ひきこもりを求めて




 17階と18階の探索は、なかなか進まなかった。
 何せ落とし穴に落ちないと新しい道に進めず、落とし穴の先にはカボチャが漂っていて、更には棘床だらけ、という具合である。どちらのパーティーでも一長一短、TPを浪費する羽目になるのだ。
 それでも何とか地図を埋めていっていると。
 朝、いつものように探索に出ようと下に集まったところで、ルークがひらひらとメモを振った。
 「悪い、今日は別口で依頼だ」
 ただでさえ遅々として進まぬ階だというのに、依頼で時間を取られては、ますます遅滞することになる。ようやく依頼を片づけて、探索の方に力を入れようと確認したばかりなのに。
 サナキルが不満そうな顔を隠しもせずにルークを見つめると、リーダーはぼりぼりと灰色の髪を掻き回して言った。
 「まー、俺も正直、地図を埋めたいんだけどなー。でも、行きがかり上、捨ててもおけなくて。実は、あのエスバットってぇ二人組の爺さんの方からの依頼なんだわ。巫医の姉ちゃんが、どっかに引きこもったんだってさ」
 エスバット。
 その単語で、手に温かなぬめりの感触が甦って、サナキルはこっそりと手のひらを太股に擦り付けた。
 「引きこもり?どっかの家かよ?」
 「まさか。9階辺りで見かけたってさ。ま、あの辺も扉を開けに行こうとは思ってたけどさ」
 18階からの落とし穴の先で、衛士から何かの鍵を売りつけられたのだ。衛士が拾ったものを1万enで売って自分の懐に入れていいのだろうか。何となく釈然としないものを感じるが、『樹海の中で見つけたものは、全て見つけた者の所有物である』というルールは衛士にも当てはまるのだとすれば、衛士の行動も正しいものなのだろう。
 その役に立つやらただの鉄屑やら分からないものに1万も払うギルドは、そうはあるまい。金もあって好奇心に溢れているギルドでなければ。
 ということで、あっさりと1万払って手に入れた鍵は、ちゃんと役に立つものだった。
 これまで地図にチェックはしていたが閉ざされていて進めなかった扉が、その鍵で開いたのだ。
 その結果を聞いて、エルムは公宮の衛士隊に、とても役に立っている、と報告しに行った。本人は、何の裏もなく素直に喜びを表しに行ったのだが、衛士の『バイト』は上司にばれて、きつく絞られたようだった。もちろん同僚には財布を絞られたのだが、そこまで知ったことではない。
 まあ、それはともかく。
 1層の扉の先で、甘く見ていたモグラにやられかけたり、ルーク一人が出かけていったり、と色々あったのだが、払った金以上にアイテムが手に入るので、他の階層の扉も確認しておこう、と合意はしていた。
 ただ、それはあくまで上層の探索の息抜きに、くらいのつもりだったので、既に踏破した階層をわざわざ探索しに行くのは、少々面白くないものがある。
 「しかし…まあ…人道的に、捨ててはおけぬか」
 おそらく、エスバットの巫医は氷姫を倒したことえ意気消沈しているのだろうと推測はできた。その彼女の大事な人を倒した者としては、放っておくのも後味が悪い。
 サナキルは、ちらりと文句を言いそうな男を横目で見たが、無表情は変わらず何の発言もしていなかった。ということは、反対はしていない、ということだ。喜んで行く、とまでは言わないが。
 「それじゃ、行きますかね」
 どうやら全員の合意はなされた、と踏んだリーダーが、荷物を背負った。

 11階の磁軸を利用し、10階から降りていく。
 9階に降りて、近い方の扉に向かうと、若い衛士が立っていた。
 「若い女性のドクトルマグス?あぁ、あっちの扉の方に向かっていったな。一人は危険だ、と声をかけたんだけど、振り向いてもくれなかったよ」
 がしゃん、と音を立てて肩をすくめた衛士に礼を言って、南西の方の扉へと向かう。
 その辺の雑魚は、既に一撃で倒せるようになっているので、さして時間もかからずに目的地へと辿り着いた。
 鍵はその扉にも合ったようで、無事音もなく扉が開く。
 その先には、広間が広がっていた。そしてお馴染みの棘床もうねうねと這っている。
 ショークスの指示に従っていれば傷が付くことはないとはいえ、鬱陶しいのは間違いない。
 ただ、サナキルの気分は、いつもよりはマシだった。
 何せ、ジューローがちゃんと防具を身に着けているのだ。万が一、道を逸れても棘で傷つく可能性はいつもよりも随分低い。
 もちろん、ジューローが防具を着けているのは、サナキルが上着を着ろと言ったからではない。もしもそうだったら嬉しいだろうが、残念ながられっきとした理由がある。まあ、万が一にもサナキルのためだ、などと言われたなら…息が止まるほど驚くだろうが。
 その理由とは、武芸大会だ。
 このところ、ハイ・ラガードには他国人が大勢入国してきている。武芸大会とやらは、他国にまで鳴り響いているらしい。
 ジューロー似の東国人も街をうろうろしている。サナキルでさえ、ちらっと見た限りでは個体識別が難しいほどだ。
 それは、まあいい。
 問題は、他国の軍人も少数ながら入り込んできていることだ。
 もちろん、友好国で、かつ軍事問題にならないほどの人数が、個人的に来ているだけではある。だが、その中にゲルンの街道警備隊が混じっているとなると、話は別だ。
 これだけ東国人が大勢いる中で、ジューローを識別されるかどうかは分からないが、何せ先立つ噂もあるので、ジューローが注目される可能性は捨てられない。ならば、なるべく彼らの目を眩ませる必要がある。
 かといって、今更髪の色を変えるだの長さを変えるだのは、却って噂になるだろうから、ちょっとした変化で以前と特徴を変えようと相談した結果。
 いつも防具を身につける、というある意味当たり前な結論になったのである。
 一応、髪型も、野盗時代は首の辺りで一つ括りであったのを、冒険者になってからは上の方で括っているという違いはあるらしい。本人も、あれで気にしていたと見える。
 更に、立派な防具を着ければ、それだけで十分違って見えるだろう、とのことだ。どうやら山賊をやる時も、いつもの半裸状態だったらしい。危なっかしいったらありゃしない。
 ということで、『いつも半裸で傷だらけ、ざんばら髪を無造作に首のところで縛った髭伸び放題のぎらつく目の若い山賊』から、『最高峰ギルドの冒険者らしく高価な装備を身に着け、黒髪は長くはあるが丁寧に後ろで上げられているブシドー』に変化してみたのだった。
 サナキルの目からすれば、『王宮に出しても恥ずかしくないくらい』のいい男になったと思ったのだが、リーダーはサナキルの意見は聞かなかった。そりゃもうルークの視点からすれば、「坊ちゃん、目がうっとりハート型してるし、どう見たって冷静に判断できるとは思えないし」ってなもんだ。
 かく言うルーク自身は、客観的にブシドーを眺め、道行くその他大勢の東国人を眺めた結果、OKサインを出した。むしろその辺を歩いている東国人の方が、夜盗と言われてもおかしくない格好で彷徨いている。これで、ジューローをお尋ね者と見抜くのは難しいだろう。
 難しい、とは思うのだが…絶対、とも言い切れない。
 「念のため。ものすごく特徴を覚えられるようなインパクトのある出会いはしてないな?声を覚えられるとか…」
 傷は多いが、どれも特殊な形をしているわけではない。冒険者になってから増えたくらいなので、傷で判別されることは無いだろうと思う。
 「ジューローの言葉は、東国訛は薄い方だと思う。そう目立ちはせぬだろうし、そもそもゲルンの者と話す機会も無かろう」
 サナキルは東国に行ったことは無いが、大国にいた分、他国人の会話を聞く機会は十分にあった。今ジューローが話している言葉は、かなり滑らかな大陸共通語で、東国人に共通の訛は感じられない。
 「…もはや、こちらにいる方が長いからな」
 綺麗に剃り上げられた顎からもみあげ付近を落ち着かなさそうに撫でながら、ジューローが呟いた。
 東国人のくせにあまりにも滑らかな大陸共通語だと、却ってそれが特徴にもなるだろうが、何せ山賊の身、警備隊と会話する機会など全くなかったので、それで見破られることも無いだろう、とは本人の弁である。
 とまあ、こんな経過で、ジューローはばっちり防具を纏っているのである。
 最初は動きづらいのどうのとぶつぶつ言っていたが、次第に慣れたのか文句も言わなくなってきた。
 幸いにもこの階は、大した敵が出ない。おかげで、思う存分隣に見惚れることが出来るというものだ。
 ちなみに、ここまでして変装(?)した以上、避ける理由も無いだろう、と武芸大会ブシドー部門に申し込みは済ませた。もっとも、まだ5日ほどあるため、こうして普通に探索に来ているが。
 さて、その探索だが。
 普通に棘床が不便なだけの広場だろう、とマッピングを開始して1時間後には、己の予想が甘かったことに気づかざるを得なかった。
 棘床も面倒だが、それ以上に落とし穴が面倒だった。何度も下に落ちては、一つの階段を上がって上に戻ってきて、探索を初めてまた落ちて…。
 怪我はしない。
 敵も強くない。
 ただひたすら、面倒臭い。
 帰りたい、とサナキルは思ったが、さすがに口には出さなかった。代わりに、ちょっとぼやいてみた。
 「せめて、鎧を脱いで階段脇にでも置いておきたいものだな」
 「お前が、防具を捨てる話をするのは珍しいな」
 「さしもの僕も、これだけの鎧を着て、落とし穴に落ちるのは疲れるぞ」
 パラディンの矜持で踏ん張ってはいるが、分厚い金属フルプレートを着込むのは、サナキルには実は結構辛いのである。皆を守るという目的があればこそ歩いていられるが、この重みで落ちるのは、衝撃が大きいのである。もっとも、その衝撃吸収にも、鎧は役に立つのだが。
 せめて盾だけにしていれば、身軽に降り立つことも出来るというのに、フルプレートでは鈍くさく落下するしか芸が無い。
 …正直、その、落ち方が格好悪いので、何とかしたい、という気持ちもあるのだが。
 僕だって、鎧さえ着ていなければ、アクシオンみたいにふんわりと着地出来るはずなのに。男に見惚れる趣味は無いが(…とジューローのことは完全に棚に上げてサナキルは思った)、確かにアクシオンの降り方は優雅だ。どうせ落ちるなら、あっちの方が見た目がいい。
 「お前が脱ぐなら、俺も脱ぐ」
 「じゃあ、駄目だな。せっかくの美丈夫ぶりを見られなくなるのは惜しいからな」
 しょうがない、とサナキルは重い足を持ち上げて、また先頭で広場を進んでいった。
 ジューローは何か言いかけたが、途中で諦めたように開きかけた口を閉じ、ゆっくりと首を振った。
 後衛のルークも、突っ込みたいのは山々だったが、うずうずするのを何とか抑えた。
 このところ、サナキルは、ジューローへの気持ちを全く隠していない。いや、元々隠す気は無く単に気づいていなかっただけだったのかもしれないが。
 もちろん、周囲はジューローとサナキルが何をしているか、は薄々から重々まで幅はあるにせよとにかく知ってはいたが、それでも普段の二人はそれを匂わせるようなことは無かった。
 ところが、先日の絵以来、サナキルはジューローを堂々と賛美するし、関係を誇ってすらいるかのような態度を表すようになったのだ。
 関係を知ってはいるが、無いものとして扱ってきた周囲の人間としては、非常にやりづらい状況になっているのだった。もちろん、主に困っているのはファニーやバースといった本来の従者連中だが。
 サナキルとしては、格好良いものを格好良いと言って何が悪い、くらいのつもりだろう。周囲の人間がどう感じてるかなんてお構いなし。
 ルークなんぞは多少むず痒いくらいで面白がっているが、言われる本人は非常に戸惑っているようだった。ま、力尽くで止めさせもしていないので、案外喜んでいるのかも、とルークは推測している。
 なお、ルークの知らない間に、既に攻防は済んでいるのだが、それはまた別の話になる。

 退屈な繰り返しではあるが、これだけ安全な探索なら心ゆくまでジューローを眺めていてもいいだろう、とサナキルは案外この時間を楽しんでいた。
 最近は、あまりにも退屈だとジューローも何気ない会話をしてくれるようになってきていたのだが、今日は残念ながら以前の無口に戻っていた。
 ジューローとしては、サナキルが何を言い出すか分からない、という疑念のため黙っておくしかなかったのだが、サナキルはその無言の時間にも親しんでいた。以前なら、沈黙が落ちるのを恐れてすらいたのだが、今ならその静かな空間でさえ、ジューローが隣にいるというだけで面白い。
 そして、そのサナキルの気持ちはとってもだだ漏れであるため、隣の男は非常に居心地悪かった。
 他の3人が見て見ぬふりをしているため多少はマシだが、これで他の連中にまで囃し立てられたら喚いてしまいそうだ、とジューローは拳を握りしめた。
 さすがにこんなところで怒鳴り出すのは余裕が無い、と自制心を総動員しているが、ちらりとでも隣を意識すると崩れそうになる。
 しかし、その甘い(かもしれない)時間は、数時間後に消え失せた。
 広場の奥にいた魔物が、凄まじいスピードで襲いかかってきたのである。
 姿形はいつもこの階にいる鷲頭なので油断していたら、とにかく速度が速く、一度の攻撃でジューローの腹を3度ほどかき斬っていった。防具の上からでも易々と腸を溢れさせた敵にぎょっとする。
 「ジューロー!」
 「坊ちゃん、攻撃優先!体力は大したことなさそうだ!」
 盾を構えかけたサナキルにリーダーの指示が飛ぶ。
 相手は鳥類なため、どうやら後衛のザミエルボウ×2が非常によく効いているらしく、確かに後少しで落ちそうだ。
 で、結局、戦闘後にジューローを蘇生する羽目になった。
 甘かった。
 この階層の敵なら、どれも大したことは無いだろうと、盾を構えず剣を抜いた自分の判断が間違っていた。
 そして、気を抜いたのは、ジューローに見惚れていて注意が散漫になっていたからだ。
 何より、ジューローを守ることが最優先のはずなのに。
 目を覚ましたジューローは、自分の傍らに膝を突いたサナキルの顔が蒼白で、唇を噛み締めている様に気づいた。
 気づいたが…何も言わなかった。どうやら自分が言うまでもなく、本人が一番堪えているようだったから。ひょっとしたら、何か言ったら「すまない」と謝罪が聞けただろうが、別にそれが心躍るものだというのでもなし、今は嫌味を言いたい気分でも無い。
 「さて、どうしましょうかねぇ。あれ、三撃とも来たら、俺も死ねます」
 「サナキルにフロントガードして貰う?」
 「どうでしょうねぇ…相手、翼持ちですから後衛に来るかもしれませんし…ま、俺のTPはまだまだ余裕ですし、ネクタルもありますし、もう一回は様子見ますか」
 全く空気を読んでいないのか、あるいは読んだ末なのか、アクシオンが冷静に今後の方針について発言した。
 相手は素早いが、逆に言えばそれだけだ。一人くらいやられるかも知れないが、全滅するほどの相手では無い。とっとと片づけた方が犠牲が小さい、という考え方もある。
 合理的な判断ではあるが、じゃあ受け入れられるか、というと躊躇うものがある。
 ルークは納得出来ていないだろうサナキルの苦悶の表情を見て、少し首を傾げた。
 「まだ先が長そうだし、出来ればTP温存で行きたかったんだが…ま、今度は挑発してみれば?サナキルなら、三撃来ても死なないし」
 「分かった」
 青ざめたまま頷いたサナキルを横目で見て、死なないまでも腹をかっさばかれるのは気持ちの良いものでは無いんだが、とジューローは思ったが、墓穴を掘る趣味は無いので黙っておいた。
 その後も音速の殺し屋は何体か襲ってきたが、挑発を全く聞いてくれなかったため作戦は無駄に終わってしまった。しかし、幸い一人に攻撃が集中することがなく、死亡者は出なかったので結果オーライ。
 殺し屋も全て排除し、ようやく地図を描き終えて、下の階への階段を見つけた。
 やはり棘床に覆われた通路をひたすら進んでいくと、どうにか道の先でエスバットの巫医を見つけることが出来た。
 さすがはドクトルマグス、何か怪しげな薬品でも使ったのだろう、彼女の周囲だけ蔦が黒ずんで萎れている。
 彼女は少し驚いたような顔でこちらを見てから、すぐに表情を強張らせた。
 「…何をしに来たの?ただの通りすがりなら、放っておいて」
 「いや、ライシュッツの爺ちゃんに頼まれて来たんだけど」
 「…そう、爺やに」
 アーテリンデは納得したように頷いたが、それ以上動こうとはしなかった。
 どうも爺やが心配してるから帰れ、と言っても、梃子でも帰らない、という雰囲気が漂っている。まあ、そもそもそのくらいで帰るのなら、こんなところに一人で来て爺やに心配もかけないだろうが。
 さて、どうするか、とルークは丸めた地図で自分の肩を叩いた。
 実際問題として、ここに来たのは依頼のためである。そうですか、じゃあ帰る気無いって伝えておきます、と帰ったのでは依頼失敗間違い無し。ライシュッツにどれだけ嫌味を言われるか分かったもんじゃない。
 厳しい表情でこちらを見つめているアーテリンデを見つめて返していると、あまりにも無言で見られるのに落ち着かなくなったのか、向こうから声を出した。
 「何よ。爺やには心配いらないって伝えてくれればいいわ」
 その声に、微妙な拗ねたような響きを感じ取って、ルークは眉を僅かに上げた。それなりに落ち着いた20代の女性だと踏んでいたが、これはもう少し若いのかもしれない。
 「そうは言われてもさぁ。女の子が一人でこんなところにいるの、やっぱ心配だし」
 子供扱いするな、と怒られるかと思ったが、彼女は目を丸くしただけだった。
 「何で貴方達が心配するのよ?あたし達、貴方達を攻撃したのよ?」
 そういえばそんなこともあったっけ、とまるで遠い日のことのようにルークが思い出していると、がしゃんと音がした。鎧の触れ合う音に何事か!と振り向くと、サナキルが生真面目な様子で頭を下げているところだった。
 「その節は、すまなかった。あの老ガンナーにトドメを刺したのは僕だ」
 ますますアーテリンデは激しく瞬き、慌てたように杖を持つ手を振った。それから縋るようにルークに視線を寄越したので、苦笑しながらサナキルの肩を叩いた。
 「まあまあ坊ちゃん。あれはお互い様ってことで」
 「そうですとも。彼女にトドメを刺した俺が、全く気にしていないのに」
 ルークが後ろも見ずに軽く裏手で突っ込んだが、アクシオンは平然としていた。
 「えっと…そうね、それが正しい。あたし達が貴方達を襲ったんだし。…でも…」
 「何?」
 また何度か瞬いて、アーテリンデは困ったような顔でルークを見つめ、しばらく言葉を探した。
 その顔が引き締まり、ゆっくりと目が閉じられる。
 「あたしは…あたし達は、彼女を救えなかった。貴方達はスキュレーを倒したのでしょう?でも、また彼女は復活する。いつまで経っても、彼女は魔物のまま」
 きゅっと唇を噛んで、アーテリンデの開いた目には強い光が宿っていた。
 「お願い。あたしが言える立場じゃないのは理解しているけど、貴方達なら出来るんじゃないかって思える。…あたし達の代わりに天空の城に辿り着いて、彼女をあんな風にした奴を倒して」
 「んー、誰かの代わりじゃなく、単に自分が行ってみたいから行くんだけどさ。でもまあついでもあるし、上帝とやらに会ったら彼女のことも聞いとくよ」
 ひどく軽い言葉に一瞬失望したような顔をしたが、アーテリンデは何度か瞬きをする間ルークの顔を見つめ。
 「あたし、帰るわ。爺やが心配してるし。…ありがとう、<デイドリーム>」
 杖を左手に持ち替えたかと思うと、すぐに右手がポケットから糸を取り出し、ふっと体が消え失せた。
 会話には関わらずにいたジューローがぼそりと呟く。
 「…女は気紛れだな」
 これでも目で説得していたつもりなんだけどなー、とはルークは思ったが、言葉には出さずに軽く肩をすくめた。
 「さて、せっかくだから、もうちょい行けるとこまで行ってみようか」
 結局、6階にまで延びていた階段の先まで探索して、ついでにショートカット(もう二度と使わないのなら、意味は無いが)まで広げて帰ってきたのだった。



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