉強を始める。研究室ですると、勉強がはかどるな。やはり怠け癖がひどいということらしい。
明日も来るべきだろうな、と思い6時30分に抜ける。帰宅前には雨が降り出し、危機一髪。7時30分には大雨になっていた。
パソコンに向かい続けて時間を無駄にし、結局この日も終わっていく。勉強しろよ。
夜のNHK、剣道の特集を「人間ドキュメント」でやっていた。
剣道はいつも本当に凄い競技だと思っている。だって、素人には剣の動きが全然見えないからである。正に完成された競技である。剣道の審判をやるには、相当の技量を必要とする感じがする。少なくとも、柔道のように誤審を感じることはまず無い。
そしてその中で取り上げられていた、「禅」と「一点集中」。無意識の一撃など、もう一体どうやったら・・・というレベルだ。
剣道がオリンピック競技にならなくて良かった・・・。本当にそう思わされる。今の柔道はどうであろうか。オリンピックのために、競技ルールの改悪が行われ、もはや見るべくもない。全然美しい競技ではないのである。
こんなことを書いているけど、剣道についてはさして詳しくはない。でも、本当に凄いと思う。
こういった無心を貫けるような修練を積んでいたら、もっと人生が豊かになっていたんだろうな・・・。もう遅いだろうけど。
にしても、なぜに私はここまで知識が足りないのだろうか。自分の文章が他人に比べて明らかに劣っていることが情けなくなってくる。勉強不足が明々白々、というのは私にも十分当てはまりそうな気がしてくる。もっと勉強しなくてはならないらしいが、無理か?
というか、無理という前に、もっと勉強したら如何であろうか。
というか、そんな知識もないくせに、私ごときが愚言を撒き散らして、大いに迷惑を掛けてはいないだろうか。時間が立てば立つほど、自分の情けない発言に腹がたってくる。
それでも、必要とあらば、やるしかないと思う。
それが責任というやつなのだろう。それは、どちらにしろ受け持たなくてはいけないことだ。そして、将来的に見ても、決して逃れる事はできないし、避けることでは無さそうだ。
とりあえずがんばろう。でも、目下のところは、試験だ。
2003年7月19日(土)
どうも家にいると怠けてしまうようだ。研究室で勉強した方が良いようだ。
というわけで、学校に行きたいところなのだが、今日は家族でご馳走を食べる予定が入っているので、そう簡単に学校に行くわけには行かないのである。というわけで、家にいるのだが、やはり怠けてしまう。怠け方は半端ではなく、ひたすら眠り続けてしまうのだから、冗談ではない。
もういいかげん、これぐらいにしておいたら、というレベルになっても、相変わらず寝ているのだから、話になっていない。
明日は調布の花火大会である。
2003年7月20日(日)
前日と同じ。もはやいちいち言う必要もないのかもしれない。
つまり食って寝ての繰り返しである。
調布花火大会に向かう。レベルが非常に高い花火大会なのだが、その割には混雑はそれほどでもなく、非常に楽しめる。特に川崎側に関しては文句のつけようがないほど、見るのが楽なのだ。
一昨年、昨年、ともに秋の開催だったの(一昨年は雨による順延、昨年はW杯による警備日程に関係)だが、今年は久々の夏の開催となる。秋空の花火は、きれいでなんとも素晴らしいのだが、やはり夏でなくては、という向きが非常に多いのだろう。残念な限りだ。
中野島のサミットに自転車を置いて、花火会場に向かう。昨年よりは人が多いようだ。場所はやはり残っていて、開始5分前に悠々と準備を開始。三脚を立て、いろいろな設定を済ませる。
花火を取り続けることは、カメラに相当の負荷がかかる時はずである。何せノイズの入りやすいCCDに負荷をかけ続けるのだ。いくらキヤノンのカメラの性能がいいとはいえ、相応の覚悟が必要である。動かしっぱなしといえば、少しは予想がつくだろう。
とりあえずこのカメラの最大絞り値のF8.0、シャッター速度は時々によって変えるが基本的に5~10秒、基本はドライブモード2秒、これを全てマニュアルで。しかし肝心のマニュアルフォーカスがうまくいかない。これは大きな誤算だった。あと液晶オフ・圧縮はファインにすることも忘れずに・・・。
7時20分、まだ明るい時刻の中大会は開始。風がないため、煙が溜まりやすい状況となっている。これは少々つらいところだ。
多くの会社の協賛の放送が流れる中、8時25分、ついに尺玉100連発になる。しかし、風がないのが痛いところで、すぐに煙だらけ。そして煙に隠されて、花火の爆発の瞬間が全く見えなくなってしまった。これはあまりにも勿体ない。
最後はなれないが、動画モードでも撮影をして、花火大会は終了。うーむ、やはりカメラに集中を取られて、花火大会を楽しめなかったような気がする。勿体ない。
なお、調布花火大会の写真がありますので、見たい方はどうぞこちらに飛んでみてください。
帰りは混雑でてこずった。やはり去年よりはかなり混雑。
帰宅すると確認作業。姉も同時に帰ってきて、ケーキを食べつつ。動画の方は思ったほどのものではなく、やはりカメラは写真向けなのだという認識を新たにした。
しかし、電池切れを起こさなかったのは特筆に価する。これは想像以上にタフであることを裏付けてくれた。たいしたものだ。
あっという間に時間が過ぎ去り、明日は月曜日。運命の水曜日はもうすぐ。もう少し危機感をもたねばなるまい。