黒髪おかっぱ




 ネルスから報告を受けたルークは、しばらく視線を空中に漂わせてから、『エスバット』という名に思い当たった。
 「そういや、公宮の爺ちゃんが、『本来ならベオウルフやエスバットに依頼するべきなのだが…』とか何とか言ってたっけ。…まあ、俺たちよりは先行してるんだろうが、どのくらいの腕前なのかは分からないよなぁ、これだけじゃ」
 口に出すと失礼だが、並列表記されたベオウルフの方は、あの有様だし。
 ある程度実力があって、ある程度公宮に覚えられるほど真面目にミッションをこなしている、というところだろうか。その程度なら、そろそろ<デイドリーム>の名も同列に扱われそうな気もするが。
 「ま、とにかくは、通せんぼを止めて貰うために公宮に行って来るか」
 こっちもサラマンドラと戯れたり、地図を提出したりしているのだ。顔パスとまでは言わないが、名前パスくらいして欲しいものだ。
 
 で、公宮に行ってみると、またしても腰軽く大臣が対応してくれた。
 「如何にも、その通りじゃ」
 まずはエスバットが通行止めをしていたことを聞いてみると、あっさりと頷いた。
 何でも、奥にいる『炎の魔人』とやらは、倒しても倒してもすぐに復活するのだとか。
 ルークとしては、ある種『当たり前』のように思っていたので、一瞬何でそれで通行止めになるんだろう、と悩んだが。
 まあ、世の中には、強敵が階段前にいる場合、倒せるまで頑張るギルドよりも、他のギルドが倒した隙に通り抜けようという冒険者の方が多い、ということなのだろう。で、通れると思ったら意外と早く復活してるので無駄死にが出てしまう、と。…どのみち、その程度の実力では、次の階に通じないのではなかろうか。
 「ともかく、うちはそれも倒しに行くので、通行証下さい」
 「いや、そなた達が倒すと言ってくれるなら、門番は解除しておこう。エスバットも、延々とあそこで立ち止まる気は無いようじゃしの」
 それはそうだろう。あんなところで通行止めをするなら、2人しかいないギルドよりも交代が出来る衛士の方が向いている。
 それにしても、今、門番を立てたということは…まさに今、その炎の魔人とやらが復活している周期なのだろう。
 まだその魔人とやらがいる場所にも辿り着いていないとはいえ、同じ階には違いない。近いうちに戦うことになるのだろうが…問題は、それがどれほどの相手か、だ。
 
 フロースの宿に帰って、全員にそれを告げる。
 次に戦うのは、炎の魔人と呼ばれる魔物であること、かなりの強敵であること、そして。
 「…黒髪、おかっぱ、角、ですか…」
 エルムは、リーダーが聞いてきた単語に首を傾げた。
 実際戦った衛士や、冒険者たちから話を聞いているギルド長からの聞き込みによると、そういう特徴を持った魔物らしい。
 いや、外見ではなく、特性を知りたかったのだが、それよりも外見のインパクトが強いらしくて、それ以上の情報は無かったのだ。
 「どのような攻撃に弱い、といった情報は無いのか」
 ジューローがうんざりした調子で言う。もっとも、ジューローの攻撃法は、刀での斬撃、鞘での打撃、そして火炎であるが、どう考えても<炎の魔人>という名の魔物に炎属性の攻撃が効くとは思えないので、聞いてもしょうがないのだが。
 ルークは、ジューローの言葉に軽く肩をすくめて両腕を広げてみせた。
 「いやもう、単純に『強い』ってな表現しかしてくんなくてさ」
 ということは、いきなり火を吹いたりするのではないのだろう。ましてや、意表を突いて吹雪を吹くことも無い。
 「ファイヤガードか…まだ取得していないな」
 サナキルが腕を組んで呟いた。現在は挑発とパリィに磨きをかけているところである。続けて取るつもりなのはチョイスガード。まだ属性ガードまでは手が回らない。
 「いや、依頼報酬で耐熱ミストあったじゃん?まあそれでフォローするとして」
 問題は、単純に強い、となると、単純にこちらが弱い、ということだが。まだしも何かが突出した強さなら、それに対応する戦術を考えられるが、全体の力量不足となると、鍛えるより他に道は無い。
 そして、このギルドには2つのパーティーが存在する。採集パーティーはおいておくとして。
 どっちがこの魔人向きか、というのが分からないのが痛い。
 ピエレッタの毒や睡眠が効く相手ならネルスたちの方が良いだろうし、もしもカースメーカーの技が効かない相手、もしくは攻撃が単体に限るのならサナキルがいるルークたちの方が良いだろう。
 「まあ…ともかくは、その魔人がいるところまで道を探さないとならないんだけどな」
 10階の地図は、まだせいぜい1/5が埋まったばかりである。
 奥に行くには、もう少し間があるだろう。それまで、また情報を集めておくことにする。
 どちらが魔人に当たるかは、それ以降に考えよう。


 さて、そこからが長かった。
 棘床の多い階層であったので、これまで探索のメインはルークたちだったのだが、この階に限ってはそうもいかなかった。
 まずは、飛びカボチャ。これに攻撃できるメンバーがいない。避ければ済むのだが、何体も飛び交っているので、時には接敵してしまう。
 そして、カボチャ広場を抜けても、その先に出てくるサウロポセイドンが厄介だった。力溜めはルークが沈静させるのだが、それでも構わず突進してくるのだ。…そして、アクシオンとジューローが死ぬ、と。
 サナキルの挑発も全体攻撃には効かないし、かといって突進される前に倒そうと攻撃に賭けると余裕で踏み潰されるし…で、なかなか奥に進めない。
 サウロポセイドンから逃げても、ウーズにすら手こずるのだ。何せ属性攻撃出来るのはジューローだけで、そのジューローの火炎は効果が無いものだから。ルークの呪歌で属性は付けられるが、これも何度も歌えるものでもない。そうして、結局は誰かのTP切れで帰ってくる羽目になる。
 おかげで、ネルスたちが探索のメインになった。こちらはピエレッタの睡眠と毒があるので、サウロポセイドンもウーズも楽勝である。
 ただし、バースの回復量とTPとの関係で、これまたTP切れで帰ってくることが多い。
 そんな具合でだらだらと探索を進めていたので、ネルスたちが10階の磁軸柱を見つけたのは、もうどちらのパーティーが炎の魔人を倒すか、などという議論も忘れ去られている頃だった。
 ファニーは地図を手に、ネルスが磁軸柱を起動させるのと背後の扉とを交互に見つめた。
 「…そうですね〜、あの扉を越えれば、広間があって、階段がある、という感じでしょうね〜」
 地図と周囲の道と空白具合からいって、この扉を抜けると割とすぐに階段がありそうだった。
 もちろん、その前には炎の魔人とやらがいるのだろう。
 ネルスが立ち上がると、ファニーは地図を胸にじっと見つめた。
 「…だいたい、言いたいことは分かっているが…今、他の連中は寝ている。伝わってはいない」
 「ありがとうございます〜」
 ネルスからショークスへ探索内容は筒抜けである。だが、そこから他のメンバーへ通じるかどうかは、ショークスが喋るかどうかにかかっている。
 「若様には、ご内密に…できます?」
 「あまり、日はおけぬがな」
 今は主にネルスたちが探索しているとはいえ、探索は交互に行われている。今、彼らが帰れば、朝にはサナキルたちが探索に出るのだ。
 ファニーとしては、若様がそんな強敵に相対するくらいなら、自分が露払いしておきたいのだ。それで、若様が怒るとしても、だ。強敵だと分かっているのにむざむざ戦わせて死なれるよりよっぽどマシ。
 エルムやピエレッタにも釘を刺せば言うことはないだろう。彼らはあまりサナキルと接点が無いので、世間話もしないだろうし。
 バースは、と振り返ると、本気とも冗談ともつかぬ調子で、真面目な顔で答えた。
 「ワシはもちろん賛成じゃ。黒髪のおかっぱ娘が相手ならば、ワシは是非とも戦うてみたい」
 「…更に、角、という情報なのだが」
 「少々の異形くらい可愛いものよの。魔物に身を堕とした娘に正義を教えるのも、衛士の従士としての務めじゃわい」
 ネルスはこめかみを揉んだ。もしも、本当に黒髪おかっぱ(角付き)の可愛い娘だとしたら、そういう意味で盛り上がった情報が得られると思うのだ。そういう浮ついた噂が流れてこない以上、素敵な小悪魔ギャルが敵、ということはまず無い。
 が、まあ、一目見れば真偽のほどが分かることだし、あえて反対はしないでおいた。
 「我らが、今から帰ってすぐに休んで体力及びTPを回復させたとして…足止めがいるな」
 立て続けにこちらが出る、と言えば、すぐに疑われるだろう。
 何か正当な理由を付けて、あっちを引き留めておかねばなるまい。
 少し離れていたエルムとピエレッタが戻ってきた。
 手に、何か光る石を持っている。
 「あぁ、公女の誕生祝い、というやつだな。…これでも使うか」
 誕生祝いの日はかなり差し迫ってきている。もう1階から9階までで見つけた石は納品している。これで最後の石だが、それを棘魚亭に…大した時間稼ぎにもなるまい。
 それでも、その隙に探索に出ることくらいは出来るだろう。
 どうせすぐにばれることだ。強行しても、世界樹に入ればこっちのものだ。
 「もっとも、リーダーの賛同がなければ、不可能だがな」
 だが、ルークも、ファニーが若様から危険を遠ざけようとしているのは分かっているし、多少は協力もしてくれるはずだ。
 まあ、何とかなるだろう、とともかくは自分たちのTP回復のため、糸で帰ることにした。

 
 夜半過ぎに帰り、眠りに就く。
 早朝に起き出し、まずはリーダーに事情を説明した。
 寝起きでばさばさの髪を掻き回して、ルークは唸った。
 強敵と見たら戦いたがるのは、サナキルだけではない。ジューローもかなり拘っているのだ。サナキルのせいで敵から遠ざけられたと分かったら、ますますサナキルに当たるだろう。
 とすれば、何とか別の用件で時間を潰さなければならないのだが…大した依頼も受けていないし、あまり引き延ばせそうにない。
 まあ、いつも通り朝食後に宝石を届けがてら鋼の棘魚亭に行く、ということにしておこう。どうせサナキルとジューローは付いて来ないのだ。そこから公宮に回った、とか別の情報を仕入れに行った、とかで引き延ばしておけばいい。
 その間に、サナキルとジューローを誤魔化して探索に出る方策については、投げ出しておくことにした。
 念のためアクシオンも誘って、酒場に向かう。
 原石を主人に渡すと、目を細めて仔細に眺めていたが、感想は述べずにカウンターの下にしまった。
 「で、他に何か依頼ある?」
 「あぁ、ちょうどよかった。それがな、あるんだよ」
 主人はちょっと悪戯っぽい顔になって、声を落とした。
 カウンターから身を乗り出して内緒話の体勢になったので、ルークもそのつもりで集中する。
 「いや、こりゃ、お前らが泊まってるフロースの宿の女将からの依頼なんだがな」
 あぁ、また改築でもするのか、それとも新しい料理の食材か、と思って聞いていると、主人は更ににやにやしながら続けた。
 「お前ら宛の依頼でな、もうじきあそこんちの娘の誕生日なんだよ。で、何だか知らねぇが、あそこんちの娘はえらいお前らが気に入ってるらしくてな。その憧れのお前らから誕生日プレゼントでも貰えりゃあ、さぞかし喜ぶだろうって寸法だ」
 「…それ、依頼ってよりお願い…別に報酬無しでもやるけどなぁ。世話になってるし」
 あまり姿を見せない…というか、姿を見かけてもすぐに消える娘なので、印象は薄い。てっきり冒険者として怖がられていると思っていたのだが、単に恥ずかしがっていたのだろうか。
 「受けるけど…あんまり期待はして欲しくないなぁ」
 「あの年代の女の子、ですか…原石ってわけにはいかないんでしょうねぇ」
 アクシオンも、あの年代の子に何をあげればいいのか、あまり詳しくないらしい。ルークとしても、もう少し年が上なら花束なりアクセサリーなりが当たり障り無いか、と思うのだが、まだまだ『女』にはほど遠い年齢なので、もう少し子供向けの方がいいかとも思う。
 「ま、内容はお前らに任せる。そうだなぁ、うちも一つ情報があるにゃああるが…」
 ルークが黙って滑らせたコインを自然な動作で手のひらに握って、主人は声を潜めた。
 「ちょいとな、ほれ、よく貴族さまたちが世界樹ん中にピクニックに行ったりしてるだろ?で、先日どうも襲われた奴がいるらしいんだわ。で、そのお貴族さまのおたか〜い荷物が残ってるってな話があるんだが…あ、どこから聞いたか、とか聞くなよ?独自の情報網ってやつだ」
 その荷物をこっそり回収して売り飛ばすつもりなのだろう。この主人はそれなりに目敏いし。
 しかし、そりゃあ良いものがあるかもしれないが、どうもそういう強盗の落ち穂拾いのようなのは好みではない。
 「ま、他にも当たってみるよ。幸い、うちには女の子のメンバーもいるし」
 もっとも、普通の暮らしをしてきた女の子、がいるかどうかは自信が無いが。
 
 そうして、いったんは宿に帰って他のメンバーに伝える。
 「…ってことで、そっちも適当に見繕って欲しいんだが。特に、ファニーとピエレッタ」
 ファニーは、今そんな場合ではない、と言うように口を開きかけたが、ルークが真っ直ぐに見つめて噛んで含めるように言ったので黙った。
 「女の子の好みなら、そっちの方が分かるだろう?情報を収集して、もし良いと思ったら、こっちの許可は得ずにそのまま手に入れる方向で構わない。こっちはこっちで何がいいかは考えるけど」
 「うちも、自信は無いけど…花とか…」
 腹芸には気づいていないらしいピエレッタが首を傾げるのに、これは気づいているのか素なのか分からないがエルムがおずおずと手を挙げた。
 「…あの…娘さんは、僕たち…というか、冒険者に憧れてる…ということでよろしいんでしょうか?」
 「そうだなぁ、一般的不特定多数の冒険者じゃなく、俺らに、みたいだけど、まあ俺らが冒険者だから憧れてるんだろうなぁ」
 ルークが灰色の髪を掻き回しながら答えると、エルムは考え込みつつ呟いた。
 「それじゃあ…普通の店に売っている花じゃなく…樹海の中でしか咲かない花とかの方が…」
 「そ、そうですね〜ファニーも賛成です。冒険に憧れているのなら、こんなものが樹海に、とお話して差し上げれば、もっと喜んで頂けるかと」
 ようやく理解したのか、ファニーも勢い込んで同意した。
 そう、ルークとしては、サナキルもいるところで、何とかネルスたちを樹海に入らせる正当な理由を付けてやりたかったのである。もっとも、魔人と戦った、と言ったら、すぐに嘘がばれるだろうが。
 「で、坊ちゃんとジューローはどうする?俺とアクシーは、ギルドあたりに聞き込みに行くつもりだけど」
 サナキルは当然眉を顰めた。
 ようやく10階も大詰め、さあ炎の魔人とやらと対決だ、という辺りまで来ているのである。その目の前に繋がる磁軸柱が起動したことは知らないとしても、そろそろ接敵するということは推測出来ているのだ。
 そんな時に、何故宿屋の小娘の誕生祝いなどに時間を割かれなくてはならないのか。
 「…くだらん」
 ジューローはさっさと立ち上がった。
 それでも、自分で樹海に潜る、とは言わずに、一人で裏庭で鍛錬するつもりなところは、このギルドのやり方にだいぶ慣れてきているらしい。
 結局、サナキルも顔は不満たらたらだったが、口に出して文句は言わなかった。この宿に泊まっているのは確かだし、娘には何の恨みも無い。そして、誕生日というものは1年に一度のことである。1日探索が遅れたとしても、誕生日を優先するというのは理に適っている。
 「…仕方あるまい。もしも樹海で手に入れるものなら、僕も呼べ。それまで、部屋にいる」
 「あいよ、坊ちゃん、ごゆっくり」
 本当に、情報収集もしておかないと、後でややこしそうだ。
 ギルドと、シトト交易所あたりで聞いてみよう。
 「では、行って参ります〜ネルスさんはどうされますか?」
 「エルムくんは、一緒に行くやろ?」
 「…えぇ、まあ…」
 「ワシも行くぞ。何、ワシも若い頃は、数多くの女の子たちに贈り物をしたもんじゃ」
 「…そうなると、俺も一緒に行動した方が早いな。…借りるぞ」
 ルークの手からさりげなく許可証を取り上げて、ネルスは席を立った。
 ネルスたちが非常に滑らかに部屋を出ていったところで、ルークは一つ伸びをした。
 「お茶でも煎れましょうか?朝から喋り続けているでしょう?」
 アクシオンが返事を聞く前にティーセットに向かったので、ショークスも伸びをして足を投げ出した。
 「連絡機代わりに一緒に行動するけどよ。場合によっちゃあすぐにあれだぞ?」
 「ま、ねー。ありがと」
 サナキルを守るために、強敵にはファニーたちが動く、ということは、必然的にネルスも強敵に相対するということである。心配にもなろうと言うものだ。
 もしも、本当に危険な目に遭ったなら、通行証がどうこうは押し切ってでも、こっちも何とかして樹海に入って戦わなくてはならない。
 かといって、それを直接サナキルやジューローに言うわけにはいかないのだが…まあ、二人とも宿屋にはいるので問題ないだろう。
 炎の魔人。
 防御力、と言う点ではもちろんサナキルがトップなのだが、睡眠で攻撃を無効化できるピエレッタがいるネルスたちの方が、ダメージが少ないことが多い。そう言う意味では、あちらの方が向いているのだろうが…強敵には睡眠が効かないこともあるのが難点だ。
 耐熱ミストも渡したし、何とかなればいいのだが。
 


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