盗賊・再び




 磁軸柱からすぐ真正面の階段を下り、14階に入る。
 ところどころ細い通路が凍っていて、十字路のようでいて思うようには進めないのだが、ここは何より危険なことがあった。
 「…あっちゃあ、また出てきたよ」
 彼らの殲滅力は低い。負けることもないのだが、全体攻撃出来るメンバーもいないので一体ずつ仕留めていくしかなく、時間がかかることが多い。
 ちょうどこの通路は、戦闘が長引くと余計なものが出てきてしまうのだ。
 「…はぁ…処刑者キラーと呼ばれたこの俺が…」
 さっくりと胴を切断されて、ネクタルで蘇生されたメディックが、ジューローにリザレクションをかけながら重い溜息を吐いた。
 水辺の処刑者と呼ばれるカニもどきは、鋭いハサミで攻撃してくる。しかも、このカニに手間取ると更に別のが湧いてくるというおまけつきだ。
 防御力の低いメディックとジューローはよく死に、サナキルに攻撃が来れば何とかなる。
 どうにか片づけて歩き出すと、リーダーが苦笑しながらメディックの肩を撫でた。
 「まあまあ。医術防御は偉大だったねぇってことで」
 「全くです。あんな便利なものが、エトリア以外には普及していない、というのが信じられません」
 どうもエトリアではメディックが防御術を使っていたらしい。防御の専門職としては聞き捨てならない、とサナキルは詳しく聞いてみた。
 一通り概要を説明したメディックは、物理攻撃・属性攻撃ともに防御するその性能にショックを受けているサナキルに、憂鬱そうな顔で続けた。
 「…ですけどねぇ。ケルスの実も、マダラウミウの軟骨も、この辺りでは採れませんからねぇ…回復専門ということで諦めます」
 「ヘヴィストライクは?」
 「もちろん、取りますとも」
 回復専門はどうした。
 まあ、そういうサナキル自身も、防御が一通り充実したら、シールドスマイトを覚えてみたい、とは思っているが。
 処刑者の出る水辺を抜けて、磁軸柱付近に入る。
 リーダーが地図を見て、示した方向へ向かった。
 樹木の中でははっきりしないが、そろそろ昼近くのはずだ。予定のところに来て、周囲を確認したが、特に異常は見られない。
 四角い通路になっているそこをウロウロしていると、突然茂みから魔物が飛び出してきた。雑魚が出てくるのはいつものことだ…と思ったら、随分と硬い。
 サナキルは自分の剣でそれに傷を入れるのは早々に諦めて、ジューローとメディックの防御に専念した。
 時間は随分かかったが、バードの雷付与もあり、誰も倒れることなく終わる。
 「さて…この辺りじゃ見かけない…じゃないわ、見かけは同じだがえらく硬い魔物っと。ショークス、ネルスにこれの見た目送れるか?」
 「ん、やってる」
 「解体します。卵を抱いているとか、特別な条件があるかどうか」
 己のメイスの血を拭いながら、メディックが雪面に跪いた。
 サナキルがそれを見るでなく見ていたら…というか、解体場面に少々気分が悪くなり視線を逸らしたら、角のところから衛士が現れたのが見えた。
 衛士は一瞬立ち止まってから、早足に近づいてきた。
 「やぁ、助かったんだね、君たち。この辺りも物騒になって…巡回してたんだけど、間に合わなかったみたいだ」
 後ろめたいのか少し離れたところで立ち止まる。解体場面をちらちら見ながら、懐から革袋を取り出した。
 「お疲れさま。ちょっとした気付けが入ってるから、どうだい?」
 それはサナキルをまっすぐ見て言われたので、サナキルが反応せざるを得なかった。
 気付けなど不要だが、喉が渇いているのも確か。そして、他国の衛士なんぞに媚びる気も無いが、真っ向から拒否して喧嘩を売るのもまずいことも理解している。
 サナキルは3歩ほど前に出て、衛士の差し出す革袋を受け取った。
 その重みは、確かに中に液体が入っているのだと思われる。
 じーっと見られているのも落ち着かず、後ろも見ずにまた3歩ほど下がったら、背中に何かが当たった。振り返るまでもなく、その弾力で人の体と知れる。
 足を踏んでないだろうな、と慌てて下を見たが、幸い何も無かった。
 嫌味も言わずにじっとサナキルの背後に立っているジューローに違和感を感じつつも、分厚い手袋でぎこちなく革袋の栓を引っ張った。
 やっぱり飲まなくてはならないんだろうな、何とか他の人間に任せられないだろうか、とぐずぐずと栓を弄っていると、背後からにゅっと腕が伸びてきた。
 「お偉い聖騎士さまは、他人の飲み残しなんぞ飲めんと仰るか。…貸せ」
 不機嫌そうにその手はサナキルから革袋を取り上げようとし、驚いたサナキルは手をもたつかせ…結果として、革袋はどちらの手にも残らず、雪面にぼとりと落ちた。しかも、栓が弛んでいたため、液体が辺りの雪に染み込んでいく。
 「…わ…」
 拾い上げようとすると、鎧ががしゃんと派手な音を立てた。
 その音に驚いたのか、宙を見つめていたショークスがこちらを見て…結果、その向こうの衛士も見た。
 「…その衛士!ネルス引っかけた奴!盗賊だ!」
 ネルスと一瞬で会話し、ショークスが叫ぶ。
 サナキルはその声に、屈みかけた姿勢のまま右に移動した。背後のジューローが腰から刀を抜く音がする。
 「けっ、飲みゃあ良かったのによ」
 先ほどまでの口調をかなぐり捨てた盗賊が嘲笑を上げた。
 じり、と足を進めるジューローにまっすぐ指を差す。
 「俺ぁ、お前を知ってるぜ。さんざ人を殺して金を奪った挙げ句に、ゲルンの警備隊に指名手配されてる野郎だ。…どうだ?俺に付かねぇか?街道で山賊やるより、随分実入りが良い。騎士なんぞと付き合う必要もねぇ。お前は、こっちの人間だろ?」
 サナキルは、しっかりと盾を構え直した。
 背後のジューローの返答次第では、この盗賊を殺す必要がある。
 ひどく長い沈黙があったように思えたが、おそらくせいぜい10秒ほどの間だったのだろう。まだリーダーやメディックが近づく前に、ジューローが口を開いた。
 「…何のことやら分からんな」
 言い逃れをする人間のものとは思えない、どこか本気で不思議がっているような響きがあった。
 一瞬、サナキルは盗賊から目を離してジューローを振り返った。
 しかし、盗賊の方も意外だったのか逃げもせずにジューローを凝視した。そして、すぐに嫌な笑い声を上げた。
 「あぁ、お仲間にゃあ、ばれてねぇのか。そりゃあなぁ、きたねぇ山賊と分かりゃあ騎士様が守ってくれるわきゃねぇもんなぁ。…俺の言うこたホントだぜ?こいつの人相書きが街道沿いの宿屋にゃあ貼ってある。こいつぁ追われた挙げ句にこの国に逃げ込んだ罪深〜い山賊だ」
 それは既に知っていることだった。けれど、この盗賊の口から聞くと、べっとりと汚泥を塗りつけられたような気分になる。
 「ジューロー」
 サナキルは低い声でジューローを呼んだ。どうやら盗賊は間違った期待を抱いたのだろう、目を輝かせて笑っている。
 「お前、この屑と知り合いではなかろうな」
 「知らん。他人とつるむ趣味は無い」
 「…なら、殺しても文句は無いな!」
 叫びつつサナキルは地を蹴った。
 盾を構えつつの突進は騎士団流のやりかたで、魔物には向いていないかも知れないが衛士のような重鎧には効果があるはずだ。
 どんっと左肩に衝撃が走る。どうやらめでたく目標に当たったらしい。
 がしゃがしゃと慌ただしい音で、盗賊が体勢を立て直そうとしているのだと感じる。
 もう一回、と盾から相手を覗こうとして、背後からの声に咄嗟に身を屈めた。
 「伏せろ」
 頭上を熱がゴウと音を立てて通り過ぎる。
 ジューローの卸し焔が盗賊の手から何かを弾き飛ばした。
 「うわっちっち!」
 飛び退いた盗賊は、雪に落ちたそれを拾い上げつつ、今度は後ろも見ずに駆け出した。
 「待て!」
 「追うな、面倒臭い」
 数歩でたたらを踏んで、サナキルは渋々と方向転換した。
 刀を鞘に収めたジューローが、盗賊が逃げた方向を見ていたが、すぐに角になっていたため見失うのも早かった。
 リーダーとメディックが近づいてくる。
 「ま、しらを切ったのは良かったかもな。ゲルンの警備隊が乗り込んできたら鬱陶しいし」
 正義とはちょっと離れたことを言うので、サナキルは素知らぬふりでまだ盗賊が逃げた方向を睨んでいるふりをした。聖騎士としての良心と、ジューローの<仲間>としての執着の妥協点だ。
 ジューローは、僅かに悪戯っ子のような表情でにやりと笑った。そういう顔をすると、やはり若いのだな、と思う。
 「お前たちに東国人の見分けはつかんみたいだからな。結構、これで乗り切れる」
 「…うわお、確信犯だった」
 くっくとリーダーが笑う。
 サナキルは、きょとんとしてジューローの顔をまじまじと見た。
 東国人の見分けが付かない。…他に東国人を見たことが無いサナキルには分かりづらいが…リーダーは納得したようだった。
 「まぁねぇ、東国人ってみんな黒い髪で黒い目で、似たり寄ったりな顔には見えるわな。…問題は、この辺りまで来る東国人が少ないってことだが」
 「名前までは、ばれてないんですね?」
 「だろうな。名乗るべき相手もおらんし、たまに宿に泊まるときには偽名だったからな」
 あーあー聞こえなーい、と耳を塞ぎたい気分になりつつも、サナキルは口を挟まないよう自己抑制しながら聞いていた。
 まったく、まるっきり犯罪者のような行動は止めて欲しいものだ。…いや、実際、犯罪者なのだが。
 笑っていながらも、リーダーはふと真剣な顔になった。
 「大真面目に言うと。今更ジューローに抜けられるのは困る。とりあえずこの国では、犯罪者だろうが何だろうが前歴問わずってことになってるから構わないが、あんまりはっきりばれると、ホントにゲルンが突っ込んでくるかもしれない」
 しばらくジューローはどうでもよさそうに足下を見ていたが、ゆっくりと目を上げた。
 「…どうしろ、と?」
 「や、今まで通りでいいと言えばいいんだけど。今度からも、ああいう機会があったら、全力で素無視してくれ。後は、こっちで何とかする」
 どうにかする、と言っても、たかが一介の吟遊詩人に何が出来ると言うのだろう。
 もしも、ゲルンが本気でジューローを捕らえようとしたら、どうなるのだろう。
 サナキルは想像して身震いした。
 もしもそれが国の重要人物ならば、ハイラガードも守ってくれるかもしれない。けれど、一応は国民証を持っているとはいえただの犯罪者に、国交を悪化させてまで守る理由は無い。
 だったら、とサナキルは顔を上げた。
 「…確か、天空の城を見つけて、聖杯とやらを見つけたら、貴族の身分が与えられるのだったな」
 「まぁね。…うん、貴族なら、ゲルンも無闇に引き渡せなんて言えないわな」
 リーダーも同じことを考えていたらしい。
 そう、自分たちが天空の城に一番乗りして、公宮の依頼をクリアするのだ。そうすれば、ジューローはこの国の重要人物となり、簡単に手出しは出来なくなる。
 話の流れが分かったのだろう、ジューローが思い切り顰め面になった。
 「…目立たないのが、一番では無いのか?」
 「もう遅いんだわ。こう言っちゃあ何だけど、<デイドリーム>は注目の有望株で、これから先、進めたギルドが少ない分、ますます注目されることになる」
 進めば進むほど、聖杯に近くなる。進めば進むほど、目立って人の噂が激しくなる。
 どちらがいいのか、サナキルにはよく分からなかった。
 けれど、今更ギルドを解散するのは愚の骨頂。
 「大丈夫。そういう正攻法だけじゃなく、搦め手も用意するから」
 リーダーはさも楽しそうに笑った。
 面白がっているようなのは気にくわないが…それでも、このリーダーが笑っているということは、本当に大丈夫なんだろう、と少し気が軽くなる。
 「ともかく、報告がてら帰るぞー。…先手必勝、こっちから仕掛けるのは、早い方がいい」
 独り言のように付け加えられた言葉の意味は分からなかった。
 糸で地上に戻り、リーダーたちは酒場に行くというので、またジューローと二人で宿へと帰る。
 横に並んだジューローは、しばらく歩いてから、ぼそりと言った。
 「…先刻、あの盗賊に『殺す』と言ったな」
 殺すぞーと言ったつもりはないが、意味としては似たようなものだろうから、サナキルは頷いた。
 「あぁ。無礼な口を叩いたからな。当然だ」
 誰に対して無礼かは省いておいた。突き詰めると、ジューローに無礼を働いて、何故サナキルが怒るのか、という話になりそうだから。
 サナキル的には、当然の話なのだが…言葉にしろと言われるとどうにも困る。
 (この僕の、○○を虚仮にされて黙ってたまるか!)
 …さて、この○○の中の単語は何だろう。愛人?情人?恋人?…遠ざかる一方だ。
 自分とジューローの関係というのは何なのだろう。<仲間>と言ってはいるが、それは他のメンバーも同じであって、ジューローと他メンバーは明らかに違いがあって…。
 「…貴族らしい言い草だ」
 ふん、と鼻を鳴らしてジューローが言ったので、サナキルの思考は中断された。
 サナキルの反応が無いのをどう思ったのか、ジューローは重ねて問うてきた。
 「お前は、人を殺したことがあるのか?」
 ヒトを、と言った。
 ということは、魔物は除くのだろう。
 「無論、無いとも。これまでも言った通り、我がローザリアは長い間戦をしておらぬからな。そして僕は、領民をやたら斬り捨てる趣味は無い」
 しばらく無言で歩いてから、ジューローはぼそりと言った。
 「…なら、殺せんだろうな」
 いつもの嘲笑じみたものではなく、どこか疲れが滲んだような声音だったが、何だか馬鹿にされた気がして、サナキルは隣を歩くジューローの腕を掴んで顔を睨んだ。
 「相手が敵なら殺せる。そのために訓練されてきたのだからな」
 見下ろしてきたジューローの目は、いつも通りぬば玉の闇だったが、何故か困惑したような気配があった。
 しばらく睨み合ってから、ジューローがふいっと目を逸らし、歩き始めた。
 サナキルも隣に並んで歩き出す。
 「…迷惑だ。…そう、迷惑な話だ。躊躇った挙げ句に逃げられるのではな」
 ジューローの口調に、いつもの調子が戻ってきた。
 皮肉っぽい、サナキルのことなどこれっぽっちも信用していない、と言いたそうな、いつもの口調。
 「今日のは違うだろう!あれは、お前が追うなと言ったから!」
 「お前の装備で、盗賊に追いつく訳がなかろう」
 「でも、僕が一番近かった!」
 「が、遅い」
 パラディンの鎧は、誰よりも分厚く重い。走って追いかけるのには、一番向いていない。
 それは理解しているが、だからといって黙ってみていろと言われる筋合いは無い。
 「今度ああいうことがあったら、お前はすっこんでいろ。俺がやる」
 「何を!」
 「お前が目の前に背中を晒しているから、邪魔くさくて攻撃出来なかったからな。今度は、さっさと道を空けろ」
 サナキルは悔しさのあまり、唇を噛んだ。
 今日は、ちゃんとやれたと思っていたのに。
 ジューローが刀を抜く邪魔をしないように避けて、伏せろという指示に従って…そうだ、ちゃんとサナキル越しに攻撃していたではないか。これはただの言いがかりだ。
 …まあ、考えてみれば、今まで散々根拠のない言いがかりは付けられていた気もするので、今更それが一つ増えたからってどうということもないようにも思うが。
 それでも、<仲間>としてのサナキルの位置にさえ文句を言われるのには腹が立つ。
 「そもそも!僕はお前を守るためにいるのであって、お前が突出するようなことがあれば、僕も当然その隣に立つべきだ!」
 「だったら、その盾で殴ったりせず、黙って構えていろ」
 うんざりしたような調子で言われたので反論しかけたが、その直前に口を閉じた。
 …あれ。
 これまでは、守る、と言っても、「お前に守られる筋合いは無い」とか何とか言って、拒絶されていたのだが…今のはまるで、サナキルが守るのを認めているかのような。
 いやいや、単に売り言葉に買い言葉かもしれない。話題がずれていっているようにも思うし。
 …でも、ちょっと、嬉しい。
 ようやく、自分が皆を守るべきパラディンであることを認められた気がする。
 宿屋に着き、門から宿泊者用扉に向かっているジューローに、声をかける。
 「おい。…僕は、これからも、お前を守る。お前が何であっても、だ。そう決めたから」
 たとえゲルンからのお尋ね者だろうが、人殺しだろうが。
 ジューローは僅かに肩をすくめ、振り返りもせずに言った。
 「…勝手にしろ」

 商店に戦利品を売り飛ばして帰ってきたショークスは、門のところで突っ立っている人影に目をぱちくりさせた。
 おそらく自分より30分は早く帰ってきているはずなのに、何でこんなところにいるんだろう、というか、何をしているんだ。
 足を早めて門をくぐり、顔を覗き込む。
 「…何、坊ちゃん、キスでもされた?」
 サナキルはまだ重装備のままで、その分厚い手袋で口を覆っていたが、そこからはみ出す顔は、やけに赤かったのだ。
 「おーい、坊ちゃん?」
 目の前で手をひらひらさせてみたが反応が無いので、ちらりと宿の方を見た。
 2階の窓で、陰が動いてすぐに見えなくなった。どうやら、覗いていたが自分の姿は見られたくない人間がいたらしい。
 ショークスは、このまま放置しておこうか、と考えてから、でもまあこの陽気で放置しておくのも、と思い直してサナキルの背中から押していった。
 「ほら、坊ちゃん、とにかく入って鎧は脱ぎゃあいいだろ」
 やはり言葉は無かったが、素直に足は動いたので、宿の中へと押していく。
 「一体何があったんだか」

 2階のジューローは、うろうろと自分の部屋を行き来していた。
 「冬眠前の熊じゃあるまいし」
 スムートが呆れたように言うのも無視して、ジューローは腕を組んで歩き続けた。
 「で?何かしたの?」
 「………しくじった………妙な言い方に………」
 「は?」
 ぶつぶつと呟きながらも、ジューローは先ほどの言葉を後悔していた。
 いや、内容は、別にいい。「勝手にしろ」。いつも似たようなことは言っている。
 問題は。
 自分でも発言してから驚いたが、声の響きが…妙に優しい調子になってしまったのだ。
 同じ言葉でも、ああいう柔らかな声では、まるで認めているかのように取られるに違いない。
 そういうつもりは無かった。断じて、無かった。
 確かに、赤の他人、しかも世間一般的には屑と言われる奴から同類の屑と言われて、正直なところちょっとイヤな気分にはなった。あんなのと同じなどと虫酸が走る。
 …が、それが世間一般の評価だということも認識していた。
 そして、ひょっとしたら、あの馬鹿パラディンがこちらを責めるかとちらりと思って…あの盗賊しか責めないので、ほんの少し安堵したのも確かだ。
 …それで、ついうっかり。
 いかんいかん、とジューローは頭を振った。
 あれは無かったことにするしか無い。
 次に顔を合わせた時も、いつも通りに振る舞っておけばいい。
 いつも通り、他人を守るのどうのと言っておきながら全く役に立たない馬鹿として扱っておけばいい。
 「…俺は、あれに守られる筋合いなど無い」
 いつもと同じように言ってみた。
 しかし、今日はスムートが聞いていたので、すぐに返事が来た。
 「あぁ、そりゃあねぇ。分かるよ、男としては、自分の惚れた相手を守りたいと思いこそすれ、いくら相手がパラディンだからって、守られたら男が廃るよねぇ」
 「いや待て、そういう意味では無い!」
 「じゃあ、どういう意味?」
 いかにも自分は了解してます、といった風に頷いたスムートに怒鳴ったジューローは、冷静に突っ込まれたのを無視して、自分のベッドに転がった。
 天井の木目を睨みながら、言葉が口に出ないよう気を付けつつ考える。
 惚れてる?あり得ない。
 あんな色が白くて小さな顔で、さらさらの金の糸のような髪、蒼玉の瞳…どれをとっても東国人とはかけ離れていて、違和感がある。
 ジューローは、すぐに桜色に染まる頬を思い浮かべながら、あんな世間の苦労なんかしたことありません、みたいな幼子のような肌の奴に、守られてたまるか、と改めて思い直して唸った。
 18歳と言えば、もう成人と言ってもいいだろうが、サナキルは何となく全体的にまだ幼さを残していた。骨も細いし筋肉も薄いしあんなまだ子供みたいな体で糞重い鎧を着て分厚い盾で攻撃を受けるなんぞ正気の沙汰とは思えない。
 一撃受けるたびにこっちが心配になるような…もとい、不安になるようなパラディンなんざに守られて、安穏としていられるほど世間知らずでは無い。
 とりあえず、その『完全には大人になりきっていない体』に自分が何をしているかは棚に上げておいて、ジューローは散々にこき下ろしたことに満足した。
 惚れている、なんぞと馬鹿馬鹿しい。あれはただの…ただの…ただの………。
 結局、適切な単語を導き出せないまま、ジューローは天井の木目を睨み付けた。
 その天井が軋んだことから、ルークたちが帰ってきたのが分かった。
 そういえば、別の方法でジューローがお尋ね者なのを誤魔化す、と言っていたようだが、一体、何をするつもりなのだろうか。


 しばらくして、噂が幾つも流れた。
 現在世界樹の迷宮の15階まで辿り着いた精鋭の一つである<デイドリーム>を率いているのは、あの<ナイトメア>のリーダーである。
 <ナイトメア>のリーダー<破壊の歌声>と、<撲殺天使>は、エトリアの世界樹の迷宮において、異種族を大量虐殺しておし通った男たちである。
 同じく<デイドリーム>のソードマンは、かつて<ナイトメア>でカースメーカーとして雇われており、ライバルたちを呪い殺してきた。
 <デイドリーム>のブシドーは、ゲルンの街道警備隊に指名手配されている。
 <デイドリーム>のドクトルマグスが、婚約者を亡くしたばかりの女にうまいこと言い寄って<ぴー>した。
 などなど。
 あまりにも幾つもの噂が同時に流れ出し、主に元<ナイトメア>という噂は比較的長い間生き残っていたけれども、その他の噂は次第に立ち消えていった。
 <デイドリーム>が順調に探索を進めている、という話が出ると、
 「そういえば、知ってるか?あの<デイドリーム>ってギルドは…」
 と噂も共に酒の肴になったが、結局は<デイドリーム>を妬むギルドがたちの悪い噂を流したんだろ、ということになっていった。
 もっとも。
 ドクトルマグスに関しては、相手の女性が色々と変わりつつ、似たような噂は絶えなかったが。
 <デイドリーム>が元<ナイトメア>ということが大々的にばれてしまったことで、天空の城一番乗りはどこかという賭けの倍率は大幅に変更になり、酒場の親父は残念がったが、そもそもは裏の取れてない依頼のせいなんだし、ということで渋々納得したのだった。



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