郵貯日記(2003年3月中旬)


2003年3月11日(火)
 この日の記録は箱根強行軍にまとめました。


2003年3月12日(水) 那珂湊遠征
 母との約束通り、那珂湊へ。起床時刻は少し遅く8時30分。出発時刻は9時20分だった。母が同行しないと、この旅行は意味をなさない。今回の旅行の意義はおいしい海産物を安く手に入れることにあるのだから。
 長時間の運転となるので、近くのスタンドでガソリンを入れる。いざ出発だ。
 まずは多摩川水道橋を渡る。そして都道114号へ抜ける細い道を抜け、更に都道118号線。ここの道が予想以上に細く、難儀。だが、環八に出るのは案外スムーズ。これで大泉ICまでは問題ないと思っていた。
 しかし、早速渋滞。すでに10時というのに、渋滞はさらに拡大していった。途中から環八の車線が片側2車線に減少するのも影響しているのだろう。
 井荻トンネルを避け、地上部を通るが、西武線を抜けた途端に動かなくなった。横道に入る。旧早稲田通りから、都道444号さらに目白通に抜ける道を利用して、ようやくICの入口に至った。ここまでですでに1時間30分。高速に乗る前からすでに11時という時刻で、やはり北関東方面へのアクセスは厳しいものがある。今回途中から環八の裏道を使ったが、その裏道も全般的に渋滞しており、23区内は慢性的に道路不足の感が否めない。世田谷区はまだいいが、練馬区は特にひどいようだ。
 この文章を作成中、突然文章がなくなるというトラブル発生。Word殺す。
 ようやく外環道路。新倉PAを逃したため、しばらくトイレなしという厳しい状況が続く。道路の混雑はそこをすぎて2車線になってから。
 三郷ジャンクション付近でやはり渋滞。常磐道に入ってからもしばらく渋滞は続いた。
 守谷SAでようやくの休憩。さすがに疲労がひどかったことから、十分に羽を伸ばす。パンを食して少し体を休める。もう12時に近いのだ。
 しかし守谷SAを出ると混雑は全くなくなり、一気にがらがらの道路となった。
 荒涼としたというか、関東平野を思わせる広い視界。そして空が低く、広い。そんなことを思いつつ、一路那珂湊へ、走る。
 またも疲れが出てきたところで友部SAでの休憩。
 ここを過ぎるとすぐにジャンクションとなった。北関東自動車道に入る。ここはさらにガラガラであった。さすがに13時台である。将来の圏央道となるであろう道路だが、いち早い全線開通を望みたいところ。それができれば、圏央道を使って常磐方面へのアクセスが現実味を帯びてくる。
 ひたちなかICで下車。国道を少し走るとすぐに那珂湊到着、である。

 証拠写真(:-)

 早速の昼食。まず回転寿司にはいったのだが、これが良くない。三皿食べただけですぐに退散する。この味は何だ。ふざけるな、だ。
 他の店へ。そこでねぎとろ丼、母はなかおち丼を注文。味はまあまあ。こちらはまあ許容できる。2000円。ごく普通の味であった。
 さて、買い物。手に入れたのは次のとおり。
 ビン長マグロ、かつお、中トロ、ぶり、さば、甘えび。800,700,1333,667,700,700.合計4900円である。車だからこそ持ち歩ける量でもある。日々買い物で鍛えている母が買うのだから、間違いはないだろう。安いはずだ。これを詰めるのに200円。
 買い物を終えた時点で、3時20分。もう寄り道する時間は残っていない。偕楽園の梅も然り。水戸市内見学も然り。納豆探しも然り、だ。
 水戸大洗ICから乗る。混雑は全くなし。鹿島臨海鉄道線が国道から見えたが、なぜ高架式なのか。何か高架じゃないといけないのだろうか。
 高速に入るのが凄いことになっているのは相変わらずだが、空きまくりだ。だがやはり友部SAで休憩に入る。水戸納豆を探すが、大粒がない。これでは話にならない。
 ガソリンが減ってきたので、ここで補充もする。ここで30リットル。行く時に約20リットル補充したことを考えると、今日だけで5250円の出費となっている。
 ここでは点検もやってくれた。ありがたいな。だが、走行に問題を感じなかったので、やはり問題はなかった。空気圧は上げてもらった。今更だが。
 出発。混雑は次第に始まる。そして守谷SAで再休憩する頃には混雑は広がり始めた。もう遅い。ナビは首都高経由を示しているが、これは無視する。首都高は動かなくなる危険性がかなり高い。
 やはり外環道に入るが入口付近で1km以上も止まっているのに参った。三郷から入るのは実は結構大変。料金所を抜けると混雑は解消。しかし前後左右共に車に挟まれるような窮屈な展開が続く。
 新倉PAで最後の休憩。ここの駐車場所がわからず、かなりあせった。変なPAだな。
 新倉PAを出ると3車線になり、混雑は解消。しかし最後の難関が立ちはだかる。出口。それは非常に大変なことだ。
 環八方面は避ける。一般道を抜ける道を選択した。だが、それもまた苦しいことに変わりはなかったのだが。
 大泉学園駅横の地下道を抜け、富士街道に入る。ここは入るまでが大変だった。東伏見駅方面に入る道から青梅街道に入り、西武柳沢駅付近で西武線を渡る。西武は踏切が開きやすいので、抜けるのは容易。
 玉川上水沿いの道に入る。そして三鷹通りに抜けていく道路へ入った。ここの混雑がないのが意外で、中央線を一気に抜ける。以降すんなりと流れていく。そして深大寺の交差点で、武蔵境通りに入る。ここの道も混雑はなく、京王の踏切も容易だ。相変わらず開いている時間が長い。
 そして裏道を使って川沿いの道に出る。しかしそこからが長く、多摩川原橋の交差点でてこずった。ここを曲がるのに10分程度かかった後、多摩沿線道路を使って帰宅。7時30分到着であった。今日の運転時間は8時間。トラックの運転手に比べればぬるいだろうが、初心者には十分に疲れる運転であった。
 早速買ってきた魚の食事会となる。おいしい。この値段でこのおいしさ。なぜこれほどまでに高くなるのかといったら、人件費などに回ってしまうからしょうがないだろうが、味も落ちてしまうというのはひどいことだ。
 それに仮に市場であっても、このように安く提供してくれるとは限らないという現実。
 だからこそ、那珂湊の市場に人が押し寄せるのだろう。
 それぞれ食べてみての感想。

 以上だ。かなり満足。わざわざ買うだけのために行った甲斐があったというもの。
 食事後、今日もシャーマンキングの19・20巻を読み続ける。あまりにも内容が凝縮された、凄い短編の部分だ。なぜこれをテレビで放映できなかったのか、非常にもったいない。これはMMVの大きな失策だな。
 1時ごろ寝る。


2003年3月13日(木) 恐山ル・ヴォワ−ル、熱読
 今日の起床時刻は7時30分。自然に目が覚めるとは。いい時間だが、起きてくると姉に煙たがられる。『邪魔だ』とか『もっと遅く起きろ』とか。
 まあそれはそれで無視していればいいので、朝食を食べつつ、今日もシャーマンキングの19・20巻を読む。この年になった私の価値観を変えたともいえるこの短編は、その凝縮度に関して文句のつけようがない。武井宏之のエッセンスそのものだろう。おそらくシャーマンキングを売り払うことがあったとしても、この19・20巻だけは残すだろう。
 この漫画が完結したら、やはり感想文を書きたい。他の漫画も書きたい。やはりその作品に対する感想文を書くという非常に神経をつかう作業は、これからどうしても挑戦したい分野だから。
 それにしても、愛についてこのような手法で私たちに訴えた漫画を私は知らない。
 信じ抜くこと・・・か。私にできるだろうか。
 さて、今日の昼食は海鮮丼。贅沢だ。
 食事後に眠くなる。久々にコタツで昼寝。2時間以上寝ていた。一日が短い。
 夕食は刺身。これでもまだまだなくなる気配はない。
 夕食後、HTMLの作成に尽力するが、写真の書き出しなどの作業中、キャノンのZOOMBROWSERが壊れた。一体何度目だ、これ。
 面倒だが、ないと写真の書き出しなどで厄介。よって入れ直すしか手立てはない。面倒なことだ。世の中に、マイクロソフト製のソフトウェアよりも壊れやすいものがあったとはね。いや、マイクロソフトよりもはるかに悪質だ。
 この日は面倒だったので、そのまま放置。就寝時刻は2時を過ぎていた。 


2003年3月14日(金) 稲城南山、久々に散歩
 起床時刻は8時半ぐらい。新聞を読みつつのんびりとしていると、時間が経つのも早い。
 区役所に行き、国民年金の学生の特例を用いた免除を申し出る。
 適用は2月分からだけで、4月から1月までのは免除にならなかった。さすがに頭の堅い国の制度らしい。まあ、どうせ60歳になる頃には国民年金は破綻している可能性は高く、とても払った分が戻ってくるとは思えない。そんなもののために、お金を払えるだろうか。40年先にかえってくるといっているお金に、お金をつぎ込むなど愚の骨頂。そんなことにお金を出すならば、他に使い道がたくさんある。
 というわけで、その分の10万円近くは未納のまま放置することにする。
 ついでに図書館へ。時刻表を借り、東日本パスを利用した一日旅を考える。しかし、いい考えが思いつかないということもあり、ちょっと諦め気味。
 この季節は鉄道に乗っていても、車窓を楽しむのが難しい。無論、北へ行けば雪景色を楽しむことはできる。しかし、北へ向かう高速新幹線である「はやて」「こまち」はともに全て満席。立席特急券が取れる可能性は否定できないが、立ってまで行くような計画を作ることはできそうもないし、遅い新幹線に始発駅から着席のために並ぶ気もしない。
 何にしても、意外と難しいのである。一日8000円分払うぐらいならば、11500円払って5日分の青春18きっぷを買ったほうがいいのではないかとすら思える。
 結局計画は全て白紙。安中榛名下車も、曇り空という予報では、あまり乗り気がしない。星空を見るというのも乙だと思ったのだが。
 さて、昼食はうどん。岡山で買ってきたうどん。あっという間になくなってしまった。
 午後は稲城南山へ。母も誘って、二人でのハイキングとなる。
 いつもの道を通って京王よみうりランド駅へ。妙覚寺の梅がきれいに咲いていた。特に紅梅が美しい。だが、向かい側にあるところにも白梅が満開。ここの木って梅だったんだ。
 厳しい勾配を、墓を横に見つつ上っていく。すぐにありがた山の石仏の群となる。いつ見ても不思議な光景だが、春になると花も咲き始めて美しい風景となるのだろう。
 仏舎利方面へそのまま向かう。いつも思うのだが、この彫られたマークは一体どういう意味を持っているのだろうか。それにしても、これらの仏舎利もそれなりに古いようだが、いつごろ作られたのだろう。
 車の通れる太い道路を行く。途中で右手に分かれていくと、梅の畑のある区域に出た。ここはかなり多くの分岐が確認される場所である。
 稲城駅方面に下る道を母が選んだので、それについていく。12月の雪で通行がかなり困難になっていたこの道は、すっかりと整備されなおされていた。直ってしまうと、あの時のどういう風になっていたかが分からない。どの場所だったかも、記憶が確かではないのだ。2度も歩いたことがあるのだが。
 南山スポーツ広場にでた。3時前で、まだまだ終わるには早いだろうということで意見が一致し、武蔵野貨物線近くの場所から再度上り始めることにする。上りきったところからの分岐から、畑の方へ。

 雑木林の中に浮かぶ畑

 分岐も多めだが、結局太めの幹線道路を抜けていく。やはり非常に整備されている。落ち葉は払われ、やぶは切れ払われている。これがただ放置された山林とは大きな違い、つまるところは里山ということなのだろう。

 管理の行き届いた雑木林

 そこを抜けていくと、よみうりランド北側の側道と思われる一体となる。しかし少し歩くと、その柵も取り払われ、やはり所々に畑が点在する面白い風景となる。
 駒沢女子大の広大なキャンパスを眺めつつ、どんどん高度を下げていく。最終的に薄葉谷戸付近の道路に出た。少し歩くと、すぐに畑となり、この日の散策が終わりに近づいたことわかる。
 今回は梅だけしか見所はなかったが、春になれば植物も動物たちも動き出して、非常に生き生きとした生物の営みができるようになるのだろう。その点で楽しみだ。せっかくよみうりランドから通うという利点をつかうメリットを生かし、しょっちゅう行くようにしたい。もっとも、意外と面倒なのだが。
 曲がりくねった舗装路を歩いていくと、最終的に終わりとなる。稲城駅へ。小田急沿線と違って人が少ないのが意外だと母が言った。確かに。京王よみうりランドに昼間行くと、非常に人が少なくて田舎の雰囲気を感じるものだが。そして、展望が利く駅というものはいいものだね、と。確かに。それは私も気に入っている。
 せっかくなので、京王沿線御用達のパン屋「ルパ」で、パンを買っていく。金曜日は600円購入で100円分の買い物券プレゼントというのにつられて、かなり多めに購入。ここのチェーンは値段の割においしいのが特徴だ。シールもこの機会に集めることにする。
 パスネットを通し、よみうりランド駅へ一駅。相変わらず京王線は速い。
 自転車で家へ戻る。鉄道の高架線のコンクリートの構造物が、寂しげだと母が言う。でもこれはこれで私は結構好きだ。夏は日差しをさえぎるし、冬は氷結して楽しませてくれもする。
 家に到着すると4時30分。3時間の散策はなかなかのものだった。次は桜の時期に行きたい。
 帰ってくると、やはり「稲城の南山散歩」のページを覗いてしまう。ここの情報量はなかなかのものだが、この人の散歩の量を考えたらもっと載せることができるるのだから、ちょっとがんばって欲しい。でも、容量がちょっと厳しそうだな。DTIってあまり多くなかったような・・・。
 夕食。今日も刺身。少し新鮮さが失われつつあるが、それでもまだおいしい。そしてまだなくならない。
 今日もキャノンのソフトウェアの入れ替えをすることはのびのびとしてしまった。それにしても、この壊れ方は尋常ではない。
 それにしても・・・。進学希望ならば、ちょっとぐらい勉強をしたらどうなのかね、私。


2003年3月15日(土) 無気力
 起床時刻は8時50分。遅くはない。が、どうも気合が入らない。
 一日中、無気力状態のまま過ごしていた。なぜここまで無気力な状態になっているのか?それは私にもわからない。悪いことがあったわけではない。時間はたっぷりあって大学生満喫の毎日にもかかわらず。なぜこうなっているのだろう。勉強をしないせいか?
 何にしても、無気力状態というのは肉体的に非常に疲れるものだ。いや、精神的なのかもしれない。その差が全く分からないことこそが、この無気力状態の問題ともいえる。やはり大きな旅行でもしないとだめなのか?
 そう。疲労の連続だ。ちょっと外出してみても、なかなか直らない場合はさらにその疲労が蓄積される。
 この日は2時30分頃、「最遊記」を売却するため古本屋に。6冊315円で手に入れた物を売りに行くのだが、最初の方では蹴られた。買取しないとのこと。意外だ。
 もう一つの古本屋に行くと、ここでは140円で買い取ってくれた。おそらく4冊が10円で2冊が50円。買った価格が価格なので、十分に納得して売却。
 レンタルビデオ店に行くが、GIはやはり借りられている。人気だな。
 130円旅行するには3時と時間が遅い。明日することにする。シャーマンキング1回目の読み直しに入る。あまり面白くないという感想だったが、それで2回目が面白いわけもない。19・20巻の完成度が突出しているな、この漫画。落差が激しすぎて、なんかよくわからなくなる。この漫画の言いたい事をつかむのって、かなり難しいし。
 「美の巨人たち」で、横山大観を見る。いや、凄い作品だ。あんな絵が書けるなんて、夢のようだ。芸術に対する心得が少しでもあったらなぁ、と思う。
 無気力で眠気もわかない。漫然とした疲労感のみが、体を支配する。忙しすぎるのも悪い。が、暇すぎるのも悪い。私の環境は、どうも暇すぎるようだ。
 かつてはこういった無気力の状態を解消しようとしてテレビゲームに没頭し、さらに体調が悪化してさらにゲームに体が駆り立てるという悪循環があった。なつかしい。あのような惨めなことには絶対になりたくない。だから、ゲーム禁止を自らに課している。それからもう1年ぐらいになる。でも、代わりにパソコンに向かう時間がめちゃくちゃ長くなってしまったけど。
 どっちがいいかは明らかに現在の状況。
 無気力でも、何とかやっていけるように。そういうときに、体が勉強に向かうように、私は努力する必要があるようだ。


2003年3月16日(日) 130円切符で一周、炸裂
 目が覚めたのは7時30分。しかし起きたのは10時。・・・いかん。
 庭のバラに手を入れる。のびまくっているので、そこあたりの調整がかなり厄介だ。だが、父がほとんどやってくれたので、結局私は見ていただけ。
 昼食はそば。姉が長野で買ってきたやつだ。蕎麦湯が大量に出るのが、さすがというべきか。いつものでは、ほとんど白濁しないからな。
 さて、今日こそ130円の旅をやることにしよう。
 1時30分、家を出発。近郊区間内は、ルートに関係なく最も安くなる経路で計算した運賃で乗車できるという特例を用い、ちょっとした旅行気分を味わってくる予定だ、
 中野島駅から出発。この駅は結構好きな駅。上り電車到着後に103系の6両編成が入ってきた。

 古めかしい南武線103系も引退寸前

 103系もめっきりと減少しつつあるなか、103系とは思えない乗り心地のよさを感じつつ、北へ。競馬新聞を広げるおっさんが多い。いつものことだが。
 立川到着。中央線のダイヤは若干乱れがあるようで、3分遅れで特快の高尾行きが入ってきた。特快なので席には座れない。車窓を見ながらのんびりと。豊田付近の車両基地、凄いな。
 浅川を渡った後も思ったより走り続け、八王子到着。高麗川行きの電車が出て行くぐらいの時間で、ぎりぎりで間に合わない。予定変更で、横浜線に乗る。快速というのが少々もったいないが、相模線乗車に切り替えることに。それにしても、方向表示板の緑色が、どうも妙だ。趣味が悪いというか、醜いというか。

 全国でも例を見ない・・・

 出発。意外と片倉駅は京王線の駅からは離れていた。そこからは乱開発となっている、八王子みなみのシティの一体となる。それにしても、この乱開発には目を覆いたくなるほどひどい物がある。これが相原到着まで続けられるのだから、たまらない。
 橋本到着。駅構内にはロッテリアやおにぎり屋などが存在しており、意外と配慮されている。
 しかし少しのんびりしすぎたようで、ちょうど相模線の電車が出て行ったところだった。時刻表を見ると今34分。時刻表によると33分の発車。次の電車は4分。・・・ひどい。30分もない。それでも、30分近くこの電車は停泊するようだ。それにしても、この205系の前面はとても205系とは思えない。どっちかというと、千代田線6000系とか、相鉄9000系に似ている。でもいいデザインだ。私は6000系が好きだからな。

 相模線の205系はこれ

 というわけで、待ち時間は駅構内にあるパンフレットを読む時間に当てる。善光寺フリー切符とかも面白い。たび割セブンもそういえばあった。民営化記念キャンペーン。結局縁が無さそうだ。この時期では、あまり私も面白くないし。
 全てのパンフレットを読み尽くし、0分に相模線ホームへ。席の埋まり具合はそれほどではない。ボタン式開閉扉が、需要の少なさを物語る。4両編成で30分に一本。それでも席が埋まらない。
 単線の相模線は、曇天の中、静かに南へ向かっていく。原当麻が乗降が多い。そして海老名、厚木もそれなりに。途中から雨が降ってきた。これは予想外。
 dqmaniacさんの日記にあった、4つの数字から四則演算と括弧を使って10などの数字を作る、という作業を時間つぶしにやってみる。これがかなり奥が深い。久々に算数の楽しみを感じた。これいいわ、時間つぶしに。
 倉見駅をボーっとして見過ごし、茅ヶ崎に1時間かけて到着。さすがに疲れた。最後まで103系の相模線の姿を見なかった。打ち棄てられ気味にあった一両だけが印象に残っているが、おそらく完全に置き換えたのだろう。
 東海道線に乗り換える前にトイレに行き、113系15両編成を迎える。この車両はなんか暖かくて好きだ。まだ引退はしないようだが、おそらく103系全廃の次のターゲットは105系、そして113系となるはず。なくなったら寂しい車両だよな。
 三駅、大船で下車。根岸線に乗り換え。これも石川町-大船は未完乗路線。がらがらの209系に乗り込んで、そのときを迎える。出発の時刻は16時30分。6時に帰ると言ってあるが、大丈夫だろうか。

 当時は斬新であった209系の始祖である

 横浜らしい車窓を見つつ、洋光台辺りから眠くなる。今日の日記を「頭の中で」だが、英語で作成していたらそうなった。勉強嫌いらしいな。
 磯子から先が意識なし。石川町で目が覚めた。中華街の宣伝でホーム全体が塗り尽くされているのは少々異様。
 桜木町からは横浜線の姿を見る。横浜で大きな流動あり。そのまま乗りとおして川崎で下車。
 5番線で南武線の稲城長沼行きが待っていた。乗り込むと即座に出発。意外にも混雑がない。土曜の南武線は込むが、日曜はそうでもないのか。雨だからか。理由はわからない。
 武蔵中原で、等々力グラウンドを使ったと思われるガキどもが乗り込んできた。こいつらのマナーが猛烈に悪く、車内で走り回ったり、エロ本を読んでげらげらと笑ったり、雨の日に床に座り込んだケツで座席に座ったり、と目にあまる行為を繰り返していた。彼らの年齢はおそらく12から15。先が思いやられる。彼らの10年後を見る機械を出してくれ!ドラえもん。
 登戸で下車。ちゃんと出られるか心配だったが、問題はなかった。再びオレンジカードで中野島までの乗車券を買う。130円。この雨で歩く気にはならないし、時間もない。切符の発行番号の4桁を見てこの四則演算をやるが、1 4 7 7 で10を作れない。うーーーん。本当にできないのだろうか。
 6分後の立川行きが到着。本数が多いから混雑がなかったのだろうが、それでもこの列車はそれなりに込んでいた。中野島で下車。4時間30分。思ったより時間がかかった。中野島駅付近にて、相合傘の二人組を見つつ、駐輪場へ向かう。
 雨降りしきるなか、急いで帰宅へ。かなり濡れてしまった。
 帰宅後、間もなく湯けむりの里(すすき野)へ。あっという間に着くのだが、私たちは前回のトンカツ屋で下ろしてもらう。
 相変わらずおいしいこの店の特長は、なかなか深みのある容器と薄く仕上げられたタレにあると思う。特にチェーン店系統で多い強烈に強いタレとはかなり毛色が異なっているが、あまり強い味の好きじゃない私はこの薄味が好きだ。
 雨の中、銭湯へ。今日の露天風呂は雨で、あまりよくなかった。せめて天井のある休憩所があれば、結構良かったのだろうが。
 帰る。途中の古本屋(ブックオフ)はすでに閉まっている。そのことを残念に思いつつ、姉の自転車を取りに行く作業を含めて適当に。
 帰宅後、新しいデジタルカメラの状況を気にかける。やはりPowershotA70。単三電池が使えることと、マニュアル機能の充実。値段が若干不服であることと1/2.7型CCDであること、それ以外は非のつけようがない。
 と考えつつ、やはり時期なんだよなぁ、と思う。もうこれから新緑から桜などの写真にいい環境をもたらす時期に差し掛かりつつある。
 この日は1時に寝た。


2003年3月17日(月) 戦争は始まりそうでも、私は無気力
 この日は8時45分ごろに起きた。外は雨。
 10時頃に出かけてみたが、やはり雨。借りたいビデオもないし、面白くないな。いくらなんでも、雨ではサイクリングする気が出ないし。
 結局この日は3時間の昼寝までするなど、かなりゆるい一日になってしまった。
 久々にコラムを2つほど作成。
 就寝時刻は2時を大きく過ぎていた。


2003年3月18日(火) 進まない自転車
 目が覚めたのは6時ごろ。起きようという強い意識があったからだろう。起床時刻は6時半ぐらい。極めて早い。
 朝食を食べたが、便が出ない。しばらくしても解決しないので、そのまま出発することにした。
 世田谷通りから小田急沿いに。かなりゆったりとしたペースで進むため、かなり遅い。祖師ヶ谷大蔵と千歳船橋の間の公園でトイレ休憩。さらにゆっくりと進む。小田急から南側で一番最初にある環七の信号の近くにあるセブンイレブンへ。QUOカードの購入を考えるが、プレミアがつくのは5000円からで70円。10000円で180円。考えた末に、結局買うのをやめておく。この後調べたところ、想像以上に多くのコンビニで使用できるようだ。他にもTSUTAYAで使えるとか。
 バス通りと思われる道を行く。最終的に池尻郵便局の前を通って国道246号に出た。さすがに人の数が多い。
 9時ごろ、日本地図センターだったかの建物を見て、興味があって下る。想像通りで、おそらく日本でもっとも地図のそろっている場所だ。昔の地図に始まり、断層図だとかいろいろと揃っている。住所の目黒区青葉台というのも見覚えがある。ここで横浜東部の地図を購入。地図をあせることなくゆっくりと折る。
 地図を見ながら先に進む。今日の最初の貯金は、渋谷松涛郵便局。かなり難読といえる名だ。すでに9時半と家から2時間かかっている。表定速度が10km以下とはあまりにも情けない。ここあたりは渋谷の商店街のヘリにあたる部分だが、まだ人出は少ない。10時が過ぎると次第に増えてくるのだろう。
 渋谷の中を自転車で走る。この時間でも、駅前の交差点の交通量は多い。走る歩行者も多いので、急いで渡りきる。宮益坂を登っていくと〒マークが見えたので、適当に自転車を止めて歩くと渋谷郵便局だった。ここの郵便局はすごく、1階がATM、2階が郵便関連、3階が貯金関連となっていた。3階建てはさすがに初めてで、2階に上がってないときはかなり驚かされた。ここで地図を貰い、手持ちにない郵便局の場所を確認する。この郵便局にはトイレもあって、ここで用を済ませておく。郵便局にトイレがあるのは珍しい。
 置いてある自転車を気にかけつつ、東急東横店内簡易郵便局へ。ほぼちょうど10時となった。かなり迷って渋谷駅付近をぐるぐると回った。246にかかる歩道橋まで渡ったりした。実際には店は一つしかないことを確認。郵便局のある10階には9階までエレベーターで上がり、階段で登っていく形になっている。その10階には鉄道模型の店があり、郵便局めぐりをやる人に鉄道マニアが多いことを見透かされているかのようだ。それにしても、銀座線の渋谷駅って地上にあったんだ。今まで知らなかった。
 宮益坂を登って自転車を発見。少し安心して、先へ向かう。国道246に合流し、渋谷青山通郵便局。建物内の地下1階にあり、マックと銀行以外は高級な店舗で統一されていた。郵便窓口は1階と思われる。
 表参道に入る。ここが良くテレビなんかで出ている通りか、と思いつつ坂を下っていく。確かに、古い建物と並木。これらの雰囲気はなかなかよい。クリスマスあたりはカメラを手に、行ってみたいところだな。
 その通りから少し入ったところに原宿駅前郵便局。付近の店の雰囲気はもちろんだが、この郵便局もかなり由緒ある建物という印象を受ける。押して入る木製のドアが何より象徴的で、辺りの雰囲気とマッチしていた。
 山手線を渡り、代々木公園付近の広い空間となる。NHKの建物がここにあったのかと思いつつ、放送センター内郵便局へ。それにしても、NHKの敷地、めちゃくちゃ広いな。
 南に道なりに進み、渋谷神南郵便局。さすがに混雑が始まった。
 山手線をまたもくぐり、明治通り沿いに南へ。次第に人が減っていく。次第に落ち着いてくるなか、渋谷東三郵便局、渋谷橋郵便局、渋谷広尾郵便局と貯金。広尾公園でトイレを済ませる。港区にはかなり多く公衆トイレが整備されている。とてもありがたい。
 時刻は12時に迫りつつあった。ここでスパゲッティ店に。11時40分。店内の照明が抑え目なのが嬉しい。店内は配管などが剥き出しになっているところなど、最近の流行だろうか。
 ただ、気に食わない点がまず見当たる。お絞りがないこと。これは結構私にとっては重要なことなのだ。
 そんななか、フランスパンを食べる。味は普通だ。バターがおいしい。
 サラダ。これも普通。というか、平凡。
 スパゲッティ。おいしい。が、大盛にしては量が少ない。これはやはり不満。これに加えてスプーンがないので、結構食べにくい。これもマイナス。
 デザート。これはかなりいい。
 食後の紅茶。これは普通。
 これで1260円。及第点だが、もう一度来たいとは思えない内容だった。
 さて、再出発。南麻布五郵便局で開始。広尾駅の近くになっていることが地図を見ると分かる。
 有栖川宮記念公園を左に、ドイツ大使館を右に見る。確かに、さっきから外国専用ナンバーの車が多い。それもBMWやベンツである。
 上り坂が厳しいが、がんばって上る。
 麻布十番へ。浪花屋総本店のたいやきを買うためだ。それだけのために、わざわざ山越えまでして、ここまできたのである。
 しかし、よりによって第三火曜日、水曜日は休みだそうだ。そんなーっっ。ひどいっっ。
 意気消沈して、麻布十番郵便局へ。想像以上に見つけにくい場所にあった。
 今度はオーストリア大使館を見つつ、坂登り。由緒ある建物と共に〒マークが現れた。三田台郵便局。局内は普通の郵便局と同じように見えるが、窓や扉などの構造物は、その建物の姿を確実に物語っていた。
 今度はイタリア大使館を見つつ、慶応義塾の一帯を抜けていく。予定通り港三田四郵便局。ここの局員さんに「地図はどうですか」と聞かれ、「大丈夫だと思うのですけれど」と答えつつ、地図を出してもらう。思ったよりも郵便局が多いので、地図を貰っていく。
 田町駅の近く、港芝五郵便局。人通りが多い。当然局内も結構な混雑となっていた。1時はとうに過ぎているのだが。
 地図の通り、港三田郵便局。自転車と歩行者の拒絶される交差点の、正にその一角にある。建物の前に大きなスペースがとられているのはなぜなのだろう。
 JRを大きくまたぎ、東京工業大学付属高校の一角にのれんを貸してもらっているように存在していたのが港芝浦郵便局。ここの局番は00010。今までで3番目に小さい番号だ。
 百代橋を渡り、芝浦中央公園へ。ありがたいことに、ここにトイレがやはりある。ここからは東海道新幹線がゆったりと大阪へ走り始める姿が見られる。そしてレインボーブリッジも然り。残念ながら、レインボーブリッジは自転車では渡れない。
 品川の港南口周辺の商店街となる。新たな開発が進んでいるという割には、古いところもかなり色濃く残っている。しかし南側にはその象徴的な建物として、品川インターシティがあった。港港南郵便局を発見できない(移転したと思われる)まま、品川インターシティ内郵便局へ。かなり新しい建物である。
 旧海岸通に戻りつつ、再開発地域を抜け、東品川一郵便局。局内でタバコを吸うおっさんがいて、かなり不快だ。それも、かなり臭い。
 山手通りを西へ向かう。山手線を今日何度わたったことかと思いつつ、走っていくと、妙に高いビルの群落が目に入ってくる。確認すると、ここに郵便局が二つ。もう3時か。そろそろ終わりの時間だ。
 裏手にある駐輪場へ。ゲートシティ大崎というのがこの建物の名前らしい。信じられないほど広い吹き抜けが目に入ってくる。それにしても、この吹き抜けが強烈な開放感を感じさせてくれる。それにしても、凄い。
 館内の案内を見つつ、ゲートシティ大崎内郵便局へ。ここはそれなりに人が入っていた。それでも、今日は全般に混雑はなかった。最大でも待ち人数が3人だったのだから。
 さらに空中歩道を通り、もう一つのビルへ。その1階に大崎駅前郵便局。こちらが一般には周辺住民向けで、さっきのがオフィス利用向け、といったところなのだろう。
 少しゲートシティの中を再度見学した後、出発。
 TOCビルへ。ここにはシャトルバスでもあるのか、バスが到着する度に大量に人を下ろしていく。帰ってから地図を見ると、ここは東京卸売センターともなっている。これはいったい・・・。それにしても、昭和44年定礎、ということはかなり古いな。
 ここの郵便局探しにはかなり手間取った。なにせ、郵便局の場所が全く案内されていないのである。結局5階まで行ってエレベーターで降りるときに階を特定し、ようやく見つけた。貯金終了時で55分。これで今日はほぼ終わりだ。
 旧中原街道に入る。さらに武蔵小山の商店街へ。商店街が非常に長くて、かなり驚いた。さらに適当に走って目黒線を渡る。
 環七後に、再度渡って大岡山駅につく。後はほとんどまっすぐ走って、東急大井町線沿いに走る道路に入った。
 帰りに等々力にある「翠屋」で豆腐を2つほど購入。湯葉はさすがに高い。
 体の水分が足りないことを感じつつ、二子橋後、時速25km前後で宿河原堰まで。そして世田谷通りに入ると、雨が降り出した。これは想定外。さらに雨が強くなり始め、かなりあせった。今日の走行距離は50km台、とかなり低い水準。
 雨は帰宅後さらに強くなり始め、やんだとおもったらまた降りだすといった具合。
 豆腐に関しては母はかなりいい評価を出していたが、私にはちょっとわかるぐらい。そのまま豆腐を食べるのでは、ちょっと。やはり味噌汁の中に入れてみてこそ、と思うのだが。
 今日はさすがに疲れた。それでもコラムを作成するなど、それなりに精力的に。
 寝たのは1時だった。


2003年3月19日(水) 小サイクリング
 7時30分に起床。しかしその後だらだらとしていたため、9時30分に家を出発した。
 しかし、この時間に出発すると、貯金ができても昼食代がもったいないような気分になる。そのため、かなり怠惰な気分だ。
 TSUTAYA宮前店へ。借りたいビデオがないことを確認し、それなりに気分を損ねる。
 さらに宮前区役所へ。ここで少し本を探してみるが、ここも在庫が少ないという点は変わらない。調布の図書館と比べると、どうしても見劣りがする。
 もう一度TSUTAYAへ行ってみるが、ビデオはやはり借りることができない。
 しょうがないので、適当に流れていく。そのまま大きな通りを緩やかに下っていくと、宮崎台駅へ至る。さらに進むと、馬絹郵便局となる。ここは武蔵野貨物線が地上部に出てくる場所であることと、国道246を上るのに便利な場所ということで、それなりに感慨深い場所。今日は246を久々に上り、そのまま梶ヶ谷の厄介な交差点に至る。左右確認を入念に行いつつ、信号無視で抜ける。そうでもしないと、ここを抜けるのには3分ぐらいかかる。
 梶ヶ谷BOOKOFFへ。ここで一冊漫画を購入。ブックオフの最大の利点は、どんな人気漫画であっても定価の半分で売っていることに尽きる。定価の6〜7割が古本屋の水準となりつつあるためだ。
 下作延小学校横を通り、津田沼駅横の踏切を渡る。ここで信号を渡ろうとすると、横から自転車が猛スピードで突っ込んできた。ほとんど一瞬のことで分からなかったが、ちょっと左足を痛めた。しかし大したことはない。自転車を見てみたが、ゆがんだ場所はない。ま、それならいいだろう。害がなければ、私はそれほどこだわらない。
 それにしても、赤信号で猛スピードで突っ込むって、あんた死にたいのかね。自動車が飛び出してきたら、あんた死んでたよ、多分。スピード出すことを別にどうこう言うつもりはないけど、停まれるスピードで走ろうね。しかし危ないなぁ。
 また痛めた左足を恨めしく思いつつ、適当に走っていく。日差しが強くなってきた。どちらにしろ、これはサイクリングには適さない。
 結局11時50分頃帰宅。
 昼食はそば。信州のそばである。それにしても、蕎麦湯の出かたは尋常ではない。
 当然のように昼食後は眠くなり、4時間ぐらい寝た。これが家にいることの一番よくない点だ。
 目を覚まし、適当に過ごす。あまりにもボケているため、アニメの開始時刻に気付かない。だめだ、こりゃ。
 明日の会合が気になる。そのため、久々に学校の情報から、いろいろと調査。それにしても、事務のほうは相変わらず就職の情報ばかり流してくるのが気にかかる。
 PowershotA70の購入を決め、ヨドバシカメラのサイトへアクセスする。しかし、これがうまくいかない。混雑だから、というひどい文句と共に、入力したデータをそのまま空白にして返してくる。かなり許し難い行為だ。
 これで再び購入意欲をそがれたが、同時にPowershotS30やCoolpix4300も考え始めて、収拾がつかなくなる。カメラ用バッテリーは予備として1つ、これが4000円近くするとか。これらを考慮した上で、いろいろな展開を考える。だが、やはり単三電池を使用できるA70の優位が大きい。だが、200万画素のままでもいいというならば、8000円近く安いA60も視野に入ってくる。
 だが、どこで買うかも問題となってくる。
 意外と厄介だなぁ、と思いつつも、次第に乗り気になってきた。


2003年3月20日(木)  蚤、ウザ過ぎ
 最近、パソコンに向かうことが少し億劫になっている。それでも、十分に向かっている時間は長いのであるが。
 10時を過ぎたが、すぐに開戦とはならないようだ。どちらにしても、殺し合いが始まるわけだ。それも、合法的な大量殺人が。
 戦争の一番の悪は、人が死ぬこと。戦争の一番の善は、人が死ぬこと。なんともいえない気分だ。
 今日は研究室の会合という、非常に重要な集まりがある。というわけで、11時30分頃、家を出発。風が猛烈に強いことと、日差しが強いことと、花粉が猛烈に飛んでいるため、かなり進みにくい。おまけに20分以上かけて京王よみうりランド駅に到着してから、重要なことを思い出す。「定期券」を忘れたのだ。バカか、お前は。
 家に戻る気はしない(だって往復40分ぐらいかかってしまうのだから)ので、そのまま川原橋へ向かう。今日も相変わらずの混雑だが、上り線も下り線も両方とも混雑しているのを平日に見るのは珍しい。週末で5の倍数の日だからかな。
 で、12時10分頃、ようやく大学につく。時間はまだ50分もあるので、図書館へ。図書館には事務の人以外誰もいない。これは極めて人件費の無駄ではあるが、「図書」という資源を無駄にするのも問題だし、意外と難しいことになっている。
 図書館で勉強を久々にしつつ、時間が過ぎるのを待つ。トイレにも数回行く。あまり腹の調子はよくない。
 ようやく時間を迎え、行こうと思って非常に重要なことに気がついた。帽子をなくしたようなのである。おそらくかごの中に落ちたのか、歩いているうちに落としたのだろう。あいまいな場所に挟んでおいたのがあだになった。
 学内を走り回って探してみたが、発見できず。かなりショック。かなりお気に入りの帽子だっただけに、ショックはかなりのものだ。
 時間切れで教室へ。何をするのかと思ったら、会合とは名ばかりの「大掃除」であった。ま、別にいいんだけど。掃除途中に、戦争開始の号外が教室に運ばれてきた。讀賣新聞だけあって、アメリカ肯定的だ。それにしても、この戦争もやはり、新兵器の実験、であることに変わりはない。
 掃除はなんと4時間続いた。それも別にいいんだけど。そしてようやくパソコンをあてがわれ、作業を開始する。マイドキュメントフォルダに10GB以上のファイルが詰まっているのにはさすがにビビる。というか、ファイル数が10万以上もあるようで、プロパティを使用して2分以上しても計算し終わらない。いいかげん計算するのも面倒になり、先輩に聞いて、削除ができることを確認。ただ、これだけファイル数が多いと、削除にも時間がかかるようだ。この日は削除すら満足にできなかった。ただ、待避しておきたいファイルもあるので、ちょっと微妙だ。
 6時で時間切れ。蚤、だ。一応会合という名のもとにそういうことが計画されるらしいのだが、この日の集まりって、こんなだったの。何か、ばかばかしくなってくる。こんなことのために昨日のサイクリングをキャンセルしたかと思うと、冗談じゃない、という気分である。
 件の店へ。そこは居酒屋だった。
 店に入るのだが、これが靴を袋に入れるという、訳のわからない形式になっている。それはいいとして、とりあえず蚤は始まる。
 14人で始まったのだが、11人がビールを注文し、3人が別の物を頼む。その3人の中に私は当然含まれているが、私の頼むものは・・・水、である。貧乏性はここでも同じ。
 それにしても、この「蚤」というものは人間観察にもってこいの場でもある。酔って地がさらけ出され、人に迷惑を掛けることに対して無神経になる。その態度が、私の気分をさらに害してくれる。するとこちらも好意的に対応していたけれど、次第にふてくされて話もしたくなくなる。
 次第に増えてくるタバコの煙。室内には白い空気が充満し、逃げ場のない副流煙が私に襲い掛かる。それもこちらの席の横にわざわざ来て、タバコをスパスパ吸い始められては、気分も悪くなる。こういう無神経な人間と話をしていると、こちらも素で対応することになるわけで、無言で無視、となる。
 それにしても、つまらないのはメニューの数々。当然こんなものにお金をかけているわけがないのは分かるが、それにしても、こういうひどい目に合わされる客のことも考えて、うまい物を作ってもらいたいのだ。酒で味も考えていない奴等のことは考えないで。
 結局蚤会は終了。3時間30分以上にわたる苦痛から開放された。
 それにしても、彼らの多くが、「飲めないやつは卒業できない」などとのたまっていたが、酒に酔った人間のたわごとと解釈し、聞き流すことにした。本当だとすれば、担当教官に提訴を起こすが。
 これに加え盛り上がらない私に対して、奴はほっとけ、だとか。そうだ、ほっとけ。ついでに横に来てタバコを吸うな。
 それにしても、面白くもない話をべらべらと話して、周りの迷惑を考えよ。面白くもない話で、げらげらと笑わなければならない周りの気遣いを考えよ。私は笑わないが。
 それにしても、この蚤会でdqmaniacさんの言葉を思い出した。リンク先の2003年1月15日の記録を含め、彼の蚤に対する考えが伝わってくる。彼の気持ちが非常によく分かった。
 蚤は、健康・金・時間の無駄であるということ。失うものばかりが多くて、得る物がないということ。同感。私も出来る限り、今後は蚤を斬ろうと思う。本当に、こんなことに時間を使うなど、少しでも計画性がある人間にとっては考えられないことだ。
 そのくせ、彼らは飲まない人間を軽蔑するが、飲まない人間にとって蚤がどれだけ嫌なことであることを、彼らは知っているのだろうか。どれだけの苦痛と共に、飲む人間と同行し、嫌々面白くもない時間を付き合わされる気持ちを考えたことがあるのか。おそらく、蚤が好きと思う人間にとって、そのようなことは考えもつかないことなのだろう。なぜ、蚤、が嫌われるのかは、彼らの無神経さが全てだ。
 私も彼の言葉を借りて言おう。蚤に参加する暇があったら勉強をした方が百倍もマシ、である。そして、何で研究室の奴等は蚤のことばかり考えて平然としていられるのか、大変疑問である。
 まあ、精神的に余裕のある時期なので、今回は一応許容する。だが、次は参加したくない。どうせ仕事じゃないのだから、もう付き合いきれるか。それでも、従っちゃうかもしれないのだけれど。次は、卒業式だとか。好きな奴等だ。
 あと一応言いたい事があるのですけど、後輩先輩とか言って威張っているが、本当にどちらが年上かも分からないのに、そんなでかい態度をとる資格があんた(個人攻撃)にあるのかね。私は浪人生だが。
 二次会に猛烈に誘われたが、当然パス。金と時間の無駄、プラス強烈なストレス。こんなものを貰ってまで、誰が飲むか。調子に乗ってんじゃねーぞ、ゴラァ。
 食事後はエネルギーが有り余っているので、猛スピードで帰宅。20分以下。大学から考えても、おそらく記録更新。表定速度は時速20kmに迫っていた。
 家に入ると、体が臭いことが分かる。タバコのにおいだ。臭くて着ていられないほどの匂いで、父がよくこのような匂いをつけて帰ってくることを思い出した。即脱衣所にブラウスを脱ぎ捨てる。さらにシャツまで臭いことが判明。シャツはパソコンのそばに脱ぎ捨て、この日記を書く。シャツまで臭いって、凄すぎ。
 日記を書くと、かなりストレスがなくなった。やはり書くことって素晴らしい。人間、ストレスがないと、文章を書く気合がなくなってくるものだからな。
 一発太郎で登録を試みる。しかし、ヤフーの登録が可能という代償に、郵便番号まで要求される。だから、それがなぜ必要なのだ。ざけんな。当然却下だ。
 時間を無駄にしたことを後悔。もう日にちは変わっている。そろそろ寝なければ、な。
 というわけで、風呂に入ったのだが、体からタバコの匂いがプンプンしてくる。冗談ではない。その主は、髪の毛のようだった。髪を洗うと、さすがに匂いはなくなった。
 精神的な疲労を抱え、この日は就寝。2時を大きく過ぎていた。



←2003年3月上旬へ                 2003年3月下旬へ→
日記TOPに戻る
TOP PAGEに戻る