「清水の舞台からもう一度」

十二日目


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「あんた毎晩毎晩、焼肉ばっか食べててよう飽きへんなぁ」
希美はこの一週間、夜になると清水寺に来ては、つかと焼肉を食べていた。
いや、食べるのは希美だけで、つかは毎晩それを見ているだけなのだが。

いよいよ、明日がぱせりのオーディションの日となった。
希美は、このオーディションが終わったら、元の自分の世界に戻ろうと思っていた。
芸能人として注目されることもなく、しかも男の子の体ということで気楽に行動できるという状態を希美は結構楽しんでいた。だが、さすがに元の世界が恋しくなっていた。父や母や姉、ペットたち、そしてハロプロのみんなや、ダブルユーの仲間あいぼんはどうしているだろうか?

希美は今回のことで分かったことがある。それはやっぱり自分は歌が好きだし、歌手でいたいということだ。
芸能人なんて立場になると、色々と嫌なこともあるし、やりたくても出来ないことがたくさんある。そんな状態が最近希美はたまらなく嫌で、人知れず悩んでいたりもした。
普通の17歳として学校に行って、バレーボール部に入って、そんな人生もあったんじゃないか?学校帰りに原宿に行って、友達と服を選び、クレープやさんでクレープを食べて、そして電車で一緒に帰る。休日にはみんなでディズニーランドに行って、一日中遊びまくる。そんな生活に憧れもしていた。

だけど、やっぱり自分は歌手をやりたいんだ。
普通の生活を味わってみて、改めてそのことに気がついた。
この世界に来たのは、ひょっとしたら神様がくれたプレゼントだったのかもしれない。
希美はそんな風にも思っていた。

「あんた、その体でやったらいくら太ってもええわて思てるやろ。せやから安心して食いまくってんのんちゃう?」
相変わらず焼肉を食べ続けている希美につかが言った。
「あら?分かっちゃった?」
と笑う希美。
「かわいそうな健太君。戻ってきたら自分の体がデブになってるやなんて」
「え〜、でもそんなに変わってないと思うよ」
希美は自分の体を見てから、そう言った。
「いや結構来はじめてると思うで」
「そっかなぁ」

そのとき、希美の携帯がぶるぶると震えた。
希美は携帯をポケットから取り出す。
「他に人いないから出てもいいよね」希美は周りを見ながら確認する。
「なんや。また魔法のからくり道具か?」と、つか。
「ぱせりちゃんからだ」
希美は液晶で相手を確認してから、通話ボタンを押して、
「もしも〜し」と声を出した。

「・・・・あ、健太くん?」ぱせりが答えた。
つかはその様子を見て、
「すごいもんやな。これは多分相手の魂を呼び出してるやろな。これが文明っちゅうもんか」
と一人ぶつぶつと言っていた。
そんなつかには構わずに希美はぱせりに話しかける。
「明日の待ち合わせの話だよね」
「う、うん・・・・10時に京都駅の改札の前で・・・」ぱせりが少し低い声でそう言った。
「うんわかった。どしたの?元気ないよ。もう緊張してるの?」と希美。
「そうじゃないけど・・・・ちょっと・・・・声の調子がよくなくて」元気のない声でぱせりはそう答えた。
「え?」
「ちょっと熱っぽくて・・・・風邪ひいちゃったみたい・・・・うち・・・・バカみたい・・・・こんな大事なときに」
声の調子からすると、少し泣いているのかもしれないと希美は思った。
さらにぱせりが続ける。
「こんな声じゃ・・・・オーディション受けても受かるわけない・・・・・」
「そんなことないよ」希美は慰めるようにそう言った。
「なんでそんなこと健太くんにわかるんよ・・・・・」
ぱせりはいらだっているようだった。
「だって・・・」どう言っていいのかわからない希美。
「あ・・・・ごめん・・・・うち・・・・」
「ううん」
「風邪薬のんで寝るね。明日はよくなってるかもしれないから。明日・・・・来てね。お願い」
いつになく弱気な声でぱせりはそう言った。
「うん。また明日。おやすみ」元気づけるように希美が言った。
「おやすみ、健太君」

希美は携帯のボタンを押して通話を終えた。
「なんやどうしたん?」
つかが心配そうに声をかける。
希美はしばらく何事かを考えていた後、ぱっと表情を輝かせて顔を上げた。

「つかさん、出番だよ!!」
「はいはい」

願いは残り・・・・1つ。



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