樹海の衛士たち
サナキルたちが開いたショートカットを使って、9階から10階へと上がろうとしたネルスたちだったが、道の途中で妙なものを見つけてしまった。
大樹の中とはいえ、昼には明るく夜には暗いという、どこから外の光が入って来るんだろうという環境なのだが、その薄暗い夜の道の中、うずくまる影が道の隅にあったのだ。
ちょうど光の当たらない部分であったため、何の音もしなければ岩かと思うような塊だったが…そこから唸りが聞こえてくるとなれば、生き物であることはすぐにばれてしまう。
警戒しながら近づいた彼らの目に映ったのは、ごろりと横になって鼾を掻いている衛士であった。
規則的な唸りからするに、どこか怪我をしているというのではなく、単に寝ていると見るのが相応であろう。問題は、こんなところで寝てる場合か、ということだ。
「まあ…我らが切り開いた道に、速やかに展開して警戒に当たる、という姿勢には感心するが…」
ネルスが苦笑して奥の階段付近を見やった。
7階だの8階だのの地図を完成させろ、その地図作製に向かった衛士が犠牲になってる、という公宮の説明からすると、この辺りなどまだまだ未開の地であろうに、もう哨戒任務が発生している、というのには、そのスピードに苦笑するしかない。むしろ、ちゃっかりしている、とも思えるが。
だが、そのまだ拓かれたばかりで魔物も多く、情報の少ない土地にも関わらず、こうやってぐっすり眠ってしまうというのはどうなのか。無防備にもほどがある。
「…衛士さんたちも、数が減って…ローテーションが、きつくなってるんだそうです…」
エルムがぼそりとネルスに告げた。エルムも、無防備だとは確かに思うが、この衛士の気が緩んでいる、というのではないと思う。ただ、任務がきつすぎてうっかり意識が落ちただけだろう。
ぐがぐがと平和な音を立てながら眠っている衛士に近づいてみる。しかし、すぐ側で会話を交わしていても全く気づいていないのだ。ちょっと足音と気配が寄ったからって、全く起きる気配は無かった。
「あの…危ないですよ」
エルムは、そっと声をかけてみた。
そのくらいでは、鼾は変わらない。
揺すってでも起こした方がいいだろうか、とエルムはその体に手を伸ばし…じゃりん、という音に目を下に落とす。
明らかに金貨が触れ合って立てた音が、一体どこから…と探すと、衛士の腰に下がったポーチから音がしたのが分かった。
分かったのはいいが、何て無防備な、とエルムは眉を寄せた。もちろん、魔物に対する警戒も足りないとは思うのだが、このすぐに外れそうなポーチ(おそらく大金入り)も危なすぎる。これでは、魔物のみならず、通りすがりの冒険者にとってもカモになりかねない。
「あの、起きて下さい。危ないですから」
ヘルメットを被っているので、この衛士が知り合いかどうかは分からなかったが、ともかくエルムは衛士を起こそうとした。
「…むーん…なんだよぉ、やめろよぉ…うへへへへ…」
どうやら、幸せな夢を見ているらしい。
とろけた声で寝言を言った衛士は、ごろりと体勢を変えて、またもがもがと眠りに落ちた。
「どうするん?無理矢理起こそか?」
エルムのやり方は甘い。こんな起こし方では、眠れと言っているも同然だ。
水袋の水でも顔に…というかヘルメットの隙間からしか狙えないが、ともかく顔付近にぶっかければ、さすがに目が覚めるわ、とピエレッタは思った。
けれど、エルムは少し考えてから首を振った。
「少しでも、寝かせてあげたい気がします」
下手すれば、魔物にざっくりそのまま永眠、というコースもあるのだが、衛士の鎧は全身を覆っていて堅い。さすがに一撃ってことは無いだろう。なら、なるべくならそっとしておいてあげたいのが人情だ。
「でも、その財布は危ないで?誘惑されるわぁ」
ピエレッタも腰を屈めて、ポーチを手に取った。ずっしりした重みに、これは1000enは確実にあるだろうと踏む。それだけやっても衛士は起きないし、ボタン一つ外せばポーチはすぐに手に入る。
「むしろ、持って行った方が、ええ勉強になるんとちゃう?」
本人の金か衛士隊の金かは知らないが、眠っている間に無くしたら、さすがに今後うたた寝することはなくなると思うのだが。
同意を求めるように見上げてくるピエレッタに苦笑して、ネルスは首を振った。
この衛士がどうなろうと構いはしないが、ギルドの名に傷が付くのは避けたい。自分はともかく、ショークスやクゥの名まで傷つく。
ほな、どうしよか、とピエレッタはポーチから手を離して立ち上がった。
何かごそごそしていたエルムが、目的の物を見つけたのか、ほっとした顔になって代わりに膝を突いた。
「何しとるん?」
覗き込むと、エルムの手にあるのは細い革ひもだった。
「少し…縛っておこうかと」
鞭で行うのと同様に手際よくポーチと衛士のベルトを縛り付けてゆく。ついでにポーチの蓋もそう簡単には開かなくなっているのは、せめてもの皮肉か…とも思ったがエルムのことだ、単に他人に盗られないようにという配慮だろう。
「これでよし…と」
腰のあたりでごそごそされても、衛士が起きる気配は全く無かった。大物だ。
「たるんでますね」
ファニーが如何にも呆れた、というように息を吐き、首を振った。
「まあのぅ。衛士も大勢おる分、出来不出来があるんじゃろう」
転がっているのが女の衛士であったなら、そりゃもう丁寧に安全地帯に誘導しただろうが、男の衛士では全く興味がないバースは、当たり障りなく同意した。
エルムとしては、また「衛士も疲れているんだ」と庇ってあげたくはなったのだが、年上二人に対抗する気力も無く、ただ無言で立ち上がった。
「ゆくぞ。これ以上、構ってもおれぬし」
周辺の魔物を駆逐するほどサービスをする義理も無い。
ネルスはさっさと10階を目指すべく、その角から離れた。
10階に上がっても、景色は変わらなかった。
棘床を避けて探索し、ひたすらまっすぐ続く通路を進んでいき…遠く扉が見える、というところで、ファニーが銃を構えた。
警戒しながら近づいていくと、扉の脇に人が立っているのが見えた。
老人だ。
だが、たった一人でこんなところにいるのだ。かなりの凄腕だろう。
両腕に銃を持ち、目を閉じたままその老人は重々しく口を開いた。
「ここから先へは通さぬ」
「それは困るな。我らは先へと進むために来ておるゆえ」
ネルスは、かすかに笑いを含んだ口調で告げた。無論、相手を格下に見たつもりも、冗談だと判断したのでもない。ただ、立ち塞がるのが『人間』だということに、奇妙な昂揚を覚えただけだ。
「そなたたちの命を奪っても…と言ったら?」
老人の言葉に、ネルスはまだ唇を上げたままだったし、エルムとバースは困惑しているようだった。ピエレッタは怯えたようにエルムの腰あたりの服を掴みつつも、老人の顔をよく見ようと背伸びをしている。
ファニーは己のものよりも性能の良さそうな銃を見つめつつ、手早く銃弾をセットした。
「若様がここにいらっしゃる前に、危険は排除します」
ファニーにとっては当然の結論だった。むしろ、自分たちが来た時のことで良かった、と思っている。
「まあ、我らも子供の遣いでは無いゆえな。帰れと言われたので帰ってきた、ともゆかぬ」
ネルスの言葉を聞いて、老人が目を開いた。見開いても白目の多い不気味な目でまっすぐにネルスを見る。どうやら、ネルスをリーダーと判断したらしい。
「では、お前たちを排除する」
「それはこちらのセリフです!」
ファニーの腕が上がる。どうやら戦闘開始らしい、とエルムも腰の鞭を手に取り、バースも杖を構えた。もっとも、爺ちゃん子のエルムは、気が進まない様子だったが。
だが、一触即発、という空気が、背後から破られた。
「ちょっと、爺や!何してるのよ!」
爺や、という単語に反応したのが二人。目の前の老人と、バースである。
もちろんバースは声が女性のものであり、若様のものではないことは分かっているのだが、それでも脊髄反射で振り向いてしまったのだ。
目の前の老人の目もぎょろりと動いて、その声の主を認めて銃をゆっくりと下げた。
「…お嬢様」
「ごめんねー、君たち。爺やはやることが極端で」
敵意が無いことを示すように、その女性は両腕を広げてゆっくりと歩み寄ってきた。
ネルスは半身になって二人を見比べる。
端から甘く見ていたつもりはないが、ここまで近寄るまで何の気配も感じられなかった、という事実に見知らぬ二人の力量を見て、ネルスは気を引き締め直した。
ガンナー一人が相手なら、出の遅さもあることだし、5人がかりなら何とかなると思うのだが、もう一人いるとなると話は変わる。
もちろん、人間の冒険者同士なのだし、敵対しないに越したことはないのだが、可能性があるのなら戦術は立てておいた方が良い。
そんなネルスの心の動きを知ってか知らずか、巫医と名乗った女性はにこやかに説明する。
「この奥には、炎の魔人って呼ばれている魔物がいるの。とても凶悪でね、そんじょそこらの冒険者じゃ相手にならないから、犠牲を出さないためにここで門前払いってことにしてるの。もし、奥に行きたいのなら、大公宮に許可を貰ってきてね」
素直に受け取るならば、彼らは公宮から任務を受けたギルド、ということになるが…先ほどの老人の殺意は本物だった。『無駄な犠牲を出さないため』に殺されたのではたまらない。
どう考えても裏のある話だったが、公宮の名を出したのだ、もしも真っ赤な嘘ならすぐにばれるのだし、真実の欠片は含んでいるのだろう。
ネルスは表情を変えずにさらりと流すことにした。
「そうか。では、公宮に許可を貰ってくればいいのだな」
「そうね、君たちに実力があるなら、許可されると思う」
「では、我らは引くことにしよう。…ところで、名を聞いて良いか?」
黒髪の女性は、後ろめたい様子も無く、あっさりと答えた。老人は、そんな女性の傍らにひっそりと立っている。
「ギルド・エスバット。あたしはアーテリンデ、こっちの爺やはライシュッツよ」
もしもここにルークがいたなら、エスバットという名を公宮から聞いたことを思い出しただろうが、生憎ネルスにとっては初耳だった。
「リーダーに伝えておこう。では」
気を許したとはとても言えない状況だったので、二人に背を向けるのはあまり気持ちの良いものではなかったが、老人の方も大人しく腕を下げていたし、攻撃されることはなかった。
角を曲がったところで、ようやく他のメンバーが話し始める。
「惜しいのぉ。もう少し大人であれば、ワシもちょっかいを出すのじゃが…さすがに若すぎるわ」
いきなりアーテリンデの評を始めるバースもたいがいだ。
相変わらずこのご老体は女性と見れば見境のない…と思ってから、どうやら守備範囲外らしいと考え直す。落ち着いた話し方をするし、巫医の呪い化粧のため素肌もよく分からなかったしで、20代後半にはなっていると踏んだのだが、バースの見立てだと20歳前後らしい。
「爺ちゃん、まさかとは思うけど…街であの人に声をかけたりしてないよね?」
「ワシはもう少しこう、遊び方を知っておる女性の方が良いからのぅ。すっぱり割り切れる間柄でないと、何かと…」
後ろめたそうな気配など欠片もないバースが、何やら怪しい手つきまでしつつ説明した。エルムは16歳で、女性に関しては全く真っ白な状態であったが、この爺ちゃんと一緒にいると、その手の知識はイヤでも入って来るし、男女の間柄、という点では世間一般の熟年夫婦並に苦労していると言ってもいい。
ひょっとして爺ちゃんが街で遊んだせいで、あのライシュッツと名乗った老人に恨まれているのでは、と心配したが、どうやらそれが外れていたことには安堵する。
爺ちゃんの下半身は全くもって信用ならない代物だったが、男女関係でエルムに嘘をつくということはまず無いので、本当に初対面なのだろう。
「だったら…何故、あんなに殺気を…」
「おお孫よ、まず疑うのはワシなのか」
エルムが考え込んでいると、バースが大げさに胸を押さえた。
「うん、まあ。今までの経験で」
あっさり答えたエルムは、ライシュッツのことを思い返してみる。
たぶん、5人の誰かを見つめていた、ということは無いと思う。とすれば、本当に<そこに辿り着いたギルドそのもの>に敵対した、ということになるが…何のために?
「リーダーに報告すれば、裏は調べてくれるだろう。あの男は、そういうのが得意だからな」
ネルスの言葉に頷く。ルークなら、いろいろな情報を集めて推測してくれるだろう。
それでも、自分もちょっと動いてみよう、と思う。衛士たちに、エスバットの評判を聞くことくらい出来るだろう。
止められた門から下って、まだ向かっていなかった道の先で、また立っている衛士に出会った。
「お疲れさまです」
いつものようにぺこりと頭を下げたが、衛士は返事をしなかった。いつもなら、こんな魔物だらけの中で人間に出会うことにほっとするのか、顔を知らない衛士でもにこやかに挨拶してくれるのだが。
その衛士はぞんざいに肩を揺すって、しばらく黙ってこちらを見ていたが、ようやく口を開いた。
「何か、困っていることは無いかい?」
内容は親切だったが、どこか粘っこい嘲笑するような何かを秘めた口調だった。
エルムが眉を顰めていると、ピエレッタが肩越しに衛士を覗いた。
「あるけど…何?あんた、助けてくれるん?」
「場合によってはね」
やっぱり「この俺様に這い蹲って請い願えば、叶えてやってもいい」みたいな気配が濃厚だった。
ピエレッタは、ふぅん、と呟いてから、カースメーカーの師匠であるネルスをちらりと見て、止める気配が無いのを確認してから、言葉を続けた。
「うちらねぇ、あそこでとおせんぼされて困っとるんよ。あんた、あのエスバットっていう奴ら、やっつけてくれるん?」
「はぁ?」
顔も見せない衛士は、馬鹿にしたように鼻で笑って、鎧をがしゃりと鳴らした。
「公宮が命じたことを、俺がどうこう出来る訳ないだろ?」
馬鹿じゃね?と聞こえてくるような調子で言ってから、またじろじろとこちらを見回す視線を感じた。
「あんたたちは、そうボロボロでも無いようだが…先へは進めず、帰るところだ。磁軸のある6階までな。糸はあるかい?無ければ、1000enで売ってやってもいい」
「はぁ!?糸は100enで売ってんねんで!?」
「あっそ。別に押し売りしちゃいねぇよ。俺はボランティアで困った奴を助けようとしてるだけだからな」
わざとらしく衛士はそっぽを向いて鼻歌を歌い始めた。もっとも、時折ちらっちらっとこちらを見たり、「あぁあ、あんまりむかつく奴らには、2000enに値上げしてやろうかな〜」なんて独り言というには少し大きな声で呟いたりしているが。
今まで、人の良い衛士にしか会ったことがないエルムは、思い切り顰め面で目の前の衛士を見ていた。
そりゃあ、良い方に考えれば、糸が無くて困っているギルドにとっては救いの主になるだろうし、自分自身の糸も必要なのだから、外と同じ値段という訳にはいくまい。1000en払ってでも糸で帰りたい!というギルドだってあるだろう。
けれど、衛士の様子を見ているとどうしても、人の足下を見ている下衆としか思えない。
「ゆくぞ、エルム」
衛士を見ている…と言うよりは睨んでいるエルムに、ネルスが声をかけた。
ぎこちなく動き始めたエルムに、衛士が嫌味たらしく言う。
「足を怪我してるのか?早めに帰った方がいいと思うが」
これは元からだ、と言おうかと一瞬思ったが、ネルスが再び促したので、そのまま衛士に背を向ける。
まだ確認していなかった場所を探索し、地図に書き終えると、結局衛士のところに戻ってくることになった。
素知らぬふりはしているが、確実にこちらを意識している衛士を無視して、ネルスはじっくりと地図を確認して頷いた。
「よし、次からはまっすぐあの門まで行けるな」
もっとも、階段の近くには抜け道になりそうなところもあったし、一度あの二人組をかわして中に入れば、階段からすぐに奥に行けるかもしれないが。
「まだ、余裕はあるが…」
バースのTPもあるし、ピエレッタの睡眠用TPもある。
が、ネルスは唇を吊り上げて荷物から糸巻きを取り出した。
まっすぐに衛士を見つめて、淡々と告げる。
「我らは3パーティーがギルドに所属しているのでな。糸は常に3つ持ち歩いている。荷物にはなるが…どうやら悪くない判断らしい、と他のギルドにも言っておこう。衛士の手を煩わせぬようにな」
衛士は面当てを通してさえ分かるほどに舌打ちをした。低い声で何か言いかけたが、先にネルスの声が響いたため、何を言ったかはエルムには聞こえなかった。
「せいぜい命冥加にな。衛士の死体を見るのも、後味が悪いのでな」
そうして、しゅるりと糸が巻き戻った。
不機嫌そうに宿へと歩いていくエルムに、ピエレッタは何とか盛り上げようと話しかけた。
「衛士にも、いろいろおんねんなぁ。たちが悪いわ」
「…衛士のみんなに、迷惑がかかります」
「ほんま、あんな奴、痛い目に遭えばええねん!」
さすがに育ちが邪魔をして頷くことは避けたが、エルムもあの衛士が反省すればいいとは思った。 ただ、それは、公宮に報告して上司から注意して貰う、という程度のものであったが。
「痛い目には、遭うと思いますよ〜」
こちらはあまり怒っていないのか、おっとりと間延びのした口調でファニーが言った。
ファニーにとっては、あのエスバットという二人組は若様の邪魔になりうる相手であり排除すべき存在だったが、あの衛士に関しては路傍の物乞い程度の煩わしさでしか無かった。つまり、気分が良ければ、施しを恵んでやってもよい、くらいの感じ方でしか無いので、大して興味も無い。
「10階まで昇れる冒険者たちが相手ですからね〜。あの物言いに腹が立って斬りつけられる可能性もありますし〜、糸を殺してでも奪い取る!って人も出るかもしれませんし〜」
「それに、どれだけの糸を売ったかわからんが、それだけの代金を受け取っておるのなら、金目当てで殺されることもあるじゃろうしの」
バースも平然と同意した。あの周辺の魔物に殺される可能性もあるし、更にはその魔物を殺せる実力のあるギルドが敵になることもある。あの金儲けしか頭に無いらしい衛士が無事に生き残れるとは思えない。
エルムは二人の意見を聞いて、ますます眉間に皺を寄せた。
不愉快な衛士ではあったが、死んで当然とまでは思えない。
そういう意味でも、早めに公宮に報告して、お灸を据えて貰った方がいいのではなかろうか。
「僕…ちょっと、公宮に、行って来ます」
「あ、うちも付き合うわ」
だいたい、エルムが何をしたいのかは、ネルスにも分かっていた。エルムが、純粋にあの衛士の身を心配している、というのも分かっていた。
ただ、あの衛士にその心配が通じるとは思えない、というのが問題だ。
「…逆恨みはされぬようにな」
本当は止めたかったが、確かに放置するのも少々気分が悪い。
エルムも一人前の冒険者である。自分の身には危害が降りかからないようにうまく立ち回ることを覚えても良い頃だ。
その辺、ルークに任せていたらうまくやってくれるだろうが、ネルス自身はそういうのを得てないので、具体的な忠告は何も無い。
だが、エルムは驚いたように少し足を止めてから、首を傾げてしばらく考え込んだ。
「…何とか…ギルドの名は出ないように…頑張ってみます」
人付き合いがなく、ようやく知り合いを増やしていっている段階の少年にしては難解な課題のはずだったが、まあ、やらせておくか、とネルスは頷いた。
後でリーダーに伝えて、フォローして貰えばいい。
そうして、エルムと別れて、さっさと宿屋へと帰ったのだった。