2003年6月11日(水)
昨日3時に寝たということもあり、猛烈に眠い。眠すぎる。
というわけで、母に起こされても全然目が覚めない。寝ていたいと言う魅力が強烈に過ぎる。本当に眠かった。
5分ぐらい起こされ続けても起きることができなかった。もはやどうしようもないとしか言い様がない。なぜにここまで眠いのか。
とりあえず朝食を済ませ、京王稲田堤へ。いつもの電車に乗り、授業。授業を二つ受けたあと、図書館でニュートラルネットワークについてかかれた本を借りる。研究について少し勉強をしようという意志なのだが、2ヶ月もたってからとは、さすがに遅くないか?
昼食をとりつつ、本を読んでいく。最初の概要の方は理解が早い。それにしても昨日暴食したせいで、食欲があまりない。
いつのまにか椅子に座って寝ていた。今日は早引きしよう。TSUTAYAでCDを3枚、473円。
妄想にふけっていたら、降りるべき駅で乗り過ごし。おいおい。永山まで連れて行かれた。何やってんだか。ただ、相模原線のローカルな車窓を見ることができたので、よしとする。というか、これって明らかにいけないことではありますが。それにしても、永山駅随分ときれいになったな。工事なんかやっていたっけ。戻りはかぶりつき。100kmを超える運転が見られるので、気分壮快。
信じられない迂回を経て、帰宅。帰ると件の本を読む。数式が出てきたところで、猛烈に難しくなった。大丈夫か?理解が難しいな。
少し寝て、夕食。自ら何をすべきかについて考えることもある。
今日も少し無為に時間を過ごした。これは非常に痛い。
時間はできるときにはできるもの。しかし、それをどう使うかは、非常に難しい。本当に難しい。
果たして明日も時間があるが、この時間をどう使うべきなのだろうか。有意義な時間の使い道とは・・・・。自分の好きに時間を使うのも、そろそろ考える時期に来ているような・・・。
2003年6月12日(木)
眠いので、起きたのは9時。どちらにしろ優雅なことだ。
とりあえず朝食を頂き、その後はパソコンへ。12時ぐらいまで向かっていて、かなり時間を無駄にした。
そして勉強を久々に真剣に。学校に行くまでの1時間30分程度であったが、その気を出すのは結構久しぶりだったかも。
今日も京王稲田堤駅へ。ぎりぎりで調布どまりの6両編成に乗り、比較的余裕を持って学校へ。
授業を二つ聞いた後、図書館で少し本を読み、そして帰宅。
帰ってから、いろいろと考えて一つの文章をまとめる。これには約2時間。まぁ、それぐらい時間をかけないと、いい文章と言うものは書けないものだ。って、本当にいい文章なのかは、自分自身で判断するのは何ともいえないものですが。やはり他人が判断するものですが。ですが、って繰り返すと、「な、もし」の坊ちゃん状態でありますが(謎)。
とりあえず力を入れて文章を書くと、それなりに疲労するが、達成感がある。
この日も少し遅い眠り。
2003年6月13日(金)
今日は8時30分に起床。優雅だ。
とりあえず食後に勉強をする。そろそろエンジンをかけないとな。
昨日の夕刊の「素粒子」を見た。勝手に転載しちゃいけないので書かないが、なかなか面白い。
とりあえず勉強を続ける。そして学校へはかなり遅れ気味に。12時44分ぐらいにでれば、そりゃ遅いと言うものだろう。だが、それでも1時7分に到着。自転車ならではだ。
授業を二つ受けた後、外に出ると晴れていた。というわけで久々に出かけたくなり、関東村へ向かってみる。といっても関東村には入れないし、どうも開発されそうな感じである。旧東京スタジアムは調布飛行場の一部を潰して作られているが、この余剰によってできたのはそれだけではなく、東京外語大もそうだ。こういった用地が偶然残っているというのは都合のいい話だが、いろいろと使い方を考えるのは難しいところだろう。
関東村に住むお化け???
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多磨駅へ。ここはすでに府中市。ローカルな西武多摩川線が見られる。しかし、線路の上にある猛烈に高い送電線は一体・・・。
都立公園である野川公園へ。とりあえず入口だけ撮って次へ。そして近藤勇の銅像がある場所・・・なんてお寺の名前だっけ?
近藤勇の銅像です
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武蔵野の道、だったかに入る。ここあたりは保護がかけられているため、いろいろと楽しめる。
特に田んぼであるが、おたまじゃくしが当然のように見られたし、水路にはアメンボまで見られた。風で苗がかなり傾いていたが、美しい風景であることに変わりはない。
そこから国立天文台へ向かう。天文台通りは緑豊かでうっそうとした通りなのだが、その分狭い。もちろんそれでいいと思うのだが、拡幅工事のために天文台側の緑が削られている。別にいいじゃないかと思うのだが・・・。
国立天文台を久々に見てから、神代植物公園に向かう。すでに閉園の時間なので、静かな雰囲気をたたえていた。夕日の暖かい光が差し込む。
深大寺へ下る。もう全ての店が閉店なので、静かだ。水生植物園も終わっていた。水生植物園は、遅い時間に見てみたいのだが・・・。
研究室へ。1時間30分ほどのサイクリングだった。研究室では勉強。とりあえず勉強をしなくてはなるまい。
3時間ほど勉強してから帰宅。帰宅ルートは今日は川原橋を使って遠回り。それにしても、今日も鶴川街道は大混雑。一の理由が川原橋、一の理由が南武線矢野口踏切だ。矢野口踏切が一番罪深い。これが多摩沿線道路の混雑をも引き起こしている。その踏切は強行突破できないように二段構え。その前に、もっとあけるようにしたらどうなのかね。
適当に遠回りしてから、府中街道を経て戻っていく。
JAFメイトが来ていたのだが、今日の道路の危険を察知する問題で、尻手黒川道路の犬蔵交差点付近が写っていてびっくり。それも超有名な讃岐うどんの店「綾」が写っているし。
適当に作業をしてから、ネットに接続。メールがいくつか送られてきていた。夜遅かったので、かなり慌て気味。のんびりとしている間もなく、時間が過ぎ去っていく。
2003年6月14日(土) 川縦トレース
どうもよく眠れなかった。6時ごろいったん目覚め、8時に結局起床。下痢が酷く、3度もたて続けに。とりあえずヤクルト400を使用し、下痢を収めることにする。それでもかなり下痢が強いらしく、またも出た。かなり酷いらしい。
今日は3000円程度の出費になりそうだ。これは結構痛い。まぁ、致し方のないところであろう。
それにしても、今日のような体験は初めてになる。無論、こういうのは私は好きじゃない。ただ、文章を見てきて、どれだけ同行するだけの価値がある人かは、それなりに分かっているつもりだ。だからこそ、今回の集まりに参加することを決意したのだ。
とりあえず出発。登戸駅へ、自転車を走らせる。ちょうど駐輪場に止めて、駅の目の前に来たところで上りホームに103系の川崎行きが到着。一本遅かったようだ。で、時刻を見ると・・・、13分もない。・・・きたよ、JR-E。使えねー。パターンダイヤじゃないのかっ。
とりあえず登戸駅のみどりの窓口でパンフレットを読んで時間を潰す。いろいろと興味を惹かれるようなパンフレットがあったが、いちいち持って帰ることもないので4分ほど前に自動改札へ。で、自動改札に跳ねられる。イオカードの磁気がどうも狂ったようであった。2ヶ月以上も使っていなければ、そりゃあそうか。
登戸駅ですでに着席の倍の人数が乗る中、南に向かうにつれて人を増やしていく。溝の口で座席の3倍ぐらいの人となった。混まない川崎側に乗っていてもこれでは、立川側の方は相当な混雑に違いあるまい。
新城、中原の乗降客もかなり多め。小杉で大きく減らした。鹿島田でいったん下車。205系を見送る。
鹿島田駅は橋上の駅になっていた。駅は8連化対応の工事中。意外だ。
6分後の電車に乗り込む。103系を運良くゲット。モーター音が唸りを上げているのが、国鉄時代の面影を強く残している。もちろんそれだけではなく、古臭い車内もそうだ。上では冷房と共に扇風機まで回っていた。時間がつまっていることもあり、こちらは空席が残っていた。これぐらいのダイヤだったら、南武線をもっと使う気にもなるのだが。
川崎駅に到着。時刻は10時12分。またもトイレに行きたいので、とりあえず川崎BEへ。またも下痢だ。これで出し切ったのならばいいのだが、それなりに気になる。
10時20分頃、コンビニの前へ。打ち合わせ場所はここだったと思ったが、とりあえず確認。歩道橋の下、とも読み取れるので何とも・・・。
とりあえずぶらつく。2人組の怪しい(爆)人達がいたが、3人じゃないのがどうも分からない。
3人になったところでほぼ確信。挨拶をして合流。G氏、K氏、T氏とともに、【検証:】を開始する。
まずは川崎アプローチ線から。しかし川崎アプローチ線を作る費用で、LRTを2本も作れるというのだから、衝撃的だ。ならば、コスト的にどっちが優位かは明らかだろう。にしても、T氏の見識には、この後も脱帽させられるしかないほど。この方は、住民以上にその土地の事を知っている。凄すぎ。
とりあえず浜川崎駅へ。乗ったことがないのでローカルさをうわさに聞くだけだったが、これは凄い。このローカルさは、訪れてみるぐらいの価値は確実にある。山手線圏内から20km以内でこんなところがあるとは・・・、というのはさすがに驚きすぎかな。
さらに産業道路に入り、片側3車線の道路を走る。中央にめぐらされたつたによって粒状物質を吸着させて環境を一気に改善したというのだから、これは凄い。これもT氏の見識によるもの。
大師線の踏切を渡った後、R409に。またも大師線の踏切を渡る。この踏み切りに関しては当然解消されるべきとT氏から示される。渋滞してないからいいのでは、と思うのであるが、朝は渋滞するから、だそうな。それを言ってはおしまいよ〜。ここは別にいいと思うのだが。少なくとも、何度か通って不快感を感じたことはない。
川崎駅に戻ってきた。K氏はいったん所用により抜けた。戻ってから再出発する。駅の西側へ。東芝の広い跡地が目を引くのだが、その再開発でいろいろと西口の変貌が見えてくるようだ。
ここから先、T氏の運転がうねりを上げていく。全く途中から分からなくなってしまった。なぜここまで生活道路を知っているんだ???ここは幸区なのに。
とりあえず新鶴見停車場の広い余剰の土地を見ると場所を把握。新川崎駅に到着。鹿島田、新川崎が何とかならないか、という話も当然のように飛び出していく。
知らない道を通って、あっさりと元住吉駅に至る。ここも商店街には再び驚かされるが、ここで元住吉か、日吉か、という話に展開が。T氏は日吉か元住吉かならば、元住吉の方が集客の面でも強いし、新川崎に向かうルートも考えると非常にすんなり行くとの判断を示す。そして慶応の学生需要をあまり高く見るべきではないと。確かに難しい問題だ。商店に関しては明らかに元住吉に分がある。ただ、横浜市営地下鉄4号線をどうするか、というのが課題だ。
当然、鷺沼についても議論が出てくる。四連続優等停車はまずないからというもそうであるが、区役所を取るか、自然なルートを取るか、などなど。確かにきわどいところか。なぜに元住吉に急行を止めないのか、などなど。
尻手黒川道路に出た。やはり動きは悪い。井田営業所を見、そして尻手黒川が片側2線になって間もなく、蟹ヶ谷へ向かう。道路状況が貧弱な地域であるが、ここを如何にするかもそれなりに重要なところか。ここでバスの状況をK氏、G氏は撮影。
県道102にいったん出る。横浜市営地下鉄の工事が行われており、車線幅が減少していたが、それでも片側2線を一応確保していた。
同じ道を戻り、尻手黒川道路に戻る。久末駅の場所を通過。第三京浜の下に野川ICができるそうな。全然知らなかったけど、工事をやっているように見えない。
バス通りとはちょっと違う道路を使って野川駅予定地へ。蟹ヶ谷の時と同じように、バスの状況に目が当てられる。
R246へ。すぐに離脱して、馬絹の交差点に至る。ここは旧道との交差であるが、この尻手黒川の最大の弱点は、右折車線を入れると逆側の車線を削ってしまうことになる点だろう。これは馬絹・清水台、でそれぞれ。
宮前平の駅を見てから、宮前区役所に向かう。この勾配にはK氏はかなり驚いていた。これが川崎市の最大の課題。この勾配で、どれだけの人が自転車でアクセスできるか、というのも少々不安にさせられる。地下鉄アクセスの不安材料だ。
あと、ここあたりの買い物の先はどこだろうか、という議論。結構川崎への買い物が多い、という指摘。これは渋谷、二子玉川、溝の口がどうも東急系であることが影響しているらしい。小田急線沿いだと新宿、町田となる。新百合ヶ丘や下北沢と言うのも確かにありではあるが。そう考えると、川崎の集客力は結構侮れないのだ。なるほどなるほど。つまり東急田園都市線と小田急小田原線との間で、向かう先が結構異なる、というわけか。
ただどうだろう。溝の口の集客力はかなりのものがあるはずだが。あの二つのビルの集客力はほとんどないが、下町ともいえるあの強烈な商店街は、かなりのものではなかろうか。それをいうと、新城もそれなりではあるが。
その他、仙川が集客力があるが、調布はないとか。調布も商店街があり、結構人がいるのであるが、見ていないのだろうか?PARCOや西友だけではないぞ。あと、三鷹が全然ダメとか。そこまでけちょんけちょんに言うほど悪いとは思えないのであるが。尤も、魅力ある商店が不足しているのは否めないか。
ぐちゃぐちゃした道を行く。梶ヶ谷貨物ターミナルへ向かった。武蔵野線に関しては、T氏が明確な答えを出した。梶ヶ谷と稲城以外は無理である、と。この後東名向ヶ丘でさらに詳細な説明をしていただいたが、それは後述する。
再出発。ぐちゃぐちゃ走って、梶ヶ谷駅へ。貧弱な駅であることを散々にT氏はけなす。いや、そこまで言うほど悪いかなぁ。南武線の駅を見ていると、これでも相当マシに見えるのだが(笑)。ちなみに、ここの近くに大井町線の車庫ができるとのこと。建設が延期されているけど、つながる日はいつやら。
R246に入り、再び馬絹の交差点。ここを右折して宮前平、犬蔵、そしてさらに先へ。清水台交差点付近にあるデニーズで昼食休憩。さすがに乗りっ放しであったので、かなり疲労気味。
昼食後、車の中が暑い。
出発。蔵敷駅へ。この駅の名前に誤解があったようなので、一応記すが「ぞうしき」である。ちなみに犬蔵は「いぬくら」である。ちなみに神木は「しぼく」である。最後はかなり難しい(笑)。
聖マリアンナ医大へ。ここのバスターミナルが凄いので、ここでも撮影。ここのターミナルには凄いものがある、確かに。ここが駅ではないのだから、ある意味、三ヶ木バスターミナルを思い出させられる。
撮影が終わったので、出発。長沢駅へ。この駅の場所からは、隘路を走る厄介な展開になった。にもかかわらず、ものともせずにT氏は運転を続けてあっさりと生田南郵便局の交差点に到着。この方は、一体何物?
尻手黒川道路へ。新百合ヶ丘へ向けて走る。高級住宅地と共に多くのバスを見つつ、新百合ヶ丘のバスターミナルへ。これにはK氏はかなり驚いていた。確かによくできているが、周りの道路の貧弱さを何とかせねばなるまい。このままだと、バスでパンクする。コミュバスをどれだけ使えるかも、ちょっと考えてみたい。麻生区役所を始点として、バスターミナル裏側を通るルートを設定できないだろうか。かなり速く抜けられるだろうし。
柿生駅へ。世田谷町田線の混雑が酷い。いつものことではあるが、今日は下り線が随分と酷く感じられる。
柿生駅の惨状を見てから、わからない道路を経て、真光寺川沿いの道へ。ぐるぐると回って王禅寺ふるさと公園、そしてすすき野に到着。ここが「核」というT氏であるが、どうであろうか。これは「核」というのはちょっと違うとは思うが・・・。尤も、周辺の中では栄えているのは事実であろうが、「核」か?
ぐるぐるとまわって横浜生田線へ。市道に戻ってから稗原を抜け、鷲ヶ峰営業所へ。マンション(団地?市営住宅?)の下にぎっしりと止まるバスの数々を見ることができる。
ここから稗原に戻り、溝の口−神木−平−蔵敷−稗原のバス路線の見学に入る。
初っ端から数字の多さに驚かされるが、バス停で待つ人数も多いのが特徴。これが溝の口まで続いていくのだから、かなりすごいと言ってよいのは事実だ。
蔵敷を過ぎると、さらに増える。とりあえず平2丁目でバス通りから離脱し右へ。左に行くとおし沼行きのバスが向かうところで、さらに行くと向ヶ丘遊園駅となる。が、今日は確認しなかった。こちらへのバスの可能性はかなり高いと見るがどうだろう。T氏は向ヶ丘遊園−宮前平の路線の可能性が高い、とされていたが。
途中のミニストップで休憩に入る。雨が降り出した。いよいよだな。
東名向ヶ丘停留所へ。この下に武蔵野貨物線が走っているので、改めて質問をぶつけてみた。
なぜに武蔵野貨物線の工事が難しいのか。まずは梶ヶ谷と稲城の駅は可能だが、旅客列車を走らせるにあたって必要な避難杭がない。そして武蔵野貨物線がNATM工法で建設されたために、横をほるとトンネルが崩れてしまう。よって補強しながらとなるわけだが、そうなると単線にした状態で建設せざるを得なくなるため、本数の多い武蔵野貨物線には大きな負荷がかかる。加えて工費がバカにならない。よって不可、と。
個人的には梶ヶ谷と稲城のほかに、専修大前と東名向ヶ丘の場所に駅を作れば大幅なバスの再編でかなりの効果があるのでは、という考えがあったのだが、見事に打ち消された。しかし、武蔵野貨物線がここまで難しいものとは、さすがに素人には及びのつかないところである。
東名料金所に面している東名向ヶ丘バス停はさすがに見ごたえがある。ここでETCの議論が少し。これを見ていると、ETCの利用率もなかなかのものだ。
件のバス路線に戻る。渋滞が所々で激しいが、森林公園を過ぎたあたりで流れが突然良くなった。ただし、南武線への踏切の通りは道が一杯になっていた。制御が下手糞だな。
溝の口駅に到着。南側のバスの状況にも目が当てられる。それにしても、どのバスのそれなりの乗客を乗せて次々と出て行く。うーむすごい。
そのまま南へ。トレースがほぼ終了したということで、第三京浜から横浜へ向かうことに。踏切では103系が走り去っていった。
第三京浜への入口に関して。この入口に関しては相当いろいろなことが言われていた。なにやら、相当変で難しいとか。それもここにしかない、非常に特殊なものだとか。・・・そうなのか?!(爆)。
信号待ちを食らわされたものの、乗ってしまえば非常に速い。ちなみに第三京浜は、都筑ICができるまでは自己申告制だったというのだから、あまりにも凄すぎる。これもT氏による。さらには運賃が東京−川崎で30円だったとか。・・・そんなはした金取るな。
第三京浜が環八で止まっていることに対する議論。私はこれによって混雑しないからいいと思っているが、やはりつながったら、と考える向きもあるようだ。もちろん否定はしないが、どこにもつなげようがないのが厳しいところ。やはり外環しかないか。
三ツ沢で降りる。以降さっぱり。とりあえずフロンターレのサポーターが多くいたため、これをどう捌くのか、とT氏が注目。
なにやら良く分からないが、MM21線の話題となる。というわけでMM21線のトレースと論議。なにやらいろいろと盛り上がったが、需要はあるが運賃が、などなど、本数がどうだ、などなど。本当ならば横浜から本牧までのLRTではないのか、などなど。
さらに横浜市営地下鉄の本数についての論議。7.5分ごとのダイヤがどうか、というもの。末端部ではやや過剰気味だが、中心部ではかなり少ないようだ。確かに考えると、営団で7.5分おきだったら結構ショックだな。もっとも、放射線の急行は大体10分ヘッドであるが。
さらに大黒へ。なんとベイブリッジの下に一般道ができるとのこと。これにはさすがにびっくり。そして実際にクレーンが大量に。うわっ、本当に作ってるっ。大黒PAに至っては、さらに大きく驚かされた。すごいでかいPAであることはそうであるが、一周以上回って降りていくのにはもうびっくり。こういうのを見ると、日本は土建国家だな、と思ってしまう。T氏に怒られそうであるが(笑)。
湾岸線に復帰し、そこから川崎縦貫高速へ。さすがにガラガラ。少なくとも大師までつながらないと、全然意味がない。
その後川崎駅へ向かうのだが、猛烈な渋滞に巻き込まれた。ガソリンを入れるなどの作業が加わったとはいえ、ものすごい渋滞でほとんど身動きが取れない。ところで12リットルぐらいしかこれだけ走って使わないとは、我が家の車とは大違い。我が家のだったら確実に20リットルは減る。
この川崎のLRTはかなり有力な手段ではないだろうか、とT氏は指摘。やはりここは向いているよなぁ。車線を絞ってバスが減るのだから、かなり強烈な効果が出るはずだ。
何とか返却したところで、今日の日程はようやく終了。もう6時30分を過ぎていた。
家で食事の支度を待っていてくれていることもあるので、私はここで離脱。川崎の街を少しカメラで収めつつ、南武線に乗り込む。今日の出来事を振り返ると、ほとんどT氏に教示して頂いてばかりだった。私は地元の人間なので、何か教えられるところがあるかと思ったのだが、T氏一人いれば十分だったのは間違いあるまい。何か情けない。
ただ、T氏の見識の凄さには大いに驚かされた。こちらも非常に勉強になったのは確かである。ただ、市民サービスを絞ってまで地下鉄を作るべきだ、というのには絶対に賛成できない。これに関しては、考えが確実に対立してしまう。少なくとも、市民サービスを絞るのならば、私たちは川崎市を出て行くことになるだろう。
何にしても、今後の議論はかなり難しいのは確かだが、気合を入れてがんばろうか。
登戸駅に到着。にしても、南武線の乗客って、かなり長距離利用が多い。川崎から登戸まで、相当数が乗り通しているな。うーむ。つまり、京浜東北線−東横線−田園都市線の客は大井町線に取られているのではなかろうか。それも相当数。
雨降りしきる中、家まで約2km。結構濡れた。帰ると食事がある。ありがたい限りですな。
猛烈なスピードで今日の記録を書き上げていく。それなりに疲労するが、まぁ、いいことにするか。
2003年6月15日(日)
9時に起床、というよりも起こされる。
犬が今日手術をするので、送らないといけないのだ。
とりあえず朝食もできないまま、車の場所へ。シーツをひいて・・・などなど、いちいち面倒であるが、やらないわけにもいくまい。なにやら眠い。
今日の府中街道はいつもと比べるとかなり空いていて、制限速度を出せるぐらいだった。実はこれは凄いことなのである(爆)。
犬と父を下ろした後は、とりあえず菅北浦のとある場所に車を置いて、ナビをいじくって遊ぶ。といっても、すぐに呼び出しがかかった。早いな。
戻る方はさらに空いていて、制限速度を超えて走れるほど。おーっ、珍しすぎる。
帰ると、暗い空と同様に、気力も曇り空。全然気力がわいてこない。昨日テンションを上げすぎたらしい。うーむ。
母は午後新百合ヶ丘に。地元では物がそろわない。遊園は使えなすぎる。
午後も早々に昼寝の体勢に。で、母がカーペンターズの音楽をかけたことで目が覚める。猛烈に懐かしかったため、しばらく動くことができなくなった。心に染み込んでくる。
勉強を始めようとしたが、全然やる気が出ない。気力ゼロ。ひどいな。明日の宿題をどうしよう。
夕食がうまい。こんな幸せでよいのでしょうか、私。
夕食後、しばらくアニメを見て気を紛らわせる。それでも気力の回復は全然だ。どうなっちゃったんだろう。
結局宿題を終えたのは午前4時。なんちゅう遅さだ。当然空はもう明るい。
2003年6月16日(月)
昨日寝た時刻が時刻であるから、猛烈な眠さだ。とりあえず気合を入れて起きる。
とりあえず京王稲田堤駅へ自転車を走らせる。踏切が閉まっていたのだが、一本上り線がいったあと、十数人が踏切を不法横断。今日はひときわ多かったような。最後の一人が結構きわどかったため、立川からきた209系に鳴らされていた。踏切さえ渡ってしまえば、あの電車に乗れる・・・か。気持ちは痛いほど分かる。責める気にはならない。とりあえず目の前で人がはねられなかったことを感謝して(縁起でもない)。
授業を2つ。やはり難しい。もう少ししっかりと勉強したいところであるが。
おにぎりを食べつつ、午前の授業の復習。・・・眠い。結局座ったまま寝てしまうので、あきらめて横になる。・・・ってそれでいいのか。
寝てから研究室へ。研究室ではプログラムの勉強を開始する。それにしても、じゃんけん、か。これで一体どういう乱数を使用して撃破するべきなのだろうか。うーむ。とりあえず手抜きで作ったK氏のDLLに、全員惨敗といっていいほどやられていた。なぜにじゃんけんでここまで負けるのか、は当然タネがあるのだろうか、これは教えてはもらえない。勝負は2週間ぐらい先だろうか。
本当にK氏はすごいな。とりあえず勉強しかあるまい。
6時ごろ家から呼び出しがかかる。犬の退院のため、迎えに行く必要がある。当然歩くのが困難なので、車の運転ができる人が必要。というわけで、急いで家に戻る。
帰りにティッシュを三個ゲット。最近消費者金融が配らなくなってきたため、大収穫だ。とりあえず25分の急行に乗れそうなので、家に電話。40分ぐらいに何とかなると。
とりあえず駐車場までダッシュ。湿度が高いため、びしょびしょになった。学校帰りなので、当然免許証はない。うおーっ、法律違反じゃ。まぁ、今まで「出せ」と言われたことは一度もないが。
とりあえず7時までに着かないといけないので、急いで車を出す。ただ、府中街道はいつものことながら混雑しており、少しいらつく感じ。
自転車とほとんど同じぐらいの表定速度で到着。とりあえず犬を引き取る。バカ犬のことなので、病院で楽しい一日を送ったに違いあるまい。なつかないバカ犬は嫌だね。ちなみにもう13歳8ヶ月の高齢である。が、バカなのは年をとっても同じである。バカは死んでも治らないのです。見ての通り。ちなみに今回の手術費は・・・8万。なめんな。
犬を車に乗せるだけで2分ほどかかった。そして府中街道を歩く歩行者などに気を付けつつ、交通量の多い府中街道に出す。後はすんなりと帰宅。
犬の問題もあり、夕食は8時から。犬がしょっちゅう鳴くので、一家うんざり。それもいつまでも鳴き続けるのである。で、顔を出すと突然収まる。・・・。もはや何も言うまい。
今日の市長の会見はまだ市のサイトには公表されていない。一番重要なところが載っていないので、ちょっとコメントしづらい。21時過ぎに検証を覗いたが、誰も何も書いていない。うーむ。とりあえずニュースを見て、概要だけ。
後は勉強する。どうもはかどらない。
2003年6月17日(火)
とりあえず午前中は空いている、というわけでかなり優雅な午前。
どうも勉強がはかどらない。困ったことだ。しっかりしなくては。
よく雨が降る。それでも今日はライフができたので、母は開店セールに出かけていった。
ちょうど雨が止んだところで、私は出発。少し降っているが、特に問題はないか。
授業へ出かける。一本予定のに間に合わず、かなりぎりぎりで教室に到着した。
授業終了後は研究室へ。いろいろと勉強。もっと勉強しなければ。遊んでいる暇など無いはずだ。
今日はライフでいろいろと買ったので豪勢な食事となった。
その後BBSを見ていたせいで、かなり疲労した。なにやら自分の発言が情けなくなってくる。こういう時には自分の発言でレベルを下げているような気がしてならない。それで非常に疲れてしまった。
とりあえず明日返すCDのダビングの作業が遅れたため、かなり痛い。お陰で夜更かし確実。おまけに最後のCDが全く入らない。いつも故障気味のCDデッキだったが、こんな時になって・・・。
結局寝たのは2時を大きく過ぎていたが、それ以上に疲労感が溜まった。
2003年6月18日(水)
当然夜更かしのせいで朝眠いが、おとといに比べればかなりマシ。
少し遅れ気味に出発。自転車を学校まで走らせる。
授業を2つ。集中力が飛んでいて、どうもよくない。しっかりしなくては。終わったら雨が結構強く降っていた。
昼食を食べた後、TSUTAYAに向かう。そのTSUTAYAで当然のように自転車を停めたのだが・・・
ドンガラガッシャーンッ!!!
停めた自分の自転車が倒れ、将棋倒しに6台程度倒れた。しょうがないので少しづつ直していったところで・・・
ガラガラガラズッドーンッ!!!
またも倒れ、今度は10台・・・。店の人に手伝ってもらったのだが、ここに停めている自転車のほとんどが不法駐輪であり、こういうのには腹が立つ。何で私がお前えらの自転車を立て直さなきゃいけないのじゃ。なめんな。
CDを2枚、315円で借り、研究室へ。とりあえず本を読み、そして結構昼寝。そしてプログラミングの初歩。
5時限はまたも授業。そして少しプリントを読んでから帰宅。布多天神ではなにやらお祭りらしい。出店がいくつか出ていた。だが、まだ始まっていない。
お祭りかぁ・・・
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帰宅後はアニメ。そしてパソコン。これで時間がつぶれていった。
ひとまず眠りにつく。
2003年6月19日(木)
どちらにしろ、この日は余裕がある。
かなり怠惰な時間を過ごし、昼食を家で食べる。といっても、用意してもらっていたおにぎり2つであるが。
出発。暑い日だ。京王YL駅に向かうのだが、崖沿いの道は森林に面しているので、とても心地が良い。というかあからさまに温度が低いのだ。
21分の快速で調布へ。そして授業を二つ受ける。
とりあえず調布市立図書館に向かおうと思ったのだが、31で三個のキャンペーンをやっているとのこと。2個の値段で三個食べられる、というものだ。これは食べていきたい。という訳で、一人でアイスを3つも食す。本当は2人ぐらいで、分けて食べるのが本来の姿なのだろうが、今はどうせ無理な話である。とりあえず一個あたり120円程度まで安くなっていることを考えると、それなりではなかろうか。
調布市立図書館へ。ここの在庫の多さにはいつも驚かされる。調布のほうがはるかに市民サービスが上ではなかろうか、と思ってしまいたくなるほど。おそらく調布市の図書館の充実度は日本有数ではないか。本もきれいで20冊まで借りることができ(何でそこまで借りられるのか良く分からんが)、分館が市内に12(だったと思う、正確な数字は記憶が・・・)、という現状を考えるに、その凄さ。おまけに分館も結構大きくて在庫があるのだから、川崎市の図書館は一体何なのだろうか、と思わせられる。
とりあえず適当に本を手にとり、読み始める。それにしても、本の充実度は凄いの一言だ。
閉館時間が迫ってきた8時に一冊借りて調布パルコへ。今日は19日、一休庵で天ぷらそばが550円で食せる。久々に深大寺そばを食したくなったのだ。
店に入り、頼む。その間にいろいろと予習すべき本などを読んだりしているのだが、あまり頭に入らない。
天ぷらそばであるが、やはり上品だ。ただ、そばが結構柔らかくなっている上、量が少ない。昔はこうだったかなぁ。ちょっと変な気がする。ゆでたてじゃないのだろうか。少し失望した。ただ、素材のよさは確かなようで、ねぎなどは明らかに質のよさを感じた。あとお茶もかなり質が良い。渋みを充分に感じた。
本を読んだのだが、あまり集中できないので、会計を済ませて帰ることにする。
運悪く快速を一本逃し、14分待ち。急行が使えないと、結構不便だ。とりあえずベンチの席が空いたところで、座って本を読む。とりあえずそれだけの時間があれば、結構読めるものだ。
帰宅。結構空が明るい。ペダルに力が入る。
帰宅後は、またもパソコンに時間をつぎ込みすぎた。
2003年6月20日(金)
今日もちょっと晴れている。かなり意外な感じ。
晴れが二日続いただけで、庭の木々はかなり「しな〜」となってしまっていた。
とりあえず授業のために学校へ。授業中眠るとは・・・。少々情けない。
終わったあとは、図書館で昨日借りた本を読みきり、調布図書館へ向かう。
その途中で今日も31でアイスを食す。やはり安いのは魅力だ。
返却した後、置いてある本を読む。そのまま閉館時間の8時30分近くまで約2時間も居座った。それにしても、こんな遅くまで図書館がやっているというのは、本当に凄いことだ。
帰宅へ。歌を歌う若者あり。愛を語らう若者あり。調布も南側は広場がある分、こうした賑わいがある。
京王YL駅へ。こちらは静かで、田舎の残るいい街だ。だが、夜はそれなりに不安にもなる。なにせ、通過した途端に上の街灯が「フッ」と消えるのだから、いくらなんでもたまらない。不気味すぎる。
そんなわけで適当に寄り道して帰るともう9時を過ぎている。少々疲れたが、眠さが残る程度だ。
後はパソコンに向かうだけで時間がつぶれていった。
明日はTSUTAYAの100円セールだ。忘れずに・・・。
ところで、我が家の犬が寝たきりになってもう3日になる。帰ってきた日はまだ良かったのだが、ついに立てなくなり糞尿が垂れ流し状態。食欲すらままならない状況で、こうやってしんでいくのだろうか、ということを思い知らされる。
我が家には寝たきり老人、もとい、寝たきり老犬がやってきた。そんな感じである。さすがにそういう状態になった犬を見ると哀れではあるが、触ると唸るくせまでは損なわれておらず、やはり馬鹿犬なのだ、と思わずにいられないのであった。
しかし、やはり哀れに思ってしまう。老人介護ならば、当然そのように思ってしまうのではなかろうか。はるか先を思って、そんなこともちょっと浮かんでしまった。全然考えられないが。