捕食と擬態




 話し合いは紛糾していた。
 「回復が出来る方が…」
 「そんなのメディカでも出来るだろ。むしろそこに行き着くまでに雑魚を避けられる方が…」
 「うち、たいていの相手なら眠らせられるようになっとるよ?」
 「…先に一撃食らうと危険だろうが。そう言う意味では、防御の高い者が…」
 「しっかし、裏がありそうな依頼だからなぁ。やっぱ俺が行った方が何かと…」
 発端は、酒場で貰ってきた依頼である。
 何でも、人一人くらいが通れる穴に、何か落ちてるみたいだから手伝って、ということだ。
 それは、まあいい。
 問題は「一人で来い」というのが条件なことだ。
 酒場の親父も「裏が取れてねぇからな。行くなら覚悟しとけよ」と言っていたし。
 確かにどう考えても胡散臭い。仮に一人しか通れない穴があるとしても、そこまでは5人で行っても全く問題無いはずなのだ。
 それに思い至らない間抜けな依頼者という可能性もあるが、それよりも何かの罠だという可能性の方が高い。
 それは分かっているのだが…受けたからには、依頼は達成したい…というか、裏があるのが分かっていても、むしろその裏って何なんだ、と好奇心をそそられるというか。
 ということで、積極的に依頼達成のため動こう、と意見が一致したのはいいのだが、そこからが紛糾したのだ。
 要するに、誰が行く、という。
 一通り、ぎゃんぎゃんと各自が自分を推薦したところで、アクシオンが一つ深呼吸して、ヒートアップしている話し合いに冷静な口を挟んだ。
 「落ち着きましょう。まず、あり得る『裏』について可能性を出していきましょうか」
 ピエレッタが、勢い良く片手を上げた。
 「はいっ!人さらいってのはどうですやろか」
 うら若き女性としては、まずそっち方面に想像が働いたようだが、それには複数の人間が首を傾げた。
 「…女性に限るって文面は無かったよな?」
 「無い。条件は付いていない。むしろ、一人で13階に行けるという時点で、か弱き女性、などというものが行く可能性は低いだろう」
 女性を売り飛ばしたいのなら、何も迷宮の中でなくてもいい。その辺の街道狙いの方がずっとずっと成功するだろう。
 「あの…では、冒険者が欲しい…というのは?」
 エルムがおずおずと手を挙げた。一応、全否定されたピエレッタの意見のフォローのつもりらしい。
 うーん、と皆で考えてみる。
 女さらいよりは可能性はあるだろう。
 「でもなぁ、男でも女でもよし、冒険者の職業は問わない、だからなぁ…何でもいいから冒険者が欲しいって理由が思いつかないわ。しかも、平和的手段じゃなく」
 冒険者が珍獣だというならともかく、そこそこ普及しているものだし。
 「我々名指しで来たのでも無いですよね?」
 「あぁ、他の連中は受けなかった、と言っていたから、我らが最初に依頼を見たというのでも無かろうしな」
 「では、怨恨の線も無しですか…」
 現在絶好調邁進中の『デイドリーム』への怨恨、あるいは妨害、という線を消してみる。もっとも、『デイドリーム』に限らず、13階に踏み込めるギルドならどれでもよかった、という可能性もあるので、全く無いとも言えないが。
 『理由』については、どうでもよさそうに聞いていたサナキルが、ふと振り返った。全く会話には加わっていない(が、一応そこにはいる)男に水を向ける。
 「ジューロー、何か思いつかないか?お前なら、冒険者を一人で呼び出すことに、何の意義を見いだす?」
 非常にさらりと問われているが、実際に強盗だの人殺しだのの過去がある男にとってはデリケートな話題だろうに、と周囲の人間の方がひやりとしたが、サナキルはまっすぐにジューローを見つめていたし、ジューローも顔色は変わらなかった。
 「…俺なら」
 ふん、と鼻を鳴らしてから、唇の片側を吊り上げてジューローは皮肉な口調で言った。
 「冒険者をさらって人買いに売りつけるなんぞというまどろっこしい真似はせん。13階を一人で歩ける冒険者となれば、装備もそれなりだろう。…殺して、金を奪い装備を剥いで売り飛ばす。死体は放置しておけば魔物が処理するだろうしな」
 サナキルはその答えを吟味してから、満足そうに頷いた。
 「ふむ、さすがだな。僕では思いつきもしない罪深い所行だ」
 これで本人は誉めてるつもりなのが困る。
 頭を抱えたメイドが呻いているのを横目で見ているルークだって呻きたい気分だ。ジューローが元犯罪者なのはまあ仕方ないとして、何もその過去を堂々とつっつかなくてもいいだろうに。
 口を挟みにくい状況の中、サナキルだけが全く頓着せずに、いつも通りジューローに話しかける。
 「では、仮に依頼者もお前と同じように考えたとしよう。しかし、一人とはいえ相手は高レベル冒険者で返り討ちになる可能性もあるだろう。それを倒せる自信があるほどの実力があるなら、何故普通に冒険者として稼ごうと思わぬのだ?」
 「…俺が、知るか」
 うんざりしたように言って足を組んでから、ジューローはゆっくりと周囲の冒険者たちを眺めた。
 やや目を伏せてしばらく口の中で呟いてから、独り言のように言う。
 「…各自、六千enから壱万enといったところか。売り飛ばす時には半値になるとしても…悪くは無いな」
 ショークスのザミエルボウは別とすれば、各自武具は一つあたり1500en〜3000enである。武器に鎧、更にヘルメットやブーツ…それらを容易に手に入れられるのなら、普通に稼ぐより余程手っ取り早い。
 「…時刻指定をしておけば、無駄な時間も少なくなる。半日で五千en稼げるなら、少々の危険など気にせんな」
 「たった5000でか!」
 咄嗟に驚いたように声を上げたサナキルを、ジューローはじろりと見た。
 バースがサナキルの腕をちょいちょいと引く。
 「若様、5000enといえば、一般人にとっては大金ですぞ。ワシらも冒険者になりたての頃には糸1本100enにすら苦労しておったではありませぬか」
 「それは覚えているが…しかし、たった5000で人の命を奪うなど…」
 サナキルの正義感からするとあり得ないことだった。もちろん、それが50万enならいいのか、と言われると、聖騎士的には何enでも不可、と答えざるを得ないが。
 「たった五千…か」
 ジューローが唇を歪めた。
 あ、これはまた愚かの馬鹿のと言われるな、とサナキルは先手を打つことにした。
 「たった5000だ。街道で裕福な商人を襲えば、もっと儲かるだろう?もちろん、僕はそれを奨めているのでは無いぞ?しかし、何も冒険者相手に5000enを稼がずとも、もっと安全に金を儲ける術があるのではないか、と…」
 「馬鹿を言え」
 結局、呆れたように言われたが。
 けれど、ジューローは席も立たずに、続けて言った。
 「金持ちは当然自分の身を守る金も持っている。商隊が街道を移動する時など護衛の方が多いくらいだ。よほどの山賊一味でなければ、そんなのを襲う方が危険に決まっている」
 サナキルは首を傾げた。
 言われてみれば納得は出来るが、サナキルの頭の中では、山賊だの強盗だのというものは商人を狙うもの、というイメージだったのである。
 「では、お前はどういう相手を襲っていたんだ?」
 直球ストレートな質問に、ルークの手が制止に動きかけたが、ジューローはサナキルの顔に視線を移して、まっすぐに見つめながら答えた。
 「一人旅の人間だ。せいぜい百enにしかならんこともあるし、返り討ちに遭うこともあるがな。それでも、三日も食ってなければ、背に腹は代えられん」
 今度は、サナキルは「たった100enで」とは言わなかった。
 代わりに、ジューローがどんな暮らしをしてきたのかについて想像してみた。…もちろん、全くイメージすら浮かばなかったが。
 「…盗人、というのも、意外と儲からぬのだな」
 「当たり前だろう。山賊の方が楽して儲かるのなら、誰が汗水垂らして働くか」
 サナキルの考えでは、盗人の類は、その他人が汗水垂らして働いたものを暴力で奪い取る、つまり楽して儲かる、というイメージだったのだが、どうやら違ったらしい。
 ならば、それこそ地に足付けて働けばいいだろう、と思うが…余所者には難しいのだろうか。
 「はいはい、ストップ。よし、仮に、依頼者は冒険者の装備狙いの追い剥ぎ、としておこう」
 ルークがパンパンと手を打って、サナキルの思考を中断させた。
 とりあえず、他のややっこしい可能性については考えず、追い剥ぎ狙いと仮定して、話を進めることにする。
 「ってことは、1対1なら相手は勝てる自信があるってぇことだよな」
 「で、こっちは、更に勝てる自信がある者を送り込めば良い、ということですね」
 ショークスの発言に、アクシオンがあっさりと答えた。相手の実力も分からないのに、勝てる自信を持てる人間は、そうはいないだろうが。
 「まず、1対1でやばいのを外すぞ?えー…ピエレッタ。フロウ、採集組。ジューロー。…アクシーも薄いんだよなぁ」
 「…決め手の無いバードもね」
 防御力の無い面々を上げていくと、アクシオンは反論はしなかったが、代わりにルークも引きずり落とした。
 ルークも逆らわずに次々上げていく。
 「ガンナーも攻撃が遅いしまずいよな。坊ちゃんは…固いけど、負けもしないけど…勝てもしないという気がする」
 ちまちました攻撃しか出来ないので、相手が回復薬を持っていたら延々と戦いが続きそうだ。そしてその間に雑魚が参戦すると危険なことになる。
 「ってことは、ショークス、ネルス、エルム、バース…この辺りだが…」
 消去法で4人残して、ルークは顔を上げた。
 …どうやらネルスとショークスは頭の中だけで会話が勢い良くなされているらしく、無言のままだがショークスの身振りと顔色は激しく変化していた。
 まあ、この二人はおいておくとして。
 「ワシが行こうかの。回復も出来るし、色々な事態に対応出来ると思うが」
 「駄目だよ、爺ちゃんは攻撃技持ってないし…僕なら、攻撃いろいろ出来るから…」
 祖父と孫の主張に、リーダーは少し考えてから首を振った。
 「エルムはやめとこう。行ってすぐに戦闘になるなら分かり易いけど、相手が詐欺っぽいと、人生経験の差が出ちゃうからなぁ」
 「え…僕も、気を付けて行きますけど…」
 眉間に僅かに皺を寄せて、珍しくエルムが反論した。自分が引いたら爺ちゃんが行く羽目になる、と思ったのか、素直にそうですかとか引き下がれなかったらしい。
 「そうは言ってもさぁ…あ、エルム、これちょっと持って」
 んー、と首を傾げながら、ルークが何気なく目の前にあった茶器の乗った盆をエルムに渡した。
 「あ…はい」
 素直に両手で受け取ったエルムの脇に、ティースプーンを突きつける。
 「はい、さっくりっと。…とまあ、このように簡単に両手を塞がれてぶすっとやられる可能性もあってだなぁ。やっぱエルムみたいな素直な子を行かせるのは怖いんだわ」
 脇をつつかれたエルムは、目をぱちくりさせた。
 何を言われているのか、一瞬分からなくて、しばし考えてから、両手を塞がれていては武器も持てないし防御も出来ない、戦うどころか一撃でやられる可能性もある、と証明されたのだと思い至る。
 本当は、相手がルークだったから無防備に受け取ったんだ、と反論したい気もしたが、実際、エルムに人生経験が少なくて、相手の善悪の判断に疎いのは確かであったので、大人しく頷くことにした。
 「そうですね…相手が衛士さんだったりしたら、僕、信用しそうですし…」
 「…なるほど。衛士…ってぇか少なくとも衛士の格好してる奴なら、警戒心が解けるわな」
 こんな依頼を出す相手だ。仮に衛士の姿をしていても、信用はしない方がいいだろう。
 衛士そのものにもアリアドネの糸で暴利を貪る者もいたし、ましてや衛士の格好をしているだけの奴となると何をしでかすか分からない。まあ、すぐにはその区別は付かないが。
 そうこうしている間に、ショークスが一歩下がり、ネルスが一歩前に出て、片手を上げた。
 「俺が行くことに決まった」
 「あ、決着付いた?で、ちなみに決め手は?」
 たぶん行くならこの二人のどちらかだとは思っていた。人生経験に問題なし、攻撃力も問題なし、ネルスは防御力、ショークスは回避力に長けている。なお、警戒歩行はショークスはまだ取っていないので、どのみち鈴使用で同条件だ。
 いっそ二人の話し合いで決めてくれれば、と会話に口を挟まず放置していたのだが、何せこの二人の会話は頭の中だけでなされているため、他人からはどんな流れで決まったのかさっぱり分からないのだ。
 ルークの問いに、二人は同時に肩をすくめた。
 「前によ、俺が一人で行ったことあるだろ?ほら、11階の奥」
 「…一人しか渡れなさそうなどと言って、一人で行ってやきもきさせられたからな。…今度は、俺の番だ」
 11階の奥に、細い枝が張り出しているところがあったのだ。レンジャーならそれを使って奥に行けるだろうが、他の連中ではまず無理、ということでそこは後回しにしていたのだが、ショークスはその後、一人でそこに向かったのだ。一人の方が逃げ足早いし、という理由で。
 傍目には文句一つ言わずに送り出していたように見えたネルスだったが、実は結構心配していたらしい。
 で、そのお返しに、自分も一人で樹海に入る、と。
 相変わらず、この二人もラブいよなぁ、と感慨に耽りつつ、ルークはネルスが一人で行動することについてシミュレートしてみた。
 雑魚のと戦闘、回復、状態異常、属性…。
 「えーと…ネルス、今の武器、何だっけ?」
 各自の武具は、自分の判断に任せているので、別パーティーの分までは覚えていないのだ。
 「雷鳴の斧だな。ゼリー系が出ても、あの階ならいけるはずだ」
 ゼリー系だのカブトエビ…もといカブトムシの類は物理攻撃に強く、術式に弱い。斧に属性が付いているなら、そういう相手でも大丈夫だろう。
 少なくとも、今の時点では、あの階に雷系に抵抗を持つ敵はいなかったはずだし。
 「分かった、任せた」
 リーダーはそう決断し、頷いた。
 ネルスは低く喉で笑った。
 「…正直、気になるからな。一体、どんな裏があるのか」
 この依頼を受けてきたのはネルスだ。酒場の親父から、何となく胡散臭い依頼だから止めておけ、と言われたにも関わらず、好奇心から受けてきてしまった。どう見ても怪しいのに受けたからには、自分で責任を取るつもりである。
 他のメンバーからも、特に異論は出なかったので、すんなりとネルスが行くことに決まった。
 アリアドネの糸、メディカ、テリアカα・β、ファイアオイル…等々、荷物に押し込まれて苦笑しながら、手に鈴を持って出発した。
 宿屋で宙を見つめてぶつぶつと呟くという、依頼とは別の意味で怪しい姿のショークスを眺めながら、危なかったらすぐに状況が分かるっていうのは便利だよなぁ、とルークはのんびりとお茶を啜った。
 そのネルスは、手首に巻いた獣避けの鈴をがらがら鳴らしながら指定の場所へと向かっていった。
 一人だけなのだから、魔物からすれば良い餌だろうが、鈴の派手な音が多勢に思われるのか、敵に出会うことなく辿り着く。
 その場所には、寒そうに足をじたばたさせている衛士が一人立っていた。
 「や、やぁ、待ってたよ」
 声もやや震えている。しかし、緊張のあまりの震え、というのではなく、どこか馴れ馴れしさを漂わせていた。知り合いでも無いのに、こんな風に馴れ馴れしくする、というのは、要は懐柔しようとしているということだと踏んで、ネルスは密かに眉を顰めた。
 「すまないね、奥に光るものが見えるんだけど、もうちょっとのところで取れそうになくて…僕が見張りをしているから、取ってくれないかな?」
 ネルスも、衛士というのものをそんなに観察する機会は持っていなかった。だが、先ほど声をかける前の寒さに耐えるために足踏みが、訓練された行進調とは異なることは分かっていた。
 偽衛士だとすると、ますます胡散臭さが際だつ。
 もっとも、そのために来たのだし、とネルスは突っ込まずに無言で、衛士の指す洞窟を覗き込んだ。
 背後に神経を集中しながら見てみたが、確かに奥に光るものはある。
 そして、それを取ろうとするなら、四つ這いになって潜り込まなくてはならない、ということも理解する。
 さて、どうするか、とネルスは頭の中でシミュレートしてみた。
 …どう考えても、背後が無防備になる。いや、潜り込んでしまえば背中は比較的大丈夫ではあるが、下腿付近が危ない。足をやられると戦いにくい。
 衛士の持っているハルバートを取り上げてしまえばいいのだが…「あれを取るためにそれを貸せ」…狭い穴には、余計邪魔くさいので嘘っぽい。しかも、本物の衛士でないのなら、他に武器を持っているだろうから無駄だし。
 まあ、足に怪我をするのは慣れているしな、とネルスは面倒になってブーツの防御力を信じることにした。頭の中でショークスがうるさいのは、心拍同様に聞こえても無視することにする。
 そもそも、ひょっとしたら『本当に』あの光ってる何かが欲しいのかもしれない。だとすれば、あれを手に入れるまでは何も仕掛けてこない可能性がある。
 そういうことにしておいて、ネルスはあっさりと頷いた。
 「分かった。では、雑魚どもは頼む」
 結果的には、何の疑いも持たずにやってきたお人好しの冒険者と同様の行動になってしまうが仕方がない。
 ネルスは身を屈めて穴の奥を見つめた。
 背中を晒すのは最小限にして、素早く身を滑らせ、伸ばした手で何か金属質の硬いものをひっつかみ、また素早く身を引いた。
 万が一、それが何かの罠で、引っ張った途端に穴が崩れる、というのも想定していたのだが、そういうこともなく、普通にそれは手の中に収まった。
 出てくる時に、少々岩に引っかけた背中に顔を顰めつつ、立ち上がってから手の中のものを確かめようとした。
 「あぁ、これこれ!ありがとう!」
 しかし、それ以上に早く衛士の手が伸び、ネルスの手の中のものを奪い取る。
 かしゃん、という音と共に面が引き上げられるのと、そいつが手を口に持っていくのは同時。
 食べ物だったのか?金属の質感であったが、と怪訝そうに見たネルスの足下に、何かが這い寄ってくる気配があった。
 一瞬で飛び退き、斧を構える。
 何だ、普通のカブトムシか、と頭の隅で安堵するのと同時に、すぐに面を降ろした衛士が身動き一つしていないのにも気づく。
 武器を構えるでも、逃げるでもなく…カブトムシの向こうから、ただ見ている。
 信頼されている、という感じはしない。むしろ、にやにやと見守られている気がする。面が降りているせいで、気配しか感じられないので、確かでは無かったが。
 一緒になってかかってこないだけ儲けものだ、とネルスはカブトムシの背に斧を振り下ろした。
 その手応えに顔を顰める。
 いつものカブトムシではない。鎧が硬くて、思ったほどのダメージを与えられない。
 しかし、ネルスは焦りもせずにまた斧を構えた。
 う゛ん、と頭の中を掻き回すような不快な羽音は、ショークスの声に集中してしまえば聞こえることもない。カブトムシは躍起になって羽を震わせているが、その分攻撃が減って楽なくらいだ。
 そうして5回も斧を振り下ろせば、カブトムシはぐずぐずに壊れていた。
 さて、と目を上げると、じわじわと下がっていた衛士が、もう一挙動では手の届かないところにいた。
 「何だ、ついでにくたばってくれりゃあ良かったのに」
 「生憎、そこまでサービスする謂れが無いものでな」
 がらりと変わった憎々しげな口調に平然と答えると、耳障りな笑いを上げて衛士はまた一歩下がった。
 「あばよ、お宝をありがとうよ!」
 突然身を翻して駆けていく衛士は素早く、とても追いつけそうにない。あの身の軽さは盗賊だろう。よくまあ、衛士の全身鎧を着て走れるものだ。
 全力疾走はそう長くは持たないだろうとは思ったが、こっちもこれ以上一人で深入りするのは危険だろう。
 どうやらあっちの思惑通りに動いてしまったのは業腹だが、少なくともこっちも好奇心は満たされた。おあいこか、とネルスは糸を取り出した。
 <何がおあいこだよ!全然違うだろ!>
 <そうか?俺は満足だが>
 ただ、あの金属質な何かが気にはなるが。筒のように見えたが、一体何だったのだろう。
 <おいこらそれが気になるからっつってまた妙な依頼があったら受けるなんて言い出すんじゃねぇだろうな!?>
 <考慮の余地はあるな>
 あの金属質な何かが何かの鍵だったりとかなら、これから何かが起きるのかもしれない。もっとも、何か、も、何が、もさっぱり分からないので、どの依頼がそうなのかも分からないかもしれないが。
 <とにかくさっさと戻ってこいよ!>
 <分かっている>
 ぎゃんぎゃんうるさいが、じっと待っているのが相当に苦痛だったのだろうことが分かっているので、煩わしいとは思わなかった。何せ、ショークスはネルスよりも堪え性が無い。
 帰ったらしっかり抱きしめてやろう。それである程度は落ち着くはずだ。
 もっとも、そういう思考も、筒抜けではあるのだが。



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