郵貯日記(2003年6月下旬)


2003年6月21日(土)
 起床時刻は9時を少し過ぎたぐらい。もうすでにかなり暑くなっている。
 とりあえずTSUTAYAに行って借りてこようと思ったのだが、かなり暑くて途中で断念。多摩図書館で郷土資料を読む。いろいろとあって面白いが、郷土資料以外の普通の本をもっと充実させていただきたい。鉄道ジャーナルは誰かが読んでいたらしく、待っていても無駄だったようだ。
 1時に帰宅。うどんを食す。
 そして昼寝。いいご身分である
 そして、相模原のトランクルームに向かう。テレビを引き取るためである。姉と同じところに勤めている人が、テレビがないというので、譲ろうというのだ。家には2台すでにあり、姉が一人暮らしをしていた時に使っていた21型のはそこに収納されて出番を待っている。
 もちろん、そろそろトランクを売り払って用意を始めようというのが前提条件としてあり(だって月に8400円も払うなんて、凄くばかばかしいじゃないですか)、その第一弾である。
 5時30分過ぎ、家を出発。とりあえず府中街道はそれほど酷くなく、所々で詰まる程度。幸先がいいが、ナビはやはり頭が悪く中央自動車道に誘導する。八王子の道路状況(といっても国道16号ということである)が酷いのはすでに承知しているので、当然無視である。
 鶴川街道に入る。そして稲城市役所付近の広い道路に出てから、再び鶴川街道に復帰。武蔵野貨物線を見る信号で詰まる。今日は貨物列車は見られなかったか。
 鶴川街道沿いはここからローカルな感じで、道路幅こそ狭いが、結構運転が楽しい場所だ。そして若葉台入口から尾根幹線道路に抜けようという算法である。が、尾根幹線道路にたどり着く前に渋滞。この道路、いつの間に渋滞するようになったんだ。もともとだったのかな。
 尾根幹線道路に入ってしまえば、かなり快適な展開になると思っていたのだが、信号制御で交差する道路に比べて弱いため、信号渋滞が所々で発生していた。便利さも次第に有名になりつつあるのか、結構交通量も増えてきていると思う。多摩ニュータウン通りの混雑を考えると、これはかなり使える道路ではあるが、ニュータウンの広い道路を確保しても渋滞が発生することを考えると、川崎市がいくら道路を整備しても間に合うとは全然思えない。
 堀の内駅に向かう道路を過ぎたあたりから流れが速くなった。それは良かったのだが、右折する場所が一つ早かったらしく、町田街道に入ってしまった。これが結構難儀する羽目に。ナビがあったお陰で16号に入る前に回避した。が、その後の展開を考えると、それも大して意味はなかったような気がする。理由は橋本五差路のところで信号が変わるのが早めで、信号渋滞が発生していた。それも信号が青になっている時間は10秒にも満たない。酷すぎる。あまりにも酷すぎる。大体5秒ぐらいしかないのである。下手したら日本最短かもしれない。本当に酷い。
 その後しばらくするとミヤコ陸運の場所に到着。そして出すのだが、上段にあるため結構大変。下段よりもいくらか安いため上段なのだが、これはかなりの力仕事。3人できてよかった。テレビを出すのに約40分。いろいろと中に詰まっていることが大きく作用しているが、本当にこれを全部処理できるのだろうか。
 トランクに入らないことが判明し、座席にぎりぎりで積み込む。入ったことに安心。さらにシートベルトをテレビにかけて完璧。よし出発だ。
 帰りは国道16号を鑓水まで走らせる。そこからは野猿街道が使えるので、かなり流れが速い。但し明らかに迂回をしているので、それほど時間短縮にはつながりにくい。帰りの尾根幹線道路は、途中でファミレスによるには全く適さない道路なのだ。
 もっとも、結局途中ではいる機会はほとんどなかった。そのまま聖蹟桜ヶ丘の市街地へ。OPAの美しい建物(夜は、である)を写真に収めつつ、川崎街道を東進。向ノ丘から大丸はかなり気持ちいい展開になる。そしてそこに近くにあるデニーズで夕食。3人で食費2500円程度。安い、というかかなり節約モード?
 府中街道はそれほど酷くなく、あっさりと家に到着。そのままテレビを運び込む。犬がいるので、運び込むのは結構難儀だ。
 結局TSUTAYAに行く機会を逸してしまった。もうどうせ在庫はないだろうが、やはり後悔。


2003年6月22日(日)
 鉄腕アトムを寝坊で見損なった。10時30分の起床。ダメだこりゃ。
 そして今日もだらだら。そんなことをしている暇など、どこにもないというのに。
 夜1時過ぎ、TSUTAYA調布国領店へ。もちろん車を使わせてもらう。さすがにこの時間だと、自転車よりは速く着くようだ。そんでなくちゃ困る。
 精神的に相当不安定。レポートが迫っているが故に。
 思ったよりもたくさんの残っていたのが意外で、5本借りるにとどめておく。525円。
 結局眠れたのは3時。これでは寝不足は解消されない。


2003年6月23日(月)
 朝から眠い。当然だが。
 授業を二つ受けた後、TSUTAYAにCD2枚を返却。IEDで少し検索をした後、いろいろと調べる。その後研究室へ。研究室では今日は少しやることが少ない、といってもほとんど自分で何かをやるだけのことなのだが、それにしても、先輩たちは一体いつも何をやっているのだろう。特にH氏、土休日も毎日来て、一体何を調べて、研究しているのだろう。遊んでいるようにはどう考えても見えないのだ。
 五時限の授業に久々に出席。ちょうどレポート課題が出ていた。これを出せば・・・。
 ちなみに、この授業の最中、予告なく眼鏡が壊れた。中央から真っ二つ。参った。真ん中がないと、耳だけで支えることになるのだが、これは全然ダメなのである。
 めがねなしは結構つらい。帰りの自転車も結構危うい状態だったはずだ。両目あわせれば0.2ぐらいにはなるかもしれないが、酷いことには変わりあるまい。
 人間の目と言うものはもともと優れたものである。カメラのレンズで人間の目に匹敵するようなものはまず売られていない(そういうのは望遠鏡のレベルになってしまう)。人間の目の明るさはF1.0で、ルート2を掛けるごとに明るさが半分になっていく。つまりF2.8のレンズは人間の目の8分の1の明るさでしかない。
 おまけに人間の目がISO感度の変更まで可能である。どれぐらいかは私も測っていないのでわからないが、かなりの暗所でもOKであることを考えると、ISO6400ぐらいまでいけるのではなかろうか。
 ただ、F値の変更だけはうまくいかなくなってしまう人間が多いようである。これが私である。絞ることができないので、遠くを見ることができないのである。

 ※後で読み返したら、随分とんでもない事を書いている。単にフォーカスを遠くにあわせることができなくなっただけ。やっぱりカメラについて理解できていないようだ。※

 そんなどうでもいいことを考えていた。
 そして帰宅。猛烈に眠い。ここのところ、完全な寝不足だったから、それは当然であろう。とりあえず予備の眼鏡を発見。よかった。
 アニメを少し見た後、早々に眠りにつく。それでも0時45分。十分遅い。


2003年6月24日(火)
 とりあえず午前は時間があるので、予習を行いつつ、いろいろと。
 弱い雨が降る中、教室へ。長い授業だ。それはそれで別にいいのであるが、あまり面白くない。というか、役に立たない、という感じになるのである。
 終わった人から帰ることができる授業なので、早めに切り上げて生協の食堂へ。豚汁を一杯。
 そして研究室に行くと、間もなくゼミになる。先輩たちのレベルにたどり着く事は、果たしてできるのか・・・。できなくてはいけない、というのがあまりにも遠く感じられる。
 総合的な学力が求められる。そういったことを考えると、自分の力の無さを実感させられずにいられないのだが・・・。
 とりあえず努力しかないのだ。
 夜9時45分頃、帰宅。少し作業をしたあと、いったん寝る。レポートを明日までに書き上げなければならないからだ。


2003年6月25日(水)
 4時30分に目を覚ます。そしてエネルギーたっぷりの状態でレポートをぐいぐいと書き上げていく。少なくとも、寝る前はこんな調子で書く事は不可能だ。
 6時30分、ようやく書き終えた。それほどの量ではないのだが、科された課題がかなりウザいので、相当時間を食った。
 朝食を食べた後、いったん眠りにつく。その眠りは、ほとんど極上といってふさわしいものだった。本当にこういうのを天国に上るような、って何言ってんだか。
 8時45分ごろでかける。雨で行く気が失せているのだ。傘をさしての出発は嫌なものだ。
 一限が終了すると、外は酷い土砂降りだった。それも相当酷い土砂降り。話になっていない。

土砂降り・・・

 二限は来週テスト。今度こそ、しっかりと取らないと、最悪の結果を招くことになる。絶対に譲れない。しっかりと勉強しなくては。守れよ、自分の言ったこと。
 そして研究室へ。もう雨は上がり、次第に晴れてきた。とりあえず研究の勉強を少しするが、全然ダメ。眠すぎる。
 そして今日もゼミ。そろそろやばいかも。頭の中を全て研究に移行させていかないと、やばすぎる。その覚悟が必要な時期にきている気がしてならない。
 7時20分帰宅。が、録画予約していたアニメが、8時までであったことに気付かなかった。これが致命的で、大きく失望した。私はGコードなるものは絶対に使わず、常に手動で予約をするため、こういった失敗をしばしばする。テレビ欄をしっかりと見ないからいけないんだけど、よりによってスペシャルとは・・・。
 恐ろしく残念に思いつつも、とりあえず研究について少し調べる。ちょっとだけであるが。
 早めに寝るつもりだったが、1時40分に寝た。これが遅すぎて、翌日に影響を与えてしまう。

 三脚が壊れた・・・。
 もともと壊れていたのは事実で、足を伸ばすと収納するのが極めて困難になると言うものである。しかし、ついに分解までしてしまったのだ。これはひどい。
 所詮安物は安物なのである。安かろう悪かろう。そしてジャンク品。すべてそのとおりといえばそうなのであるが、やはり高い三脚じゃないとだめなのだ、と改めて納得させられた。
 それにしても、買ってから3ヶ月で壊れる三脚って、いったいどんなだ。


2003年6月26日(木)
 起きたのは結局いつもと同じ8時。これではサイクリングに出かけるのは難しい。
 そもそもサイクリングなどではなく、もっと楽しい旅行レベルのものじゃないと気合が入らないのだ。
 武蔵五日市などはどうであろう。結構楽しめはしないか。日原鍾乳洞、少し遠いか。西沢渓谷、混雑していそうだ。
 一方で稲城市の棚田というのもかなり魅力的である。尤も、近すぎて貴重さが分からないのであるが。
 とりあえず借りていたビデオを2本、合計2時間30分程度を見る。これが終了したことで、いつもで返せるわけで、結構気が楽である。
 授業終了後、多摩図書館へ。図書館では鉄道ジャーナルを読もうと思っていたのであるが、すでに呼んでいる人がいた。その人が読み終わるのを間って、6時20分ぐらいから読み始める。その後40分、ひたすら読んだが全然時間が足りない。ただ南武支線や南武線が取り上げられていたのは、結構うれしいような。
 庭の草木が梅雨時のせいか、すごい伸び方をしている。これをうまく剪定しなくてはいけないのだが、脚立を使ってもだめな高さまでのびてしまっている現実もあり、相応の効果は望めない。
 夕食を食べる。おいしい。
 食後はいつもと同じように時間がつぶれていった。もう少し分散させないと。少なくとも、計画的という言葉をかけらでも実行できれば、かなり変わっていくのだろうが。
 院試験なんてものがあるが、全然やっていない現実がここにある。


2003年6月27日(金)
 起床時刻はいつもと同じ。だが、それでは遅すぎるし、おまけに眠い。
 どうも中途半端なのである。結局この日も時間を有効に使えなかった。
 11時ごろ、家を出発。少しだけ稲城南山への探検とする。それも本当に少しだけであるが。
 京王YL駅から妙覚寺へ向かう。アジサイがかなり咲いていた。ここのお寺は梅とアジサイが名物だろうか。

妙覚寺尊のアジサイ

 そのままありがた山へ。やはり石像の多さに目を引かれる。いつきても風景が同じなのがちょっと飽きるが、それでも面白いのは事実だ。ただ、この時期だったら本来は小田良の方向に向かうのが筋なのかもしれない。周辺は静かで、京王相模原線の走行音がくっきりと聞こえてくる。

ありがた山石造物群

 戻って駅で食事。8分の電車で調布へ向かう。今月いっぱいやっているセールにのっとり、今日もアイスを食す。やはりおいしいものはおいしい。
 そして授業。3時限は大丈夫だったが、4時限はだめだった。少し運動をしたから大丈夫だったのではと3時限終了時には思ったのだが、やはりだめだったのか。
 そして研究室へ向かう。勉強をひたすらする。ニューラルネットワークの勉強とBP法(バックプロパゲーション法=誤差逆伝播法)の勉強である。この研究室の天才であるD5氏に教えてもらった。お陰で自力だったら何日かかってもわからなかったであろう内容が、2時間程度である程度理解できてしまった。・・・やはり天才か。
 9時30分、帰宅へ。調布駅までカメラをあちこちで構えつつ、写真をどんどん撮っていく。
 家に着いたのは10時15分。そして遅い夕食。さすがに充実した一日だったな。
 に、してもである。最近は本当に時間がない。遊んでいる時間がない。これは良いとして、パソコンに時間をかけすぎてとてもじゃないけどダメダメの状態。時間がないよなぁ。
 とりあえず川崎縦貫に関する話題が終わることを祈る。これが終わったらしばらく休業に入るつもりだ。BBSは有意義な場であるが、時間を食いすぎるのは不本意である。もちろん、きっちりと分けることが出来ない私が全て悪いわけであるが。本来Rom専が私の姿だ。見て楽しむべきものではなかったのだろうか。知的好奇心を満たすには、そのほうがはるかにいいことである。
 やはり馬鹿にはそういう事はできないらしい。やはり私は馬鹿なのだ。そう思い知らされる。


2003年6月28日(土)
 起きたのは10時30分。遅すぎる。
 夢でも考えていることが・・・ってやめておこう。だから馬鹿なのに違いない。とりあえず川崎縦貫の話題が完結することを祈るしかない。すばらしい論客がおられるので、その方に任せるのが妥当だろう。
 昼食はあまり食欲を感じず。たっぷり食べたが、あまり意味はない。そして出かけようと思ったが、怠け癖のほうが先に出てしまった。寝たらアニメを見事に見過ごした。酷いな、こりゃ。昼寝の中でも・・・もうやめんか。
 夕食を食べた後もパソコンへ向かう。こうして時間が無為に過ぎ去っていく。ビジョンを描いて行動できない、それが天才と馬鹿の典型的な違いなのかもしれない。
 昼寝をしたせいで、全然眠くない。2時過ぎに寝た。本当はTSUTAYAにビデオを返しに行く予定だったのだが、雨が降っていてダメであった。


2003年6月29日(日)
 今日は起きたのは6時だった。犬がないてうるさくて目が覚めてしまったのである。にしても、なんという使えない犬だ。
 興味をひこうとしては鳴き、少し気に食わないことがあるとすぐほえる。
 恐ろしく体力があまりきっている証拠であるが、家族全体が迷惑を被っており、全くもって冗談ではない。
 そんなに体力があまりきっていても、自分から立ち上がろうというつもりは全くないらしい。立ち上がると外に出されて、構ってもらえなくなるとでも考えているのだろうか。
 正に「犬知恵」といえよう。これは母の名言である。
 結局途中でまた寝てしまったため、10時30分に起床。当然アトムは終了。もったいない。2週連続か。やはり運動不足で、体の調子が狂い始めているのだろう。運動を全然しないのはよくないな。何せ通学時間が短くて、楽すぎるのだから。
 とりあえず勉強に専念する。ひたすら専念と行きたい所であるが、昼食後は眠くなり、2時間就寝。そしてまた始めるが、集中力がプッツン。
 夕食後、TSUTAYAに返却へ。自転車という手もあったのだが、結局は自動車を使った。結構混雑していた。今日は天気がよかったからだろうか。
 2本借りる。本当は借りるべきじゃないのだろうが、自らの意志の力を信じることにしよう。
 とりあえず今日の宿題。全く理解ができない。あの先生の授業は盤所が速すぎるので、写す事しかできないのである。にもかかわらず、授業中に理解しろ、などと訳のわからないことをいうから困ってしまう。盤書しなければ、後から思い出せないだろうし、そもそも盤書しなかったとしても、理解できるか疑わしい。
 そんな授業で出された宿題を理解できるわけ無かろうが。なめんな。
 本当にふざけている。そもそも、授業とは何だ。もっと耳を傾けてはいかがか。今、此処で問うても何にも起こらないと分かっていても、こう問わずに入られない。
 授業とは何ぞや。分かりやすく教えることで、生徒の手助けになるべきものではないのか。
 結局寝たのは3時ごろ。相変わらず遅い。


2003年6月30日(月)
 いつも通り朝早く起きる。そして自転車で学校へ向かう。今日は雨が降らないはずであるからにして。
 授業を二つ受ける。そして昼食、そして昼寝、そして研究室、そして勉強である。
 しかしである。なぜにD5さんの説明はこうも明快なのか。理由は一つ、天才だからである。
 やはりこういった優秀な人が教師になると、多くの生徒たちが救われるのだろうな、と思わされた。
 明日も宿題、そして明後日はテスト。そういったことを頭に入れつつ、帰宅。
 にしても思うのであるが、どうなのだろうか。もうちょっと運動をしないと、からだが変になってくるようである。
 調布−自宅は6km強にすぎない。これでは全然運動にならないのである。そもそも、自転車をこぐことは、運動にははるかに遠い。無論、雨の日に傘をさしてとか、逆風の中走る、とかは別なのだが。
 もちろん、楽に走れることはいいことなのだが、寄り道すらする余裕がなくなってきている最近の状況が悲しくもある。
 この日は何とか夜のアニメを思い出して見る。そうするともう2時を過ぎてしまう。ああ、今日も夜更かししてしまった。
 そうして今日も一日終わっていくのである。



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