郵貯日記(2003年6月上旬)


2003年6月1日(日)
 鉄腕アトムの時間には少し間に合わなかった。7分遅れで見始める。
 午前はパソコンを見て、いろいろと知識を蓄える。
 そして昼食はラーメン餃子。ちょっとボリュームが多いので、食べた後は汗をかいた。今日はそれなりに暑いのだ。
 そして2時30分頃、学校へ。途中図書館によりつつ。どうも雲行きが怪しいので、ちょっと気になったものの、とりあえず自転車で行く。帰りにTSUTAYAで何か借りようという算法だ。
 学校の門はほとんど閉じられている。とりあえずカードで開け、後は3時間ぐらい勉強をして帰る。
 TSUTAYAにはいい在庫がない。20・21日は100円セールとのことなので、その日に借りることにしよう。CDに関しては稲田堤店を使うことにするか。
 帰り、多摩川の景色がきれいだった。台風が去ったあとということもあり、山々の稜線が、何段に渡ってくっきりと映し出されていたのである。多摩川の緑も、いつになくくっきりと見えている感じで、日光がいつもと違うということを印象付けていた。
 夕食後は、本をしゃぶるように読み続け、気が付いたら0時45分。久々に集中して本を読んだという感じである。


2003年6月2日(月)
 非常に眠い。気候がいいせいなのだろう。非常に眠い。
 とりあえず母に起こしてもらっても、しばらくは猛烈な眠りへの誘惑が途絶えなかった。
 今日は京王稲田堤へ。先生が入るとほぼ同時に自身も到着。つまり遅刻ですが。
 授業を二つ受けた後、食事。その後は図書館で童話でも読んでいたのだが、猛烈に眠くなり、1時間30分ほど寝た。
 その後、研究室へ行く。プログラムの実力が全然なので、そこあたりは自身でひたすら勉強をがんばるしかないだろう。数学とかの勉強と違って嫌いじゃないから、ここあたりは何とかなるじゃないだろうか。それにしても、理系で数学と物理と英語が嫌い、ってよくそれでやっているよな。まあ、国語に比べれば全然であるが。
 3時間ほど滞在して、帰る。5時限は受けられなかったが、かまわないことにした。
 この日寝たのは2時。ここのところ遅い。


2003年6月3日(火)
 8時30分起床。優雅なり。
 しかし朝から鼻水が酷い。さらにくしゃみ。テレビを見ていると目がしょぼしょぼする。何か寒い。
 これって、典型的な風邪の症状ですな。母は一発で見抜いてしまった。熱はないけど、あまりいいものではない。とりあえずHi-Cとビフィールを摂取し、栄養を補給しておく。
 この日も授業がある。とりあえず12時過ぎに学校へ。学校までは自転車を使う。新陳代謝を挙げて、風邪のウィルスを追い出すというわけである。たいした風邪じゃ無さそうだから、こういう方法も十分に選択肢に入る。それに調布までの道のりは排気ガスを浴びる道が少ない。
 授業を3時間、研究室で2時間。どちらも冷房が寒く感じられた。いつもとは大違い。やはり風邪らしい。とりあえずプログラムの勉強をちょっとだけして、後は帰る。今日は早寝しよう。
 帰宅すると、長期金利が0.5%を割ったというニュースが。おいおい、良くそこまで下がるな。1%割ったのって、確か去年の12月ぐらいじゃなかった?デフレもいよいよ深刻だな。
 今日は少し楽にしよう。あまりディスプレイは眺めないように。テレビも見ないように。そして本を読んで夜を過ごす。いい本は、読むだけで人生の糧となるものだ。前に読んだことのある小説だが、今回も大いに感動させられた。
 早いとはいえないが、0時55分頃寝ることにした。


2003年6月4日(水)
 風邪、いまだに治らず。
 今日は一時限から授業がある。授業に集中、のはずが、眠さに倒れる。昨日も熟睡できていなかった、って感じだったからなぁ。
 二時限はしっかりと聞き、そして昼休み。おにぎり2つ。
 図書館で読書、と行く。が、やはり眠気が襲ってきた。結局2時間ぐらい寝ていたような気がする。病気が治る時には眠くなるものだ、と自分に言い聞かせる。
 5時限も授業を受ける。帰りにLAOXに行ってインクのケースをリサイクルに出そうと思ったのだが、店が開いていなかった。「バス旅」を取り、そのまま帰宅へ。雨に塗られてびしょびしょだが、ウィンドブレーカーを着込んでいるので体に被害はなかった。風邪がぶり返すこともないだろう。
 夕食がおいしい。
 久々に自分の日記を見た。結構いい文章を書いていることもあるし、最近は質が落ちているようにも感じる。どうなんだろう。今の自分の文章力は。
 あまり気にしてもしょうがないのかもしれないが、自分の文章に大きな影響を与えたのは、研究室落選時に受け取ったメールの内容だったと思う。それ以降、何か文章が堅苦しくなったような気がするのだ。何かの根拠なしに、自由にものを書く力というものが。
 それは一般的にはいいのかもしれないが、見ていて面白さを感じるかといったら、それは間違いなく違うと思う。
 ここのところ、文章はどうだろう。やはり面白くないのかな。

 突然こんなことを書き出したのは、先日一通のメールを頂いたからです。
 −−−
 それは私がリンクを張っているサイト運営者の方からのメールだったのですが、アクセス解析から私のページにきて、閲覧までしていただき、さらには紹介に対してのお礼まで添えられていたのです。
 私自身、なぜこのサイトを開いているかといったら、最初は多くの人に役立つ文章を提供することを目標としていたのですが、最近に関しては完全な自己満足です。最初の頃は、一部サイトで登録をしてみたりしたのですが、Googleではいつになっても検索で引っかからないのです。Yahoo!!に登録してみるのも手ではあるのですが、嫌いな企業に頭を下げ、そのくせして「登録しないかも」なんていうのでは、わざわざするのがバカバカしくなってきます。個人情報もしっかりと取っていくわけですし、そこまでされてまで人に読んでもらわなくても・・・というふうに変わっていきました。
 それでも自分の行動の記録として、後で自分が読んで楽しく思えるよう、懸命に文章を書くことは心がけました。ただ、今からかなり昔の文章を読むと、恥ずかしいと思うことが多いのも事実です。でも、それは自分の文章が上達しているということなのですから、それほど問題には思っていません。逆に最近の方がレベルが下がっているように感じることもありますが・・・。
 そしてこうして日記を書き続ける最大の理由は、文章を書く習慣を止めないため、そして愚痴を書くこと(笑)、となります。
 それだけに、突然のメールには驚くばかりでした。
 もちろん、アクセス解析については知っていますが、わざわざそれで見ていただくことがあるとは全く思っていませんでした。
 実際見る方がいるとなると、それなりによくしようと考えるものですから不思議なものです。貴重な時間を割いてまで見てもらえるのです。所詮日記の範囲内では書くにも限度というものがあるでしょうが、少しでもその人が有意義な時間を過ごしたと思って帰っていただけるのならば、これ以上望むものはないでしょう。
 他から飛んできた方は、多分今までいなかったのではないかと思っているのですが、サイト運営に張り合いが出てきたことを嬉しく思っています。

 日記の文章が面白くなくなっているのと、全然関係がないようでありますが。


2003年6月5日(木)
 あけて木曜日。木曜日は余裕がある。ゼミの論文調べに関してもしばらく大丈夫だし、テストやレポートの提出もしばらくない。プログラミングの勉強や院の勉強ならば、夜でも出来る。
 できるときにやらないと、サイクリングはできないので、この日もすることを決めていた。こう自由にやることが悪い方向に働くこともあるが、それはそれでできるときにやらない自分の責任。ちゃんとやればいいことだ。
 その前に今日の朝刊から。対北朝鮮に対して、どう遇するのがよいか。極めて面白い文章があった。忘れない内に書き留めておく。

 北朝鮮に「核を放棄します」と鳴かせるには以下の3つの方法がある。

※朝日新聞2003年6月5日朝刊より引用※

 アメリカのネオコンは信長、金大中は家康。なんとも巧い例えだ。で秀吉を見習えという。巧いな。結局勝者が家康だったから、最後の方が一番良い方法と思われがちだが、秀吉が一番バランスに優れているはずだ。しかし、なかなかやる。朝日のコラミストに、これだけの力が残っていたとは・・・、って超失礼な(笑)。
 それだけのことだが、久々に笑える記事だった。
 とりあえず9時10分頃、出発とする。世田谷通りから、多摩川サイクリングコースへ。サイクリングコースを走るのは、随分と久しぶりだ。右を見ると常に多摩沿線道路が見えるが、平日らしくトラックなどの大型車が多い。そしてこの時間は渋滞気味。自転車の速度が25km/hぐらいなので、車をどんどん追い抜いていく。
 二子橋を渡る。いつもの如く混雑する二子玉川の市街。東京都側の丘陵地を登っていく。環八に出た場所のちょうど向かいが上野毛駅前だった。東急大井町線も環状鉄道として、結構重要な役割なんだよなぁ。軽便鉄道で5両。絶対作ったときの意図とは大きく変わってしまっている。井の頭線も同じことだろう。
 その大井町線沿いにある道沿いに行く。等々力駅の場所からはバス通りになるので、通行人も車も大幅に増えてくる。道幅は決して広くないが、きれいに整備されていて、それなりに走りやすい。歩道と車道を行ったり来たりしつつ、順調に走り続ける。それにしても、目の前に東京行きのバスが現れたのには、何でそこまで長くする?と疑問だらけ。
 大井町線と東横線の踏切を渡ると、奥沢駅前に至った。この駅にバーミヤンが組み込まれている。ファミレスが組み込まれている駅は、あまりにも異様。
 そのすぐそこにある、世田谷奥沢郵便局。ここまで55分。いいペースで到着したな、という感じである。
 とりあえず北を目指す。踏切が三連続するある程度の道幅を持つ道路だが、通行人も車もかなり多い。その歩道はないが、ガードレール(といっても白い安っぽいのとは訳が違うが)で安全を図っているようだ。
 大井町線を再度渡ると、間もなく目黒自由が丘郵便局。それにしても、随分と車が多いな。
 生活道路に入る。といっても、道幅は4mぐらいはちゃんとあるので、それなりに楽に走ることが可能だ。目黒緑ヶ丘郵便局(既訪)を過ぎると、台地の上にある複雑な交差点。ここも見覚えがあるな。
 地中に埋まっているはずの呑川へ向けて坂を下り、以降適当に走って環七に至った。環七の方はそれほどの混雑はない。
 穏やかで広い道路を行く。バスが三台休憩していた。木立の中、地図を確認しつつ走る。目黒原町郵便局。通りから奥まったところにあった。
 走っていると由緒ありそうなお菓子屋さんを発見。ここのところお菓子がだぶついているのもそうだが、この暑い日に買っておいたら悪くなるだろうから、買うわけにもいくまい。そのまま直進していくと、目黒本町郵便局。ここでティッシュをゲット。
 比較的広めの二車線道路に出た。そこを行くと目黒通りにぶち当たった。往復四車線の高規格道路。その交差点に目黒郵便局。普通局であることから、やはり作業効率が非常に悪い。冷房で体を冷やせるという点では歓迎できるところだが。
 少し走ると、学芸大学駅付近の長い商店街に入った。地図を見つつ。お米屋さんのおにぎり、なる店があって思わず覗きこむ。
 目黒鷹番郵便局。“たかばん”と呼ぶ。なかなか無骨な名前だ。ここから妙に目立つ建物がある。目黒通り沿いのダイエーのようだ。ダイエーがでかいなんて(←偏見)。
 地図を見る。従って走ると、目黒碑文谷二郵便局。“ひもんや”と呼ぶらしい。うーん、全然教養がないよなぁ。こういうのは母だったら一発で答えられそうだし。
 再び、どでかいダイエーに驚きつつ、目黒沿いに目黒碑文谷四郵便局。もう12時に近い。
 後は調布に行けばいいのだが、如何に高低差なしでいけるかを考える。やはり呑川沿いに行くのが最良かと考え、後は直感に従って走っていく。東横線高架工事って、どういう工事だろう。
 都立大学駅前の賑わいを見つつ、生活道路に流れていく。生活道路のくね具合が、その道の古さと長さを証明している。
 木立の下を走っていくと、不意に駒沢オリンピック公園に出た。そういえば、駒沢通りを通ったことは2度もあるが、いつも通過するだけだった。時間もあるし、少しのんびりしよう。
 トイレ休憩の後、スタジアムの周りを少し歩いてみた。オリンピック公園、という名前から考えると、おそらく40年ぐらいの年代ものだろう。ホームレスの住処になっているところも多い。

駒沢オリンピック公園・時の流れを感じさせられる

 スタジアムの中を覗くことはできそうもなかった。暑くて干上がりそうなので、長期の散策は断念する。
 適当な場所に腰掛けて、一つだけおにぎりを食べる。今日も随分と暑くなった。
 それにしても、こうした広い公園が残っているのは結構偶然とも思える。砧公園、駒沢オリンピック公園は相当な大きさである。こういった大きな公園がもう少し多くあると、結構いいんだろうけど。そう考えると、川崎市の生田緑地や稲城の南山は、かなり貴重な緑地と言えそう。ただ、そっちの方は公園ではなくて、緑地と里山であるが。それにしても、公園は結構人で賑っていた。地元の人がよく来るのだろうか。
 出発。駒沢大の学生で賑っている。でたところが良く分からなかったのだが、バス停と地図から推測し、方向感覚を戻す。246に合流し、田園都市線の上の道を行く。かつては当然地上を走っていたはずだが、どういう経緯で地下に建設されて、現在に至っているのは、結構興味深いところだ。
 桜新町のあたりから北上し、世田谷通りに入る。地図が頭に入っているので、あっさりと世田谷桜郵便局を発見。かつての郵便局を思い出させるようなコンクリートの床、そして古い預金用紙が残っていた。特にコンクリートの床というものは、昔を思い起こさせるものがある。これで世田谷区は残り一つ。いよいよ王手だ。
 後は調布に向かうだけだが、走る道にはある程度物珍しさを求める。千歳船橋駅に出、そして環八から適当に走っていく。大体方向が分かってしまうので、ほとんど余裕の状態。
 千歳烏山駅に出た。久々であるが、おしゃれな街並に変わりはない。もっとも、道が狭いのを、商店街にしてごまかしているといえなくもなかったりして(言い過ぎ)。
 旧甲州街道に出る。そして甲州街道へ。仙川駅の近くで完全に新道が完成しており(4月ぐらいにはできてたと思うが)、今後甲州街道の北側にあるバスターミナルがどうなるのか、ちょっと興味あり。バスの置場になるのだろうか。やはり甲州を渡るのが面倒で、今の場所を使い続けるのだろうか。まぁ、何とも難しいところだろう。
 排気ガスを食らい続けてかなり気持ち悪くなったので、途中から野川に流れていく。北側から入って、1時40分頃到着。思ったより時間を食った。とりあえず冷水機の水を大量に飲み、日射を浴び続けた体と目を休める。そして顔にべっとりとついた粒状物質を落とし、生協で燃料(豚汁)を補給する。失った塩分とミネラルの補給である。
 そして次の授業へ。今回は五時限が休講なので、研究室に寄って、プログラミングの勉強を2時間ほど。少し分かってきたかもしれない。といっても、理解する方は大丈夫でも、自分で作るとなると、これはさすがにちょっとである。カレンダーぐらいそろそろ作れるぐらいにはしたいところであるが。
 6時40分、帰宅へ。南風が強く、結構厄介。
 夕食を食べ、今日の記録を書き留める。久々に頭が軽くなった気分だ。やはり楽観的に過ごす時間も、時には必要だね。
 でもそんなことばかりやっていてはいけない。ある程度メリハリをつけて過ごしていこうかと思う。そこを肝に銘じつつ。


2003年6月6日(金)
 昨日よく運動したせいか、非常によく眠れたという気がする。逆に早く目がさめるぐらいで、体を動かすことはそれなりに大事なのだ、と自己満足。
 ちょっと勉強をしてみたのだが、切迫感がないので、全然はかどらない。なんか切迫感のあることがないと、どうもだめのような気がする。
 昼食を食べてから学校へ。授業を2つ受け、研究室で勉強へいく。あまりにも状況が危なそうに見えるとのことから、先輩からせかされてくる。いや、せかされたのではなくて、教えてもらったと言うのが正しいだろうか。
 9月から1月は、土日出るぐらいじゃないと時間がないそうだ。今のところは全然大丈夫ではあるが、そのときになると少々ヤバイらしい。6月の内だな、遊んでいられるのは。
 そこのところをしっかりと受け止めておかないと、大変なことになりそうだ。
 とりあえず年末年始は研究室で徹夜と言う話は今まで聞いてきたが、どうも現実味が増してきた。うーむ、恐るべし。工学部の研究タイプの場所は、こういうことになっているのか。それでも今は実感がわかない。知らぬが仏、っていっている場合じゃないか。
 自ら向上する意志が必要だ。向上する意志。とても重要なことだろう。先輩が軽く放った言葉だが、結構深く考えさせられてしまった。さらに続く。
 「何がわかっていないか」が分かっていない。
 論文を読んだならば、その論文をなぜ読んだかを考えるところまで行かなくてはいけない。
 本を読んで満足してはいけない。自分でやって分からないところを本で読んで理解すると言うのが、本来の姿だ。そのことを理解しているのか?
 数式をコード化できないと、まったく意味をなさない。それが最終目標なのだから。
 どれもこれも重要なことで、改めて自分のおかれている立場を考えさせられてしまった。別に堅苦しく言っているのではなく、親切心から出ている言葉に聞こえる。少なくとも、強制力を感じる言葉ではない。愚痴っているわけでもない。それだけに、全く嫌味が感じられない。とりあえずもう少し自覚しようと思った。
 さて、8時45分頃抜ける。とりあえずパルコで少し商品を見た後、調布駅55分発の快速に乗車。臨時改札がぎりぎりで開いていた。本当はもう閉まっていてもおかしくないんだろうけど、結構やさしいな。閉まっていたら、10分以上歩かなくてはいけないはずだった。
 デジカメの電池が切れた。撮影不可。
 携帯の電池もちょっと切れ気味。充電しなくては。
 帰宅後は少しのんびりと。といっても、食事を終えて少ししたらあっという間に0時が迫る。
 明日どうしようか。観光か研究室か。遊べる内に遊びたいし、どうしよ〜。


2003年6月7日(土)
 結局どっちにもならず。7時30分に目覚ましをかけたが、曇り空を見て気力がわかず、あっけなく布団に逆戻り。おきたら10時前である。
 犬を病院に連れて行く作業がまたも続く。柄の悪い車に後ろにつかれ、鳴らされた挙句交差点で追い抜きをかけられ、さらには抜かれざまに睨まれるという、極めて精神的に「プツン」となるような出来事があった。気分が悪くなったのはいうまでもあるまい。
 他にもいろいろとあったが、かなり気分が悪くなってしまった。
 今日も府中街道は酷く混雑していた。基本的に聖蹟桜ヶ丘方面に向かう方向であるが、土曜日に出かけて、日曜日に帰る、というのが多いのだろうか。しかし、自転車よりスピードが遅いんじゃ話にならない。
 とりあえず午後。早くも眠い。寝すぎて、脳みそが腐ってしまったに違いあるまい。
 とはいえ寝るわけにも行かまい。でも眠い。というわけで出かけることにする。生田緑地のバラ園に向かう。
 中和ビルがライフに生まれ変わるのが近かったり、ダイエーのあたりのモノレールが完全に取り除かれていたりしてびっくり。何にしても、変わらない南側もこれで結構変わってしまうように感じられるほど。モノレール一つなくなるだけで、凄く変わったような気がしてきてしまうものだ。
 で、バラ園。公開はすでに終了。何を勘違いしたんだろうな。6月半ばまでやっていると思ったのだが。
 とりあえずそのまま帰るのは癪なので、生田緑地へ。緑地の状況は変わっていないが、菖蒲が咲いていて、多くの人を楽しませていた。とりあえず私も撮影。

菖蒲園

 広場のあたりを適当に歩く。特に変わった様子はない。といっても、昔はレストハウスと青少年科学館とプラネタリウムと噴水しかなかったんだけど。

レストハウス・土休日限定・・・のはず
静態保存されているデゴイチ・威圧感はそれなりに

 そしてアジサイもかなり咲き始めていた。一般に山の中なので湿気が多い。そのため、かなりきれいに花を咲かせている。
 噴水は、相変わらずしょぼしょぼとしかやらなくなっている。財政難であることが、こんなところでもうかがえる。
 さらに図書館に寄っていく。とりあえず見れるものをいろいろと。
 帰った後は、だらだらと過ごす。だめだこりゃ。
 夕食を食べたあとは、ネットで情報をいろいろと。そうしているうちに時間がなくなった。1時30分頃寝る。


2003年6月8日(日)
 起床は8時。早く起きることができたのは素晴らしいが、残念ながらすることがない。勉強をしていたら、眠くなってくるし。
 鉄腕アトムを見る。やはりお金をかけて作っているな、という印象を受けさせられる。テレビ東京系の動かない絵を幾度となく見てきているので、この贅沢さには驚くしかない。
 勉強を少しやるが、結局昼前に眠りに落ちた。暑いので結構疲れるというのもあるだろう。
 昼食を食べた後、庭の様子を見る。バラにはアブラムシが付着し、柿にはカイガラムシが付着。これらをできる限り掃除しておく。共に養分を大きく吸い取ってしまう。特にカイガラムシは蟻を誘発して実を食い荒らすという、とんでもない害虫だ。しかしこれを駆除するのは結構難しいんだよな。
 あと、うどんこ病も出始めた。これもまた発病を抑えるのは困難だ。対策は農薬を使うしかないのだが、発症してしまってはすでに遅い。もっとも、光合成の効率の低下ぐらいなので、これに関しては多少発症しても許容するのだが。もちろん、ないに越したことはない。もちろん、農薬を使うのは個人的にはご法度である。
 のんびりと過ごす。
 突然中華街への遠征が決まった。とりあえず準備。今回は府中街道から南武沿線道路に入っていく。こちらの混雑は府中街道に比べればR246と交わらない分ゆるいはず。
 第三京浜へ。片側3車線のスペックがものを言うため、非常にスムーズに流れていく。
 横浜の首都高に入る前に下りる。しかし降りるのが早すぎたようで、ナビの地図を見つつ、慎重に進んでいく。こういう時にはナビは非常に役に立ってくれる。
 国道16号に入り、ナビに従って走っていくと、見覚えのある場所につく。ここからは自分の脳みそに従って走り、横浜ローズホテルの中へ。
 今日も重慶飯店で食事とする。到着時刻が遅かったので、待たされることになった。とりあえず周辺の写真を撮れるだけとっておく。もっとも三脚を使う余裕はないので、F2.8と絞りを完全に開放しての撮影。それでもブレに関しては抑え切れていない。シャッタースピードが0.1秒を超えていては、致し方ないか。

ど派手な装飾が多い中華街の中、高級感を漂わせる重慶飯店

 とりあえず食事。今日も頼みたいものが多いのだが、ここは一皿あたりの量が多いのでどれにするか非常に迷う。とりあえず五皿。スープと点心を付け加えておく。
 やはりおいしい。しかし頼んだ量が存外に多かったらしく、食べきれない。持ち帰りにする。これが100円かかる。今回は駐車場無料と3000円無料券があるので、かなり安いといっていいかもしれない。
 中華街をのんびりと見てから、再出発。みなとみらいに寄っていく。ここの夜景が素晴らしいのだが、路駐する勇気もないし、駐車場に入れてじっくりとカメラを構えるのも両親を暇にさせるだけだし・・・、というわけで今回は車内から見るにとどめる。電車でくればいいんだよな。といっても、東横線が廃線になると、極めて厄介なのだが。
 とりあえず第三京浜までは一般道。そこからは京浜川崎ICまで順調に。第三京浜も、ちょっと最後は混雑気味であった。
 帰りは南武沿線道路−府中街道という流れで順調に。しかし信号の系統管理がどうも良くなく、信号に連続で引っかかるところも多い。
 帰宅後は日記を書いたりして時間を過ごし、そのまま就寝。


2003年6月9日(月)
 朝から腹が変だ。昨日の食べすぎによる影響なのかもしれない。
 とりあえずヤクルト400を飲み、体の調子を整えてから自転車で調布へ向かう。曇り垂れ込めた空は体には快適。しかし腹の調子もあり、到着は遅刻気味であった。
 授業が今回は珍しく少しだけ理解が出来る。って、それはヤバ過ぎなんだけど。
 二時限もかなり疲れる展開。
 とりあえず短時間で大量に必要なことを詰め込んだせいで、満腹状態。これに加えて、結構燃料不足という感覚が襲う。
 おにぎり2個を食べた後、ラオックスにインクカートリッジを渡す。京王線沿いの独立店舗は撤退し、パルコ内に完全に移すようである。とりあえず本を少し立ち読みしてから学校へ戻る。写真を撮りつつ、のんびりと。
 B棟で少し寝る。眠気はそう簡単には飛ばないようだ。とりあえず眠い目をこすりつつ、研究室へ向かう。
 今日はポインタを教えてもらった。本の教え方に比べると、何とも鮮やかというか、非常に分かりやすい。プログラミングの本って、本当に分かりにくいんだ、と思った。教材もそうだし、それにしても、非常に分かりやすかった。
 このことについて少しまとめようかと思ったのだが、今書いている時刻がもう3時になろうとしているので、止めておく。
 6時40分頃抜ける。適当に流しつつ。夕食を味わいつつ、テレビをのんびりと。何か久しぶりのような気もするが。
 とりあえずネットで情報を検索したり、ローカルに保存してあるPDFファイルを見たりして、妄想にふける。勉強しろよ。
 結局この日もいろいろと調べ物をしていたら、2時になってしまった。風呂を出たらもう3時。寝なくては。


2003年6月10日(火)
 今日は4時30分まで用事がない。よって、どこかに遊びに行きたいとおもっていた。しかし、雨の予報と黒く垂れ込めた空。これでは出かけるのも気が引ける。
 実際9時ごろ少し雨が降ったようで、完全にお出かけムードはどこかに飛んでいってしまった。
 とりあえず、今日の朝刊から。川崎縦貫高速鉄道のアンケート結果が出ていた。推進派が15%程度で中止が35%、凍結が40%。妥当な判断だ。あと、マックのハンバーガーが80円に値上げ。値上げしたら食べんぞ。分かっているのか?
 読書、新聞を読む、といった優雅な時間を過ごす。昼食はおにぎり2つ。観光地でこの2つのおにぎりを食す予定でもあったのだが・・・。いつのまにか空は明るくなってきた。
 昼寝をしたあと、とりあえず3時50分頃、家を出発。ゼミの時刻に間に合うぎりぎりの時刻である。今日は発表がないので、気が楽だ。
 到着10分後に始まった。3人で1時間50分。これだけ時間がかかるものとはな・・・。
 そのあとは研究室で飲み会となる。費用も大してかからないし、開放感があるので、こういうのならば個人的には歓迎だ。
 買出しにお付き合い。ちょっと買いすぎという気もするが、まあ、それはそれでいいことにしよう。ここあたり、節約性の私にはついていけなくなってしまう。情けないな。
 とりあえず戻ってから、しばらく教授の到着を待つのだが、なかなかこないのでおっぱじめてしまう。途中から教授が着て、再び仕切りなおし。それにしても、なかなか悪くない。会社での飲み会も、会社の中でやったらいいのではなかろうか。何ともいいかげんな話であるが。
 10時ごろ終結。その後研究室にはD1とM2の全員が残り、他は帰った。私は少し勉強もかねて残っていく。
 11時50分頃、退散。調布駅で遅れのでていた橋本行きを捕らえ、京王稲田堤へ。臨時改札口はもう終了しているので、逆側の改札から出てしばし歩き、南武線の踏切にかかる。ちょうど良く103系の武蔵中原行きが走り去っていった。103系の姿も、本当に少なくなった。
 人気のほとんどない道を走り、10分ほどで家についた。もう0時35分。今日の日記を書いていく。この10日間もいろいろとあったものだ。
 明日は一限からだ。早く寝なくては。



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