郵貯日記(2003年3月上旬)


2003年3月1日(土) パソコントラブルに振り回され・・・
 8時起床。すでに曇り空である。これなら大阪の方は雨だろうから、キャンセルしてよかったのだと納得させる。パソコンに向かっていろいろと作業。
 どうも航空のダイヤに大きな乱れが生じているとのこと。7時以降は着陸離陸共に悲惨なことになっているようであった。キャンセルは大正解だったようである。このあと、運休は200便に迫るほどの事態に向かっていった。
 一つのソフトウェアをあるソフトウェアとの競合を避けるためにアンイストールをする。しかしこれがやばかった。いつものくせでOKを押したため、Windows/Systemフォルダ内の何らかのファイルを削除したことにより、あちこちで問題が発生した。
 その最初の症状は『圧縮フォルダ』が使用できなくなったこと。結構使う機会が多いので、非常に厄介だ。
 この時点で異常を察知した私は、CD-RWとCD-Rにバックアップを作る。とりあえず写真などの重要データを待避させておき、システムの復元を試みた。しかし・・・。
 次の症状は『システムの復元』が使用できなくなったことであった。いや、厳密に言えば使えたのだが、復元に確実に失敗する。それが日にちを変えても3回続いた。
 こうなれば実力行使である。レジストリの取り込みをレジストリエディタから実行。しかし、これも失敗。おそらく読取を拒否するというのは、復元の問題を含めて、かなり重要なトラブルが発生しているものと思われる。せっかくのバックアップも役に立たないとは・・・。
 さらにMeの入れ直しを考えた私が画像のコピーを利用して記録しようとしたのだが、『ペイント』が使えない。これもやはり今回の理由に関することだろう。こういう時のためにPSPがあったので、それを使用する。助かった。
 だが、ここまでひどいことになっていると、やはり最初から入れなおすことを考えていた。奥からOFFICEのCD-ROMなどを取り出して・・・とかなり本気モードだったのである。
 それは、『システムの復元を利用しない』とし、再起動。そして今度はチェックをはずして再起動という動作をしたにもかかわらず、最初はそのチェックが外れないという事態が続いていたことが理由だった。それが再インストールを考える理由だったのだが、いつのまにか直っていた。数度の再起動が結構効いたのかも知れない。
 これで少し落ち着いた。とりあえず圧縮フォルダの問題が必要だろう。
 というわけで、いろいろなところから圧縮ソフトをダウンロードしてくる。なかなか使い勝手のいい物がなかったのだが、そのなかで『Lhaplus』は圧倒的に使い勝手が良く、多機能だった。非常に気に入り、これを使うことにした。しかしこれだと『Lhasa』が必要なくなる。うーんどうするかな。わざわざアンインストールするのは、今まで使ってきた手前、非常に失礼だと思うのだが・・・。
 さて、次はペイントだろう。ペイントが使えないならば、新たなグラフィックソフトが欲しい。自分で作ることができて、その上貼り付けが可能なやつ。2つ目で結構気に入った『Pixia』を使うことにした。まだ本格的に使ったことがないのだが、ペイント程度のことは楽勝でこなすだろう。GIFが使えないのは、ライセンス上どうしても仕方のないことだ。ここあたり米ユニシスのひどさが非常に分かろうというものだ。これはシェアウェア(シェアウェアだが、一応優秀な変換ツールがある)で変換すればそれはそれで済むことだろうが、やはり使えた方がいいのは事実だろう。
 こうしたソフトウェアは全て無料。非常に心強い。こうした良心を持った人たちによって、このソフトウェアの業界は支えられているのだ。
 これからもいろいろと落としてみようと思う。せっかくいろいろなプログラムを使う機会に恵まれたのだから。
 だが、どうしても直らないもので深刻な物が一つ。アクティブデスクトップだ。ここにまで問題が出てくるというのは深刻だが、一応Web表示は可能だし、いちいち変わるたびにダイアログが出る以外は、支障があるわけではない。
 今後も使用量の圧倒的なものは『FFFTP』だろうが、使う量に関わらず重要なものは多い。そろそろ私も『Word』を卒業することかもしれない。『Netscape Composer』に貼り付けてからしこしこと書き直すのもやめて、HTMLエディタを使うのもいいかもしれない。
 でも、いいソフトウェアを探すのは難しい。もしかしたら悪意あるプログラムということも・・・、なわけないか。
 この日は音楽を随分と聴いた。少し疲れた。
 外は午後になる前からひどい雨になった。降り方は相当ひどく、行かなくてよかった。仮にキャンセル料で5000円とられても、それぐらいいい旅行で取り返す機会は十分にある。
 一段落ついたので、ついにWAKWAKへの移転を開始する。プチコース200円で50MB使い放題とは太っ腹だ。これに加え、自作CGIなども使えるので、今後いろいろなことにチャレンジできる。
 というわけでFTPの設定まではこぎつけたのだが、So-netとはそれなりに勝手が違うようで、いろいろと混乱。だが、実際に終わってみると、遅かったソネットに比べて格段のスピード上昇が見られる。特にアクセスカウンターの表示に数秒かかっていた頃が夢のようだ。
 ついに本格的なHP公開に一歩近づいたといえるだろう。


2003年3月2日(日) すすき野の銭湯
 姉がパソコンを占領したせいで、この日の日記を当日に書くことができなかったので、ちょっと記憶があいまいだ。
 起床は10時。うどんを昼食とし、パソコンとにらめっこしていた。
 5時30分から、スーパー銭湯へ。今回はすすき野という新たな便利な場所を発見したため、そこにすることに。場所が非常に近く、時間は余裕だ。
 いろいろあって最終的な出発は5時50分。
 浄水場どおりはすぐに混雑となった。これは清水台の交差点まで断続的に継続する。この道路も日がたつごとに混雑がひどくなっている気がするのだけれど。
 車で行くこともあるブックオフの横を通り過ぎるともう近い。6時30分にはもう到着。だが満車になっていることもあるほどで、なかなか人気があるようだ。いったん中に。会員券はネットでのクーポンを利用してただ。ここあたりは下調べが功を奏している。長く入る先に姉を行かせる。一方、我々は夕食へ出かける。
 とあるトンカツ屋へ。値段は普通だが、出てきた料理はなかなかだったし、容器にも配慮がなされていた。結構好印象。椅子が小さいのがちょっとマイナス。量は多めだった。だが場所が例の場所より離れていて、そこはちょっと面倒。
 少し休憩してから風呂に入る。14年7月に建てられたというだけあり、新しさはピカ一だ。今までの中の銭湯に比べても広さという点で際立っているし、それに2階建。この天井の高さが非常に好印象をもたらしているし、露天風呂のレベルは高い。風呂は何より暖まる。
 満足して風呂から出る。1時間程度姉よりは短いが、みんなそれぐらいでちょうどいいようだ。これからはそういった何かの工夫が必要だろう。そうしないとみんな大変だからな。
 帰りは道路がすいているので、15分弱で着く。
 帰宅後は日記が書けないので、明日のサイクリングの準備をして眠りについた。


2003年3月3日(月) 久々、サイクリング
 今日の日付、きれいに『3』が続いている。なかなか悪くないが、郵便通帳では『15』なので余り意味はない。
 起床は9時。ちょっと寝坊気味だ。食事した後9時45分ぐらいに出発。曇り空と、絶好のサイクリング日和だ。午後から雨だそうだが、低気圧が通ることを考えると、午前中は季節風の北西の風が吹き、帰りは南からの風が吹き付けるのではないか、という計算の元に出発とする。2月には郵便局訪問が0という、不名誉な烙印がついてしまったが、春休みはそうはいかない。
 多摩川沿いに下る。予定通りガス橋まで。大体所要時間が50分程度。重いマウンテンバイクにしてはまあまあのタイムだろう。途中休憩も入れてだし。
 ガス橋通りへ。鶴見停車場の広い鉄道車庫を上から見つつ、いったん戻るかのように走って川崎苅宿郵便局。苅宿小学校が目の前だ。
 商店街を抜けるように走り、国道へ。戻るようにして走り、元住吉の駅近くの川崎木月郵便局。ここの混雑はかなりひどかったが、手際のよい局員さんのお陰で一気に流れた。
 いつのまにか風は逆風になった。予定通りといえば予定通りなのだが、ちょっと時間が早い。結構風は強く、南へ向かう作戦を変更しようか考える。
 川沿いに南下して尻手黒川通りに合流する。川崎北加瀬郵便局。思うのだが、神奈川県の郵便局はどこも大きい。これは神奈川県の郵便局が東京などに比べて少なく、その分一つ一つの郵便局の負担が大きいからではないか、と考えてみたりする。神奈川県の郵便局の推定数は700程度。これは東京都の半分以下だ。
 風に悩まされつつ、一方通行路を南下し、ちょっと行き過ぎてから戻って川崎南加瀬郵便局。ここも混雑していた。
 ここで計画を立て直す。そのまま南へ行く予定はあったのだが、南風が吹き付けるのが予想以上に早い。となれば北への変更をするのが無難だろう。今の時刻は12時前なので、昼食もとりたい。
 というわけで、ケンタッキーへ。時間を潰すにはもってこいだ。トイレにも生きたいし、のども渇いた。休憩もしたい。ポップコーンチキンでも買って、ゆっくりとするのはあながち悪くはない。
 しかしその目論見は見事に打ち崩された。ポップコーンチキンがメニューにないのである。いつのまにかなくなったのだろうか。これでケンタッキーに入る理由が全くなくなってしまった。いろいろと考えた挙句、普通のチキン一つを購入、210円。こんなはずでは・・・。
 とりあえず食べる。まあまあのあじだ。しかしちょっと油が多すぎる気がするし、何よりかぶりつくスタイルが私には合わない。日本人は魚を食べるように、かぶりつくという習慣はないのだ。少なくとも欧米のような肉食人種とは一線を画すべきだ、などと訳のわからないことを考えてはいないものの、食べにくいのは事実だ。
 トイレで用をたすと、その気持ちはいっそう強まってくる。冷め始めたチキンの味はいっそう悪く、とても食欲を沸かせるようなものではない。
 ちょっと誤算だったケンタッキーを後にし、最寄の郵便局へ。川崎小倉郵便局。下町の郵便局にふさわしい雰囲気を兼ね備えていた。警備員さんの明るい挨拶が嬉しい。そして局内もそういった雰囲気で溢れていた。
 小倉跨線橋を渡る。奇妙にも成田エクスプレスが3両で東京方面へ向かっていった。これって線路容量の無駄遣いだ。何とかならんのか?快速と並結するとか・・・。
 しばらく走って川崎小向西町郵便局の付近へ。ちょっと迷った。近くには東芝の工場があり、そこの近くのセブンイレブンでおにぎりを買った。そしてその郵便局に到着。これで幸区完貯かと思っていたのだが、地図上に乗っていなかった川崎塚越郵便局がまだあった。だがこれで川崎市は残り5つ。1つを除けば結構楽な場所にあるし、時間の問題だろう。やはり問題は、港湾振興会館内郵便局で、ここにどう行くかということになる。いや、走りゃあいいんだろうけど、場所が悪すぎるのである。ついでに他に行くとか、そういうことができればいいのだろうけど。工場の煙で体を悪くしそうだ。
 さて、多摩川大橋を渡る。国道1号は3車線だった。さすがにこれだけあると混雑はない。橋を渡って間もなく、大田矢口三郵便局。東京都内に入った途端、郵便局は小さくなってしまう。ついに雨が降りだした。これは予想外に早い。
 広い道路が多いことに意外さを感じつつ、武蔵新田駅へ。その駅前にある大田矢口一郵便局。狭い局内に人が溢れていた。
 雨は少しずつ強くなってくる。急いで走る。〒のマークを頼りに、千鳥郵便局を発見。東京都内に入ると、一気に効率が上がっていく。
 しかし次が良くなかった。雨が降る中、千鳥駅前にある郵便局が見つからない。結局断念。急いで帰宅するルートに切り替える。
 環八を信号待ちなしで渡る幸運に恵まれ、適当に走る。すると見覚えのある小さな通りとなり、見覚えのある寺院の前に至り、そしてガード下をくぐった。丸子橋の横を通って多摩川駅方面へ。しかし予想外にも古墳の裏側に入ってしまったため、いったん引き返す。
 適当に走る。ここあたりは結構走りなれている上、山が迫っているのでそれほどルートを考える必要を感じない。川に行き過ぎるの自転車は走れないし、山側に行くには勾配がきつすぎる。となると走る場所はほとんど決められてしまっているのだ。
 長い間放置されていた田園調布五郵便局に到着。雨の中のつかの間の休憩。それでも局内に人はいた。
 雨はさらに強くなってきたが、構わず進む。間もなく二子玉川に到着。高島屋でトイレを借り、地下の食品街を見ていく。が、のどが渇きすぎて商品がおいしそうに見えない。これではダメだ。急いで帰ろう。
 二子橋を渡り、後は適当なルートへ。いったん246に出た後、府中街道に入る。その後は適当に流して家へそのまま戻った。雨は少し弱くなっていたこともあり、それほどの被害はなかった。逆に花粉がなくなった分、体に負担がかからなくて良かったともいえよう。大体5時間30分のサイクリングで10局。近場はもう全て訪問済みになってしまい、大きなサイクリングでもしない限りは郵便局はもう無理となってしまった。気にしないでいいのかもしれないが、やはり郵便局という目標がなくなるのは少し寂しい。やはり最初に掲げた500という数字はあながち間違いではなかったのかもしれない。
 帰ってから1時間ほどで大雨になった。家の中からも音がすることを考えると、結構な降り方だ。
 今日の郵便局などの記録をつけつつ、いろいろとこなしていく。コタツに入るとその気もないのに眠りに引き込まれていった。
 夕食。ひな祭りなのでちらし寿司だ。健康食である。
 夕食後はテレビをそれなりに見ると、結構時間がない。日記などをつけて時間があっという間に過ぎていく。
 外の温度は一気に下がり始めた。明日は寒いという予報だ。となるとどこかに出かけたくなる。富士五湖とか。サイクリングも捨てがたい。いや、やはり青春18きっぷを買ってどっかに行くというのも・・・。
 非常に難しい問題に発展しつつあった。
 まずい昼食を食べたせいか、ひどい下痢をした。原因は大体知れているが・・・。
 TSUTAYAのカード更新のお知らせが・・・。『重要』とか書かれていたのでけっこうびびった。確かに重要であるが、肝心の更新費用がどうなるかが定かではない。今までは無料で自動更新だったのだが。
 そしてTSUTAYAにCDを返却すべく車でわざわざ出かける。それにしても遠い。やはり宮前を使うのは考え物だ。稲田堤で済むものはそうするべきだろう。そうでなければ、高いところでいいという考えもあるし。
 結局この日は2時に就寝。


2003年3月4日(火) TSUTAYAレンタル大作戦
 結構寝れた(“ら”抜き言葉)と思ったにもかかわらず、起きたのは9時。結構早い。
 朝食を食べた後、TSUTAYAに出発。今日は凄い強風で、追い風の時は持っていかれるほどに感じるのに、向かっていくとほとんど進めない。稲田堤まで20分以上かかった。HUNTER×HUNTERのOVAがあったので、これとEVA1つを借り、当日返却で300円。半額は新作にはきかないが、この値段ならば納得。
 帰宅後、早速見る。映像技術の進歩はさすがという気がするが、やはり“音”の凄さも忘れてはいけない。佐藤さんの音楽に、声優の質の高さ。これらがあって初めてこのアニメは完成する。それにしても出来栄えを見ると、映画なんかよりもはるかにレベルが高いような気がするんですけど。セル画の枚数だけははるかに及ばないが・・・。
 午後は眠気が先にきてそのまま就寝。3時間ぐらい寝ていた。
 6時に起きて、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ勉強。起きたあとは頭がさえて物事が良く理解できるな〜。
 夕食はおでん。久々なのでおいしい。
 夕食後もまたGI編を見、そして返却へ向かう。やはり寒い。風も相変わらず強かった。CDを2枚借りて帰宅。実は今回のレンタルには作戦がある。といってもその程度のことを大々的に言うは何かもしれない。だが、最寄のTSUTAYAまで3kmもある現状では、効率的な方法を模索する必要があるのである。それは以下のとおりである。

 うーん、われながら完璧な作戦だ。その代わり、明日もビデオを借りに行く必要がある。旅行には出かけられない。うーんもったいない。
 富士五湖の旅行計画は整いつつある。それと木曜日は那珂湊だ。
 Operaをダウンロードしてから少したったが、利用頻度は落ちる一方。速いと言いながら、起動時間ではNetscapeにも劣るのろさ。起動後の動きに関して言えば、他のブラウザとは全く遜色ない、というか違いが判らない。これはADSLで、元々速いからだろう。普通に見る分では全く関係のないことだ。となるとOSとのつながりの強いIEの速度が圧倒しており、Operaの入り込む余地は少ない。
 おまけに意外とCSSの解釈が良くない。あのNetscape4.7ですら大丈夫なところでも崩れるようになっており、せっかくソースの変更が可能な利点もこれで台無し。文字化けはないが・・・。
 結局今までどおり『はい』『いいえ』の選択を迫られるIEの使用を続けるしか方法は無さそうだ。いや、それが一番楽だ、というだけのこと。設定さえしてしまえば、それほどセキュリティホールも気にしないで大丈夫だし。
 いつものようにネットを適当にまわっていたら、いかにもやばそうなところに入ったりして、かなりびびったものの、ちゃんとこういう時のためにセキュリティがしっかりしているので、間一髪でかわす。こういうときの変なサイトって『はい』『いいえ』のダイアログが見えないようになっているんだね?。いや、いかにも危険なサイトって感じじゃん。でもJASもそういうのがあったような(爆)。
 それにしても、こういうところが検索で上位にこないようにしていただきたいものである。全くいい迷惑だ。
 このサイトの登録について考えている。このままどこにも登録しなければ、プライバシーも漏洩せず、安心して更新できる。しかしある意味むなしさを感じるのも事実。なぜならば、家族にも友人にもここの存在を知らせていないから。
 しかし、仮に誰かの役に立ちたいと思って公開しているならば、どこかに登録して検索の上位に入るようにしておくべきなのだろう。それが何らかの形でのネットへの恩返しというか、そういうことなのだろうと思うのだ。
 難しい問題だ。でも、やはり迷っている。
 自分にとっての結構なニュース。CLUBAAが有料化されるとのこと。メールは8月で使えなくなるそうで、朝日のエゴもここまできたかな、という気になる。ま、当然継続はしないだろうけど、それにしてもいまどき月500円で、誰が契約するんだろうね。
 もはや一種のプロバイダーのコンテンツの一つとなりつつあるCLUBAAだが、ネットでは無料が当然のサービスであるにもかかわらず、これがうまくいくのかは非常に大きな議論になるだろう。これがうまくいけば、ここぞとばかりに有料化されるところが相次ぐだろうし、うまくいかなければ多くの人にとって有益だろう。企業には有益ではないだろうが。
 テレビは無料で見ることができる。その代わりに広告で成り立っている。どちらが正しいかは分からないが、私はやはりこういうものの有料化には反対する。それはgifの特許の乱用とも重なるからだ。
 朝日新聞というブランドのお陰でCLUBAAは発展した。それを何か勘違いしていないだろうか。このような朝日新聞者の姿勢に対し、私は失敗を望む。今後、有料化が当然の流れにならないためにも。
 この日は夜更かしして、4時に寝た。コラムの文章作成に手間取ったのが原因。意外といい題材がうかばないのだ。困ったことになってきた。ジャンルを決定していないとはいえ、やはり言いたいことは山のようにあるわけではなく、最近は題材をどこかから借りてくることが多い。例えば、新幹線の問題なんか、完全に題材を借りているようなものだ。
 題材を見つけるのは難しくなっているが、それでもがんばるつもりである。


2003年3月5日(水) ビデオ鑑賞は続く
 今日もまた、TSUTAYAへ。3本のビデオを借りた。帰宅してからすぐに見始める。
 さすがに見る量が2日続けて多いため、頭が変になってきた。テレビが一方的に情報を流すだけであることも影響するのだろうか。
 一通り見終えると、ちょっと散歩に出かけた。気分転換だ。散歩というのは珍しいが、付近にはいくらでも散歩に困らないだけの道がそろっている。ニュータウンではないため、車が通れない道や曲がりくねった道路が大量に存在している。散歩には非常に適したところに住んでいると実感する。
 東生田遊歩道に入った。遊歩道の入口がまたもや凄いことになっている。もはや冒険というしか、形容する言葉がない。
 未舗装の道路は竹で囲まれた暗い小道。それを少しづつ進む。立ち入り禁止の看板が目立つ。やはり私有地ということらしい。
 突然片側の林が途絶え、南側の視界がはれた。根岸陸橋が南側斜面に作られた畑の先に見ることができる。やはり交通量が多い。
 そこから少し歩くと、三峰神社となる。神社といっても、もはや祠と化しており、かつてどうだったかの面影はない。ここから先は舗装路となる。
 ここから先はいつものところなので、今日は終わりにする。階段をそのまま下りていくルート。斜面がそのまま丸見えな所が結構驚いた。そしてプライバシーの感じられないほどに接近する住宅。自宅の周りには散歩道としての素質を十分に満たしている。
 狭い路地をただ歩いていくと、府中街道に出る。府中街道もいつのまにか歩道がここあたりにも整備されるようになった。今までは片側だけだったのだが。これで結構通りやすくなるだろう。後は片側2線化を急ぐべきなのだろうが。
 信号を渡ると森山商店の横を通る。こんな店、もう結構貴重かもしれない。適当に横道にそれると、結構畑が多い。面白い散歩だった。
 帰宅後、少し勉強しようと英語の本を開いたのだが、やはり眠さにはかなわない。結局3時間このあと寝ることに。
 起床後、夕食となる。夕食と同時進行的にアニメ。次第に面白さを増していくテニプリに対し、ヒカル碁はどんどん面白さを失っていく。佐為がいなくなった時点で目に見えていたが。
 それが終わると、ようやくパソコンを立ち上げて今日の作業が始まる。アニメに時間をとられなければ、結局パソコンに向かうのだから、結局時間の使い方はそんなものなのかと自分でも情けなくなる。
 日記を一気に書く。日記は結構最近筆が進む代わりに、コラムの方はさっぱり。そろそろコラムを終わりにして、新たな連載に乗り出す時期だろうか。
 明日の那珂湊は、天気が下り坂の予定のため、延期になった。ここのところ、非常に天気予報があたりやすくなっており、明日の天気予報があたることを信じることにする。それにしても、本当にここのところ良くあたる。
 明日は曇りの予定なので、サイクリングの予定。東京か、横浜か。明日の気持ち次第となる。
 22時30分にTSUTAYAに返却のためお出かけ。夜遅いこともあり、人はさすがに少ない。それに照明も基本的に暗い。その代わり、星がよく見える、かと思ったら曇り空だ。
 返却後、2本のビデオを借りる。一つはバトルロワイヤルだ。すでに見たことがあるのだが、ビートたけしのあの演技を見たくなったのである。本を立ち読みして、あの演技を思い出した。この映画の見所の多くは、ビートたけしの演技じゃないのかという気もする。
 それにしてもこの店の前に車がずらりとなっているのは、この時間帯だから許容できるとはいえ、相当なもの。ここまでずらりと車を止めるのはどうかと思うが・・・。
 帰り道、両手を離して運転。こうでもしないと、昨日今日2往復、合計24kmは非常に疲労が溜まる。同じ道をこうも走るというのは非常に精神的に悪いのだ。他の道を走ればよかったのであるが、意外と大きい遠回りになるのが癪だ。
 この日は1時ごろに寝た。


2003年3月6日(木) サイクリング、豊島区にも突入
 7時10分に目覚めた。よほどサイクリングをしたいと、体が思っていたのだろうか。自然に目が覚めたにもかかわらず、眠い。
 絶好の曇天である。これぞ出かけなくて、どうするべきであろう。
 8時30分、ついに出発。問題はどちらに行くかということであった。郊外の方に行こうかと思っていたのだが、稲田堤方面に行きたくなかったので、逆走する。結局多摩水道橋を渡った。世田谷通りは当然の混雑で、三本杉陸橋まで5kmの渋滞だとさ。やはり世田谷通りを使わない方法を考えない限り、環八への道は遠い。ま、今は自転車だから、高みの見物である。自転車の方が早いのだから。
 世田谷通りをすぐに離れ、適当に走って荒玉水道通りへ。しかし、荒玉水道通りは自動車では使えないことを思い出した。出口がダメなのである。大泉ICへのルートの下見も兼ねていたのだが。
 以降適当に。結局世田谷通りに戻って、三本杉陸橋に出る。以降環八沿いに走り、桜丘五郵便局(既訪)を9時に通過。無駄が多い割には、結構速めである。
 やはりいいかげんに走って、世田谷桜上水五郵便局。何度も前を通ったにもかかわらず、今まで貯金ができなかった。混雑がひどい時の記憶があるので、ちょっと不安だったが、この日はそんなことはなかった。あっけなく貯金は終了である。
 進むと、京王の踏切にぶつかる。ここがなかなかあかない。確かに緩急接続の最後の駅でもある。これに加えて、下り方面の回送用の電車が多くなる時間帯でもあった。
 機を図って、すぐそこのパン屋に入る。朝早いから、作り立てが食べられると踏んだのだ。カレーパンを126円で入手。しかし、揚げたてと書いてあるにもかかわらず、冷え切っていたカレーパンはお寒い内容だった。カレーはほとんど入っていないことも、その思いを強くした。ダメなところのパンはダメだね、やはり。
 食べ終わると、ようやく京王の踏切は開いた。開いている時間は長いので、車も一気に渡っていった。
 その後甲州街道沿いに行く。北側である。渋谷笹塚郵便局。商店街の一角にあった。
 甲州街道を離れ、大きな交差点の近くにトイレがあった。かなり我慢していたので、これぞとばかりにはいる。公衆便所の割には、かなり清潔であった。
 その交差点からすぐ、渋谷幡ヶ谷郵便局。
 そこから側道に入り、適当に。渋谷本町五郵便局。ちょっと広い道路沿いだが、地図上ではそのようには記述されていない。道路工事中であった。ビルがかなり迫ってきている。
 低層住宅地を抜けて、突然開けたところで西新宿四郵便局。その向かいにある大江戸線西新宿五丁目の出口が「かに道楽」のビルの中に入っているのが妙だ。ビルの高さが低いのが笑えるのである。
 十二社通りへ。意外にもビルに郵便局の案内があった。新宿アイタウン郵便局。新宿のビル街とは少しはなれた場所にあるが、今後新宿のビル街はさらに拡大を続けるのだろうか。
 新宿ビル街から一線を画す青梅街道から北の領域に入る。周辺の雰囲気は、ここが新宿のビル街から少し歩いた場所なのかと疑うような状態であった。でも振り返ると、背後には凄い高さのビルがそびえたっている。建物は古く、道は狭い路地が数多く存在していた。
 廃局になった看板の後を見てちょっとあせったが、移転したと思われる西新宿八郵便局に到着。その横の道を車が2台続けて抜けてきたのには恐れ入った。
 そこからは狭い路地を適当に抜けていく。西新宿中学校がこんなところに存在していた。確かに学校は必要だな。近くにビルがあんなにあると、どんな気分なのだろう、子供たちは。
 通行量の多い道路に出た。新宿広小路郵便局。ここも混雑はなく、今日は混雑からは開放されている。天気が悪いからかな。
 時刻は11時となっている。そろそろ昼食を考えつつ進む。ここあたりにはラーメン激戦区なので、そういうところに入ろうかと思ったのだが、意外と11時30分からのところが多く、断念する。
 新大久保駅近くに郵便局があることも知らず、新宿大久保郵便局へ。明治通りは地下鉄建設のため、道路が荒れていた。
 そのまま北上する。新宿北郵便局。普通局だったが、混雑はなし。ここではマップを勧められたが、手持ちのに載っていない所は無さそうなので、遠慮しておく。
 諏訪通りへ。今だに山手線をくぐる道路の建設が行われていて、まだ完成していないと思われる。これってもう5年以上になるんじゃないの。いつになったらできるんだろう。
 新宿諏訪郵便局。ここでもマップを勧められたが、やはりやめる。雨が降り出した。
 すぐ近くに、ピザ屋がある。750円で食べ放題という、非常にそそられる内容だった。しかし、付近は駐輪禁止の看板が山のようにあり、勝手に持っていかれることを考えるとどうしても店に入れない。結局駐輪禁止の札のせいでは入れなかった。駐輪禁止が、需要を減衰させる。いつものことだ。
 高田馬場駅の前を通る。特に感慨もない。あまりいい思い出がないからだろうな。
 結局駐輪禁止区域から離れた、とあるタイ料理の店に入った。食べ放題870円は余り嬉しくはないが、少なくともタイ料理に保存料が入っていることはないのだし、アジア料理だから健康そうである。
 店は地下に位置していた。狭い店内に、料理が12種類ほど並べられていた。これで全てのようであった。食べ放題以外はやっていない模様。
 とりあえず料理を取っていく。見た目は余り良くなくとも、内容がそれを上回るのがアジア料理なのだから。
 食べてみて感じるのは、香辛料の使い方が意表をつくものであるということ。中国料理とも違う。このような使い方があるのかというほど、日本人には理解のできない味付け。でも悪くない。味付けは辛いだけではないのだ。大体はおいしい。デザートにタピオカがあったのだが、これを食すのは初めて。タイ料理の味付けの後に食すと、甘すぎてかなり気持ち悪くなる。が、すぐに慣れる。おいしい。しかしまたタイ料理を食べたあと、タピオカを食すとやはり気持ち悪い。あってないのでは・・・。
 食事を終了。全体的に良かったと思う。何より、日本人向けした味付けをしていないという点で、本物に近いタイ料理なのではないかと思う。店内もその雰囲気である。入った時刻は空いていたが、12時30分に出る頃には結構店内は埋まっていた。だが、困ったことにこの店にはトイレがないのである。これはマイナス。
 自転車はなくなっていなかった。ほっとしつつ出発。高田馬場二郵便局。ここには英字のお宝が存在していた。ここあたりは外人が結構多いのだろか。
 神田川沿いに明治通りに戻る。上り坂となり、ペダルに力がこもる。トイレトイレ。頭の中にはそれが駆け巡る。とりあえず池袋へ。池袋ならば、というのがあった。途中の郵便局は全て無視。 
 かんぽのビルで、トイレに入った。ようやく落ち着いた。
 サンシャイン60へ。サンシャインの周りには仰々しく駐輪禁止になっており、とても止められる雰囲気ではない。それはみんな同じようで、近くの公園の近くに大量に自転車が止められていた。
 とりあえず場所を確認しつつ、B1へ。サンシャインビルは非常に広いので、B1という情報だけでは安心できない。だが、比較的入口から近かった。ここには特別なスタンプが用意されていて、他のお宝印もこういう形のスタンプだったらよかったのに、と思った。
 地図を見て豊島郵便局へ。途中にある西池袋ICは凄いICである。ここからバスで乗ったことがあるのだが、ビルの中に入っていくような気分になる。豊島郵便局も混雑なし。
 いろいろとルートを考えたが、もう戻る方向に進む。理由は雨が降り始めたことが大きい。池袋駅前郵便局へ。まずこない方向だが、駅からは近い。
 国道ではない歩道用の跨線橋を渡り、結局国道へ。池袋四郵便局。池袋も、ここ辺りにくるとただの商店街としか見えない。
 大きな通りに出て、池袋郵便局へ。こんな名前にもかかわらず、小さい普通の郵便局である。
 さらに南に行くと、東京芸術劇場という、凄い建物が目の前に現れた。ここでトイレを済ませる。こっち側は行ったことがないので、ちょっと驚きだ。
 西池袋郵便局。お宝印あり。都心は案外お宝印が多いのだ。
 もう一つの郵便局、目の前のビルへ。自転車を置く場所に迷う。結局近くのサンクスに置かせてもらう。駐輪場もあるのだが、有料では致し方なし。
 メトロポリタンビルにあることが分かったのだが、7階での乗換が必要とのこと。乗り換えて9階へ向かったのだが、それは違う9階だった。戻って違う場所に行き、そしてまた登り・・・。・・・疲れた。凄く分かりにくい構造だな、これ。何とかならないのだろうか。
 メトロポリタンプラザ内郵便局。場所が非常に不便な割には、結構混雑していた。貯金が終わると、急いで自転車の元に。あった。よかった。それにしても自転車の心配をしていると、おちおち買い物もできない。新宿の高島屋ではいつも必ず何か買っていくが、自転車の心配が必要なこういった場所では何も買わないで終わってしまう。
 出発。狭い道を南下する。途中山手線にかかる踏切を発見。3ヶ所あるというのをテレビで見たことがあるが、本当にあったんだ。かなり貴重なものを見た気分。そのまま目白駅の前に出た。目白通り沿いに行き、新宿下落合三郵便局。
 さらに先へ行き、新宿下落合四郵便局。ここでは次の郵便局の情報を教えてくれた。下落合駅前郵便局は新目白通郵便局になり、場所が移転したという情報を入手。これは非常に貴重な情報だった。この局員さんには感謝しなければいけない。
 急峻な坂を下ることになる。その先には新宿のビル街が一望できる。ここからでも、新宿の夜景とかを見ることができるかもしれない。三脚を置くような場所じゃないけどね。
 坂を下りきると、新目白通となる。ここの道路は関越道につながるため、かなり交通量が多いという印象があるのだが、それほどでもなかった。さっきの情報を元に新目白通郵便局。ありがたい。道路を渡っていたら、大きなロスだった。局内には他に客はいなかった。結構寂しい。
 妙正寺川沿いにいく。しっかりと新宿上落合郵便局。下町にある郵便局らしい風情を残していた。
 落合郵便局へ。名前からして新宿だと思っていたのだが、中野区の普通集配局というのだからちょっと驚きだ。しかし業務スピードは驚異的な遅さで、前の2人を捌くのに15分かかった。遅すぎるだろ、そりゃ。
 近くの郵便局を探すが、東中野郵便局は失敗。東中野駅前に出た。結局山手通り(別名環状六号)に。そのまま全速で南下し、ぎりぎりで中野中央一郵便局に間に合った。
 中野坂上駅近くにはビルが林立していた。かなり意外な気分。ここでトイレを済ましていく。郵便局が間に合わなかったのは残念。
 方南通りに入る。南台交差点を少し過ぎたところで離脱する。ちょっと早すぎたようで、この後結構苦労することになった。実は神田川沿いに行くというのも結構使えたらしい。
 以前通った道を絡めて、代田橋付近に出る。後は走る。いいペースメーカーのお陰で、桜上水までは楽に。
 千歳烏山付近でアクシデント。ハンドルをぶつけて転倒。左足を強く打ち、左手に打撲を認められた。最初はしばらく立ち上がれなかったが、何が何でも立つという意地を見せるとちゃんと立つことができた。本当に、これは意地だな。何が何でも自転車で帰るという。
 足の方はすぐに大丈夫になったが、手の方は次第に握ることができなくなってきた。右手での運転に切り替える。左手が使えないと、ブレーキに不安があるのでゆっくりと走らないといけないし、何より感覚がつかめないので、すり抜けは禁物だ。
 仙川で離脱。新道の完成が近そうだ。いつになったらできるのだろうか。
 吉祥寺通りに入ると、道路のへこみ具合が増してくる。狛江市も予算が少ないので、川崎と事情は同じなのだろう。
 次第に左手も回復し始めた。上り坂などの絶対的に必要な場面がなかったことに助けられた気がする。
 世田谷通りにはいると、家は近い。難なく水道橋を渡り、暗くなりきる前の帰宅。
 結構疲れた。柏餅を食べるが、おいしい。さらにヤクルトを飲んだが、さっきの柏餅のせいですっぱく感じられる。
 今日の記録をまとめる。当然時間はかかる。おまけに猛烈に眠い。かなり疲れたからな。
 風呂に早目に入ったものの、日記を書く作業が入ったため、時間がかかる。結局2時間以上かかって0時過ぎに就寝。


2003年3月7日(金)
 結構寝たと思ったが、9時過ぎの起床。ま、いいところだろう。
 BRを見る。一回目に見たときと感想は同じだが、心に訴えてくるものが感じられなくなった。これが「慣れ」というやつであろうか。恐るべし。
 それにしても、外はひどい雨だ。出かけなくて済んでいるのだから、確かにありがたいのだが、やはり休みは有効に使いたいものである。
 しかし、やはり寝てしまう。今日も3時間ぐらい寝ただろうか。これではたるんでしまう。
 夕食も終えて、またも時間の使い道がなくなってくる。パソコンに向かうが、やはりすることがないというか・・・。音楽を聴いても、あまり気乗りしないし。どこかに出かけることがやはり必要なのか。
 結局早めに寝たものの、なかなか眠れずにこの日は終わる。


2003年3月8日(土) シャーマンキングの購入と登録開始
 今日も起きたのは10時近く、出かけようと思っていた予定は全てパー。どうせ混雑する土休日に出かける気があまりないから、こういうことが起きてしまうのだろうけど。
 せっかくの晴天も、あまり意味をなさないとなると、邪魔なだけ。午後から130円周遊を考えたが、これも犬の毛抜きの作業が入り、計画は未遂となる。非常に腹立たしい。計画を決めていたのに、それを折られるというのは非常に心がむしゃくしゃする。
 で、その犬は全く感謝の気持ちを示さないのは当然として、人様にはむかうのだからたちが悪い。というわけで、いつも猿轡をはめさせているのだが、それでもいうことをきかないのである。諦めの悪いやつだ。もっとも、作業のほとんどは母がやっている。買ってきた当の本人は犬に飽きて、手伝う気はない。ある意味可哀想な犬だが、忠誠心を見せないのではある意味仕方なし。その当の本人とは、父であるが・・・。
 Googleにサイトの登録をする。ただ入れるだけなので、特に問題はない。
 ちょっと出かけた。古本屋で『シャーマンキング』の1〜20巻を3000円でゲット。これは結構安いだろう。というわけで、帰ってくると読み始める。結構読み応えがあり、なかなか読み終わらない。
 夕食。いつもに増して食べ過ぎた。いかんな。
 そして本と漫画を読む。そして久々にコラムに取り掛かる。久々にいい題材の出来上がりだ。
 ヤフーにもサイトの登録をしようと試みた。しかし、7桁の郵便番号を要求させるという、非常に不愉快なところがあった。7桁入力したら、住所がほとんど分かってしまう。アクセスしてくるところから、あっという間に逆探知可能だろう。個人情報をそんな勝手に特定されてはたまらない。さすがはソフトバンク。やることが違う。なんでもそういうことをするわけか。大体、サイトの登録になぜ郵便番号が必要なのだ。明らかに変ではないか。根性腐ってるな、ここは。いったん入力しないでやり過ごそうとしたが、入れないと進めないようである。ならば却下であろう。嘘をつくのは、個人的に気に食わないので。
 というわけで、ヤフーの登録は却下。さすがソフトバンクは腐っている。こんなところでも個人情報に走り回るとはね。
 知っているサイトがヤフーにだけ登録されていない理由がわかったような気がする。誰が個人情報を売るか、っていうのだ。一体何様なのであろう。
 一方でヤフーに登録されるために、などというサイトまであった。そのページの文章は面白かったが、トップページを見るとデザインは当然気に食わない。ページには、少しはデザインに工夫を払わないとダメ、というようなことを書いてあったが、このようなぎたぎたのテーブルタグを使ったサイトには、私は嫌気を感じざるをえない。こういうサイトは概して字の小さいことが特徴で見づらいのだ。デザインにこって見づらい、これ具の骨頂。企業のページでも犯しやすい失敗だ。
 調子に乗ってインフォシークにも登録。こちらもアドレスを入れるだけでOK。やはりヤフーは異常だ。その過程で、自動登録サービスというのがあったのを知って、ちょっと驚いた。まあ、別にいいんだけど。
 いつものようにネットを巡回していたら、広告でもないのにウィンドウが立ち上がって、バナー広告のように出てきた。MS社製の商品を使うと出るようになっているらしい。だが、仮にそうアピールしても、私の前では意味のないことである。広告のページをすぐ消去できるように鍛えられている私は、いつもの如く『Ctrl+W』で、中身が出る前にウィンドウを閉じていく。なぜ最初に見てみたかというと、あまりにも広告が出るには不思議な感じだったから。あまりにも面白そうだったので、何回かは見てみたのだが、すぐに飽きた。たとえば、『このページは終日ゲイツ禁止です』『MS製商品は・・・』などという文句があった。だがインパクトにかける。もっと面白く書いてもらわないとダメだね。もっとも、あまり行き過ぎると、それはそれで不快感を与えかねないから問題なのだろうけど。そう考えると、『がんばれ!!ゲイツ君』の文章は特筆ものだ。あれがアンチMSの一番効果的な方法なのではないかと思う。ああ、あの文章がまたも恋しくなってきた(爆)。
 ソースを見ておくべきだったと、ちょっと後悔。これはもちろんネスケで、だけど。
 TOPページのデザインを改変。かなりいい感じになった。但し、相変わらず文章だけ。テーブルタグを使わないのが、私なりの流儀だ。これはテーブルタグが氾濫する現在のデザインに対する、私なりの抵抗である。
 この日は2時過ぎに寝た。


2003年3月9日(日) 江ノ島日帰り強行軍

写真は別ファイルでどうぞ(86KB)

 今日もきれいに晴れた。ここ数日は晴れが続くとか。それは大変結構なことだ。旅行がしやすくなる。
 10時に起床。昨日買った漫画を読む。
 昼食は岡山で買ってきたうどんを買う。こんなにおいしかったのか。そうだ。こんなにおいしかったのだ。いいうどんが食べたくなった。
 1時11分の湘南急行に乗ることを決め、漫画を読む(なぜ?)。漫画を読みすぎ、1時41分の湘南急行に乗ることを決め、漫画を読む(再びなぜ?)。1時25分頃仕度をはじめ、1時30分に出発。

 江ノ島。
 実は家から一番大きな観光地(一般的に言って、日本国民にアンケートを行って、半分以上は知っている観光地)の中では、最も安く行ける場所にあると言ってもいいのではないかと思う。但し、都市を除いて、である。
 そんな近い場所にありながら、不思議と縁がなかった。それは湘南に対するイメージが悪いことも影響しているのだろう。私の子供時代、湘南はヘドロとゴミの海という印象が強く、とても海として認められるような場所ではなかった。そのようなところに行くことを、私はよしとはしなかったから。
 ただ、今日は不思議と行きたい気分だった。ちょっと旅行気分を味わっていないというか、夕焼けを見たくなったというか、そういうことだ。それに加え、午後からでも十二分に間に合うということだった。それは極めて好都合だったのである。
 1時30分家を出る。1時41分の湘南急行に間に合うべく。信号待ちの時間ロスが大きく、かなりきわどいタイミングで駐輪場に着いた。駐輪場は日曜日でタダ。これは日曜に出かける最大の利点といえる。
 ぎりぎりで1・2番線ホームに降り立ち、電車を迎える。しかし、その姿にちょっと目を疑った。2600形電車だった。まだ急行で走らせているとは。しっかりと湘南急行のロゴを用意しているところが面白い。2600形のロゴで湘南急行は、結構迫力がある、というかなんか漫画的というか。
 車内は適当に空いていた。新百合ヶ丘までは立っていたが、その後は座ったまま。新百合ヶ丘の発展は20年前から10年前にかけて急速なものがあったが、それにしても乗降が多い。
 町田までの車窓では、梅の花が多く見られた。意外と沿線に梅の花が植えられている。だが、江ノ島線に入ってからはほとんどみなくなったことを考えると、これは多摩地域らしい特徴なのだろうか。
 相模大野での切り離しがない分速いのが湘南急行の特徴。だが藤沢到着で38分。これに乗り換えた後の各駅の所要時間を含めると、結局江ノ島までの到着に50分程度を要した。480円。高からず、安からず。
 片瀬江ノ島駅は、極めて変わった駅舎だ。関東の駅100選に選ばれるなど、その変わった風貌は観光地の玄関にはふさわしい。小学時代に使って以来だが、記憶が全くないのが不思議である。ただ、やはり老朽化しつつある。向ヶ丘遊園駅と同じだ(笑)。
 目の前に自動車通行禁止の橋がある。境川の河口のようで、川幅が狭いのが意外だ。結構大きな川だというイメージがあるのだが。
 人はそれなりに多い。彼らのほとんどは江ノ島にいくようである。それにしても、バイクの爆走の音がうるさい。彼らは何が理由で爆走するのか。彼らの行為が、他の人にどう思われているのかを彼らは理解しているのか。それを聞いてみたいのだけれど。駅を降りて聞こえてくる音が波の音ではなく、バイクの爆騒音(誤字ではない)ではたまらない。
 何も飲んでこなかったので、江ノ島での水分補給を懸念して、駅前のサンクスでペットボトルのお茶を購入。131円。
 地下道を通る。これはなんとなく記憶がある。なんとなくだ。確証はない。
 江ノ島へは橋を渡っていくようだ。『名勝乃史跡 江ノ島』とある。こういうのはどこも同じだ。
 下は泥状になっていた。これでは確かに歩くのは困難。橋が必要、もしくは船だろう。昔のアクセス方法が船だったというのもうなずける。
 光をさえぎりつつ歩いて渡りきると、よく写真などで見かける鳥居からの参道が目につく。付近にはお土産屋が散在しており、いかにもぼったくりますとばかりに待ち構えている。そう待ち構えられると買う気がしない・・・。
 人は多いが、満員電車状態などではないし、動きもスムーズ。これが夏だとさらに混雑するのだろうか。混雑しない時間帯を狙うとすれば、始電に乗って、というのがありだろう。結構さわやかな気分になれそうな。でも江ノ島線遅いから無理か。6時ぐらいになっちゃう。
 途中に片岡鶴太郎の何かがあった。ありゃいったい何だ。
 そして江ノ島郵便局があった。うーむ。一度自転車で来てみたい所だな。一泊かかりそうだけど。
 途中横道にそれると、少し歩いて海岸に出る。ゴミが打ち寄せられて汚いが、水は思ったよりも澄んでいる。光がまぶしい。
 ようやく鳥居の前に来る。三方向に道が分かれており、直進が無難と思われる。エスカー(エスカレーターをこのように呼んでいるらしい・・・エスカーって・・・)200円で上までいけるとか。時間を稼ぐ必要性が0に等しいので、足で登る。2日前に痛めた足の状態が気になる。
 見晴らしがいい。しかしバイクの音が聞こえてくる。うるさい。
 それほど時間もかからずに登りきる。普通と変わらない神社。人が多く、一人当たりのご利益が少なさそう・・・なんて適当なことを考えつつ、とりあえずお参り。心を無にして、神経を研ぎ澄ま・・・バイクの音がうるさい!!!
 まともにお参りなどできそうもないので、先に進む。お土産屋はその先にもずらずらと続いている。基本的に食べ物屋が増え始めた。だがどれもこれも、お金が欲しい、といっているように感じられ、かなりひく。
 人はやはり多い。外人の姿も結構多い。さらに言えば、東京圏以外からの人も結構多い(東京土産を持っているとばればれである)。ちょっと意外。ここって、そんなにいい観光地なのか?
 ちょっとしたオープンスペースから、海が望める場所へ。大島が見える。あ、大島も行かなくては。
 横道にも入ってみたら、さっきの鳥居の三分岐の一つに戻ってしまった。なるほど、近道ルートか。
 戻る。少し行くと、ひたすら下るようになる。階段をどんどん下っていくと、ちょうど江ノ島の逆側にあたる海岸に下りた。岩でできているがこれは結構な芸術品である。海岸到着は3時55分。まだまだ夕暮れには遠い。
 だが、これだけ海がきれいだと時間の潰し甲斐がある。それに岩がきれいだ。のんびりと休む時間も無さそうだ。とりあえず歩けるところを全て歩いていくことにする。末端部には釣り人が多い。彼らはこの風の強い中、一日中ここにいたのだろうか。趣味は強いな。
 せっかくなので、500円払って岩屋にも入ることにする。岩屋とは、江ノ島にある洞窟の名前。それだけ信仰を深められていたということだ。特殊な名前がつくのは、そこに由来する。
 とりあえず人工的に掘られた洞窟を経て、第一岩屋へ。こちらはろうそくをもって洞窟の奥へ入っていく仕組みになっている。来る人が多いのだから、わざわざろうそくを持たせるだけの人件費をかけるぐらいならば電気を入れれば・・・と思うのだが、雰囲気を味わってもらうためなのだろう。家の近くにある弁天洞窟は、ろうそくで入るはずだが、相当怖いと聞いている。人がほとんどいなかったら、確かに怖いだろうな。
 いろいろな祭り物があった。これらは最近意図的におかれたものではなく、江戸時代からおかれたものも少なからず存在するという。実際、葛飾北斎などが浮世絵として描いたものが残っていることを考慮すると、確かに信仰の深さがわかろうというもの。はるか奥は富士山まで通じているとか。本当かね。
 ろうそくを渡して第二岩屋へ。こちらは電気が通され散る簡素なもので、特にどうということもない。ただ、変な竜の置物はそろそろ撤去してもいい頃だろう。この時代を考えれば、興ざめだ。
 わざと時間をかけて40分。それなりに楽しめたが、もう二度と入ることはないだろう。あ、子供ができたら、ありえなくはないか。
 さて、そろそろ夕焼けが近づいてくる。残念ながら、地平線付近の雲は厚く、とても日の入りを見ることはできそうもない。富士山も今日は駅に到着した時から雲に半分隠されたままだ。ちょっと残念だが、海の夕焼けはやはりきれいだ。だが、意外と工夫がきかないことに気付く。撮影場所を変えることで、いろいろと工夫してオリジナル性を高めてみる。
 海岸沿いに歩いて帰れるかやってみたが、これはどうやら無理のようだ。結局主ルートを使用して帰る。次第に暗くなる中、寄り道をするなど余裕をかましつつ、帰る。海岸に行く人は一人だけいたが、他には見かけなかった。
 江ノ島神社に着く頃には、すでに海岸沿いに電気がともり始めて、意外と夜景を見るにも適した場所なのではないかと思う。そう思いつつ、足をとめずに帰路を進む。鳥居に着いた頃には、もうすっかりと暮れていた。
 土産物屋を見ながらゆっくりと降りる。結局何も買わないまま、江ノ島見物を終了した。
 カメラを構えつつ、夜景を撮る。夜景好きな私には、結構たまらない時間帯だ。惜しいことに、月明かりの海を撮るには月が欠けすぎていた。強風の中撮影をしすぎ、体はすっかりと冷え切っていた。いくら動いているとはいえ、この強風は結構こたえた。
 駅に戻ると、6時19分発の町田行きの各停が出発しようとしていた。当然見送る。急行以外は眼中にない。乗るだけ時間の無駄だ。
 6時38分発の急行新宿行きを待つため、駅前のマックで時間を潰すことを決定した。
 さすがに店内は暖かい。ほっとしつつ、おもむろにこう言う。
 「ハンバーガー一つ。ここで」
 そんな私のようなウザイ存在に対しても、ここの店員さんは丁寧に対処してくれた。教育の行き届き方が違うな。もちろん61円が会計の内容。水はどうですかと聞かれたが、そこまでしてもらうほどあつかましくはない。というか、別にのどは渇いていない(そういうことかっ!)。
 それなりにおいしい。だが、やはりピクルスは邪魔だ。常にピクルスだけは食べずに捨てる。これが私流の食べ方だ。のんびりしているうちに、時間が迫ってきた。行くとしよう。
 急行新宿行き。9000系6両編成だった。当然混雑はない。いい席を確保し、出発の時間を迎える。
 藤沢まで各駅に停まっていく。遅い。そして藤沢で意味の分からない3分の停車。なんだこりゃ。前の各停を抜けないからか。それじゃ片瀬江ノ島を早く出るなって。藤沢出発は6時49分。・・・遅い。
 結局その後は寝ていてあまり覚えていないのだが、接続の衝撃とともに相模大野到着が7時16分。急行でも藤沢から23.1kmを27分か。こりゃあ、江ノ島線利用者はたまらないな。南武線並に劣悪じゃん。各停だったら、一体何分かかるのやら。
 遊園到着。久々に面白かった。
 帰宅したら、姉が戻ってきていた。夕食があまり残っていなかったとか。いつもは作ってくれているので食べてこなかったが、それならば藤沢で食べるという手もあったのかも。もちろん、それでも味噌汁以外は残っていたので、それを食べていく。
 食事後、今日の記録を書く。旅行すると、こういう後始末が大変になる。だから、旅行でストレスためてどうなるって。いや、書くのもそれなりに好き何だけどさ(どっちだよ!)。
 その後写真の現像もする。それなりにいいできだ。さらに扱いに慣れつつあるな。今日でこのカメラで7000枚を突破したわけだし。
 やはりデジタルカメラの利点は、編集が楽なこと。いらないものは削除。すぐに現像可能で、お金がかからない。データは物体としては残らないので、物理的に場所を取られることはまずない・・・などなど。


2003年3月10日(月)
 この日の記録は箱根強行軍にまとめました。



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