翼の聖地




 サナキルは、いつも通りに、夜明け早々に階下に降りていった。
 食堂には、探索から帰ってきたネルスたちと、これから探索に出る予定のルークたちが勢揃いしている。
 いつもの光景と言えば、いつもの光景だ。
 単に、サナキルの意識が、ちょっと今までと変わっただけで。
 恥ずかしいので、ジューローの隣に座るのは止めようか、とも思ったが、あんまり意識しすぎるのも良くないだろうし、何より、もう皆、自分の席、というのが定まってきているので、いきなり席を変えると目立つだろうから、結局いつも通りの席に落ち着いた。
 既に座っていたジューローが、こちらをちらりと見たが、何も言わずにまた前を向いた。それもいつも通りのことではあるが、何となく気配が違うようにも思った。少なくとも、サナキルの存在すら鬱陶しい、というような表情にはなっていない。
 とりあえず、体調は良い。昨日一日ぼんやりと過ごしたし、夜もゆっくり眠った。探索に出るだけの体力はばっちりだ。
 「さて、それでは、全員揃ったところで。今日も一日の糧を頂けることを神に感謝しますっと」
 ルークの非常に無造作な食前の祈りの言葉と共に、朝食が始まる。
 サナキルは、いつでも食事のスピードはゆっくりだ。これでも冒険者になってからは早くなった方なのだが、スープも少し冷えてから手を出すし、パンも少しずつしか口に入れない。まるで「今、食い逃したら、いつ食えるか分からない」みたいなスピードでかっ食らうジューローとは対照的だ。
 今朝もまた、さっさと食べ終わったジューローが、腕を組んで目を閉じた。朝食後のミーティングに付き合うようになったのは、進歩といえる。まあ、ちゃんとミーティングに参加していないと、今日何をするとか目的も聞き逃すので、参加せざるを得ないのだが。
 サナキルがもそもそと朝食を終えたところで、食後のお茶が配られる。
 そして、ネルスたちの報告から始まった。
 砲撃手協会の長の仇討ちが完了した、とか、色々報告はあったが、簡潔にまとめると、20階への道を確認した、20階は普通に壁のある景色である、磁軸柱を起動したので、あの19階を通らずに20階から探索を始めることが可能である、といったところである。
 「そうか…それは助かるな」
 意識がかなりジューローに傾いていたので高所恐怖症の対策は、全くしていないのだ。もしも置いて行かれたらどうしよう、と思っていたが、この分なら何とかなりそうだ。まあ、根本的な解決になっていないので、更に上がまた壁無しだったらどうしようもないのだが。
 「そうだねー。たった2日で19階を踏破してくれた彼らに感謝」
 ルークがおどけた調子でネルスに手を合わせ、ネルスが苦笑しながら手を振った。
 サナキルも頭を下げようかと思ったが、こちらを睨んでいるかの如く注視しているファニーに「若様が頭を下げる必要など〜」とか何とかとやかく言われそうだったので、何もしなかった。
 後は、20階に上がってすぐに翼の民の長に通せんぼされたとか、新しい依頼が出ているので、レンジャーが伐採に行っている、とか細かい連絡事項が終了して。
 さあ、探索が始まるか、と思ったら、ルークが早々に席を立った。
 「ってことで、ちょいと公宮に行って来るわ。たぶん、その何かの証とやらは、公宮にあるんだろうけど…っつーか、無かったらこれでおしまいだけどさ」
 「…無理に押し通れば良いだけだろう」
 「出来るだけ、それは避けたいしね」
 絶対やらない、とは言わずに、ルークはジューローに片目を瞑って見せ、アクシオンと共に出口へと向かった。
 「なるべく早く帰ってくるから、探索準備はしてて。仮に、すぐに証が出てこなくても、別口の依頼なり何なりで、探索には出るつもりだから」
 なら、ついでに一緒に出れば良いようなものだが、確かに公宮の前でぼーっと待っているくらいなら、ここにいる方がマシだ。
 ついでに何か新しい依頼が無いか見てくる、というショークスも出ていったので、ジューローと二人きり…と言いたいが、それは阻止したいのだろう、ファニーが付きまとっていたので、それをあしらいながら自室に戻ることにした。
 すぐに鎧を着けても良いのだが、どうせ公宮に行って帰って、で最低でも30分はかかるだろうから、とりあえずソファに身を沈めた。
 サナキルは、あまり朝は得意では無いので、こうしているとすぐにうつらうつらするのだが、さすがに探索前なので、頭を振りながら立ち上がった。
 鎧の準備をして、剣のチェックもしてしまえば、他にやることもない。
 さて、何をしようか、と周囲を見回して、何となく壁に掛けてある絵の前に立った。
 真っ赤な渦に、変化は無い。けれど、あんなに良い出来映えだと思っていた絵が、何となくパワー不足な気がしてきた。
 本物のジューローは、これの何倍も何十倍もエネルギッシュで…いや、その、そういう意味ではなく…とにかく、もっともっと誰が見たって惹かれるような輝きを宿しているのだ。
 今度、休暇が貰えるなら、もう一枚描きたいな、と思う。今度は、皆には見せずに。特にリーダーには見せないでおこう。吟遊詩人というものは、誰でもあんなに鋭いものなのか。
 でも、今、時間があったとしても、どんな絵が描けるか見当も付かない。あまりにもイメージだけが膨らみすぎて、絵筆を持ったまま真っ白なキャンパスを前に刻々と時間だけが過ぎていく、という未来が目に見えるようだ。
 サナキルは、溜息を吐きながら、絵に触れないように気を付けながら指でなぞった。
 先日ジューローに言った言葉に、嘘はない。ジューローが好きだし、重要なのは、サナキルがジューローを好きだという部分であって、ジューローがどう思おうと関係ない。
 本当に、そのつもりだったのだが…今は、聞きたくて仕方がない。
 何であんなことをしたのだろう。
 ジューローは、どう思っているのだろうか。
 少しは…好きだと思ってくれているのだろうか。
 あぁ、女々しいな、とサナキルはもう一度大きく息を吐いた。
 自分でも分かっている。聞かなくても良い、なんてのは、ただの虚勢だ。本当は、聞きたくて聞きたくてしょうがないのだ。
 けれど、同時に、聞きたくは無いのも本当なので、実行には移せないだろう。聞かないでいれば、ジューローに好かれている、と幸せな錯覚に陥っていられる。
 ジューローには、こちらから何も聞かないでおくことにしよう。こっちから言わなければ、きっとジューローも何も言わない。
 自分の手で頬を叩いてみる。もっとしゃんとしてないと、探索に差し支える。ただでさえ高所恐怖症で足を引っ張ったのだ。普通の階くらい、まともに働かないと、本当に置いて行かれそうだ。
 今は、置いて行かれるのが、一番怖い。
 せめて、探索の時くらい、ジューローの隣に立っていたいのだ。

 予想通り、30分ほど後にルークたちが帰ってきた。何でも、すぐに証とやらが出てきたのだとか。
 「姫さんは妙なこと言ってたけどねー。これを渡すと、うちが天空の城に行かざるを得なくなるから、本当に良いのか、なんて」
 「…今更?だって、そもそも、天空の城を探すことが、冒険者を集める目的であったのだろう?」
 サナキルは本気で理解し難い、と首を傾げた。ルークも同じように思ったのか、その大事な証をぶらぶらさせながら苦笑した。
 「そうなんだよねぇ。それに、どうせこっちが開いたら、すぐに後続がわんさか乗り込むし。何もうちだけが天空の城に取り残されるってわけじゃなし、そんな気にすることないと思うんだけどなぁ」
 天空の城を見つけること、その内部を探索して『聖杯』とやらを見つけること、そして上帝とか名乗る者がいたら、人間を改造することについての目的と方法を質すこと。
 現在、既にそれだけの目的を持っているのだ。今更、天空の城へと向かうことに、何の躊躇いがあるというのか。
 「とにかく。それがあれば、翼の民は道を開くんだな?」
 「たぶんね。いつかの時代にすり替えられたってんならともかく」
 面倒くさそうに確認したジューローに、念のため100%の確証ではない、と言っておいて、ルークは4人を見回した。探索準備が整っているのを確認して、出発を告げる。
 「ま、行ってみりゃ分かるでしょ。それじゃ、20階磁軸柱から出発ね」

 20階の磁軸柱を使って着いた先は、言われていた通り、18階までと同じく壁のある普通の区画であった。
 また咲き乱れる桜からはらはらと落ちてくる花びらを手で避けて、サナキルはジューローの方へ振り向いた。
 「また帰りには、サクラを折って帰るか?」
 「ん?いや、俺はもういらん。これは、やはり桜では無い。いつ来ても、どれだけ日にちが経っても、若葉が出る気配もなくいつでも花が満開、というのは…桜の潔さが無い」
 ジューローは、石畳に溜まった桜の花びらを足先で蹴りながら不機嫌そうに言った。
 「綺麗だと思うが…」
 「まあ…これはこれとして、美しいかもしれんが。桜の代わりとしては、愛でられんな」
 東国人は、潔い、というものに対して、大陸の人間とは異なる価値観を見出しているようだった。サナキルなら、花ならしばらく眺めていられるくらい長持ちするものがいい。盛りが一瞬だけで、その日を見過ごせば来年まで待たなければならない、なんて短いものは、まるで花の方にこちらの生活を左右されているようで気に食わない。
 それは、死生観にも通じているのだろうか。ジューローは、死ぬことに対してやたらとさっぱりしていたし。聖騎士が、防御を鍛えて、何が何でも生き残ることを優先するのとは正反対だ。
 「本物の、サクラ、というものを、見てみたいものだ」
 おそらく自分の好みには合わないのだろうが、それでもジューローが好きな花なら、一度見てみたい。たとえ、それが1年に一度だけ盛りを迎える花なのだとしても。
 「花そのものは、これと同じだろうよ」
 ジューローは素っ気なく言って、奥を指さした。
 「さっさと扉に向かうぞ。こんなところで、桜の談義をして時間を潰す気は無い」
 探索に来ているのだから、それも当然だ。サナキルだって、何も足を止めて無駄話をしていたつもりはない。
 ただ…ジューローと話をしていたかっただけだ。
 どんな風に喋ればいいのか、戸惑っていたのだが…この分なら、いつも通りに話が出来そうだ。いつも通り、というのは、よっぽど安全な探索の時以外は、ほとんど会話をしない、という意味でもあるのだが。
 本当は、いつでもどんな時でも、話をしていたい、と思う。
 でも、それは命を懸けて探索している場合には、危険な行為なのだ。特に、ジューローと話す場合には、いつもよりも神経をジューローに向けている。こういう話し方はジューローに嫌われないだろうか、と言葉選びにも、ジューローの反応にも心を砕いているのだ。それはつまり、他へと向けるべき神経が少なくなっている、ということで、危険感知には不利なことこの上ない。
 またしてもジューローへと漂いかけた意識を、サナキルは頭をぶんっと振って引き締めた。
 いっそ敵が出れば良いのに。
 そうしたら、意識も切り替わるだろうに。

 
 扉の前に立つと、ばさばさと羽音がして翼の民が降り立った。
 これまで見てきた者よりも装飾が多く、威厳を感じさせる男だ。
 「…ここに来た者と、違うな」
 鋭い目で値踏みするように見られて、どうやらそれがネルスたちのことだろうと踏んで、ルークはさっくりと答えた。
 「うちのギルドは、16名で構成されてるんで、夜は主にあっちが、昼は主にこっちが担当しております。てことで、今朝はこっちのメンバーですよ、長クアナーン殿。ちなみに、ギルド<デイドリーム>のリーダーは、俺、吟遊詩人のルークです。以後、お見知り置きを」
 翼の民の長は、ルークをしばらく見つめてから、納得したらしく頷いた。
 「なるほど、土の民が小さな部族を作ってこの樹に来ていることは知っている。<デイドリーム>というのが、その部族名なのだな」
 「えぇ、まあ。我々はギルドと言ってますが」
 翼の民の長は、やや砕けた様子で鋭い爪の生えた腕を軽く振った。
 「名称は、どうでもよい。とにかく、お前たちが盟約の言葉を知っていることは確認している。それと、剣の証が揃っていないと、天への道を開く訳にはいかぬのだ」
 「これで、良いですか?」
 ルークは懐から公女から預かった品を取り出し、長に手渡した。
 翼の民の長は、しばらくそれをためつ眺めつしていたが、曖昧に頷いた。古来からの盟約が成されたとなれば、もっと興奮するかと思ったが、前回言葉が合っていた時ほどの衝撃は無いようだった。
 「正直な話、我が目で見たことも無く、伝承でしか知らぬ品だ。伝承との齟齬は無いが、神に賜った品ぞと捧げ持つほどの確証も無いな」
 「…あ〜、言われてみれば、確かに」
 ものすごくぶっちゃけた話をされたようだが、ルークは深々と頷いた。むしろ、言葉を飾らない翼の民の長に好感を持つだけだった。
 言葉なら口伝が出来るが、品物の外見はそうはいかない。絵が伝えられるか、特徴を言葉で伝えていくか、だが、どちらも時が過ぎればそれだけ風化していくものだ。
 ここで、品物の確実な由来を述べよ、なんて言われたら、また公宮に戻らないとならないなぁ、とうんざりしていると、翼の民の長は無造作にそれを腰の袋にしまった。
 「まあ、これで言葉と証は揃った、としよう」
 意外と大雑把だ。
 心の底から『天空の神』を崇拝していたなら、こういう態度にはならない気がする。
 天空の神の遣い、と言われているが、実は神に盲目的に仕えているのではなく、割り切った使役関係なのだろうか。
 「さて、これでお前たちは、天の城へと向かうことが出来る。…と言いたいが、実は一つ問題がある」
 長は難しい顔で両腕を組んだ。
 「何?まだ何か持ってくるものが?」
 「いや、無い。個人的に、お前たちに品物を頼む部の民もいるようだが、それとは関係無い」
 そういや賢者と呼ばれる翼の民に黒キノコをねだられたこともあったっけ、とルークは思い出しながら、長の言葉の続きを待った。
 長は空へと目をやって、何かに耳を澄ませたようなので、ルークもまた聴覚に意識を集中した。
 葉擦れや足音、鳥の羽音…そういうものに混じって、何かが甲高く叫ぶような声がした。
 「実は、天への道は、現在使用できない状態なのだ。どこからともなく現れた魔鳥が、道へと至る広間に棲み着いてしまった。我らも、冒険者の体を天へと運ぶ、という役目が果たせず困っているところだ」
 あまり困った様子でもなく、長は淡々と言った。やっぱり、実は神の役目なんぞどうでもよいと思っていそうだ。もっとも、翼の民と土の民とでは、感情表現や感じ方が異なるのかもしれないが。
 「あー…つまり、我々がその魔鳥を倒せばOKってこと?」
 「だとすれば有り難いな。我々も戦士を送り込んだが、全て返り討ちにされたのだ。…役目を果たさずとも、天罰が下る訳でもないのだが、我々の存在理由でもあるので、天への道は確保しておきたい」
 どうやら、魔<鳥>といっても、翼の民の守護神などではなく、翼の民にとっても厄介な敵らしい。だとすれば、こっちとしても万々歳だ。堂々と排除出来て、更には翼の民に恩を売ることも出来るなんて、エトリアの時に比べれば何てお得な。
 「真正面?」
 「位置的には、そうだな。ただ、あの魔鳥を怒らせると、我らの方にもとばっちりが来る。お前たちが、あれと戦いうるだけの力がある、と証を立てて欲しい」
 「つまり、素直に真っ正面には行かせません、実力で回り道してきなさい、と」
 「そういうことだ」
 これだけざっくらばんに話をされると、こっちも付き合いやすい。
 どのみち他の依頼もあるし、この階の隅々まで探索するつもりだったのだから、問題ない。あとは、うっかり翼の民の集落にずかずか踏み込まないことを祈っておこう。
 「OK、それじゃ、俺たちだけじゃなく、別働隊も動くかも知れないけど…」
 「構わない。それもイサの流れだろう」
 イサ?と聞き返そうとした時には、既にクアナーンは翼を広げていた。おそらく、こちらが実力で正面の扉に辿り着くまでは、関わってこないつもりだろう。もちろん、ここは翼の民の領地であるからには、誰かしら監視しているのだろうが。
 クアナーンの姿が見えなくなってから、ルークは正面の扉に手をかけた。
 「んじゃま、探索開始。なお、この階で受けている依頼は、魔物のフィレ肉を手に入れることと、危険なつぼみを手に入れること。特につぼみはめんどいよ?危険な花が開く前に落とさないとと駄目なんだってさ」
 危険な花、という非常に範囲の広い曖昧な名前でありながら、「あぁ、あの」と冒険者に認知されている魔物の名を、ルークは挙げた。エトリアでは散々お世話になった花だが、ここでは17階で一度出会っただけだ。この階に出るのかどうかは不明だが、とにかくどこぞのドクトルマグスが呪術のために必要だと言っているらしい。
 相変わらず、まだ20階に踏み込んだのは自分たちだけのような気がするにも関わらず、依頼だの情報だのが出回っているのが微妙に納得出来ないものはあるが、きっとどこかに裏ルートがあるのだろう、と思っておくしかない。
 「花を落とす?つまり、蕾を見つけて切り落とす、ということか?」
 一度だけ戦った花を思い出しながら、サナキルは聞いた。サナキルからすれば、あの花は大した脅威には思えなかった。何せ顔色変えたリーダーが、花優先で全力を叩き込め!と命じたおかげで、あちらが何かをするまでもなく倒したからだ。
 ルークは、ちらりとジューローを見た。上段の構えを得意として、一度も居合いの構えを見たことが無いブシドーを。
 「要するに、首討ちで即死させればいいみたいなんだけどね?…たぶん、結構きついよ?」
 ジューローが首討ちを得意としていて、100%の確率で首を落とせる、というなら問題無いのだが、そうはいかない場合…相手を生き残らせると、下手すればこっちが全滅、という可能性まであるイヤな相手なのだ。
 「まー、俺も耐邪を奏でるけどねー。…ジューロー、どのくらいで首討ち出来るようになる?」
 ジューローはルークをじろりと見て。
 非常に渋々、というのを隠しもせずに、それでも低い声で答えた。
 「…成功の有無をを問わないのならば、すぐにでも」
 ルークは何度か瞬きをした。
 ルークだって多少はブシドーの技のことを知っている。ちょっと対戦相手の技を見たからって、自分も出来るようになる、なんてものじゃないはずだ。
 つまり、ジューローが首討ち出来る、ということは、実はこっそり練習していた、ということで。
 いくらツバメ返しの習得が済んだ、とはいえ、上段の構えの技以外に手を出すのは、ジューローらしくない。
 …この不機嫌さを見るに、どうも言いたくなかったらしく、それはつまり、習得を隠したかった、ということだ。
 うん、照れてるんだな、とルークは判断した。
 対戦相手の技が気に入って、こっそり自分も練習してみた、なんて可愛らしいこと、自分らしくない、と思っているのだろう。
 何か言ってやっても良いが、サナキルが、さすがはジューローだ、と、とろけるような視線を向けているので、ここで突っ込むのは止めておいてあげた。
 「…うん、まあ、一個採れればいいんだし。何度かやれば、そのうち運が良ければ落ちるでしょ」
 「さあな」
 そっぽを向いたジューローに、そういや八葉七福を買っておけば良かった、と思ったが、まあどうにも駄目なら装備させてみればいいか、と何も言わなかった。基本、ジューローは自分の刀を大事にする方なので、極端な性能差が無い限り、武器を新調しようとはしないのだ。
 「んじゃ、花が出たら、ジューローに首討ちをさせるってことで、他のメンバーは他の敵優先。俺は耐邪奏でる。んで、失敗したら次はショークスがトドメ刺す、と」
 問題は、レベル10まで上げている耐邪が、結構なTPを消費するってことだ。そうそう毎回やってはいられないので、早めに首を落とせたらいいなぁ、と思うが…さて、どうなるか。
 
 いつも通り、何となく右側から地図を埋めていく。
 予想はしていたが、迷路のような道が続き、しかも一方通行も多くて、何度も行き来する羽目になる。
 危険な花も、それなりに出ては来るのだが、未だジューローの首討ちは成功していなかった。普通に花を散らすくらいのものだ。
 「えーと…まだまだ余裕ではあるんですが…荷物がいっぱいです」
 ルーク以外のTPはほとんど減ってないので、探索続行に支障は無いのだが、荷物が一杯になると、せっかく採れたものを捨てて行かなくてはならなくなる。新しい階に来たので、新しい魔物が出て、新しい素材が採れたのに、それを捨てるのももったいない。
 「それじゃ、ま、首討ちは明日に期待を賭けて、今日は帰るとしますか」
 「え…もう?」
 サナキルが不満の声を上げた。
 「俺が死んでから帰りたいのか?」
 きつい嫌味にも聞こえるセリフだが、言ったジューローもからかうような響きをさせていたし、言われたサナキルは、顔を真っ赤にさせた。
 「ちっ…ちが…ぼ、僕は、ただ…その…そりゃ、お前が生きて帰るのは、この上ない喜びではあるのだが…ただ…えーと…」
 そこまで動揺するってことは、実はちょっとはそういうことを考えた、と言っているも同然なんだけどなぁ、とルークは傍観者の暢気さで思った。もちろん、サナキルが、ジューローが死ねばいいと思っているなんてことはあり得ない。ただ、生きて帰ったら、いつもの<ご褒美>が必要だ、というだけだ。
 顔から湯気を吹き出しているかのようなサナキルに肩をすくめて、ジューローは周囲を見回した。
 「どうする?斬って帰るのか?」
 「え?何を?」
 自分に言われている、という判断くらいは出来るのだろう、サナキルが頬を手で押さえながらジューローを見上げた。
 「桜だ。お前が気に入っているのなら、一本、適当なのを斬ってやってもいいが」
 おやまあ、とルークはアクシオンと顔を見合わせた。
 <あれ>以来、あからさまにぎこちないサナキルと違って、ジューローは相変わらず素っ気ないというか、普段と変わりない態度のように思えたが、これで案外と軟化しているらしい。
 サナキルは上目遣いでジューローをしばらく見つめていたが、小さく首を振った。
 「…いい。ここにあったら、ずっと咲き続けるものを、斬って帰ったら散らしてしまうというのは…少々気が咎める」
 「永遠に咲き続けるのが、良いこととは思わんがな」
 「散って、終わるよりは良いのではないか?」
 サナキルが同意を求めるように周囲を見回したが、アクシオンは少し悲しそうな顔で首を振ったし、ルークも同意はし損ねた。
 ショークスは野山に住むレンジャーらしいことを言う。
 「散った花が土の栄養になって、いろんな虫が食って栄養になって、でもってまた花が咲くんだろ。散ったら終わりじゃねぇよ。まあここのはどうか分からねぇがよ」
 「あぁでも、斬って枝にして帰ったら、終わりなのは間違いないですね。聖騎士が、無駄な殺生を避けたいという気持ちも分かります」
 アクシオンがフォローしたので、サナキルも、分かってくれたか、と頷いた。
 ルークは改めて桜らしき樹木を見上げた。
 はらはらとピンク色の花びらは絶えることなく舞い散っているのに、枯れる気配も若葉になる気配も全くない樹木たち。
 一つ一つの花、という観点で見れば、どんどん入れ替わっているのだろうが、樹木、という括りにすると、何の変化もなく生き続けている、とも見える。
 「…あんまり、良い気持ちじゃないねぇ」
 永遠の命、なんて、金を積まれても選択したくない。
 ルークが嫌悪と恐怖に身震いしたのを、サナキルは殺生のことだと理解したらしく、うんうんと頷いた。
 「そういうわけだから、サクラは、もういい。出来れば、お前の言う本物のサクラは見たいと思うが」
 「東国に行けば見られるだろうよ」
 勝手に一人で行け、と言うような口調に、サナキルは一瞬怒ったように肩をそびやかしたが、すぐにどことなく悄然とした様子で俯いてぼそぼそと呟いた。
 「僕は、ただ…お前が好きな花だから……」
 こっちはこっちで、意外と控えめというか一人で完結しちゃうところはあるよなーと思いながら、ルークは糸を取り出した。
 何となく、サナキルが一方的にジューローを好きで、それにつけ込んで好き放題している、という図に見え無くもないのは事実だが、ジューローは故意にやっているようにも感じるので、単にいじめっ子が好きな子を弄っている時期なんだろう、と本人たちに任せることにする。
 「はいはい、それじゃあ帰りますよー」
 いつも通り、それぞれが糸を持って、巻き戻る衝撃に備えた瞬間、サナキルを庇うようにジューローの腕が背中側で動いたのを見て、ルークは、うん、これなら大丈夫だよな、とこっそり微笑んだのだった。



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