プロポーズ大作戦




 深夜に活動したため、朝がゆっくりになった本パーティーに代わって、早朝すぐに採集組が動き始めた。
 スムートの警戒歩行のおかげで、敵にはほとんど遭わずに採集場所まで行けるようになっているのだ。
 ただ、荷物は、そうたくさん持てないため、採掘したら一端商店に売りに行き、また潜り…と少々時間はかかるが。
 今回も、採掘したものを売りさばいてから、また潜り、17階へと上がってきた。
 伐採場へと向かい、いつもの棘付きツタをひょいひょいと避けていく。下の蔦が黒く堅い棘だったのに比べて、この階層の蔦はまだ若い緑色だ。だが、犠牲者が来たら巻き付いてやろうとうねっているところは同じ。むしろ、若い分、しなやかさが勝っていそうだ。
 しかし、コツさえ掴めば、避けることは容易だ。少なくとも、ショークスやクゥにとっては。
 いつものように枝を探そうとして、スムートは、ふと視線を横へとやった。
 「…あれ。ひょっとして…」
 「何?」
 クゥがすぐにスムートの横へとやってきた。
 スムートが指さす先を見ると、そこは石畳がめくれていて、まるで蟻地獄のように砂がすり鉢状になていた。
 「危ないから踏み込まないようにしてたけど…どうかしたの?」
 「うん、リーダーが言ってた、砂のバラって、ああいうところにあるんじゃないかなぁって」
 「…あ、あのプロポーズしたいって人の」
 ちなみに、この話題は非常に微妙な空気を感じさせた。何せ、クゥはスムートにプロポーズされたいと思っているし、スムートは、クゥがもう少し本気で愛してくれていると見極めが付いたら、と思っているからだ。
 クゥがうっとりと、素敵よねぇ、そんなに熱烈に愛してくれるなんて、と言うのを、遠回しな催促なのか、単に少女趣味な感激なのか、スムートは敢えて判断しないことにしていた。
 今も、非常に鈍感な男を演じて、スムートは深刻な顔で言ってやった。
 「どうなのかな、貴重なものかもしれないけど、それで釣られるような女性なら、所詮その程度って気がするけど…」
 「物じゃ無いと思うな。気持ちの問題で」
 気持ちの問題だと言うなら、自分で苦労した何かを贈るべきだとスムートは思うが、まあ突っ込まないことにしておく。
 「ともかく、探してみようか。…お前たちは、ここで待ってて」
 「がう」
 灰色狼たちを留めておいて、クゥと二人で砂を掘っていく。
 砂は非常に細かくさらさらと気持ちが良く、蟻地獄を連想したそこは、底なしではなく普通に斜めなだけの砂地であった。掘った側から流れ込んでくるのが面倒なだけで、掘る作業自体は、苦にならない。
 そのさらさらした中に、何か硬いものを見つけて、スムートは引き上げた。
 だが、真っ黒な気持ちの悪い塊に、眉を顰めて投げ捨てる。
 もう一度、掘り直していると、今度はクゥが声を上げた。
 「あっ、何かある!」
 周囲からそっとそっと掘っていき、包み上げるように持ち上げると、それは見事に花弁を重ねたような形の石だった。
 「すっごーい…ホントに薔薇みたい!」
 うっとりと眺めているクゥの手の中のものを、スムートも見つめる。確かに、これが自然に出来たものだと思えば、見事と感嘆するしかないが。
 「でも、いつまでも同じ形で咲き続けるバラ、なんて、俺は趣味じゃ無いかな…」
 バラは自然に咲いて、散っていって、また季節が来れば新しく咲く。それが自然というものだ。
 いくら美しいと言っても、ただのバラの形をした砂色の石なんて、珍しいというだけで、じきに飽きそうだ。
 「あたしも、欲しいって言ってるんじゃないよ?ただ、ターベルが喜ぶかなって」
 クゥが慌てたようにそう言った。スムートと意見が違うのは怖いらしい。何も自分の考えを曲げてまで、合わせて貰う必要は無いんだけど、とスムートは苦笑した。
 「じゃあ、どうする?依頼分とは別に、もう一つ探そうか?」
 「え?あ、ううん、いいよ。送る間に壊れそうだし」
 花弁は見事ではあるが、何せ石というよりは砂の堅いのである。荷物にして送ると、着いたときには砂の塊になっていてもおかしくない。
 貴重、と呼ばれているのだから、今は簡単に見つかったが二つ目も容易く見つかるとは限らないので、今日のところは一つだけにしておくことにした。もしもやっぱり欲しいということになれば、また来ればいい。
 砂のバラは後回しにすれば良かったかな、と思いつつも、いつもの伐採も済ませ、幸い敵も出なかったし、そのまま16階に降りて磁軸で帰ってきた。
 まずは、せっかくのバラが崩れたらいけないので酒場へと向かう。
 「すみません、ギルド<デイドリーム>です」
 スムートは、自分の顔が地味なのを自覚しているので、顔と名前を覚えてくれていることなど、はなっから期待していない。だから、仕事で来る時には名乗ることにしているのだ。
 「お、おぅ」
 酒場の親父は、ギルド名を聞いても、挙動がおかしかった。何か、自分たちが出かけている間に起きたのかな、と思っていると、親父は探るような目でこちらを見てきた。
 「ひょっとして…砂漠のバラって奴か?」
 「えぇ、ご依頼通りの品だと思いますが…」
 怪訝そうに言ったスムートの後ろから、クゥが布に包んだそれを差し出すと、親父は中を見もせずに、ぱんっと両手を打ち鳴らして、頭を下げた。
 「すまんっ!その依頼は無くなった!」
 「…は?」
 「いやよ、ついさっき、例の野郎が女連れで来てよ。ふざけた話だろ?思い切ってプロポーズしたら、女もOKだったんだってよ。物じゃなく、野郎の気持ちが欲しかったんだってよ。んっかーっ!あんなへにょ野郎の何が良いんだか!」
 「…はぁ」
 「野郎もでれでれにやに下がって、勇気を出して、言って良かった、なんつってよ、最初っから言えってんだよ、なぁ!?」
 「はぁ…まあ」
 「ってことで、依頼は消えた!…で、ここからが、相談だ」
 親父は、曖昧に頷いているスムートに、ずいっと迫った。
 「ほれ、何も、あの女に限らず、そのバラを欲しがる女は多いんだよ。…いや、俺がどうこうしようってんじゃあねぇぞ!?…ただ、お前らが持ってるよりゃあ有効活用…じゃねぇ、高く売りつけられるってぇだけだ。依頼の条件通り、アイテムは渡すから、それを俺に寄越せ。な?悪いようにはしねぇから」
 視線が彷徨いてる様を見るに、どうも親父は自分でそのバラをどこかの女に渡すらしいと見当は付いた。
 が、まあ、元々依頼で採ってきたものだし、スムートに異論は無い。
 「どうする?ターベルさんは、いい?」
 「え?あ、うん、いいよ。元々、そういうつもりだったんだし」
 一応、石好きの姉が欲しがるかも、と言っていたクゥにお伺いを立てたが、あっさりとOKが出たので、親父に渡すことにする。
 クゥは少々ぼんやりしているようだったが、どうせうまくいった恋愛話にぽややんとしているのだろうと踏んで、言及しないことにしておいた。
 「じゃあ、俺たちは、商店に向かうので、これで」
 「おう、またゆっくり飲みに来いよ!」
 ご機嫌な親父に見送られて、スムートは酒場から出ていった。入り口で待っていた狼たちと共に、商店へと向かう。
 「良かったねー、うまくいって。リーダーにも報告しよっと」
 「そうだね…個人的には、最初っからプロポーズしておけば、余計な出費もなかったのに、とは思うけど」
 「えー、そんな大金じゃないし…」
 「でも、若い二人が新婚生活を始めるなら、貯蓄は多い方がいいと思うよ」
 「スムートの、そういう堅実なところが好きだけどー」
 けれど、ロマンは無い、と言いたいのだろう。微妙に不満そうなクゥに、やっぱりまだまだ夢見がちな少女から抜け出せてないな、とスムートは溜息を吐いた。
 恋に恋する乙女に、スムートはリアリスト過ぎるのだ。分かってはいるが、一緒になってキラキラと御星様を見つめるには、スムートは地に足が着きすぎていた。
 ま、こっちはいつまででも待つ覚悟はした。きっちり生活を見据えた生々しい結婚話が出来るまで、夢見る乙女を見守っておこう。
 「さ、シトト商店に行ったら、次は採集だよ」
 「そーだねー。今日こそ、衝撃の果実が採れたらいいんだけど」
 昨日はようやく見つけたものの、ついうっかりとデスストーカー3体も一緒に見つけてしまい、慌てて糸で逃げ帰ったのだ。
 やっと普段通りに戻った会話に、スムートは安堵した。
 灰色狼たちを促して、店へと向かう。
 すっかり明るくなった道を通り、店に着くと、ヒマワリ娘の方から声をかけてきた。
 「あっ!デイドリームの方ですね!迅雷銃が出来上がってますよ!」
 灰色狼たちの背中から材木を降ろしてカウンターに並べながら、スムートは、迅雷銃って何だっけ、と考えた。全部降ろし終わる頃に、ようやく、依頼に関係のある品物だということを思い出した。
 そういえば、それを持って樹海の賢者に聞くことがあるとか何とか。
 懐からルークのメモを取り出して、改めて読んでみる。
 「…どうしよう、採集場所の近くだ。ついでに、行こうか」
 「えー、リーダーに言わなくていいの?」
 「うん、見かけたらよろしくって言われてるから…」
 約1万enの銃を買い、本日の稼ぎが吹っ飛んだが、ギルド共有財布なので気にしないことにする。
 姿が見えなかったら、本パーティーに渡せばいいのだし、採集のついでに見かけたらラッキーくらいのつもりで、スムートは迅雷銃を背嚢にしまった。ひょっとしたら、今装備している弓よりも強力な武器なのかもしれないが、全く扱い方が分からないので、単なる物品も同然だ。
 今度は磁軸ではなく、18階の磁軸柱を利用する。
 狼たちと、雷王の背後に尾きながら歩いていって、右に曲がる。
 そうしていつもの採集場所に向かうと、枝を拾っているらしい人影があった。
 もっとも、人影、と言っても、人でないことは明らかだった。何せ、背中には大きな翼があるのだから。
 それが、如何にも今にもはためきそうに膨らんだので、スムートは慌てて声をかけた。
 「すみません、魔物の生態に詳しい賢者様、というのは、貴方でしょうか?」
 腕に枝を抱えた翼の民は、その言葉に顔を顰めたようだった。顔の上半分が陰になっていて、はっきりとはしなかったが。
 「…賢者、と呼ばれているかどうかは知らないな」
 何かを押し殺しているかのような声だったが、ともかくは止まってくれたので、スムートは背中の荷物を降ろして迅雷銃を取り出した。
 「えーと…貢ぎ物です。少し、教えて頂きたいことがあって」
 おそらく銃口だと思う方を持って(何せスムートは、ここに来るまで銃なんて見たこともない)、突き出すように歩いていくと、翼の民は手を伸ばしてそれを受け取った。左腕に抱えた枝が落ちないように妙な姿勢になりつつも、その銃を色々な方向から眺めて、うん、と頷いた。
 「ま、悪くないな。…何が知りたい?」
 意外と砕けた賢者様だ。
 スムートは安堵の溜息を吐いてから、懐からメモを取りだした。
 「えーと…16階にいる魔物のことなんですが…やけに凶暴になってるので、その原因が知りたい、ということなんですが…」
 16階の魔物は、伐採場所の前にいたので、一応スムートも見てはいる。もちろん、戦ったりなどせずに、適当に逃げてかわしたので、詳細に観察したとは言えないが、それでも大体の外見だの吠え声だのの説明をした。
 「…奥に、その魔物の巣と思わしき氷結樹の枝で出来た円形の塊があって…」
 「子供は何匹だ?」
 「いえ…空っぽでした」
 「それはおかしいな」
 記憶を辿って答えたスムートに、翼の民が鋭く返した。
 崩れかけた枝の山を膝まで使って抱え直す、という間抜けな動作をしつつも、こちらを射抜くような目で真剣な声で言う。
 「その魔物は、子供から離れることは滅多にない。仮に離れたとしても、敵を遠ざけるための、ほんの僅かな時間でしか無い。そして、子の方も、巣から離れることは無い。一度に生まれるのは1匹から稀に3匹。もしも、生まれていないのなら、その魔物がそんなに長期間に渡って特定の場所に拘ることは無い」
 ということは、つまり。
 子供は産まれた。しかし、何らかの理由で子供がいなくなって、そのため凶暴になっている、ということだろうか。
 だったら、その子供はどこに?
 スムートが考えている間に、翼の民はようやく枝と迅雷銃をうまく持つということに成功し、翼を広げた。
 「答えたぞ。じゃあな」
 「あ…どうも、ありがとうございました」
 慌てて礼を言うのに振り向きもせず、翼の民はばさばさと音を立てて飛び去っていった。
 ともかく、賢者にアイテムを渡して魔物の情報を得る、という依頼は果たした。
 「子供がいなくなったんだ…可哀想だねー」
 クゥが眉を顰めて言うのを見るに、どうも次は「その子供を捜せ」という依頼が来そうな気はしたが。
 あれだけ魔物を倒しまくり、それが子を持つ母親なのかとか実は子供なのかとか、そういうことは一切気にせずここまで来たのに、何人もの冒険者を傷つけた魔物一体を、子を無くした母だからといって特別に思い入れを持つ、という感覚は、どうも理解できないな、とスムートは思った。
 これだから女の子ってのはよく分からない。もっとも、依頼の源である公女様も若い女らしいから、クゥと似たような思考回路なのだろうが。…ということは、お偉い王族様だから現場のことなど分かっていない、というのではなく、単に女性特有の感情優先の反応だというだけのことなのだろうか。
 スムートは、公女を思い浮かべると同時に感じた貴族や王族といったもの全般に対する嫌悪を、何とか表面には出さずに押し込んだ。
 「さ、採集して帰ろうか」
 翼の民が取り落とした枝を拾い上げて検分してみたが、何が他の枝と違うのか分からなかったため、ぽいっとその辺に投げ捨てて、スムートは採集場に向かった。
 狼たちも鼻を鳴らして姫リンゴのなる樹を探し出す。
 幸い、今日は敵が出ることもなく、衝撃の果実も1個だが採集することが出来た。
 荷物をぱんぱんにして、糸を取り出す。
 「うん、今日は役に立ったな〜って感じだな」
 「そうだねー。あたしたちも依頼をこなすことが出来るんだよね。毎日採集ばかりより、やっぱりみんなの役に立てるって嬉しいな」
 「そうだね」
 クゥのそういうところが好きだ。彼らが稼ごうが、死んで帰って余計な手間や金をかけさせようが、同じだけの給料は払われるので、自分では積極的に働かずに必要最小限のことだけしておいても手に入るお金は同じなのだが、それでも皆の役に立つ方が嬉しい、というのは、根っからの働き者の証拠だ。どうせなら、働き者の嫁の方がいいに決まっている。
 後は、白いレースのカーテンに立派な暖炉付き居間、なんていう夢なんぞ忘れて、現実的な二人の生活ってものを考えてくれれば申し分無いのだが。
 そこまで考えて、スムートは、あれ、と首を傾げた。
 よくよく考えてみれば、自分たちが属しているギルドはハイ・ラガード最高峰で、装備に金をかけている分時々貧乏だが、それでも破格に稼いでいると思う。だいたい、採集だけで一日15000enほど稼いでいるのだ。属する人間が多い分だけ一人あたりの分け前は減るとは言え、一般人からすれば非常な高給取りである。
 ということは、ひょっとして、白い可愛いおうちに狼…もとい犬を飼って、可愛い子供の髪を結ってやってリボンを付ける、なんてスムートとしてはどこの夢物語だと言いたい結婚生活も、案外夢では無いのかもしれない。
 だとしたら、後は本当に、クゥが兄ではなくスムートと暮らすのだ、ということを納得してくれればいい、ということか。
 スムートの中で、結婚前に契りを結ぶのは、罪悪ということになっている。
 しかし、罪悪なのは契りを結ぶことであって、同棲が罪なわけではない。
 …本気で考えて貰うために、一緒の部屋で暮らしてみる、というのもいいかもしれない、とスムートは思った。
 まあ、下宿の部屋は、現在スムートはジューローと同室で、クゥはピエレッタと同室である。ファニーに移って貰えば、スムート&クゥ、という部屋も可能ではあるのだが…兄がとやかく言いそうだ。
 それに、いきなり同室、というのもまずいか。とりあえず、一緒の部屋で二人きりで過ごす、というのを試してから、ずっとずっと一緒の部屋でいる、というのを体験して貰えばいいか。
 うん、そうしよう。
 ともかくは、クゥとのお付き合いの新たな発展の見込みを思いついて、スムートは足取り軽く商店へと向かっていった。



諸王の聖杯TOPに戻る