2003年4月21日(月)
なぜに、起きられなかったのだろうか・・・。
母に起こされても、生返事を続けたのだろう。
起床時刻9時30分。授業はすでに始まっていた。その時刻、大きな衝撃と共に目覚めた私は、急ぎ朝食を済ませ、一連の支度を済ませ、出発した。自転車で25分、学校に到着。15分だけ、授業を聞いた。それにしても、これは痛かった。聞けなかった1時間15分が、今後どのように響いてくるだろうか。
次の授業。盤書は文章が多くを占めるので、パソコンを使って打ち込む方がはるかに速いのだが、キーボードをたたく音がうるさいから使えないのだ。しこしことノートに書き留める。
昼食を館内で済ませ、その後は図書館にこもって論文の翻訳の作業をひたすら行う。5時限の授業に出て、そのあともやはり論文の翻訳作業をひたすら行う。そう、ひたすら行うのみ。
8時30分に帰宅。学校から自宅へのタイムで、初めて20分を切った。夕食後、いったん眠る。10時から12時まで。姉の大きな声で目が覚めた。資料作成を開始する合図だ。
2003年4月22日(火)
目覚め後はさすがに順調に進んだ。しかし、だんだん厳しさを増していく。能率は時を追うごとに落ち始めた。5時30分、二度目の就寝とする。
6時30分、姉の目覚めと共に再度開始。能率はやはり落ちたまま。厳しい状態を続けながら、朝食をとり、さらにラストスパート。
11時30分、印刷を終了。見直しをいくつかしたところで、時間が厳しくなった。12時30分出発。徹夜で足に力が入らなかったものの、追い風が幸いし、25分で着いた。授業に臨んだのはいいが、眠さに負けてしまう。どうせ寝るならと机の上に倒れるようになり、もはやダメダメ状態である。
授業後、研究室に行って、理解を深めようとがんばる。が、厳しい。私の英語の力では、如何ともし難い。
案の定、私に対する反応は冷めたものとなってしまった。・・・失敗。そもそも、物(論文)を選ぶ時点で失敗していた。やはり英語はダメだ。日本語だ、日本語。
大体において、難しいというか、方言がかった英語だった。読みにくい英語なのである。英語にも、読みやすいものと読みにくいものがあるが、これは間違いなく読みにくいほうに属していた。
今後への大きな課題を残した。失敗は成功の元として、次はいい資料を集めていい発表にしたいと思う。
月曜の午後にも、プログラミングのゼミをやってくれることになった。ありがたい。がんばるぞ!!!言語。勉強だ勉強。
7時30分頃、家路に着く。家路につく、などと言っているが、途中で何度も写真の撮影のために立ち止まる。そして何枚もの写真を撮っていく。
それにしても、このカメラの力は凄いものがある。今までA20で採ってきた写真が一体なんだったのか、というほどいい写真が撮れる。特に、夜の撮影においてはその力を遺憾なく発揮。もっとも、夜の撮影の王者は、やはり一眼レフだろうが。でも、あれは毎日学校に持っていくような代物ではない。
帰宅後、現像。それなりに満足。夕食、満足。休憩、満足。
しかし、カメラと三脚を持って散歩に出発。言ってしまえば、写真を撮るために散歩をする、ってそのままだな。
三脚があるので、これ幸いにいろいろな写真に挑戦。シャッタースピード15秒は何枚も撮った。車の光の帯を撮りたかったのだが、交通量が意外に少なくて、全然ダメだった。
一時間ほど写真のために出かけたが、結構楽しめた。それにしても、神奈川県からでも、新宿のビル群はくっきりと撮影できるんだな。驚いた。
明日は授業がある。徹夜だったので、早く寝ることにしよう。と思っていたら、日記を書くのに手間取って1時30分。何せ、昨日は日記を書けなかったのだから。
2003年4月23日(水)
布団が久しぶりだったから、ちゃんと眠れると思っていたのだが、意外にも起こされた時、まだ眠い、というのが正直な感想。もっと早く寝ないとダメなのか?
雨が降っているというのが、非常に憂鬱な気分にさせる。でもしょうがないことだ。
でも出発する時には運良く止んでいた。京王稲田堤駅へ向かう。駐輪上の人が変わっていた。あのジジイがいなくなるのならば、今後止めても良いかな、という気分になる。
授業をこなすが、1時限目は眠くて、寝ながら聞くという状態に。2時限目は印刷したプリントが変な感じになっていたので、穴を埋めるようにメモをとる。このお陰で、授業が身に付く。これは意外な効果だな。何にしても、この授業だけは落とすわけにはいかないので、真剣に聞かねば。
昼食を済ませ、生協で時間を潰す。今日は図書館が休館。これはいただけない。
履修登録を済ませたのだが、意外にも記入漏れあり。おかしいな・・・。
生協でぶらぶらしたあと、4時限の授業へ。ちょっと難しそうなので、キャンセルすることにした。早く終わったので、パルコへ。そのまま帰る予定だったのだが、意外と時間を潰せたので、5時限の授業へ。2年前と全く同じ感じで進んでいる。隔週で出れば良いだろうな。パルコでパンを買って帰る。
TSUTAYAでなんか借りようかとも思ったのだが、今日はアニメがあるので、そこまですることもないかと考え直す。ただ、今日は結局雨が降らなくて、青空まで出ていることは事実。カメラを持っていかなかったのは、誤算だった。
帰宅後、車から地図を持ってきて、いろいろと研究。大体の案は決まった。が、姉が帰宅したときに、どうも都合が難しくなったらしい。こりゃあ、案の実行は無理かな。
『iJPEGComp』というソフトウェアをベクターから落としてきて、Jpegの圧縮の作業を開始する。これが想像以上に落とせる落とせる。所詮ホームページ上に載せているやつなんか、印刷は絶対しないんだから、これで十分だろう。十分小さくなっていると思っていた状態は、大体圧縮率70%程度の状態らしい。これをこのソフトで、30%ぐらいまで落とす。ただ、色の階調の問題上、空などの階調的な絵は圧縮は無理だ。
ただ、今日はちょっと作業しただけで、400KBも圧縮。これをHTML換算すると、大変な量だ。これから、今までの画像が半分の容量になると考えると、1.5MBは堅い。これで、さらに画像をじゃんじゃん公開できるというものだ。
なんて事をやっていると、あっという間に遅くなってしまった。こりゃあ、あかん。
明日は雨の予報。うんざり。
2003年4月24日(木)
雨という予報にもかかわらず、雨は降っていない。何それ何それ。
今日は朝の時間に余裕があるので、Jpegの圧縮の作業をしこしこと行う。画像劣化はあまり気持ちが良くないが、容量が圧縮されることはそれ以上の快感を伴うようだ。
母の買ってきたパンを2個。さらに母と菓子パンを二つに分けて4個、概算4個のパンを食べた。さながら、豚の如く、ブヒーッ(おいし〜い)などと言いつつも。
それにしても、いつもに比べてあからさまに食いすぎなので、自分でも自覚することである。全くもって。
それにしても、めちゃくちゃおいしいパンである。こういうパンをどこでも売っていれば、誰もパンがおいしくないとか言うことで悩むこともなかったろうに。
パンのコストの削減は、パンだけで水増しすることが一番。こんなことは、絶対にしてはだめですよね。食べる人はすぐ分かりますから。
それにしても、天気がいいというのは、一体どうしたことか。一日中雨じゃなかったのか。まあ、曇りというのは、体に最も負担が少なくて、非常に好都合だ。
サイクリングついでに0時50分頃出かける。川原橋からは、今まで走ったことのない道をところどころで走る。かなり久しぶりで、サイクリングの醍醐味を久々に味わった。そうだ、この雰囲気こそが、元々私の求めているものなのだ。
飛田給の南側に出る。駅の南側は、全く整備がされていないので、北側とのギャップが妙だ。東京スタジアムを建物の向こうに見つつ進む。地図は頭の中に入っていたので、すんなりと東京外語大へ。ここでATMを使用して残高照会。しかし、利子はわずかに一円。寄付額たった1円じゃ、張り合いないな。そんな利利率低かったっけ。0.005%か??
あと、局の番号が入らなかった。利子の場合は、そういうの出ないのか・・・。ちょっと張り合いないな。出張所に関しては、ちょっと確かめてみたかったのだが。
後は適当に流れていく。研究室に到着。しかし、中からファイルケースを取り出そうとしたところ、大きな問題が発生。家に書類を忘れてきたようだ。
母に連絡をとって、京王稲田堤駅まで来てもらう。全くしょうがないやつだな、忘れ物とは。最近多くなっている。
私も急いで駅へ。とりあえずパルコに自転車を置き、55分発の急行で堤へ。駅を出てもまだいなかったのはちょっと意外だったが、少し待つとしっかりと来てくれた。全く情けない限りである。
書類に目を通しつつ、学校に戻る。教室に入って、そのまま。授業。そして次の授業。終わり(爆)。
図書館へ。本を1時間ほど読む。それからパルコに行って、特売品がないことを確認。そのまま帰宅へ。今日は川原橋から帰る。三脚をところどころで構えて、いい写真を撮ろうと必死。まあ、三脚を持っていくとは、結構珍しいことをするものである。それにしても、水道橋の方は白熱灯だが、川原橋は暖かい色の灯である。なぜ熟語になっていないのかって?無知だからだよ。悪いか?(←キレるな)
南武線の立体工事は準備段階だが、実際になんかがたち始めると昔の雰囲気が失われてしまうので、少し踏切の辺りを撮ってみた。踏み切りが下がるところを撮るとか、結構いろいろと挑戦。
帰宅時刻は8時20分。
食後は、パソコンに向かって時間を潰す、というか時間を使う。
そして、GWだけでなく、今後の旅行先についての吟味。伊豆大島、上高地、日光、養老渓谷、富士五湖(まだ行き切れていないところ)、秩父、尾瀬、などなど。上高地は、付近の乗鞍岳、高山などを含めて、大規模な旅行に発展させる方が面白い。6400円で、周辺のバスが3日間乗り放題というのがあり、これを利用すれば、料金の高いバスでの途中下車を躊躇することなく、自由にできるだろう。
そうしているうちに、3時を過ぎた。これが、毎朝眠い理由。やはり夜行バスか夜行列車に乗って、生活リズムを強制的に戻さないとダメなのかな。
2003年4月25日(金)
起きた時刻は覚えていないが、10時30分頃、家を出発した。カメラであちこちの景色を撮りつつ、京王YL駅へ。ここに自転車を置き、稲城南山探索に出かける。
妙覚寺のちょっと種類の異なる桜を見つつ、坂を登り始める。すぐに墓地となる。厳しい勾配を上っていくと、青い花が群をなして咲いていた。
ありがた山。相変わらず健在だし、やはりこの石像群には圧倒される。写真を撮るのが、ここ辺りから結構厳しくなってきたが、意地でブレを抑える。シャッタースピードは大体0.05〜0.07秒ぐらいのところで、通常結構ブレが発生しやすい。ましてや、2048×1536では当然の成り行きであろう。が、今日はうまく撮れた。意地が勝ったぞ(笑)。
南山の崖の上に出てみた。それにしても、ここから夜景をぜひとも一度見たい。そこまで行くのが肝試しになるけどな。
太い道をそのまま歩いていくと、ゴルフ場沿いの幹線道路に出た。そのまま流れる。適当に歩くと、畑に出た。そして一本木。見覚えのある一本木による分岐点である。
武蔵野貨物船方面に抜ける道から下山。途中、少し雨に降られたが、結構安泰。1時間ぐらいの散策だった。
稲城駅でパンを一つ買い、食す。ルパのパンはおいしい。
調布へ。31が改装開店となっていた。20%引きなので、久々に味わおうかと思って注文。しかし、20%対象商品は、レギュラーのダブルだけだった。403円。これは、想像以上に大きな出費になってしまい、結構後悔。ただ、その前にアイスを2つも試食できたし、食べたのもおいしかったので、まあよし。
学校へ。おにぎりを食し、履修申告の削除を一つ。
授業まで時間があるので、図書館へ。本でも読もうと思い、立ち読みで樋口一葉の本を開いてみた。が、これが全く意味不明。これの何がいいのかも、考える気もしない。それにしても、こんなのが5000円札になるなんて、世も末だな。2000円よりもひどい。
大体、お札の顔が変わる理由が、『塩川の趣味』であるという時点ですでになっていない。奴の『びっぴんさんやろ』という言葉が、頭から離れない。美人だから選ばれるんだ、ふーん。それでも世の中の女性は、お札に女性が選ばれたから嬉しいのか。嬉しがる奴は、女性の恥と思え。
ちなみに私の推薦する、将来のお札に書き込む人物像。
10000円、黒澤明。5000円、手塚治虫。1000円、湯川英樹。そして仮に死んだらの話だけど、小澤征二、ビートたけし、などなど。
大体、時代がなぜ逆行するのか。というか、明治の人間ばっかりじゃん。そういうの、良くないと思うけどな。
昨日読んでいた夏目漱石の『こころ』の続きを読もうかとも思ったのだが、『透明人間』を読む。少し読んだら、あっという間に眠くなってしまった。起きたら2時40分。次の授業の開始時刻である。
授業はつまらない。終了後、生協へ。生協で、いろいろと本を読む。ほとんど時間つぶしで、結構時間が勿体ない。さらに、パルコで久々に本を買い、帰宅。7時の帰宅は、久々に早いか。
帰宅時刻が早いと、寝る時刻も早くなる傾向があるような気がする。そして、帰宅時刻が遅いと、寝る時刻も遅くなる気がする。それにしても、ここのところ毎日毎日3時ぐらいに寝ていたせいか、非常に眠い。さっさと寝ることにしよう。
2003年4月26日(土)
この日の記録は、御幸が浜にまとめました。
2003年4月27日(日)
この日の記録は、富士三湖にまとめました。
2003年4月28日(月)
今日は授業があるので、早めに出かける。一本乗り遅れたので、8分待って次の電車を迎えた。
授業を二つこなした後は、研究室へ。研究室では、特にやることもなく、適当にネットで遊んでいた。あと、昨日の記録を残す。
研究室には今日は教授が来ないからと、ゲームが持ち込まれていた。しかし後ろでゲームをやっていると、やはり気になる。『電車でGO!!』『うわーっ』『スピードを守ってくださいね』なんて声が聞こえてくる(爆)。さらにHさんは、『ダメだよ〜もっと早くブレーキかけなくちゃ』とホームをオーバーしてから今更のように発言(笑)。
国会図書館のサイトを閲覧。恐るべき事実が発覚。なんと、国会図書館は、土休日閉館、開館時間も9時から17時、こんなのありか?
となると、4時限まで余裕のある木曜だけが行くことのできる日ということになる。と言っても、それだって午前中だけで、非常に厄介であることに変わりはない。あと、水曜日に午後の授業をさぼっていくというのも一応ありか・・・。それならば、4時間ぐらいは時間が取れるかも。あ、月曜日もサボれるかな。
6時30分、退散。
帰宅後、やはりパソコンに向かっていた。いいかげん、プログラミングの勉強をしなければ。
2003年4月29日(火)
中休みというものは、三連休にする休みよりもはるかに効用が高い。
そんなことを実感しつつ、のんびりと。
帽子がないのに気が付く。どこかに置き忘れた可能性は低い。かばんからすり落ちたのか。・・・馬鹿な。2ヶ月で3つもなくしてしまうとは・・・。
バラの手入れを。もうつぼみが多いというどころではなくて、咲いているのが多数。徒長になっているところは、早々に刈り取る。
さらには柿の手入れ。これも重要。今回は蕾もかきとる。徒長枝も取り除く。
昨日初めて参加したBBSにはまってしまった。いかん。ここまではまるものとは。これでは、勉学の方に力が入らないではないか。またも同じ轍を繰り返すというのか。
おまけにこういうのは非常に疲れる。疲れるんだったら、やるんじゃないっつーに。
本当に疲労してしまった。馬鹿だな。
馬鹿だ。
あまりにも精神状態が悪化していた。でも、もう引き下がれない。それが怖いところだ。
それでも早めに寝ることだけは心がけた。
2003年4月30日(水)
朝から雨の予報が出ており、朝から弱い雨に打たれつつ、学校へ。
授業中は、他の事に気をとられて、集中できなかった。かつての中高時代を思い出すようだ。集中しないと、全然だめだと言うことは、よく分かっていても、それがやめられないから大変なのだ。
本降りになる前に、昼で帰る。ちょうど良く雨が小康状態だったので。
帰ってきてからは、本を読む。明日の授業で使う本だ。結構悪くない。
しかし昼寝して起きたら6時である。7時からはアニメと夕食。
姉が居間で寝ると言うので、夜更かしせずに私は早めに寝ることに。
この日も日記が短いが、これでお開きにする。